戸惑い八景

見たり聞いたりしたモノを独自に味つけしました。
飛騨の高山から発信しています。

小春日和かな……?

2017年11月23日 | 想うこと

今日は祝日だったのですね。

勤労感謝の日ですか、労働できることに感謝して、働いておりました。

といって、さほど忙しいわけではありませんでしたが。

うちの前を、観光客がたくさん通ります。

祝日で多いのだろうと、思っていたのですが……

チラッと見たかんじでは、日本人だと思っていたのですが、言葉が違いました。

アジアはアジア系なのですが、中国語でもないし、どうやら、東南アジアからのお客さんのようでした。

ベトナム、インドネシア、マレーシアあたりです。

最近、高山に訪れてくるのが多くなりました。

その方々が、浴衣を着せてもらって、歩いています。

寒いため、厚手になっていましたが……

日本の若者の間でも、浴衣を着て古都を歩くことが流行っているらしく、先日、甥っ子が彼女を連れて高山へ来たとき、我が家で浴衣に着替えて、街へ出かけていきました。

似合いますし、良いことなど思います。

 


朝、起きたら……

2017年11月21日 | 想うこと

真っ白やないですか。

道路上は違いますが、家々の屋根、山には雪が覆っていました。

寒いし。

雪景色、11月下旬に……

城山も、まだ紅葉が残っているのですが、白くなっていて、ところどころ紅葉と雪の白さが混じった彩りになっておりました。

それはそれで美しい景色なのですが。

良い天気なのです。

ただし出歩くのには、風がキツいですけれど。

国分寺の銀杏の木は、葉がどう散るかによって、雪の降り具合がわかると言われていますが……

今が盛りの黄色葉っぱに、雪が被ってしまいました。

これでは占えません。

初めての景色です。

 

 

 


影をふまれちゃったのなら、しかたないよね~

2017年11月19日 | 想うこと
昨夜は、本町4丁目にある、Cha-mama Cafe という喫茶店で催された、演劇LIVEを観てきました。
ケワフンスケ台本・演出『影を踏魔レ汰オンナ』という作品です。
暗闇探偵社シリーズの2作目にあたります。
前作は観ておりませんが、独立した作品のようです。
 
食事ができるスペースに、椅子と桟敷で30席くらい配置した客席です。
同じ平土間に、二間×半間くらいの舞台があります。
ほぼ満席なので、お客さんは部屋に詰め込まれた感じになりましたが、窮屈感はありませんでした。

開場も開演1時間前でして、お酒などを飲みながら、お芝居が始まるのをリラックスして待つ、という工夫がなされていました。
そのわりには、前説での注意事項が多くて、多少緊張せざるえない雰囲気になってしまいましたが……。
 
喫茶店での公演ですから、当然制限も多くて、狭い舞台には、ドラム缶のようなオブジェが三つほど置かれただけです。
私の方からは舞台の下が見えませんでしたので、ひょっとすると、床に何かが置かれていたかもしれません。
黒幕で囲い、役者の出入り口は後ろ正面だけです。
照明も店内のパーライトが数列あるだけで、色も入っていませんし、さほど効果は狙えません。
そのかわり、音響だけは、効果音も含め、相変わらずのセンスの良さを感じさせました。
 
作品の感想は、作者本人に、メールでお送りすることにしました。
 
一つだけ、思ったことを記すならば……

見せたいという想いが強いと、お客を置きっ放しにしてしまう、ということが得てして起きるかと。
血と肉を持った観客が目の前にいる。
それは決して迎合するのではなく、どういう方に観てもらいたいのかを強く意識する。
それが、観客と一緒に芝居を作る、ということになるのではと。

偉そうなことを書いてしまいました。
これは、作品を書く自分自身が意識しなければと、いつも思うことなのです。
 
公演に関わられた関係者の皆さん、おつかれさまでした。
 
 
 

超える

2017年11月10日 | 想うこと

岩合さんといえば、猫の写真で有名ですが。

チラッとテレビを見ていたら、岩合さんが現われて、動物写真家として紹介されていました。

世界的にも有名な、とつきますが。

そのなかで、動物学者も驚いた、という写真が一枚。

「猿は猿を殺さない」

猿の惑星のなかのセリフですが、そのことばに表わされるように、動物たちは同朋を殺さない、というのが通説です。

それを覆す、一枚。

ライオンがライオンを食い殺した写真。

岩合さん曰く、頭蓋骨が砕けた音が聞こえた、と。

その食い殺したライオンの目の凄すぎること。

ライオンがほかの動物を食い殺した写真もあったのですが、そのライオンの目は、とても真剣な目をしている印象です。

しかし、同朋を食い殺したライオンの目は、悪魔に憑依されたような、そのようにイラストで描かれるような目をしていました。

一線を超えてしまったかのような、表情でした。

たまにあるのでしょう。

動物の世界でも。

ほんのたまにでしょうが。

翻って、我が同朋の人類をみたならば……

同胞同士殺し合っていますから、珍しくもない、遙か遠い昔から、一線を超えてしまっています。

さて、サッカー日本代表は、はなしが飛んでしまいましたが、”ブラジルを喰う”、という一線を超えられるでしょうか……

 

 

 


デッカード、でっか。

2017年11月08日 | 想うこと

観てきました。

『ブレードランナー2049』

2049……? 

てことは、一作目の設定は、2019なのか?

再来年ということですね。

今回は、富山のファボーレへ行って観てきました。

普段は、関のマーゴへ行くのですが、昨日は上映時間が合わなくて、ファボーレへ行きました。

10年ぶりくらいだと思います。

映画は関で観るものだと決めていたのですが、比べてみると、ファボーレの方が近いです。

しかも下道でいけるため、高速料金もかかりませんし、お得な感じです。

1時間45分くらいでいけます。

例によって、腹ごしらえしてから観たのですが。

食事した店は、カプリチョーザでした。

二人で、2300円。

さすがにサイゼリアとは違います。

二人で1000円ジャストですから。

また混んでいること。

平日なのに、子供たちの振替休日だったのか、家族連れで賑わっていました。

しかし、映画館の中は、ブレードランナー2049ですが、20人弱でした。

すっきすきの中での鑑賞です。

350席ほどの比較的大きなスクリーンでした。

音響の迫力が凄い。

『メッセージ』を観たときにも感じたことですが、BGMなのか、劇中の音なのか区別がつかない、通奏低音が流れるのです。

これが、心理的な圧迫感とともに、画面に妙な色気を着けるような感じがあります。

2時間40分の長尺作品ですが、飽きることなく、心地よい気分に弛緩させられて観られます。

新感覚映画ともいえるような、独特な感性に彩られた作品です。

30年前のブレードランナーを観ていると、よく面白く観られます。

私は、『ブレードランナー』を、3回観ました。

劇場で1回、そのあと、ビデオで、ディレクターカット版と、ファイナルカット版、とです。

最後が違うのですが、個人的には、劇場版が好きです。

劇場版は、公開前に覆面試写をして好評を得たということで、監督のリドリースコットが望んだとは違う終わり方をしたのですが、余韻が強く残りました。

一作目は、何と言っても、役名を忘れましたが、ルドガーハウアーが亡くなるシーンでは感動しました。

最後の選択は……だったと。

今回の作品は、”切ない”ところは同じなんですが、ちょっとひねってあります。

その分、弱いかな~と思えてしまうのですが……。

スターウォーズのスピンオフを観たときにも感じたことですが、ブレードランナー2049では、レイチェルが出てきます。

過去の映像でのシーンは違和感ないのですが、実際に現われると、不思議とリアルに感じられないのです。

デッカードに感情移入しにくくなってしまうのですが。

ネタバレを畏れつつ記していますので、微妙な言い回しになりますが。

それにしても、ハリソン・フォード!

どの映画でも、不死身です。

 

 

 

 

 


文化の日

2017年11月03日 | 想うこと

文化の日です。

祝日です。

仕事だけでこれといった予定のない日です。

世間は連休ということで、たいへん高山は賑わっています。

高山というより、観光大通りの安川近辺ですが。

『真光さま』の例祭も昨日行われたため、賑やかさに輪をかけている様相です。

昨夜、外食をしたため、家族で安川通りを歩いていたら、中国系の若い三人組に娘が声をかけられました。

スマホで写真を撮ってほしいと、英語で話しかけられたのです。

私と妻と息子にはまったく顔を向けないで。

たぶん、自分たちと同じ年頃で、高校生くらいに見えましたが、この家族の中では唯一英語が解せるだろうとのことで娘に頼んだと思うのですが。

その三人組のなかで、一人の女子が緑のブレザーを来ていたため、「マヒカリさん?」と私は彼女に尋ねました。

日本語で。

すると、「イエース マヒカリ」と笑顔で答えてくれました。

それで、台湾から来たのだと、嬉しそうに話してくれました。

英語で。

別れてからの、うちらの家族の会話。

「マヒカリって、英語でも、マヒカリなんや」

「まあ、そりゃそうやろうな」

「台湾の子って、外国人に話しかけるとき、英語で話しかけるんやな」

「まあ……中国語ではまったくわからんと思ったんやろうけどな……」

「そんなら、日本語を覚えてこいよな」

 と、オヤジの私。

無理な注文ですが……。

このように、うちの家族は、雅やかな『飛騨言葉』で話します。