私は中年である。
しつこくなるが、私は日本有数の「豪雪地帯」に住んでいる。
昨年は3メートルに及ぶ積雪に悩まされた。
しかし、今年は50cmに満たない積雪だ。
・・・正直コレだけの「小雪」は中年である私でも記憶に無い。
「なら、楽なだけではないか」と思われる人も多いと思う。
しかし、雪が降るのが「本能的」に分かる雪国人としては、逆にその本能が
「今年は危ない!」と感じさせるのだ。
くわばらくわばら、どうぞ変なことが起こりませんように・・・。
と、慄いている「中年」である。
さて、最近は目まぐるしく様々なことが起きるので、ブログで追いかけ
きれない。一気に三つほどやっつけることにしよう。
まず
「給食費滞納22億円」
様々な公的諸経費の滞納が問題となっているが、一番切実なのがコレでは
無いだろうか。(年金問題は、もはや見放した・・・)
モラルのボーダーラインが、このことにまで下がってきたと見るべきだろう。
問題なのは滞納した分「給食の内容」が貧しくなってしまうこと。
ちゃんと払っている人たちが「バカを見る」ことになる。
「保育料」「NHK受信料」なども同様。
良くも悪くも、すべて「かかったもの」「見たもの」「食べたもの」のお金を
払ってからでなければ、必要かどうか、高いかどうか等を議論する権利は無い。
(もちろん経済問題で払えない場合は例外である)
「短大生遺体切断:両親が手記」
この事件は、未来的に見れば一つの「ポイント」となる事件だ。
両親の手記に私は非常に「違和感」を覚えた。
様々な記事を集めてみたところ、殺された末娘に親達が二人の兄とは
違った対応をしていたようだ。(少なくとも本人{娘}はそう感じていた)
最後に「娘が謝っていさえすれば・・・」という下りにその対応の
おかしさをかもし出している。
いかにどんなやりとりが行われたとしても、殺された側に「非」があるように
書くことと、結局殺した側が「親を思って」やった犯行であるからと「擁護」
しているように書いていることに大きな「違和感」を私は感じる。
(全文は下記のwebへ
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070125k0000m040099000c.html)
「あるある大事典2・苦情9200件」
基本的に「マスコミ」をどういうものと、捉えるかは個々によって
随分違うものだろう。ただ私は、それについてかなり懐疑的だ。
果たしてテレビで報道されることが「真実」だろうか・・・。
新聞の記事は「正確」なのだろうか・・・。
同じ事件を新聞社が違うだけで、全く違う記事になることを思えば
すべてのことを「疑わなければならない」時代になってしまったことを
再認識すべきだろう。
しかも、そうしたものに対して本気で苦情を寄せる人たちは、自分が
「簡単に騙される人」であることを自覚した方がよい。
今の「アパホテル・マンション耐震偽造問題」も、実は随分前から
話があったのに記事にならなかったことが「マスコミの政治的圧力に
対する弱腰」からであったことを、もっと国民自身が自覚するべきだ。
飛ばしすぎてまとまりがなかったかな?
一つ一つでもっと掘り下げたブログをUpしたほうがよかったかも
知れないが、時期を外すとピントがずれてしまうので取り急ぎ3件+αで
Upしました。
今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが「事件の本質」を見抜く「目」をもち続けますように。
「自分のため」のことを考えてもいいけど「自分のためだけ」のことを
考えちゃいけないですよね。
may
しつこくなるが、私は日本有数の「豪雪地帯」に住んでいる。
昨年は3メートルに及ぶ積雪に悩まされた。
しかし、今年は50cmに満たない積雪だ。
・・・正直コレだけの「小雪」は中年である私でも記憶に無い。
「なら、楽なだけではないか」と思われる人も多いと思う。
しかし、雪が降るのが「本能的」に分かる雪国人としては、逆にその本能が
「今年は危ない!」と感じさせるのだ。
くわばらくわばら、どうぞ変なことが起こりませんように・・・。
と、慄いている「中年」である。
さて、最近は目まぐるしく様々なことが起きるので、ブログで追いかけ
きれない。一気に三つほどやっつけることにしよう。
まず
「給食費滞納22億円」
様々な公的諸経費の滞納が問題となっているが、一番切実なのがコレでは
無いだろうか。(年金問題は、もはや見放した・・・)
モラルのボーダーラインが、このことにまで下がってきたと見るべきだろう。
問題なのは滞納した分「給食の内容」が貧しくなってしまうこと。
ちゃんと払っている人たちが「バカを見る」ことになる。
「保育料」「NHK受信料」なども同様。
良くも悪くも、すべて「かかったもの」「見たもの」「食べたもの」のお金を
払ってからでなければ、必要かどうか、高いかどうか等を議論する権利は無い。
(もちろん経済問題で払えない場合は例外である)
「短大生遺体切断:両親が手記」
この事件は、未来的に見れば一つの「ポイント」となる事件だ。
両親の手記に私は非常に「違和感」を覚えた。
様々な記事を集めてみたところ、殺された末娘に親達が二人の兄とは
違った対応をしていたようだ。(少なくとも本人{娘}はそう感じていた)
最後に「娘が謝っていさえすれば・・・」という下りにその対応の
おかしさをかもし出している。
いかにどんなやりとりが行われたとしても、殺された側に「非」があるように
書くことと、結局殺した側が「親を思って」やった犯行であるからと「擁護」
しているように書いていることに大きな「違和感」を私は感じる。
(全文は下記のwebへ
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070125k0000m040099000c.html)
「あるある大事典2・苦情9200件」
基本的に「マスコミ」をどういうものと、捉えるかは個々によって
随分違うものだろう。ただ私は、それについてかなり懐疑的だ。
果たしてテレビで報道されることが「真実」だろうか・・・。
新聞の記事は「正確」なのだろうか・・・。
同じ事件を新聞社が違うだけで、全く違う記事になることを思えば
すべてのことを「疑わなければならない」時代になってしまったことを
再認識すべきだろう。
しかも、そうしたものに対して本気で苦情を寄せる人たちは、自分が
「簡単に騙される人」であることを自覚した方がよい。
今の「アパホテル・マンション耐震偽造問題」も、実は随分前から
話があったのに記事にならなかったことが「マスコミの政治的圧力に
対する弱腰」からであったことを、もっと国民自身が自覚するべきだ。
飛ばしすぎてまとまりがなかったかな?
一つ一つでもっと掘り下げたブログをUpしたほうがよかったかも
知れないが、時期を外すとピントがずれてしまうので取り急ぎ3件+αで
Upしました。
今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが「事件の本質」を見抜く「目」をもち続けますように。
「自分のため」のことを考えてもいいけど「自分のためだけ」のことを
考えちゃいけないですよね。
may