Fish On The Boat

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『パリのアパルトマンから』

2021-09-26 22:49:52 | 読書。
読書。
『パリのアパルトマンから』 アトランさやか
を読んだ。

パリ在住のライターによるエッセイ集。やわらかであたたかな風が吹いている、と表現したくなるような文章。それに、風通しだっていいというような内容です。

食文化、フランス人の気質やパリの文化、パリジェンヌたちについて、パリっ子たちのコミュニケーションの有りよう、etc……。どの項も4ページほどの分量なのですが、紹介されているあれやこれや、そこに挟まっているディテールがとても魅力的なのでした。ディテールってものは具体的かつマテリアルでなきゃだな! と感じ得たくらいです。

たとえば、自慢のクロワッサンを買いたいと思っているそのパン屋で、持ち帰った後、自宅での味わい方を知りたくて店員と話をしていると、うしろから自分と同じお客さんであるマダムが声をかけてくる。「食べる前に、オーブンで3~4分温めたら、それはそれは素晴らしいの。私は、毎朝そうしてるわ」「ああ、それはとてもおいしそう。早速、明日の朝試してみます!」「くれぐれもレンジは使わないようにね。オーブンで、ですよ。そして、そうね、温度は150度から160度くらいかしら」というやりとり。そこでの時間の一回性の記録が、なんともオンリーワンで素敵なのです。読者への口当たりがいいように加工してあるものだったとしても、国際都市・パリのもつ個性が日本の文化とはかなり異なっているために、具体性がより際立って感じられるところもあるのかもしれません。

また、次のような箇所も印象的でした。「彼女にとって、そして、多くのフランス人にとって、仕事と美徳は結びつかない。大事なことは、家族や友人と良い時間を過ごすこと。そして、健康で平和な毎日。」。この文章にしても、おそらく読者の読みやすさために「まあるく編集したフランス」といったものなのかもと思いつつも、でも日本とは違うそんなフランス的世界観や人間観がしっかりあるって好いよなぁと思いました。

アメリカの都市などもそうなのだろうけど、パリに住むことってどんどん自分を主張して行かないと簡単に抜かれていったり取り残されたりするみたいです。それでいて時間感覚はルーズ。家族や友人が大事でみんなでバカ騒ぎをたびたびする。……こういう本を通してでも、日本とは別の軸でうごいている世界があることをもっとちゃんとわかっていたいものです。

さらりと書かれている部分ですが、フランスではこども手当をきちんとやり女性の権利も大切にしていて少子化は起こっていない。そういった福祉の充実はさすがでした。19世紀から20世紀に活躍したデュルケムら社会的連帯の研究からの発展なのでしょうか。歴史が積み重なっています。ヨーロッパは石の文化で構築性の文化でしたね(日本は木や紙の文化などと言われたりします)。日本でも最近こども手当てがありますが、これはフランスを見習ったのかな? 

まあ、こういう本を読んでしまうと、パリって素晴らしいな! という感化された感覚だけで終わってしまいそうですが、「えっ、それはどうなの?」ということも書かれています。三角関係などで感情的になって殺人が起こった場合、裁判で情状酌量が起こりやすい、というのがそう。自制心を評価しないのか、とびっくりしてしまいます。そこは芸術を愛する国であることが関係しているのかもしれません。人間の、泥臭く、美的でもなくてぐずぐずした部分は、それが善きものだったとしても、衝動的な感情の爆発の美にはかなわないととられるのかもしれない。そんな感想を持ったところでした。

あとは、ハーブティー。パリでは、ハーブティーに使うヴェルヴェンヌや菩提樹、カモミールやペパーミントなどを扱う薬草店が何店舗かあるそう。好んで飲む人も多いみたいです。僕にはなんだか魔法だとか魔女だとか、そういった存在とのつながりが想起されてしまいました。中世ヨーロッパが舞台のRPGにありそうじゃないですか、薬草店なんて。この薬草店では「咳が止まらないので、なにか好いハーブを」とリクエストすると、専門医に相談することと言われつつ飲み方までちゃんと指南してくれるようです。民間療法ですよね。視点を変えれば、東洋医学の親戚が西洋にもいた、みたいに見えます。

というところですが、読む楽しみというものを再確認できた、なんというか豊かさのある読みものでした。暮らしぶりのなかって、しっかり見つめているとおもしろいことがいろいろあるものです。今回のエッセイ集は、それも見知らないパリでの暮らしぶりのなかでのことですから、思いのほか楽しめたのだと思います。好きな文体で書かれていたことも大きいです。多くの人にとってもやさしい文体でもあると思いました。


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