万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

多言語対応選考の解き難い矛盾

2023年07月10日 11時26分08秒 | 社会
 日本国内には、様々な社会活動を行なうボランティアのNPOが設立され、民間の非政治団体ながらも政府から公式に認定を受けています。Living in Peace(LIP)も認定NPO一つであり、「機会の平等を通じた貧困削減」を目的として、難民の就職活動などを支援しています。ハフポストのweb記事によりますと、同団体、今月に「外国人の働きやすさを評価する指標42項目」を発表したそうです。特に「採用」に関して企業に多言語対応を求めたことから注目されることとなったのですが、同団体が求める多言語対応には、無理があるように思えるのです。

 LIPは、民間のボランティア団体なのですが、国立大学である東京大学の研究者との共同開発ともされ、補助金のみならず、直接、あるいは、間接的に国費が投じられている可能性もありましょう。その一方で、ここで思い起こすのは、世界経済フォーラムが描く未来ビジョンです。同ビジョンでは、‘将来のグローバル化した世界は、‘多国籍企業、国際機関を含む政府、並びに、選ばれた市民団体(CSOs)間の3協力によって最も良くマネージされる’としていますので、LIPも、同フォーラムの認定‘CSO’なのかもしれません。この推測が間違っていなければ、同上の42項目が‘評価指標’と表現される意味を察せられます。

つまり、日本のNPOであるLIPが開発したとされる基準は、本当のところは世界権力が全世界の企業を評価するための‘グローバル指標’であるとも推測されるのです。かくして、LIPの指標については慎重にその意図を見極める必要があるのですが、実際これらの指標を採用しようとしますと、越えがたい高い壁にぶつかってしまうように思えます。
 
 第1に、真の意味での多言語への対応は、全世界の言語数からすれば不可能である点です。何故ならば、全世界の言語数は、7000以上を数えるからです。公用語の数に限ればこの数は少なくなるものの、インドを例にとれば、ヒンディー語を公用語としつつ、準公用語の英語の他に22の指定言語が存在しています(連邦レベルの公用語であるヒンディー語を話さず、指定言語のみを使用するインド人も存在する・・・)。多言語主義による採用を文字通りに実践しようとすれば、膨大な数の言語を想定せねばならず、企業の負担は計り知れません。仮に、同指標に基づく企業評価が対応言語数に比例するとすれば、より多くの言語専門家を雇用することができる、資金に余力のある企業のみが高評価を得ることとなりましょう。

 そこで、第1で指摘した問題に対応するために、使用者数の多い言語、あるいは、国連公用語の六カ国語に絞り込もうとするかもしれません。しかしながら、ここでも第2の問題にぶつかってしまいます。それは、使用者の多い英語、中国語(ただし、北京語、東北語、広東語、上海語の違いがある・・・)、スペイン語、アラビア語、フランス語、ヒンディー語などであれ、国連公用語であれ、それ以外の言語を使用する人々に採りましては、明確なる言語による‘就職差別’となってしまう点です。LIPは活動目標として「機会の平等を通じた貧困削減」を掲げておりますので、使用する言語によって平等な就職機会が損なわれるのですから、これでは自己矛盾となってしまいます。

 また、第3として、言語は、他者とのコミュニケーション手段である点を挙げることができます。何故、言語がコミュニケーション手段である点が問題となるのかと申しますと、外国語を話す人を一人採用する、あるいは、それぞれ言語が異なる人々を採用した場合、他の人々との間のコミュニケーションが極めて難しくなるからです。例えば、多言語対応による採用の結果として、日本語を話すことができず、ヒンディー語を話語とするインド人を一人採用したとします。このケースでは、採用されたとしても、日本語を話す他の日本人社員と意思疎通を行なうことは殆ど不可能となりましょう。また、同様に多言語対応選考の結果として、英語を話す人、中国語を話す人、スペイン語を話す人、アラビア語を話す人をそれぞれ一人づつ採用したとします。このケースでも、これらの外国にルーツのある人々の間、あるいは、日本語社員との間で円滑なコミュニケーションをとることは極めて困難です(多言語翻訳機を導入する方法もあるものの、コストや時間がかかってしまう・・・)。

 第3の問題についても、皆が共通言語を使用すればよいではないか、という意見もあるかもしれません。しかしながら、英語のみとなれば、多様性の尊重どころか言語の画一化を意味してしまいます。これでも自己矛盾となるのですが、とりわけ途上国にあって十分な英語教育を受けることができるのは一部の豊かな人々に限られますので、元より貧しい人々は応募することさえできないこととなりましょう。LIPの目標は、「機会の平等を通じた貧困削減」ですので、多言語対等の選考は、貧困撲滅の効果は薄いとしか言いようがありません。

 以上に主要な問題点について見てまいりましたが、LIPが薦める多言語対応の選考は、解き難い自己矛盾を抱えているように思えます。無理を押してまで同指標に合わせようとしますと、結局は、世界権力の描くディストピアな未来に人類が誘導されてしまうのではないかと危惧するのです。

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