万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘法の支配確立’のための戦争の問題

2024年05月06日 12時41分49秒 | 統治制度論
 日本国政府は、事あるごとに国際社会における法の支配の確立を訴えてきました。中国、ロシア、北朝鮮さらには韓国など、お世辞にも高い遵法精神を誇る国とは言えない諸国に四方を囲まれているのですから、法の支配の確立が日本国の悲願であるのも当然のことです。日本国政府のみならず、アメリカやヨーロッパ諸国なども法の支配の重要性をアピールしており、先日、訪問先のアメリカで発表された日米首脳よる共同声明でも、日米同盟強化の文脈にあって法の支配の確立が共通の目的として謳われていました。

 平和的解決という人類普遍の価値を実現するためには、不安定で時にして気まぐれな任意の政府間合意に頼るよりも、法の支配の確立が最も望ましい形態です。全世界において法の支配が行き渡りますと、各国による国際法の誠実な遵守が戦争リスクを著しく低下させるからです。また、仮に国家間で何らかの紛争やトラブルが起きたとしても、国際司法制度が整備されていれば、武力に訴えることなく、中立公平な立場にある裁判を通して平和裏に解決することができます。法の支配を具現化する制度の構築こそ、国際社会に恒久的な平和をもたらすのです。

 法の支配の重要性は誰もが認めるところなのですが、その一方で、法の支配が主張される時、その目的についても、警戒心をもって注意深く観察すべきようにも思えます。人類の歴史を振り返りますと、平和の実現を口実として戦争が行なわれた事例が多々あるからです。日本国を見ましても、戦国時代にあって最終勝者となった徳川家康については、戦乱の世に終止符を打ち、天下泰平をもたらしたとする評価があります。‘戦争を終わらせるには戦争で勝たねばならない’、あるいは、‘戦争相手がいなくなれば戦争は起きない’という論理であり、戦争の勝者が平和の実現者として賞賛されるのです。

 力を解決手段としていた時代には、平和のための戦争にも一理があったと言えましょう。しかしながら、この理屈は、法の支配を確立するに際しても通用するのでしょうか。法という解決手段の有効性を人々が深く認識している今日にあって、‘法の支配の確立’が、戦争の正当なる根拠となるのか、これは、怪しい限りなのです。

 国際法の存在という面だけを見れば、確かに、侵略やテロ等の行為は国際法において禁じられ、多くの分野で法が制定されております。しかしながら、法の存在は、必ずしも法の支配とはイコールではありません。例えば、ウクライナ紛争やイスラエル・ハマス戦争では、違法性は開戦の口実として用いられています。国際法違反の行為に対しては、正当防衛権を発動することはできますので、国際法が戦争を正当化してしまうのです。つまり、このケースでは、国際法の存在は、司法解決に貢献するのではなく、むしろ、防衛戦争を合法化してしまう方向に作用してしまうのです。この側面は、枢軸国側の侵略行為を連合国側が戦争事由とした第二次世界大戦に既に見られ、国際法が戦争を‘合法的’に誘発しかねないリスクを示唆しています。いわば逆効果とも言えるのですが、この状態が続く限り、戦争をこの世からなくすことは難しくなります(戦争を望む側による相手側に違法行為をさせるがための挑発や工作もあり得る・・・)。

 そして、日米同盟の結束強化の目的が法の支配の確立に置かれている現状にも、同様のリスクを読み取ることができます。南シナ海問題において常設仲裁裁判所の判決を破り捨て、台湾の武力併合を公言しても憚らない無法国家である中国の脅威を考慮すれば、法の支配の確立は、両国民から理解を得やすい説明ではあります。しかしながら、このことは、‘平和のための戦争’と同様に、法の支配の確立を掲げた戦争もあり得ることを意味します。そして、戦争目的としての法の支配の確立は、第三次世界大戦並びに核戦争への導火線ともなりかねないのです。仮に対中戦争の勝利によって国際社会に法の支配を確立するならば、戦場は台湾に留まらず、中国全域を占領し、共産党一党独裁体制を崩壊させた上で、改めて国際司法制度に組み入れる必要があるからです(もっとも、現状では、組み入れるべき国際司法制度も十分に整備されていない・・・)。

 法の支配の価値とは、法の存在そのものにとどまらず、力に頼らずして平和的な解決を可能とするところにあります。武力による解決から脱するところに、真の人類史的な価値があると言えましょう。全ての諸国が信頼を寄せ、安心して利用できる中立・公平な司法システムを構築しないことには、国際社会において法の支配が確立したとは言えないように思えるのです。

 この意味において法の支配の確立を目指しているならば、日米両政府とも第一に取り組むべきは、軍事同盟の強化ではなく、武力を用いずに平和的な解決を可能とする国際司法制度の考案であり、具体的な制度構築なのではないでしょうか。台湾問題についても、台湾の法的な地位確認を国際司法機関に付すなど、中国を司法解決の方向に誘導する、すなわち、台湾侵攻を諦めさせる方法はないわけではありません。こうした努力なくして法の支配の確立を訴えても説得力に乏しく、むしろ、世界権力の戦争ビジネスのために同価値が悪用されているのではないかと疑うのです。

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