発足間もないバイデン政権のイランに対する出方が未だに定まらない時期をチャンスと捉え、先手必勝をモットーとする中国は、イランに対して次の一手を打ってきたようです。自由主義諸国が対イラン制裁を継続している中、中国は、イランとの間に25年の期間を設定した二国間協定を締結したと報じられています。双方の交換条件からしますとバーター取引の観が強いのですが(もちろん、貿易決済通貨が人民元となり、将来的にはイランが’デジタル人民元圏’に取り込まれることにも…)、同協定から見えてくる未来は、決して明るいものではないように思えます。
第一に、同協定により、中国は、今後、25年間の長期にわたってイランから低価格で同国産の石油や天然ガスの供給を受けるそうです。25年後と申しますと、今年が2021年ですので、同協定の効力はおよそ2046年まで及ぶということになりましょう。ここで思い出しますのが、地球温暖化問題です。中国は、今後、積極的に脱炭素化を推進し、他の諸国よりは10年先とはいえ、2060年を目標に温暖化ガス排出量実質ゼロを目指すと公言しています。しかしながら、今般の協定締結により、イランから安価、かつ、独占に近い形で石油の供給を安定的に受けられるとしますと、中国は、脱炭素の国際公約を誠実に順守しようとするでしょうか。
中国の約束は、常々口約束に過ぎず、言葉通りに守られたためしは殆どありません。たとえ条約や協定として法文化されていたとしても、自らの都合が悪くなれば、いとも簡単に破り捨てられてしまうのです。脱炭素化の国際公約も、イラン産の石油が大量に入手できるとなれば、中国は、言葉では遵守を誓いながら、事実上、反故にすることでしょう。イランとの協定は、中国が石油の最大消費地となると共に、最大の二酸化炭素排出国となる未来を暗示しているのです。むしろ、’世界の工場’の立場を維持し、かつ、軍事的な優位性を保つために、石油の使用量を拡大させる可能性さえありましょう(戦闘機や戦車などに石油は必需品…)。これに加えて、世界各国の脱化石燃料エネルギーに向けた太陽光発電や風力発電などの需要にともなう発電施設などを大量に生産するために、大規模な工場を次々に建設し、二酸化炭素はじめ大気汚染物質を大量に排出し、地球環境の悪化を加速させるかもしれません。それは、他の諸国にとりましては、経済のみならず、安全保障上や環境悪化の脅威が増すことを意味するのです。
それでは、イランの側はどうでしょうか。次に、イランの未来を予測してみることとしましょう。同協定にあってイランは、エネルギー資源の提供と引き換えに、中国から日本円にして44兆円ともされる巨額の投資を受けることで合意しています。投資の主たる内容は、およそ3分の2がエネルギー部門なそうですが、残りの3分の1は、高速鉄道の整備や5Gの分野を含むデジタル化への支援に投じられるとも報じられています。今後、イランは、チャイナ・マネーによって、石油や天然ガスのさらなる開発、並びに、先端技術による生産性の向上に努めると同時に、上からのデジタル化が推進されることとなりましょう。そして、今日、世界規模で提唱されている「脱化石燃料化」にも逆行していることになりましょう。
イランと申しますと、厳格なイスラム教を基盤とする宗教国家であり、マホメットが生きた時代を理想郷とするのですから、現代のデジタル社会とは対極にあるイメージがあります。実際に、イランでは、都市化が進んだ自由主義国とは異なり、伝統的なコミュニティーが社会的な役割を担い、昔ながらの生活が営まれています。こうした社会にデジタル化が持ち込まれるとしますと、一体、何が起きるのでしょうか。中国もまた、農村社会の隅々まで強権によってデジタル化が持ち込まれたのですから、イランもまた、中国を範としてそのモデルを採用することとなりましょう。このことは、言い換えますと、イランもまた、中国式の徹底的な国民監視社会に変貌してしまう可能性を示唆しています。しかも、中国製の通信機器を全面的に導入するとなりますと、内蔵されたバックドア機能によって、政府から国民に至るまでのあらゆるイランの情報は、全て中国に筒抜けとなりかねません。イランの現為政者達は、これで体制が安泰するものと歓迎しているかもしれませんが、長い目で見ますと、イランの未来には、中国による実質的な遠隔支配、あるいは、’植民地化’が待っているかもしれません(イラン国内では、同協定に対する反対の声もある…)。
中国とイランとの間の25か年協定は、両国のみならず、国際社会全体に多大なる影響を及ぼすことが予測されます。‘裏取引’、あるいは、‘秘密協定’として中国によるイランに対する核開発支援が約されている可能性も否定はできず、日本国政府をはじめ、各国政府は、同協定に関する情報の収集と分析を急ぐべきではないかと思うのです。