万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

時制を持たない言語は原理主義を生む?-ヘブライ語の問題

2022年01月18日 11時29分29秒 | 国際政治

ユダヤ人の言語であるヘブライ語には時制がないという特徴は、現在と未来との区別を曖昧化し、現在の言葉が未来を拘束してしまうという問題を抱えてしまいます。そして、この関係は、過去と現在、否、過去、現在、未来の関係にも及びます。すなわち、過去が現在や未来を拘束してしまうことがあり得るのでしょう。いわば、時間は永遠であってそこには、過去も、現在も、未来の間に境界線が一切存在しない世界が広がっているのかもしれません。

 

こうした時制の欠如による時間に関する独特の感覚、あるいは、世界観は、今日にあって、少なくない影響を人類に与えているように思えます。その一つは、原理主義を生み出す精神的な土壌となってしまう問題です。原理主義とは、過去の権威ある言葉を一文一句たがわずに現代に再現し、それを未来にも継承させてゆこうとする考え方を意味しています。現代にあっても、原理主義は、個人の信条に留まらず、宗教集団化することで、自らの理想を実現する手段としてテロをも容認する思想的な基盤ともなっています。

 

9.11事件もあって一般的にはイスラム原理主義がよく知られていますが、原理主義集団は、イスラム教に留まるわけではありません。キリスト教にも、キリスト教原理主義に基づく新興宗教団体が数多く存在しておりますし、パレスチナ問題の解決を遠ざけている要因の一つには、ユダヤ教原理主義があります。ユダヤ教原理主義の主張に従えば、ユダヤ人は『旧約聖書』に記された約束の地を全て支配する権利があることとなり、それは、イスラエルの建国に際してパレスチナとの間に引かれた国境線を越えるからです。かくしてパレスチナ側へのユダヤ人の入植が強行されつつも、その根拠が唯一絶対神の言葉なのですから、ユダヤ教原理主義者を説得するのは極めて困難となるのです。一方、この思考回路は、ISといったイスラム原理主義にも共通しており、イスラム原理主義者は、自らの理想郷であるマホメットの時代の再現を求めると共に、かつてのイスラム帝国の版図を復活すべく’聖戦’を闘っているのです。現代にあっても、条約と法よって確定された国境線、並びに、国際法の存在を無視する原理主義集団の存在は、国際社会の法秩序を破壊しかねないのです。

 

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教も、セム語系の言語で記述された聖書から派生した宗教ですので、それが内包する世界観を受け継いでいてもおかしくはありません(但し、新約聖書は、最初から古典ギリシャ語Koine-Greekで書かれている)。原理主義の問題は、時制の欠如というセム語系の言語の特徴が見られるのですが、時間間隔の曖昧性は、原理主義に加え、歴史認識問題をも説明するかもしれません。中国語もまた時制が欠如している言語なのですが、この時間感覚からしますと、現代の言葉が過去を拘束してしまうという逆方向の固定化もあり得るからです。つまり、日中間にあってしばしば歴史認識をめぐる対立が激しさを増すのも、中国における歴史とは、過去の事実そのものではなく、現在の’権威による認識’が定めたものに過ぎないからなのでしょう。因みに、太平天国の乱における南京攻略に際して起きた蛮行は、日本軍によるものとされる、いわゆる’南京大虐殺’の描写と瓜二つです。中国におきましては、’権威’の一声があれば、時間軸においてある時点で起きた事件を他の時点に移してしまうことは比較的容易なのかもしれません。これでは、両国の主張は平行線を辿るばかりとなります。

 

 もちろん、‘卵が先か、鶏が先か’の議論のように、言語が先であるのか、それを使う人々の時間感覚が先であるのかは判然とはしません。しかしながら、時間軸の捉え方は、世界観、並びに、未来に向けての方向性にも多大な影響を与えますので、人類が置かれている状況をより的確に理解するためにも、宗教や民族等における時間感覚の多様性を考慮する必要がありましょう。そして、今日、問題をさらに複雑にしているのは、科学技術は時間の経過とともに発展しつつも、ユダヤ人や中国人がグローバルなパワーを発揮することで、人類が目指すべき理想の方向性が過去に向かってしまうという‘ちぐはぐ’な状況が起きてしまうことかもしれません。時間は不可逆的であって、もはや聖書の時代に戻ることはできませんので、人類は、高度な科学技術と非現実的な世界が一体化した奇妙な惑星に住まされてしまわないためにも、今一度、時間の経過の意味を問うてみるべきように思えるのです。

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