万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

世界経済フォーラムは民主主義を無視する-‘非民主集中制’の問題

2023年04月05日 12時34分48秒 | その他
 世界経済フォーラムを財政的に支えているのは、グローバルに事業を展開する1000社あまりのグローバル企業です。この歴然とした事実からしましても、同フォーラムに民主主義の尊重を求めるのは困難です。考えてもみますと、今日の企業とは、基本的には非民主的な組織であるからです。

 世界経済フォーラムの‘奥の院’が、近代以降、グローバルレベルでネットワークを形成しつつ、貿易や投資(悪い意味での各種資源の権益や経営権の掌握等も含む・・・)、さらには戦争や麻薬等によって巨万の富を築いてきた金融・経済財閥であるとしますと、組織の決定権限並びに富の独占を志向こそすれ、企業を民主的な組織に変革しようとは考えなかったはずです。否、その逆に、自らの仲間内である大株主、創業者、CEOといった極一部の人々が上から命じ、利潤の大半が自らに流れる体制が永遠に続くことを望んだことでしょう。

 その一方で、政治の世界では、近代以降にあっては、大多数の国家において国民が参政権を有する民主主義体制が定着することとなりました。国際社会においても、民族自決、主権平等、内政不干渉等の原則の下で、主権国家が並立する国民国家体系が成立したのです。しかしながら、グローバルな経済勢力にとりましては、同体制は、いかにも不都合です。民主主義国家の政府や政治家は、有権者である国民によって選ばれるために、国民の信託に応える義務があるからです。そこで、経済全体の仕組みを自らの利益となるように、政治の分野も含めて再設計することが、同勢力の達成すべき重要な課題となったのでしょう。世界経済フォーラムが掲げる‘リデザイン’や‘リセット’といった言葉にも、国際体系をも含む既存の仕組みを根本的に変えようとする並々ならぬ野心が伺えます。

 そして、現状を見ますと、まさしく上記の推測どおりに進んでいるように思えます。グローバリズムが深化するにつれ、‘1%問題’とも称された所得・資産格差の拡大や中間層の崩壊が看過できないほどに深刻化してきました。増え続ける移民も、国民の枠組みを内側から揺さぶっていますし、日本国では、終身雇用制が崩壊に瀕し、非正規社員の増加が少子化問題のみならず、国民の貧困化と生活不安を引き起こしています。これらの現象も、経済全体の仕組みや企業の組織形態が、世界権力を頂点とする上意下達を是とする‘非民主集中制’が強まった現れなのでしょう。もっとも、自らに有利な経済システムの構築とその維持という側面に注目しますと、グローバリズムに先立って経済勢力によって試みられたのは、思想面における共産主義の拡散、並びに、労働者の組織化であったのかもしれません。

 カール・マルクスを祖とする共産主義につきましては、その真の狙いは、共産党一党独裁という政治権力も富をも独占する少数者支配体制にして全体主義集権体制の成立にあったのでしょう。共産主義は、資本家による搾取からの労働者の解放を掲げながら、その実、‘非民主集中制’を正当化するイデオロギーとして働いたのです。因みに、‘非民主集中制’は、共産主義体制では‘民主集中制’共産党と表現されており、共産党が権力を独占するために使った二重思考のレトリックです。共産主義を用いた手法は、ロシアや中国といった帝国支配の歴史を有し、自由の抑圧や貧困から多様性に乏しく、人民(農奴・・・)の画一化もある程度進んでいたような国や地域では、期待以上の効果を発揮したのかもしれません。

 その一方で、企業形態の民主化の回避は、産業革命以降、工業化に伴って経済発展を遂げた自由主義国では、労働組合方式において進められたのでしょう。同方式は、さらに幾つかの手法に分かれるように思えます。第一の手法は、工場など、劣悪な環境や条件の下での働く労働者を、労働組合に加入させて組織化するという手法です。この方法では、経営者と労働組合の両者が鋭く対立する一方で、労働者の不満は経営者にぶつけられるために、株主(資本家)は比較的安全な立場に居ることができます。また、政治面に注目しますと、労働組合は、政治イデオロギーとしては左派の中核をなしますので、自らにとって障害となる政府を攻撃するために動員し得る‘実行部隊’として利用することもできたのです。政治的にも両者が正面から対峙する構図では、企業の組織改革は二の次となりましょう。

 第二の手法は、労働組合の加入率が低下し、ホワイト・カラーが多数となった時代に採られる手法です。これは、挟み撃ち作戦とも言えるものであり、‘労働者の利益を護る組織’として労働組合が既に存在するため、むしろ、組織を持たない非加入のホワイト・カラーの人々が、自らの正当な利益や要求を訴える機会を失ってしまうのです。また、リベラルな労働組合は、地球温暖化問題、デジタル化、AIやロボットの導入、多文化共生主義、LGBTQ、移民受け入れといったグローバリストが推進する政策に対しては反対しません。このため、一般のホワイト・カラーの人々が大半を占めている中間層が失業や非正規社員化の危機に直面すると共に、国民の多くが慣れ親しんできた文化や伝統なども壊されてしまうのです。なお、世界経済フォーラムは、グローバル・ガバナンスの構想において労働組合との連携を提唱しています。

 そして、第三の手法は、労働組合方式を他の分野にも拡大させることです。今日、‘市民団体’と称される組織を数多く目にします(世界経済フォーラムでは‘選ばれた市民団体(CSOs)’がグローバル・ガバナンスの担い手として位置づけられている・・・)。その多くが労働組合と同様に地球温暖化やジェンダー問題等の社会問題やマイノリティー保護への取り組みをアピールしていますが、これらの団体の多くも、世界権力によって組織化されているのでしょう。
 
 何れにしましても、現在の経済システムは、それを構成する企業の組織形態からして非民主的であり、労働組合の存在も、働く人々が既存の仕組みを民主的な方向に変えてゆくチャンスを奪っているように思えます。報道によりますと、‘令和の若者’は出世したくない人が多いそうです。これも、単なる勤労意欲の低下とみるよりも、トップダウン型の経済システムや企業形態に対してどこか馴染めないところがあり、よりフラットな組織を求めているからなのかもしれません。固定概念や世界経済フォーラムが示す未来ヴィジョンに固執することなく、各企業がより自由で自立的であり(国家も企業も世界権力から’独立’すべき・・・)、かつ、その内部にあっても社員間の関係がより協働的な参加型の仕組みを考案すべきではないかと思うのです(つづく)。

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