万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

人の自由移動が文化の多様性を破壊する理由

2019年09月15日 14時03分59秒 | 国際政治
多くの人々は、地球上を国境という名の障壁なく自由に往来できる状況こそ、人類が進歩した先の未来ではないかと信じ切っているかもしれません。国家や国境などは不要な上に迷惑な障害物に過ぎず、人類は、気の赴くままにどこにでも行けるべきと…。しかしながら、このグローバリズムが行き着く先の国境なき人類の未来像は、人類史を振り返ってみますと思いのほかに危ういように思えるのです。

 人の自由移動や移民政策に対して反対を唱えれば、‘差別主義者’、‘時代遅れ’、‘愚かなポピュリスト’といった批判を浴びます。僅かに許される批判の根拠は、移民に職を奪われることによる失業や賃金の低下といった経済的な理由であり、イギリスのEU離脱もアメリカのトランプ政権誕生も、どちらかと言えば、グローバル化に伴う国民の不利益を以って説明されてきました。しかしながら、人の自由移動が引き起こす問題は、経済的な側面に限らないことは誰もが気が付いています。そこで本記事では、人の自由移動が人類の文化にもたらす決定的なマイナス影響について論じて見たいと思います。

 人の移動の自由化を支持する人々がしばしばその論拠として主張するのは、古代における人の自由移動です。例えば、日本国であれば、‘古代には、中国大陸や朝鮮半島、さらには、その先の西域から様々な民族や部族の人々が流れ込んできたのだから、現代にあっても、日本国が多民族化しても構わない’と主張されています。確かに、『日本書紀』や『古事記』さらには『新選姓氏録』などを見ますと、秦や漢、百済や新羅の皇室・王室の末裔や西域の秦氏等が渡来していますので(ただし、朝鮮半島の南部には倭人が居住…)、歴史的な事実ではあります。もっとも、公文書に記録されているように、これらの渡来人の人々は、勝手に来訪して日本列島に住み着いたのではなく、日本国の朝廷から許可を得たり、その管理の下で定住を許されていますので、全く自由であったのかと申しますと、そうではないようです。世界史に名高いゲルマン民族の大移動も、最初にゲルマン人が西ローマ帝国に居住し得たのは、‘夷を以って夷を制す’の発想から、ローマ側が帝国辺境での定住を認めたことに依ります(結局、ゲルマン人はローマ帝国内で内部化され、最終的には、ローマ帝国の防衛に奮闘した最後の将軍はゲルマン人と云うことに…)。

国家が建設されますと人の自由移動に制約がかかりますので、過去にあって人類が自由に移動し得た時期とは、文字も発明されていない先史時代と云うことになりましょう。もっとも、原始時代にあっても、自動車といった移動手段を持たない人類の移動範囲は限られていたことは、気候適応によってDNAレベルで人種の違いが生じたことからも分かります。

何れにしましても、ここで問題となるのは、上述した主張は、数千年に及ぶ国民統合や、文化と云うものが長い年月をかけなくては醸成し得ない点を無視していることです。この側面は日本国のみならず他の諸国も同様ですが、ここで確認すべきは、定住という居住形態こそが文化や文明を誕生させたという点です(遊牧民等の移動民族にも固有の文化はありますが、特定の土地に密着てはいない…)。何故ならば、分岐した人類集団が数世代を越えて特定の地に住み続けたからこそ、人々の間で感覚や意識が共有されるに至り、その共有された感覚がその土地にあって具体的な文化として表現されているからです。集団で共有された固有の感覚や意識は、民族衣装、建築様式、儀式、さらには、人の心の在り方にも及ぶかもしれません。今日、人々が外国を訪れ、伝統的な街並みにあって異国情緒を楽しめるのも、諸民族の定住あってのことなのです。

このことは、常に人々が流動的に移動する空間では、固有の文化は育ち得ないことを示しています。しかも、原始の時代とは異なり、今日では、それぞれが既に文化的な要素を属性として備えていますので、人の移動が自由化されますと、地球上に豊かに花開いた多様な文化は全てミックスされ、各国ともに相互的な文化破壊に晒されます。時間の不可逆性、そして、直線的な経過を考慮すれば、過去における人の移動を以って今日の人の自由移動を正当化することは困難です。こうした点を無視しての移民政策は、時間軸を捻じ曲げて未来を過去に戻してしまう‘メビウスの輪戦略’の一種であるかもしれないのです。未来に向けて歩んだつもりが、いつのまにか原始時代に立ち戻っており、しかも同時に文化の多様性まで破壊してしまうのですから。人類の未来を、文化なき無味乾燥としたモノトーンの世界にしないためにも、人の自由移動がもたらす破壊効果についても深く認識すべきではないかと思うのです。

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コメント (6)
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