万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

米中首脳会談―「キッシンジャー構想」は中国に有利

2017年11月09日 16時57分29秒 | 国際政治
北の非核化で米中合意、商談成立も…首脳会見
 アメリカのトランプ大統領は、アジア歴訪の第三番目の訪問国となる中国を訪れ、中国の習近平国家主席との首脳会談に臨んでいます。報道に因りますと、懸案となっていた貿易不均衡問題では、米中間において28兆円規模の商談が纏まる見込みなそうです。

 その一方で、米中首脳会談においては、政治分野における北朝鮮問題について両者間で何らかの協議が持たれるものと憶測されています。一年前の選挙戦では単独主義を掲げてきたトランプ大統領も、対北武力行使に関して中国の了解を得るために訪中を日程に入れたとの観測もあり、アジア歴訪の主要目的とも目されております。

 実際に、同大統領のアドヴァイザーともされるキッシンジャー元国務長官は、今年8月のウォールストリート・ジャーナルにおいて米中合意にもとづく米軍の武力行使による北朝鮮の非核化構想を掲げており、この路線を実践している可能性も否定できません。「キッシンジャー構想」と称される北朝鮮問題解決案とは、米中は北朝鮮の非核化について了解し、完全なる北朝鮮の核放棄を実現すると共に、同問題の解決後には、旧北朝鮮地域に対して米韓軍は配備しない、あるいは、韓国を含む朝鮮半島全域から米軍を撤退させるとする案です。

 キッシンジャー元国務長官は米政界の親中派の重鎮として知られ、70年代以降の米中関係においてキーパーソンとしての役割を果たしてきただけに、同構想が想定する米中ディーリングの結果、即ち、今後のアジアの政治地図は、中国にとって有利な情勢となると予測されます。同氏は、非核化の具体的な方法については触れてはいませんが、経済制裁の強化が本命なのでしょう。今般の首脳会談でも、中国側がさらなる対北経済制裁に踏み込む姿勢を見せているようです。

 しかしながら、経済制裁が行き詰まるとすれば、米軍、あるいは、人民解放軍の単独、あるいは、米中両軍による北朝鮮地域の軍事占領もあり得る展開となります(解決後の米軍配備について触れているので、武力行使も想定内と推察される)。この結果、アメリカは、北朝鮮の非核化によるICBM等による核攻撃を受ける可能性を排除することはできますが、非核化に伴う軍事コストについては、米中共同であれば分担、単独であれば全面的に背負わされます。この結果、少なくない人的、並びに、物的犠牲が払われることでしょう。同盟国である日本国も例外ではなく、北朝鮮危機の解決には安堵しても、米軍の武力行使に対する北朝鮮の報復攻撃を受けるリスクや難民問題の発生というリスクを引き受けざるを得ないのです。

 一方の中国は、北朝鮮非核化の受益者となると共に、ロシアとの利害調整は要しますが、朝鮮半島全域を自国の勢力範囲に含める道筋も見えてきます。北朝鮮問題に関して国際社会からの批判に耐えられなくなった中国は、“黒幕”として表舞台に引きずり出されるよりも、軍事力による北朝鮮問題のあっけない“消滅”を望んでいるのかもしれません。一方、韓国に関しては、長らく冊封体制の下で属国であった歴史から中国に靡く傾向にあり、その伝統的な事大主義は、東アジア地域や同盟関係を常に不安定にしてきました(既に韓国は中国に屈している…)。この点を踏まえますと、朝鮮半島全域の中国陣営入りは、韓国に翻弄されてきた日米にとりましても必ずしもマイナスではなく、“痛し痒し”となりましょう。加えて、同構想では、国際法秩序の現下の危機である南シナ海問題への言及がないところにも不安があります。

 「キッシンジャー構想」は、米中で全ての問題を“話し合い”で仕切るという中国が提唱する“新たな大国関係”の基本構図とも一致しています。しかも、北朝鮮の非核化に際して両国による共同軍事行動が選択された場合、中国が秘かに望んでいるとされる“米中同盟”の姿さえおぼろげながら浮かんできます。誰にも悟られないように目的達成に向けて誘導してゆく巧妙な手法は、近代外交史の専門家であったキッシンジャー元国務長官の真骨頂かもしれません(もっとも、中国、もしくは、中国に利権を有する勢力の”目的”なのでは…)。

 首脳会談の全容は明らかにはされてはいないものの、米中間の商談成立の情報は、米中間の歩み寄りを示唆しており、あるいは、「キッシンジャー構想」を基本路線とした何らかの合意に達したのかもしれません。朝鮮半島が将来的には中国勢力圏に組み込まれるにせよ、北朝鮮問題の解決後にこそ、国際法秩序、即ち、人類の運命を左右する正念場が訪れるのではないかと思うのです。

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