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万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国企業の日本上陸ラッシュの行方-懸念される二重構造化と中国支配

2017年08月23日 14時15分14秒 | 国際経済
 一昔前の“グローバル化”のイメージとは、全世界が一つの市場に統合され、“無国籍化”した巨大グローバル企業群が自由自在にビジネスを展開する開かれた市場、というものでした。この状態も果たして“理想”と言えるかどうかは疑問なところですが、現実は、このイメージとは違った問題を突き付けております。

 昨今の報道によりますと、最近、中国系企業の日本進出が目立ってきており、8月21日付の日経新聞には、“「紅い経済圏」日本へ”と題して中国企業が続々と日本市場でビジネスを開始する様を伝え、“上陸ラッシュ”と表現しています。スマホ決済の「アリババ集団」、民泊サイトの「途家」、自動車シェアの「摩拜単車」、旅行サイトの「携程旅行網」、通信機器の「華為技術」など、特にアメリカ発のプラットフォーム型の新ビジネスの分野を中心に日本市場への進出が相次いでいるのです。プラットフォーム型の新ビジネスは、“早い者勝ち”の面もあり(最初にネットワークを構築した企業が有利となる…)、商機を掴む中国企業の素早さには驚かされますが、日本国における“グローバル化”の行く末は、日本経済圏に中華経済圏がかぶさってくる二重構造化であるかもしれず、このリスクは、在日中国人や中国人観光客の増加を考慮しますと、上記の“グローバル化”よりも特定の外国による自国の経済支配という面において深刻です。

 グローバル市場の理想像では、特定の国が同市場において支配的な地位を占める状態を想定していません。企業は“無国籍化”されており、国境措置や規制も完全に撤廃されているため、政府の姿も殆ど見えません。ところが、今日、グローバル化の旗手を自認する中国は、この理想とは全く反対に、企業を政府のコントロールの下に置き(定款の変更による企業内共産党組織の設置…)、国境の壁や規制を高めています。グローバリズムを利用して他国の市場は開放させて、自国の企業を海外に進出させる一方で、自国市場については閉鎖性を高めるという手法は、まさに善性悪用戦略の経済版とも言えます(行き過ぎたグローバリズムは善性とは言えないまでも…)。

 このまま、中国企業による日本進出の増加が続けば、今や在日外国人数において最大となった在日中国人、訪日中国人観光客、並びに、帰化した中国系日本人は、中国企業の固定的な顧客となりましょう。日本国内にありながら、中国系の人々は、いわば中国経済圏の中で生きることになるのです。ここに、日本経済と中国経済との二重構造が出現するのですが、さらにその先には、日本経済が中国経済に飲み込まれる可能性も否定はできません。中国系の人々は縁故、即ち、ネポティズムが強いことでも知られていますが、日本企業に就職したこれらの人々は、中国系企業との取引を社内にあって後押しすると共に、華人ネットワークを駆使して中国経済圏の拡大に努めることでしょう。特に、人事権を握られますと、一般の日本人が排斥され、日本国籍の企業とはいえ、社風や経営方針が中国式に一変するかもしれません。東南アジア諸国でも、華人による経済の支配という同様の問題に苦しんでいることに示されますように、共産主義国家のイメージとは違い、本来、中国の人々は商才に長けております。拝金主義的な精神文化はお札を燃やす道教の葬礼の慣習にも見られる通りであり、日本国もまた、中華経済圏に飲み込まれる可能性があると言えるでしょう。

 今日、日本国は、グローバリズムの理想と現実の乖離に直面しております。日本経済が中華経済圏に飲み込まれる未来を、日本国民が望んでいるとは思えないのです。

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ビットコインとモンゴルの政府紙幣-通貨発行益の掌握

2017年08月12日 14時58分45秒 | 国際経済
「ビットコイン・仮想通貨」のニュース
 紙幣については、それが政府紙幣であれ、銀行券であれ、“詐欺”の一種であるとする批判があります。物としては僅かな価値しかない“紙切れ”が印刷された額面の価値を持つのですから、紙幣とは何とも不思議な存在ではあります。

 ところで、政府紙幣についてこの問題点を最初に指摘したのは、『東方見聞録』を残したマルコ・ポーロです。モンゴル帝国は、最初に政府紙幣を発行した国として知られていますが、マルコ・ポーロは、同著においてフビライ・カーンが、如何にして政府紙幣を以って莫大な財産を手にしたのかをかなり詳細に記述しています。

 要約しますと、大汗(フビライ)は、新設した首都カムバルク(大都:現北京)に造幣局を設置し、そこで、大汗の印を押した大小様々な額の紙幣を造ります。大汗の支出は、全てのこの紙幣によって支払われますが、マルコ・ポーロを特に驚かせたのは、それが、大汗が莫大なる財産を手中に収める手段として使われていたことです。何故ならば、一年に数回、“宝石や真珠、金銀を持っているものはみな大汗の造幣局にそれをもって行くべし”という布告が出されるからです。乃ち、領内に居住する財産的価値のある貴金属等を所有する者は皆、造幣局にこれらを持ち込み、同価値の紙幣と交換することとなるのです(金銀との兌換が保障されていたわけではないものの、金銀を入用な者は、造幣局から紙幣を以って買うことはできた…)。かくしてこの制度は、ポーロをして、“世界中の君主が一緒になっても、大汗ただ一人が所有する財宝に及ぶべくもない”と言わしめているのです。

 モンゴル帝国が発行した世界最初の政府紙幣は、その後、帝国の版図において広く流通し、モンゴルの軍事力をバックに領内の商業を支える役割を担います。しかしながら、紙幣発行の際に生じる通貨発行益(seigniorage)は、それが公的な使途に向けられたとしても、大汗によって掌握されていました。紙幣に対する上記の批判は、まさに、無から有を生む“錬金術”の如き通貨発行益の存在にあるのです。

今日の通貨も不換紙幣ですが、14世紀には存在していない中央銀行制度の下で銀行券が発行・流通しています(現在の不換紙幣の信用は、凡そその国の国力によって支えられている…)。仮に、通貨発行益があったとしても、それは、政府の歳入に組み入れられ、私的な資産となることはありません。ところが、政府紙幣ならぬ、民間紙幣であるビットコインのみは、通貨発行権は発行者に、そして、通貨発行益は採掘者(マイナー)に帰するのです。ビットコインは銀行券でもありませんし、何れの国や地域の中央銀行のコントロールの下にもありませんので、ビットコインの現状は、いわば、民間人による“錬金術”が既成事実化している状態と言えます。そして、通貨としての通用力は、希少金属でも国力でもなく、偏に人々の空気にも似た信頼のみに依拠しているのです。

 ビットコインについては、不可解なことにもIMFも黙認していますが、考えてもみますと、通貨発行権、並びに、通貨発行益が私人によって掌握されるのですから、国家や地域の視点に立てば、私人による通貨発行権、並びに、通貨発行益の侵害であり、公共性の高い金融インフラ、並びに、公共財の私物化ともなりかねません。モンゴル帝国崩壊の原因については、政府紙幣の乱発によるインフレが経済に混乱をもたらし、社会の不安定化を招いたとする点が指摘されています。モンゴルの政府紙幣発行から600年余りが経過した今日、ビットコインもまた、それが、大汗にも増して無責任な私人による“錬金術”なだけに、その流通量や取引が増加するに従い経済の波乱要因となりかねないリスクを孕んでいると言わざるを得ないのです。

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日欧EPAはTPPよりリスクが低いー”格差移動”がない

2017年06月25日 15時17分44秒 | 国際経済
日欧EPA、日本側が関税9割超を撤廃の方向
 ”行き過ぎたグローバリズム”への批判が強まる中、日本国政府は自由貿易主義を維持する方針から、EUとのEPA締結に向けて交渉を重ねています。自由貿易主義へと潮流を戻すべくEUも積極姿勢に転じており、合意間近との観測も流れています。

 それでは、イギリスのEU離脱やアメリカのトランプ政権誕生の主要な要因となった”行き過ぎたグローバリズム”には、どのような問題があるのでしょうか。実のところ、広域経済圏を構成する国家間の間に著しい経済格差が存在する場合に、主として以下の問題が発生します。

 第一の問題点は、移民労働者の移動です。イギリスでは、EUの基本原則である人の自由移動の結果、中東欧諸国から同国を目指して移民が押し寄せ、反EU感情を誘発することとなりました。この点はアメリカも同様であり、NAFTAには人の自由移動は原則に含まれないものの、不法移民の形でメキシコからアメリカに大量の移民が流入しました。この流れは、経済レベルの低い国から高い国への一方通行となります。

 第二の問題点は、製造拠点の移動です。この問題は、先進国における産業の空洞化と称される現象であり、グローバル企業がより労働コストの低い加盟国に製造拠点を移すことで発生します。この結果、経済レベルの高い国は、深刻な雇用不安や所得の低下に悩むこととなり、トランプ氏を大統領に押し上げる原動力ともなりました。イギリスのEU離脱決定においても、EUが掲げる”サービスの自由(設立の自由)”に基づく海外移転による製造業の衰退は、有権者の判断材料の一つとなっています。製造拠点の流れも、経済レベルの高い国から低い国への一方通行となり、移民労働者の流れとは逆です。

 つまり、経済格差によって、上述した二つの逆方向の流れが同時に発生することで、とりわけ経済レベルの高い側の国民にしわ寄せが集中するのが、”行き過ぎたグローバリズム”の問題点なのです。この側面から日欧EPAを見ますと、日EU間では、TPP加盟予定国間ほどには経済格差がありません。また、EUのようにモノ、人、サービス、資本の自由移動を認める市場統合をするわけでもないのです(日欧は国境を接しておらず、米墨間のような密入国も問題も起きない…)。即ち、上記の問題は日欧EPAでは起きにくいのです。しかも、移民問題については言語の問題もあり、日本国からEUに移民労働者が押し寄せたり、逆に、EUから移民労働者が大量に日本国に流れ込む事態もあり得ません。日欧EPAについては、”コメが絡まない分、交渉は楽である”との評もあるそうですが、”格差移動”がない点も、日欧EPAが低リスクな理由ではないかと思うのです。

 自由貿易において相互利益が確実に期待できるパターンとは、双方が相手国が生産できない産品を有している場合です。この点、日本国政府は、ソフトチーズといった乳製品の関税撤廃には難色を示しているそうですが、カマンベールやブルーチーズといった嗜好品は、カビの種類や伝統技術等により、どうしても同じ品質のものを日本国内で生産することはできません(日本製もありますが生産・流通量も少なく、食感も本場のものとは違ってしまう…)。こうした、主食ではなく、かつ、特産性の高い品目こそ、率先して関税を撤廃しても良いのではないかと思うのです。

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”万帯万路”ではなく”一帯一路”とする中国の本音

2017年06月08日 13時48分08秒 | 国際経済
一帯一路、条件付き協力=「潜在力持つ」と評価―安倍首相
 先日、日本国の安倍首相が、中国が提唱する一帯一路構想について条件付きで日本企業の参加を容認する立場を示したことから、中国の国内ネットでは、”中華帝国の復活”を礼賛したり、”日本が遂に中国に屈した”とする内容の書き込みで溢れているそうです。その一方で、この件に関する日本国内でのネットの反応は、至って冷ややかです。

 その理由は、日本国民の間に、中国が主導する一帯一路構想に対してぬぐい難い警戒感があるからに他なりません。それは、国際プロジェクトの名の下で、中国が自国のみに利益を誘導し、周辺諸国を隷属させる広域的中華経済圏を構築しようとしているのではないか、とする根強い警戒感です。この文脈からしますと、首相が付した”参加条件”、即ち、”自由で公正な経済圏の実現”とは、一帯一路構想から中国の覇権主義的要素を払拭せよ、とする対中要求として理解されるのです。

 そもそも、”一帯一路”というネーミングには、中国の覇権主義が色濃く反映されています。何故、”一”なのか、という疑問を掘り下げてみますと、”全ての道はローマに通ず”の如く、中国を唯一の中心国とする思想が見えてきます。つまり、中国を中心点に置いたヴィジョンとしての”一帯一路”なのです。仮に、アメリカがこのネーミングで自国中心の経済圏構想を発表したとしましたら、全世界が身構えることでしょう。当構想に参加した諸国が中国のネーミングに不信感や不快感を持たなかったのは不思議な事でもあります。

 表向きの説明のように、仮に中国が、全ての諸国に開かれ、互恵的な経済圏構想を本心から望んでいるならば、そのネーミングは、”一”ではなく、”多帯多路”、あるいは、中国風に表現すれば”万帯万路”となるはずではないでしょうか。今日の通商関係は多角的ですし、市場もまた、グローバル市場もあれば、地域市場もあり、そして当然に人々の生活と密接に結びついている国内市場もあり、多層性を有しています。国際流通を担うインフラの建設は、中国を中心点とする必然性はないのです。このように考えますと、”一帯一路”というネーミングにこそ、中国の中華思想に起因する本音が現れているように思えるのです。

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リスクに満ちたTPP11ー新自由主義は原理主義

2017年05月18日 14時05分13秒 | 国際経済
TPP11視野に協力=対北朝鮮、南シナ海で連携―日・NZ首脳
 トランプ政権の誕生により、自国経済へのマイナス影響を理由にアメリカがTPPから離脱したにもかかわらず、日本国政府は、アメリカ抜きのTPP11に向けて邁進しております。自民党内の新自由主義派の方針なのでしょうが、新自由主義こそ、’原理主義’、や’過激派’という名が相応しい危険思想ではないかと思うのです。

 フランス革命時のスローガンである”自由、平等、博愛”を経済分野に当て嵌めてみますと、第二次世界大戦後の自由貿易体制の基本方針とおよそ一致します。これらの三つのスローガンは、”障壁のない自由な貿易”、”国による差別のない貿易”、及び、”いかなる国とも通商関係を結ぶ多角的な貿易”と読み替えることができるからです。理想的なスローガンとしては人々を惹きつけるのですが、フランス革命がロベスピエールの恐怖政治の下での強圧的な社会改造や大量虐殺、並びに、革命戦争に端を発する侵略戦争に帰結したことは無視できない歴史です。無制限、かつ、無条件にこれらのスローガンを追求しますと、天国のはずが地獄へという、思わぬ逆転劇に見舞われないとも限らないのですから。

 新自由主義とは、まさしくこの基本方針を極限まで貫き、さらには貿易の概念さえも越えて、自らがどこの国でも自由に障壁なく事業を展開できる一つの”グローバル市場”に世界を変えることを理想とする思想です。この理想を実現するためには、すべての国々に対して、その障害となるあらゆる国境措置や政策の排除が要求されます。そして、”グローバル市場”が誕生した暁には、格差を利用したビジネスの自由な展開が可能となり、レッセフェール型の自由競争の下での弱肉強食も容認されるのです。

 各国の既存の社会は、利益の最大化を目的とする新自由主義勢力によって”グローバル文化”と称される無味乾燥としたモノトーンの文化へと改造され、経済の分野における雇用喪失や低賃金労働は、一般の国民にとりましてはいわばフランス革命期の”経済的虐殺”に等しくなります。また、各国の市場開放は、新自由主義勢力による自国市場の席巻を招きますので、”経済的侵略”ともなりかねないのです。国境や政府の政策による、自国民、並びに、自国企業の保護は一切許されないのですから。そして、新自由主義者にとっては、当然に、貿易の不均衡など問題外であり、”グローバル市場”における利益の確保こそが最大の関心事なのです。

 自由も、平等も、博愛も、それ自体は、尊重されるべき価値ですが、これらの理想は、もとから相矛盾しているという欠点があることに加え、制御なき原理主義的な暴走は、混乱と破壊、そして、人々の失望と怒りをもたらすことになりましょう。こうしたTPP11に潜むリスクを考慮すれば、今は、立ち止まるべき時なのではないでしょうか。

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グローバル市場の覇者が共産国家というパラドクス

2017年05月16日 16時52分24秒 | 国際経済
中国主導のAIIB、日本も早期参加を…二階氏
 軍事力においては群を抜いていたソ連邦も、統制経済の失敗により消滅する運命を辿ることとなりました。統制経済には市場経済に内蔵されている発展のメカニズムが欠如していますので、ソ連邦の経済は停滞を余儀なくされたのです。

 その一方で、共産主義国家は経済成長しないとするジンクスは、政治的には共産党一党独裁体制を維持しつつ、経済的には改革開放路線を選択した中国によって破られることになります。積極的な外資の導入と安価な労働力を武器に飛躍的な経済成長を遂げ、中国製品が全世界の市場に溢れかえる至るのです。2002年にはWTOにも加盟し、この時、誰もが中国は”普通の市場経済国家”に変貌した信じたことでしょう。

 しかしながら、中国は、真性の”普通の市場経済国家”へと移行したのでしょうか。改革開放路線に対する期待は、中国の国内経済にあって民間企業等の活動も盛んになり、中間層が形成されれば自然に民主化し、名実ともに普通の国家へと変化するというものでした。しかしながら、昨今の様子を見ておりますとこの見方は楽観的であり、むしろ、共産主義国家であったからこそ、中国は、破竹の勢いてグローバル市場を席巻したという見方もできないわけではありません。何故ならば、13億の人口を擁する巨大国家が、その廉価な人件費を武器に、国家を挙げて国際競争の世界に参加すれば、当然に、強大なる競争力を有することとなるからです。ソ連邦は、西側の国際経済や産業と切り離されていたため、経済力で西側陣営を脅かすことはありませんでした。ところが中国は、統制経済時代の経済停滞を逆手に取り、これに起因する安価な労働力を西側企業に提供することで輸出攻勢をかけたのです。政府系企業を温存しつつ、中国が西側諸国の企業を取り込んだことによって、”民主主義国家陣営”は、内側から切り崩されつつあります。

 そして今や、中国は、自らをグローバル経済の指導者と称して憚らず、自国中心の”中華経済圏”を構築すべく、一帯一路構想に象徴されるように、共産主義の特徴でもある政治と経済との結びつきを強めています。グローバル市場の覇者が政治的野心に満ちた共産国家というパラドクスに、果たして、民主主義諸国は耐えられるのでしょうか。

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欺瞞に満ちた日中韓の対米自由貿易共同戦線

2017年05月05日 15時08分40秒 | 国際経済
日中韓の財務相「あらゆる保護主義に対抗」、共同声明に明記
 アジア開発銀行の年次総会の開催に合わせて、日中韓の三カ国は、毎年、財務相・中央銀行総裁会議を開催しているようです。今年の共同声明では、アメリカのトランプ政権に対する牽制を意図してか、”あらゆる保護主義に対抗”とする文言が明記されました。しかしながら、この宣言、欺瞞に満ちているとしか言いようがないのです。

 TPP交渉が難航したように、通商交渉には、常に国益と国益との鬩ぎあいがあります。ポジティヴ・サムの相互利益を主張したリカード流の自由貿易理論の成立条件は極めて狭く、実際には、劣位産業の淘汰というマイナス効果が伴います。しかも、今日の自由貿易、否、グローバル化政策には、賃金水準等の国家間の格差に伴う企業や勤労者の移動により、政治・社会分野にまで甚大な影響が及ぶという謂わば’副作用’があるのです。このため、無条件に自由貿易主義の原則を実行し、関税障壁、並びに、非完全障壁を完全撤廃する国は殆どなく、唯一これを実行したEUでも、ソブリン危機のみならず、移民問題なども発生し、政治問題とも化し、離脱問題が生じてきたのです。

 一方、今般の会議では、政治的には対立する日中韓の三カ国が経済分野では反保護主義で一致し、対米共同戦線で足並みを揃えた格好となりましたが、三カ国とも、その実、通商政策において保護主義を採用しているのが現実です。日本国は、WTOの交渉枠組みのみならず、あらゆる通商交渉の舞台でコメの高い関税率等を死守しており、農業分野においては最も高いレベルの保護主義を貫いてきた国です。中国は、資本や人民元の為替取引など、様々な分野で国境規制を残しており、他国には市場開放を求める一方で自国の市場は保護するダブル・スタンダードに批判が集まっています。また、保護主義を掲げて当選したトランプ政権発足直後には、”グローバリズムの旗手”を自認しながら、習主席は、トランプ大統領との米中首脳会談で「100日計画」を約し、あっさりと旗手の座から降りてしまいました。韓国はと言いますと、FTAをアメリカやEU等と締結したものの、次期大統領選挙では、革新系最大野党「共に民主党」の文在寅氏が独走状態とされており、自由貿易協定の締結は、一部の財閥系企業を潤すことはあっても、所得格差を広げ、雇用の不安定化をもたらしたため、一般の国民の経済的不満が高まっているようです。

 自由貿易主義か保護貿易主義かの二分法は既に意味を失っており、徒に反保護貿易主義を掲げることは、自らの首を自らの手で絞めるようなものです。それとも、国内においてマイナス影響を受ける産業や国民の懸念については無視を決め込んでいるとしますと、日中韓の三カ国の財務相・中央銀行総裁は、揃いも揃って”行き過ぎたグローバリズム”を良しとする国際的な新自由主義勢力の手駒であり、この勢力が書いた台本を読んでいるに過ぎないのでしょうか。

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米抜きTPPで日本国は草刈り場へー”中間層破壊効果”という副作用

2017年04月01日 14時16分43秒 | 国際経済
【TPP】米抜き発効を検討 5月の閣僚会合声明に明記も視野  
 アメリカのTPP離脱によって頓挫したかに見えたTPP。ところが、昨今、日本国政府内でも、米国抜きでTPPを発効させる動きが活発化してきているようです。

 果たして、米国抜きのTPPは、日本国に利益をもたらすのでしょうか。TPPに先んじて設立されたNAFTAでは、”中間層破壊効果”という強すぎる副作用が顕在化し、貧困化の危機にある国民の支持を受けて成立したアメリカのトランプ政権は、既にその見直しに着手しています。地域的自由貿易圏に伴う中間層破壊のメカニズムとは、古典的自由貿易論が提唱された時代には存在しなかった”移動の自由化”とも相まって、先進国において引き起こされる現象です。加盟国間における経済格差が大きい程この効果は高まり、高きから低きへの流動が一斉に起きるのです。例えば、企業は、広域市場を対象として最適配置での経営を追求しますので、労働コストの高い先進国から製造拠点が流出すると共に、域外国の企業も、先進国市場への輸出を目的として労働コストの低い加盟国に製造拠点を設けることとなります。NAFTAの場合、メキシコに製造拠点が集中する一方で、アメリカにおいて雇用機会の喪失が深刻化しました。また、NAFTAには、人の自由移動は含まれていませんが、それでも、メキシコからの不法移民が増加し、アメリカ国民は、失業のリスクに加えて賃金低下にも見舞われたのです。

 こうした現実を踏まえた上で、アメリカ抜きでTPPを発効させた場合を考えてみることにします。TPP加盟国のうち先進国とされるのは日本国のみですので、日本市場をターゲットとした製造拠点の移転が活発化することでしょう。おそらく、工業製品については、地理的に近いベトナム、ブルネイ、マレーシア、シンガポールといった諸国が移転先の有力な候補国となります。日本企業の中からも、これらの諸国への工場移転を検討する企業が現れるでしょうし、中国等の域外国も、これらの諸国に日本市場向けの工場建設を計画するかもしれません。この結果、日本国の中間層が、アメリカ同様に破壊される可能性が高くなります。

 また、農業分野を見ても、TPP交渉の妥結には、アメリカに対して特別に農産物の輸入枠を設けるなど、対米合意という側面がありました。この合意も白紙となるのですから、他の参加国から、さらなる自由化が求められる可能性もあります。特に東南アジア諸国では米作に適した気候条件が整っていますので、現地でのジャポニカ種の栽培が増えれば、日本の農業に与える長期的な影響は無視できません。

 如何なる国にあっても、健全な中間層の育成と維持は難しい課題です。日本国は、かつて”一億総中流”と称されたように、戦後、厚みのある中間層の形成に成功しています。にも拘らず、米抜きのTPPに自ら飛び込むとしますと、中間層破壊効果が日本国一国に集中し、日本国民の生活水準や安定性が著しく損なわれかねません。況してや、中国がTPPに参加するとなりますと、中国製品の輸出攻勢の前に、日本国は目も当てられない事態に襲われることでしょう。アメリカの不参加という根本的な事情の変化もあったのですから、日本国政府は、米抜きTPPへの参加については見送るべきと思うのです。

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国際通商システムの新たな原則は”公平”か

2017年03月21日 14時20分24秒 | 国際経済
反保護主義打ち出せず=米国第一、国際協調に影―為替合意は再確認・G20閉幕
 ドイツのバーデンバーデンで開催されていたG20は、”反保護主義”を打ち出さずに閉幕となりました。トランプ政権発足によって、今日、自由貿易主義を基調としてきた国際経済システムは転換期を迎えているようです。

 戦後の国際経済システムは、自由貿易主義を原則として掲げ、実際に、関税率の引き下げに留まらず、非関税障壁の撤廃にも努めてきました。しかしながら、財のみならず、資本、サービス、人、知的財産権といった他の分野にも自由化の波が押し寄せると、自由貿易主義の枠に収まらないグローバリズム型の経済戦略が登場するに至り、国際経済の様相は一変しました。ここで言う”自由”とは、資本、サービス、人、知的財産権などをめぐるすべての障壁の撤廃を意味しますので、あらゆる分野における国境の”開放”をも含意していたからです。

 この結果、近年のグローバリズムは、国境なきグローバル市場における規律なき”レッセフェール(自由放任)”と化すようになりました。多国籍企業、あるいは、グローバル企業は、企業進出や活発なM&A等を通して全ての諸国の市場を席巻しようとする一方で、コスト面において競争力に劣る先進国の勤労者が置き去りにされる問題をも引き起こしたのです。同時に、この現象は、先進国の中間層の破壊を伴って進行したため、アメリカやイギリスでは国民の政治的選択の問題と化し、行き過ぎたグローバリズムに対する反動が表面化しました。

 自由放任を許せば、”万人の万人対する闘争”状態となるため、自由にも規律が必要であることは人類普遍の原則です。となりますと、経済分野においても、従来の自由一辺倒のルールが是正要求を受けるのも、人間理性に沿った自然の流れとも言えます。このように考えますと、自由放任を是正するための方策としてトランプ政権が主張しているのは、”公平”の原則の導入なのかもしれません。つまり、国際通商システムに公平の原則を導入すれば、多国籍企業やグローバル企業のみが利益を最大化し、ナショナル、あるいは、ローカルレベルの中小規模の企業や一般の国民が踏みにじられていく状況を抑制できると考えたのでしょう。著しい貿易不均衡や雇用問題の深刻化等が示す現実は、理論や理想に反してグローバリズムが一部の国や人々にしか富をもたらさないことの証左なのですから。

 そして、今後注目されるべきは、国際通商システムに公平の原則が導入される場合、それによって、どのような国際ルールが形成され、政府にはどのような行動が求められるのか、という点です。この点、自由貿易主義は単純であり、自由化そのものが唯一のルールと見なされ、国境規制を含む関税や非関税障壁の撤廃が強く求めらました。”公平の原則主義”ですと、行き過ぎた自由に対する抑制を意味しますので、少なくとも、国民の生活レベルが低下したり、雇用不安や賃金低下に直面する国については、防御的な手段に対する容認幅が広がると予測されるのです。

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中国経済の”偽装自由化”は店仕舞いか?

2017年03月06日 15時07分30秒 | 国際経済
【中国全人代】「リコノミクス」終焉へ 構造改革先送り、習近平氏に一極集中 党大会控え公共投資ふたたび台頭
 今年の中国全人代は、習近平国家主席への権限集中が顕著となり、李克強首相との権力争いにも決着が付いた感が否めません。李首相が主導してきた”リコノミクス”が終焉を迎え、”シーコノミクス”の時代に移ったとも評されています。

 ”シーコノミクス”の具体的な内容は不明瞭ですが、報道に拠りますと、携帯料金の一部無償化案に対して拍手が鳴り止まない一幕があったそうです。国民生活の向上を目指すとする今大会の方針に沿った政策の一環なのでしょうが、敢えて情報通信分野に的を絞った無償化政策を打ち出し、全人代がこぞって賛意を表明したことには、”シーコノミクス”の政策方針が透けて見えます。

 情報通信分野と言えば、13億の巨大市場を背景に、近年では、米IT企業とも協力関係にあると共に、グローバル経済を象徴する分野でもあります。この分野において、一部とはいえ無償化を実施する意図には、習政権に対して不満を燻らせている国民に対する”懐柔”に留まらず、全世界に向けたメッセージが込められているように思えます。それは、”シーコノミクス”の目指すところは、国家による情報通信分野の掌握であり、共産党による経済・社会両面における統制の強化です。言い換えますと、政府系ゾンビ企業の退治に積極的な取り組んできた”リコノミクス”が退場し、今後の中国経済は、”シーコノミクス”の下で統制型に逆戻りする可能性が高いのです。情報通信分野では、政府が既に”価格決定権”を握っているのですから。

 さらに懸念すべきは、統制経済が国内に留まっていた改革開放路線以前とは異なり、今般の”シーコノミクス”は、”グローバリズム”を中国の国策と結びつけていることです。今後とも、国家のあらゆる資源を動員することで、一帯一路構想の下で中国中心の経済圏構築に邁進することでしょう。となりますと、対中批判を繰り返してきたアメリカのトランプ政権との衝突は、近い将来、政経両面において不可避となるかもしれません。中国は、80年代にあっては、政治分野における”偽装民主化”によって、中国国民、並びに、アメリカをはじめ国際社会を騙し、天安門事件まで引き起こしています。軍事大国化に必要な技術やノウハウを手中に収めた今日、中国は、遂に、経済分野における”偽装自由化”をも店仕舞いし、共産党、否、スターリン主義に類する個人独裁体制という真の姿を見せ始めているように思えるのです。

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海外企業による買収リスクは深刻ー東芝は他人事ではない

2017年02月16日 15時33分36秒 | 国際経済
東芝の取引先、1年半で4割減 家電子会社など売却で
 報道によりますと、東芝グループの経営難に伴う事業の”切り売り”の影響を受けて、1年半の間に東芝の取引先は4割ほど減少したそうです。グループ本体から切り離されたとはいえ、これまでのところは分離された事業体との間で取引関係は維持されているため、経営難に陥ったとする報告は見られないようです。

 白物家電部門は、半導体部門等に先んじて既に中国の美的集団に買収されていますが、果たして、美的集団は、日本企業との取引に拘るでしょうか。既に、東芝の白物家電部門の製造拠点の大半は中国に移転していますので、東芝グループと取引関係にあった日本企業の多くは、部品等を中国に向けて輸出してきたはずです。つまり、日本製の高品質の部品を用いて東芝ブランドの家電製品を中国で生産し、それを日本市場に向けて輸出してきたのがこれまでのパターンであったはずなのです。しかしながら、美的集団の東芝買収の狙いは、そのブランド力にあるとされていることに加えて、中国企業の部品製造技術も、近年、技術移転の成果として急速に伸びています。中国企業の戦略が、信頼性の高い日本企業のブランドを活用し、低価格を武器に輸出攻勢をかけ、世界市場を席巻することにあるならば、今後とも、部品調達を日本企業に頼るとは思えません。冷徹な経営戦略からすれば、むしろ若干品質を落としてでも、”部品調達の共通化”といった美名の下で何れかの時点で自国企業の部品に切り替えるはずです。東芝の白物家電部門は赤字経営でしたので、”合理化”という名目も使うことができます。ブランド名の使用については40年の期限付きなそうですので、近い将来、美的集団は、部品調達から製造に至るまで、コスト高となる日本の取引企業を切り捨てつつ、事業全体を中国国内に移転させることでしょう。良質の製品を製造しながら、”規模の経済”、”効率最優先”、”コストカット”の波に押し流され、日本企業が市場から淘汰される現象は、”グローバリズム”の一言を以って是認されるべきなのでしょうか。

 東芝グループの解体には、初めからシナリオがあったようにも見えるのですが、東芝のケースは、他の日本企業にとりましても他人事ではないように思えます。外国企業による買収により国内雇用が減少し、経済のスパイラル的な衰退を招く現象は、”行き過ぎたグローバリズム”の深刻な問題点です。特に、労働コストの低い国の企業による買収は雇用流出の原因となり、産業の空洞化にも拍車をかけます。日本国政府も保護主義を再評価し、買収リスクへの対応を講じるべき時が来ているように思えるのです。

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保護主義批判が自国経済を苦しめるー政府は東芝の救済を

2017年02月14日 15時07分26秒 | 国際経済
東芝、きょう発表予定の決算を1カ月延期 米原発会社の買収めぐる「内部通報」で調査必要に
 アメリカがTPPからの離脱を決定したことから、日本国の政府もメディアも、保護主義批判一色に染まっております。安倍首相は、訪米に際してトランプ大統領にTPPの意義を説明したとも報じられていますが、保護主義を”悪者認定”しますと、ブーメランとなって自国の経済をも苦しめる結果を招くのではないでしょうか。

 目下、米原発力子会社ウィスティングハウス・エレクトリック社による買収をめぐり、巨額の損失を発生した東芝は、最悪の場合、東芝グループの解体や倒産まであり得るとまで囁かれております。”虎の子”の半導体メモリー部門についても、本体から切り離して子会社した上で、他社からの出資を受け入れる方針を示しています。既に入札も始まっておりますが、日本企業のキャノンが断念したことで、入札企業は、アメリカ、台湾、中国、韓国等々、全て外国企業ばかりとなりました。出資比率は20%程度とされておりますが、3割まで引き上げる案も検討されており、競争当局の許可というハードルがあるものの、将来的には、外国企業が主導権を握る展開も予測されます。東芝については、既に白物家電部門が中国の美的集団に買収されいますが、製造業は裾野が広いだけに、東芝グループの”身売り”によって、キャノンの御手洗会長が既に指摘されたように、日本国内の雇用にも多大な影響が生じる可能性も否定はできません。日本国政府は、東芝の事態を静観しているようですが、如何なる国でも、国内雇用への配慮から企業救済措置を実施しており、この点、政府の態度は冷淡です。

 日本国には、日本政策投資銀行や日本政策金融公庫などの政府系金融機関が設けられており、東芝の件も、こうした金融機関が融資や出資を行えば、日本経済の衰退や雇用不安を起こすことなく軟着陸できるはずです。外国に対する金融支援には大盤振る舞いをしながら、足元の自国企業の危機に対しては何らの措置も採らないとなりますと、政府の方針は、本末転倒と言わざるを得ません。自国民や自国企業の保護は、政府の基本的な役割の一つなのですから、日本国政府は保護主義批判によって自らの政策手段を縛ってはならないと思うのです。

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トランプ大統領円安誘導批判問題ードル高はドル決済の運命では?

2017年02月03日 15時13分11秒 | 国際経済
日銀緩和は「国内のデフレ是正のため」 麻生氏、トランプ氏の「円安誘導」批判に反論
 アメリカのトランプ大統領は、米国製品の輸出を拡大すべく、日本国に対しても”円安誘導”を批判しております。批判の対象は、当局による為替市場への直接的介入に留まらず、日銀の量的緩和策にも及んでいるようです。

 日本国政府は、ここ数年来、市場介入は控えているものの、アベノミクスの一環として”異次元緩和”と称された大規模な量的緩和を実施しています。デフレの是正といった国内向けの政策であっても、量的緩和政策は対外的には自国通貨安を招きますので、仮に、量的緩和策を封じられますと、日本国としては経済の停滞をも招きかねず、相当の痛手となります。しかしながら、この米ドル安政策は、大統領が期待するほどには効果は上がらないのではないかと思うのです。

 その理由は、日米貿易における決済通貨は、一般的には米ドルであるからです。為替市場における通貨取引によって相場が決定される現在の変動相場制では、貿易決済通貨の選択が為替相場に少なくない影響を与えます。日米貿易において決済通貨が米ドルであることは、両国間の輸出入の比率に関係なく、貿易量に比例してドル需要が増すことを意味します。言い換えますと、現在、日本国は対米黒字国ですが、今後、アメリカの対日輸出が増加した場合でも、外国為替市場ではドル需要が増すと予測されるのです。ドル需要の拡大は、市場の取引においてドル高をもたらしますので、米製品の輸出拡大と米通貨安の目的を同時に達成することは至難の業と言わざるを得ないのです。しかも、貿易面のみならず金融面においても、米国内への製造業回帰やインフラ整備等によって景気回復への期待が高まれば、投資資金のアメリカ国内への流入も予測され、米ドル需要の増加とそれに伴う相場上昇もあり得る展開です。

 国際基軸通貨であり、かつ、世界大の貿易決済通貨であることこそ、米ドルの強みです。このため、巨額の貿易赤字を抱えていても、アメリカには、デフォルトの心配は殆どありません。一方、日本国の場合には、米ドル安政策の煽りを受けて輸出産業が壊滅的な打撃を受ければ、米国製品を輸入したくても、外貨さえ不足する状況に陥ります。日米貿易における決済通貨を円に替えるという方法もありますが、米ドルの国際的な地位低下を意味しますので、アメリカにとりましては”痛しかゆし”となりましょう。貿易不均衡問題の解決は、相互に強みを生かしあう関係、あるいは、内需拡大とリンケージした調和的な経済の構築を目指す方が、潰し合いとなるよりも、より建設的なのではないかと思うのです。

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修正グローバリズムー国内経済を含む”生態系的発展”を

2017年01月18日 14時13分39秒 | 国際経済
米への投資表明、続々と=トランプ氏にアピール、外資も

 1980年代以降、経済成長の牽引役は、専らグローバリズムに託されてきました。グローバリズムの波に上手に乗ることが繁栄の条件とされ、各国政府とも、あらゆる分野においてグローバル経済を実現すべく自由化政策に邁進してきたのです。

 ところが、ここに来て、イギリスのEU離脱に次いでアメリカでも”アメリカ・ファースト”と唱え、保護主義的政策を公約として掲げたトランプ氏が大統領選挙に当選し、快進撃を続けてきたグローバリズムにも翳りが見えるようになりました。中国の一人勝ちも予測される上に、移民の急激な増加や貧富の格差の拡大など、一般国民からの反発を受けるような問題を引き起こすに至ったからです。そこで、グローバリズムの先駆者でもあった米英から見直しが始まったわけですが、ここで注目すべきは、内需、即ち、国内経済が経済成長に果たす役割です。これまで、海外に対する”開国”こそが、経済成長をもたらすとする神話にも似た予定調和説が支配的でした。

 しかしながら、その一方で、国内経済に対する評価は十分であったとは言い難いようです。むしろ、国内において競争力に乏しい部門は、それが、特定の産業であれ、人材であれ、何であれ、グローバル企業に市場を明け渡すことが良しとされ、全世界の市場が、原材料調達から消費地まで最も効率よく事業を分散させたグローバル企業の製品で埋め尽くされることが理想とされたのです。運良く生き残った国内企業も、買収によってグローバル企業の傘下に組み込まれ、下請け的な存在に甘んじるしかありません。その末に予測される光景とは、自由で活力あふれる市場とはほど遠いものであり、最先端技術の導入を以って進化や発展を称しつつ、既定路線としてグローバル企業から”与えられた社会”に過ぎないのです。経済発展にも理想的なモデルがあるならば、それは、先進国と新興国、並びに、途上国との間に雇用をめぐる深刻なゼロ・サムが発生せず、一般の人々の生活レベルの質的向上に資し、かつ、政治的な安全保障及び社会的な安定を脅かさないものであるはずです。

 
 そして、行き過ぎたグローバリズムが批判の矢面に立つ今日にあってこそ、国内経済の発展方法に対する関心は高まって然るべきではないでしょうか。一定範囲での内需の保護と質的な拡大こそ、この問題を解くキーワードとなるからです。貿易における一定の規制は短期的には貿易量の減少を招きますが、内需が拡大すれば、やがては輸入の増加へと繋がり、長期的には、世界経済全体を好転させる効果も期待できます。また、相互に一定の保護的措置を認めるルールがあれば、国際レベル、並びに、国内レベルにおける格差の拡大を止めることもできます。個人からグローバル企業に至るまで、様々なレベルの経済主体が、それぞれの個性や特性を生かし、調和しながら発展を遂げる経済、言うなれば、”生態系的発展”を実現することは、今日に生きる人類に課せられた課題ではないかと思うのです。

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自由貿易理論の盲点ー国際基軸通貨米ドルの存在

2017年01月15日 15時01分19秒 | 国際経済
 古典的な自由貿易理論のもう一つの問題点は、決済通貨に関する視点が欠如していることです。戦後経済にあって、日本国は、最も自由貿易主義の恩恵を受けた国の一つですが、高度成長期を経た経済大国化は、最大の貿易相手国がアメリカであったことと無縁ではありませんでした。

 国内の論調では、日本国の経済大国化の要因は、主としてWTO(GATT)を枠組みとした自由貿易体制そのものに求められています。それ故に、トランプ新政権で予測される関税の引き上げ、国境税、仕向地法人税といった税制改革には、特に神経を尖らせています。その一方で、比較生産費説を無視したためか、通貨面の影響については過小評価しがちです。

 戦後のブレトンウッズ体制(固定相場制)において、米ドルが国際基軸通貨であり、かつ、貿易決済通貨が米ドルであったことは、対米輸出国にとりましては、またとないチャンスとなりました。米ドル中心の同体制では、輸出に有利なドル高に固定されている上に、金・ドル本位制の下で、国内におけるマネー・サプライの飛躍的な増加をももたらしたからです。つまり、日本国は、対米貿易で得た米ドルを梃として、内需と国内投資の拡大、並びに、それを支える資源や原材料の輸入、さらなる技術革新による産業の高度化と輸出拡大…という好循環を経験したのです。仮に、貿易相手国が国際基軸通貨の発行国である米国ではなく他の国であれば、これ程急速に経済成長を遂げることはできなかったことでしょう。

 ブレトンウッズ体制は固定相場制であったため、為替相場の変動による自律的な輸出入調整力は働かず、結局、70年代には、米ドルの金兌換停止により崩壊します。その後、国際レベルでは変動相場制、国内レベルでは管理通貨制度へとそれぞれ移行しますが、製品輸出の競争力から日本国の対米輸出の勢いは衰えず、依然として続いていた円安相場が問題視されるに至ります。そして、円高を容認した1985年のプラザ合意、並びに、その後バブル崩壊と長引く景気低迷ほど、国際通貨制度、並びに、為替相場の影響力を如実に物語るものはないのです。関税率は全般に低下傾向にあるにも拘わらず、日本経済は、なかなか再浮上しない状況にあるのですから(中国等の輸出攻勢による輸入デフレも発生…)。

 この間、自由貿易を越えて経済のグローバル化も進展し、関税問題に加えて産業の空洞化や移民問題も持ち上がるようになりました。TPPやRCEPについて、日本国政府は日本経済復興への起爆剤として期待をかけているものの、高度成長時代とは国際通貨制度も国際通商制度も異なるのですから、成功体験は仇となり、全く違った結果が待ち受けているかもしれません。

 そして、行き過ぎたグローバリズムに対する懐疑が示すように、国際経済体制の問題は日本国に限ったことでもありません。固定観念に囚われずに既存の全ての制度に再検証を加えた上で、全人類の向上に資するべく新たな道を探るべき時が、今日、訪れているように思われるのです。

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