万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

米抜きTPPで日本国は草刈り場へー”中間層破壊効果”という副作用

2017年04月01日 14時16分43秒 | 国際経済
【TPP】米抜き発効を検討 5月の閣僚会合声明に明記も視野  
 アメリカのTPP離脱によって頓挫したかに見えたTPP。ところが、昨今、日本国政府内でも、米国抜きでTPPを発効させる動きが活発化してきているようです。

 果たして、米国抜きのTPPは、日本国に利益をもたらすのでしょうか。TPPに先んじて設立されたNAFTAでは、”中間層破壊効果”という強すぎる副作用が顕在化し、貧困化の危機にある国民の支持を受けて成立したアメリカのトランプ政権は、既にその見直しに着手しています。地域的自由貿易圏に伴う中間層破壊のメカニズムとは、古典的自由貿易論が提唱された時代には存在しなかった”移動の自由化”とも相まって、先進国において引き起こされる現象です。加盟国間における経済格差が大きい程この効果は高まり、高きから低きへの流動が一斉に起きるのです。例えば、企業は、広域市場を対象として最適配置での経営を追求しますので、労働コストの高い先進国から製造拠点が流出すると共に、域外国の企業も、先進国市場への輸出を目的として労働コストの低い加盟国に製造拠点を設けることとなります。NAFTAの場合、メキシコに製造拠点が集中する一方で、アメリカにおいて雇用機会の喪失が深刻化しました。また、NAFTAには、人の自由移動は含まれていませんが、それでも、メキシコからの不法移民が増加し、アメリカ国民は、失業のリスクに加えて賃金低下にも見舞われたのです。

 こうした現実を踏まえた上で、アメリカ抜きでTPPを発効させた場合を考えてみることにします。TPP加盟国のうち先進国とされるのは日本国のみですので、日本市場をターゲットとした製造拠点の移転が活発化することでしょう。おそらく、工業製品については、地理的に近いベトナム、ブルネイ、マレーシア、シンガポールといった諸国が移転先の有力な候補国となります。日本企業の中からも、これらの諸国への工場移転を検討する企業が現れるでしょうし、中国等の域外国も、これらの諸国に日本市場向けの工場建設を計画するかもしれません。この結果、日本国の中間層が、アメリカ同様に破壊される可能性が高くなります。

 また、農業分野を見ても、TPP交渉の妥結には、アメリカに対して特別に農産物の輸入枠を設けるなど、対米合意という側面がありました。この合意も白紙となるのですから、他の参加国から、さらなる自由化が求められる可能性もあります。特に東南アジア諸国では米作に適した気候条件が整っていますので、現地でのジャポニカ種の栽培が増えれば、日本の農業に与える長期的な影響は無視できません。

 如何なる国にあっても、健全な中間層の育成と維持は難しい課題です。日本国は、かつて”一億総中流”と称されたように、戦後、厚みのある中間層の形成に成功しています。にも拘らず、米抜きのTPPに自ら飛び込むとしますと、中間層破壊効果が日本国一国に集中し、日本国民の生活水準や安定性が著しく損なわれかねません。況してや、中国がTPPに参加するとなりますと、中国製品の輸出攻勢の前に、日本国は目も当てられない事態に襲われることでしょう。アメリカの不参加という根本的な事情の変化もあったのですから、日本国政府は、米抜きTPPへの参加については見送るべきと思うのです。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。


にほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村
 

コメント (8)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 皇室典範第四条問題ー天皇譲... | トップ | 卑屈なコンスポーズの普及こ... »
最新の画像もっと見る

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (竹槍)
2017-04-01 23:26:50
保守派によればTPPに反対するならRCEPにも反対しなければならない。そうしないのならば反日左翼だとのこと。
返信する
竹槍さま (kuranishi masako)
2017-04-02 09:08:07
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。
 TPPもRCEPも、どちらも先例を教訓とすれば、日本国内の中間層が破壊されることが予測されます。日本国政府は、NAFTAの問題点やアメリカの政治・経済状況を詳細に分析したのか、疑問に思う次第です。
返信する
Unknown (Unknown)
2017-04-02 14:04:38
これは予想ができない。なぜなら、NAFTAが出来た時代とは違うから。もはや、製造業は雇用の主役ではない。
野球で打者が投手の次の球を予想しているが、すでにAIのほうがベテラン打者より当たる時代だ。将棋でもロボットのほうが勝つ。
ただ、アメリカと言う類まれな強国が衰退したのは親米と言う名の、アメリカ依存族がもたらしたものであることはわかった。メルケル首相にトランプ大統領が3500億ドルの請求書を渡したときの怒りの表情から読み取れる。
NATOの仮想敵国ロシアは人口が1億5千万ほど、ヨーロッパ諸国の三分の一もない。GDPに至っては、10分の1以下である。かつてはドイツ一国でも同格に戦えた。NATOの軍事費の70%以上をアメリカが負担、それをアメリカ、ヨーロッパの軍事産業、軍人が食い散らかした。これではアメリカの納税者はたまらない。
アジアでも日韓が食い散らかした。これでは衰退どころか破滅する。
私はアメリカの破滅は望まない。だから、アメリカが戦争することなど望まない。アメリカは自らを癒す時代だ。TPPへ加入させるなど要らざることである。
返信する
Unknownさま (kuranishi masako)
2017-04-02 18:54:13
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。
 ロシアについては、人口規模や経済レベルからしますと、アメリカが敢えて戦争に臨むとは思えません。その一方で、中国の場合には、一人っ子う政策も放棄したため、13億の人口がさらに増加するものと予想されますし、経済規模、並びに、技術力に致しましても、アメリカに追いつきつつあります。その中国が、習独裁体制を盤石化し、”中国の夢”を実現するために、アメリカに対して戦争を仕掛ける可能性があります。このような状況を考慮しますと、アメリカは、自らを癒に際して、中国における製造業を自国に戻すと共に、技術流出にも歯止めをかけるべきと思います(まずは、中国の軍事力を削ぐ…)。
返信する
Unknown (Unknown)
2017-04-03 05:35:03
そういう事はない。あなたは中国をモンスターのごとく描いて恐れているだけだ。人口規模が大きいのだからGDPは大きい。だが、一人当たりなら途上国に過ぎない。まだ、年収5万円以下が4000万人以上いる。政権の第一の目標は、この貧困の克服である。そうしなければ政権の正統性はない。貧困対策を第一の目標としているから安倍政権より百倍以上ましである。
アメリカの軍産と連動していた上海閥を討伐し、現在はカザフスタンなどとの交通路の建設をしている。道路ができれば交易ができる。カザフスタンも経済的に安定、ウィグルなど西域も発展する。トラックの運転手、サービスエリアの従業員、あるいは出品する農民、ガソリンスタンドの店員とか所得の道を開いている。カザフスタンの安定はロシアにとっても重要である。
上海閥が消えたので尖閣にもあまり来なくなっただろう。
アメリカに追いつきつつあると言うより、アメリカ依存症のあなたたちがアメリカの衰退、破滅を進めているだけのことである。アメリカの敵は中国よりアメリカ依存症の同盟国である。
返信する
Unknownさま (kuranishi masako)
2017-04-03 08:53:50
 中国を中心としたインフラ整備が、周辺諸国に益するとする説には疑問があります。実際に、中国が手掛けたインフラ事業は、”中国人の、中国人による、中国のための事業”であって、実施国、並びに、現地住民からは批判を受けています。”広域中華圏”の出現であり、搾取型の中国支配のシステムに組み込まれかねないなのですから。仮に、真に国内の貧困対策を優先するならば、海外でのインフラ事業よりも、まずは、電気、ガス、上下水道…など、国内の生活インフラ施設を整備しているはずです。中国の問題は、対外的な覇権意識が強く、それ故に、国際法を破ってまで軍事力で勢力圏、あるいは、領土拡大を目指すところにあるのではないでしょうか。
返信する
NSAPD (Bystrouska.Vixen)
2019-07-11 14:36:54
むかし、ワ゛イマル共和国でNSAPDが台頭したのも、没落してゆく中間層の危機意識に、上手につけこんだという経緯がありましたね。
中間層こそ、その国の底力、文化の保護の源泉のようですね。
そして、一度、それを壊してしまえば、再び得ることは難しいのかもしれません。
返信する
Bystrouska.Vixenさま (kuranishi masako)
2019-07-11 19:21:37
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 マスメディアなどでは、’一億総中流’を過去の古びた考えとして嘲笑しておりますが、国民皆が豊かになろうとするこの考え方こそ、我が国が世界に誇っても良いのではないかと思います。もっとも、格差が広がりつつある今日であればこそ、もう一度、この価値を再確認すべきなのではないでしょうか。
返信する

国際経済」カテゴリの最新記事