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秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

春彼岸に寄せて最終章(娘達に) SA-NE

2010年03月24日 | Weblog
数回しか、手を合わせられていない、お墓があった。
自分自身の中で、向き合う決心のつかないままに、適当にお参りを済ませていた。
いざり峠を、正面に見上げられる場所に、主人の生家がある。
今では、空き家になり、墓守りは主人の父親が、内縁の妻と一緒に来ている。
所有している土地、畑、山。
全て23年前に亡くなった、主人の祖父名義のままだ。

主人と付き合っている時、主人が一番最初に連れて行ってくれた場所が
生家である祖父夫婦の家だった。
祖母は、私達が訪ねると、慌てて台所に立ち、小柄な体を素早く動かせながら
お昼時でもないのに、もてなしの食事の支度をしてくれた。
茹でた青菜と大きく切った、豆腐の入った醤油汁。
ご飯を大盛りについでくれて、私は食べるのが、正直辛かった。
祖父は、厳格で、大柄な人だった。

結婚して暫くすると、用事がある度に、呼びだされ、私は祖父夫婦の
運転手がわりになっていた。ある時、私に祖父が聞いた。

「孫さんよ…わしらをここで、ずっと世話してくれたら、家も建て変えてやる。
わしは、銭は貯めとる。ここで住まんか…」

私はすぐに返事を、しなかった。
祖父夫婦には、五人の子供達がいた。
皆が、祖谷をでて、家庭を持っていた。

私は、同居する事で、私の母親の面倒が、見られなくなる。
私のかわりは、いない。祖父夫婦には、しっかり者の子供達が、控えていた。
若かった。そして、何よりも、一晩泊まっただけで、生活習慣の違いに
すぐに音をあげた。
今でも覚えている。朝の6時、庭の外で声がした。近所の人が
訪ねて来た様子だった。
「若いしさん、もんとんかえ?」
「もんとんじゃけど、まだ起きてこん!若いしは、朝起きるの、遅い!」
祖父の声だった。
慌てて、とりあえず、私は布団からでた。庭で立つ、初めて見る顔のおばさんに
挨拶をした。
何と言って、挨拶したのかは、忘れてしまったが、物珍しそうに私を見た
一瞬感じた、違和感だけは、覚えている。

あれから、25年以上が過ぎた。
家族を捨て、家を出ながらも、長男の権利を主張する主人の父親。
相続権のある、その兄弟姉妹達。
複雑な親戚関係に、正直私は、随分と傷ついた出来事もあった。
祖父達を、責める理由はないのだけど、口に出しては言えない
私なりのわだかまりがある。

今年の春彼岸の前に、長女が私に、言った。
「なあ、西山のお墓参りに、きちんと行こう!三人で、行ってないだろう!
じいちゃん、ばあちゃんのお墓、私らの先祖でよ!」

頭に軽い、パンチを受けたような気がした。
私が、逃げ続けていた事に、長女が正面から、釘を刺した。

蒼い空が、広がっていた。柔らかな春が、蒼空に干されているみたいだった。
三人でその場所に、立った。
お墓に、手を触れた。初めて、手を触れた。何も、話さなかった。
ただ、両手を合わせた。娘達は、楽しそうに、互いに微笑んでいた。
娘達の間に、なぜか、主人の気配を感じた。
胸が、熱くなった。目の前に、いざり峠の山々の稜線が、空と地上を結ぶ
一本の道のように見えた。

娘達へと、
繋がってきた、
物言わぬ、魂の数々。
誰が欠けても、
繋がらなかった、
この尊い、二人の我が子よ。
巡り逢わせてくれた、魂のひとつ、ひとつに、私は心から感謝しています。
家族に、逢えてよかった。家族で在れて、よかった。

春彼岸 西山集落にて 合掌