秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年05月22日 | Weblog
第三章
回想トライアングル
翌々日、江美は仕事を捜す為に街にでていた。塗装のはげかけた歩道橋の欄干に軽く背をもたれて、通り過ぎる人の波を眺めていた。捨てられ、無造さに丸められたままのビラが、幾つもの靴の底で、コンクリートの上を、小さなシュートをくりかえされている。捩り捨てられた煙草の空き箱。梅雨明けの太陽は、容赦なく攻撃を仕掛けてくる。江美の前髪のあたりに留まる、重い汗が、落ちる瞬間を待っているようだった。平日だというのに、この街は人が多い。流行りを着飾った若い女の子達。上品なスーツ姿の三人連れ。年頃の娘が父親に腕を組み何かを、耳打ちしている。杖を付いたお婆さんが、欄干にしがみつくように、ひとつひとつと、歩をすすめていく。老婆の肩に少しぶつかるように、誰もが追い抜いていく。 「私、何やってんだろう。」江美は小さな溜息をついた。施設に預けている母のことが、不意に頭をよぎった。時間が少しでも空けば、施設に足を運んでいた。「母さん、ゴメンね。今日は行く気分じゃあないよ。私ものすごく落ち込んでるから、仕事見つけたら、行くから」江美は、唇を小さく熱帯魚の口のように上下しながら、独り言を欄干に、指先でなぞっていた。早いもので、故郷の勝浦から、神戸に移り住み九年が経つ。母親が脳梗塞に倒れ、有名な医者を頼りにこの街に来た。治療の術もなく、病院に並立された老人施設に入所するしか、江美にはすべがなかった。気がつけば、アパートと職場と施設をがむしゃらに往復しているだけだった。江美は両手で前髪をかきあげ、頬にすべらせて、また呟いた。「トライアングルみたい。堂々巡りじゃない」
歩道橋の下では、割り込みの車が、クラクションを響かせている。振り向けば、老婆はようやく歩道橋の下りに差し掛かっていた。

コメント
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