心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
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読みかけもあり

2015年08月02日 | ほんのすこし
『ぼくの命は言葉とともにある』福島智著
読了。

『一中国残留孤児がつづる この生あるは』中嶋幼八著
途中。

福島さんの本は初めて手にした。新聞で以前こういう方がいるということは知っていたが、著書があるとは思っていなくて・・・最近 これもメルマガでお勧めされていたので取り寄せていた。
その境遇を知るにつけ ここに書かれている言葉の全てに重みを感じてしまう。
自分があまりにも軽く言葉を出していると思ってしまう。

言葉とはかくありなん・・・そうではなく、その人にとっての言葉の重みがあるのだ。出す側にも受け取る側にも。
福島さんが周りとコミュニケーションを取ることが出来たのは 指でのコミュニケーションがあったからだった。手話以上にそれは伝わった。初めは彼の母が始めたことだったが、その最初の衝撃 指でコミュニケーションが出来ることを知ったことは その後の彼の人生にも大きな影響を与えたと思う。
目が見えないだけでなく 聞こえなくなってしまうという二重の辛さをどのように受け止め それを克服していったか。彼は小さい頃から読書家であったが、読書が人に与えるものの大きさも十分知っていたしその読書量は半端じゃなかった。だが、彼は読書も自分にとっては必要不可欠なものであったが、人とのコミュニケーションがとれるかとれないかでは その後の生き方に雲泥の差があると感じている。
人は誰かと共に生きていると感じることで 意欲が湧いてくるのだろう。それは家族という範疇に留まらず その人にとっての誰か・・・だ。誰かとつながっていると思えることが 生きる意欲になる。福島さんの文章からは そういう思いを感じ取った。

これはもう一度読み返したい本の一つになった。



次に今 読みかけていて、なかなか進まない本。いつも枕元に置いていて 寝る前に読もうとするのだが、開くと寝てしまっている・・・これじゃ進まないよね。
これも別のメルマガで紹介されていた本だった。amazonを見たら、委託販売?みたいな感じだった。

中嶋さんの人生 波乱万丈。彼が今あるのは 沢山のほんとに沢山の人々の手助けがあってこそ。その人たちへの感謝の気持ちが本という形になったのだろう。彼を最初に救ってくれた中国の育ての母。彼女の暮らしは決して裕福ではないが 彼を大事に本当の子どものように扱ってくれた。この母の思いがすごい。

さて これから彼にどんなことが待ち受けるのか・・・日本にいつ戻るのか。
はて わたしがこれを読み終えるのはいつになるのだろうか。
かなり長い本なのです。
当時がしのばれる写真の数々を見るのもまた感慨深いものがあります。

ということで 最近は小説から離れたものばかり手にしている。『悲嘆の門』(上下巻)宮部みゆき著 も 最初の辺りで止まっているし。一体 何しているんだろね。なんだかぼーっとしている時間が多すぎるなああ。
暑いことを理由にしちゃ だめだよね・・・