ハリーの「聴いて食べて呑んで」

日々増殖を続ける音源や、訪問した店、訪れた近代建築などの備忘録

すいのや @静岡県掛川市

2016年10月16日 | 静岡県

静岡県掛川市。土曜日の午後だが掛川城の周辺は人通りも多くなく、静か。大手門の門前の交差点に建つのは「お菓子処・すいのや」。その名の通り駄菓子屋だ。創業して50年程とのこと。建物の周りには子供や大人に連れられた幼児がちらほら。中を覗くと、駄菓子の前では子供達が真剣に駄菓子を吟味中。親は後ろに控えて見守っており、これで買えるかと尋ねてくる子供達にアドバイスを送っている。こうして「算術」を習いながら社会勉強をしていくわけだ(笑)。自分も幼少の頃はこういう店に出入りしていたが、駄菓子って今も昔もラインナップってあまり変わらないんだね。

自分の目的はもちろん駄菓子ではなく、その奥にある「おでん」。奥に調理場とテーブル席があり、大きなおでんの鍋がかかっている。壁に貼られた品書きにはおでんのタネが、1本40円のものと、90円のものに別れて表記されている。他には焼きそばやお好み焼、ところ天などもあるようだ。何にしようか迷うが、せっかくなので聞き慣れないタネを中心にして「肉(とり皮)」「うずら」「かくはん」「ばくだん」「いわしはんぺん」をお願いした。3人のおばちゃんのうち1人が、大鍋からタネを取り出し、皿に盛って出してくれた。「鰹節(鰹粉)かける?」と問われたので「お願いします」と返事。静岡ではおでんに出汁粉と青海苔がつきものだそうだが、こちらは青海苔はなし。静岡でも地域によって違いがあるのかな。タネは全て串に刺さっていて、つゆの色が濃いのでそれぞれのタネも濃い色に染まっている。つゆは牛スジを使うことが多いそうだが、こちらはタネに鶏皮が入っているので、鶏中心だろうか。まずその「肉(とり皮)」。煮込まれてトロトロになった感じの皮はつゆを充分に吸っている。旨くない訳がない。「ばくだん」は練り物の中にうずらの玉子。うずらの串とかぶっちゃったが、味が滲みて旨い。清く正しい子供達の前で酒を呑む訳にはいかないが、これらを持って帰って一杯やりたいなァ。(勘定は¥400)

 


 

↓「大日本報徳社」の敷地内に残る色々な建造物。「道徳門」(写真下左:明治42年・1909・建造)を通り、「大日本報徳社大講堂」(写真下右:明治36年・1903・建造 ※国の重要文化財)へ。

 

↓ 報徳運動の元祖、二宮金次郎の指導を受けた岡田佐平治が掛川市の人だったことからここに大日本報徳社ができたそうだ。素晴らしい大講堂はどこかの団体が使用中で、中を眺めることは出来なかった。

 

↓「仰徳(こうとく)記念館」(明治17年・1884・建造 昭和13年移築)は、霞ヶ関の有栖川宮邸を昭和13年(1938)に宮内庁から下賜され、移築されたもの。

 

↓「仰徳(こうとく)学寮」(明治17年・1884・建造)。仰徳記念館とともに移築された有栖川宮邸の一部で待女部屋だったとか。外壁の新しさで分かるように平成25年に大改修を受けている。

 

↓「冀北(きほく)学舎」(明治10年・1884・建造 ※移築)。全寮制の校舎として建てられたそう。傷みが激しかったようだがこちらも改修済み。

↓ 敷地内唯一の洋風建築「淡山翁(たんざんおう)記念報徳図書館」(昭和2年・1927・建造)。

 

↓ 報徳社隣の図書館の駐車場からチラッと近代建築らしき薄ピンクに塗装された下見板張の建物が。近くにいらっしゃった住人の方に声を掛けてみると、やはり玄関扉以外は大正時代に造られた建物だとの事。お願いして写真を撮らせてもらった。傷みが酷いのだとか。

 


 

すいのや

静岡県掛川市城下6-1

 

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