ゲートボール(GB)日記

まちなかの公園でGBを楽しんでいます。GBは老若男女一緒に楽しめる数少ないスポーツの一つです。まちびと

安倍晋三内閣は強権的

2015年03月12日 | Weblog
名護市が反対しても沖縄県が反対しても強引に辺野古にアメリカ軍飛行場を建設する国を見ると、安倍内閣は強権的と思います。
地方を重視すると言いますが、地方に関する国の考えは地方の考えとは大きく違うと思います。
国が地方の希望を無視して地方は発展するでしょうか。

アメリカ軍施設だけでなく、原発についても安倍内閣は強権的です。
放射性廃棄物永久保管施設をどこに建設するかは決まっていません。
受け入れる地方がないからです。
原子力施設があるだけで周辺住民は避難訓練をやらなければなりません。
周辺住民は放射能漏洩・汚染・障害の危険を感じながら生活しなければなりません。
このような生活を欲する人は、お金に目が眩んだ人以外いません。
自分や子孫の幸福を大事にする人は原子力施設を受け入れません。

それなのに安倍内閣は原発利用を続けると言います。

最近、国が調査して放射性廃棄物永久保管施設建設地を決め、地方の反対を無視して国が強引に建設するという考えが出てきました。
日本人は国に弱いと読んでいると思います。

しかし自分が住む地方が建設地に選ばれたら地方は反対すると思います。
放射性廃棄物永久保管施設のある地方は施設があるだけで不安であり、暗いからです。

既存の原子力施設用地内で放射性廃棄物永久保管を行うのが最も現実的な方法と思います。
今後はこれ以上原子力施設用地を増やしてはいけないと思います。
増やすことは核拡散になります。

4月の地方選挙では、中央の強権政治に反対し、地方が国であると考えて地方政治を考える政治家を選ぶといいと思います。

また日本はアメリカ・ヨーロッパの後追い

2015年03月10日 | Weblog
戦前は日本はアメリカ・ヨーロッパの後追いでした。
焦って戦争して大敗し、アメリカに占領される歴史を書いてしまいました。
北方の島々はソ連にとられてしまいました。
島々やその周辺の海域で生計を立てていた人々は、島々を目の前に見ながらいまだに島々に帰ることができません。
当時の人々はもう少なくなりました。

この戦前戦中の愚を悟って戦後の日本は理想をかかげて新しい国づくりを始めました。
この試みは成功して一時は経済世界第二位になり、人々の生活水準は著しく改善しました。
公害を放置せず、環境改善を行いました。

ところがどうでしょうか。
近年の日本は、再びアメリカ・ヨーロッパの後追いを始め、放射能汚染という深刻な環境問題を放置し、防衛力と言って軍事力を追求し始めました。
貧富の格差は拡大を始めました。
小泉純一郎元総理ぐらいからこの動きは焦りの様相を呈しています。
現在の安倍晋三総理に至っては狂走している感じです。
憲法を変える、自衛隊を海外に出すなどと、民生問題を放置して世界における軍事的地位向上に熱中しています。

そしてもっと驚くべきことは人々が安倍総理を支持していることです。
戦前日本が軍を大陸に出し、戦争して、勝った、とったと大喜びをしていましたが、あの当時の人々によく似てきました。

人生、理想を捨てたら後は不幸が来るだけだと思います。
理想とは、幸福になるための目標だからです。

現実とは現在であって未来ではありません。

高齢化した町の老人会の問題点

2015年03月08日 | Weblog
日本は人口が減り、老人割合が増えます。
私が住んでいる町は老人が40%以上です。
老人が増えると老人会が繁盛するかと思うとそうはなりません。
町の住人は老人が普通です。
事業や仕事を続けたり、家事をやったり、庭仕事をやったり、つれあいが病気だったらつれあいの世話をしたりします。
自分は老人と思っていないので老人会に入りません。
自分は老人になったと思う頃には体が不自由になっています。
そうなると老人会に入っても楽しくありません。
介護サービスの方が重要になります。

つまり町内会が実質老人会です。
このような町が昔ながらの老人会を維持すれば、老人が町内会費を払って老人会の老人にサービスすることになります。

私は老人会から是非入ってくれと頼まれて入りました。
年に5,6回ですが集会があってお昼の食事が出ます。
無料です。
誕生日にはお祝いの品がいただけます。
無料です。
その他サークル活動をやりますと、かなりのサービスを受けることができます。
無料です。

老人が町内会費を払って老人会に入っているごく一部の同じ老人に食事や誕生祝やその他のサービスを無料で与えていることになります。
ほとんどの人が老人会に入っていません。
入ってない老人は食事も誕生祝もその他のサービスも受けていません。
町では老人間で不平等が生じています。

実態がわかればわかるほど、町内会費を払っているだけの町の老人に申し訳なくなります。
町内会が実質老人会なら、既存の老人会は町の人々にいろいろな活動の場を提供するボランティア団体に脱皮した方がいいのではないでしょうか。
それなら町内会から補助金をいただいて活動しても町の人々から批判されることはありません。
いろいろな老人会のサークル活動も町の人々が自由に参加できるようにした方がいいのではないでしょうか。
老人会という名称はやめ、交流会にしてはどうでしょうか。
老人が集まっておしゃべりする会は、軽いお茶菓子を出す程度にしてはどうでしょうか。
飲食会は参加する人が払うようにすればいいのではないでしょうか。

原発は日本規模、世界規模の問題なのに原発周辺の人々の考えだけで稼働するのは危険

2015年03月05日 | Weblog
東京電力福島第一原発(福一、事故原発)周辺の人々は原発反対です。
放射能汚染で自分の町を失ったからです。

ところが未事故原発周辺の人々は原発賛成です。
放射能汚染が他人事(ひとごと)になっています。
自分の町の原発は放射能汚染を起こさないと思うのでしょう。
起こるかもしれないがその恐れは非常に小さく、自分も子孫も不幸になることはないと思うのでしょう。
放射能汚染が起こらないことにかけて、お金を優先しています。

特に事故が起こらなくても微弱放射能漏洩が起こっていること、温排水が海水温を上げていること、使用済み核燃料を原発敷地内に保管すること、原発の町として評価が下がることなどの不利益をこうむります。
しかし人々は、これぐらいの不利益は、政府や電力会社から受ける利益が大きいから問題ないと思っているのでしょう。

予測が甘いと思います。
やがて原発敷地が使用済み核燃料でいっぱいになると発電が止まります。
発電しない原発は収益を上げません。
廃炉と使用済み核燃料・そのほかの放射性廃棄物の保管のため経費が必要になるだけです。
政府や電力会社は、周辺の人々のために、稼働時のようにお金を出すでしょうか。
絞ると思います。
電力会社が提供する仕事は、廃炉作業と使用済み核燃料・そのほかの放射性廃棄物保管です。
作業の安全性は今後改善されると思いますが、放射能被曝の不安を感じる仕事です。

今発電を止め、使用済み核燃料・そのほかの放射性廃棄物の量を増やさないようにした方が、廃炉以降の仕事を減らすことになります。

もし福一のように事故が起これば、周辺被害は福一より大きいかもしれません。
複数県に被害が出るかもしれません。
日本全体が汚染を受ける被害が出るかもしれません。
世界に悪影響を与えるかもしれません。

このような恐れのある原発を原発周辺の人々の考えだけで稼働していいでしょうか。
日本の人々は賛成か、世界の人々は賛成かと考えるべき大問題と思います。

自分の安全、国の安全は人々が考えるべき

2015年03月03日 | Weblog
国が原発を推進してきたため原発事故による放射能汚染の責任は非常に重いと思います。
現在も続いている放射能漏洩を止めること、除染すること、被害者を救済することが必要です。

安倍晋三総理は風評被害を止めることに熱心で、福島県が安全であることを示すことに注力していますが、放射能漏洩が続いている限り、除染が終わらない限り、事故原発を密閉しない限り、福島県は風評被害ではなく実害を受けていると知るべきです。

否、福島県だけではなく、日本の放射能漏洩・汚染が問題になり、やがて世界の放射能汚染が問題になります。

原発事故から時間がたつにしたがって問題は小さくなっていると日本の人々は考えていますが、逆だと思います。
事故処理がいつまでもできない日本に対する非難は強くなります。

日本は世界の協力を得て事故処理を行うと言いますが、何んとも甘い判断です。
世界のどこの国が日本の事故原発の処理を行うと言うのでしょうか。
経済世界第三位で原発技術開発に熱心な日本が、原発技術開発から手を引きつつある外国に事故処理の技術開発を期待しているようでは日本は何をやっているのかと厳しく批判されるだけと思います。

日本は事故原発処理に全力を注ぐべきです。
本当は東京オリンピックを開催するゆとりも、リニア新幹線を建設するゆとりもないほど日本は厳しい情況下にあります。
今の日本、二日酔いが、次の朝、向かえ酒を飲んで仕事に行くようなものです。
こんな無理をして体がもつかと心配です。

学者は日本は地震活動期、火山活動期に入ったと言います。
外国が核兵器で攻撃するまでもなく、日本は全国に配置した原発が、中国やロシアや朝鮮(北)が持つ核兵器よりはるかに恐ろしい核兵器に変じて日本を滅ぼす恐れがあります。

人々は国を信用しすぎです。
国が人々を不幸にすることは戦前戦中に経験したはずです。
国が福島第一原発周辺の人々を不幸にしたことは2011年に経験したはずです。
自分の安全、国の安全は人々が真剣に考えるべきではないでしょうか。