ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

泉崎村新そば祭り

2008年11月23日 | 手打ち蕎麦打ち
   
                     
福島駅西口にあるコラッセふくしま福島県物産館で21日から“泉崎村新そば祭り”が開催されていたので見学してきた。
名物村長が自らそばを打ち、今朝も出掛ける前に試食販売する50食分を打って会場入りしたそうで、しかも今日は他に打ち手が不在と一人で見学者と会話をしながら孤軍奮闘していた。泉崎村では海抜300mの地で昔からそばが栽培されてきたそうで、村長自身もそば打ちを始めて15年、役場の接待はもっぱら村の温泉で自分の打ったそばで歓待しているそうだ。「負の遺産をシコタマ抱えてそば打ちまでやって村長も大変だねー」と話かけた人に『先人が残した負債はお陰様で他の町村には無い財産で、現在企業が7社、団地にも移住者が後を絶たず発展するばかりでとても有難いです』とさすが名物村長の逆転の発想にはほどほど感服してしまった。
   
                     
打ち方も土地それぞれに伝承されて来た方法で幾ら観ても飽きる事は無く今回も二回丹念に観察してしまった。“水回し”をしてフレーク状になると“まとめ”て“つぶし”は省略して“練り”に入り、ひたすら気の遠くなるほど練りこみ“菊もみ”の後は延し台で“つのだし”、次の“丸出し”は両手の平で生地を回転しながら30cmほど(一回に打つ料は750g)に。“延し”は太めの延し棒で一切猫の手を使わず手の平で微量の回転を与えながら押し出す感じで身体の手前に引いたり前に押し出したり、これでかなり生地にストレスが加わっている感じだが10割でもあまり割れないので不思議。打ち粉は使わずそば粉をそのまま使い“たたみ”でも使用量はごく少量で刷毛で丹念に薄く引き延ばす。初めて見た部分もたくさんあって楽しく拝見してきた。