ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

300Bアンプ組立完了

2008年05月29日 | アマチュア無線
   
                    
素人百姓の側ら再び二日程要して抵抗コンデンサーの取り付けが終わりようやく組立が完了した。部品を調達してから実に8年、我ながら何とも気の長い話と呆れ返らない訳ではなかったが、オーデオよりは我が人生の原点アマチュア無線が本職になり、年金生活者にも関らずただひたすら“タンノイ”スピーカーの夢を見ていたからでもあった。30数年前6BQ5PPと中古のアルテックリスリングで少し楽しんだ事があつたので、何となく腐れ縁だったのか、大幅にレベルダウンして再び“アルテック”で復活した。
            
早速エージングを始めたが、初めて目にした300Bはヒーター点灯が意外に暗くてこれで本当に正常なのだろうか?と疑ってしまった。ほぼ同じサイズの送信管811や572B等は側では文字が読めてしまうほど派手に点灯してくれるし、一ランク下の2A3だって部屋の明かりを少し落とせば暖かみのある軟らかなヒーターの灯は静かな音楽に融合して、或いはジャズや演歌などはSL(蒸気機関車)の喘ぎにも似た堪らない雰囲気を演出してくれるのだが、どうしたものかこの300Bは期待ハズレ?
            
これに使用した真空管300Bを除き40年も前に「もう真空管時代は終わった」と全て捨てしまったが、ある時T電力の友人が遠路GT管を主体に多量に持って来てくれたので、さすがに断る事も出来ず、後日GT管は申し訳ないと思いながら全部処分してしまった。その罪亡ぼしと云う訳でも無かったが、MT管は場所も取らなかったし新品箱入りだけ残して、それ以後は何となく惰性でジャンク屋などで“新品箱入り”を目にすると値段と相談しながら手に入れたり、再び別の友人が持ち込んでくれたりして、今ではUZ-42のST管から低電力の送信管まで200本ほどの箱入り新古品が貯まってしまった。全ては自分の消滅と共に粗大ゴミとして処分されてしまう運命なのだろうが、ここで使った球はこれから一働きしてもらう厳選されたエリート達だ。
300Bは国産品には無く元祖Western Electricが映画のトーキー化と共に拡声器アンプの増幅管として開発されて、当時から一部オーデオマニアの間でも珍重されていたそうだ。近年何かの記念に復刻版を世に出すと再びブームが、しかし本物は余にも高価で・・・・真空管製造を継続していたロシア・チェコ・中国が直ちに追従して生産を開始、日本国内でもそれらが元祖の1/5位で入手出来る様になった。中国にも数社あり、今回使った300Bは日本のオーデオ屋が大量に仕入れて特性を揃えて厳選品として販売された物だ。この球とは別のメーカーだったが、無線を廃業してオーデオに完全転向した友人宅へ遊びに行った時、彼が製作しはアンプで目隠しさせられてWesternの球と差し替えながら試聴させられた事があった。音はド素人の自分にも何と音の良否が何となく判った気もして、半田は銀入りで、ピン・プラグは金メッキとかスピーカー線は無酸素銅などとマニアの神話は何とも理解に苦しむが、信者の彼は「いろんなアンプを作って来たが300B以上の物はたくさんあった」と本音を聞かされ、所詮300Bアンプもマニアだけの精神的な神話であったのかと・・・部品調達後だったので後の祭りだった。

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1 コメント

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300Bアンプ (望月@jh2clv)
2019-01-13 19:56:28
芳賀OM・・・大変ご無沙汰しております。
300Bアンプの記録楽しく読ませて頂きました。
実は私も年が明けてからELEKITのTU-8600Rを作り、現在これでA-7を生らしています。
OMの作られた回路や構成とは趣を異にしており、両面プリント基板上に真空管ソケットや半導体デバイスが同居しています。
どうしてもA級シングルアンプの味を知っておきたかったのです。
物心ついた頃からはずっとプッシュプルだったので、偶数時の倍音の鳴り方が気になっていたのです。
300Bは中学2年の時、オーディオ好きの技術家庭科の先生から、その存在を教えて頂き、何時かは手にしたいと思っていました。
丁度半世紀振りにそれが実現した事になり、その恩師にも一報しました。
これまで6080/6AS7GのA級プッシュプルを45年程使ってきましたが、これからは切替えてその特徴を見極めようと思っています。
しかし、WE/300Bの異常とも思える価格は、如何なモノ化と思うと同時に、技術を感じない表現が多く苦笑します。
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