ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

大晦日

2008年12月31日 | その他
   
                       
除夜の鐘が鳴り響く寺の境内や本堂から荘厳な静かな雰囲気の中で、各地の人達の祈りや願う姿を、日本各地の年越し風景を生中継リレーで放送する恒例の「ゆく年くる年」は大好きだ。紅白歌合戦の爆音から一転して静寂の15分間、秒針で刻まれた表情は緻密に計算された演出と承知しながらも、何の疑いも無く日本人に生まれて来た事に感謝しながら、この瞬間自らも心の中で一緒に手を合わせてしまうのである。
お陰様でこの一年間医者の長者番付けに貢献した事もあったが、予防治療も含めて内科、脳神経外科、整形外科、眼科、泌尿器科のハシゴをしながらも道楽三昧の日々を思う存分過す事が出来た。これも料理のH先生、そば打ちのY、S両先生はじめそば打ちの先輩諸氏と仲間や無線仲間に支えられての実現に感謝しなければならない。また完全引退を宣言した自分に約一ヶ月半仕事を与えてくれた後輩にも感謝。もう行くこともないと思っていた県内町村を再び巡回したり、青春時代を過した職場のOB会と無線ミーテングで二度も秋田を訪れ、更に東京のハムフェアーでは49年ぶりの再会があったり、同僚でもあった富山のKさんと同宿で語り合っ事など大変充実した年であった。

Arrived QSL

2008年12月30日 | アマチュア無線
数日前から郵便配達は年賀郵便体制に入り例年通りに赤バイクの音は途絶えて赤自転車の学生アルバイトになった。自分の家に限らず時折ポストの前で立ちすくんでいる姿を見ると誤配なんて心配されてしまうが、自分の苗字は町内ただ一軒なので多分大丈夫だろう。そんな中今年最後のQSLが届いた。何れもバンドニューでYO9HP(Romania)は雑魚で珍しくないのだがRTTYはモードニューの貴重品。RA2FF(Kaliningrad)も局数が少QSLの回収率悪くて「もらえればラッキー!」なので、今年最後のプレゼントは本当にラッキー!だった。この一年間80mとWRACバンド+RTTYのNew Entityの一本釣りを主に429局と交信したが、5B-DXCCの目標も達成出来たので、来年はハイバンドのコンデション回復を期待しながらノンビリと通常の交信に心掛けたいと思う。
今回のBand/Mode New Entity
 ☆RA2FF(Kalningrad)→17mCW
 ☆YO9HP(Romania)→17mRTTY

年越しそば

2008年12月29日 | 手打ち蕎麦打ち
自宅の台所でそば打ちが出来ない訳ではないが、終了後は飛び散った粉で真っ白に汚れてしまうので、何とも気が引けて出来なくなってしまった。昨年は青シートで目張りをして実施したが、占有出来る時間にも限りがあり、今年は瀬戸工房で朝一番の予約で打つ事にした。会長とKさんは既に作業を開始していてその後に打ったが、延しがほぼ終了して切りに入ろうと舟生(そば箱)を取りに行こうと方向転換をした瞬間に右足の膝を捻ってしまった。10年ほど前に発症してCT検査でも不明、以後慢性化して忘れた頃に再発しては30分ほど我慢しながら膝の運動を繰り返していると痛みも無くなり嘘の様に自然回復していた。しかし、今回は長時間でARCクリニックよしだ整形外科へ駆け込んだ時は既に年末休診の締切り時間のわずか10分過ぎ「大原病院の急患診療へ行って下さい」の指示で大原病院へ、ここも診療は終了。事情を話すと親切な対応も既に担当の先生は手術に入ってしまったとの事。幸いこの先生が17時からの急患当番なので予約をして自宅へ戻った。多分半月板の異常だと思うが、何れにしても明日先生の所で予定していたそば打ちは中止する事にした。老化現象の洗礼も何れはと覚悟していたが「体力気力も70歳まで」先輩からの忠告の早い訪れは何とも情けない。
             
先日実施した越河小学校での「そば打ち体験教室」の礼状と生徒全員の直筆の感想文が会長宛に届いていたので今日拝見した。皆んな一様に「初めて体験したのに思っていた以上に上手に出来た」と喜びいっぱいの気持ちが表現されていて、お手伝い出来た自分も幸せいっぱいになった。そんな中で特筆すべきは子供達の感の良さだった。4月から大人のお手伝も始めて、それと比べ子供達はたった一回なのに驚くほど上手で、改めて子供の潜在能力のすごさを再認識した。

青葉郡山教室6回目

2008年12月28日 | 手打ち蕎麦打ち
夜が明けると丸で春雪の様な水分の含んだ大粒の雪が深々と降り続きこれで三日目、久々に近年に無い本来の福島の冬に戻った様子で、山形新幹線も福島県側の除雪が難航して昨日に続き再び朝から運休とか、そんな事で30分ほど早く集合して今年最後の郡山青葉教室へ向った。高速道路に積雪は無く通行量も上下線とも不思議な程少なく、郡山市内は福島の1/5程度の積雪で渋滞は無く普段通りの時間で到着してしまった。
教室内は前回同様に白衣の下は下着だけなのに暑いと感じるほど空調が利き過ぎてそば打ちには最悪の条件だが、館内全体の調整でこの部屋だけの調整は不可能との事で、こんな悪条件下でのそば打ちも考え方を変えればタメニなる鍛錬の一環の様だ。こんな時は「柔らかく練って素早く仕上げる」のが秘策で、今日も“練り”までのお手伝いをしたが、最後の人には“延し”までお世話した。案の定、延しの途中から急速に乾燥し始めて大苦戦、生徒さんも二回目の耳で聞くより貴重な実体験をしたのではないだろうか。相変わらず“菊練り”の課題は残っているが、皆んなそれなりに上達しているので年越しそばは間違いなく自力でそばの形に仕上げられると思う。

年賀状

2008年12月27日 | その他
何時もの悪い癖で今年もギリギリになって昨日から作成を開始して、今日午後中央郵便局へ直接投函して来た。毎度の事ながら知人・親戚、同僚、道楽仲間の差出先別に3種類作成している。ワンクリックで出来てしまう完成品もあるが、それでは余りにも味気がないので、PC任せではあるがイラスト部品の組み合わせと文章差込みでややオリジナルの賀状に仕上げる。中には賀状が唯一消息を確認し合う人も居るので当然なのだが、例え添え書き程度でももらってみれば嬉しいので毎回駄文も添えてある。

Arrived QSL

2008年12月26日 | アマチュア無線
             
今シーズン二度目の寒波襲来、この画像は一番穏やかなほんの瞬間で一日中吹雪模様だった。昔はごくあたり前の天候で別に驚く事もないが、皆んな不慣れになって道路は大渋滞、夕方のNHK-TV特番生放送のインタビューコーナーでは渋滞に巻き込まれた出演者の芥川賞作家の玄有宗久氏車の中から携帯電話で出演。有名人なので資料顔写真で対応していたが、こんな事は現役時代の20世紀にはとても考えられなかった技術革新の結果だ。ただ携帯電話の関心と知識不足で詳細は不明だが、若し今日の出演者の電話器の性能が良ければ車中の顔や車内から覗いた道路状況等の映像も送れたのではないかと想像しながら、最近の技術はアナログ人間にはただ驚くばかりだった。
             
幹線道路から市道に入れば郵便局の赤バイクの車輪も雪に埋もれて今日の配達は休止かと思っていたら、夕方一日遅れの嬉しいクリスマスプレゼント、何れもバンドニューのQSLが配達された。
 ☆5N/LZ1QK(Nigeria)→30mCW
 ☆9A2YM(Croatia)→30mCW
 ☆9L1X(Sierraleone)→30mCW

自宅実習

2008年12月24日 | 男の料理
無線仲間のIさんが丹精を込めて栽培した本場の“秋田こまち”をEさんが届けてくれて、また同時にMさんからも本場直送の“牡蠣”が届いた。
銘柄米なので白飯で賞味する事にして、生物を優先した料理教室で習った牡蠣料理のフルコース?8人前を調理して一族で楽しんだ。
             
“かき飯”ほうじ茶を使った炊き込みご飯。教室で始めて食べて「美味い!」と全員が感動した。我が家でも好評で一年ぶりに再び作った。
4人前で米3Cの場合、ほうじ茶10gを3Cの熱湯でしばらく蒸して濾し、冷やしたところへ酒、醤油、塩、調味料と水を加えて3.5C釜に注ぎ、洗った“かき”を米の表面に乗せて炊きあげる。水が黒い茶色で疑問に感じてしまうが、炊き上がってみるとほうじ茶の香ばしさと“かき”の香りが絶妙なバランスで、ただ絶品!以外表現に困るほど美味しいと思う。
             
“蕃汁蠣黄(ファン・チイ・リイー・ホワ)”胡麻油、豆板醤を隠し味に使ったチョッピリ辛めの中華、これには白飯の方が良かったがあえて挑戦した。
             
“かきの香り酢かけ”小麦粉をまぶして溶き卵をくぐらせて、フライパンで少し多目の油で強火で焼いた物に、大根おろし・ねぎみじん切り・ゆず皮千切り・白胡麻・酢・砂糖の香り酢をかけた簡単な物。当然信夫山の完熟ゆずを多めに使った。その他に定番の“酢牡蠣”も添えたが、今回は完全に大人の味で孫達はお子様用のレトルトカレーで済ませた。
産地直送の特級品“秋田こまち”は次回の白飯でとなったが、腕は修行中も素材に助けられて孫を除き皆んな満足気だった。しかし、何時も器と盛り付けが何とも不満で、先生に盛り付けも教えてと依頼した事があったが「そんなものは後で自分でやれ」と、満足に調理も出来ないのに今はまだそんな事より調理に専念しろと言う事だった。視覚も重要な味のうち?これが何とも難題だ。

TVニュースに登場

2008年12月24日 | 撮影編集孫専科
娘から「市内の美容院で子供達がKFB(福島放送)に取材されたので、多分放送されるかもしれないので録画して欲しい」と電話があり、夕方のローカル放送時間に視聴していたら、ほとんど終り部分の捨てカットに二人で5秒ほど連続で放送された。
             
この美容院では毎年クリスマスイブに子供達のカットの値段をわずか料金300円で行い、その浄財で子供の絵本を購入して福島市の教育施設コムコムへ寄付しているそうだ。今年は75人の子供達が訪れてチャリテーカットを受けたと放送していたが、孫達はメインでは無かったものの思い出の一コマとして残るだろうか。愛実と里菜(放送画面撮影Mini DVからコピー)
    
                      

誕生会

2008年12月23日 | 撮影編集孫専科
   
                      
竌斗12月25日生まれの一足早い誕生会を爺の家で楽しんだ。大翔が1月8日誕生なので、それまでの14日間は同じ年齢の2歳を同時に過ごす。そんな事も多少あるのか、買い物に出掛けた先では「あらー!双子チャン?」なんてよくおばあさんから声をかけられる事が多くなったそうで、そんな時は親よりも早く『としご!としご!』と大翔が復唱するそうだ。
   
               
                       
自分達の家からは眼下の500mほど先に電車や新幹線が良く見えるので最近は電車にも興味を持ち始めて、ミニカーと交互に姉達が使い古した電車で驚くほど長時間遊んしまう。たまには同じ物の奪い合いもあって、そんな時は即爺の登場となるが、サンタさんには新幹線の電車をお願いしたとか。1台では済まないしと迷いながらおもちゃ屋へ行くと、幸い東北新幹線と山形新幹線の車両があったので、爺の悩みは一気に解決してしまった。

ニットボー教室4回目

2008年12月20日 | 手打ち蕎麦打ち
             
サンデー毎日の身分ながら土日曜日は結構雑用があって研究会とニットボーの何れを選択するか何時も困ってしまうが、今日は午前午後何れもOKだったのでしばらくぶりにニットボーへも行く事が出来た。
9時20分入館開始時間より5分程遅刻して教室に入ると既にI、Kさんと生徒さんの三人で準備万端、準備撤収位しかまともな能力のない無い自分は役立たずで大変恥ずかしいスタートをしてしまった。生徒が増えて二回目と云う若い女性が加わり5人になった様だ。今日お手伝いした人は自宅でもやっているとかで“水回し”はほぼOKだったが、やはりここでも“菊練り”に苦戦していた。他の工程は直ぐ真似て何とか形になっても、これだけは誰もが頭で理解出来ても身体(手)がついて来ない様子で、思い返せば自分も同じだったので、これだけは数をこなすしかなさそうだ。その後時間が出来たので青葉教室の“福井産二八”初心者用500gを打ち、自宅に帰り昼食に4人で試食した。「今日は田舎そばではないけど自分で切ったの?」と、一番難題だった“切り”も最近はやや進歩した証だった。
             
午後2時から今年最後の吉井田学習センターでの研究会、恒例の自分で栽培した年越しそば用の辛味大根を持参して30分前に到着した。“カザフ”“黒丸”の二種類の辛味大根、蒔き時が遅れて更に野生に近い形の栽培もあって、肥料を施せばやや回復したかも知れないが、自然に任せてしまったので大失敗、そんな小粒の物を組み合わせて10袋持参した。出来が悪かった分希望者も少なく、最後には義理で持ち帰ってくれた人もいたので、今年の辛味大根配布は余計なお節介だった。
今日のテーマ(粉)は幌加内産を10割や二八で打ったが、自分は前回に続き今が旬の信夫山産のゆずで“ゆず切り”を三七で打った。純粋の更科は二八が標準的な打ち方で変わりそばもこれに順ずるが、異物が混入するとどうしても切れやすくなり、最近は経験上から三七でも味に大差はなく安全な方を選択していた。この“ゆず切り”Bさん方式の打ち方二回目で果汁の量を前回の2倍にして見た。試食の結果前回より香りが強く旨味も増したと大多数の支持を得たが、一人だけ「食べた後にゆず特有の苦味が残る」と鋭い指摘。再び口にしてみると確かに苦味が強く感じられ、更に検討課題となった。
こんな未完成の“ゆず切り”も毒見役として喜んで受け入れてくれる友人にクール宅急便で送付して17時帰宅した。