ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

11月のBand/Mode New Entity

2015年11月30日 | アマチュア無線
             
20m→DP,17m→2el,15/12m→3el,10m→3el+α相当の低利得ハムペリ(MBDA-1430)は日増しに聴覚障害に陥り、年々増加するノイズもあって何時まで楽しめるか先が思いやられる日々、今月はVP2ELY 30mRTTY Mode Newだけだった。

研究会

2015年11月28日 | 手打ち蕎麦打ち
             
参加者は何故か少なく顔を思い浮かべてみると13人程で、今までは移動する時作業中の身体に触れてしまう事も頻繁にあり要注意の混雑ぶりだったが、久々に空間のある中で各自の余裕のあるそば打ちが観察出来た。
現役のTさんは年末を控えて多忙なのか前回に続き欠席で、今回は自分も充分過ぎる程の余裕を持ってSさんのお手伝いが出来た。
新たな改善点も見つかったが、自分と全く同じく“老体は頭で理解しても身体が動かない”事を感じている様子で「回数を重ねれば考えなくても身体が勝手に動くから」とだけ伝えた。
今年の蕎麦は何処の地域でも大変な不作だそうで今日の粉は北海道産、多分“きたわせ”だろう。
水回しでは最近に無く強い香りを発散してとても打ち易く“10割り”でも水で十分に打てそうだった。
             
Yさんが今年も福島市名産品の“信夫山のゆず”を知人の生産者から貰って来たと大量に持参した。
未だに放射能汚染で出荷は禁止されているが、個人で消費する事は昨年から認められ、今日持込んだ物は検査済みの30Bq/Kgで許容値の100以下はクリアーしているとの事だった。
これまでなら変りそばでは絶品の“ゆず切り”をすぐに打つのだが、自分以外はほとんど興味が無くそれぞれが少しずつ持ち帰った。
残った物も全て頂いてしまったので良品ではマーマレードを作り、はね物は風呂にいれて楽しみたいと思う。

VP2ELY,PJ7K/PJ7ELY惨敗

2015年11月27日 | アマチュア無線
             
JA1ELYさんの13日からスタートしたカリブ海のDXペデションは昨日夕方で終了した。
VP2E→80m/RTTY,PJ7→80/30/10mがBand/Mode Newで大いに期待していたが、QSO出来たのはVP2Eの30mRTTYのただ1つだけだった。
80mは年々ノイズが増加するばかりで、今や常時Sメーターで4~9もあり初めから除外した。
他のBandも平均すると3~5位はあるが、40~10mで受信したVP2E,PJ7の信号は40/30m(NTD-3040),20~10m(MBDA-1430)のGainの無いANTは12/10mは共に不感、他はRS=44位で40/30mではノイズに埋もれて信号の存在のみだったが、30mRTTYのGetはCondxが短時間UPした瞬間の事だった。
PJ7の17mRTTY初日は全期間を通して一番強い信号で復調されて、Big Gun達の独壇場には何時もの事ながら出番は無くSWLに専念して後日に賭けたが、以後は各Band共にCondxはUPする事はなかった。
今やNTD-3040のDPやMBDA-1430のDPに毛の生えたANTで楽しむと言う事が間違いで、クレームが付いた訳では無かったが、2004年4月にWARK Bandも楽しみたい事から、ついでに近隣住民とのマッチングも考え時代に逆行してANTを大幅に縮小してしまった。
正に“後悔先にたたず”を演じて、田んぼの片隅に一番先に住み着いた先住民だと今頃突っ張ってみたところで、その後の開発で移住して来た住民達の目も無視出来ない昨今「現状維持でもまだ楽しめるだけいいのかなー」と事ある度に思ってしまう不甲斐なさなのだ。

Arrived QSL

2015年11月17日 | アマチュア無線
             
5月に20mRTTYでQSOしたS01WS(western Sahara)Mode NewのQSLがやっと届いた。
この局とは何故か15mでは縁がなく、1988年15mSSBでQSOしたS0RASD、前年20mCW/SSBをCFMして当時は必要なく未請求だったが、DXCC Challengeに挑戦中の今は大変貴重になり、当時のLogの所持と発行可能かメモを同封して翌日Air Mailで送っていた。
OQRS(PayPal)で請求した局へは1ヶ月後位には届いていたが、郵送した自分には5ヵ月後も届く気配がなく、先月21日OQRSで再請求したところ、今日配達されて手にする事が出来た。
封書にはQSLだけ、多分Air Mailは受取っていなかったのかな。ネコババ自然消滅はEA国内?

VP2ELY&PJ7ELY

2015年11月15日 | アマチュア無線
             
過日JA1ELYさんから「当局がDXingに熱中していた頃、30年位も前に夢見た『いつかアンギラ島からVP2ELYでカリブ海のペデションをやりたい』という願望がかなって実現する運びとなりました・・・・」のE-Mailを受取り、今正に数日前からVP2ELYで運用中だ。
カリブ海は地球上でも日本からは電波の届き難い地域の一つで、新人時代職場の先輩でDXの師匠でもあったJA1MJからVP2A~VP2Vまでのアルバムに綴じたQSLカードを見せられて「VP2シリーズと全てQSOしてQSLを手にしたら君も晴れてDX'erだよ」と洗脳され、秋田時代の1968年からDXを本格的に始めたが、VP2DだけはVP2D**の綺麗なコールサインの局ではなくFG7AS/VP2Dのただ1局としか出来なかった。
その後これらの島々は1978~84年頃にかけて英国から独立してVP2A→V2,VP2D→J7等と半数以上も変り、VP2シリーズへの執着は自分達年代までのもので、3Y(Bouvet)やHK0(Malpelo)は運用される気配が全く無かった幻のカントリーだったからかも知れない。
JA1ELYさんも多分こんな事を体験されていて今運用が実現しているが、この機会に自分は取残していた80mとRTTY、PJ7ELYでは80/30/10mの一つでも出来ればいいかなと思っていた。
RTTY、今朝の17mではパイルアップに勝てなかったが、夕方30mでCondxがUPして文字化けが無くなり始めてから5分程Callしていたら07:47zに自分のCallsignが見えた。

研究会

2015年11月14日 | 手打ち蕎麦打ち
             
先日の学習発表会二日目の撤収中、そば打ちをしていた調理実習室から出て来た確か二年目のMさんから「1kgの延しの大きさは、KさんとWさんの説明は10cm違うがどっちが正しいの」と質問を受け、突然だったので「多少個人差もあるから」としか答えられなかったので、今日資料のコピーを二枚持参した。
この資料は会発足当時1Kgに挑戦していた時故Sさんから「参考にしな」と頂いた物で、研究会にはこんな継承も有かなと勝手な事をしてしまったが、残念ながらMさんは欠席だった。
更にTさんも欠席で目標は無くなり、隣の町内会出身幕下力士“大波”の取組もBSのリアリタイムで視聴したかったので、少しだけ準備に関り帰宅してしまった。

鶏つくね甘辛照り焼き

2015年11月13日 | 男の料理
             
夕食は何にしようかと迷いながら店内の食材を物色しながら二周りの途中で肉棚にあった鶏もも挽肉で足が止った。
鶏肉は天敵でごくまれに作る鶏料理は苦情の口封じの為で、何時もはほぼ素通りしていたから鶏挽肉は胸挽肉しかお目にかかった事が無かったからだ。そして、もも挽肉を初めて眼にしてしまったのも何かの縁と即“鶏つくね”が頭に浮かび手に取ってしまった。
帰宅後レシピをNetで検索。幸い蓮根の買置きもあったので玉ねぎのみじん切りと共に、鶏特有の臭み消しには生姜搾り汁と黒胡椒を多量に使って焼き上げ、タレ(汁)の糖分の量砂糖は1/3にして2/3は純正の蜂蜜があったのでこれを使った。
レシピを基本にして自分の経験から得られたアレンジを加えて失敗する事もあるが、今日の鶏はあまり抵抗無く3切れは食べられたし、この「鶏つくね甘辛照り焼き」は他人様へ提供しても合格点はもらえる仕上がりだったかなと勝手に思った。

そば打ち体験教室

2015年11月12日 | 手打ち蕎麦打ち
             
福島市障害者福祉センター腰の浜会館恒例のそば打ち体験教室が午後開催され、Y先生のお誘いにより2年のブランクもあったが、体調もほぼ安定して主治医から軽運動再開指示もあり、自己診断絶好のチャンスと講師の一員として参加した。
Y,S両先生と青葉教室若手講師、講師OB更科名人Sさんの5人でそれぞれの障害を持った10人を受け持ち、視力や手足の重度障害者はS先生とSさんの担当、自分は軽度の聾唖者2人のお世話をした。
手話が出来ないので困ったが「口元を見せれば分る」と会館担当者の助言を受けて大幅な手振りも交えて無事終了。時間の制約もあって各工程の直接手に触れる部分は健常者の教室よりかなり少ないが、自分がそば打ちと関りそばを持ち帰って家族と共に食べるのも二重の喜びで応募者も多く、今年で10年目のこの教室は当会館人気講座の一つだそうで、参加者は抽選による当選者で半数は2回以上の経験者だった。
研究会に復帰して1年、初心者2人と関り全工程の一割程度の実技補助をしていたが、今回はその逆で幸いにも何の体調異変も無く無事終了出来た。
来週の定期通院では報告により的確な診断も下されると思うが、実に楽しく過ごした午後の一時だった。

DXCC Challenge追加申請

2015年11月10日 | アマチュア無線
             
一週間程前からのQSL収集とDATA作成がようやく完了したので、年一回恒例のDXCC ChallengeとRTTY(Digital)の追加申請書類をJARL経由で送付した。
結果は一ヵ月後かな、全てOKになればChallenge(2243+43),RTTY(259+18)となるが、生涯の目標Challenge2500は果たして実現可能なのか、全く自信は無いが生存の証として頑張ろう。

第一回荒井新そば祭り

2015年11月07日 | 手打ち蕎麦打ち
   
   
あづま運動公園内にある江戸時代中期から明治時代にかけての県北地方の民家を中心に移築復元した福島市民家園で第一回荒井新そば祭りが開催されたので試食して来た。
県北地方には自分達と同じそば打ちのアマチュアが数グループ存在していて、この荒井グループは遊休農地に栽培から手掛けている本格的なグループと聞いていたので、一体どんなそばを打っているのか“他人の打った蕎麦を食べるのも修行の一環”を実行した。
そばは明治初期の割烹旅館を移築した所で提供されていたが「受付はこちら」の張り紙の所で食券を買おうとしたら、ここは食べる順番待ちの登録所で、食券は園入り口のおでんや飲み物の販売所だと告げられた。
約200m戻って食券を求めてそれから待つ事1時間40分、ようやくそばと対面したが、そばは使い捨ての容器に盛られたぶっかけそば、こんなイベントでは良くある事で許せたが、何とそばの表面は艶を失い蒸発、割り箸を差込み下の汁と混ぜ合わせて解そうと持ち上げようとした瞬間に重さで箸の片方が折れてしまったのだ。
近くにいた配膳係りの小母さんに頼むと「アラ、すみません」と言って取りに行ったが戻って来ない。しばらく待っても来ないので自分で取りに行き、汁で解しながら食べた。
茹で上げてから食べるまでの時間経過を計算していると思われる細切りのそばは、ふやける一歩手前もまだ結構コシも残っていて、茹で立てだったら合格と思えたが、残念ながらこんなそばでは評価は不可能、対象外だった。
食べた後裏口から出ると、何と軽ワゴン車から容器に入ったぶっかけそばの大箱を下ろすところを偶然眼にして一瞬にして謎が解けた。どう考えてもここで調理する事は場所柄不可能だし、他所で打ち完成品をピストン輸送していたのだ。
13:00から休憩棟で事前申し込みのそば打ち体験があるとパンフレットにあり15分も過ぎていたが、入り口で係員に見学可能か訊ねるとOKの返事に立寄った。
始まったばかりで、講師の作務衣の胸元には磐梯そば愛好会の刺繍があり、どうやら荒井のグループでは無く磐梯町から出張して来た人物(荒井グループの師匠?)らしく、1人の講師は「今までそばを打っていたからゴメン」と遅れて入って来たから、自分の食べたそばもグループのメンバーと一緒に打っていた事も想像出来た。
生徒が「1人ずつ打つのではないのですか」と質問すると「3人で一鉢800g、10割りで難しいから」と二班に分かれた生徒6人は全工程の各部分をごく少し触れる程度の完全な会津方式のそば打ちだった。
見学者は60歳台の女性2人と自分だけだったが、民友の記者と明かした女性が撮影を始めたので遠慮していた自分もそれに紛れて数枚シャッターを切った。
素人の体験にいきなり“10割り”も会津磐梯町ではごく普通の事と思われるので納得も、しかし自分の食べたそばには本当に参ってしまった。
荒井グループも多分素人とは言え有料なのだ。自分達も先週は吉井田学習センター学習発表会で二日間、ここの半額350円を頂戴して提供した。これに類似したミスは無かったのか、改めて振り返って反省する貴重な教訓を得た事で不思議に怒りも収まり帰宅した。