ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

そば粉

2007年02月28日 | 手打ち蕎麦打ち
今年4回目の研究会が吉井田学習センターで午後5時から開かれた。平日で参加者は少なく14人、勤めを早退して参加した一人を除きほぼ全員がリタイアー組の閑人。
今回は耶麻都産の粉を使用した。季節柄“温かいそば”を食べる人が増えて、自分もその中の一人で折角の上質の粉でもったいないと思ったが二八で打った。“温かいそば”好みもあるが自分の場合二八で太目、汁は地鶏に太くて軟らかいネギ(素人百姓で栽培)を厚めに切ってやや煮すぎの直前が一番美味しい。ただ鶏は天敵なので自分のどんぶりに地鶏の姿は無く出汁のみだが、何故か“川俣軍鶏”はOKなのでたまにこれを使って堪能する。そば本来の味を賞味するには何と云っても“ざる”だが“温かいそば”もそば・汁・具の三者のバランス次第で十分楽しめる。
24日(土)春の研修旅行の相談会後の懇親会で製粉担当のSさんからそば粉についての数々の体験談があった。そばの場合は他の植物以上に保存(貯蔵)状態を大変厳しく管理(冷蔵温度・湿度)する必要があり、管理次第では名品でもゴミ同然になり、また製粉次第では名品にも成り得るとの事。最近、中国産玄そばを入手して製粉、数人の会員と試食したが誰も国内産と全く区別が出来なかったそうだ。国内需要の80%(農水省統計)が輸入品だと云う。裏事情、単なる個人的な想像に過ぎないが、世の“手打ちそば”と看板を掲げているそば屋で、製粉屋から自家指定の粉を仕入れているとか、産地から玄そばを直接仕入れて自家製粉なんて売りにしていても、業者が米同然、既に輸入物とのブレンドだったりして?・・・知人に「旨いそば屋は?」「自分で打つのに何で食べ歩きしないの?」なんて何度か聞かれた事があったが、こんな諸々の事を想像してしまうと精神的にも自分のそばが一番安心で美味いしく、自ら進んで“食べ歩き”はしない事にしている。

豚肉の黒ビール煮

2007年02月27日 | 男の料理
土日を除き3月末日まで13~20時の限定主夫?業もすっかり定着してしまった感じで、最近では早朝「今日は何を食べさせようか」なんて考えながら無線を楽しんでいる。
体験して分ったが主夫(主婦)業?も
  13:00~15:00  買い物
  15:00~15:30  コーヒータイム
  15:30~18:00  調理
  18:00~19:00  夕食
  19:00~20:00  あとかたずけ
とこんな具合で、例えば餃子の様な単純な物でも少し手の込んだ物の場合は午後一(13時)でないと間に合わない。主婦業も真面目にやれば大変で、何時だったか「不味い」と文句を言ったら「主婦は短時間で時間作るのが特技だ」と反論されてしまったが、これは完全な言い訳で手抜き?の戯言なのだと思う。もっともインスタント食品(冷凍食品など)や惣菜屋のおかずに頼ってしまえば別な話だが、それらは素材、保存料、化学調味料など目に見えない物が使われていて、健康的にも誰もが?あまり好ましいとは思っていないだろうし、せめて家庭では基本に返って調理して欲しいと思う。
期間限定の道楽爺の主夫業?選択は一応成功したが、婆さんは目下6Kgのダイエットになったとか、過去にはやる気でやってもこんな例はなかったそうで、4人の孫守は思った以上に重労働でもうかなり参っている様子だ。
そんな訳で今日はポークソテーと思ったが、これだけでは余にも芸がなく「夕食ばんざい」TVで視たポークソテーを更に黒ビール(普通のビールは苦味が出る)で煮込んだ「豚肉のビール煮、ア・ラ・豆板醤」を作ってみた。焼きあがったポークソテーに予め炒めて置いた玉葱・トマト・黒ビール・固形スープを加えてゆっくり煮込み、汁が1/3位になったところでポークソテーを皿に取り出して汁に豆板醤・バター・塩・胡椒で味を調えソースを作り、ポークソテーにかける。とこんな要領で、でもソースの量が余にも多くて肉がすっかり隠れてしまって大失敗。素人料理人の家庭料理、偶にはご愛嬌なのだが、見た目も味のうち?更に器までもミスマッチで盛り付けも失格・・・・・まだまだ修業が足りない。

映画「フラガール」

2007年02月22日 | その他
しばらくぶりに映画「スパイゾルゲ」以来「フラガール」を観て来た。
この映画は撮影に入る前に新聞で重要な脇役に若手漫才コンビ南海キャンデーズのシズちゃんが登場と報じられた。漫才での風貌から想像して一体どんな演技を?興味があったし、またこの物語は「常磐炭鉱の再生を賭けた常磐ハワイアンセンター誕生にまつわる、炭鉱の娘達(ダンサー一期生)とダンス教師の心のふれあいを描く」とあり、自分自身も常磐炭鉱の衰退、ハワイアン誕生の過程などは何度か取材で関り、また定年退職直前の1999年には年度計画の一環として20世紀の映像資料を21世紀に継承(永久保存)するために、一般視聴者へも資料の提供を呼びかけて各県単位で番組を制作した。一年間取材制作に関り、4編をローカル放送した後、総集編を世紀末の2000年5月に全国放送と同時に定年退職となり、結果的に予測もしなかった偶然の事で、これが皮肉にも教育TVでスタートした自分の“最後の花道”だったし、モデルになった一期生のOさんのインタビュー取材もさせていただき、また母親役同様に少女時代から坑内婦として働いた老婦人も・・・脚色された物語とは云え自分にとってはとても感慨深いものだった。
平日で観客は殆んど自分と同じ老人?ばかりで女性グループと夫婦連れの約70人ほど、通常は10人前後だから新聞の大盛況もウソ?ではなかった。何とこの映画、初めから終わりまで涙・涙・涙・・・・の演出なのだ。こんな映画観たのも初めてだが、周辺から途切れなくすすり泣きが耳に入りつい自分も何度か引き込まれ涙をこぼしてしまった。演出・技術的には何の変哲も無い作品と思ったが「全編娘達と先生のふれあいに徹して観客に大きな感動を与える」こんな構成が、日本アカデミー賞最優秀作品賞、監督賞、助演女優賞などその他数々の映画賞を受賞してしまった理由らしい。
地元(いわき)を舞台にした映画とあって、いわきと福島ではもう5ヶ月ものロングランが続いているそうだ。そして更にアカデミー賞を受賞してワーナーマイカルでも再上映を始めたし、偶には映画もイイーモンダ・・・・是非鑑賞をお薦めしたい作品。

近着のQSL

2007年02月20日 | アマチュア無線
80mバンドの記念すべき1stQSLがZL(New Zealand)から届いた。
切手には全く無関心だが、ただ送付する相手には結構マニアが居て記念切手などの珍しい物を貼って投函すると先方からもそれなりの切手を貼って来る事がある。この切手には「猪」の日本文字が印刷されている。マニアから見ればタダの切手だろうがZLにも干支なんてあるのかな?と思ってしまう。これらの切手は昔からほとんどワクチンに交換して未開発国に送ると云うNPO団体へ定期的に届けていたが、ある時期、国内でも自称10指入ると公言するマニアが現れて4年程同僚として一緒に過ごした時、珍しそうな物は残して置いたので、少々スケベ根性で若し高価な物があったらと鑑定を兼ねて彼にくれたら、自分て取った残りをミーテングのオークションで処分したとバラ銭で9000円ほど持ってきた。受け取る理由もないので歳末助け合いに出してもらったが、それに引きかえ“我が命メンコ(QSLカード)”は他人が見ればタダの紙くずも、火災に遭ったら!と耐火金庫や銀行の貸し金庫に保存している輩も(自分は現役時代、機器のため24時間空調完備の職場の個人貸与のロッカーに保管、2.Feb.06メンコ集め参照)居るから何とも滑稽だ。

2月の月例会

2007年02月19日 | アマチュア無線
NFDXGhttp://dx-gang.hp.infoseek.co.jp/index.htm年一回の温泉日帰りの月例会、昨日野地温泉へ行って来た。
下界は雨降りだったが土湯温泉の手前から雪になり温泉の送迎バスから見る今シーズン初めての冬景色は、長年見慣れている自分の庭?も最近横浜から白河に2ndシャック(無線小屋)を建て移住したHさんの感激ぶりも手伝って、今年の冬景色は何とも新鮮だった。
有史以来?の暖冬とは云え標高1200mともなれば流石に厳冬真っただ中、400mほど登って鷲倉温泉の本物の野天風呂へ勧誘なんて考えて行ったが、まだ風邪も完治していなかったし、折角足を延ばしても閉鎖だったら?と、おとなしく皆んなで館内の風呂で済ました。
ARRLのコンテストやVK9N、ZK3のDXPedtionと重なり今回の参加者は6人、下界の居残り組みと430MHzのハンデー機と酒のコップを交互に持ち替えて戦果の報告を受けながら、ANTシステムのグレードアップが主題になって、縮小する一方の自分には何とも耳の痛い事ばかりで、精神年齢30歳?も“老い”には勝てず取り返しの出来ない“若さ”を恨めしく思えた。もう皆んなの真似は出来なくても実践では絶好のライバル同士で、こんな仲間と気兼ねなく付合える喜びは何事にも変え難く感謝あるのみだ。

料理教室20回目

2007年02月15日 | 男の料理
金谷川駅を通過して間もなく外は雪、郡山駅を降りると横殴りの大粒の雪で気温も低い。やっと本来の冬に戻った様子で、こんな日に偶然「けんちん汁」はベストマッチで、他に「鯖の卸し煮」と「魚のエスカベッシュ」の三品を習った。
今日は同期のWさんと「鯖の卸し煮」を指示されて鯖の三枚下しからスタートした。以前に鯵をやって今日が二度目、今まで何度も先輩の手さばきを見て習得して来た心算でも、実際に下ろしていると何度も迷って手が止まりド素人丸出し、自宅実習不足がモロに露呈してしまった。
この料理は鯖を切り身にして油で揚げて卸し大根を加えた出し汁で煮る簡単なもの、ポイントは三枚下し。「魚のエスカベッシュ」は唐揚げにした魚(本日はワカサギ)に玉葱・にんにくのみじん切り・酢・水・塩・胡椒・ベリーフ・タイムを煮てソースを作り、揚げたてに沸騰したソースをかけて蒸らす。ソースが美味で酒呑みではないが酒のつまみに合いそうだ。
試食しながら先生の講話「人の幸せ度は何時分るか?」先の無い自分達にはピッタリの話題だったが、結論は先生が親からよく聞かされていたと言う「死んだ後」の様だ。結局他人が判定する訳だから「そんなツマラナイ?事は考えるな」と云う結論だった。

降雪

2007年02月14日 | アマチュア無線
                        庭の福寿草
もう10日間も風邪で体調を崩したまま回復する兆候も無く重症でもないが軽症でもない、主治医の薬功もイマイチで何とも複雑だ。異常気象との関係?定かでないが、今朝は珍しく今シーズン二度目の降雪で水分を多く含んだベタ雪が降り続いている。スノーノイズS=7~9の隙間から3.503MHz 3B9/G3TXFが聴こえる。こんなにノイズがあってもコールバックが判る、珍しい事だ。即パイルアップに参加した。5分ほどして警告ランプが点滅してANTのマッチングが・・・・給電点に着雪している。早々にリタイアー・・・・・こんな時は何をやってもダメだ!

近着のQSL

2007年02月05日 | アマチュア無線
今日JARLから5日遅れで届いた。これまでより約一週間も早かったが、奇数月の月末配達約束なのだから改善して欲しい。
雑魚ばかりもそんな中に貴重な30mバンドのニューが4枚あった。
 ☆IW0GXY(Italy)→30mCW
 ☆KH0PR(Mariana Is)→30mCW
 ☆R1ANT(Antarctica)→30mCW
 ☆T93Y(Bosnia-Herzegovina)→30mCW
今DX0JP(Spratly Is)のDXぺデション3.793MHzを聴きながら書き込んでいたが、夕方4SQアンテナが建ったとの事で59+20dB(今朝のDPは57)Euに切替えても+10dBで国内並の強さで受信している。あまりの強さに「やり尽してからゆっくり」なんて考えていたがつい手を出してしまった。75mは初体験、ここでも普段聴いた事がない多くの局にコールバックがあり、弱者(自分)の前にはだかる。何時もの事だが相手が日本人ともなれば普段はDXに全く無関心な局(野次馬)まで・・・・40mより予想以上に多い。途中からW(アメリカ)やEu(ヨーロッパ)指定になったが再びJA(日本)に戻るとパイロット局から「VK-ZL(オーストラリア・ニュージーランド)からクレームが入ったので明日一番はVK-ZLを・・・」とQSP(伝言)があったが、目前のゴミ(JA)をまず整理してからの考えの様だった。
ここは南シナ海ナンシャー諸島、この海域は海底油田資源の宝庫で中国・ベトナム・台湾・フィリッピン・マレーシアがお互いに領有権を主張して軍隊を駐留させて一発触発の危険性大で、また20万トン級タンカーも襲われる海賊も出没する危険海域、1983年にはドイツ人グループが銃撃されて2名死亡4名負傷の悲惨な事故に遭遇していた。そんな事で電波伝搬的にはローカルで何の問題もないが、こんな事で滅多に運用される事がないので“珍局”の部類にランクされている。
今回はフィリピンとの合同チームで実行されているが、運用開始が2日も遅れて悪天候で上陸不能の情報も入ったが威嚇?があって最悪中止なんて余計な想像までしてしまったが、チームの一員にJF1ISTさんも参加しているので、今年は岩手県で開催される「DXを肴にして語る会」で記事に出来ない生の話(裏話)を聞くのが今から楽しみだ。

J20RR

2007年02月03日 | アマチュア無線
                  1978年4月 21MHz SSB
このQSLカードはフランスの植民地ソマリアランドの一部が1977年6月に独立してジブチ共和国になりその約10ヵ月後にQSOした物だ。
ログ(業務日誌)を検索したところ、独立した日にJ28AN(フランス人)と14MHzSSBでQSOしてQSL受領となっていたが、アルバムもQSLボックスにも無くて残念ながら何処に紛れ込んだのか見つからない。ここは今まで24局とQSOして14局のQSLを回収していたが、24局は何れも現地人ではなく外国人でやはりフランス人が多い様だ。今回はイタリア人のグループが2月1日~15日の運用予定で今朝初めて聴いた。休日は現役組が多数登場するので、零細局の自分は早起きしても“三文の徳”より損をする事が多いので休息日、6時まで寝てしまった。
クラスターを覗いてアッ!と驚く、3.5005MHz にJ20RR、仲間のJH7XKI、JO7HAMさんも懸命にコールしているのに自分の所では56~8の変なQRM/Nで全く聴こえない。HAMさんは山頂のノーノイズで別格もXKIさんは同じ住宅街なのに何故?とそんな事を考えながら10分ほど聴いたがいくら聴いても変な信号だけ、あきらめて他の局でニューを狙ったが全く成果無し。気になって7:25頃戻って見ると何とQRM/Nはすっかり消えてQSBを伴い559~579できれいに聴こえていた。パイルアップは先刻より少なめだが、でも多い。初日(JA)だしどうせ取れないだろうと明日以降の作戦開始。オペレーターの癖は?どんな具合で拾っているか観察を始めた。どうやら数10Hzずつ、TONEの変わり目位でUpして行く様だ?何か急に出来そうな気配を感じた。今QSOしている局より少し上にセットしたが一回目は失敗。自分より強かった様だ、この局の少し上に再びセットしてコールした。7:28「JA7PL 599 BK」信じられない僅か3分ほどでコールバック、近場ならまだしも、こんな事今まで2~3回位あったかな?滅多に体験出来るものではなかった。何と云う幸運!80mバンドの1st Africaだった。