アレッツォを後にした私たちは、次の目的地ピエンツァへと向かいます。
アレッツォからピエンツァへの移動というのは、
レンタカーでも借りないかぎりなかなかやっかいで、
まずFSでキウジ-キャンチャーノ・テルメまで行き、そこからプルマンでモンテプルチアーノへ。
さらにバスを乗り継いでようやくピエンツァです。
とりあえず私たちはFSでキウジ-キャンチャーノ・テルメまで向かいます。
40分ほどでキウジ-キャンチャーノ・テルメへ到着です。
イタリアでは、ほとんどの都市が16世紀頃までに発展したため、
市街のすぐそばに鉄道の駅があることは決して多くなく、
ここキウジ-キャンチャーノ・テルメも例外ではありません。
最寄りの大きな町であるキャンチャーノテルメへは、バスで15分以上かかります。
しかも、近くにある町の名前をやたらと駅名にくっつけるので、駅名が長すぎる…。
さて、肝心の駅ですが、イタリアでも有数の温泉の最寄り駅とあって、なかなか立派です。
カムーチャ-コルトーナ駅との落差が激しいと思うのは私だけではないでしょう。
駅舎にはわりと大き目のバールもあって、プルマンの切符も買えます。
駅前のようすです。開口部が広くとられているあたり、最近改装したばかりなのかもしれません。
なんと、駅前にちゃんとタクシーが止まっています!?
そして、その向こうにプルマンが止まっているのが見えます。
でも、バス停には屋根がない…。
さあ、こんどはプルマンでモンテプルチアーノへと向かいます。
今回は、日本とはちょっと変わったイタリア式のエレベーターを紹介します。
「イタリア式」とはいっても、私たちが目にしたのは、
FSアレッツォ駅とキウジ-キャンチャーノ・テルメ駅でだけなので、
イタリアでも珍しいタイプのエレベーターなのかもしれません。
パッと見は特に変わったところがないように見えるのですが…。
中に入ると、「△」と「▽」のボタンがあるだけです。
「EMERGENCY」のボタンを押してはいけないことは、英語がわかる人ならとりあえず理解できます。
ふつうと違うのは…。
このエレベーター、上に行きたいときは「△」のボタンを押し続けていなければならないのです。
ボタンから手を放すと、階の途中だろうが何だろうが、そこで止まってしまいます。
戸惑っていたのは、私たちだけではないようで、
スーツケースと一緒に、中に閉じ込められている人を何人か見かけました。
それにしても、どうしてこんなエレベーターにしたんでしょうね。
今回でアレッツォ編は終わり。
ということで、ここまでで紹介できなかったアレッツォの街角の風景をまとめてみました。
まずは、イル・プラートの前から見たコルソ・イタリア。
こうして見ると、あらためてアレッツォが丘の斜面に広がった街だということがわかります。
こちらは、ホテルの窓から撮った向かいの建物。3階部分の淡いブルーの装飾が独特です。
こちらはアレッツォの市庁舎です。
ファサードは20世紀に再建されたものだそうですが、
建物の中には貴重なフレスコ画が残されているそうです。
最後は街角で見つけたタベルナコロを紹介しましょう。
アレッツォに限らず、トスカーナの町ではたくさんのタベルナコロを見ることができます。
そして信心深い人々によって、今も大切にまつられ、守られています。
このタベルナコロにもちゃんと花が飾られていますね。
Osteria De' Cenci(オステリア・デ・チェンチ)
コルソ・イタリアからすこしわき道を入ったところにあるオステリアです。
ここも「オステリア」とは名乗っていますが、むしろリストランテに近そうなそうな雰囲気です。
店内はシンプルな装飾で、イタリアにしては席と席のあいだが広めにとられています。
アンティパストはなしでプリモを2皿。1皿目は「パッパ・ポモドーロ」。
パンとトマトの煮込みです。トスカーナの郷土料理といってもいいでしょう。
2皿目は「ピチ・ペスト・サルビア」。セージ風味のペーストであえたピチです。
セコンドは「ペポーゾ」。牛肉をコショウと煮込んだものです。
これもトスカーナの料理で、
ブルネルスキがフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレの大クーボラを建設する際に
工事現場でふるまわれたのが始まり、という説もあります。
料理を味わってみて、この店が「オステリア」を名乗っている理由がわかった気がしました。
まさにトスカーナの「マンマの味」がこの店の売りだったんですね。
あったかい気持ちになりたいときに行くといいお店です。
アレッツォは骨董品で有名な町。
月に一度、第一日曜日とその前日にイタリアでもっとも大きな骨董市が開かれます。
この日はあいにくの雨で、
グランデ広場いっぱいに広がる市のようすは見ることができませんでしたが、
それでもロッジアのあたりにはところ狭しとテントが並んでいます。
いつもならリストランテのテラス席が並ぶロッジアの下も、この通り。
並んでいるのは高そうな陶器の類から…
何を売りたいのかよくわからないものまで。
市は、グランデ広場だけでなく、イタリア大通りにも。
サン・フランチェスコ広場もこの通りです。
たぶん天気が良ければ、もっとにぎやかな雰囲気になっていたのかもしれません。
アンティークものなら何でもそろうこの骨董市、日程が合えばぜひ訪れてみてください。
La Lancia d'Oro (ランチァ・ドーロ)
アレッツォの最初の夕食は、グランデ広場に面したトラットリアで。
トラットリアとはいっても、それなりに高級感があるのは、やっぱりロケーションのせいでしょうか。
回廊の下に設けられた席に座ると、グランデ広場がすぐ目の前です。
夕暮れのグランデ広場には、少しずつ灯りがともり始めています。
最初に「お通し」としてジャガイモのポタージュが出てきました。
上品な味付けで、この後の料理に期待が持てます。
アンティパストはポルベッタ(豚の肉団子)のマッシュポテト添え。
なかなかお上品に盛り付けられています。
プリモはアヒル肉のラグーのピチ。
ピチというのはトスカーナ地方のパスタで、うどんのようなもちもちとした食感です。
セコンドは、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ。
本場フィレンツェで食べるようなわけにはいきませんでしたが、それでも満足できる味とボリュームです。
ホウレンソウのスフレが添えられているのがお店のこだわりですね。
しめくくりはグランデ広場の夜景を見ながら、トスカーナらしくドルチェとヴィンサントで。
味はもちろんですが、ロケーションも抜群のトラットリアでした。
お店のホームページはこちら
緯度の高いイタリアでは、午後7時を過ぎてからようやく日が暮れはじめます。
サンタ・マリア・デッラ・ピエーヴェ教会の後陣に灯りがともり始めると、
グランデ広場にも夜がやってきます。
日がすっかり暮れてしまうと、グランデ広場はまるで中世にタイムスリップしてしまったかのようです。
ライチ慈善会の館は、きれいにライトアップされ、昼とはまた違った幻想的な姿を見せてくれます。
イタリアの広場は、夜でもにぎやかな印象がありますが、
アレッツォのグランデ広場では、静かな時が流れていました。
そういえば、映画「ライフ・イズ・ビューティフル」の中では、どしゃ降りの雨の後、
ロベルト・ベニーニとニコレッタ・ブラスキがヴァザーリのロッジェの下を散歩していましたね。
ローマなどの大都会と違って、夜でも安心して散策できるのが、アレッツォのいいところかもしれません。
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アレッツォを舞台に描かれる主人公グイドの明るい生き方と やがて訪れる戦争による悲劇。それでも「人生は美しい」。 ロベルト・ベニーニの名作です。 |
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ドゥオーモから市庁舎の脇の道を下り、右に折れると、
小さな広場の奥に左右非対称のちょっと変わったファサードを持つ教会がみえてきます。
この教会がサン・ドメニコ教会です。
一見粗石積みのように見えるファサードは、
近くでみると、ドゥオーモと同じような装飾がほどこされているのがわかります。
内部はシンプルな単廊式ですが、壁面にはところどころフレスコ画が残っています。
いずれも14世紀から15世紀の初めに描かれたものです。
主祭壇の上には、チマブーエの「十字架上のキリスト」が飾られていました。
こんなところでチマブーエを見ることができるなんて。
アレッツォの教会は、いずれも地味な外見で大きなものもあまり多くなりませんが、
なかなかどうして、見どころいっぱいです。
アレッツォのドゥオーモは、
サン・フランチェスコ教会から北へとのびるチェザルピーノ通りの坂道を上りきったところにあります。
ゴシック様式で建てられた、外壁の淡い茶色が美しい教会です。
正面扉のアーチ部分は、繊細な彫刻がほどこされています。
内部は典型的なゴシック様式で、後陣のステンドグラスが特に印象的です。
また、交差ヴォールトの天井には細密なフレスコ画が描かれています。
主祭壇にある、祭壇画を兼ねる彫刻は「サン・ドナートの石棺」と呼ばれ、
もともとはアレッツォの司教をつとめたサン・ドナートの遺体を納めるためにつくられたもので、
さまざまな彫刻家の手が加えられています。
堂内にはいくつもの礼拝堂があり、中には主祭壇と見まごうばかりの豪華なものもあります。
そして、見逃せないのは左手奥の説教壇に隠れるように描かれている
ピエロ・デッラ・フランチェスカの「マグダラのマリア」です。
ピエロらしいカッチリとした絵で、無表情に見える顔の描き方も、
逆に内に秘めた強い意志のようなものを連想させます。
ドゥオーモを訪れる機会があったら、ぜひお見逃しなく。
「IL PRATO」とは、日本語にすると「牧草地」といった感じでしょうか。
名前の通り、楕円形をした広場全体に芝生が植えられている公園です。
ここは、アレッツォで一番高い場所にあり、南側に広がる旧市街を一望することができます。
また、アレッツォの人々の憩いの場所になっているのでしょうか、
ベンチに座って読書する人や、犬を散歩させている人を何人も見かけました。
西側には、ペトラルカとアレッツォにまつわるもろもろを題材にしたモニュメントがあります。
個人的にはこのごった煮のようなモニュメント、「イケてない」感じがするんですが、
地元の人たちはどう思っているんでしょうか。
公園のすぐ東側は、ドゥオーモの後陣に面しており、鐘楼がひときわ目立って見えます。
もっと天気が良かったら、こんなところでおにぎりを食べるのも悪くないな、と
思ってしまう私はやっぱり日本人ですね。
サンタ・マリア・デッラ・ピエーヴェ教会からさらに坂を上り、高台にある公園の少し手前に、
詩人ペトラルカの家があります。
日本では、歴史の教科書くらいでしかお目にかかったことのない人も多いかと
思います(わたしもその一人です)が、
アレッツォを訪れる機会があったら、ここはぜひとも行ってみてください。
門をくぐるとすぐに中庭があり、街の喧騒とは無縁の世界が広がっています。
壁などがやけにきれいなのは、大がかりな修復をしたからなのでしょう。
建物の中には、ペトラルカの書いた本がこれでもかと並んでいます。
当時の出版事情をうかがい知ることができるという点でも、興味深い場所でした。
ふだんこの手の場所は、
ぼんやりと眺めて通り過ぎてしまう私にも楽しめた、アレッツォの穴場です。
ジョルジョ・ヴァザーリが設計したグランデ広場は、アレッツォを代表する場所のひとつです。
映画「ライフ・イズ・ビューティフル」では、
ロベルト・ベニーニ扮する主人公グイドが奥さんと子供を自転車に乗せて駆け降りるシーンで有名ですね。
広場のまわりは、中世のころの建物がそのまま残っています。
広場は南西の方角に向かってゆるやかに傾斜していて、それがまた独特の雰囲気をかもしだしています。
写真左手奥の建物は「ヴァザーリのロッジェ」と呼ばれる建物で、前面の長いロッジアが特徴です。
月に一度開かれる骨董市では、このロッジアの下にも、たくさんの出店が並びます。
この建物はライチ慈善会の館(Palazzetto della Fraternita dei Laici)です。
14世紀の終わりに、貧しい人々や病人の救済のために設立された団体の本部です。
今は美術館や博物館として使われています。
イタリア通りを上りきったところ、グランデ通りへと通じる道との四つ辻の一角に、
サンタ・マリア・デッラ・ピエーヴェ教会があります。
ロマネスクのファサードが印象的です。
よく見ると、柱の一本一本に違ったデザインがほどこされています。
どこかルッカのドゥオーモを連想させます。
天井が高いので、内部はガランとして広い印象を受けます。
主祭壇の下にはクリプタがあり、全体的におごそかな雰囲気の教会の中でも、
いっそう神秘的な雰囲気をかもしだしています。
主祭壇から見たファサードの裏側です。窓から差し込む光が幻想的です。
サン・フランチェスコ広場から北に少し歩くと、小さな広場に出ます。
この広場に面して立っているのが、サンティッシマ・フローラ・エ・ルチッラ教会です。
ファサードは改装されたのでしょう、入り口の上にバラ窓の名残りがあります。
正面扉は、改装しようとして途中でやめてしまったみたいですね。
中は意外と広く、側廊もついています。
教会の名前のもとになっているフローラとルチッラの祭壇画は、
ジョルジョ・ヴァザーリによるものだそうです。
そして、こんなところにもだまし絵のクーボラが。
なんと、ローマのサンティニャツィオ教会のクーボラと同じアンドレア・ボッツォの手によるものだそうです。
でも、外から見たところ、ちゃんとクーボラはあるんですが…。
この「十字架上のキリスト」は、ボナベントゥーラの作だそうです。
同じ時代のチマブーエやジオットと作風が似ていますね。
予備知識もなく、ふらっと入った教会ですが、意外と見どころたっぷりでした。