ボルツァーノのバスターミナルは、旧市街の西のはずれ、鉄道駅からもそう遠くないところにあります。
中は閑散としていますが、意外に明るく近代的です。
ここで南チロルの各地やドロミーティへのプルマンが発着します。
それにしてもこんなに広い建物が必要だったんでしょうか。
それぞれのホームには電光掲示板があって、行き先と発車時刻がわかるようになっています。
市内を走る路線バスもここから発着しているようです。
私たちはバスを利用してメラーノへと向かうことにしました。
北イタリアですから、南のようなことはないと思っていたのですが…。
いくら待ってもプルマンはやってきません。そのうちに掲示も消えてしまいました。
たまたま居合わせたおばさんたちも「どういうこと?」と大きな声で話しています。
20分ほどたって、何事もなかったかのようにプルマンがやってきました。
運転手はバスから降りると、タバコに火をつけゆっくりと一服。
行き先表示ににドイツ語表記が併用されていても、ここはやっぱりイタリアなんだなぁ、と実感した瞬間でした。
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コッラルボの駅から30分ほど歩いたところに、まるでカッパドキアのような場所があると聞いて、
私たちはそこまで足を伸ばすことにしました。(写真左隅に少しだけ写っているのがわかるでしょうか。)
ピラミデを間近で見ることのできる展望台までは、このような木立の中の道を歩いて行きます。
木々のあいだからドロミーティの山々を眺めながらのんびりと歩きます。
アップダウンもあるので、軽い運動にもなって、とても気持ちのいい道です。
近づくにつれて、ピラミデが少しずつ見えてきました。
スケールはぜんぜん違いますが、やっぱりカッパドキアに雰囲気が似ています。
石灰岩の地層を雨などが浸食して、硬い石があったところだけがそのまま残ったのでしょう。
どのピラミデのてっぺんにも石がのっているのが見えます。
遊歩道の途中には展望台があります。
ここからは、ピラミデとドロミーティの両方の眺めを楽しむことができます。
さっきよりはっきりとピラミデを眺めることができます。
サンタンドレア教会のむこうにサッソ・ルンゴが見えます。まるで旅行会社のパンフレットのような眺めです。
ピラミデのある谷を越えると、ごらんのような風景が広がっています。
なんともいえないほがらかな気分になれる場所です。
本当なら、一日中ここでのんびりしながらお弁当でも食べたいところなのですが、
残念ながらこの日のホテルはヴァル・ガルデーナに予約済。
私たちはなごりを惜しみながらコッラルボの駅へと戻ったのでした。
コッラルボの駅から離れるにしたがって、家並みはまばらになり、
のどかな牧草地があちこちに見られるようになります。
斜面の東には、ドロミーティの山々が見渡せます。
この写真からはよくわかりませんが、北はサッソルンゴから南はカティナッチョまでの大パノラマです。
牧草地には牛が放牧されています。まるで「Milkaチョコレート」のパッケージのような風景です。
牛たちは、のんびりと草を食べたり、横になったり、思い思いにゆったりと過ごしています。
この牛たちは夜になったらどこに帰るのでしょうか?
ロッジ風の建物には、きれいに花が飾られています。
一年中(といっても冬は別でしょうけど)花を絶やさないようにしていくのは大変なのでしょうね。
ドロミーティの山々を背景に広がる牧草地と点在する家々、そして鐘楼が印象的な教会。
息をのむような絶景、というわけではありませんが、ずっと眺めていたい風景です。
レノン鉄道(ドイツ語ではリットナー鉄道)はアッスンタ~コッラルボを走る小さな鉄道です。
写真のようなレトロな電車が走っていることや、家や木々のあいだを縫うように走るところなど、
日本の銚子電鉄にとてもよく似ています。
ソプラボルツァーノの駅です。まだ新しい駅舎はどことなく“おとぎの国”風です。
この駅がツーリストインフォメーションを兼ねています。
車両の中はこんな感じです。レトロな感じはそのままに、きれいに改装されています。
私たちはコッラルボまでこの列車に乗っていくことにしました。
列車が走り出すころには、曇っていた空もすっかり晴れ渡り、
車窓からは遠くドロミーティのシラー山塊が木々のあいだから見え隠れします。
途中にはこんな小さな駅も。まるでCMに出てくる田舎のバス停です。
15分ほどでコッラルボの駅に到着です。やはりこの駅も全体が薄いピンクで塗られています。
構内にはカフェ(バールって言うよりカフェって言うほうがしっくりくる感じでした)や
スーベリアショップもあります。
駅の入り口ではこんなヤギがお出迎え(お見送り?)です。
レノン鉄道の情報はコチラ
ボルツァーノの北東の高原一帯は「ソプラボルツァーノ」と呼ばれ、
素朴ながらもちょっとした避暑地になっています。
ソプラボルツァーノへ行くには、
FSの駅から線路沿いの道を北東に進んだ街はずれにあるFuniva(ロープウェイ)を利用します。
Funivia乗り場は最近改装されたばかりで、ボルツァーノの街の雰囲気とはかなり違和感があります。
街はずれだから気にならないんでしょうね。
ゴンドラはかなり大型で、こんなに乗る人がいるの?と思ったのですが、
観光用と通勤・通学用を兼ねているそうです。
見る見るうちにボルツァーノの街並みが小さくなっていきます。
でもこうしてみると市街地が意外に広いのにびっくりします。
眼下に目を移すと、斜面のあちこちに牧草地が広がっていて、牛が放牧されているのが見えます。
頂上にあるレノン駅です。すぐそばにレノン鉄道のソプラボルツァーノ駅があって、
コッラルボ方面へのアクセスも便利です。
Funiviaのレノン駅には、地元の子どもたちが書いたと思われる絵が何十枚も貼ってありました。
観光地だけど生活の匂いもする、そんな感じのロープウェイです。
レノンへのFuniviaの情報はこちら
南チロル地方は、歴史的にドイツ語圏の影響を強くうけているため、ワインだけではなくビールも有名です。
そこで、ボルツァーノで一番有名なビアパブに行ってみました。
Hopfen & Co.(ホッフェン&コー)
地元のビールメーカー「BOZNER BIER」の店です。
一階はカウンターが中心で、私たちが案内されたのは中二階のような場所でした。
店内にはこんならせん階段がありました。この階段の上にまだテーブル席があります。
ピルスナービールだと思いますが、かなり濃い色です。
本当は「ラードラー」と呼ばれるレモネード割りにもチャレンジしたかったのですが、この日は品切れとのこと。
おつまみは右奥が「Salsicce di Norimberga alla Brace(ノリンベルガソーセージの炭火焼)」、
左奥が「Wurstel Bianchi(ポークウィンナー)」、手前はウィンナー用のソースとプレッツェルです。ところでSalsiccaとWURSTELって、どういう基準で区別されているんでしょうか?
夏には外のテラス席でビールを楽しむこともできそうです。秋冬は寒くて無理みたいですけど。
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こうしてボルツァーノの夜はふけていきます。
AIDA (アイーダ)
ヴァルター広場のすぐそばにあるカジュアルレストランです。
観光客だけでなく、地元の人たちも日常的に訪れそうな雰囲気がただよっていました。
アンティパストは、南チロル風スペック。ピクルスとサワークリームで食べるのが“南チロル風”だそうです。
プリモは赤カブのラビオリ。赤カブの甘みが強く印象に残る味です。
セコンドはキノコソースのポークソテー、ライス添え。どことなく日本の洋食屋さんを連想させるメニューです。
ドルチェは2品。1つは定番のりんごのストゥルーデル。
もう1つは名前を思い出せないのですが、
アイスクリームの上に果物やメレンゲ、ワッフルコーンなどがてんこ盛りになっているドルチェです。
たぶんここのお店のオリジナルでしょう。
ここは立地条件もよく、日曜の夜でもやっているので、万が一のときのキープにしたいお店です。
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私のとっておきイタリアのカフェ&ドルチェ 価格:¥ 1,365(税込) 甘い物好きの人なら、イタリアへ出かける前に ぜひ読んでおきたい一冊です。 |
Cavallino Bianco(カヴァッリーノ・ビアンコ)
ボッタイ通りに面したトラットリアです。ここでは伝統的な南チロル料理を味わうことができます。
私たちが店を訪れたときは満席だったので、
少しのあいだ立ち飲みカウンターでグラスワインをサービスしてくれました。
陽気なカメリエーラが「重たいやつ?軽いやつ?」と好みを聞きながらオススメのワインを飲ませてくれます。
店内は明るく家庭的な雰囲気です。
はじめに出てきたパンは、やっぱりどこかドイツ風です。
プリモは2品。1つ目は郷土料理のカネーデリ・イン・ブロード。
スペックのスープの中に、チロル風のパン団子が入っています。
もう1つは、スペックとアーティチョークのタリアテッレ。北イタリアらしいクリームソースです。
セコンドは、グーラッシュ・ディ・セルボ・コン・カネーデリ(鹿肉のシチュー、カネーデリ添え)です。
ポレンタ添えもあったのですが、あえてカネーデリ添えを選んでみました。
ドルチェはこれまた南チロルの名物、りんごのストゥルーデル。
トレンティーノ・アルト・アディジェ州は、イタリア有数のりんごの産地です。
気どらず、それでいて申し分のない味とサービスで、大満足のトラットリアです。
Park Hotel Laurin(パークホテル・ラウリン)
ボルツァーノの駅から歩いて5分ほど、ヴァルター広場にもほど近いロケーション抜群の伝統あるホテルです。
伝統を感じさせる外観とはうらはらに、内装は近代的に改装されていました。
インターネットも標準装備で使えます。
(日本語フォントが入ってなかったので、日本語のページは見られません)
ご覧の通り、すっきりとしたデザインでまとめられています。
バスルームも快適そのものです。バスルームは、エミリア・ロマーニャの旅で恵まれなかったとき以来、
ホテル選びの最重要ポイントになってます。ジャグジーだったらもっとよかったんですけど。
1階のロビー脇にはバールもあります。
これが有名な「ソファのあるエレベーター」です。
実際には小さなエレベーターで、ポーターがスーツケースを運ぶエレベーターは別にあります。
朝食は品数が豊富で、あまりイタリアっぽくはありません。
ただ、サン・マルツァーノ風のプチトマトとモッツァレラ、きゅうりがあったのはなんとなく不思議な感じでした。
(プーリアじゃないんだから…)
ホテルのホームページはこちら
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ロンコロ城は、大改修されて近年公開され、当時のフレスコ画などを見ることができます。
またその一部は「いすの博物館」になっています。
建物を取り囲むように回廊があり、平地側に面した場所には、出窓や狭間などがあります。
よくみるとギベリン狭間です。やっぱり北なんですね。
山側に面した建物は、住居としての色合いが強いことが外観からも見てとれます。
写真中央奥にある入り口がオステリアのある場所です。
「夏の家」と呼ばれる建物の壁は、壁面全体にフレスコ画が描かれています。
建物の内部です。どの部屋もフレスコ画で装飾されていたことがよくわかります。
騎馬試合のフレスコ画です。こうしてみると、どの場所にも宗教画が描かれていないことに気づきますね。
市街のいくつかの教会にはジョットの影響を受けたフレスコ画が残っていますが、
ここではむしろ北方の影響が大きいのかもしれませんね。
ロンコロ城から見たボルツァーノ市街です。遠くブレンタドロミテまでを望むことができました。
ロンコロ城への入り口です。ここから川を渡り、細い坂道を登ったところに城門があります。
橋の付近から見たロンコロ城の全景です。
橋を渡ったあとは、こんな細い道を歩いて登ります。
しばらく歩くと、木立の中に城門が現れます。ここをくぐるとお城だと思いきや…。
さらに堀(空堀です)がめぐらされています。
堀にかかる橋も、もしかすると当時は跳ね橋だったのかもしれませんね。
お城の中には、オステリアもあります。
観光地にありがちなお気軽なバールのたぐいかと思いきや、ガンベロ・ロッソの星つきの名店です。
ロンコロ城のホームページはこちら
http://www.roncolo.info/roncolo_it/storia.asp
ボルツァーノの街は、サレンティーノ渓谷からタルヴェラ川が流れ下って、
街の南を流れるイサルコ川に合流するところに広がっています。
タルヴェラ川沿いには遊歩道があり、散歩を楽しむ人、ジョギングをする人などの姿が見られます。
また、3kmほど川上に向かってさかのぼったところには、ロンコロ城があります。
ちょうど写真のとおりのよい天気。私たちはロンコロ城まで歩いてみることにしました。
タルヴェラ橋からしばらく歩くと、ブドウ畑の中に城跡が見えてきます。これがマレッチオ城です。
現在は公開されていませんが、外観はいかにも中世ヨーロッパの城といった雰囲気です。
これがタルヴェラ川です。
この日は前日の雨で川の水は少しにごっていましたが、ふだんならもっと澄んだ水が流れているのでしょう。
山の斜面にもブドウ畑が広がっています。遠くのほうに教会の鐘楼が見えるのがわかるでしょうか。
遠くの山の上にも城跡らしきものが見えます。
川はといえば、上流に近づくにつれ、だんだんと流れも急になり、
写真のように小さな滝のようになっているところもあります。
30~40分ほど歩いたでしょうか。川沿いの高台に、ようやくロンコロ城が見えてきました。
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19世紀になってから建てられた比較的新しい教会ですが、意外にも見どころがいっぱいです。
ネオ・ロマネスク風のファサードは、細かい部分まで小技がきいています。
バラ窓の装飾も見事ですが、その上のアーチもよく見るとその奥に金箔のモザイク画が…。
中は、アッシジの“ポルツィンコラ”を思わせる祭壇に、
サン・マルコ寺院やモンレアーレの大聖堂を連想させるビザンチン風の後陣のマッチングが
微妙なバランスをかもし出しています。
一方で、身廊の天井部は青を基調にしたゴシック風のヴォールト天井で、これまた微妙なバランスです。
これが何百年もかけて少しずつ改築されていったのならわかりますが、
建築当初からこんな風だったらしいので、ちょっとびっくりです。
教会の外には、マリア様のタベルナコロがありました。
そうそう、「Sacro Cuore」は、あえて日本語に訳すなら「聖心」ですよね。
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エルベ広場の北のはずれにある、フランチェスコ派の教会です。
この教会も13世紀にその起源をさかのぼることができますが、
現在の建物は第2次世界大戦後に再建されたものです。
いかにもゴシックな内装は、イタリアから別の国にワープしたような錯覚におちいります。
内部はネオゴシック風で、窓のステンドグラスがとても印象的です。
ステンドグラスは、色使いもデザインも現代風ですが、教会全体の雰囲気によく調和しています。
教会の脇にある修道院の回廊は、戦災を逃れたフレスコ画がよく保存されています。
回廊のフレスコ画は、ジョットの影響を受けていることがわかります。
それにしても、アッシジの聖フランチェスコ教会が建てられたのとほぼ同時代に、
どうやってこのような画風が伝わっていったのでしょう。
パドヴァあたりと文化的交流があったんでしょうか。ちょっと興味をそそられました。
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