ピエトロ・ダ・コルトーナが改装を担当した、バロック建築のさきがけともいえる教会です。
ファサードには、半円形をした古代ローマの神殿風のポーチが張り出して、
両脇の翼廊?の上部は逆にゆるやかなカーブを描いて凹面をつくっています。
回廊はブラマンテが設計したものだそうですが、それを知らなかったわたしたちは、
むしろヴオールト天井下のアーチに描かれたフレスコ画にひきつけられてしまいました。
誰が描いたものなのか、はっきりとはわかりませんでしたが、やわらかい色調でほっとする絵が並んでいました。
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サンタンジェロ城から、サンタンジェロ橋を渡ってほど近いところにある教会です。
ガイドブックにのっているわけでもありません。
ファサードも、レリーフのデザインが少し変わっていますが、とりたてて目を引くわけでもありません。
でも。なぜだかひきつけられてしまいました。入り口の扉が開いていたからかもしれません。
教会の内部です。列柱は古典的なローマ建築風ですが、後陣がバロックです!
そして、中央に据えられているのは「ロレートの聖母」?
それもそのはず、この教会は教皇ピオ9世がマルケ地方の出身者のために改装した教会なのです。
ピオ9世自身、今のマルケ州のアンコーナの近くの生まれなので、
マルケの人々が集まる教会を建てても何の不思議もありません。
で、現在の教会の建物は、オッタヴィアーノ・マスケリーノのプランがもとになった新古典様式だそうです。
そういわれてみると、建物そのものはパッラーディオ風ですよね。
それにしても、こんなところで「ロレートの聖母」に出会うなんて。
カラヴァッジョの「ロレートの聖母」を見る前に、ここに立ち寄ったのは、何かのめぐり合わせでしょうか…。
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ここがサンタンジェロ城の屋上です。すぐ目の前に、ブロンズの大天使ミケーレが立っています。
アップで見ると、こんな感じです。よく見ると頭のてっぺんにカモメがとまっていますね。
さすがのサン・ミケーレも、鳥には勝てないようです。
階下のテラスには、ここが要塞だったころの様子が再現されています。
上から見たサンタンジェロ橋です。橋の向こう側の通りが急に狭くなっているのがわかりますね。
古いローマの町並みそのままの通りです。
テベレ川を進む遊覧船が見えています。ホントは夜、乗るつもりだったんですが。
サン・ピエトロ大聖堂が見えています。
映画「ローマの休日」でオードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックが乱闘をしたダンスパーティーの舞台は、
この真下です。
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サン・ピエトロ大聖堂から、まっすぐ東へ向かうと、教皇を守る要塞、サンタンジェロ城があります。
この建物は、もともとはハドリアヌス帝のお墓として作られたもので、
その後少しずつヴァチカンの要塞としての役割を強めていったようです。
城の目の前にかかる橋はサンタンジェロ橋と呼ばれ、現在の橋はベルニーニがデザインした彫像で飾られています。
サンタンジェロ橋から見るサン・ピエトロ大聖堂です。
晴れた日の夕暮れ時にはもっと美しいながめなんですが…。
城内は博物館になっていて、見学することができます。また、屋上からのながめもなかなかです。
中はいかにも霊廟を改装した要塞といったようすです。ここも映画「天使と悪魔」の撮影で使われていましたよね。
いかにも「イルミナティ」の隠れ家風です。牢獄として使われていた時代もあるそうです。
階を上がるにつれ、教皇の避難所としての要素が強くなっていきます。
この部屋は、パウロ3世が住居として使っていた部屋だそうです。ヴァチカンに負けない豪華さです。
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原作も面白いのですが、映画は何度見ても飽きない面白さです。 | |
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ゆっくり見てまわろうとしたら、まるまる一日かかるヴァチカン美術館。
私たちも半日以上美術館の中ですごしました。
そんなときに便利なのが、一階にあるセルフサービスレストランです。
味はそれなりですが、なんと言っても手軽に食事ができるのが一番です。
カフェテリアも併設されていて、エスプレッソを楽しむこともできます。
メニューはあらかじめ決められたものの中から選択するスタイルです。
これはCセット。パスタ・セコンド・ドルチェはそれぞれ2~3品の中から選ぶことができます。
でも18ユーロ50チェントはちょっと高いですね。
こちらがAセット。セコンド・ドルチェだけで、プリモはつきません。
12ユーロです。大学の学食みたいですね。
「せっかくのローマなんだから、おいしいものを」という人にはおすすめしませんが、
まあ見学コースの一部だと思って立ち寄ってみるのもいいかもしれませんね。
システィーナ礼拝堂を出ると、今度はヴァチカン図書館です。
疲れてきていた私たちは、ぼんやりとながめてまわっただけですが、
装飾の美しさには目を見張るものがあります。
上の写真は、ウルビーノ8世の回廊です。宝石箱のようですね。
これは、サン・ピエトロ広場にオベリスクを立てるときの様子を描いたフレスコ画です。
現在の大聖堂の姿になる前の姿がよくわかります。
16世紀のパンテオンが描かれた板絵を見つけました。当時はこんな風に鐘楼があったんですね。
かなり違和感を感じるのは私だけでしょうか。
この回廊を通り抜けると「システィーノ5世の間」です。
あまり知られていませんが、この「システィーノ5世の間」の装飾は必見です。
システィーノ5世といえば、ローマの街を大改造した教皇ですよね。
システィーナ礼拝堂を見たあとには、ぜひ図書館にも立ち寄ってみてください。
天井のフレスコ画が美しい階段をいくつも下っていくと、いよいよヴァチカンの至宝、システィーナ礼拝堂です。
入り口は廊下の途中突然に現れます。特になんということはない小さな入り口から一歩中に入ると…。
壁という壁に描かれたフレスコ画。その圧倒的なスケールに思わず息をのみます。
ミケランジェロの天井画はもちろん、ボッティチェルリやギルランダイオの壁画も、
他では見ることができないすばらしい作品ばかりです。
正面入り口の上には、だまし絵で窓がかかれています。
こうして見ると、ミケランジェロの描いた天井部分がより一層鮮やかな色彩で描かれていることがわかります。
ダ・ヴィンチが多用した空気遠近法を嫌い、絵画を彫刻のようにくっきりと描く
ミケランジェロの個性がよく出ていますね。
こちらは天井部分です。「アダムの創造」が写真中央やや右下に描かれています。
こちらも驚くほど鮮やかな色彩です。
そして、これが「最後の審判」です。
これだけの巨大な作品をたった一人でかきあげたミケランジェロの精神力には、ただ驚かされるばかりです。
それにしても、ミケランジェロは筋肉好きですよね。
ちょっとだけ気になったのは、礼拝堂の中が静粛な雰囲気とはほど遠かったことです。
もともと小声で話しても音が響きやすい構造になっているのに加えて、中にはあふれんばかりの見学者。
それぞれが少しずつささやきあっているので、礼拝堂の中は絶えずざわめいています。
警備員が何度も「Silenzo!」と注意するのですが、しばらくするとまた元通りに。
また、フラッシュをたいて撮影する人のストロボライトやシャッター音なども気になりました。
これだけの作品ですから、ぜひ静かにじっくりと鑑賞したいと思うのですが、どう思いますか?
システィーナのミケランジェロ (ショトル・ミュージアム) | |
青木 昭 TV局のディレクターとして、システィーナ礼拝堂の修復作業の記録責任者となった 著者が語る、ミケランジェロと修復をめぐるエッセイです。 |
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小学館 |
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「ラファエッロの間」のある建物のとなりには、「ボルジアの塔」と呼ばれる建物があります。
この建物と「ラファエッロの間」の階下の部屋をまとめて「ボルジアの居間」と呼んでいます。
これらは教皇アレッサンドラ6世の居住空間でした。
アレッサンドラ6世は本名をロドリーゴ・ボルジア(Rodrigo Borgia)といい、
息子はあのチェザーレ・ボルジア、娘はルクレツィア・ボルジアです。
現在は近代絵画の美術館になっているため、建物の下半分は当時の面影はありませんが、
天井から梁の上までは当時の装飾がそのまま残っています。
太陽や月をモチーフとした装飾は、どことなくパドヴァのラジョーネ宮を連想させます。
一目見て、他の場所とは時代が違うことがわかりますね。
ボルジア一族は、その悪い評判から後世の教皇たちがこれらの部屋を嫌って
ほとんど利用しなかったためだとも言われています。
ちなみにフレスコ画は、ピントゥリッキオが描いたものです。
他にも興味深い絵はあったのですが、残念ながら暗い部屋ばかりで、きれいに写真が撮れませんでした。
確かにラファエッロと比べたら地味かもしれませんが、いい絵がたくさんあるのになぁ…。
もう少し何とかなりませんか、ヴァチカン美術館の担当の方。
上のフレスコ画は、9世紀に教皇レオ4世がボルゴで起きた火災を十字を切ってしずめた、
というエピソードをもとに描かれたもので、この部屋が「火災の間」と呼ばれているのも、この絵からきています。
こちらは「カールの戴冠(Incoronazione di Carlo Magno)」です。
神聖ローマ帝国の始まりですね。世界史では必ず出てくる場面です。
この絵は、ラファエッロは下絵だけを描いて、あとは弟子たちに任せたといわれています。
ラファエッロの絵からは、ミケランジェロやダ・ヴィンチのような執念のようなものが感じられないのは、
そのせいかもしれませんね。
こちらは「オスティアの戦い(Battaglia di Ostia)」です。
以前から続くキリスト教世界とイスラム教世界の争いを描いています。
こちらも弟子が仕上げているといわれています。この絵と「ボルゴの火災」の色調は、
ミケランジェロの影響を受けているような気がします。
フィレンツェで聖母像を描いていたようなダ・ヴィンチのスフマート風な淡い色使いとは明らかに異なっています。
天井画です。金箔を多用して、宗教画らしい厳かさを強調しています。
この絵はまるでぺルジーノが描いたみたいですね。
これで、「ラファエッロの間」はおしまいです。
いずれの部屋も見どころたっぷりなので、十分に下調べをしてから訪れてくださいね。
ヴァチカン美術館でもっとも有名な絵画のひとつ
「アテネの学堂(Scuola di Atene)」があるのが、この「署名の間」です。
この絵については、いまさら私が説明する必要はないでしょう。
こちらは「アテネの学堂」の向かいにある「聖体の論議(Disputa del Santissimo Sacramento)」です。
同時代の画家の長所をすぐに取り入れて作風が変わり続けたラファエッロですが、
この絵は師匠であるペルジーノの影響が感じられます。
天井画も、もちろんラファエッロ。ここでは、聖母子像を描くときのような柔らかなタッチが見られます。
たった一人でシスティーナ礼拝堂の天井と向き合っていたミケランジェロとは違い、
弟子たちを指揮し、自分自身で筆をとることは少なかったといわれているラファエッロですが、
この部屋に関してはほぼ1人で描きあげたようです。
器用で遊び人だったラファエッロ。ミケランジェロやダ・ヴィンチとの生き方の違いが、
仕事への取り組み方にもあらわれているのでしょうか。