港を後にした私たちは、カモーリの街を散策することにしました。
今度は海から一つ山側に入ったカモーリのメインストリート?です。
街の中にはこんな風にだまし絵で装飾された建物があちらこちらにあります。
だまし絵装飾では、窓や柱が描かれることが多いのですが、
この建物は壁面のレンガがすべてだまし絵になっています。
ここまでくると、もう「だまし絵」というレベルではないですよね。本物なのは雨どいだけです。
海の見える“スキアフィーノ広場”にやってきました。
このスキアフィーノという人はイタリア統一の際に活躍したガリバルディの部隊に加わり、
カラタフィーミの戦いで戦死した人だそうです。
FSの駅の近くには、マヨルカ焼のタイルに描かれたカモーリの地図がありました。
私たちは、カモーリの街並みをぐるっとひと回りしてきたことになるようです。
カモーリは、1時間もあればひと回りできてしまう小さな町ですが、
時間を忘れてのんびり過ごしたい気分になる場所です。
砂浜沿いに続く道を西に歩き、教会の後姿を横目に見ながら、オレンジ色のアーチをくぐると、
カモーリの港があります。
港の正面にあたる場所には、堂々とした建物が立っています。
おそらく、商館かホテルのように使われていたのでしょう。
港のまわりには、アーチが多くみられます。
このアーチの続く道を通り抜けると、今も使われている船着場のあるところに出ます。
やっと港全体が見渡せる場所に出ました。
せまい港の中にたくさんの船がひしめきあって泊まっています。
奥のほうの船は、どうやって出すのかな、なんて余計な心配をしてしまいます。
ここがサン・フルットゥーゾからの船着場です。
船がやってきました。
サン・フルットゥーゾ乗り継ぎでポルトフィーノやサンタ・マルゲリータ・リーグレへと行くこともできます。
時間はFSの3倍かかりますが、晴れていたら船でポルトフィーノ半島巡りをするのもいいかもしれませんね。
サンタ・マリア・アッスンタ教会のすぐそばに中世の城塞の跡があります。
復元したものだと思いますが、砲台なども置かれていて、それなりの雰囲気をかもしだしています。
このマヨルカ焼のタイルを見るかぎり、城塞と教会の周辺は、1513年には一つの小さな島だったようですね。
このあたりがカモーリの町で一番古い場所のようです。
建物の一番上には見張り用の小さな塔が残っていました。
塔に上る階段からの眺めです。広くリグーリア海が見渡せます。
塔の上からは、教会の屋根を見ることができます。
鐘楼がピンク色に塗られていることにここて初めて気がつきました。
さらに山のほうにまで目を向けると、
町の裏手の山の中腹あたりまで、ホテルや別荘が立ち並んでいるのがわかります。
西の海岸沿いに目を向けると、山が海のすぐそばまで迫っているようすがわかります。
すぐ下の海に堤防が突き出しているのは、この下にカモーリの港があるからです。
城塞は、この小さな港をずっと守り続けてきたんですね。
カモーリの参事会教会はサンタ・マリア・アッスンタ教会(Basilica di S.Maria Assunta)。
砂浜の西のはずれに後陣を向けて、つまり背中を向けるようにして立っています。
教会の側面にまわってみると、見事な白しっくいの壁面が現れます。
3つのニッチに彫像が置かれたようすは、
街並みの色合いに合わせるようなクリーム色の後陣側とは別の建物のようです。
ファサードも同じく白しっくいです。比較的新しい時代に整えられたもののようです。
教会前の小広場は、白と黒の小石が敷き詰められて、まるでモザイク模様のようです。
内部は天井から柱の一本一本まですべてが金色に輝き、外とは全くの別世界です。
カモーリの人たちの教会に対する思いが伝わってきますね。
Ristorante Vistamare (Grand Hotel Miramare内)
私たちは、旅行先ではあまりホテルで食事をしません。
たいていのホテルでは、コストパフォーマンスが見合うだけの食事に出会うことができないからです。
特に都会のシティホテルでは。
でも、ここは違いました。ホテル全体から受ける印象通り、リストランテも最高に近いものでした。
アンティパストは「カッポン・マーグロ」。味は申し分なし。
ジェノヴァで残念な思いをした後だったので、やっと本物に出会えた気分でした。
プリモは「コッツェのスパゲティ。
毎日のようにムール貝を食べていますが、調理方法がバラエティに富んでいるので、飽きることがありません。
セコンドは「魚のミックスグリル」。上品な味付けで魚も新鮮そのものです。
ドルチェは「ラズベリーのカスタードプリン」と「ミックスジェラート」。どちらもほどよい甘さです。
仕上げはイタリアの定番、エスプレッソでFinito。大満足の夜でした。