La Caravella(ラ・カラヴェッラ)
ミシュランの1つ星のリストランテです。
いくつかのホテル併設のリストランテをのぞけば、
おそらくアマルフィで一番格式の高いリストランテでしょう。
店内は落ち着いた雰囲気で、上流階級のための店といった感じです。
タイルや動物の置物などの装飾品は、そのほとんどがセラミックです。
まずテーブルに並べられたのは、数々のグラス。
ヴェネツィアングラスについての説明を受けました。
アンティパストは“sushi風”イカとスズキの燻製。
魚介の下には砕いたビスコッティのカポナータが隠れているのが“sushi風”なんでしょうか。
すべての料理は、1人前を2人でシェアしたので、
ただでさえ上品な盛り付けの料理がさらにこじんまりと。
2品目は、これがなんとパスタです。
“スパゲティのフリッタータ、海の幸風”という感じの名前がついていました。
固めたスパゲティに海の幸のソースがかかっているといえばいいのでしょうか?
メインはタコの蒸したものに、明石焼のようなポルペッテが添えられたものです。
つなぎのレモンソルべ。お店からのサービスです。
ドルチェだけはしっかり2品オーダーしてしまいました。こちらは揚げてあるババ。レモンソースです。
もう一品は、2種のジェラートにクリームとふわふわビスコッティが添えてあります。
そして、いい気分で油断してやられてしまったのがコレ、リモンチェッロ。
エスプレッソをオーダーしようとしたところ、
お店の人にすすめられてつい頼んでしまいました。
これがまたおいしいんですが、そこまでそれなりにワインを飲んでいたせいもあって、
イタリアでは一番やってはいけない状態(泥酔)に…。
しめのワンスプーンは、Meranzano al Ciocolato(茄子のチョコがけ)。
日本語にすると何それ?という感じですが、なかなかおいしかったような…。
(記憶があいまいです)
お店のホームページはこちら
http://www.ristorantelacaravella.it/home.asp
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水平線に夕日が沈み、あたりに灯りがともりだすと、
アマルフィの街は昼とはまた違った姿を見せてくれます。
日没からしばらくのあいだは、イタリアの空はまだ青さが残り、
淡いピンク色に見える大理石とのコントラストが印象的です。
ドゥオーモもごらんのようにライトアップされて、昼とはまた違った美しさです。
扉の上のフレスコ画が見えるでしょうか。
ドゥオーモ広場にも、灯りがともり始めました。
階段脇のリストランテが開店準備を始めています。
広場の中央にある聖アンドレアの噴水も、控えめにライトアップされています。
メインストリートでは、バールに人が集まり始め、
商店はそぞろ歩きの観光客たちで閉店前の賑わいをみせています。
ドゥオーモ広場の片隅にある小さな文房具屋さんです。
アマルフィは紙の生産地としても有名で、
街のあちこちで手漉きの紙でつくられたレターセットやノート、フォトスタンドなどが売られています。
船着場近くから、西の方角を見たところです。
海沿いの通りは、リモンチェッロの酔いをさますための散歩道として絶好の場所です。
右上に見える窓明かりの列は、カプッチーニ・コンヴェントです。
(このときはホテルに改装中でした)
ドゥオーモのファサード下の回廊を向かって左に進むと、美しい中庭のある回廊に出ます。
どことなくアラブ・ノルマン風の雰囲気がただようこの回廊は“天国の回廊”と呼ばれています。
中央には大きな椰子の木が植えられ、その周囲にも南国風の草木が配されて、
フィレンツェあたりの教会の回廊とは全く趣を異にしています。
また、このサイズの小ささも独特の雰囲気をかもし出しているのかもしれません。
開放感あふれる、というのではなく
回廊に必要な要素がぎゅっと濃縮されて空間が構成されているような印象を受けます。
柱の装飾や、アーチの形状はいかにもアラブ・ノルマン風です。
上を見上げると、ドゥオーモの鐘楼が目に飛び込んできます。
街の喧騒とは全く隔絶された別世界のこの回廊は、
アマルフィの裕福な人たちの墓所になっているそうです。
みな“天国”を夢見ながら、ここに眠っているのでしょうか。
ドゥオーモの内部は、迷路のように複雑なつくりになっています。
身廊に加え、いくつかの側廊と、地下聖堂(クリプタ)、
そして現在のドゥオーモが建てられる前の教会の一部も取り込まれるように残っています。
この写真はたぶん側廊にある礼拝堂の1つだと思うのですが…。
でも、様式を見る限りちょっと違うような気も…。
こちらは間違いなく側廊にある礼拝堂です。
柱などを見てわかるように、内部の主な部分はバロック様式に改装されています。
こちらは地下聖堂です。ここに聖アンドレアの遺骸が納められています。
地下聖堂は細部まで装飾がほどこされていて、
それらの装飾や天井のフレスコ画がライトで照らし出されている様子は、
神秘的な印象を強めています。
こちらは、博物館としても使われている、古い聖堂です。
写真に撮るべきものはたくさんあったのですが、
なぜかこんな由来のよくわからないものしかメモリーカードに残っていませんでした。
漁師らしき人が、天使(杖を持っているのでガブリエル?)に魚を捧げているようです。
古い聖堂には、かなり古い時代の教会のフレスコ画も部分的に残っています。
アマルフィのドゥオーモは、上部ビザンチン風&下部イスラム風の異なる文化が
微妙なバランスで融合したファサードが印象的です。
夕暮れ時には、西日を受けてファサードが金色にキラキラと輝き、
見ていて飽きることがありません。
隣に立つ鐘楼は、パレルモやモンレアーレで見られるようないわゆるアラブノルマン様式です。
こうしてみると、色調こそ違いますが、
モンレアーレのドゥオーモの鐘楼にとてもよく似ています。
広く大きな階段によるファサードへのアプローチは、
ドゥオーモをより威厳あるものに見せる効果がありますが、
実はこの階段、ドゥオーモよりずっと後にできたものなんだそうです。
正面扉の上には、金箔をバックにした聖アンドレアが描かれています。
魚が描かれているのは、聖アンドレアのシンボルマークだからですね。
青銅の扉は、コンスタンティノープルで作られたもので、
イタリアにある中でも最古のものだそうです。
イエス様の顔の部分は、みんながありがたがって触っていくのでしょうか、ぴかぴかに光っています。
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マヨルカ焼のディスプレイのある建物の先は、右手に大きく道が開けて広場になっています。
広場の東側には大きな階段があり、
階段を登った先にはアマルフィのシンボルであるドゥオーモが金色に輝いています。
広場の中央には、アマルフィの守護聖人である聖アンドレアの泉があり、
そのまわりを取り囲むようにカフェやリストランテがテラス席を広げています。
アマルフィの守護聖人である聖アンドレアは、キリストの十二使徒のひとりで、
もともと漁師だったことから、漁師や船乗りの守護聖人になっています。
ちなみにローマの守護聖人ピエトロは、アンドレアの兄だそうです。
守護聖人がどれだけ大物なのかは、中世においては、
都市国家のランク付けと結びついていたようです。
例えばフィレンツェの守護聖人は洗礼者ヨハネ。キリストに洗礼をした人ですから、
これ以上の人物はいませんよね。
ローマは上に書いたとおり、聖ピエトロ。
キリストの一番弟子で天国への鍵を持っている人(=現在の法王にあたる人)です。
ヴェネツィアはもともとは聖テオドロス
(サン・マルコ小広場の入り口の柱の上でワニを踏んでいる人)でしたが、
もっと格上の守護聖人がほしい、
ということでエジプトのアレキサンドリアから聖マルコの遺骸を勝手に持ち帰って
サン・マルコ寺院を建ててしまったのは有名な話です。
もっともアマルフィの聖アンドレアも、
そもそもコンスタンティノープルにあった遺骸を持ち帰って今の場所にドゥオーモを建てたらしいので、
ヴェネツィアのことはとやかく言えませんね。
ドゥオーモの階段の上から見たドゥオーモ広場
海洋国家として栄えたアマルフィは、
ヴェネツィアなどと同じように、街の正面玄関は海に面しています。
その入り口にあたるのが、このPorta della Marina (マリーナ門)です。
この門をくぐった先が旧市街です。
中世には、海からの襲撃に備えるために、海沿いの建物は城壁の役目も果たしていたんですね。
門の横には、マヨルカ焼のタイルでアマルフィ共和国の交易範囲が記されています。
こうしてみると、他のイタリアの海洋国家と同じように、
アマルフィも東方との交易で莫大な富を築いていたことがわかります。
それでは門をくぐって、旧市街へと向かいましょう。
門をくぐると、まず目に飛び込んでくるのが、
建物の壁一面にディスプレイされた色あざやかなマヨルカ焼のおみやげ物です。
道の右側には、小さなジェラーテリアがあります。
大人気のこのお店には、いつもお客が並んでいます。
私たちもさっそくひとつ。
チョコラータとノッチョーラを南イタリアらしくブリオッシュにはさんでいただきます。
このお店には、結局3回も行ってしまいました。
La Bussola(ラ・ブッソーラ)
船着場・バスターミナルからアマルフィの海岸沿いを西に5分弱、
にぎやかな街の東側と対照的に、緑豊かな静かな場所にあるホテルです。
私たちの部屋は2階。広いテラス付きの部屋です。
テラスの向こうが通路になっていて、時々人が通るのが玉にキズですが、
広さも清潔さも申し分ありません。
バスルームは、高級感はさほど感じませんが、シャワーブース兼用のジャグジー付きバスタブと、
イタリアのホテルとしてはかなり快適な部類に入ります。
テラスです。マヨルカ焼のテーブルが置かれています。
目の前にはアマルフィの港が広がっています。
テラスからの眺めです。
すばらしい眺望、とまではいきませんが、充分にアマルフィの空気を味わえます。
屋上にもテラスがあります。ここからの日の出の眺めは強く印象に残る美しさです。
どの部屋にもバルコニーが付いていますね。
一番下の階の青いテーブルが見えるのが私たちの部屋です。
朝食用のテラスです。ハイシーズンにはリストランテにもなります。
朝食はいわゆるイタリアンスタイルで簡素ですが、
バールの朝食だと思えば、申し分ないメニューです。
ハネムーンなどでアマルフィを訪れるなら、
サンタ・カテリーナやルナ・コンヴェントもオススメです。
でも、街から歩いて帰れないサンタ・カテリーナや、バス通りに面しているルナ・コンヴェントより、
リモンチェッロで酔っているときでも、
夜風に吹かれながらブラブラと歩いて帰ることのできるこのホテルもなかなかだと思いますよ。
ホテルのホームページはこちら
http://www.labussolahotel.it/
アマルフィの町が近づくにつれて、船の2階デッキでは写真を撮る人の数が増えてきました。
太陽は少しずつ西に傾いて、まもなく日没になろうとしています。
西日が町の東側や背後の岩肌を照らしています。
ちょうど日が当たっているあたりに“月の修道院”があります。
今はホテルとして使われているこの修道院からは、きっときれいな夕日が見えるのでしょう。
船は少しずつ左に舵を取り、桟橋へと近づいて行きます。
桟橋は小さく、地中海を支配した海洋国家の面影はありません。
それでもやはり街並みは堂々としています。
街の中央にはドゥオーモの鐘楼がひときわ目立って見え、
左端の山腹にはサン・ビアジオ教会が街を見下ろすように建っています。
海沿いに青く見えるのはバスターミナルに泊まっているSITA社のプルマンです。
さあ、いよいよ接岸です。皆そわそわしはじめました。
ついに船はアマルフィに到着しました。多くの人が降りると同時に、
今度はサレルノへ向かう人たちが乗り込んで行きます。
この小屋が船のチケット売り場です。
カプリ・イスキア・ソレントなどの文字がガラスに書かれています。
夕暮れ時で、ほとんどの船の運航が終了しているためか、人影はまばらです。
さあ、いよいよアマルフィの街を歩いてみましょう。
プライアーノの町沿いを過ぎると、船はフローレにさしかかります。
この一帯は断崖絶壁が続き、
海からのアプローチはほとんど不可能に近いように思われますが、
“フィヨルドの入り江”と呼ばれる、まるで箱庭のように小さな浜が1ヶ所だけあります。
そこだけ時間が止まっているかのような静けさにつつまれた別世界です。
フローレの次に見えてくるのが、コンカ岬と“エメラルドの洞窟”の入り口です。
“エメラルドの洞窟”は、カプリ島の“青の洞窟”ほど有名ではありませんが、
ディズニーランドのスタッフのようなガイドの演出もあって、ユルイ感じで楽しめる場所です。
上の写真中央やや左下に見える小さな箱のような建物が、
洞窟の入り口へと下るエレベーター乗り場です。
その下には、歩いて下りたい人のための階段も見えています。
船の進む方向に目を向けると、コンカ岬とその上に立つコンカの塔が見えます。
岬の尾根に沿って広がっているのが、コンカ・デイ・マリーニ(Conca dei Marini)の街並みです。
コンカ岬を回りこんだアマルフィ側からは、
コンカ・デイ・マリーニの町の全景を眺めることができます。
やがて、アマルフィの街の姿が目に飛び込んできます。
アマルフィ海岸クルーズも、あとわずかです。
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1000マイクロピース アマルフィの休日 (26cmx38cm) |
たまにはこんなジグソーパズルでも。 | |
ビバリー |
船でポジターノを後にした私たちは、アマルフィへと向かいます。
途中、船上からアマルフィ海岸の小さな町を眺めながらの30分あまりの旅です。
ポジターノを出発してすぐに目に飛び込んでくるのが、プライアーノの町の眺めです。
プライアーノは、正確にはヴェッティカ(Vettica)とプライアーノ(Praiano)の
2つの地区から成り立っています。
岬をはさんでポジターノ側がヴェッティカ地区、アマルフィ側がプライアーノ地区で、
それぞれの地区に教区教会があります。
ヴェッティカ地区のサン・ジェンナーロ教会です。
小さいけれど、変わったデザインの鐘楼と、
マヨルカ焼のタイルで装飾されたクーポラを持っています。
岬の近くから見たヴェッティカ地区です。教会がひときわ目立っています。
船が岬を回りこむと、今度はプライアーノ地区が一望できます。
他のアマルフィ海岸の町とは異なり、牧畜や農業が主に営まれてきたこの地区では、
住宅があまり密集していません。
プライアーノの地区教会は、サン・ルーカ教会です。
シンプルなデザインがサン・ジェンナーロ教会と対照的です。
町の東のはずれには、プライアの浜(Marina di Praia)と呼ばれるネコの額ほどの海水浴場があります。
小さいながらも入り江の端の岬に塔が立っているのは、ポジターノやアマルフィと同じです。
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アマルフィからポジターノへはバスを利用した私たちですが、
帰りは船を利用することにしました。アマルフィ海岸クルーズを楽しもうというわけです。
ポジターノの船の切符売り場は、一見するとディズニーランドのポップコーン売り場のようです。
船着場です。これはカプリ島行きの船です。
こんな小さな船でポジターノからカプリまでなんて、
海が荒れているときは思いっきり船酔いしそうですよね。
アマルフィ経由サレルノ行きの船がやってきました。
この日は晴天。お目当ては2階の展望席です。
船の向こうには、遠くガッリ諸島(IL Galli)の姿を望むことができます。
ガッリ諸島はポジターノからモーターボートで15分、セイレーン伝説で知られている島々です。
セイレーンなのに島の名前は“雄鶏たち”なんですね。
サンタ・マリア・アッスンタ教会のクーポラともいよいよお別れです。
船の上からポジターノの街に別れを告げます。
日差しが少しずつ西に傾き、街の東斜面に陽があたっています。
さあ、ここからはしばらくのあいだ、アマルフィ海岸クルーズを楽しみましょう・・・。
ナポリからアマルフィ海岸へは、さまざまなアクセス方法がありますが、
私たちはプルマンを利用することにしました。
プルマンの発着場は、港の古い船着場、Molo immacolatellaにあります。
特に停留所のようなものはなく、どこ行きがどこに停車するといった決まりもなさそうで、
到着したバスは空いているスペースにかなり適当に止まっているように見えます。
このあたりがいかにもイタリアらしいところです。
近くにいる人に聞いても、行き先をわかっている人はいないようで、返事は決まって「non lo so」です。
切符売り場は、駐車場の脇にぽつんと立っている建物で、ここも不親切極まりない感じです。
まあ、イタリアにいてそんなことにいちいち腹を立てていてもはじまらないので、
ついでに自動販売機で水を買って、のんびりとお目当てのバスが来るのを待ちます。
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いったんバスが到着してからは、ナポリの渋滞に巻き込まれることもほとんどなく、
バスはスムーズに走ります。
市街を抜けると、ヴェスヴィオの雄大な眺めを車窓から見ることができます。
このあとは少しウトウト…。
気がつくとバスは山間をぬって、アマルフィ海岸へと下っていきます。
このあたりは、ちょうど修善寺あたりから西伊豆へと抜ける道に雰囲気が似ています。
バスは海に面した山の中腹につくられた道路を走ります。
ところどころに小さな集落を見ることができます。
急斜面に建てられた家々が目立つようになると、アマルフィはもうすぐです。
いよいよアマルフィの町が見えてきました・・・。