ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

まるで何処かの国の様!!

2012年06月30日 | とんでもない!
 先日、6月27日に全国の電力会社9社の株主総会が一斉に行われ、原子力発電所のない沖縄電力以外の7社で、自治体や市民グループから株主提案されていた「脱原発」などを求める議案が出されたのだが、全て否決されたというニュースがテレビのニュース番組で流れたのだったが、その映像を見ながら何やら「まるで何処かの国の議会?みたい!」と感じてしまったのであった。

 昨年の東日本大震災の影響でかつてない未曾有の放射能漏れというメルトダウン事故を起こしてしまった福島第一原子力発電所を有する東京電力と、さきほど政府がなし崩し的に再稼動を決定した福井県の大飯原子力発電所を有する関西電力の各々の株主総会は異様と言わざるを得ない内容で、ひな壇的な上部に座った会社幹部の勢揃いといい、会場の株主の質問に対する応対振りといい、また議長の采配というか筋書き通りの議事進行まで、何とも隣の近くて遠い国、北朝鮮の国会にあたる会議?や中国の全国人民代表者会議などと同様の異様な独裁国家、すなわち一党独裁の権力構造で、全てが為政者の都合と考えで決定して行く、見せかけだけの民主主義的総会にしか見えなかった。

 多くの国民が昨年春の原発事故以来、多大な不安を抱きつつ、少なくとも原発依存から脱原発へとの舵取りを期待していたにも関わらず、首相の再稼動を決定した際の記者会見の言葉は「国民生活の安定のため」といういい加減な言葉で如何にも国民の目線で検討結果を表明した如く語ったが、全ては財界と電力会社の利害を優先し、全く一般の国民生活の安定なんぞを考えているのではないことは明白なのだが、今回の一斉の電力会社の株主総会とやらが、ともかく擬似的民主主義とでも言うべき、欺瞞に満ちた独裁国家の一党独裁の体としか見えなかったのである。

 たとえば関西電力の株主総会では、筆頭株主である大阪市の橋下徹大阪市長が株主として質問し、「速やかな全原発の廃止」を提案していたのだったが、総会に直接足を運ばない大半の株主の「反対、賛成、一任」などの委任状によって、全ては既に決着がついていた様で、この大阪市の提案は賛成率22%という飛躍的な賛成が出たにも関わらず、あっさりと否決されてしまっていたし、関電側の提案した議案は全て賛成多数で可決と言う「出来レース」の様な有様だったわけである。

 会場内でも騒然とした部分もあったらしいが、会場外では多くの市民や関心の高い人々による「再稼動反対!」や「脱原発」のプラカードやシュピレヒコールが声高くされていたとも伝えられていたが、全く会場内では5時間余という長時間の前代未聞の株主総会とはなったが、社長、会長をはじめとする経営陣や幹部職員は、ともかく台本どおりに総会を終焉させるのに躍起だっただけであった。

 ともかく、社長は「原子力発電を今後も続けて行く」と明言し、巷での住民の不安の超えや反対の思いには一切触れず、利益追求の政府に守られた特殊法人としての会社経営を最優先する形で、何ら危惧したり問題視したりする部分は全くなく、既定の筋書きを多くの職員やガードマンに守られて執り行ったと言っても過言ではない有様であった。

 もう一度言うが、暗い壇上に座っていた経営陣の序列や風情は、どう見ても某国の独裁権力機構そのものであり、我が電力会社の末永い発展と存続を願っているだけであり、全く福島第一発電所の大事故の原因究明と反省から来る問題点や課題に対する認識すら感じさせない、シナリオを練習して演じただけの映像となっていたのであった。

 唯一進展を感じたのは、東電が原発輸出のプロジェクトを諦めて撤退するとの方針を固めたというぐらいであり、今後も厳しい世論と共にマスメディアの責任ある報道を糧に、一般電気需要者としての市民の立場で、この電力会社の横暴と矛盾だらけの経営陣と偽りの総会などの手法も厳しく追及されるべきだと痛感した次第である。
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体内時計が早くなった。

2012年06月28日 | 感じたこと
 先月下旬から新しい仕事を始めたのだが、ここ数週間なんと私の体内時計によると思われる起床がとても早くなってしまったのである。

 五月のゴールデンウイーク明け頃までは、前日の夜の就寝時間が遅いこともあって、普段は朝7時前後に起きていたのだったが、五月下旬に沖縄への旅行をした頃から、仕事への期待とある種の興奮もあってか、少しつづ起床時刻が早まっていたのかもしれないのだが、ここ数週間はやはり体内時計が狂ったとしか言いようのない様な状態で、早朝に目が覚めて時計の時刻をうっすらと目を開けて見ると、なんとまだ4時台だったりして、夏至を少し過ぎただけのこの季節ではうっすらと明るくなってきている気配で、早々と起きようかと思うほどになったのである。

 それにしても、仕事場に出向くのが早くても9時前ということなので、いくら何でも5時前に起きてしまうと、朝の時間が長すぎて、返って疲れてしまうような気がして、無理をしてでももう一時間は休もうと布団の中で右往左往?していて、ほんのちょっとではあるがチョイ寝ができる時もあるのだが、大抵は何やかんや考えたりしている内に6時近くになって、「よっしゃ!」と起きてしまうのである。

 5時台の早朝に目覚めて起きてしまうと、休んでいる部屋と隣の居間のカーテンを開けて、窓の錠を外して少し半開にして、朝の新鮮な空気を入れて、着替えたらおもむろに台所のコンロにやかんをかけて湯を沸かし、私の妻の二人の亡き父の写真にお茶を供えて、朝刊を取りに玄関を出て郵便受けに手を差し伸べるのだが、玄関ドアを開けたところで必ずセンサーライトが点灯し、まだ朝とは言え、少し暗い部分がある早朝であることが判るのである。

 その後の時間の過ごし方は、ゆったりとしていて、いつもの如く美味しい木次の牛乳をコップ一杯冷蔵庫の一リットルパックから注いで、飲みながら朝刊に目を通すといった、何処かのおじいちゃんの様だと自笑しながら、6時台になってテレビをつけると、早々となんと「みのさんのテレビ」がもう放送していてビックリなのである。

 なんと毎朝5時45分から始まっているそうで、準備もあってたぶんスタッフ、出演者共々3時台には全員集合されているのだろうと推察すると、いくらテレビの仕事とは言え、そんなに早くからスタンバイしようと思うと、前夜は少なくとも9時までには就寝、眠らないと?なんて、他人のことながら大変だなと思うのだが、私自身も従来の7時頃の起床の頃と比べると、今もそうなのだが前夜は10時を過ぎれば眠くなり出しているのである。

 昨日は関西電力や東京電力など沖縄電力を除く電力各社の株主総会があり、原発の再稼動や抑制、廃止への提案なども含め、多くの株主からの質疑応答があった模様なのだが、テレビ報道によればほとんど委任状や現状維持を願う株主が多いのか、株主提案の議案はことごとく否決されて、電力会社側は益々「原子力発電は欠かせない!」と豪語したという感じであった。

 ともかく、今年の夏期は全国的に電力不足が予想されていて、関西電力からも計画停電の通知の葉書が来ていたが、新聞紙上でも早々と発表されている「計画停電」なるものも大飯原発の再稼動へと7月から舵を切る関電管内では最大の電力使用時を予測しての脅し的告知だと感じる計画停電だと感じざるを得ない。

 そうだ、「早寝、早起きは三文の得」と昔の人はよく言ったものだが、この「体内時計の突然の狂い」は、たぶん節電や無駄な電気の使用を控えるための得策のひとつとして何かのプレッシャーもあったのかもしれないが、二時間近い夜の時間をサマータイムではないが、朝に持ってきたと思えば相当な電力使用が減るのではないかと、何とも言えぬ納得と共にライフスタイルの変更、二時間早めるを自認して、明日も早く目覚めることを楽しみに、もう床につくことにしようと思うのである。
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トラブルが続いて・・・

2012年06月26日 | ファミリーイベント
 先日の金曜日の早朝だが、いつもの様に自営の八百屋の仕入れのために愛車であるスバルサンバーディアスのハンドルを握って、京都市内に出かけた帰り道で突然、軽四輪のワンボックスかーではあるが昨年暮れに車検を受けてまだ数ヶ月しか経っていないのに、後輪のステアリングだと思うのだがガチャガチャと激しい騒音がして、走行が難しくなってしまったのである。

 その日は仕入れた農産物などを自宅に置いてから、九時過ぎに日中の仕事に出かけなければならなかったので、本当に「ヤバイ!」って感じで、すぐさまJAFに電話して状況を伝えたが、一時間近く救援の車が来れないということで、急遽妻に出動をしてもらい、とりあえず近くのスバルの整備工場へと車を運んでもらうこととして、私自身の移動と午前中の仕事のための動きを確保するために、妻の愛用しているワゴンRが必要だったので、携帯で指示をして来てもらったのであった。

 故障したサンバーディアスは、JAFの車載トラックに積まれて幸いなことにスバルの営業所まで数キロしかなかったので、無事工場に入庫し、急いで点検、修理を依頼して、私と妻はまずは自宅へ帰り八百屋の仕入れ荷物だけを降ろした後、私は急いで仕事に出かけたのであった。

 その夕方から八百屋の営業、つまり移動販売に出かけるためには少なくとも軽自動車のワンボックスタイプが急遽必要なのだが、二三人は同様の軽自動車を所有している友人、知人はいるのだが、仕事のために勝手を言って借りるわけにもいかないので、急いでインターネットで近くのけレンタカー業者を検索して、何とか急なことだが夕刻より借りれる車を確認して、約20キロほど南、ほぼ奈良市の手前まで軽自動車のハイジェットを借りに走ったのだが、これも妻を乗せて行って帰りはレンタカーを妻が追尾する形で帰って来たのであった。

 翌日の土曜日一日を八百屋で走った後、日曜日の昼前にレンタカーを返した後、修理が終った我が愛車のスバルサンバーディアスを久御山まで取りに行っての帰り道、次のアクシデントが起きていた。

 妻がいつも乗っている軽自動車のワゴンRだったのだが、自宅まで約2キロのところで、ちょっとしたミスで前行車に追突していたのであった。

 私は修理が終った車で、土曜日に時間がなかったので市内の仕事の営業所に用がって、そのまま出かけていたのだったが、事故が起きた直後に、妻は私に電話を何度もかけたらしいのだが、生憎にも携帯の電源が足らずに掛からなかったのであった。

 自宅に帰って充電をしつつ、電話を妻にしたところ初めて事故を起こしたことが判明したのだつたが、時既に遅しで私はその現場に立ち会うことも、相手の方へのお詫びや連絡もすることも出来ず、娘に電話した上で警察に来てもらって事故証明が取れる確認は出来たとのことであった。

 アクシデントというものは何だが続くものなのかもしれないが、先日私はブログで携帯電話をスマホに取り替える検討を始めたと記していたのだったが、今週の月曜日には仕事に出かけてしばらく経った時間に、八百屋の仕入先や仕事場の上司から再三再四携帯に電話があって、すぐ出たのだが相手の声が全く聞こえないという突然の故障に見舞われてしまった。

 午前中だけで、生憎にもお客様からの電話も含めて8通話ほどあったのだが、全く私の耳には相手の音声が聞こえないという状態であり、困り果ててすぐさま昼過ぎに、長年使っているドコモの営業所へ故障した携帯を持ち込んで原因と修理をと思ったのだが、修理には時間と代金が掛かることもあって、やむを得ず検討を始めたばかりのスマホに機種変更して、すぐさま対応しないと仕事にも支障が出ると判断したので、慌ててスマホの機種選定をして手に入れたのであった。

 ともかく、ドタバタ劇の様に自動車の故障と小さくとも事故、そして携帯の通話できない故障で、新しいスマホへの機種変更購入と、妻の自家用としての中古車購入とあいなってしまったのであった。
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沖縄慰霊の日

2012年06月24日 | イベント
 昨日、6月23日は「沖縄慰霊の日」として、沖縄本島南部の糸満市摩文仁にある「平和の礎」と呼ばれる、太平洋戦争末期に沖縄が戦場と化して以来、約三ヶ月近くの激戦の末に、民間人約9万人をも含む24万人以上の人が亡くなっている現実の中、戦後相当の歳月が経った後に、この摩文仁の丘に建造されたのが、全ての沖縄戦でこの世を去った人々の名前を刻んだ墓石の様な団地として創られたのである。

 この地を私も二度訪れたことがあり、沖縄戦の犠牲者の鎮魂と今後の平和を築くために建てられた、各都道府県別の社というのか墓地があり、その奥の太平洋を見渡せる絶好のロケーションの地域一帯にともかくこれでもかというくらいの「平和の礎」の線墓地者名を刻んだ石、石、石が並んでいる場所があるのである。

 よく晴れた天気のいい日に、ここ*訪れたのだったが、昭和20年の4月1日に沖縄本島の中央部、読谷村の海岸に大挙上陸を敢行した米軍の海兵隊を皮切りに、多くの米軍兵士たちとヘリコプターや戦車も上陸し、日本の太平洋戦争末期の地上戦としては唯一悲惨かつ民間人までもが自決も含めて、この戦争の犠牲となった戦いが繰り広げられた末、逃げ惑った兵士たちとと共に一般の島人たちも本島の南部地域で最期を迎えた人が多くおられたとのことであった。

 いつも感じることなのだが、時の首相である今回は野田佳彦総理大臣がわざわざ消費税問題で民主党内も混乱混迷を来たしている最中ではあるが、時間を裂いて沖縄まで行って、この沖縄戦の最期の日と言われている「沖縄慰霊の日」に開催された沖縄県主催の「沖縄全戦没者追悼式」に出席し挨拶をされたのだが、沖縄県民ならびに沖縄戦の戦没者遺族やその関係者にとっては、冷ややかな心情だったに違いない。

 私たち日本人は沖縄の大地に刻まれた悲惨な歴史を決して忘れてはならないと、一応の過去に対する認識は示された様だが、現在も沖縄に米軍基地が集中し、県民に長期にわたり多大な負担をかけている事実は慙愧に耐えないとも表現はされてはいるが、基地負担の軽減や撤去についての強い意思や米国政府との交渉に対する展望などは全く示すことができない内容であった。

 挨拶としての言葉ではまったく表現されてはいないが、普天間基地の返還撤去に伴う名護市辺野古への移転計画や垂直離着陸が可能とされている大型輸送機の「オスプレイ」の沖縄の基地への配置という新たな戦略的米軍の方針に対しても、全く言いなりとしか思えない対応で、多くの県民のこれ以上の負担や安全を脅かす装備の配置などに対する、抵抗の姿勢もなく全く真意が窺えない内容であったといえよう。

 それに対して、いつも関心するのが地元の高校生たちの挨拶であり、今回も女子高校生の見事な平和への願いと祈りの言葉には感動を隠し得ないものがあって、なぜにどうして政治家たちは素直に、戦争を二度と繰り返さないための方策や考え方を具体的に提示したり行動すると宣言できないのかと、改めて忸怩たる思いに苛まれたのであった。

 かつて沖縄に行った折に、二度読谷村の「チビチリガマ」を訪れて、一度は入り口の狭い洞窟の中に入って、いまだに戦場と化していた当時の島民たちが逃げ隠れていた様相を想像できる状態が残っていた様子を見ることとなったし、その入り口に創られた金城実氏の土製の彫刻を見たのだったが、この地も多くの沖縄各地の悲惨な戦時下の状況を察する遺跡のひとつに過ぎないのかもしれないが、想像を絶する生死を彷徨った島民の営みがあったことは事実なのであると痛感した。

 「祈り」「願い」しか出来ない一般の島民や国民にとっての、沖縄慰霊の日が政治家たちにとって、ただの記念日であってはならないのではないだろうか。

 強い意志で決断し、米国政府に対して具体的な提案をし、確実に沖縄の負担軽減への見道のりを示してほしいものである。
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「私、本当にかわいい?」

2012年06月23日 | 感じたこと
 先日、「おばぁちゃんの年金」と題して、ガリバー通信で記した私のよく知っている若いママの小学二年生になる女の子のお話なのだが、やっぱり子どもの話は面白いし、ある意味ではちゃっかりと本音というべきか核心をついている場合が多くて、ついつい笑ってしまうほど面白いものなのである。

 その女の子は従兄弟に中学生になるおネェちゃんがいることもあって、まだ7歳だと思うのだがおしゃまさんとでもいうのか、ともかくおばぁちゃんとの会話を聞いていると、少しでも大人に近づきつつあるのだろうか、とっても面白いのである。

 先日、その女の子がおばぁちゃんちに遊びに家族でやって来た時のことだったとおばぁちゃんにあたるご婦人から、いつもの八百屋の商売のついでに聞いてしまった話なのだが匿名の話として、ここに紹介させていただくこととする。

 家族でママの実家に遊びにやってきたのだったが、ある時その女の子がおばぁちゃんを自分がいた部屋に呼んで、真剣な顔をして尋ねたというのであった。

 「なぁ、おばぁちゃん!いつもおばぁちゃんは私のこと、かわいいって言ってくれるけど、本当にそう思っているの?」と耳元で小さな声で聞いたのだった。

 突然に彼女が聞いた本当の真相は分からないのだが、一般的に言うところの「もの心がついた」とでも言うべき年齢になって、小学校の自分のクラスにも自分よりも可愛いと思う女の子がいることに気付いたり、テレビや雑誌の芸能人、タレント、アイドルなどと呼ばれ女の子たちを見ていると、私は本当に可愛いのだろうかと、ふと疑問に感じたのであろうか。

 咄嗟の質問だったが、おばぁちゃんは「うん、とっても○○ちゃんは可愛いとおばぁチャンは、本当に思ってるよ」と答えたそうだが、何度も女の子は「ほんとう?お世辞とちゃうやろな!」と正しながら嬉しそうにおばぁちゃんの顔を見上げていたというのであった。

 その可愛いお孫さんとおばぁちゃんは、近くの本屋さんもあるスーパーに出かけた時の話が続いてあったのである。

 彼女はおばぁちゃんの家にやってくると、おばぁちゃんと近くのスーパーに行って、いつもは何か好きな漫画を一冊買ってもらっていたそうなのだったが、その日はいつもの様におばぁちゃんが「今日はどのマンガがええの?」と尋ねたところ、「うち、今日は漫画とちごて読み物がほしい」と彼女はいいながら、おばぁちゃんの顔を見上げながら、「480円とちごて、680円するけど大丈夫?」と伺いを立てたと言うのであった。

 「大丈夫やよ、好きな本買い!」と答えると嬉しそうに一冊の本を手にとって戻ってきて、レジへ行っておばぁちゃんの財布から代金が支払われたのだったが、しばらくして歩きながら、彼女はこんどは「ソフトクリーム食べたいけど、無理やな?」と再度おばぁちゃんにお伺いを立てたと言うのであった。

 たぶん200円か300円程度のソフトクリームの値段だと思うのだが、とってもおばぁちゃんの孫思いの、孫が可愛くてショウガナイ立場を知ってか知らずか、見事なオウカガイであり、当然おばぁちゃんは「ええよ」と答えられて、彼女は念願の好きな本と共にソフトクリームをもゲットしたのであった。

 小さな子どもと言っても、もう小学二年生ともなれば少しはお金のことや自分とおばぁちゃんの立場を知っているのか、しかし決して計算ではなく、素直に率直に自分の欲求や疑問をおばぁちゃんに直接ぶつけていて、またちょっと可愛いと思わせてしまっていて、圧倒的に孫の勝利?と言える会話となってしまっているのだが、本当に祖父母にとっては、孫は可愛いものなのだろう。

 さて、いつまで「可愛い!」と言いつつ、いつまで孫がおばぁちゃんに付き合ってくれるのだろうか。
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スマホを検討。

2012年06月21日 | 感じたこと
 携帯電話なるものを使い出して以来なんと早や20年が経っているのだが、1990年当時の携帯電話と言えば、現在のスマホやスリムな携帯とは全く違う大きさの受話器だったし、肩に担ぐ様な重いバッテリーを持っての通話だったので、今思い返したら笑ってしまえる様なイデタチだったのではないかとさえ思うのである。

 当時は、街中の交差点や人通りの多い場所で、大きな黒塗りの携帯電話、その当時はまだ移動電話と呼んでいた記憶があるが、現在のdocomoになる前のNTT移動通信という会社からのたぶんレンタル器材で使用していた時代だつたと思うのだが、たった20年の経過で、飛躍的な発達、発展を遂げた携帯電話アイテムは、今や「スマホ」と呼ばれる機種が主流になりつつあるのである。

 私の場合は家族、友人、知人との通話とメール交信、そして「写メ」と称する簡易カメラとしての使用と共に、時にはGPS機能で簡単な所在地の確認や地図などを検索したり、計算機代わりや時計代わりの使用が主だった利用だつたので、パソコンで日常的にできるインターネット検索やブログの入力などは携帯ではほとんど行っていなかったのである。

 そういう利用状況もあって、わざわざスマホという新しい機種の必要性をあまり感じていなかったのだったが、先月からの新しい仕事でたくさんの方々に連絡をとったり電話をいただくケースが増えてしまったために、まずは携帯の使用実態に合わせた料金プランの変更を余儀なくされたので、近くのドコモショップへと出かけたのであった。

 ここ数週間は、その新しい仕事のお客様のお宅へ地図を頼りに自分の車で行く機会が多くて、なかなか地図だけでは個人のお宅を正しく検索することが難しい場合が多くて、カーナビでもあれば楽なのになぁと感じ出していたのであった。

 そういう現状の中、とりあえずは携帯電話の特に電話使用が増えたために料金プランを一段階上げて、少しでも電話使用料を妥当かつ安上がりにしたいとの思いで、窓口の職員に相談と共に、前述したカーナビ的機能を持ったスマホの検討もしようということと相成ったのであった。

 仕事の性格上で必要な要素を出来れば的確に捉えた機能と料金プランを検討しながら、その他の従来日常的に使用していた機能の継続と共に、新たなアプリやマニュアルを駆使した、仕事関連だけでなく役立つ使用法も覚えながら、新たな体験とでもいうべき楽しさも拡大しそうなので、十分に検討するに値すると思ったのである。

 つい今年の春先には、携帯電話で十分でスマホの必要性をほとんど感じていなかったので、旧守派ではないのだが不必要なアイテムではないかとも思い、ブログでも記したのだったが新たな必要性と情報ならびに交信、検索のためにスマホ的機種を採用、いや使用する方向にチャレンジすることとしたのである。

 ドコモショップで簡単な説明をしていただき、パンフレットを持ち帰った今、明日以降の機種購入には特典としての実質的な割引などもあって、二年間の使用をすればスマホあるいはノートと呼ばれる少しサイズが大きい機種なども含めて、ほとんど新規購入代金がほとんど要らなくなるということもあって、しばらく検討することとしたのである。

 しかし、いずれにせよ携帯端末としての使用が一番多いと思われるので、従来の携帯電話の使用に慣れた者にとっては、スマートフォンをはじめとする手でタッチ面に触れて、たくさんのアプリや機能を駆使することはたぶん慣れるまでは相当な日数と時間が要するかも知れないし、負担する料金も間違いなく現在よりは高額となると思われるので、慎重に機種選びと使用し易さなども含めた熟慮が必要かもしれない。

 いずれにしても、スマホ機種への変更へ意思を固めたところ、娘からは「あたらしもの好きやなぁ」と冷やかされたのだが、時代に添った必要なアイテムとして、たぶん今日夏至の日をターニングポイントとして、スマホ世代の仲間入りをしたいと決めたのである。
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高速深夜バス

2012年06月20日 | 感じたこと
 関越自動車道で深夜高速バスが側面のガードレール壁に激突して47人もの死傷者を出した衝撃的な事故から数ヶ月が経ったが、事故の原因として考えられる一因が従来は一人の運転手で670キロメートルもの長い距離を運転してもいいとしていた指針であり、多くの運転手を対象とした事故後のアンケートでも明らかな様に、有効回答を寄せた約2800人による平均の安全運転ができるとした距離が夜間で345キロで、昼間で420キロとすることを参考に、国土交通省は漸く乗客を運ぶ距離として400キロを超える夜行ツアーバスには交代の運転手を乗務させることを原則義務づける新基準案をまとめた様で、7月中旬までに実施する予定だと公表した。

 ともかく思い出してみても金沢から東京ディズニーランド行きの低額のツアーバスだつたのだけれど、お年寄りから青年たちまで夢見ごこちに多くはテーマパークで楽しむことを目的としていた普通の人々が一瞬にして事故に巻き込まれて、多数の死傷者となり、無念の帰宅を余儀なくされた方々のことを思うと、ご遺族や関係者には一生忘れられない悲惨な事故であった。

 事故を起こした運転手は自らも大型バスを何台も保有しながら、チャーターされればバスをレンタルさせて運転もするというパート的事業者でもあり、この日も急遽金沢からの東京行き便の深夜の高速道路を中心とした運転業務を一人で任されていたようで、通常は通らない予定の関越自動車道を走っていた際に居眠り運転となって取り返しのつかない大事故となったのだという。

 行きは別の運転手が東京から金沢までを運転したので、過失致死罪の容疑で逮捕された運転手は前夜は十分休息できたはずなのだが、自分の事業の連絡業務やその他で十分には眠っていなかったらしく、つい居眠りをしてしまったと供述していると報道されていた。

 東京から金沢までの距離はほぼ500キロ程度なのだが、長距離であるか否かだけでなく、ともかく十分な休養と体調の良し悪しもチェックされていないと少なくとも多くの乗客を輸送するバスツアーの貸切運転手は務まるとは思えないのだが、日頃の日常的業務の延長で多数の命を預かると言っても過言ではない、安全第一の運転業務に支障をきたすこともあるという危険なリスクが潜んでいることは明らかなのである。

 今回、国土交通省がまとめた新基準が義務づけられることとなったとしても、運転手の健康管理や心情も含めたメンタルチェックも含む運転業務前点検がバス車体だけでなく、運転手自身に対しても厳しく行わないと、時間的制約や交代運転手を配置すれば安全を保障できるというものではあるまい。

 また休憩を含む乗務時間が10時間を超える場合も交代運転手を乗務させる義務が示されていた李もするが、デジタル運転記録計による運行管理やテレビ電話による点呼、運転直前の休憩期間が11時間以上、連続運転時間が2時間未満、運転手の年齢が70歳以下などの条件を満たせば、500キロまでのワンマン運転が認められるというルールも併記されているという。

 いずれにしても、格安深夜バスの利用者は若者や観光客を中心に増加傾向がはなはだしく、JR系や大手私鉄関連の高速バスと比べると格段と低額なためもあって、少しぐらい乗り心地が悪いというか眠り難いというリスクがあったとしても、例えば東京、大阪間の名神、東名を中心に走る深夜バスの場合では大手の9千円前後の価格と比べると一番安価なのものは4千円を下回る安値であり、営業利益を最低限出すためのコストカットや安全面でのチェックが疎かになるケースもあると思われるのである。

 私も最近では昨年の東日本大震災の支援ボランティアで宮城県に出かけた際に、京都、東京間と東京、仙台間のそれぞれの深夜バスを利用したので、上記の関越での事故は人事ではないと強烈に感じた一人として、国土交通省の長距離バスの運転手二人体制の新基準だけでなく、過当競争化しているツアーバス業界の中小ツアー企画会社とバスを提供するバス保有会社の両社に対する「安全第一」のための指針を指導し、格安競争によるコスト削減による安全軽視を厳しくチェックしていただかないと、規制緩和という形だけの過当競争による新たな犠牲や事故がまた起こる危険性を感じてならないのである。
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原発依存からの脱却は?

2012年06月19日 | とんでもない!
 先週末の土曜日、野田首相の決断で関西電力の福井県おおい町にある大飯原子力発電所の3、4号機の再稼動が決定されたことは周知の事実だが、国民の六割以上の人が原発の再稼動に不安を抱き、昨年春の東日本大震災と大津波によって未曾有の第惨事を起こしてしまつた東京電力の福島第一原子力発電所の1~4号機の事故そのものの原因究明と現在の状況すら全ては分かっていない現状なのに、電気が不足する非常事態が来るという全てが脅迫じみた政府と関西電力を筆頭とする原発再稼動への方向性に対して、野田内閣は「政治決断」とかいうあやふやな言葉で強引に舵を切ってしまったという感じである。

 福島原子力発電所の事故は1986年に起きた当時のソ連の統治下にあったウクライナのチェルノブイリ原発が爆発炎上し、多量の放射能を全世界に撒き散らしてしまって以来、最大かつ最悪のメルトダウンを伴う大事故だったのだが、それ以来原発の安全神話は完全に崩れたはずなのに、まだ一年半も経っていない現状で政府はストレステストと称する安全点検と電力会社の安全対策の徹底と地元自治体の同意を条件に、五月初旬に国内50基の原発が止まった状態だったのに、無理やりこじ開けた感じで実質は7月半ばに完全再稼動がなされるという決定をしてしまったのである。

 野田首相は16日の国民への記者会見で、国民生活を守るために原発の再稼動は不可欠とする決断に至った心情を語っているのだが、本当に真摯に原発、原子力の将来を熟慮した上ならば、やはり大きな政治的決断としての原発の抑制あるいは段階的な原発からの脱却の決断は出来なかったのであろうか。

 私たち国民の多くは昨年の福島原発の事故を起こしたそもそもの原因である大地震と大津波という自然災害が日本列島の全国各地の各断層の状況と海に囲まれた島国ニッポンの全てが海岸線の所謂過疎地に立地している原子力発電所にあっては、場所による差異はあつたとしても、絶対安全などとは言い切ることの出来ないばかりか、将来の廃炉を見込んだとしても、廃棄物処理と共に遠い将来にまで放射能廃棄物などの処理が必要で多額のツケを先送りしている、この厄介な代物からの脱却を決断する絶好のチャンスが今だったのである。

 
しかし、野田首相や民主党の仙石前官房長官なども含む原発関連の所管の枝野、細野大臣なども関西電力会長や社長の度重なる懇願と共に、原発政策を推し進めて来た自民党幹部や関係者などへ陳情などが行われていたらしく、ついに菅前首相の時に表明した原発に頼らない日本のエネルギー政策などという方針を翻して、原発依存の旧体制すなわち「今まで通り」を選択してしまったのである。

 あの三年近く前に「政権交代」で日本の政治が変ると宣伝され、多くの国民が従来通りの日本の政治状況から一歩でも二歩でも変革がなされ、少しでも住み心地のいい、福祉と環境を誇れる国になってくれるのではという淡い期待で総選挙に臨んだのではなかったのだろうか。

 消費税問題の決着の仕方も結局は従来の自民党政権時代と同じく「談合による利害保障」の産物的決着として来週くらいに衆議院での可決成立を見る見通しとなっている様だが、原発最稼動の決断も国民不在の電力会社の利益と存続を第一義的に配慮しただけの理念無き決断だつたと言わざるを得ないのではないだろうか。

 寂しい限りである。せっかくの期待を全く裏切って、国際社会での信用や尊敬もかなぐり捨てて、わが身、わが党、我が支持者としての大手企業の口車に乗った様な決断と言う名の結論を聞くに及んで、とても失望した国民が多くいたのではなかろうか。

 ドイツやスイスの様に時間を掛けてでも「原発依存からの脱却」を宣言すれば、どんなに野田首相は歴代首相としての名を歴史に残せたかもしれないのだが、今やまじめさだけがテレビの画面や報道から感じ取れるだけのただの「おっさん」にしか見得ないのはとても残念である。

 大飯の次は伊方だと順次、元の木阿弥の如く原発依存のとんでもない危険な安全神話を続けていくとすれば、我々は失望以外にないし、15%程度の節電ならば少し努力すればできることであり、クリーンエネルギーの実用化と無駄な電力使用はたくさんあるので、やたらのライトアップやテレビの24時間放送など止めればいいのではないかと庶民は思っているのである。
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小児臓器移植

2012年06月18日 | 感じたこと
 先日、日本国内では初めてと言われている6歳未満の小児の脳死判定を受けて、心臓、肝臓、腎臓がそれぞれ臓器移植を待っていた患者に提供されて、各々の手術は無事終了したという画期的なニュースがあった。

 日本では2年前にやっと臓器移植法が改正されて以来、大人の脳死判定を受けての臓器移植は従来からも行われていたが、15歳未満の子どもを提供者とする脳死移植が2例あったが、6歳未満の子どもの脳死判定に伴う臓器移植は我が国では始めて実施されたというから、待ちに待たれていた患者さんにとっては、とてもハッピーな知らせだったろうと思うし、術後の経過は順調とのことだが、今後も他者の臓器が移植されたのだけれど、無事に新しい体にマッチして健康を回復してもらいたいと切に祈るばかりである。

 臓器移植法の改正前は脳死と判定された子どもの場合は臓器移植が出来なかったのだが、ようやく小さくとも健康な臓器が必要な患者さんに提供されることができるというのは素晴らしいことだと思うのである。

 従来は子どもの臓器提供が出来なかったため、また乳幼児たちの臓器提供が必要な難病などの患者は、海外へ臓器移植を求めて多額の費用を捻出して渡米などして実現していたケースが多かったのだが、国内でもできる前例が出来て、今後の患者さんたちにとっては光明の光が差した感じではないだろうか。

 今回は心臓と肝臓が大阪と東京の10歳未満の子どもに提供されたらしいしが、肝臓については60歳以上の大人に提供されたと報道を聞いて、6歳というまだ未発達な子どもの腎臓が大人の患者に提供されてもすぐ役立つのか少し疑問に感じたのだが、たぶんまだまだ若くて健康な腎臓ということなので、提供されて移植された大人の方は腎臓だけは特別若返ったということになるのである。

 今回の富山の6歳の男児の脳死判定の場合は、わが子が死んでもその臓器がどなたかの体内で元気に行き続けていくのであるならば幸いと思うと言われたご両親の決断で幼児からの三つの臓器移植が実現したのだが、なかなか我が子の突然の脳死判定に際して、臓器提供と言う決断が幼い子どもを亡くした親にすぐにできるかどうかは大変微妙な感情と想いが左右すると思われるのである。

 臓器移植ネットワークというという団体があって、日本国内での臓器移植についてのエキスパートとして各種のケースの対応と情報整理や公開などを行っていると聞くが、提供者のプライバシーをはじめとする微妙な情報管理と、提供者と提供を受ける側の情報などを病院、医師らと共に的確に判断するという大変厳しい支えが必要な仕事であることは間違いない。

 現代の日本の医療体制での臓器移植を巡る状況は、まだ欧米諸国の実態と比べると遅れているという印象はまだ拭えないのだが、今後小児だけでなく臓器提供を行うという大きな決断を倫理的にも感情的にも提供側と受ける側のキャッチボールを、病院や医師だけが行うのではなく、微妙なモラルの問題やご家族の思いなどを細やかに察して実施できるように、専門的なカウンセラーや専門職員が必要だと思われるのである。

 どんな難病や処置不可能な病状に陥っても、臓器移植による命を継続させることができるというケースが、現代医学の上で可能になってきているとすれば、誰しもが移植による救いを待っている人たちがたくさんいると思われるので、是非今回の例を稀なケースとしない様に、慎重かつ大胆に少しでも救える命を大切に永らえさせるために、より一層の臓器移植の可能な対応を進めていただきたいと思うのである。 
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「おばぁちゃんの年金」

2012年06月16日 | ちょっと可笑しいよ
 政府は今日、西川福井県知事の同意が得られたとして、野田首相が枝野経済産業相ら関係三閣僚との会合を開いて、遂に大飯原発3.4号機の再稼動を政治判断として決定した。

 昨日の税と社会保障の一体改革と銘打った消費税法案など関連法案の三党の修正協議の合意がなされ、消費税の値上げがほぼ決まったことにつぐ、大きな決定であった。

 三年前に国民の多くが政権交代を願い、自民党を中心とする内閣から民主党を中心とする政府へと移行されて約三ヵ年が経って、国民の多くが望んでいた改革や将来に向けての日本の新たな展望が期待できる法案や制度の見直しなど、多種多様な政策の変化を当初は本当に実現するのではと思っていたが、鳩山、菅、そして野田と民主党代表が一年ごとに変わる一方で、小沢元代表を中心とするグループとの党内での対立構造は際立つばかりで、民主党執行部は自民党、公明党などとの協議や修正を繰り返しての悪戦苦闘の末、マニフェストに掲げた政策転換の多くは実現するどころかお釈迦になったり、野党の協力を取り付けるために放棄したりと、散々な国会戦場での取引や利害対立解消のための秘策等で、混乱して姿形を変えても是が非でも消費税値上げと原発再稼動だけはと強引に先に結論ありきのゴールを決めてのごり押しを通した様である。

 いずれにしても、国民の多くの反対や危惧にはほとんど説明もされずに、国民生活を守るためとのお題目的理念のみで、消費税値上げも原発再稼動も強行したという印象以外は無い感じであった。

 自民党政権の末期の頃からのもうひとつの懸案であった、「年金制度の一元化」などの問題も「消えた年金」問題も、とっくの昔に議論らしき過程はあったが、一向に最低年金額の目標も消え、いまや元の木阿弥なのだろうか、これで何処が税と社会保障の一体改革などと言えるのだろうか。

 まったく話は低次元になるかもしれないが、今日八百屋のお客さんと話をしていて、何とも子どもらしいと言うべきか、おばぁちゃんの年金についての問答が聞かされて、現実とは関係なくとっても笑って愉快な会話だったので、ここに記すこととした。

 60代半ばを過ぎられたばかりのおばぁちゃんというにはまだお若い感じのお孫さんが5人いらっしゃるご婦人なのだが、私はその二人の娘さんの小学生時代をよく知っている間柄でもあり、そのご婦人にとって二番目の女のお孫さんだと思うのだが、ある時お家に来られた時に質問にあつたというのであった。

 「おばぁちゃん!どっかからお金もらっているんやろ?」「ええなぁ、学校も行かんでもええし、毎日日曜日で会社に行けへんのに、何でお金もらえルン?」「それ何処なん?私ももらえルンやったら行きたいな」「お金大好きやし、いくらあってもええもんな」

 おばぁちゃんは、「この前まで一生懸命働いてきたし、ちゃんとお給料の中から自分のお金も積み立てるように払ってきたので、今は仕事をしてなくても、ご苦労さんという意味で国がお金をくれるんや」とその女の子の質問にできるだけわかりやすく答えられたそうであった。

 子どもにとっては、「年金制度」はなかなか分かりにくい面もあるらしく、何にもせんでもお金が貰えるのだったら、私もそこへ行ってもらってきたいという子ども心に、笑っていいのか素直な子どもの気持ちが出ていて、とても楽しい話として強く印象的だったのだが、現実の年金制度及び年金生活者の実態は不公平や厳しい状況もあり、一概に「お金を貰ってええな」では済まされない格差や数万円しかない月収入での生活を強いられている高齢者も多いのである。
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