ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

またもアメリカ追従?!

2013年08月30日 | 世界の問題
 アサド政権による「化学兵器」の使用について、アメリカや西側諸国は、国連決議によらずともシリアへの空爆を開始するという姿勢で、オバマ大統領は一両日中にも攻撃をする意向を語っている。

 しかし、イギリスの議会は、シリアによる化学兵器使用の根拠はあいまいだとの見解から、キャメロン首相は英国軍のただちの攻撃参加はしない意向を示したそうだが、我が国の安倍首相の見解は、どう見ても「アメリカ追従」以外の何物でもなく、大変嘆かわしくさえ感じるのである。

 ベトナム戦争、アフガニスタン攻撃、イラク戦争、湾岸戦争といつもアメリカが仕掛けた侵略的とも言える一方的な攻撃、戦線布告に対して日本は、「血を流していない」などと揶揄されたりして、多額の米軍戦費のうちの一部を負担したり、自衛隊が後方支援に赴いたりと、まるで親分の大義名分に寄与するが如き「子分の分際」を示してきたのである。

 いつの頃からかか、日米安保条約を基として、「日米同盟」とやらの確約がなされているが如く振舞う日本政府。

 世界の国々から観て、日本国はどうみても主体的な政治的独立をなしえていない国のようで、いつも積極的ではなくても、消極的賛成、もしくはアメリカの支援国家として君臨し、悪く言えば「アメリカの言いなり」、つまり「家来」の如く振り回されているのではないだろうか。

 今回のシリア情勢に関して、一般市民や子供や女性たちも含む非戦闘員の人たちが化学兵器によると思われる症状で倒れたり殺戮されたりしている事実に対しては、大い批判し国連での決議に至らなくても、声を大にして国際世論に対して警告すべきなのは当たり前なのだが、だからといって、すぐに米軍による空爆を支持するなんてことはあってはならないのではなかろうか。

 化学兵器による殺戮が如何に悲惨であり、国際法上も人権擁護の立場からしても許されざる蛮行であると指摘しても、方法論は違えども再び空爆などによる戦闘行為で多くの死者や多大な建造物やインフラに壊滅的な打撃を加えることは、改めて名も無き市民や生活者を苦しめたりし、批判の的にしているシリアと同等かつ同じような蛮行を繰り返すこととなるのである。

 地球上の人間社会に多種多様な争いや対立が尽きないのだが、「目には目を、歯には歯を!」なんて愚かな戦いを繰り返す愚行はやめさせなければならないのに、日本政府は釈然としにいまま、アメリカ政府を支持する姿勢であることは断じて許すことができない。

 尖閣問題での中国との軋轢や、竹島領有権での韓国との対立、また北方領土問題でのロシアとのギクシャクした外交など、日本が抱える国際的外交問題は多々あるが、シリアや中東問題は直接的な「火の粉」は飛んでこないようだが、原油の高騰という間接的ダメージはすでに影響が出ていて、安倍首相も中東を歴訪した際に、石油の優先的確保には率先してお願いをしたとのニュースは伝わってはいるが、わが国の利益や解くか損かという基準ではなく、国際的な視野での「軍事力の行使なしでの平和的解決」を目指しての日本独自の姿勢、すなわち外交が必要なのではないだろうか。

 国内的には、憲法解釈ではなく「集団的自衛権」なるものの見解の違いが議論されつつあり、戦争放棄の原則を貫いてきた日本国憲法の改悪への足がかりを、安倍自民党歯目指して歩みだしているが、辛うじてコバンザメ政党、創価学会公明党が時期尚早として議論以前に忠告しているので、しばしは私たちの危惧は時間的に有余があると見られるが、いつなんどき自民党を中心とする輩たちが強硬な手段で「突っ走る」かもしれないので、国民、有権者として注視しなければならないと考える。

 もういい加減に、アメリカの子分の様な親分への追従はやめようではないか。
 
 

 
コメント

「終いじたく」?!

2013年08月18日 | 感じたこと
お盆休みが終わって、町は明日から真夏の通常の賑わいと喧騒が戻ってくると思われるが、皆さんは十分に休養がとれましたか?

私は今週の週末の金土曜日の自営の自然食やおやの営業だけは「盆休み」とし、お客様にも事前に知らせておいたので、ちょっとだけ休養が取れるだろうと思っていたのですが、96歳になる私の実の母が、あいにく先週の月曜日の未明に、自分でトイレに行こうとベッドから降りて少し歩いたところで転倒し、大腿骨頚部の骨折で急遽入院し、一昨日に人工骨を入れる手術をすることとなり、ちょうど休暇のつもりだった時間に病院に行き、待機したり様子を見守るということとなりました。

 金曜日は昼過ぎに仕事を終えて、一路大阪へと車を走らせて、父と先祖の盆の墓参りを済ませてから、母の手術に備えて入院中の病院へと行きました。

 実は私は、四人兄弟の末っ子なのですが、一番上の姉が残念ながら今年の四月に他界したため、現在は三歳上の姉と双子の妹の三人兄弟となっているのですが、父の死後44年が経過し、老いた母も6年前からは私たちが育った実家を出て、有料老人ホームにお世話になっていて、年に数度は私が実家に出向いて、庭の植木や隣りの住宅との境界線の木々の剪定や伐採をしてはいるのですが、古くなった家の中の家具や荷物の整理はほとんどできていないのが現状なのです。

 そこで、兄弟が揃う機会には、近いうちに皆で寄って整理をしなくてはという話にはなるのですが、過去には一度実家に集まり、少しだけ整理しだしたことがあるだけで、その後は全然出来ていないのが実態なのです。

 母の手術はおかげさまで無事終わり、明日にでも車椅子での移動が出来る様になるらしく、抜糸も含めあと二週間程度で退院できたら、再び現在の居所であるホームの居室に帰れるとのことで安堵しているのですが、姉夫婦と妹夫婦も駆けつけてくれた病院の待合室で、手術時間の経過を見守りつつ、話は自然に実家の片付けや「終いじたく」となりました。

 「終いじたく」とう言葉が中村メイコさんの著書から広まった様ですが、「老前整理」や「終活」という言葉も見受けられるようになり、「老いじたく練習帳」なるものまで出版されているようです。

 確かに超高齢化時代に突入している日本社会ですから、一昔前のように所謂定年を迎える年齢から「老後」と言われて、数年から十数年で他界する方が大半だった時代と違い、現在は男性の平均寿命も80歳に手が届くほどですし、女性においては世界一の長寿国となっていて、平均寿命が86歳を超えるということですから、後期高齢者と呼ばれる方々もたくさん元気にお暮らしなのです。

 そんな超高齢者社会となっているのですから、誰もが実の父母や祖父母を見送るだけでなく、自分たちの老いや老後を如何に生きて、如何に死ぬかという人生の命題について、真剣に考えた上で、どのような終わり方、最期迎えたいかと言う課題について検討する必要もあり、また終いじたくとして実行する方が増えているようです。

 さて、その内容については千差万別だと思いますが、ともかく子や孫に迷惑を出来るだけかけない、財産や家、家具、趣味の物など、多くの目に見えるものについても、出来るだけ生前に整理しとくという話が多い様で、私たちの話でも父や母の主たる資産などはほとんどありませんが、実家の整理は必要だとの認識で話は進みましたが、誰もが自分たちの終いじたくも同時に行なわねばとの思いも重なっていて、なかなか優先順位的にはまとまらない感じもありました。
コメント

タイム・トゥ・セイ・グッバイ!!!

2013年08月14日 | イベント
お盆の中日と言うべき八月十五日を前に、お盆休みの無い仕事をしている最中に、車のラジオから流れてきた名曲「Time To Say Goodbye」を耳にして、今年春に突然のように亡くなった三つ年上の姉の初盆であることを改めて認識した。

 四月のある日、突然の知らせで駆けつけた病院のベッドで姉は、自分の死を悟ってか「私が死んだら、タイムトゥグッバイを流してね」と言っていたが、その数時間後に義兄からの電話で、姉が亡くなったことを知らされた私は、本当に「あっと言う間の出来事」の如くこの世を去ってしまった姉にびっくりし、翌々日のお通夜と告別式に約束通りに流されていた、サラ・ブライトマンが歌う「Time To Say Goodbye」を耳にし、なんと清らかで美しいメロディと歌声なんだろうと、亡くなった姉との兄弟としての思い出をかみ締めながら何度も悲しみと共に、姉の冥福を祈る面持ちになった。

 あれから三ヶ月後の7月18日に、大阪城ホールで行なわれた「サラ・ブライトマン、ジャパンツアー」コンサートに出向いた私たち夫婦は、小学校時代からの親友であるT君と共に、サラの素晴らしい歌声の数々に魅了されつつ、やはり「第二ステージ」の最後に歌われた「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」に一番の感動を覚え、しばし呆然とするほどの感銘を受けたのは、やはり姉の死との関りもあってのことであったと言えよう。

 実は昨年の秋ぐらいに、あるご高齢の女性の家に毎日お弁当を届けていて、玄関先で耳にしたのが、サラ・ブライトマンのこの曲、Time To Say Goodbyeだったのである。

 それまでFMラジオを聴いていて、耳には残っていたメロディーと歌声だったのだが、その歌手の名前などは知らなかったが、あまりにも朝にふさわしく清清しい曲だったので尋ねてみると、そのご婦人が「サラ・ブライトマン」という歌手名を教えて下さり、CDを貸してくださったので、私もゆっくりと何度も聞くことが出来たのであった。

 彼女はイギリス出身で、世界の歌姫とも称される天才的な高音が出せる素晴らしい歌手で、なんと再来年にはロシアの宇宙船で宇宙旅行をして、宇宙から地球に向けて歌うという壮大な夢を実現させるべく、現在訓練もしているという50代の勇気あるチャレンジ精神に満ち溢れた女性であることも知り、間違いなくファンの一人となってしまった。

 本当に偶然とは言え、ほんの数ヶ月前に知った素晴らしい歌手の名曲、タイム・トゥ・セイ・グッバイなのだが、約半年後の突然の姉の死に際して、通夜式と告別式と言うお別れの式典で耳にすることとなったのは、何故か神の知らせか計らいだったのかもしれないと、今は冷静に姉の初盆を前に、この曲を改めてじっくりと聴いているのである。

 「Time To Say Goobye」というタイトルからして、まるで準備された「別れの曲」のように感じていたのだが、実は歌詞を紐解くと、なんと「愛し合う二人の、一緒に生きて行こう」という二人の門出の歌だったようで、イタリアのテノール歌手、アンドレア・ボチェッリの曲で、原題はコン・テ・バルティロといい、サラ・ブライトマンがこの曲を聴いて、とても気に入り、アンドレアにデュエットで歌いたいともちかけて実現し、曲名と一部の歌詞をタイム・トゥ・セイ・グッパイとした以外は、全て原曲と同じくイタリア語で歌われている曲なのです。

 サラ・ブライトマンが歌って、シングルとしては1500万枚、アルバムを含めて2500万枚と言う世界的な大ヒット曲となり、サラのこの曲を収めたアルバム「タイム」も、アルバムタイトルが「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」に変更されるというほどの大きな影響が出て、次のアルバムである「Fly」にも収録され、センセーショナルな話題となり、多くのアーチストが以後この曲を歌うこととなったようです。

 ともかく、この名曲を姉の初盆前後に聴きながら、在りし日の姉を偲んで、じっくりと清清しい時を持ちたいと思います。皆さんも親しい方々の初盆やご先祖様を偲んで、いい曲、名曲を耳に感謝の気持ちで手を合わせられては如何でしょうか。

  

コメント

八月、68年が経過。

2013年08月13日 | 日本の課題
 八月、お盆が近づき、何処も子供たちの夏休みやお盆の墓参り、そして帰省や旅行とお忙しいことである。

 私は仏教徒ではないが、やはりお盆のシーズンとなると、先祖の墓参りをしなければと思うのは、日本人の心情なのかもしれないが、キリスト教徒であつても、ご先祖さんを敬い、ご先祖さんあっての自分であることには間違いないので、この時期には墓参りをしないと何やら「バチ当たり」な気がするのである。

 ところで、八月六日の広島の原爆記念日、九日の長崎の原爆投下の日と続き、全国各地で「平和展」や「平和の集い」がさかんに催されているし、十五日の終戦記念日に向けて、新聞、テレビなどを中心に「戦争を振り返り、平和な日本を願う」ための特集記事やドラマやドキュメンタリー番組などがめじろおしである。

 そんなさなかに起きた沖縄県での米軍ヘリコプターの墜落事故に大きな関心が集まり、ちようど沖縄普天間基地への追加配備が決まっていた「オスプレイ」12機の岩国基地からの移送が1週間だけ延期されたのだが、すでに米軍の配慮?が終わって、沖縄普天間基地には合計24機もの巨大な怪鳥、オスプレイが駐留することとなったのである。たく 

 この問題のオスプレイの飛行訓練とやらも、日中だけではなく、夜間深夜に及ぶまで米軍側の勝手な主張で実施されていることも明らかになっているのだが、多くの住民の日常生活にも多大な不安と騒音と迷惑をかけている「飛行訓練」とやらが続く中で、日本政府はほとんど抗議などする意思もなく、アメリカ米軍のやりたい放題に辛うじて「遺憾の意」を表するだけと言う、情けない状況が続いている。

 今に至る戦後の日本政府の姿勢として、アメリカ軍への遠慮か配慮かはしらないが、どう見ても占領軍政策の延長としか思えないような米軍の施策に対して、情けないというよりも「言う術をしらない奴隷」の如き有様だと言わざるを得ない「日米同盟」とやらのしがらみの中に突入していて、特に沖縄県民には多大な迷惑と日々の不安を抱かせているとしか言いようが無いのである。

 戦後68年も経ち、いまだに第二次世界大戦後の日本の真の独立を確保できていないとも言える状況を容認してきた日本政府、特に戦後の日本の政治的指導者の大半を排出している自民党の責任と、無計画な「日米同盟」と言わしめてしまう「安保体制」の不備が何処まで続くのやらと危惧と共に、「大きな溜息」すら出るのである。

 東西冷戦時代を経て、ソビエト連邦の崩壊、ドイツベルリンの壁の崩壊を期に、大きな世界的緊張、戦争の危機は遠のき、新たな世界平和を維持するための構造の構築へと進みだすべき、今世紀にいまだに「日米同盟」とやらの二国間軍事同盟的発想の絆を第一義的に考えるという、前時代的手法や国際的条約の時代は過ぎていると思うのだが、こうしたこう着状態と言うべき、いまだに軍事的には植民地的状態から脱出すべき術を考える時期にとうに来ていると思うのである。

 いつまでも、沖縄に日本の米軍基地の約7割があり、しかも普天間基地の危険性の回避のために「返還する」と米軍が発表してからすでに17年が経ち、辺野古移転が条件だとの無理難題を掲げ、自民党政府も民主党政府も決断が出来ないままに、地元沖縄県民の真の願いである「基地の無い島・沖縄」を実現する方向への「大きな舵取り」を誰がするのか、戦後68年も経った今こそ、真剣にその答えを模索しつつ、米国との交渉を徐々にでも前進させねばならない時が迫っているのではないだろうか。
コメント (1)

「立秋」とは暦の上だけですね。

2013年08月08日 | 季節の話題
 昨日は「立秋」。会う人ごとに「暦の上では今日が立秋ですが、ともかく暑いですね」と言うばかりで、半日が過ぎ、夕刻のテレビニュースでは高知や何処かで気温が38度を超えたとの現実が伝わり、京都でも37度だったとの話で、どうりで汗が止まらぬ状態だったことが判明した。

 中国ではなんと摂氏40度を越す猛暑の地域もあり、「いい加減にしろ!!」と空に向かって叫びたいくらいの「立秋」であった。

 先週はこの暑さの中、仕事中のことだが我が愛車スバル・サンバー・ディアスクラシックが京都南部の国道24号線を南下中、たぶん暑さのための気の緩みからか、後ろを走っていた中型トラックが突然追突し、びっくり!!!。幸い瞬間的にバックミラーで追突されると感じたので、足をツッパリ、身構えたこともあってショックは最低限にとどまった感じで、肩と腰に少しの違和感は残るが負傷したという感じには至らなかった。

 しかし、追突された軽自動車のサンバーディアスの後ろバンパーはきつくへこみ、リアドアが開閉できないほどヘチャゲてしまい、その日仕事を終えてからガソリンスタンドの提携している修理工場へと運ばれ、私はレンタカーをあてがわれて、翌日からの仕事は継続出来たものの、勝手の違う普通車で荷物の運搬や走行には神経を使うし、余計な疲れも出て、軽いと感じていた身体的損傷も外科と近くの整体院で診てもらったら、軽い損傷が指摘されるにいたったのである。

 それから約10日が経ち、ようやく車の修理の見通しと共に、身体の治療の見通しも見え出したのだが、日々の日常生活に飛び込んできた「お釜をホラレタ!!!」という交通事故の代償は、時間と補償と治療と修理という難問題をもたらしてくれて、厄介なことである。

 そんな私ごとの日々に、例の麻生副総理の失言!、本音?。「憲法の改正はナチスのようにいつのまにかしたらええ」なんてことを言ったとかで、問題発言として大騒ぎされるし、続いて参議院自民党の新人議員さんたちを前に、安倍首相人気のドサクサに「馬鹿な奴も議員なった」とか自嘲気味の発言があったらしく、自民党だけでなく国会議員の「お偉い人々」は、常に上から目線での「差別的発言」がついつい出てしまうという習性があるらしく問題となっている。

 日本のTPP参加交渉は本格的にはじまった様子だが、農産物をはじめとした関税の例外なき自由化という大問題に対して、日本が後から米や一部農産物に特別関税をつけるという特権が許されるのかどうかが大問題であるし、福島原発の二年半前の大事故以降の放射能で汚染された地下水などが、最低一日300トン以上が太平洋の海に流れ出ていたという事実が公表されたのだが、なんと先の参議院選挙の投開票が終わった7月22日に明らかにされたというから、あまりにもあからさまな情報隠しに驚くやら、自民党、安倍内閣のやりそうなことだと納得?せざるを得なかった。 

 アメリカとロシアは例の国家機密の漏洩罪とのことで身柄引き渡しを求めていたロシア滞在のスノーデン容疑者の一時亡命をロシアが認めたことに怒った米国の拒否で冷戦時代以来のちょっと可笑しな二大大国の関係が露呈して、なんとも意地の張り合いというべきか、雲行きが怪しくなりつつある。

 わが国も、竹島問題で韓国と尖閣問題で中国と外交的には不穏な部分もかもし出しつつ、両者とも「話し合い」を掲げつつも、軍隊や自衛隊、海上保安庁などの力での圧力を誇示しつつ、お互いが素直な交渉にはつけないままの緊張関係が続いている。

 「立秋とは名ばかりですが、残暑お見舞い申し上げます。」これから夏休みの方々も、すでにお休みがとれた方々も、まだまだ本格的な秋の気配までは一ヶ月以上の月日が必要だと思われますので、お気をつけて無理をせすに日々を楽しく幸せにお過ごし下さい。

 追伸、私の96歳になった母が一昨日の未明に、トイレに行こうとして転倒し、右の足の付け根を骨折ーーしてしまい、人口骨を入れる大手術を余儀なくされてしまいました。暑い真夏に大変なリスクをしょった高齢の母の手術が無事に行なわれることを祈っています。皆さんもお大事に!!!。
コメント