ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

「麦秋至」の日。

2010年05月31日 | 季節の話題
 五月三十一日、暦の上では「麦秋至」と書いて、「むぎのときいたる」と読む七十二候の一つで、字の如く「麦が実る頃」、つまり麦の収穫時期にあたるので「麦秋」と言われる季節なのです。

 先日も岐阜の大垣市に所用があって車で走ったのですが、妻のお父さんのご先祖さんの出生地周辺は「麦畑」になっていて、小金色に実った「小麦」が輝くように収穫の時を待っているかのような頃でした。

 初夏に畑一面に黄金色を見るのは、ちょっと不思議な感じもしますが、収穫の秋といった一般的な感じ方から言うと、戸惑いすら感じてしまう人が多いのではないでしょうか。

 しかし「あき」とは「百穀百菜」の成熟、収穫の時を言うので、麦の収穫時期すなわち「麦秋」と言われるのも納得するのですが、日本では麦の生産量はまだまだ少なく、国内産の小麦を買いたいパン屋さんや消費者にとっても大変な期待の収穫時期となっています。

 国産の小麦の生産量は、米の生産調整などを背景に徐々には作付け面積も増加し、収穫量も増えつつありますが、まだまだ総需要量の10数パーセントしかなく、ましてや有機生産された小麦などはほんのわずかしかありません。

 この貴重な国産の小麦の生産、収穫の時期が今なのですが、毎年国産小麦の需要の約六割は北海道で生産されたものなのですが、平成17年度に作成された「新たな食料、農業、農村計画」では平成27年度に漸く需要量の平均約630万トンの内の自給率14%、年間86万トンに達する見込みだそうです。

 最近のうどん、パン、菓子用などの国内産小麦の需要は高まっていると思われますが、まだまだ輸入小麦と比べると必ずしも粘り気や用途にあった小麦としては、需要と供給に差があり、一層の国内産小麦の品種改良や価格の安定などの課題があるようです。

 とにかく小麦の生産はまだまだ日本国内では少ない状況ですが、政府が年に二度、小麦の売り渡し価格をトン当たりで決めているために、国内産ならびに輸入ものも含めて、一般消費者だけでなく、パン、麺、菓子製造業者の皆さんは一喜一憂しているのが現状です。

 さて、今年の「麦秋」の国内産の「実り」は如何だったのでしょうか。

 一昨年秋に前年の4月期に政府売り渡し価格が一トン当たり、4万8660円だった小麦が、なんと最高7万6550円と高騰したために、麺、パン、菓子製造関係の業者は値上げや量の変更を余儀なくされたのですが、昨年秋から再び値下げの傾向が出ていて、昨年10月期には2006年当時の価格に近い一トンあたり4万6820円になったのですが、値下げはほとんどされていません。

 「麦秋至」にちなんで、小麦及び小麦粉の現状に思いをめぐらせましたが、なかなか良い小麦粉が国内、輸入ものを問わず安価で出回る状況にはなっていないようで、国内産の安心できる有機、無農薬小麦を待望している消費者への朗報を期待している今日この頃です。

 
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母の転倒!

2010年05月30日 | 感じたこと
 一週間前に母が入所している有料老人ホームの職員さんから電話があって、深夜にトイレへ行く際に、93歳になる高齢の実母が居室で転倒したらしく、朝痛みを訴えていたので、かかりつけ医に通院し、レントゲンを撮ってもらったが幸い骨折はしていなかったとの知らせが届いた。

 これまでにも数回、特に深夜のトイレの行き帰りに転んだことがあり、居室のベッドの枠やトイレの中にも手すりがあって、つたって用を足しに行き来しているのだけれど、何かのはずみでバランスを崩して、またもや転倒したらしいのであった。

 今日は、兄弟でちょっと遅い「母の日」の感謝を込めて、久しぶりに母と共に外出して「昼食会」をやろうと計画していたので、少し早めに母の具合を見に施設に出向いた。

 ベッドに横たわっていた母は、私の顔を見て嬉しそうに起き上がろうとしたのだが、左の腰あたりがまだ痛むらしく、顔をしかめてまた横になった。

 施設の職員さんと、転倒の原因や今後の転倒防止策などを入念に話し合った後に、車椅子に乗ってもらって、久しぶりの好天に恵まれた外へ、外気に当たり、気分転換の意味もあって母を連れ出した。

 車椅子に乗った母を、まさか押して外出するなんて考えても見なかったのだが、今回は止む終えずの外出となった。

 いつもの様に大好きな草花が、あちらこちらで咲き乱れる季節になっているので、いたるところで「キレイな花」を観賞しながら施設に近い、とあるレストランへと向かった。

 幸い、二階建てのレストランだったがエレベーターが設置されていて、車いすのまま客席付近まで入れたので、掘りごたつ風の食事をする席までは難なく行くことが出来た。

 母の大好きな「握り寿司」と「そば」を注文して、ゆっくりと食事をしたのだが、お腹がいっぱいになってトイレに行きたいと言うので、再び車椅子で室内の奥の車椅子専用トイレに入った。

 しかし、そのトイレは女性用のトイレの一部にあるため、男性の私が大きなドアの中までは案内したが、母が用を足す間は外で待機しようと扉の外に一旦出たのである。

 だが、すぐに中から母が大きな声で呼んだらしく、女性の別のお客さんが私に声をかけてくれて、遠慮がちに再びトイレへと入った。

 いくら母親と言っても女性のトイレに息子の私自身が一緒に入るなんて想像だにしなかったが、強い打撲のために痛みが残る腰をかばいながら用を足そうとする母親には、手すりなどかあってもサポートが必要であった。

 自分の居室である老人ホームのトイレの利用についても、いつもは施設の職員さんの手助けをしていただいて用を足しているらしく、外出先では当然付き添いの私のサポートが必要なのであった。

 母の車椅子をゆっくりと押しながら、別の道を施設への帰路に選んで帰ったのだが、母は居室に帰るなり再びトイレに行くというので、ナースコールの様なボタンを押したらしく男性の職員が手馴れた感じでサポートしてくださった。

 いずれにせよ、つい先日まで自分の足でゆっくりではあるが歩いていた母が、転倒のための痛みから自由に歩けず、特にトイレへの行き帰りが大変な労力になっている現状を憂いながらも、母の回復を祈るばかりであった。
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「奥様ランチ」

2010年05月29日 | 感じたこと
 先日、久しぶりに友人から電話がかかってきて、近くのパスタのお店に入って軽い食事をしながら話していたのだが、最近のレストランは、何処も流行っているお店は「奥様ランチ」とでも言うべき、女性陣に占拠された如き賑わいであると、友人が言うのである。

 漫画本にも「奥様ランチ」というタイトルの連載があるらしいが、昨秋に外歩きで仕事をしていた時に見つけた、ある地方都市の住宅街の一角にあった、そんなに目立たない感じの、普通の民家を改造して「食事処」としているお店も、昼食時に大変賑わっていたことを思い出した。

 ちょうど、営業仕事で行き帰りが同じ方面の30代を中心とする若い奥さんたちが好んで入る気軽なレストランといった感じで、昼食時に10グループほどのお客さんがいたが、男性は私ともう一人だけだった気がした。

 そういえば、数年前だったかもしれないが、私が所用があって昼前に地元の私鉄の駅から奈良方面行きの電車に乗車したところ、子供さんの関係で以前から知っていたオカァサンが乗っておられたので、軽く挨拶を交わしてお話したら、今から趣味の仲間たちと一緒に、雑誌に載っていた、小奇麗な美味しそうなランチの店に「食事に行く」ところだと仰っていた。

 いずれにしても、昨今テレビや新聞を通じて、長引く不況、不景気と言われる経済状態が続いているとの観測とニュースが報じられている今日この頃ではあるが、ちょっとした人気の「食べ物店」には、女性たち、特に主婦層が結構集まっては、美味しいランチを食べながらの世間話に花を咲かせていると思われる傾向が強いのである。

 「亭主元気で留守がいい!」とは、昔からささやかれている奥様方の本音とも言われる名言なのだが、亭主、すなわち旦那さんたちの中には、結構な身分の経済的にも豊かで、美味しくて豪華な昼飯を食べておられる方もおられるかも知れないが、たいていの亭主族は、日々の昼食代も切り詰めて「ワンコインランチ」や「コンビ二弁当」、はたまた格安弁当で昼を過ごしている場合が多いのではないだろうか。

 それにしても、奥様たちの「ランチ」にかけた情熱ではないが、結構な情報が飛び交う中で、結構高価な「ランチ代」も気にせず?、毎日ではないだろうが、お仲間、お友だちとの外食による「奥様ランチ」を楽しんでおらめれるお方もいるという。

 確かに、こうした不況時でも、「ランチ」わ提供するレストランにとっては、「奥様たち」は、救世主なのかねもしれないと思うのだが、ご亭主族の仕事での奮闘中に、ご主人様よりも高価で贅沢な「ランチ」を平気で召し上がっている奥様方がいることで、小さな経済は回っているのかもしれない。

 「夫の心、妻知らず」とでも言うべき言葉は常套句にはないだろうが、昨今のお昼のランチを提供するちょっとした小奇麗なレストランの女性たちの賑わいを感じて、そう思わずにはいられない感じであった。

 ちょっと贅沢なランチの基準なんてないが、少なくとも昼食に1500円以上の対価を払う外食は、一般庶民の旦那衆の感覚からすれば、贅沢三昧と言わざるを得ないと思うのである。

 
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「長寿」を生きる。

2010年05月27日 | 感じたこと
 最近、よく70代、80代の方と話す機会があるのだが、お元気なお年寄りは、やはり自分の趣味や好きなことを持っておられる方が多いのが特徴で、囲碁や絵手紙、三味線、コーラスに漢詩と様々な没頭されている趣味が素敵である。

 今日も仕事帰りに、今年に入って少し気になっていた高齢者のお宅を訪問したのだが、その御仁は「漢詩」を創るのが趣味の方だったのだが、今年の正月にお出しした「年賀状」の返信もなく、ましてや時折下さっていた「漢詩」の葉書も途絶えていたので、ご高齢ゆえにご健康を害されたか、何か寝込んでおられるのかと心配であったので、思い切って立ち寄って見たのであった。

 大きなお宅の庭を入って玄関先の呼び鈴を押すと、しばらくして奥様の声がしたのだが、果たしてご主人様はお元気なのかなと半信半疑であったのだが、玄関先の扉が開いて、そこには小さくなられたがお訪ねしたS氏が立っておられて、「お久しぶりです、ご無沙汰です」と挨拶を交わすと、以前の如く笑顔でいつもの応接間とでも言うべき部屋に導かれた。

 奥様は姿を見せられはしなかったが、お茶を入れていただき、ご主人が私の前に運んでくださって、久しぶりの話が弾んだと言っても、実は91歳になられたSさんのお話を聞かせていただいたのであった。

 私が久しぶりにお寄りした理由を告げると、彼は「腰が曲がって、なかなか年賀状も返信できなくなったが、漢詩は毎日、毎日楽しく創っていて、寝食を忘れるくらいに没頭して「漢詩」を考えていることが多くて幸せだと仰っていた。

 一昨日にお会いした80過ぎのご年配の御仁は、応接間の真ん中に立派な碁盤を置いておられて、数々のアマチュアではあるが囲碁の大会の入賞の額や写真が部屋中に飾ってあって、「囲碁」の話をニコニコと嬉しそうになさっていた。

 ある70代の元気なご夫人は、今も現役でアマチュアのコーラスグループに二つ入っておられて、毎日の様に練習や演奏会に行かれたり、お仲間とランチをされるために外出されたりとお忙しい限りであった。

 また、80歳手前のご夫婦で「絵手紙」を指導しつつ、自らも「絵手紙」の題材探しもあって、町を散歩されることが多く、立ち止まっては簡単なスケッチを描かれて、帰宅後に「作品」に仕上げられるらしく、小さなノートをいつも持参されている旦那さんも素敵である。

 この様に、多くの高齢者がお元気で過ごされていて、高齢社会と言われる現代だが、共通する「お元気」の源は、間違いなく「趣味」を楽しみつつ、多くの仲間や他人との関わり、つまり交流とお喋りを忘れない好奇心と積極性を持ち合わせておられることである。

 まだまだ青二歳の私たち「アラ還」と呼ばれる60代前後も、将来に向けて、健康で長生きする秘訣の「趣味と好奇心」を忘れず、大いに他人と交わり交流を忘れないで、元気に過ごしたいものである。先輩たちに学び、続くことを願って止まない。
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何が大事なのかな?

2010年05月26日 | 感じたこと
 今日は仕事で宇治に行ったので、昼ごはんを知り合いの小さな作業所で、毎週土曜日に八百屋で出会う通所の障害を持つ青年たちと一緒にお弁当をいただいた。

 外歩きの営業の仕事の関係で、なかなかゆっくりと食事が出来ない場合が多いのだが、皆と一緒に並びの食堂で作られたお弁当を出前してもらって昼食としていただいたのであった。

 マイ箸が久しぶりに役立って、いろんなおかずを楽しみながら食したのだが、いつも会ってはいるがゆっくりとお話することが少ないオカァサンたちと「食の問題」について話す機会となった。

 現在私自身が自営でやっている「有機八百屋ガリバー」の宣伝ではないのだが、多くの家庭において、一番大事なのは何ですか?と聞きたくなるような考え方やお金の使い方が問題だという話になったのである。

 1990年代当初にはじけたと言われている「バブル経済」と呼ばれた「金余り状況」なぞ夢のまた夢の現在の庶民生活において、ガソリン代も徐々に値上げしているし、お父さんの給料や年金も決して増えない家庭の財布の状態の中で、何が一番大事なのだろうか。

 昔から、「大阪の食いだおれ」、「京都の着だおれ」などと言って、大阪の人は食べ物にお金を使うのが平気で、京都の人は着衣にお金をかける人が多いと言われてきたという。

 しかし、現代人の庶民生活は各個人、各家庭まちまちの考え方であり、それは自由なのだけれども、自動車にお金をかける人、家に大金をかける人、遊びにお金を使う人など、千差万別なのだが、人間が生きる源である「体を作り、生きるエネルギーを生み出す」ための原動力の「食べ物」にお金と知恵と時間をかける人があまりにも少なすぎる感じがする。

 と言うのも、コンビ二ストアやファーストフード店が増えて、食べ物を買ったり、すぐに食べれたりと確かに便利になった現代なのだが、益々インスタント食品やチェーン展開している食べ物屋の冷凍食品を「ちーン」したメニューなどを食する人が意外と多いのである。

 政府や学校、教育機関などでも、国産の食料自給率の低下を食い止めようとする狙いもあって、盛んに「食育」の大切さを強調したりはしているが、中身ときたらお粗末なものであって、決して健康と生きるための大切な「食糧や食品」についての作り手から流通を経て、消費者に渡り、家庭や食堂、学校などで調理されて出される『料理』に至るまでの「食育」とはほど遠く、大切な体と健康を保つための「食」の大事さの核心がづれている様です。

 つまり、何でもカンでも安い商品を買っていては、添加物もいっぱいですし、農薬や化学薬品漬けの食品も多いですし、足らなくなった栄養素を、サプリメントや栄養補助食品などで補うなんてのは愚の骨頂なのですが、病人やまともに食事が取れない人は止む得ないことですが、自然に近い農産物や食品をバランス良く食することが一番なのではないでしょうか。

 家、車、衣装、遊び、趣味、その他の多種多様な出費が日常生活には必要ですが、一番大事なのは体を作り健康を保つための「食事」なのですよ。

 
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福島社民党頑張る!

2010年05月25日 | テレビマスコミ
 鳩山首相が沖縄に再度行って、やっと「普天間基地の代替施設は辺野古」と初めて明言し、沖縄県知事をはじめ沖縄県の全てと言っていい感じの県民の「怒」をかった。

 その頭越しの県民無視の「日米同盟優先」の政府見解に対し、同じく内閣を担う連立政党である社民党の党首である福島瑞穂氏が沖縄入りして、絶対沖縄県内への移設に対しては閣議決定の折に「NO!」だと断言した。

 ここぞとばかりに、社民党の存在感をアッピールする狙いもあるが、内閣の一大人でもある福島氏の「政府案に反対」の意思表示に対して、鳩山首相も苦言を呈し、平野官房長官も「困った!」顔で、いずれ理解されるだろうと楽観的であった。

 しかし、ここが社民党の正念場であることは間違いなく、かつての村山富市首相のときに、自衛隊の合憲や日米安保体制の容認などの、それまでの社会党の主張をひっくり返す意思決定で、結局当時の「社会党」が奈落の底とでも言うべき、少数政党に転げ落ちたことを思うと、「社民党」の存在意義を示す最後の砦が、この「沖縄基地問題」だと言えよう。

 沖縄問題だけでなく政府内の意見不一致がいろんな問題で取り沙汰されている、政権交代で実現した「民主党」と「社民党」「国民新党」の連立内閣だが、国民新党も沖縄選出の下地国会議員を中心に、沖縄の県民の意思の尊重を訴えているので、この連立内閣の現体制での継続は難しくなっている。

 今日のテレビ報道を見ていると、福島社民党党首のこわばった顔が、お疲れのせいもあるだろうが、非常に化粧の乗りも悪くて、せっかくの美人の党首だったはずなのに、テレビ映りのせいか厳しく感じた。

 確かに少数政党に成り下がってしまった、過去の55年体制当時の社会党の面影は既になく、土井社会党党首からバトンタッチされた福島瑞穂弁護士には荷が重いのかも知れないが、社民党の命運をかけて最後の頑張りをと言った悲壮感漂う、今回の沖縄基地問題に対する社民党の対応である。

 さて、鳩山由紀夫首相は自分の内閣の少子化担当大臣でもある福島社民党党首の言動と対応に対して、具体的な対応や政権からの離脱も含む対応策を、明確に出せるのか、それとも国民新党の対応振りと共に、またまた「揺らぐ」ことになるのか見ものでもあるが、いい加減に「一国の首相らしく」、決断と勇気を持って、堂々とした政策を明言してもらいたいものである。

 がんばれ!社民党。ガンバレ福島瑞穂さん。沖縄県の負担軽減のための妙案はないものなのだろうか。米軍基地を縮小し、沖縄経済をも安定させる政策を探って検討、努力をしてもらいたいものである。

 沖縄県と沖縄の人々の生活と将来は、米国の利益や国益、安保体制維持よりも大切なのだから。

 
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「参議院」なんていらない!!

2010年05月24日 | 日本の課題
 ここ数ヶ月の政局は政権交代内閣による沖縄普天間基地移転問題が、子ども手当や高校無償化、高速道路無料化などの民主党が総選挙で掲げた政策で国民、有権者の関心ある政策などの影が薄く、五月末決着と言う鳩山首相の自ら掲げた期限に、マスコミ、米国、野党を巻き込んだ大論争が中心だった。

 そして、鳩山由紀夫首相のグレートマザーからの巨額の子ども手当や故人献金問題や小沢一郎幹事長の政治団体「越山会」を巡る不正な土地取引や大手ゼネコンを巻き込んだ政治献金問題などの「政治と金」の問題が年月が経過して関心が下がったかの様になってくると、既に話題は、「参議院選挙」への候補者選びやマニフェストが話題となりだしている。

 「参議院選挙」を二ヶ月後に控えて、多くの立候補予定の有名人が話題となっていて、いい加減、「国民、有権者」をバカにするなと言いたくなるようなニュースが伝わって来て、とっても腹立たしいのである。

 柔道の谷亮子はオリンピックの金メダルを目指して活躍したことは誰もが知っているが、何故に参議院議員に立候補するのかが不可解であるし、元巨人の堀内投手、中畑選手をはじめ、スポーツ界からは体操の池谷選手やプロレスの選手まで立候補するらしいし、落語家桂きん枝、テレビタレント岡部まり、かつての売れっ子タレント岡崎友紀らが続々立候補するらしい。

 日本の国会が二院制を掲げてスタートしたのは明治時代だが、戦後の選挙と国会の現実を見守ってきた有権者のひとりとして、「いい加減にせぇよ!」と言いたい心境であり、「参議院なんていらない!」と叫びたい心境である。

 ここ連日、民主党を中心とした行政刷新会議の例の「事業仕分け」第二段が報道されていて、インターネット上でも実況中継がされ、多くの外郭団体の事業や天下りの元官僚たちの無駄な高額給与や退職金が再び話題となっているが、財政難の政府が大鉈を振るう問題として、「国会議員の削減」があり、思い切って「参議院」を不要として仕分けする必要があると思われる。

 各党のマニフェストによると、衆議院の定数を100人参議院を50人削減するなどと言っているが、参議院の必要性については各党とも言及していないが、戦後の国会の実態を精査すれば、自ずから結論が出るはずである。

 しかし、国家公務員として長年、参議院があるために仕事していた人たちも含め、当の参議院議員自身が失業の憂き目にあうので、なかなか結論が出ないと思われるが、税収が落ち込んでいるからではなくて、機能としての「参議院」が不要なことは明らかであり、大変な無駄遣いとなっているのである。

 国会議事堂を形成している半分が参議院なのだから、一方を廃止したら「かっこがつかなくなる」だろうが、国会議員さんたちの多くが衆議院議員でも参議院議員でもいいらしく、今やタレントや有名人だけでなく、どちらでも国会議員の数の一人になれればと言った感じの数の論理しかない「参議院」は不要である。
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「五月雨」って、こんな雨?

2010年05月23日 | 季節の話題
 京都の今日一日は、昨夜の深夜からの雨が降り止まず、しとしと降ったり時には激しく降ったりと、ほんとうに「梅雨」の様な雨の一日でした。

 五月の雨と書いて、「さみだれ」と読みますが、今日の雨が「五月雨」なんでしょうか。

 「五月雨」(さみだれ)の「さ」は、五月の「さ」でもあり、「みだれ」は、「水垂れ」、すなわち「梅雨」を意味する言葉が語源だそうで、旧暦の五月、つまり現在の六月中旬の「梅雨」を指す言葉として言われていたのですが、芭蕉の俳句に「五月雨を集めて早し最上川」という有名な句がありますが、写真の如くダム湖をも満杯にするくらいの雨が「五月雨」だそうです。

 ついでに「五月雨式」という常套句がありますが、これは「断続的にでも続けて現れるサマ」けを称する言葉として現代では使用されていますが、言葉の印象は決して悪くないのですが、やっぱり悪事や悪い現象が続くときに使われているので、「五月雨」は、あまり歓迎されているとは言えないようです。

 しかし、今年の場合は春先から例年よりも、大変雨の日が多く、冗談的には「もう降らす雨の水が枯渇している」のではないかと思う程なのですが、よくも降るものですね。

 やはり草木や農産物の生産には雨は必要なのですが、今年の様な降り方だと、田植えをする前の田起こしの際に田んぼの水はけがよくなくて、農家やお百姓さんは苦労をされていたり、例年より田植えの時期を遅くしようとされているとも聞きます。

 ようやく私の住む京都府京田辺市を含む山城地域でも「田植え」が始まりましたが、春先の雨が多くて野菜の出来に大きな影響が出たように、稲の生育にも今年はちょっと暗雲が立ち込めているといってもいいのではないでしょうか。

 多くの生活者にとっては、仕事や洗濯、またはレジャーやスポーツなどにとっても、雨は避けたい場合が多いのですが、大切な雨とは言え、こんなにも降り続いたり、この時期の雨の多さは、ちょっと前倒しの「梅雨」の様で困ってしまいますね。

 さて、今日は一ヶ月に一度の私たち「おっちゃんの創るオーガニックランチ」の第四日曜日だったので、朝から雨を悔やんでいましたが、生憎の雨でお客様は少なかったのですが、幸いお仕事やイベントでお越しの友人たちにお弁当として届ける注文をいただいたために、結構忙しく「ゆめカフェ」をすることが出来ました。

 ちなみに、今日のランチメニューは、雨ご飯いや豆ご飯に、「おつなコロッケ」「三色いり煮」「貝割れと油揚げの味噌汁」「茄子と胡瓜のお漬物」でした。

 鬱陶しい、前倒しの「梅雨」をものともせず、風邪もひかず体調管理を万全にして、「五月雨」如きに惑わされず、明日からも元気に仕事と日常生活を楽しみたいと思っています。

 皆さんも、雨の鬱陶しさを恨まず、大切な農産物の生産やキレイな草木の成長と共に、我々の命の水をたくさん蓄えている時期なんだと感謝して、日々を過ごしたい物ですね。
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「鈍感力」が再び話題に。

2010年05月22日 | とんでもない!
 数年前に渡邊淳一氏が書いた「鈍感力」という言葉が再び、民主党政権を担う鳩山由紀夫首相と小沢一郎幹事長に関して話題となっているらしい。

 先日、この造語的新語を生み出した張本人が、民主党のご両人についての「鈍感力」について語っておられたが、いずれにせよ国民、有権者の声や叫びに「鈍感」であることが「鈍感力」ではなく、そうした声や叫びにへこたれずに堂々と応答し乗り越えて行くことの出来るパワー、エネルギーを持っていることだとのことであった。

 そういう意味では、良くも悪くもないが「小泉純一郎首相」は、最近の宰相としては「鈍感力」のあるリーダーだったと評価されているらしいのだが、歴代の首相の中でも最も「鈍感力」に優れた政治家だったのは、「吉田茂」と「田中角栄」だったというから大したことはない。

 とにかく、その小泉純一郎首相が五年半、日本のトップリーダーとして君臨?した後は、何と二世、三世の代議士ファミリーの中で幼少期から育った「お坊ちゃま」が代々の首相を務めてきたわけで、福田、安部、麻生と続いた自民党と公明党の連立内閣における首相も、政権交代はしたけれど、元自民党の世襲制の様な代議士家族の中から選出された「鳩山由紀夫」も「小沢一郎」も同じ穴の狢と言っても過言ではないのだろう。

 すなわち、庶民の生活実感をしろうにも、そうした経済的にも環境的にも、厳しい家庭に育ってはいないのだから、いくら言葉で語ってもわからないのである。

 つまり「鈍感」なのではなく、そうした現状や心情を理解する能力に欠けているとでも言うべきか、そうした想像力や実感の経験がほぼないのだから、しょうがないのではなかろうか。

 麻生太郎氏が首相の時に発した、インスタントラーメンの値段、400円くらいや、ハローワークで向かい合った失業中の青年と交わした、世にも不思議な上から目線のアドバイスなどは、笑ってしまったのだが、止むを得ない環境にお育ちの方なのだから、しょうがないとしか言いようがないのであった。

 この「鈍感力」と言った言葉そのものが不可思議な造語であるために、勝手に渡邊淳一風に解釈されたり、全く違う感じでひとり歩きしたりするのは止む得ないのだが、いずれにせよ、あまりにも庶民や関係ある沖縄をはじめとする米軍基地に占拠された地域や、新たな移転先として取りざたされている「徳之島け」などの住民の感覚や心の中の思いとは、かけ離れていることだけは間違いないと言えよう。

 「鈍感力」があるとかないとかではなくて、日本と言う国家が将来も日米安保や日米同盟と称される軍事的サポートや占領に委ねて行くのかが問われている、今回の「普天間基地」移転問題だという認識で、移転先を探すのではなく、独立国家としての米軍依存からの脱却が問われているのではなかろうか。
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人生の応援歌!!

2010年05月21日 | 感じたこと
 一昨日だったと思うのだが、仕事の現場に一人で向かう車で何気なくFMラジオを聴いていたら、あの懐かしささえ感じるユーミンこと松任谷由実の新曲、バトンリレーという曲が流れてきた。  

 この曲は第一生命グループの依頼を受けてユーミンが作詞、作曲した曲なのだが、なかなかよい曲で、とくに歌詞が幼い子どもたちの成長を願って語りかける様な人生の応援歌って感じの詞で感動すら覚える内容であった。

 「バトンリレー」というタイトルの曲なのだが、

 そんな あどけない顔して 眠っているあなたも
 悩みは たぶんあるのね
 やがて大人になったとき きっとわかるでしょう 
 どこにもゴールなんてないこと 
 それでもそれでも走っている

 長い時間をくぐりぬけ あなたは 
 きっと 見ることになるでしょう
 遠いゴールじゃなく そこには
 あなたのことを かけて来るのを 待っている人がいる

 いつか 私は立ち止まる 黄昏に包まれ
 静かに あなたの足音を聞いている
 果たさぬ夢託して

 長い坂道の向こうに 輝く
 空に 近付いて行ったら
 割れるような拍手 聞こえる
 あなたのことを かけて来るのを 待っている人がいる

 長い時間をくぐりぬけ あなたは 
 きっと 見ることになるでしょう
 今は 果てしない道のり
 小さな足で 走り始めた あどけないあなたへ

 そして、続いてラジオから流れてきたのが、永遠の若大将、加山雄三とヤンチャーズが歌う「座・ロンリーハーツ親父バンド」という曲で、さだまさし、森山良子、坂崎幸之助らが参加している加山雄三芸能生活50周年記念の新曲であった。

 みんな歌おう もう一度
 あの日のように声を合わせて  

 ときめく胸 恋の歌
 忘れられない あの歌

 誰でもいつか年をとる 
 当たり前じゃないか そんなこと

 大切なのは胸の炎
 燃やし続けること

 歌おう恋のときめきを
 若造時代に気づかない 本当の優しさや
 愛や生命の重さを

 (中略)

 いつかきっと笑えるさ どんな苦しい坂道も
 どうにか乗り越えて 生きてきたのだから

 いつか未来の子どもたちに
 心のバトンをつなぐため

 頼りになるような 大人になるために

 偶然なのかも知れないが、私たちの同世代のディレクターが選曲したと思われる
松任谷ユーミンと加山雄三の人生の「バトン」をテーマにした応援歌にとても感動を覚えて嬉しく思いました。

 決して老いた中高年層だけじゃなく、多くの音楽ファンに聴いてもらいたい応援歌です。

 運転しながら聞き入ってしまった感動の曲に、明日も頑張ろうっと思いましたよ。
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