ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

黄金週間なのかな。

2009年04月30日 | 季節の話題
 いよいよゴールデンウィークの本番というべきか、どんなに忙しい人も、この一週間には、きっと一日か二日は休日として仕事を休まれるのではないでしょうか。

 この「ゴールデンウィーク」という呼び方は、いつごろから始まったのかは知らないが、日本語では「黄金週間」となるわけで、なんともイメージがまったく違う感じになってしまう。

 しかし、今年のゴールデンウィークは、例年とは様子がだいぶ違って、土曜休日の有料道路一律千円という魅力ある通行料に誘われて、多くのドライバーが家族や友達と長距離のお出かけをされるでしょう。

 私も一日くらいは家人と共にマイカーで出かけようと相談していますが、家人は現在に至るまで一度も四国に渡ったことがないので、瀬戸大橋を使っての四国「讃岐うどん」めぐりを目的に車を走らせてみようかと思っています。

 ところで、今朝久しぶりにお会いした友人が一枚のカラーコピーを示しながら、私が数年前に「ガリバー通信」で記した「比良の八講荒らじまい」について突然話された。

 最初何のことかと思ったのですが、確かに私が書いたブログの記事だったので、なんとも奇妙な再会とでもいうべきご指摘でした。

 彼女のご主人が見つけられたらしいのですが、四年ほど前の三月のブログの記事だったのでビックリするやら、戸惑うやら。

 ガリバーは、なぜ大阪生まれなのに「比良の八講のことを知っているの?」と聞かれ、私たちは「奈良東大寺二月堂のお水取り」が終わらないと、本格的な春にはならないといいますが、滋賀や京都の方は「比良八講」、すなわち三月二十六日の行事が済まないと、本格的な春が来ないと言われるのです。

 そんなこんなで、私たちもいくつになっても知らない知識や常識、習慣、言い伝えなどがたくさんあるが、昨日驚いたことに、中国の内モンゴルから来た留学生のメールで初めて知った「日本語」がありました。

 皆さんはご存知かもしれませんが、私が彼の末弟の来日に関しての入国管理事務所に提出する書類を大切なものだからと「簡易書留」で送付したところ、丁寧に携帯電話のメールで、確かに「落手しました」と彼は返信してきたのでした。

 「落手」なんて日本語を見たことも当然使用したこともなかったので、はじめは中国語かとも思いましたが、れっきとした日本語として辞書にも載っていたし、携帯メールの変換でも、すぐに「落手」として出たのでビックリしました。

 長年日本人として生活していても、さほど特殊でもない日本語の述語でもある「落手」、すなわち「送られてきた手紙などを受け取る」の意味の言葉を知らなかったのでした。

 いくつになっても「知らないこと」や「使ったことのない言葉」ってあるものですね。

 比良の八講も済んで本格的な春から初夏に突入する「黄金週間」をぜひゆっくり休んで楽しみましょう。

 また日頃ご無沙汰の友人、知人に手紙を書いてみると、ひょっとしたら「落手しました」と返事が来るかもしれませんね。
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豚インフルエンザ

2009年04月29日 | 感じたこと
 先週末からマスコミを通じて、やおら騒がしくなっているのが「豚インフルエンザ」という名の新型インフルエンザウイルスである。

 メキシコでは二千数百人が発病し、百人以上がすでに亡くなっているという話が伝わり、アメリカでも一歳数ヶ月の幼児が今日死亡したとの報道が伝わり、テレビマスコミを中心に、日本へのウイルス侵入を防ぐための「水際作戦」とやらで、成田、関空などの国際空港では、防具服に身をまとった検疫官が物々しいいでたちで関係国からの飛行機に入って、感染の疑いのある人を隔離するための活動をしている。

 ある乗客が語っていたが、「まるで映画でも観ているような」様相の係官や担当者が着陸直後に機内に入ってきて、全員のチェックが済まないと帰国のためのゲートも通れない状態だという。

 どうも日本政府の緊急水際作戦とやらは、麻生首相、桝添厚生労働大臣を中心とする「選挙前のパフォーマンス」に見えて仕方がないのは私だけだろうか。

 確かに新型インフルエンザウイルスの感染を日本国内に持ち込まないための防護策は必要だが、なんとも今の政府の危機管理と称する対応やステートメント、宣言などの記者会見などは、このウイルスよりも怪しい気配を感じている。

 日本人の重大な危機だとのたまう首相をはじめと政府首脳や官僚の頭の中に、本当に日本人を守るという気概や責任が感じられないのは何故なんだろうか。

 今までの医療や薬害、また公害問題などの歴史が明らかなように、水俣の水銀汚染、薬害エイズ、多くの抗がん剤、その他の特定医薬品、医療技術、アスベスト被害など、記憶にあるだけでも多種多様な被害をもたらせた危険を、ほとんど放置し続けて、重大な結果が明らかになってから、やっと防止、防御策をやむを得ずしたというのが、日本の実態だったのである。

 つまり、パフォーマンスとしか言えないような政府首脳や官僚の危機感なんて当てにならないほど陳腐であり、国民の一人ひとりが自分の健康、自分に降りかかりそうな被害を自己責任で食い止めるしかないのが、日本の実態ではないだろうか。

 今回の世界的な新型インフルエンザウイルスの蔓延に際しても、メキシコ、アメリカをはじめ香港、台湾、ヨーロッパでも感染が疑われている人がいるらしいのだから、極力そういつた国、地方への渡航をやめて、国内での仕事、生活をきわめて衛生的にするために、花粉症や季節の普通のインフルエンザ予防と同様に、出先から帰ったら、「うがいと手洗い」を重視し、繰り返し行うなどの自己防衛を習慣とすることが一番である。

 私は政府が、今回の新型インフルエンザの世界的流行を食い止めることができるとは全く思ってもいないし、信頼もしていない。

 どうせ彼らの頭の中は、自分たちがテレビを中心とするマスコミに出て、如何にも国民を守るのが先決と言っている姿に酔いしれているに過ぎないと感じている。
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素晴らしい映画です。

2009年04月28日 | テレビマスコミ
 皆さんもご存知の今年度のアカデミー賞で、作品賞をはじめとする8部門を獲得したイギリス監督によるインド映画、「スラムドッグ$ミリオネア」を観ることができた。

 今年のお正月明けからアカデミー賞へのノミネート作品として、日本の「おくりびと」と共に、外国映画部門で前評判の高かった作品だったが、なんと製作に関わる作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞、編集賞、録音賞、作曲賞、主題歌賞を受賞したのだが、主演や助演などの俳優部門の賞はひとつも取れなかった珍しい作品である。

 いずれにせよ、私のこの映画を鑑賞した直後の印象は、やはりインド映画では、何ゆえか突然ダンスミュージックが流れて、主演、助演者などが踊り出すというインド映画独特の編集の特徴、つまり昨年夏のインドの一人旅でも観たインド映画の特徴と同じパターンであることの驚きとも言うべきエンディングであった。

 この映画は日本でも「みのもんた」の司会で人気を博している「ミリオネア」というクイズ番組のインド版に出演した、スラム街出身のコールセンターでアシスタントという名のお茶汲みボーイをしている「ジャマール」という名の青年が、あれよあれよと正解を回答し全インドの視聴者が注目する中で、ついに2000万ルピーという巨額な大富豪になるというストーリーなのだ。

 しかし、あの「ファイナルアンサー」という流行語を生み出した番組に出演したインド、ムンバイのスラム街出身の青年が、なぜに正解を連続させて大富豪に上り詰めたのかが疑わしいと警察が取調べを行うという過程で、次から次へと正解の背景に、彼の数奇な人生経験が浮き彫りにされていくのであった。

 幼くして貧困がゆえに多種多様な生活の糧を得る手段を経験する中で、主人公ジャマールト兄の兄弟の運命が展開され、この兄弟に三銃士の三人目として名指しされていた美しい少女、ラクティカとの出会いと愛の遍歴が加わっていくのであった。

 望まなくてもミリオネアの難題の正解を知ることとなったジャマールとその過酷な人生経験からたどり着いた「必ず君を見つけ出す」と心に誓い求め続けたラクティカへの純粋な愛が、なんとミリオネアの最高金額を獲得する問題でのテレフォンで繋がり、スラムドッグ、つまり貧民屈の野良犬といわれた主人公が大富豪となって愛する彼女を救い出してハッピーエンドで結ばれるというエンディングとなっていたのであった。

 ほんとうにストーリーの展開、音楽、ハラハラどきどきの悪者軍団との戦い、逃亡、最後は裏切った兄が弟のために一芝居をうって贖罪のための一か八かの勝負に出て、ジャマールとラクティカの長年の愛に一役買うのであった。

 素晴らしい脚本と演出、撮影、音楽、確かにアカデミー賞の8部門を獲得した作品として見ごたえのある素晴らしい映画であった。

 久しぶりに日米の作品以外の外国映画を観て感動を覚えた。素晴らしい作品である。
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裁判員制度と冤罪

2009年04月27日 | 日本の課題
 いよいよ裁判員制度が始まるらしい。

 先日は、例の和歌山カレー事件の容疑者として逮捕、起訴されて裁判中の被告の最高裁判所における再審請求に対する判断が下され、被告の林真須美に死刑判決が確定しました。

 しかし、彼女は「無罪」を主張し、再度再審請求をすると伝えられている。

 そんなニュースの中で、来月から始まる日本での陪審員制度とも言える、裁判員制度が開始されれば、果たしてこの容疑者に「死刑」判決がなされるのだろうかという一抹の不安と疑問が渦巻いています。

 というのは、果たして我々一般庶民が裁判員として選出されて参加した場合に、検察側の証拠や立証に反して弁護側の主張や動機の未確定、また科学的立証の絶対的信用度などを鑑みると、なかなか容疑者の自白や確定的な証拠がない場合は断定できない場合が多いのではないだろうか。

 今回の和歌山カレー事件では、夏祭りに出されたカレーライスに「砒素」が混入されていて、この「砒素」と真須美被告の家にあった「砒素」が同一であるとの科学的根拠が一番の決め手となっての「死刑」判決だそうである。

 すぐに「科学的」とか「DNA」とかの一致で、多くの犯罪と加害者の立証が行われているらしいが、先日の大学教授による「痴漢事件」では、立証しきれず一、二審の有罪判決を覆す「無罪」判決が言い渡されたし、無差別幼児殺人事件の容疑者として別件逮捕された男のDNAが被害者の衣服に付着していた体液のDNAと一致せず、犯人と断定できないとされる事件も報告されている。

 現在に至るまでの多くの「冤罪」とされる事件の加害者として長年、逮捕、監禁、起訴、裁判と戦った末に、有罪ではなく「無罪釈放」された方々の中には、ひょっとしたら、「やれやれ」と胸をなでおろしている方もいるだろうし、「有罪、死刑」として刑を執行されてしまった人も、無罪の人がいたかもしれないのである。

 つまり、いくら専門的知識と経験を以ってしても、「人を裁く」というのは難しいものであるし、まったくの素人の我々が「事件の概要」や「因果関係の推理」「状況証拠」など多くの立証への情報などを見聞きしたとしても、犯罪の動機や人間の深層心理など確定的には断定できないものもあるだろう。

 「疑わしきは罰せず」という昔からの人間的セオリーで考えれば、よっぽど自白や状況証拠、科学的分析などで因果関係ならびに犯罪の容疑者が確定される場合を除いては、我々素人の感じ方や推理だけで「有罪」「無罪」を決定するのは無理があると思わざるを得ない。

 私自身は、「裁判員制度」の裁判員としての指名があれば、一度は経験はしてみたいとは思うが、重い刑罰の決定に関与する○×に関しての判断はできないのではないかと推察している。

 他人が事件の全容を知ることは不可能だし、ましてや人一人の人生を左右する重大な刑罰の決定への関与は大変困難だと思う。

 「冤罪」をなくし、人を罰することができるのは「神のみ」である。
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「命」

2009年04月26日 | 感じたこと
 「ガリバー通信」がパソコンからの入力で復活しました。

 一月初旬に三代目パソコンがトラブルを起こしたが使い続けていて、ついにデスクトップ上の全てが出なくなり、四月初旬に量販店に修理に出した。

 そのために二週間は携帯からの不便極まりない通信を4度ほど送信したが、ついに修理が完了かと思った電話で、ゴールデンウイーク明けにならないとパソコン修理が完了しないことが判明し、修理代金も四万円かかるとの通知がありました。

 熟慮の結果、修理代金の高さに加えて、パソコンがまともに使用出来るまで、さらに二週間かかるので、思い切って修理代金プラスアルファで、店頭展示されていた古い型の安価の出物を購入した次第です。

 二週間以上のパソコン不在は私の日常生活にゆとりを取り戻しましたが、なにやら物足りなさも感じながらの日々、相変わらずのテレビ、新聞などの報道に一喜一憂となりました。

 その中でも一番ショックだったのが、皆様もご存知の小学生女児を虐待した上で殺してしまい、遠くの山中に埋めたという女と内縁の夫と男友達という事件でした。

 そのニュースが伝わった日の昼下がりに、私は仕事で訪れたご家庭の玄関先に飼われていた犬にめぐり合っていました。

 中年の奥様のお話によれば、なんと数ヶ月前に路上に放置されたダンボール箱の中に手足を縛られた子犬が三頭入っていて、発見が遅くれていたら、逃げ出すことも出来ずに自動車にハネラレテ殺されていた状態だったとのことでした。

 奥さんが発見し役所に通報して、しばらく引き取るまで預かっておいてほしいとのことで、三日間ほど玄関先で餌をやって世話しているうちに「情が移って」飼うことになったというのであった。

 それまで犬を飼ったこともなかった女性にもかかわらず、一頭の犬にめぐり合って、かわいそうだと飼うことになったのである。

 その犬は、よほど人間に痛みつけられていたらしく、今もなお知らない人に出会うだけで、体が震えて吠える習性だけは直らないのだという。

 私は大の犬好きなので、たいていの犬はすぐなつくのだが、この犬が経験したトラウマ的恐怖が大きくて、ちょっとやそっとでは忘れられないのだろう。

 私の家人は大の犬、猫嫌いであり、この犬とは逆に幼い頃に、よほど犬、猫に吠えられたか咬まれた経験があるのか、やはりトラウマになっているらしい。

 犬、猫と同様に語るとは何事かとおっしゃる方もおられるかも知れないが、犬猫でも大きなトラウマになるような恐怖を何度も幼い頃に経験した上に、殺されてしまった「命」を思うと、ほんとうに残酷という以外に言葉が出ない。

 多くの「命」。

 動植物に限らず、全ての「いのち」あるものを労わり、愛でようではないか。

 春から夏にかけては、「いのち」をはぐくむ世界が目立つ季節である。
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旬のタケノコ三昧!

2009年04月19日 | 感じたこと
 今年もタケノコの季節がやってきた。ずいぶん前から市内至る所に「朝掘りタケノコ」の看板やノボリが出て、桜の季節が終わったこの季節が春から初夏を感じる時期となった!
             
でも1日に冬と夏が混在している様な寒さと暑さが交互にある日々はタケノコが元気に顔を出すと思いきや、雨が少ないせいか、なかなか大きなタケノコは、まだ少ししか出ていないのだ。

 昨日、近くのタケノコ農家でわけていただいたタケノコはほんと小さくて、約10センチから20センチほどのものばかりだった。

 大根のおろし汁での灰汁抜きをして、タケノコご飯、若竹煮、鶏肉と筍の木の芽和え、たけのこのお吸い物と料理したのだ。

 ついでに、大根おろしを生かした菜の花のおろし和えを添えての男の料理は自画自賛だが、とても旨かったよ。
             
米糠で灰汁抜きするタケノコ料理よりも、筍の風味と食感はいい感じで出来上がった様に思ったのだが、これらはNHKの「きょうの料理」を偶然見たお陰なのだと告白する
 
毎年、この季節を楽しみにしている私だが、毎年新たな筍にまつわる知識や料理を学ぶことになるのだ。

 やっぱり地元山城のタケノコが一番であるが、全国にはたくさんの筍の里があるのだが、中国産などの輸入品を国産と偽って売買するのだけはやめてほしいものである。

 とにかく、旬の筍三昧は 美味しくいただいたので、ご報告しました。
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春を通り過ぎて夏かい?

2009年04月11日 | 感じたこと
 なんちゅう暑さやねん( ̄□ ̄;)!!今日の京都の気温はたぶん27℃はあるんとちがうかな?と感じる午後3時である。
      
移動販売の有機農産物と無添加食品の「やおやガリバー」の営業中だが、とにかく暑くて移動中に宇治のコンビニで今年最初のアイスを買って休憩中である。

 向かいにある立命館宇治高校の女子も男子も制服姿のまま、アイスやソフトドリンクを仲間で食べたり飲んだりして、賑やかに放課後のひとときを楽しんでいる様子です。

 こうして携帯からのブログを入力していると、アイスが溶け出してしまうよ!アイスクリームのお味は大好きな夕張メロン味だよ。

 もちろんいでたちも暑いために早や白いTシャツ一枚である。
     
でも周りの人達の姿はまちまちで、まだ学生たちの制服も夏服仕様になっていないので、カッターの上にセーターを着て上着のブレザーやジャケットを手に下げている子もいて、如何に急に高温になったかを物語っている。
   

やおやのお客様も口々に「もう夏デスネ!」といいながら、こんなアツカッタラ、本当の夏になったら死んじゃうかもと冗談をいわれる方もいた。
   

でも少し陰に入ったり、朝晩はまだ少し涼しく、眠るにはお布団や毛布が欠かせない方も多いと思う春なのである。

 やっと4月も中旬。桜も満開から散り始めたが、もっとゆっくりと春を楽しみたいものである。春の温かさはとっても嬉しいが、花粉症だけは早く通り過ぎてもらいたいと願う、夏のような春の1日でした。
       

春の花たちがいたるところで満開。美しく色合いを競い合っていました。
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さくら満開! 母の花見。

2009年04月08日 | 感じたこと
 大分、福岡の旅から今朝帰って来た。

 今回の北九州の4日間は盛り沢山だった。

 夜行バスで着いた朝から1日半は、豊後大野市市長選の橋本候補のお手伝いをした後、別府に出て友人夫婦の温泉付きの立派な新居にお邪魔させていただいて1日ゆっくり寛いだ。

家庭内に引き込まれた温泉は、さすが別府の〓。岩盤浴も可能な石風呂は、まるで旅館の家族用といった感じだった。
  

三日後の午後はレンタカーを借りて、大分自動車道で日田市へ。合併で日田市となったとはいえ、前津江村だった山不快里にある椿ケ鼻ハイランドパークへ。

ここに住む友人夫妻とは20年ぶりの再会だった。彼らはこの地で木工のおもちゃづくりで生計をなしながら、自分達でログハウスを建てた元気いっぱいの家族であった。

 野生児のような小学生の男の子兄弟が素敵に育っていた。彼らが創作する手作りの木製玩具は温かで心のこもったもので、私が孫たちにもプレゼントした、とても素晴らしい作品である。

 田舎の山と風を感じながら車を博多に走らせた。

博多では、30年来の友人が今年1月半ばに亡くなったので、故人を偲んで奥様を訪ねた。本当に信じられないことで、私より若い友人の死の現実の前で祈るしか出来ない自分がいた。

 深夜バスで五日目の朝に大阪に帰って、早朝に母を久しぶりに訪ね、近くの公園に花見に行った。母は嬉しそうに、さくらの木の下で「サクラサクラ」を歌っていた。

 昨日は博多では会えなかった古い友人夫妻のかわいいお嬢さんの「さくらサン」葉、昨日が高校の入学式だったそうである。
 

 さくら満開のサクラの日だった。

 実は私の愛用のパソコンの故障でしばらく携帯からのブログとなるため毎日の更新は無理かも。またね。しばらく不自由です。
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大分県豊後大野市市長選挙!

2009年04月05日 | 感じたこと
 私の20数年来の友人の一人である、橋本ゆうすけ氏が4年前に7町村が合併した大分県の豊後大野市の市長選挙に現職市長では我が地域のためにはならないと立候補されると知り、はるばる京都から応援に駆けつけた。

 彼との縁は名前が同音という奇縁で大分県緒方町のご自宅に泊めていただいて以来、偶然にも同じように町議、市議、そして市長選への立候補という人生の選択をした同労者といった感じの僚友と思っている。

 現役市長と、もうひとりの候補者の三つ巴と選挙戦ながら、一番若くて元気な有力候補者なので支援者たちの活気が事務所中に漲っていた。

 今日の告示日は600平方㌔以上ある市内を、まず一周挨拶して回るだけで300㎞は選挙カーを走らせたらしい。ともかく日本で11番目に広い地方自治体らしく大変な一週間になるという。

 初日から橋本候補は声を枯らして、熱弁を各地でふるって頑張って支持を訴えられた。

 最寄の駅から選挙事務所まで乗ったタクシーの運転手さんに何気なく聞いたところ、結構評判も良く、下馬評的には勝算ありと感じられた!


 さて、12日の投稿開票日に、新市長誕生という嬉しい結果を待ちたいと思う。

 見事、現職市長を僅差で破って当選しましたよ。うれしい限りである。
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