3週間前に市役所の階段から「見る前に跳べ!」と思ったわけではないのだが、私は突然跳んで墜落し激突してしまったのである。
慌てていたわけでもなく、議会フロアのある5階から4階に下りている途中に、突然跳んだのである。定例本会議の一般質問の3日目の昼やすみだった。
同僚議員と議員控室で少し雑談し、「健康のためにもエレベータを使わず階段の上り下りを心がけている。歩ける時には歩かないと日頃の運動不足は解消できない」などと話した後、同僚議員はエレベーターで階下に降りたのだが、私は書類を少し持って階段をゆっくりと降り出した直後であった。
何かに躓いた感じも無かったが、ともかく前傾姿勢で勢いよく跳んで途中の小さな中間フロアの鉄柵に左前頭部から激突し、たぶん体はぐねって辛うじて止まったのである。
幸いか不幸か、前後に階段を利用する人がなかったため、救急車出動にならなかったが、私自身はその場に痛さと驚きで暫くうずくまっていたが、止むを得ず前頭部と腰に痛みを感じながら、跳んだ拍子に飛んだメガネを拾い、激突した時に自分のポシェットから、カラン、コロンと階段を数段転げ落ちた朱肉ケースを階下の階段に見つけて拾い、一階フロアまで足を引き釣りながら降りたのである。
何とも恥ずかしいやら、みっともないやらの思いを抱きながら、自分の車に乗ってバックミラーで前頭部が赤く染まっているのを確認し、とりあえず外科に行かねばと、体の痛みをこらえながら自ら車を運転して、自宅近くの親しい病院へと向かった。
途中、家人に携帯電話で連絡を取り、階段から落ちたことと病院に今から行くことを告げ、病院の診察が昼休みだが可能かを確かめた上、再度健康保険証を持参して病院に来てくれるよう妻に依頼した。
しばらく呆然としていたが、診察室で頭の治療と自覚のあった左腰の痛みを訴えてシップ薬を貼られて、二三日様子をみることとなった。
翌日と数日後、再度受診しても、医者はガーゼの交換とシップを貼り換えて、「どうですか?」と聞くだけだっので、痛みを具体的に訴えてレントゲンを撮ってもらい、やっと1週間後に頭部の写真を三枚撮影してもらった。
その後、幸いにも痛みは腰、肩、頭と少し強く感じたりもしたが、間違いなく骨折もなく打撲の加減も軽く、日々議会活動を少し痛みをかばいながら続けてこれた。
昨日、長期間の今議会が終了し、「跳んだ日」からメデタク3週間が経過したので、ようやくブログに報告することになったが、この「跳んだ事件」は打ち処が悪ければ重傷を負っていても可笑しくない程の「まさかの転落」だったのである。
「命拾いした」と言えば大袈裟に聞こえるが、ほんと今から思うと不思議なぐらいの軽症で済み、私自身は「奇跡的な軽傷」だったと喜んでいるのである。
誰も突然、階段から跳ぶことなど予測できないのは当然だが、「見る前に跳べ」ではないが、この事件を通して大きな示唆とラッキーな恵みを与えられた気がしている。
突然跳んで、墜落し、激突した事故に遭遇し、いろんな「気づき」があり、感謝せずにはいられない心境に至っている。
大江健三郎の小説「見る前に跳べ」ではないし、豊田勇造の曲「ある朝、高野の交差点付近を兎が跳んだ」でもないが、何かが見えてきたのである。
慌てていたわけでもなく、議会フロアのある5階から4階に下りている途中に、突然跳んだのである。定例本会議の一般質問の3日目の昼やすみだった。
同僚議員と議員控室で少し雑談し、「健康のためにもエレベータを使わず階段の上り下りを心がけている。歩ける時には歩かないと日頃の運動不足は解消できない」などと話した後、同僚議員はエレベーターで階下に降りたのだが、私は書類を少し持って階段をゆっくりと降り出した直後であった。
何かに躓いた感じも無かったが、ともかく前傾姿勢で勢いよく跳んで途中の小さな中間フロアの鉄柵に左前頭部から激突し、たぶん体はぐねって辛うじて止まったのである。
幸いか不幸か、前後に階段を利用する人がなかったため、救急車出動にならなかったが、私自身はその場に痛さと驚きで暫くうずくまっていたが、止むを得ず前頭部と腰に痛みを感じながら、跳んだ拍子に飛んだメガネを拾い、激突した時に自分のポシェットから、カラン、コロンと階段を数段転げ落ちた朱肉ケースを階下の階段に見つけて拾い、一階フロアまで足を引き釣りながら降りたのである。
何とも恥ずかしいやら、みっともないやらの思いを抱きながら、自分の車に乗ってバックミラーで前頭部が赤く染まっているのを確認し、とりあえず外科に行かねばと、体の痛みをこらえながら自ら車を運転して、自宅近くの親しい病院へと向かった。
途中、家人に携帯電話で連絡を取り、階段から落ちたことと病院に今から行くことを告げ、病院の診察が昼休みだが可能かを確かめた上、再度健康保険証を持参して病院に来てくれるよう妻に依頼した。
しばらく呆然としていたが、診察室で頭の治療と自覚のあった左腰の痛みを訴えてシップ薬を貼られて、二三日様子をみることとなった。
翌日と数日後、再度受診しても、医者はガーゼの交換とシップを貼り換えて、「どうですか?」と聞くだけだっので、痛みを具体的に訴えてレントゲンを撮ってもらい、やっと1週間後に頭部の写真を三枚撮影してもらった。
その後、幸いにも痛みは腰、肩、頭と少し強く感じたりもしたが、間違いなく骨折もなく打撲の加減も軽く、日々議会活動を少し痛みをかばいながら続けてこれた。
昨日、長期間の今議会が終了し、「跳んだ日」からメデタク3週間が経過したので、ようやくブログに報告することになったが、この「跳んだ事件」は打ち処が悪ければ重傷を負っていても可笑しくない程の「まさかの転落」だったのである。
「命拾いした」と言えば大袈裟に聞こえるが、ほんと今から思うと不思議なぐらいの軽症で済み、私自身は「奇跡的な軽傷」だったと喜んでいるのである。
誰も突然、階段から跳ぶことなど予測できないのは当然だが、「見る前に跳べ」ではないが、この事件を通して大きな示唆とラッキーな恵みを与えられた気がしている。
突然跳んで、墜落し、激突した事故に遭遇し、いろんな「気づき」があり、感謝せずにはいられない心境に至っている。
大江健三郎の小説「見る前に跳べ」ではないし、豊田勇造の曲「ある朝、高野の交差点付近を兎が跳んだ」でもないが、何かが見えてきたのである。