ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

内モンゴル草原へ。

2014年07月31日 | イベント
  今日も36度を超す猛暑の夏の陽射しにうんざりの京都だったが、明日から8月、より本格的な猛暑、いや激暑の夏に突入である。

 今春、久しぶりに縁あって、かつて20数回も足を運んだ、中国・内蒙古自治区の素晴らしい眺望の大草原、白音教包(バインオーボー)へ、7年ぶりに行くツアーを企画して、参加者を友人、知人を通じて募集して、男女7名で行くことが決定していたのだが、あつくこんな暑さの中で屋外での仕事をし続けていると、一日でも早く、あの涼しくて勇壮な草原に行きたいと思う時が、しばしばあり、とっても楽しみな今日この頃なのである。

 久しぶりと記したが、きっかけは1988年に遡るのだが、1990年に日本国内の子供たちに、国際的視野での生活体験を夏休みにしてほしいとの企画で、「大きな学校プロジェクト」を立ち上げて、地球は学校、地球が遊び場とのコンセプトで、モンゴル草原での自然体験と国際交流を試みる「内モンゴル草原・地球学校」を開催するために、テストランとして40名の大人たちが、内モンゴル自治区にある「幻の湖」ダライノールを目指して、約1週間の旅に出たことに始まるのである。
 
 その後、計画は1989年の天安門事件や上海高知学芸高校の列車事故の影響もあって、一年延期したが、翌年の1991年の夏休みに全国かうら応募があった、小学4年生から高校2年生までの男女100名の参加で、スタッフ約25名で予定通り、上記の内モンゴル草原に8張りの大型ゲルを建てて、草原生活1週間を含む、10泊11日の大体験ツアーを無事に終えたのであった。

 その翌年から、せっかくのモンゴル人、中国人との出会いと縁を絶やさずに続けようとの思いもあって、自らが言い出しべい的存在で、毎夏「この指たかれ方式」で、参加者を募集して多い年は10数人で、少ない年は3、4人で毎年、ほぼ同じ草原へと旅をして、私自身にとっては「命の洗濯!!」と称する旅として恒例化したのであった。

 ともかく、多くの旅行会社が企画するツアーと全く違う旅の内容だと自負しているのが、観光パオ的住居に体験的に宿泊し、観光ナーダムや乗馬体験でお茶を濁す程度の、眉唾的ツアーの多い中で、私たちは草原に今なお遊牧生活をする現地のモンゴル族の生活ゲル、もしくはすぐ近くにゲルを建てて、草原生活を彼らの生活を垣間見ながら体験するという「ほんまもの」のホームステイ的草原生活を、少なくとも4,5泊はするのである。

 そうして、朝は牧民たちの牛の乳絞りを手伝ったり、羊の放牧に同行したり、羊料理は羊を現地で調達して、解体して食するという形で、生肉、☆肉、
そして羊を丸ごと残さず活かすという徹底的な蒙古族、遊牧民特有の羊丸ごと料理を体験し、ギョーザ作りや食事の手伝いもするのである。

 一日、一日、全ての時間は自由なのだが、近くの牧民の家畜でもある蒙古馬に乗ったり、草原を散策し植物採集やスケッチをしたり、写真を撮ったり、素晴らしい山、白音教包という小高くて眺望のいい山に登ったり、夜は満点の星の下で、流れ星の数を気のおけるまで数えてゲルの外で寝転がったり、本当に自由で自然と優しいモンゴル民族に接して、共に遊んだり笑ったり食事をしたりという時を過ごすのです。

 たまたま、私自身のここ数年が、少し余裕がなくてモンゴルツアーを数年は断念していましたが、昨秋に残念ながら実母が昇天し、少し時間と体力的な自信も回復したので、友人たちの希望もきっかけとなって、今夏久しぶりの企画を実行することとなったのです。


 優しい風に吹かれて、思う存分大草原の自然と、たぶん日本人のルーツであると思われる蒙古族の、大陸的な価値観と素朴な日常生活に触れながら、
私たちがひょっとすると忘れがちな、大切な人間の原点と力と、思いやりなどを思いおこさせてくれる旅となると確信しています。

 早く内モンゴル草原に行きたいな。いやすぐにでも、あの草原に帰りたいという気持ちでいっぱいです。

 あの日、1988年の夏に初めて出会ったモンゴルの少年が、十数年後日本に留学し、京都で10年近くを過ごし、現在は奥さんと子供さんにも恵まれて名古屋大学の博士号コースで研究生活をするB君との出会いと、初めてのモンゴル草原での脱出を手伝ってくれた、当時の赤峰旅行社の張さんとのご縁から、今夏のツアーも実現するという、自然と人との関りを大切にした旅となるのです。

 皆さんも、機会を捉えて是非、内モンゴルの草原での自由で愉快な旅に、次回はご一緒しませんか?

たぶん、人生観や生き方が少しは変わることは、間違いないと思いますよ。
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愚かな「合格」!!!

2014年07月16日 | とんでもない!
あの三年四ヶ月前の東日本大震災での「福島原発事故」の多大なる後遺症が波及する中、3年4ヶ月余が過ぎて、先の福井県「大飯原発」の再稼動についで、新たに原子力規制委員会なる政府、電力会社の意向を汲む組織が、今年の夏は少しは国民の節電協力が必要とは言え、49基の日本の原発の「再稼動」はせずにも、電力供給は出来るとの見通しなのに、何と「新基準?」に適合するとの見解で、審査書案を定例会で了承し、鹿児島県の「川内原発」1.2号機の「再稼動」に向けての手続きに入る見通しとなったことは、大変遺憾であり、愚かな「決定」だと云わざるを得ない。

 国民の多くが、「福島原発事故」の結果と放射能汚染の恐怖と危惧の中にあって、「もう二度と事故は起きてはならない」との思いと共に、「原子力発電」に対する「安全神話」の崩壊と、電力の発電に関しての「コストの安さ」という偽りのデータに対する絶対的不信感、つまり放射性汚染物の処理も含めての「原子力発電」に関するコストが異常に高い上に、今後自分たちの命のあるうちには「安全」を確認すらできないという、とんでもない「リスク」にやっと気づいて、将来の日本のエネルギー政策を、自然エネルギーに変えていく努力とともに、この化け物の様な「放射性廃棄物」を含む「負のリスク」を多額な税金や将来の私たちの子孫にまで負担させるとしても、日本だけでなく全世界を「命の不安」に抱き込む「原子力発電」は、止めるべきとの意見を持つようになった現状を省みず、一部の企業、政治家、利権のために、既成の産業構造を続けるという、とんでもない「愚かな選択!」、ツマリ、「川内原発」の合格「」などという決定に至ったという事実に対して、「怒り」と共に「いい加減にせぇ!!!」という思いである。

 今後、30日間の意見公募などを経て、「審査書」を決定するという、お題目だけの「民主的手続き」を課してはいるが、全く具体的には「通過儀礼」的手続き論だけで、「反対意見」や「批判」「中止」などは聞く由もなく、「再稼動」という手続きへと進み、今秋10月には、何と「大飯原発」の再稼動後の「検査」中止以来の日本の原子力発電の「再稼動」という愚かな方向へと進めようとしているのである。

 とんでもない「過信」とも言うべき事実が、我が国の東京電力・福島第一原発事故で起きて以来の原子力政策及び、電力会社の経営方針の中にあることに、多くの国民は「気づき」はじめ、今年6月の沖縄電力を除く「原発」を有する国内8電力会社の「株主総会」での、全ての「反原発」の訴えや提案を全く慎重な議論もせずに「退けた」、電力会社経営陣の「無能さ」と共に、その背景に自民党、公明党を中心とする現在の日本の経済界の要望、つまり「原子力産業」の利権が大きく「妨げている」現実が多くの国民にも見え隠れしているのである。

 要するに、今夕の新聞報道、「川内原発「合格1号」という見出しの下に、小さく「住民防災は審査外」との見出しがあり、九州電力川内原発の「再稼動」への審査が「合格」したのは、原発の設備面での「ハード対策」に過ぎなく、新規制基準住民避難などの防災対策が、原発の安全審査の「車の両輪」との田中俊一原子力規制委員長の見解があったにもかかわらず、原子力委員会での安全審査は、前者は厳しくチェックしているにのにも拘わらず、住民の避難や防災対策に対する「審査」は、原子力規制委員会の「対象外」だというから、とんでもない「片手落ち」、すなわち「自分たちの都合に合わせた審査」、最初から「再稼動」ありきの「結論」に向けての「親方日の丸」的審査機関、組織であると言わざるを得ないのである。

 国際原子力機関(IAEA)では、原発事故に対処する国際基準としては、深層防護などの多重的安全対策を定めているのだが、想定外の事故が起きても住民の「被曝防止」のための「最後の砦」としての防災対策を米国では規制の対象としているのだが、日本では対象外と言う腑に落ちない形の「形式的な審査」であると言わざるを得ないのである。

 少なくともスリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発事故、そして福島第一原発事故と言う3つの大きな世界的な影響が出た「原子力発電」という最も「人類の生命と健康」に多大なリスクが生じると共に、多額な設備投資だけでなく、未来永劫にまで多大な「放射性廃棄物」や「放射能汚染」という環境と生態系にも大きなリスクを背負わし、我らの子孫たちにも多大な危険性と危惧、多額な負担を強いるような「原子力発電」という政策をストップさせなくては、日本のエネルギー政策は間違いなく「破綻」すると確信するものである。

 人類の未来永劫の平和と健康などという願いや祈りは、簡単に権力者や利権に群がる「金儲け主義」の勝手な輩たちに牛耳られてしまうのを、「そのうちに気づくだろう!」と信頼して観ていられるほど私たちは馬鹿でもなければ、従順でもないのである。

 原発の再稼動へ「GOサイン」を出そうとしている一部の「お偉い人々」に対して、私たちができることは少ないのだろうか?

毎週の様に「反原発デモ」も行なわれているし、原発のある都道府県知事や地元自治体の首長さんたちも、実は地元の企業や原発下請け労働者の権利や特別給付金という名の「飴」に手足を縛られている様な有様では、真の市民自治や地元を大切にする行政マンとは言えないのではないだろうか。

 私たちの出来ること、そして「反対の意思」を示し続けようではありませんか>

 
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「七夕」の夜!!!

2014年07月07日 | イベント
今年も「七夕」の夜は京都は曇り空で、たぶん牽牛と織姫星の出会いをイメージする「天の川」は観ることが出来ないだろう。

 小さな子供たちは、幼稚園や保育園などで笹飾りに、いろんな願い事や夢をかいた「短冊」をつるしたことだろうと思うのだが、大人たちも七夕の日ぐらいは、心からの願いを星空に祈りたいものだと思うのだが、なかなか「祈り」や「願い」を聞いてくれる機会が乏しいと思うのは私だけではあるまい。

 今は世界中がブラジルで行なわれているFIFAワールドカップで盛り上がっているが、日本チームすなわち「ザックジャパン」が一次リーグで一勝も出来ずに敗退した後は、ドイツ、オランダ、ブラジル、コロンビアなどの試合をテレビ観戦していても、もうひとつ熱が入らないばかりか、あの兵庫県議の泣きわめきむーの記者会見で興ざめした「政務調査費不正事件」などという、とんでもないアホらしい事件の報道や大型台風接近のニュースなどで水が差されて、なんとも多くの視聴者、我々の心は空しい限りである。

 W杯の準々決勝、ブラジルVSコロンビアの南米強豪国対決では、ブラジルの若きエース、あのネイマール選手がコロンビアのディフェンスの厳しい背後からの蹴りで脊髄の一部を骨折し、今後の出場が出来なくなり、準決勝のドイツ戦での地元ブラジルの苦戦が予想され、大変な騒ぎになっている様子であるが、準々決勝でオランダに延長戦後のPK戦で惜しくも敗退した、コスタリカの善戦、健闘ぶりが私には一番印象的であった。

 ところで、七夕の笹飾りにあなたたら、何と記し、何を願い、何を祈りたいと思われますか?

 子供たちのように素直な心で、胸に手を当てて聞いてみて下さい!

どう考えても、今の日本の政治は間違った方向に突っ走っている様に思えるのですが、戦後日本の平和と繁栄を支えて来たバックボーンにしっかりと根付いていたはずの「日本国憲法」を勝手に捻じ曲げた「解釈」という手段?で、安倍自民党内閣と与党のコバンザメ政党公明党が、「解釈の変更」という姑息な手で、「集団的自衛権」の行使を容認するということを、「閣議決定」したという、とんでもない事実に対しての「怒り」と共に、決して国民の多くは「容認していない」という事実に基づく「平和への願いと祈り」を記し、七夕の短冊に記したいと思います。
こぼし
 しかし、今夜も「七夕の夜」の夜空は曇り空であり、果たしてそうした国民の多くの祈りや願いが、天の川、織姫、彦星たちに通じるかどうか、甚だ不安でもあり、なんとも私の心だけではなく、日本の先行きが今夜の曇り空の如く、大変心配でもあり、大きな声で叫びたい気持ちです。

 すっきりと晴れた七夕の夜空は、なかなか望んでも実現しにくいのは、日本列島に「梅雨前線」が停滞している季節でもあり、ここ数日中に沖縄から本州を狙うが如く接近しつつある「大型台風」がやってくるシーズンでもあるという、最悪のパターンの気象条件の時期であることが、災いしているのだと思いますが、安倍自民党やむ創価学会公明党の国会議員を選出したのは、多くの有権者が投票したという事実の結果であり、「自業自得」と云わざるを得ないわけですが、決して「諦めずに」、次回の総選挙や有権者の権利主張の折には、絶対「NO!」を突きつけ様ではありませんか。

 まだまだ「間に合います!」、私たちの国はたぶん「民主国家」のはずですから・・・。




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