ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

何も期待しない改造内閣

2007年08月29日 | 日本の課題
 この極暑の夏の終わりに、参院選で惨敗した安倍自民党と公明党による連立内閣の改造と自民党執行部の人事の入れ替えがなされた。

 まさに入れ替え人事がされただけで、何も新鮮さもなければ期待したくなるような人事は一切無かった。

 ただ舛添要一という安倍首相批判の男を入閣させ、元岩手県知事の男を民間から起用し総務大臣に据え、女性閣僚の数あわせで少子化担当大臣に女性を起用したたけである。

 つまり「人身の一新」といいつつ、親方が変わらないまま、子分を少々据え変えただけの誤魔化しのデコレーションの塗り替えに過ぎないのである。

 高村防衛大臣や町村外務大臣、そして伊吹文部科学大臣などの起用は、ともかく失言や事務所費問題をはじめとする政治と金の問題がなさそうなベテランを採用したに過ぎないのである。

 全く何も目新しい人材の起用や「サプライズ人事」はなく、如何に安倍首相が今回の自民党政権の危機を乗り切るかをテーマにしているだけの内閣なのである。

 私たち国民の生活実感に顕著にある「格差」の是正や「年金」の不安、「増税への危惧」、そして「憲法改悪」などのテーマに何ひとつ応えようとしていない、「継続乗り切り内閣」に過ぎないので在る。

 騙されてはいけない。

 安倍改造内閣が発足して、なんと10パーセント以上、内閣支持率が好転しているそうだが、目先を変えて、国民を欺く安倍晋三首相と麻生太郎自民党幹事長の最期の悪巧みに乗ってはいけない。

 もう一度言う。騙されてはいけない。

 もう国民の多くは、自民党と公明党の「仲良し展望なし内閣」にはへキヘキしているのである。

 国民の期待感の無さや失望感は、すでに頂点に達しているのに、いまだ自分達の権力を何とか見せ掛けだけでも維持ししがみつこうとしている「醜い駄々っ子内閣」に成り下がっている。

 国民、有権者が今こそ、しっかりとした国民の真摯な態度で、こうした政治家たちと集団化した政党主義の「実の無い政治」にピリオドを打つために、監視と共に痛烈なアンチテーゼを突きつけなければならないのである。

 たぶん、安倍首相は11月のテロ特措法の延長に関する国会議論を乗り切って「延命」することはできないだろうが、「解散権」の行使や内閣総辞職もやれないだろう。

 イラク特措法の延長阻止を民主党を中心に参議院の与野党逆転状態でやってのければ、マスコミも含めて、再び安倍首相退陣のムードが高まることは必至であり、今後の日本の行く末、特に「憲法改悪」を中心とする安倍自民党を中心とする謀略を阻止することになるだろう。

 ほんとに背の皮一枚のところで、ニッポンの世界での唯一の役割である、「平和」のために戦争をしない「憲法」が生かされる時が続くことになろう。

 私達の国、ニッポンが世界に誇れる「日本国憲法」を守れる最大のチャンスである。

 

 
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内蒙古から昨夜帰国しました!

2007年08月26日 | 感じたこと
涼しい中国内モンゴル草原より京都に昨晩遅く帰って来て、今朝は残暑厳しい中、大阪の実家の母の顔を見に気温差10度以上を体感しつつ、大草原での遊牧民との交流と乗馬の感動を思い出しています。

今年の夏の中国・内蒙古の旅も最高でした。

 一緒に旅行した皆さんとも、全く家族同然の雰囲気で10日間暮らすことが出来ました。

 内モンゴル草原で体験した新たな感動とエネルギーを、またこれからの生活の新たなエネルギーとして、生活したいと思っています。


 大自然に暮らす遊牧民の皆さんと、旅をサポートして下さった皆さん、そして20年来の友人として迎えて下さった中国内蒙古自治区赤峰市の皆さんに感謝します。

 また、時々内モンゴルツアーのエピソードをブログで紹介させていただきます。

 まずは感謝とお礼を、遠く内モンゴル草原の白音教包のオーボーに捧げます。

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ブログも夏休みです。

2007年08月13日 | 季節の話題
 ほんと北海道まで35度を越える極暑となった今日、いたるところでビニールプールで戯れる子供達の歓声が聞こえていました。

 昼休みに近くの大型スーパーで涼を取りながら食事をする家族連れがたくさんいるかと思えば、うだる様な暑さの中で家の中で休んでいた人が熱中症で倒れて亡くなるというニュースまでありました。

 そんな中で、東名高速道路の渋滞気味の路線で、家族で海水浴へ行った車が、前方不注意のバスの運転手のために、奥さんと生まれてやっと寝返りができるようになったばかりの女の赤ちゃんが亡くなるという痛ましい事故が起きました。

 せっかくの夏休みに、家族で出かけた一家が、とんでもない悲惨な事故に見舞われるなんて誰も予想はしなかったはずです。

 何が起きるかわからない世の中ですが、出来るだけ人災といわれる様な事故や失態は起こさないように留意せねばなりません。

 「ごめんなさい」で済むようなミスは、人間ですからしてしまうことはあるでしょうが、人の命に関わることだけは、「ご免なさい」では済ませられません。

 今回の事故を起こしたバスの運転手は、危険運転致死罪で逮捕されたということですが、二人の尊い命を自分の「迂闊なミス」で殺してしまったとしても懲役6年から8年という刑で釈放されるのです。

 こうした事故の犠牲者の遺族の叫びは、いつも「我が愛する○○を返して下さい!」です。

 あさって、第二次世界大戦が日本の敗戦という形で、8月14日にポツダム宣言を受託して、昭和天皇の「玉音放送」とやらで、国民に終戦が告げられて満62年を迎えます。

 日本にとってだけでなく、アメリカ、アジアの国々とっても「忘れ得ぬ大戦」だった、第二次世界大戦という名の「戦争」を思い起こすことまでもなく、「命」を奪われた遺族の悲しみと叫びは、62年経っても休まれることはありません。

 昨日は、「日本航空の御巣鷹山墜落事故」で500人もの犠牲者が出た航空機墜落事故から満22年です。

 多くの死者の霊が、この8月、お盆の季節に里帰りすると言われています。

 私は、先祖のお墓参りを8月初旬に済ませて、明日から夏休みをとって、中国・内モンゴルへと旅立ちます。

 皆さんにとっても、多くの死者の霊や思い出を抱きながら、人為的な事故や戦争を決してしてはならないという誓いを改めてする8月15日前後の「お盆」としましょう。

 明日から、ガリバー通信は、8月25日まで、約2週間恒例のモンゴル行きのために休みます。

 みなさん、残暑お見舞い申し上げます。お元気に「真夏」を乗り切ってください! 
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和の正礼装でモンゴルへ。

2007年08月12日 | とんでもない!
 いよいよ私の夏休みに入るのだが、今年の内モンゴル行きは大変なことになりそうである。

 1988年から中国・内蒙古に縁あって行きだして今年で満20年になるし、今年のメインイベントは、何と「モンゴル式結婚式」に参列することとなったのである。

 1991年に開催した「中国・内蒙古地球学校」と称する、日本全国から小学4年生以上、高校2年生までの男女100名が参加した、「大きな学校」プロジェクトの準備を兼ねて、男女40名の大人たちが「幻の湖と言われたダライノール」を目指したテストランの旅から20年が経過したのである。

 このテストランでは、ダライノールという大きな湖の湖畔に日本から持って行ったダンロップの山用簡易テントを10張設置したのだが、二日目の夕刻に大きな三つの雨雲が湖付近に近づいて、何と真夏の雹が降ったのである。

 ゴルフボール大の突然の雹の襲来に、私たちはあわてて草原を見渡したのだが、テントはものの見事に全部倒れていて、止むを得ず、モンゴル製の大きな「ゲル」に逃げ込んで難を逃れたのである。

 その夜、水浸しで浸かった草原から我々の脱出を手伝いにやってきてくれた地元の旅行局の青年であった、張志遠という男に出会ったのが、現在に至るほぼ毎夏、私が内蒙古に行くきっかけとなったのである。

 その上、3年後に実施した「内蒙古地球学校」への地元の中学生へ交流目的での参加を依頼に翌年夏に出向いた時に、最初に出会った少年が「宝海鷹」というとっても素敵な名の男の子であり、彼が後に日本の京都に留学し、実は今年の春同郷の女性と入籍し、この夏内蒙古自治区の彼の実家がある、シリンホト(錫林浩特)で結婚式をあげることになったのである。

 私は、彼との20年近い交流関係から、結婚式に列席することとなり、それも日本人としての「゛和服の正礼装」である、紋付、袴、羽織を初めて着て参加することにしたのである。

 と言っても、私は紋付、袴、羽織など持っていないばかりか、一度も着用したことがないので、さぁ大変なのである。

 和のフォーマルウェアである、紋付、袴、羽織で日本人の民族文化である出で立ちで参加するために、京都の呉服屋さんから古い三点セットを借り受けて、俄か勉強で着付けを学び、モンゴル衣装の蒙古族の多くの皆さんの中で、スピーチをしなければならないのである。

 長襦袢を含め、白足袋、白鼻緒の雪駄も用意し、あとは竹骨の末広の白扇が必需品と聞く。

 ともかく、この暑い夏に、リュックの草原生活の持参品に加えて、和正装の品々を風呂敷に包んで持参し、着付けをし、列席することになるので、どうなることやら・・・。

 日本と蒙古の友好、交流のひとつの印として、包(宝と同音)海岩(鷹と同音)君の結婚式と張志遠氏との20年目の再会を楽しみに出発する。
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ご存知?250円弁当!

2007年08月09日 | 感じたこと
 みなさん!250円弁当ってご存知でしたか。

 京都は大学と学生の町です。それにしても一食250円也、消費税を加えても263円で、一食が賄えるなんて、さすが学生を大切にする京都ですね。

 私は最近はじめて鞍馬口にある250円と大きく赤字で書いてある烏丸通りに面した小さな弁当屋を見つけて驚きました。

 ちょっと覗いて見ると、ちゃんとしたボリュームの何種類かの弁当がところ狭しと平積みされていて、学生だけでなく、独身のサラリーマン化フリーター風情の若い男性が、何と2つ、3つと買っていくではありませんか。

 かつ弁当、肉じゃが弁当、天ぷら弁当などなど・・・。

 なかなかの種類があり、ご飯もそれなりにしっかりと入っている感じでした。

 すぐさま私は、この弁当を買う人の食生活を想像してしまいましたが、一日に昼、夜と少し変化をつけて食べたとしても、朝食をパンと牛乳などで済ませたとしたら、一日の食費が1000円以内で済ませられるのではないかと思ったのです。

 学生やフリーターをしている若い人にとっては昼、夜で3食分の弁当を食べたとしても1000円で済みそうで、とってもリーズナブルとでも言うのでしょうか、経済的には助かる人が多いのではないだろうかと感心したわけです。

 でも、考えてみてください。

 普通の弁当は少なくとも500円、ほか弁と言われる弁当屋の「のり弁当」でも400円はするのではないでしょうか。

 安くてもおなかを満たせるだけの分量がなければ、若者も買いには来ないでしょう。

 京都に、こうした250円弁当やがチェーン展開していて、4.5軒あるそうです。

 アルバイトらしき若い人が奥で弁当を作っていて、しっかりとバイト料も支払われているとすれば、こうした安値でも儲かっているということなんですね。

 ということは、食材の違いがあるとしても、普通の弁当屋さんの「弁当」は、ちょっと見かけがよかったり、おかずや彩がよかったり、中には漬物や一品多かったりはしたとしても、しっかりと儲かる商売をされているということなんですね。

 近頃流行の「高齢者用宅配弁当」なども、結構安い価格で毎日の様に、夕食を中心として、自分で食事の用意が困難な方々に、便利に利用されていて、中には福祉的サポートとしての助成金が出ている弁当もあります。

 いずれにせよ、毎日、毎日の三度三度の食事に、全てお弁当と言うのは味気ないものですが、背に腹は返られない学生諸君、フリーター、金欠病の人たちや高齢者にとっても、とっても有り難い「250円弁当」ではないかと思いました。

 結局、私は観るだけで、どうも食材が油濃かったりするのではないかと半信半疑で購入し、食べるには至りませんでしたが。

 学生の町らしい大サービスの「250円弁当」に感動しました。
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相撲は国技か?

2007年08月08日 | プロスポーツ
 横綱「朝青龍」の処分と今後の去就が注目されている。

 ご存知の様に、朝青龍は医師の診断書で骨折を理由に夏の東北巡業を休んだ上に、母国モンゴルに帰国して、何と放浪の旅人、元サッカーの日本のスーパースターである、中田英寿の誘いで、母国での友好のサッカー試合に出場していて、元気に走り回り、ヘディングシュートまで放っていることが判明し、俄かに大騒動となったのである。

 以前から21回も幕内優勝をしている実力横綱なのだが、「横綱らしくない」とか「品位に欠ける」とか、いろいろ言われていたわけだが、今回の事件で徹底的に批判を浴びることとなったのである。

 でも私は、彼の診断書の病状、つまり怪我の実態は分らないのだが、仕事である巡業を休んだ上に、元気に走り回る様子を放映されてしまったわけだから、一定の責任と処分はしょうがないとは思う。

 しかし、これほどまでにマスコミを中心として「朝青龍」バッシングがされている現状については、甚だ遺憾である。

 日本相撲協会の関係者とNHK、すなわち日本放送協会などは「大相撲」を未だに「ニッポンの国技」として、その相撲道としてのしきたりと伝統を重んじ、角界の「横綱」の地位は、全ての力士の模範たる存在で無ければならないと思っておられるみたいである。

 さて、プロスポーツの一つとしての「大相撲」は、若貴時代と言われた、花田兄弟横綱の時代を頂点として、人気は下火であり、その理由の一つがモンゴル出身力士の台頭を中心とする、幕内力士の外国人の活躍と実力の違いなのではないだろうか。

 つまり、日本の国技といくら相撲協会やNHKが叫ぼうとも、現実は東西の最高位である「横綱」は、朝青龍と白鵬というモンゴル出身力士であり、幕内力士の約1/3が外国人力士に占領されている現実があるのである。

 そんな中で、日本相撲協会自体の中にも、日本の国技である「大相撲」の番付上位を外国人に奪われているジレンマがあるだろうし、表向きにははっきりと出ていないが、外国人力士に対する「差別意識」が潜在していると言わざるを得ないのである。

 ハワイ出身の高見山に始まった外国人力士の問題は、小錦の横綱昇進が見送られた時に歯切れの悪い論争があり、モンゴル出身力士の台頭で、各部屋外国人力士は二人までとする制約が生まれ、初のモンゴル出身関取である旭鷲山の引退に関しても、いろいろと取り沙汰されているのである。

 どうも、日本のマスコミや相撲ファンに、外国人力士を心からは良しとしない、ちょっとした「偏見」や「不満」があって、今回の事件、事象で、そのことが爆発したと思われてならない。

 私は、「相撲をニッポンの国技」だとは思わないし、プロスポーツのチャンピオンである「横綱」がガッツポーズをしても何ら違和感も感じないが、マスコミ、相撲協会関係者は、それを良しとしない傾向が強くあり、今回の批判や対応振りは異常だと思わざるを得ない。

 所詮、相撲も格闘技であり、やんちゃ坊主の朝青龍を許せないのは、ちょっと可笑しなバッシングではないかと思うのである。
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偽札つくってんの?

2007年08月07日 | とんでもない!
 私は市長選で多くの知人、友人たちにもご支援をいただき、お世話になったのだが、立候補の時点で市議を失職しているし、その上落選したので、少なくとも次の選挙までの4年間は、市長及び市議選は原則的にはないので、私の仕事や生活のことまでご心配いただく方もいて恐縮である。

 幸い健康に恵まれて元気に「おっさんフリーター」をしているので、何とか生活していける状態で感謝している。

 しかし、私の90歳になる実母にとっては、現実の私達の生活実態がわからないこともあって、特に最近になって、よく電話がかかってくるのである。

 先ほども電話があって、「あんた偽札つくっているの?」「うちへおいでよ、何とか食べさせてあげるから・・・」と言うのである。

 数年前から少し認知症の傾向が出だしている母ではあるが、息子が仕事を失って、たぶん生活に困っているのではないかと心配してくれているのである。

 しかし、よりによって「偽札づくり?」って言うのは、どうしてなんだろうか。

 電話の向こうから、心配そうな母の声がするのだが、私は可笑しくて仕方が無いので在る。

 よりによって私が偽札をつくって生活しているなんて非現実的なことが何故、母の口から飛び出すんだろうか。

 母に言わせれば、数年前に週に二回ほどお世話になっているデイサービスの事業所からの「遠足」に私が家族として同行した時のスナップ写真が母が一人で居住する我が実家の部屋の違い棚のところに飾ってあって、時折その写真を見ているからだと言うのである。

 その写真は他の参加者や指導員さんたちと共に一緒に撮影した写真で、何故かハートの形で飾ってあるものなのである。

 電話口で私が笑いながら否定し、「元気に仕事をして食べているから心配いらんよ」と言うと、母は「ほんなら、夢でも見たんかな」とあっけらかんとした返答なのである。

 私がもし偽札犯だったとしたらと考えただけでも可笑しいし、そんな偽札を印刷する力量などあるはずがないし、
いくら経済的に貧しくとも、そんな発想そのものが浮かばないのだが、母はたとえ夢だったとは言え、「あんた偽札作ってるのか?」と自分の息子によく言えたものだと感心するやら、馬鹿らしいやら・・・。

 そう言えば、ここずっと毎日の様に私に電話があり、「一緒に住んだら何とかなるよ」と同じことを繰り返し、がけ崩れや自動車事故で、私が死んだ夢も見たらしいのである。

 90歳になる母が一人息子の健康や生活を心配してくれるのは有り難いが、私にも家があり妻がいて孫もいる。

 そう簡単に、妻子を置いて、30数年ぶりに母と同居するわけにもいかない。

 
 「元気にしてるよ、偽札なんか作ってへんよ、働いて食べてるよ。、心配いらんよ・・・」といい続ける私である。
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今日是好日

2007年08月06日 | 感じたこと
 今日は広島に原爆が投下された記念日である。

 午前8時にテレビ中継された「広島原爆公園」からの「黙祷!」の声に、思わず我を忘れて「黙祷」した。

 戦後62年も経って、「原爆患者」の認定に関して、安倍首相は見直しが必要とし、患者の救済に乗り出すという、何とも参院選挙後の安倍首相のパフォーマンスとしか思えない対応振りに、喜んでいいのやら悲しむべきなのか、どうも疑心暗鬼になる。

 自民党と公明党の連立内閣の国民の支持率が何と22%に急落し、私の言う「死に体内閣」が現実のものと感じられる中、政府の閣僚達は極暑の日本を飛び出して、「外交」「外遊」という名の海外への避暑旅行に飛び立つらしい。

 しかし、安倍首相は閣僚達に8月22日までには帰国するようにとお達しを出したらしく、内閣改造が慌しく8月末に行われる見通しとなったらしい。

 何と言っても国民の支持率が2割ちょっとという、とんでもない不人気内閣の命運を「内閣改造」と「党人事」の刷新で乗り切ろうなんて、そもそも間違っている。

 今、衆議院を解散し、国民に安倍内閣が真の「信を問う!」ことができない内閣なんて、政治姿勢も自信もなく、お坊ちゃま首相の仲良し内閣の弱さと国民の気持と遊離した感覚がある。

 毎日、極暑の昼下がりに住宅街を「おっさんフリーター」は歩いていて、普通の庶民の、特に子供の夏休みに付き合っている若いお母さんや、おばぁちゃんの表情や言葉を見たり聞いたりしていると、このニッポンの権力者の意識とは相当かけ離れていることを実感する。

 今日も、ある新興住宅街、たぶん相続税対策で出来たと思われる、古い大きな家の建ち並ぶ一角に、十数軒の新しい家が建っていて、近くの幼稚園児や小さな子供たちが数人、家庭用のビニールプールを駐車場スペースに出して、賑やかに水遊びをしていた。

 若いお母さんたちは、子供達の安全、安心の成長を最優先に願っておられ、次に食卓を如何に毎日楽しく美味しくするかだと喋っていた。

 どうも安倍自民党も小沢民主党も、若い子育て途上のご家庭の願いや要望が届いているとは思えない、政治的パフォーマンスの応酬であり、ニッポンの政治、政治家の力量やセンスの無さを痛感する。

 そんな中、あるお家の玄関先に、「今日是好日」の石柱が立っていて、静かに日々を好日と感謝しつつ暮らす庶民の気持ちが伝わってきた。

 私も、日中の暑さの中で元気で明るく気さくな「水遊び」に興じている子供たちに元気をもらいながら言葉を交わし、「日々是好日」と感謝の気持ちをもてたものである。

 昨晩は我が孫も含めて五歳児の男女が三人、賑やかにささやかな「花火」を楽しむことができた。

 これも「今日是好日」の感謝の心と繋がったのである。

 唐末期の「雲門」という禅僧が「来る日、来る日、毎日が良い日だ」と説いたことから、「今日是好日」という言葉が定着したそうらしい。
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水琴窟

2007年08月04日 | 季節の話題
 関西地方も台風5号の影響も少なく、本格的な真夏の暑さに突入した。

 毎年、有機農産物と無添加食品の移動販売の八百屋「やおやガリバー」は、8月に入れば、農産物や食品も保冷や保存が厳しく、ましてや移動の車が冷蔵車でもないので、ハッポスチロールの箱に保冷剤を入れて運んでいるのだが、お客様に見て買っていただくため、いちいち開閉するし、蓋と箱がづれてなかなか保冷状態がよくない。

 そこで、大抵は8月に入ると、お客様もお盆や子供さんたちとの帰省などでお留守になるケースも多いので、思い切って「お休み」させていただくのだが、今年は選挙のため3月末から一ヶ月も休業したために、モンゴルへ行く2週間だけ休みとした。

 先週は、人気の「ザル豆腐」の最後の週であり、楽しみに購入していただいたのに、月曜日には傷んでいたとの電話をいただいいたりで、暑さが食品を傷める実態が出た。

 そんなことは無い方がいいのだが、たくさんの食品の中には、たまには早く傷んでしまうものがあったりするのである。

 お客様には、お詫びをして新しい同一の現品と取り替えるか、販売代金を返却するのだが、今回の場合、この人気の「ザル豆腐」が今後、宅配便ではこ人手の都合がつかず納品できないとの知らせがあり、最後の納品だったため、止むを得ずの返金となった。

 この「ザル豆腐」とは、埼玉県の富士見市の「島田食品」の製造販売されている「ザル豆腐」であり、ここ4,5年間の私の八百屋の人気食品の一つだったのである。

 ある奥さんは、この「ザル豆腐」を山行きに持参され、山登りの疲れと水分補給を兼ねて、山頂での休憩時に「塩」とともに、生で食されるらしく、山の仲間からも好評だったと言う。

 また、この「ザル豆腐」の食べた後の「ザル」も手ごろな大きさで、子供の玩具になったり、台所での小分けする入れ物になったり、そばやソーメンの盛り付けにも使えて便利だった。

 あるご家庭では、玄関先の園芸用にたくさん「ザル」を用いておられ、喜ばれていた。

 最近、我が孫がお世話になっている幼稚園に、30数個の「ザル」を寄贈し、いろいろと用いられていると聞くと、食べるだけでなく多種多様に活用されていたわけである。

 そんな「ザル豆腐」を惜しみながら、日中の猛暑を感じつつ、お客様のひとりであるお寺さんに伺って、中庭の「水琴窟」の音色を聞いていると、暑さとは別世界の「日本的涼しさ」を感じたのである。

 「水琴窟」とは、日本庭園の庭師が江戸時代に考案したもので、お庭の蹲(つくばい)から漏れ落ちる水滴が地中にある壷に共鳴する「音」を楽しむ仕掛けであり、ほんと涼しげな澄み切った音がして、一瞬暑さを忘れさせてくれるのである。

 日本の伝統のお庭の見た目の涼とともに、音で涼を感じる素晴らしさを再確認した。

 どこかで「打上げ花火」の音も聞こえる「真夏の夜」である。
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死に体内閣

2007年08月02日 | 日本の課題
 ご存知の通り、参議院選挙で自民党は惨敗し公明党も9議席に終わり、与党として内閣を形成する自民、公明両党の参議院で占める議席が圧倒的に民主党を筆頭とする野党勢力に逆転したのである。

 そんな選挙後の大混乱の中で、安倍首相は理由らしきものは無いままに、続投を宣言し、マスコミをはじめ、多くの有権者、国民、野党勢力だけでなく、自民党関係者からも「おかしな実態」に対する批判的な異論が出だしている。

 赤城農林水産大臣の松岡前大臣の自殺後の、たった二ヶ月の大臣期間の言動、行状はまるで漫画でしかなかった。

 ついでに、あの吹き出物を隠して登場した絆創膏のみっともない姿だけが、やけに記憶に残っていて、まるで自民党の参議院選挙での惨敗を自ら予測させる様な出で立ちだったとしか言いようがなかった。

 それにしても、安倍晋三自民党総裁の後手、後手の人事に対する対応振りの酷さには呆れるばかりであるが、選挙の惨敗の責任を赤城大臣に取らせた形で、自分に突きつけられた「不信」の汚名を晴らせるわけはない。

 昨夜の報道ステーションでは、同じ自民党の代議士でありながら、不破元防衛庁長官と渡辺ジュニア代議士の討論が可笑しかった。

 不破氏は安倍首相の責任を厳しく語るのに、渡辺氏は政策は間違っていなかった、人事にミスがあったと言うのである。

 同じ自民党同士の代議士の見解が全く違っていて、番組中ではあるが渡辺氏が語る間中、不破氏は首を横に振りながら、「違う!」と言葉ではなく態度で示し続けていたのである。

 参議院選挙中の選挙運動としての遊説中、安倍首相は必死になって、「首相に安倍がふさわしいのか小沢がふさわしいのか決めていただく選挙だ」といい続けていたのに、国民、有権者が結局、今回のところは「小沢民主党」に一度やらせたらどうだという結論を出したにも関わらず、「私の政策、主張は正しかった。」と言うのはまともではない。

 「成長か逆行か?」「成長を実感に!」というスローガンの虚しさを国民、有権者は嫌と言うほど実感しているのである。

 まさに、安倍首相にNO!を突きつけ、レッドカードを出して、即退場願いたいというサポーターの多くの意思が、今回の選挙結果なのである。

 全くみっともないことである。政権選択を決める選挙は衆議院であり、参議院ではない。などと言うもっともらしい「負け惜しみ」の戯言を自民党役員や幹部が言いつつ、何とかこの苦境を切り抜ける知恵は無いものかと東奔西走し模索しているに過ぎないのである。

 「負けは負け」であることを認めて、あっさりと首相を辞す覚悟で「衆議院解散、総選挙」に打ってでる勇気や政治家としての気迫が全くない「お坊ちゃま首相」の駄々っ子の様なみっともない姿を、これ以上続けてほしくはない。

 テロ特措法の延長などやめて、自民党、公明党が矢継ぎ早に成立を強行した重要法案とやらの見直しも含めて、真剣な参議院での良識の府としての議論を望みたいものである。
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