ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

沙羅、真央、愛子。

2014年02月25日 | イベント
け sochi.ru 2014、ソチ冬季オリンピックが17日間に及ぶ大会を閉幕した。

 開会式では五輪のマークのひとつが開かなかったアクシデントがあったので、閉会式では人の輪で作った五輪のマークの右上のひとつを不完全な状態で作り、その後綺麗に開いてた五輪マークに仕立てるという、皮肉っぽい凝った演出がなされたりしたが、ともかくメダルには手が届かなかったが、絶賛を博したフリー演技で多くの国民や観衆、海外の人々までもを感激させた、女子フィギュアスケートの浅田真央選手をはじめ、日本選手団だけでなく世界のアスリートたちが笑顔で楽しく行進している様は、やはりオリンピックゲームの醍醐味と共に、とても爽やかなスポーツ祭典であったとの印象であった。

 しかし、モスクワオリンピックを米国と共にボイコットした日本にとっての旧ソ連、現在のロシアでの五輪への参加は、新たなロシア内部の政治対立や宗教、バイセクシャルへの考え方の相違などの心情や反政府的テロの危険性と言うきな臭い背景もあって、大変な警戒の下で行なわれたらしく、観客たちもチケットだけでなく、身分証明を確認できるカードの所持も義務付けられるという状況での開催であったらしい。
 
 そんな中、日本選手団の団長・橋本聖子氏は何故かメダルを10個以上、つまり長野オリンピックで日本が獲得したメダル数を上回る数を取ると目標を掲げて出発したが、結局は金1・銀4・銅3の計8個に終ったのたが、海外での冬季五輪では最高のメダル数であると、マスコミは報道し続けていた。

 私も普通にソチ五輪に関心はあったのだが、5時間半の時差と共に海外の放送権やスポンサーの影響などもあって、フィギュアスケートだけでなく、多くの競技のテレビ中継時間が深夜から未明にかけてという時間帯だったせいもあり、ほとんどはリアルタイムで観ることはせず、朝のニュースや午後のカーリングやスキー総合競技などはリアルタイムで観た以外は、ダイジェスト版の五輪特集などで見届けたのである。

 羽生の金メダルや渡部、葛西らの銀メダルは、当然素晴らしい結果であったのだが、多くの競技の印象の中で、やはり強烈に印象に残こったのは、あの天才少女と謳われた17歳の女子ジャンプの「高梨沙羅」選手、23歳のトリプルアクセルの浅田真央選手、そして30歳を超えて5度目のチャレンジだった、スキー・モーグルの上村愛子選手の3人であった。

 そんなオリンピックの印象は、日増しに語り継がれて行くのだが、浅田真央ちゃんのショートプログラムの演技の順位が16位だったことから、翌日のフリー演技で見事に復活し、自己最高得点をしつつも順位的には6位にしかなれなかった悲運の真央ちゃんにもかかわらず、世界中から賞賛のエールが続いていて、何故か中国のツイッターでは、日本は嫌いだが真央ちゃんの演技には感動したなどというコメントがたくさんあったというのである。

 さすが浅田真央と言いたいところだが、何がそうさせたのか、真央ちゃん自身の弁によれば、ジャンプを跳ぶたびにお世話になった方や姉の舞さん、お父さん、佐藤コーチなどのことを念じて跳んだとのことだが、一晩悔しい思いをしていた彼女自身が渾身の力と技術と経験で、重い空気を払拭したという精神力と最後は自分らしく納得の行く演技をしたいという自己暗示とでもいうべき集中力がなせた技であったと言えよう。

 どうしても金、銀、銅メダルをとったアスリート、選手にスポットが当たるのは当然なのだが、他にもカーリングチームの女子チームの5位、男子フィギュアの町田の5位、高橋の6位、女子8位の鈴木、男子スケート500メートルの加藤5位、長島6位なども含め、多くの選手たちの努力と日頃の鍛錬の結果が必ずしもメダルや入賞には結びつかなかったケースの方が圧倒的には多いのだということを改めて考えると、一人ひとりの選手とその家族、またその選手のために努力しサポートされているコーチや裏方のチームブレインなどの気持ちも大切に思うところである。
コメント

大統領の執事の涙

2014年02月23日 | ファミリーイベント
とても素敵な映画だった
ほぼ一ヶ月に一度は妻と映画を映画館に見に行くのだが、2月は仕事中に車のFMラジオで紹介されていた「大統領の執事の涙」を観に行った。

アメリカ大統領であった、アイゼンハワーからレーガンまでの7代に仕えた黒人執事、セシル・ゲインズの生い立ちから執事を引退するまでの各大統領とのエピソードと家族愛を淡々としかも心の描写も含めて丹念に映画化した秀作で、アカデミー賞にもノミネートされること間違いなしのアメリカ映画で、現在の黒人大統領である、バラク・オバマ氏も「目に涙あふれた」と感想を述べたと伝えられている作品であった。

 誰もが知っているアメリカ大統領で、アイゼンハワーをあのロビン・ウイリアムスが演じたのをはじめ、J、F、ケネディ、ジョンソン、ニクソン。、フォード、レーガンと続いた34代から40代までの大統領に執事として仕えた黒人がいたことをはじめて知ったのだが、この執事の生涯はとても波乱に満ちた稀有な人生だったことは間違いない。

 映画としては2時間半に近い長編なのだが、セシルの妻の孤独感、長男は反政府運動に没頭し、逮捕拘留もされることもあり、セシル自身の仕事を理解しつつも、黒人差別、不平等な世の中への抵抗を続ける心情も理解できたし、次男坊は長男とは正反対でベトナム戦争に志願し、国のために戦うという道を選ぶという家族それぞれの選択に対して葛藤するセシル。

 この主人公セシル・ゲインズを演じたフォレスト・ウィデッカーという黒人俳優は、1986年の例のベトナム戦争を題材とした「プラトーン」にも出演していた名優なのだが、人道主義活動にも力をそそぎ、ドキュメンタリー映画を製作し世界に発信もする活動が認められて、ユネスコ平和調停親善大使にも任命されているらしい。

 セシルの妻役は、オブラ・ウィンフリーという名の黒人女優さんなのだが、アメリカを代表する様なテレビ番組の司会者でもあり、プロデューサーでもあるらしく、「オブラ・ウィンフリー・ショー」と題する人気番組は25年間続け、日本での「徹子の部屋」を続ける黒柳徹子さんの様な人気のある女優さんでもあり、世界で最も魅力のある女性とも称され、数々の受賞と評価を受けている方でもある。

 この映画の楽しさは、キャスティングにもあり、前述のアイゼンハワー大統領役のロビン・ウィリアムスだけでなく、歴代の大統領役の俳優の演技やメイクが似ている程度がまちまちだが、とても実像を写真やテレビで知る視聴者にとっては、とても面白く楽しく見ることができ、あのかつての名優であるジェーン・フォンダが何とレーガン大統領のナンシー夫人役だったり、主人公セシルの幼少期の母役が、歌手であるマライヤ・キャリーだった。

 セシルは、黒人差別がはなはだしい時代のアメリカの南部の綿花畑に働く両親の下に生まれたのだが、いろんな屈辱的事件を見聞きした中で、ハウス・二ガーと呼ばれた、家つきの下男として雇われたのだが、一人で行きたいと逃げ出して、様々の苦労と努力の末、ホテルのボーイとして雇われる幸運に恵まれ、その働き振りを見た男の口ぞえで何と、ホワイトハウスの執事に抜擢されたのである。

 しかし、7代もの大統領に仕える仕事は、家庭を顧みず妻と子供たちとのかかわりもギクシャクすることもあり、妻の浮気?、長男は父の仕事を理解しつつも反政府運動に身を投じて逮捕、拘留されたり、次男は正反対にお国のためとベトナム戦争に志願したりと、父として夫としても苦悩の日々も送ったのである。

 七代の大統領に纏わるエピソードも面白いのだが、キューバ危機、ケネディ大統領暗殺、ベトナム戦争などの米国の歴史上の大きな出来事にも翻弄される場面もあり、一人の黒人執事としての仕事の内外で、人生を自問自答しつつ、多くの大統領に感謝されて退職するまで、愛する妻も見送るというストーリーであり、なかなか見ごたえのある2時間半に及ぶ映画であった。
コメント

「ネトウヨ」って、何?

2014年02月17日 | 感じたこと
二 先日の東京都知事選挙は、史上三番目の低投票率という結果で、自民党と公明党が推薦した舛添要一候補が210数万票を獲得して当選し、猪瀬知事の後釜として都庁の主となってしまった。

 主要?4候補の中で、小泉元首相の協力の下、舛添氏に迫るだろうと予測されていた細川護煕氏は、残念ながら共産、社民党などが推す宇都宮氏にも及ばず3位の敗北となり、反原発の政策スローガンだけでは、76歳とい年齢もあって、なかなか有権者の支持を得るには難しく、宇都宮氏とあわせても舛添候補には及ばないという惜敗を喫する結果となった。

 そんな選挙結果の中で、マスコミ各紙やテレビニュースで、「ネトウヨ」と称する評論や分析がされているものがあり、四位につけた田母神俊雄氏が意外?にも61万余票を獲得した背景が、この「ネトウヨ」的状況、つまり若者を中心としたインターネット上での右翼と的発言や書き込みの増大傾向にあるのではないかというコメントや分析が多かったのである。

 確かに、田母神氏の主張の中心が、右翼的かつ保守、国粋的意見が強く、その主張や人格、政策に対して支持した人たちの中にはネット上での情報や意見などに呼応した様な人たち、特に若者がいたことは否めない様で、投票数の約12パーセントを獲得した田母神候補だが、二十代では約24%の支持を受けていたとのことで、当選した舛添氏に次ぐ得票率を得ていたとの分析であり、その背景に「ネトウヨ」現象があるというのである。

 一方、主要4候補と言われたマスコミの扱いに含まれなかった家入候補は、表だった選挙活動はほとんど報じられなかったけれど、やはり若者を中心とした支持を意外と集め、二十代では何と細川候補を上回る得票を獲得したことから見ても、「ネトウヨ」だけでなく、「ねとさよ」とでも言うべき若者たちの反原発などを含むネット上の政策などが支持されての投票となったと推測された。

 いずれにせよ、東京都知事選挙の得票結果のみならず、現代社会におけるインターネット情報の影響や情報伝達手段としてのツールが大きな社会における知識や告知、またはコマーシャルに役立つ時代となっている状況の中で、情報量や宣伝媒体としての影響力が左右しかねないネット関連のアクセス等の多様性は、一部には大変なリスクや問題を秘めつつも、避けては通れない大きな課題となっていると言えよう。

 都知事選挙の結果の背景として取り上げられていた「ネトウヨ」だが、政治家の右翼的発言だけでなく、NHKの籾井新会長の戦時下の慰安婦発言や、政府が右と言うものを左とは言えないという様な発言、またNHKの運営に関与する委員の問題行動や発言など、多くの右翼的発言や行動、またはその兆候がたくさん出てきていて、欧州のフランスの大統領選挙での国民戦線の18%弱の得票結果や米国でも茶会党と称されるティーパーティーなどが政界を揺るがしている現状を鑑みれば、日本の安倍政権の政策的方向性とあいまって、益々「ネトウヨ」が台頭してくることが予測され、韓国や中国だけでなく、アメリカやアジア諸国、そして欧州諸国も、安倍内閣とその支持層の中に存在する、右翼的、国粋的、保守的動きに対しての警戒心と批判を強める傾向が出てきていると思うのである。

 靖田国参拝や戦時中の慰安婦問題、そして南京大虐殺はなかった等の発言や行動は、議論されるのは自由だが、一方的に批判されたり攻撃されたり、糾弾する等の過激な言論抑圧や統制にならない様なインターネット上の意見交換であってほしいものである。
コメント

東京、大阪の選挙。

2014年02月05日 | イベント
 東京都知事選挙の投票日まで、あと3日となったが、たくさんの立候補者のなかで主な候補者としてマスコミが報じているのは四人である。

 日本の人口の約一割強が住まう、大都市東京の知事を選ぶべき選挙の報道の一方で、西の大都市大阪市長がまたもや突然の如く市長を辞職し、再選挙に立候補すると表明し、来月にも市長選が行なわれる見通しとなった。

 いずれも大都市の行政のトップである首長を決める大事な選挙であることには間違いないのだが、何かすきま風の様な変な思いがしてならないのである。

 東京都知事選については、告示前の先月にこのブログでも記述したが、匿名氏からのコメントでは田母神氏をとんでもない輩と記したことについての抗議か異論が寄せられていて、その方の意見としては自衛隊20万人の信頼と統括をしてきた方なので国民の安全と生活を守るには一番ふさわしい方だとのご意見であり、私とは全く人の評価が違うのだが、人それぞれの見方、考え方があっていいと思うのだが、けしからんと他人の思想や考え方を批判するのは勝手だが、私は今回の都知事選では高齢だが細川護煕候補を心情的には支持する気持ちである。

 誰もが自分が一番ふさわしいと思い立候補されているのだろうけれど、有権者、選挙民にとっては、その候補者の人となりや考え方、またその背景におられる支持政党や組織、個人などいろんなしがらみや利権などは見えにくいし、ましてや短期間の選挙期間中に多くの有権者が直接、間接的にでも候補者の本当の心情や思いに触れたり、気づいたりすることはとても難しいと思われる。

 前述のコメント氏に言わせれば、細川氏は首相辞任に及んだ際に佐川からの1億円の政治献金が不明だとされるし、舛添氏は女性に対する暴力などの過去があり問題だとの指摘があった。

 いずれにせよ、私たちが知ることの出来る、その候補者個人の個別の情報や過去の人生、また問題点は限られてはいるが、それぞれの自分の人生での価値観、人物評価をそれなりにしていて、一番適格な候補者に投票できれば幸いなのだが、なかなか難しいものである。

 前述した如く、今回の都知事選では多くの立候補者の中で、宇都宮、細川、田母神、舛添の四氏だけがクローズアップされていて、しかもその一部が興味本位とでもいうべき取り上げ方をされる場合もあって、平等な時間や角度からの報道とは言いがたいケースも多い。

 また新聞、テレビを中心とした報道による、前評判とでも言うべき戦況の記事では、都知事選に関しては自民、公明が推す舛添氏が一歩リードし、細川、宇都宮氏があとを追い、田母神氏が続くという様な記事が多く、本来あるべき政策論争においての切り込みや討論に関する記事がなかなか難しいらしく読者にとっての候補者選びには、先入観や諦め感も生じ、なかなか決め手に欠く選挙戦となっているのではないかと思うのである。

 その一つのテーマが原発、エネルギー課題であり、私は原発なしの日本が現在進行中であることも鑑みて、今後の将来の日本は原発を廃止し、今までの放射性廃棄物の処分と廃炉にも多大な税金の投入と安全性の技術が必要なことは必然だが、根気よく将来の子供たちや日本、世界のためにも決断する時だと確信しているので、反原発を訴えている細川護煕氏に共感を感じ、小泉元首相だけでなく、吉永小百合さんや小林武司さんをはじめとする著名人や文化人などの賛同、応援の声を力強く感じている。

 しかし、田母神氏を推す石原元東京都知事や舛添氏を推す自民、公明の国会議員たち、宇都宮氏を推す社民党、共産党、緑の党の人たち、それぞれの主張も一部理解は出来るが、首長選挙は誰が一番たくさんの票を獲得するかで決まるわけで、二番、三番では意味がないのだから、断じて細川護煕氏に一番になってほしいと願うのみである。

 一方の大阪市長選挙については、元大阪市民の一人として、橋下市長、日本維新の会共同代表の政治的手法と言うべき、民意を問うという無茶振りには大義は感じられず、いい加減に選挙を自分の主義主張を通すためのイベントに利用するのはやめてほしいと言わざるを得ない心境である。
コメント