ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

医療と自然死。

2012年07月31日 | 感じたこと
 今日で7月が終わり、明日から8月です。皆さん、お元気でしょうか。今年も猛暑が続く大変暑い夏となっていて、全国各地で熱中症をはじめ水の事故も含めたくさんの方が急にお亡くなりになっているという報道がなされていて、高齢化社会を迎えたわが国ニッポンは、ロンドンオリンピックの結果でうかれている場合ではないのではないでしょうか。

 ともかく年々日本国内での医療費が増加していて、昨年は32兆円を超える膨大な医療費が支出されている現状は、益々増加の一途を辿っていて、特にその半分以上を70歳以上の高齢者医療に関わる費用として使われているというのが実態だそうで、このまま推移すれば、日本は年金と共に高齢者医療費の莫大な増加で、政府も健康保険財政も年金財政も破綻しかねない危機が迫っていると言っても過言ではないと思われます。

 そういう状況の中、ご存知の方も多いと思いますが、「大往生したければ、医療とかかわるな」というタイトルの著書を書かれた中村仁一という医師がおられて、今マスコミを中心に注目を集めているというニュースを知りました。

 私の周りにも多くの高齢者がおられますが、ゆっくりとお話をさせていただくと、多くのお年を召した方々が各々口にされる言葉の中に多いのが、自然死を望むということやお墓は要らないから散骨してほしいと言う様なことで、自らの人生の終焉時期をどの様に生きたいか、またどの様に逝きたいかをしっかりと考えてお話される方が多く見られるのです。

 すなわち、決してお金がかかるからとか家族や関係者に迷惑を掛けたくないからと言った理由だけでなく、自らの人生の終焉期を自らが望む理想に近い形で終えたいという願いがとても強くなっているという様な感じで、お身内はもとより私たちの様な出会いが合って、お付き合いしている者にもお話下さるケースが増えているのです。

 最近は、「終い支度」とか、「如何に死ぬか」と言ったことをテーマにした著作やエッセイも多く出版されていますが、この様な本も確かに著名な人々や専門家の方々が自ら長寿であって、中には100歳を超えるという著名人の著作もあって、高齢期を迎えて今も健やかにお過ごしの方々にとってのバイブルや指南書みたいにもなっている場合もある様です。

 その中にあって、前記しました中村仁一医師の「大往生したければ、医療にかかわるな」は、すなわち高齢期に入っての病気や健康の衰退に対して、現代の医療は高額な医療費を費やして、人間本来の自然な形での老化や発症に対して、これでもかという現代的治療や延命を施すことによって、とんでもなく非人間的な「生」を保ったりしている場合が多く、少なくとも心臓は止まっていなくても「生きている」と言える実感の伴わない状況を多々作っているというのです。

 私の母も95歳になって、幸い現在も日々を有料老人ホームで健やかに過ごさせていただいているのですが、昨年秋から少し衰弱し一時は食事が喉を通らない時があって、医師からも「胃ろう」というお腹に穴を開けて栄養素を直接胃に入れるという手術も選択肢ですと言われましたが、さんざん兄弟とも相談して胃ろうはしないと決めて、幸い現在は口径でゼリー食や柔らかな食品は食べられる状態となり、お陰でそれなりに元気な日々を送れていることを感謝しています。

 とにかく、無駄とは言い切れませんが、自然な人間の老化や健康を損なっていく姿は嬉しいことではありませんが、自分の今後の老化や高齢化をも考えた時に、やはりむやみに医療に頼った治療や延命措置を含む対応はして貰わずに、できるだけ自然に生きながらえて、やがて自然に近い形で「死ぬ」ことを望むという思いが強いので、母をはじめ家族や友人たちにも、そのことを前もって告げつつ、少しでも日々を有意義に楽しく過ごせる人生をインジョイしたいと思っています。
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オリンピックが始まった!

2012年07月29日 | イベント
 ロンドンオリンピックが開幕し、日本時間で早朝からの開会式の各国なんと204カ国と地域などの入場行進も含めて、アルファベット順での登場ということもあって、Jという終盤に近い順でのニッポン選手団の入場を待つ様にテレビ中継を見てしまった。

 自分が日本人であることから、ニッポン選手団を応援するのは当然のことなのかもしれないが、何故に「頑張れニッポン!」となってしまうのか、昨年の東北地方を中心に起きた東日本大震災と大津波の大災害をきっかけにも「がんばれニッポン!」とのスローガンやステッカー、広告などが目立っていて、そうだ東北地方の被災地と被災者のことを思うと、私たちも支援と共にエールを送りたいと思うのである。

 しかしである。何故かと再び自問自答してみると、どうもテレビや新聞、そして多くのマスメディアを中心とする宣伝と言うべきか、そういったスローガンやキャンペーン広告などを多く見聞きすることによって、ひょっとしたらそういう気にさせられているだけかも知れないとも思ったのである。

 全く次元が違うと感じられる人もおられるかも知れないが、実は私と家族全員はプロ野球の阪神タイガースのファンであり、ここ数年は必ずと言っていいほど甲子園球場や大阪ドームの阪神主催ゲームの観戦チケットを前もって予約して、楽しみに出かけているのだが、ここ数年に始まったことではなく、私が小学2年生の頃に端を発していることを思い出しては苦笑するというべきか、ちょっとしたきっかけからの阪神ファンになったことを自分ながらに思い出すことがあるのである。

 昭和30年代というと今から約半世紀以上前の1950年代半ばだったのだが、当時はテレビでの野球中継どころか、まだ自宅にはテレビそのものもなく、辛うじて新聞に掲載されているスポーツ欄でプロ野球の情報を少しだけ知ることができる程度の時代だったので、私自身もなんとなく当時からプロ野球界をリードしていた巨人軍をなんとなく知っている程度であり、小学生になった頃から草野球を始めた自分にとっても好きなチームは巨人だったのかも知れないのであった。

 同じく野球が好きな少年たちと見よう見まねで始めたへぼ少年野球チーム名は「長池ベアーズ」と称していたのだったが、ある日に雨が降って野球が出来ない午後に、友人宅に集まった10数人のチームメイトで好きなチーム毎に集まるということになった時、なんと大阪生まれの大阪育ちの自分の地元球団としての南海ホークスと阪神タイガース、そして阪急や近鉄という球団もあって、中でもタイガースが一番人気であり、記憶では半数くらいの6人が阪神が一番好きなチームという事実が始めて分かったのであった。

 何が言いたいのかと言うと、それ以来自分自身もやはり大阪の人間なのだから地元の阪神タイガースを応援したいと思う様になって、父親が最初に連れて行ってくれたプロ野球の試合は難波にあった大阪球場での南海と東映のダブルヘッダーだったのだが、しばらくして甲子園に阪神を応援に行きたいと思いだしていたのであった。

 つまり、自分の育った環境、家庭的な影響、情報の有無、そしてたまたま見聞きしたチャンスなどの違いなど千差万別だとは思うのだが、自らの郷土愛や愛国心、または母校といった自分との地縁や関係性からの条件が強ければ強いほど、そのチームや国や地域、学校などを自然に応援したいという気持ちが強まって行くのだろうけれど、ともかく現在の様にネットやスマホなども含む情報社会に生きる人たちも含めて、そのような気持ちをインプットされる機会が多くなっていて、いつのまにか地元のチームや選手の贔屓やファンになってしまっていることが多いのではないだろうか。

 「がんばれニッポン!」と、いつのまにかテレビの前で、ロンドンから送られてくる中継や録画を見ながら、オリンピックにはまっていく自分自身を感じつつ、昨今の阪神タイガースの不甲斐ない戦いぶりを尻目に、日本選手の勝利を祈るような気持ちで応援している我が心にびっくりしているのである。

 今晩は久々にタイガースも勝利したが、当分ここ二週間ほどはオリンピック放送に魅せられつつ、即席のニッポン選手へのエールを送る日本人のファンのひとりとなるだろうと思っているのだが、やはりマスメディアの度重なる放送や宣伝に踊らされているのではないかという自問自答も残るのである。
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辺野古にウミガメ。

2012年07月25日 | 感じたこと
 今朝の朝刊に、米軍普天間飛行場の県内移設を予定している名護市辺野古の海岸に、絶滅の恐れがあるウミガメが頻繁に上陸していることを、沖縄防衛局が確認していたと24日にわかったとの報道があった。

 ああ、やっぱりと私はほとんどいい加減な環境アセスという名の環境影響評価書が以前に出されていて、しかもその内容では「移設で消滅する海浜はウミガメの上陸に適していない」として、その影響は限定的と結論付けていたというアセスメントの信憑性すら疑いたくなる実態が明らかになって、移設問題への影響が出るとの見方が出ているという。

 そもそも、日本にある米軍基地の約7割近くが沖縄県にあること自体が異常な上、16年も前に米国との約束となった、非常に危険な都市部の住宅地にある宜野湾市の普天間基地の全面的な変換が申し合わされたのにも関わらず、その代替用地として名護市の辺野古海岸を最有力地として決定し、その後の政権交代で鳩山首相が「最低でも県外に!」と発言したにも関わらず、最終的には辺野古でお願いするというとんでもない結論で、沖縄県民の総スカンを食らった因縁の場所である。

 私は以前に地方議員をしていた頃に無所属市民派の議員たちの勉強会をかねて、沖縄普天間基地問題をテーマに宜野湾市に行った際、その当時の伊波市長ともお会いし、辺野古の海岸へも実際に行って、会場からも基地として予定される埋め立てされるという海をも視察した。

 このコバルトブルーに色づいた綺麗な海には「ジュゴン」というやはり絶滅危惧種と言われている大きな哺乳類も生息していて、広大な海にも関わらず、米軍基地の為にフェンスが張られ、そのフェンスに近づいただけで監視の米兵がとんで来るといった物々しい実態の中、反対派のテントが張られて地元の猟師や市民が活動していたことを明確に覚えている。

 この普天間基地の返還、代替飛行場の予定地としての辺野古案は二転三転した挙句、現在は膠着状態ながら、既定の事実の如くなっているのだが、米国の議会でも辺野古案は不要との意見も出ていて、実際に絶対に必要かどうかも定かでないプランとなっているのが現状でもある。

 そんなこう着状態の中で、出てきた今回の報道は、如何に環境影響評価と言う名のアセスメントがいい加減なもので、先に結論ありきの文面を中心としたもので、少々の課題や問題が出たとしても、影響は少ないと記したり、全く影響はないと結論付けたりするのは全く目的のためなら当たり前という代物であることが明らかなのである。

 かつても現代的には、すぐ環境アセスメントが必要だとの指摘を受けて、形ばかりのアセスはされるのだけれど、結局アセスメントの結果次第で結論が翻るという様な例はきわめて稀であり、一応形式上でのアセスをしたという実績を強調し、真の事実を評価しようとするものではないのが大半なのである。

 今回のウミガメの上陸については、2011年の5月から8月の調査で、アカウミガメやアオウミガメが上陸した跡を57件確認したというものだそうだが、なぜか産卵孵化の有無は調べていないという実態であり、本気で自然環境や生態系、野生動植物の絶滅危惧種の保護と育成などを考えてはいない防衛局の調査であることが明確であり、日本自然保護協会によれば、二年間の調査では不十分だし、今回の結果で評価書の結論は翻ると指摘しているという。
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イチローの移籍!

2012年07月24日 | プロスポーツ
 今朝飛び込んできたビッグニュースであるが、マリナーズのイチローがヤンキースへ電撃的な移籍を果たし、しかも記者会見した直後と言ってもいい、約2,3時間後の今までのシアトルマリナーズの本拠地「セーフィコ・フィールド」でヤンキースのユニフォームで背番号31をつけて登場し、ヤンキースのイチローとしての初打席で見事なセンター前ヒットを飛ばして、おまけに盗塁をもやすやすと成功させたのである。

 ともかくカッコいいに尽きる感じで、日本のファンにとってもシアトルやニューヨークをはじめとする大リーグファンにとっても、さすがと唸らせる様な電撃的移籍で、より一層日本の誇り、日本選手のメジャーリーグでの地位と実績を不動のものにしたと言われるイチローが、11年半在籍したシアトル・マリナーズは10年連続200本安打したイチローの活躍があっても、ワールドシリーズへの出場に届かなかったチームであり、イチロー自身が記者会見で、一番負けるチームから一番勝てるチームへと移るんだという決意を語っていた。

 一番ライト背番号51という今までのイチローの姿から変身し、今日は古巣であるマリナーズノ本拠地でのヤンキースデビューであったが、近い内にヤンキースの地元ニューヨークで、誰もが憧れるメジャーリーグの最高峰と言っても過言ではない、あの白にブルーのストライプのユニフォームに身を包んで、打って走って守る三拍子揃ったベテラン日本選手、イチローの姿を見ることができることは、本人にとっても願望だったと思うが、多くの野球ファンにとって新たな夢への挑戦として好感を持って迎えられることだろう。

 あのいつもはクールなイチローが、記者会見では長年メジャーリーガーとしては腕を通していたマリナーズのユニフォームを脱いで、アメリカ西海岸の北部の田舎町シアトルから、なんと東部の大都市ニューヨークへと本拠を移すという移籍トレードについて、少し感慨深く涙は見えなかったが寂しげな表情を見せつつも、新たなステップへの挑戦としてのヤンキーズ移籍にとんでもない新たなテンションが必要だとの認識も含め、言葉を選んで興奮を抑えていた姿もかっこよく、全てが理想的であった。

 長年親しんだ地元シアトルのセーフィコ・フィールドにヤンキースの一員として初登場したイチローが、スタンディングオベーションで歓迎する大多数のファンに対して、帽子を取って深々と礼をする様は、さすが日本人メジャーリーガーとしての自信と共にケジメとしてのファンへの精一杯の挨拶だったと察し、感激すらしたのであった。

 野球ファンの一人としては、イチローも38歳のベテランら選手になっているので、記録よりも記憶に残るシーンを経験させてあげたいとの思いから、やはりヤンキースの一員として是非ワールドシリーズに出場し、イチローらしいヒットか内野安打、いやホームランでも盗塁でもレイザービームと称されるライトからの三塁もしくは本塁への返球でのタッチアウトなどのプレイで活躍し、出来ればワールドシリーズでのMVPを夢見ているのである。
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怒る人、切れる人。

2012年07月23日 | ちょっと可笑しいよ
 以前にも私のブログで書いたことがあったかも知れないのだが、ともかく世の中が忙しいのか、人間に余裕がなくなったのか、ちょっとしたことで怒ったり、切れたりする人間が増えていることだけは間違いない様である。

 先に掲げた写真はパロディーとして、当時のブッシュ大統領がフセインを討ち取ろうとしてる様と、あのマイケルジャクソンが子どもを可愛がっていると思いきや、虐待と言うか大きな傷を負わしたり死に至らしめる様な行為をしているのではないかということで、誰かが作為的に作ったものなのだが、偶然にも表題にあっているので無断で拝借したのである。

 最近だけではないのだが、私の周りでも近くのご家庭から大きな声で子どもを叱る声が聞こえてきたり、幼い子供が異常な泣き声で泣いていたりすると、ひょっとしたら虐待かと疑ってしまうことがあるのだが、翌日にはけろっとして何事もなかった如く親子の姿をたりするので、安心したり疑心暗鬼になったりもする場合がある。

 また仕事でまったく初めてお訪ねする訪問先で、突然に携帯電話に連絡が入って、ともかく先方さんが電話口でとんでもなく怒っておられるのだけは分かるのだが、なぜにそんなにも怒ったりされているのかが、冷静に考えても見当がつかないこともあって、相手の興奮や罵声を浴びながら、冷静にお話くださいと言っても、返って火に油を注ぐような事態になったことがあった。

 その原因は一方的ではないのだが、先方さんの不理解や十分な対応に対する思いにずれが生じているらしく、その場は電話ということもあるので、当方に落ち度や謝らねばならないことがなくても、「スミマセン」と謝った上で、直接再度伺って誤解が生じているとすれば、その誤解を解く努力をしなければならないと思い、再度の訪問を約束して電話は切った。

 しかし、その先方さんは直接の私への電話では気が治まらなかったらしく、会社へと電話し苦情かクレームをさんざん一方的に言った上で、とにかく解約すなわち無かったことにしてくれと通告されたそうである。

 その内容の詳しいことはともかくとして、昨今本当に常識では考えられないことで、急に怒り出したり、自分の勝手な一方的な主張ややりかたを是として、それ以外の手法やアプローチに対して、絶対的に許せないと感じられるのだろうかも知れないが、「出来ればこうしていただきたい」というような提案や主張ではなく、「絶対こうでなければ」と頑固突っぱねる様な口調と共に、相手をすぐに罵倒したり罵詈造言とでも言うべき言葉で、あたり散らす様な御仁が増えた様に思うのである。

 こうした現象が増加したと思うのは私だけだろうか。

 昨今の巷のニュースを見聞きしていても、何でそんなことで他人を傷つけたり中には殺してしまったりすることに至るのかが、全く理解出来ない様な事件が多発していて、決して理由が明確ならば他人を罵倒したり傷つけたり殺してもいいというわけではないのだが、あまりにも因果関係もなければ、出会い頭での葛藤とでも言うべき衝動で怒ったり切れたりする人が増えているのは間違いないのである。

 その原因の背景には、現代社会の煩雑化した情報とは裏腹に、自分と他人との関係において十分な愛情や友情、または信頼や信用を感じて、他人に任せるべきことや他人に依頼することも、また他人からの頼まれごとや依頼仕事なども十分なコミュニケーションを取って実現するという、当たり前の仕事や対応の関係を築くことが下手な人が増えているとも言えるのである。

 全てを断言することは出来ないのだが、混迷する価値観の多様性の中で、自分自身を失ったり自信を無くしたりしている人にとっては、少しでも優位に立ったり上から目線で指示したり文句を言ったりできる相手にのみ、とんでもないクレームやささやかな問題提起をも、大袈裟に突っかかって怒ったり切れたりするといったことで、そのストレスや自分自身の存在感を示そうとされているのではないかと推察しているのである。

 決して「切れ易い」とか「怒りっぽい」のは、子どもたちだけでなく、大の大人の社会にも蔓延しているイライラ感があって、その渦中の人々においては、ちょっとしたことで「切れたり」「怒鳴ったり」「叫んだり」「罵倒したり」する人間が増えているという悲しい現実を見る機会がちょくちょくあるのである。
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お金で買えないもの?

2012年07月22日 | 感じたこと
 5人のお孫さんに恵まれて日々楽しく有意義に暮らしているという理想的なおばぁちゃんが、ある時に孫の小学一年生と話をされていたら、そのお孫さんのお嬢さんが「やっぱりお金が一番や!」と言って、「何でも好きなもん買えるから、やっぱりお金持ちにならなアカンな」と言ったというのである。

 即座には返答されなかったらしいが、しばらくして「でも、お金で買えないものもあるよ」とおばぁちゃんが話されたら、その女の子は不思議そうな顔をして、しばらくは分からなかったというのであった。

 さて、子ども時代と言っても幾つくらいになったら、「お金では買えないものがある」ということが理解できたり、具体的にそういった思いが浮かんだりするものだろうか?

 大人の会話ではあまり「お金で買えないもの」の話を改めてしたり、議論したりはすることは滅多にはないのだが、子どもたちとの会話や何気ない時に、そういったことを考えて見るのも悪くはないと思ったので、今更ではあるが記してることとしよう。

 冒頭のあいだみつおさんの詩では、幸せは自分の心の中で決めるものと記されているのだが、「幸せ」もたぶんお金で買えると言う人もいると思うのだが、じっくり考えなくても「お金だけではない」と自問自答せざるを得ないのである。

 よく野山や雑草の生えた道端や草地を歩いていて、子どもたちも「四葉のクローバー」を探していたり、見つけたりすると大喜びとなって、大事に持って帰って押し葉の如くしたり、ビニール袋に入れたりして宝物の様にしたくなるのだが、果たして「四葉のクローバー」を売っているところもあるらしいが、普通は買ったりするものではなく、発見した幸運を喜んだりささやかな宝物として持ち帰ったりするのである。

 私の経験から思い出すと、小学生を中心とした子どもたちとの遊びの活動をしていた時に、同じような質問をキャンプの夜にした記憶があり、さまざまな子供たちの価値観というのか、大切にしたいものとして、お金で買えないものの例として、おかぁさん、お父さん、おじいちゃん、おばぁちゃんなどの家族をあげた子供がいたり、友達、大事なペットの犬や猫だと言った子供が何人もいた。

 大人たちは、愛情や友情、そして教育や才能、出会い、チャンスなど自分の人生経験の過去で、素晴らしい出会いや経験を踏まえて、入り口ではお金を使った場合もあると思われるのだが、やはり「お金では買えないもの」の大切さを知っている人が多くおられるのではないだろうか。

 子どもたちには、どの様に説明しようかと言葉が見つからない場合もあると思われるが、正直、誠意、純潔、勇気、思いやりなど、人間の正確や徳と称される性分や個性なども、なかなか「こういう人になりたい」と思っていても、お金で買えるものではなく、長年の経験や大きな出会いや強いショックなど、大きく自分を変えるチャンスに、どの様に会得したり心を磨くかで、少しだけでもそうした心根を変えることができるだろう。

 つまり、お金では買えなくても、経験や自分自身の心の持ち方で「変える」ことは出来るのだが、「買う」という魅力アル行動というべきか、「お金を使う」という衝動や経験で得られるものの方が「見えるもの」の場合が多いので、やはり分かり易いのであろうと推察できるのである。

 幸せを感じるためには、お金が全てではありませんが、この世で生きる生活者としては少しはお金も必要ですが、お金で幸せは買うものではありません。

 是非、子どもたちにも「お金で買えないもの」としての家族、愛情、友情、幸せを大切にしてほしいものですね。
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確信犯!信号無視。

2012年07月21日 | とんでもない!
 私は現在、仕事とプライベートで毎日車に乗る機会があって、月に1500キロほどは走っているのだが、最近特に感じるのが信号無視と言う車がとんでもなく多いという実態である。

 やはり若い頃と違って、とにかく安全第一ということでスピードはそれなりに出している場合もあるのだが、信号だけは出来るだけ黄色信号で止まるようにと心がけてはいるのだが、車の流れによっては急停車する方が危険を伴う場合もあると思われるので、やむを得ず黄色信号でも交差点などを通過する時があるのだが、自分の車が辛うじて赤信号以前に交差点を通過したにも関わらず、後続車は間違いなく赤信号でも交差点を突っ走って来るのをよく目撃するのである。

 バックミラーで後続車を確認していると、自分が赤信号になる前に通過した最後の車かと思っているのにも関わらず、後続の自動車が更に一台だけではなく、二台、三台と後ろの交差点を通過していて、間違いなく赤信号である信号を無視してる暴走と思える車がとてたも多のである。

 また逆に赤信号で次の青信号を待って停止線の最前列で発車を待っている時に、青信号になったのを確認してスタートしようとアクセルに足をやっているのに、交差点の右左からの侵入車が後を絶たずに、しばらく様子を確認してからでないと安心して自分が交差店内に進入できない場合も結構あるのである。

 つまり、ともかく信号無視が多くて、よく事故が起きないものだと思っているのだが、最近特にそうした現象とでも言うべき実態を多く体験していて、時には赤信号でも進入する車に対して、警告の意味も込めてクラクションを鳴らしてしまうこともあるほどなのである。

 そういう私自身も数年前、大阪の中央環状線を南下しているケースで、自分の車の前を大型のトラックが走っていて、言い訳ではなく前方の信号がよく見えないままに、たぶん黄色信号から赤信号に変った間際に交差点に進入し、前のトラックに追従する形で信号無視した形になって、左方向の交差点で待機していた白バイに停止を求められて、信号無視違反で反則金の切符を切られて減点された苦い経験があつたことがある。

 その場合は、いくら警官に状況を説明しても、断固警官は赤信号を無視しての進入だと言い張っていて、個人がいくら黄色信号での進入だったと申告しても許してはもらえなかった苦い経験となったのであった

 すなわち客観的に見ていたら確かに際どいかも知れないが、赤信号になっているのに車体はぶん交差点内にあったのだろうから、正確に言えばやはり信号無視であり、交通違反切符を切られてもシカダガなかったのだろうと思われるのだが、違反に問われるか否かではなくて、やはり重大な事故につながりかねないという点で、やはり危険だったのだろうと反省したのでした。
 
 それ以来、そうした信号無視による交通違反は全く皆無ではあるのだが、シートベルト未着違反と携帯電話の運転中の使用違反などはあるので、信号無視だけが危険なのではないと思うが、最も危険なルール違反のひとつが信号無視であり、しかもその確信犯が急増している様に最近感じているのである。

 皆さんはどうでしょうか?車の運転中に感じられている危険の中に、いろんなルール違反要素が渦巻いていると思われますが、歩行者についても自転車に乗っている人のルール違反やバイクのスピード超過など、日常的に交通事故を誘発しそうな危険行為がとにかく増えている様に感じてなりませんが、何か無くするための妙案はないものでしょうか。

 自分だけむが安全運転をしているというつもりはありませんし、誰もが車を運転していたら危険を感じることがあると思われますが、自動車運転をされる方々の当然の法律厳守とルール違反の危険行為を少しでもなくして、事故を未然に防ぐ努力と言うか安全策を心がける必要がさらにあると思うのです。

 飲酒運転や無免許運転、または疲労すなどによる居眠り運転などと全く別のドラッグや適法ドラッグ?など、ともかく危険運転や暴走運転に繋がる様な薬物の使用や異常な精神状態でのハンドル操作が招く交通事故が多発していて問題視されている様ですが、日常的な普通の交差点などでの信号無視、すなわち赤信号を確信犯的に追従通過する自動車を何とか停止させなければ、更に悲惨な交通事故が増加し、悲しい死亡事故や傷つく被害者が出そうなので、改めて警告したいと思ったのです。
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水度神社参道。

2012年07月19日 | 季節の話題
 京都府の南部、山城地域の城陽市は、先ほど梅の産地としても梅林が春先に咲き誇る町としても有名なのだが、私はここ数年自家用車で週末に走っている、有機農産物や無添加食品の移動販売八百屋として、毎週通る道のひとつで大変気に入っている道があり、その名は地元の人にとっては馴染み深くても近隣の市町にお住まいの方々にとっては、ご存知ない方もおられると思う「水度神社に通じる水度坂という参道なのである。

 特にこれからの季節は、うだる様な猛暑の夏となるために、私自身も車を走らせつつも、その昼下がりなどは汗だくだくになって、困ってしまうほどの日が多くなるのだが、この「水度坂」に来ると、とても清涼感を感じるほど気分が良くなってしまうほど、周辺の外気温と比べてたぶん2.3度は確実に低いのじゃないかと感じるほど、松が参道の両側に植えられていて、その木陰が車道も歩道も覆い隠しているといった感じの道であり、とても安堵感と共に安らぎすら感じる道なのである。

 位置は城陽市を南北に通っているJR奈良線という一部単線の電車の城陽駅から南へ約200メートル下った踏み切り付近の旧大和街道に面して立つ「一の鳥居」から始まっていて、ここから東へ鴻ノ巣山のふもとにある「二の鳥居」を経て、約600m先に水度神社の本殿があるところまで続いている参道であり、神社に向かって緩やかな上り坂となっている様だが、車で走ると全くそのようには感じないほどの参道なのである。

 数年前にこの道を通って最初に感じたのは、その水度神社の境内の南側にある府立城陽高校の生徒たちが当然登下校にこの参道、つまり水度坂の歩道を上り下りしているのだが、何とも溌剌とした青春時代の真っ只中の女子生徒たちの白いブラウスと少し短めのスカートの制服が、とてもこの松林の中にマッチしていて、素敵だなと感じたのであった。

 その後、何回となく毎週の如く行き来していると、雨の水度坂も清清しいと感じるし、蝉ヶ鳴く真夏でも少し涼しく感じる木漏れ日や木陰が、いろんなシルエットを作っていたり、人々の日常生活を演出しているかの様な素敵かな散歩道でもあると思える様になったのでした。

 かつては水度神社の参拝客で賑わっていた時代があり、参道であるこの水度坂には御茶屋が軒を連ねていたらしく、その時代の風情も想像できる感じのゆったりとした雰囲気であり、現在はバイパスが出来ているため府道となっている旧24号線の交通量の多い幹線道路から、この道に入ると全く異次元とでも言える様な、静寂とゆったりとした時間が流れる感じがするほど、別世界と感じることもあるくらいなのです。

 この参道は概ね城陽市の中心部に位置している感じなのですが、参道の両側は主に松の古木の並木であり、神社の周りはアカマツを交えたシイ林で、周辺が宅地化した現在なのですが、豊かな自然環境を保持しているとして、水度神社と参道の松並木は「京都の自然100選」に選ばれているそうです。

 肝心の水度神社については私はほとんど知らないのですが、山城国風土記の逸文に「久世の郡水渡の社祇社」とあるらしく、風土記が編纂された奈良時代には存在していたらしく、平安時代前期に成立した延喜式には、「水度神社三座」と記されていて、現在は神社本庁に属する「宗教法人、水度神社」と称していて、国の重要文化財に本殿は指定されていて、城陽市内で最も古い建造物だそうです。

 例年、9月30日から10月2日にかけて「マツリ」があり、9月30日に「オイデ」の神を迎え、オタビから行列により子ども神輿を中心に祭具などの順番や担当が決まった整然とした行列があり、10月1日の「ヨミヤ」の夜は、オタビの神前で巫女が鉄湯釜の湯を笹によって参拝客に振りまかれ、安全を祈る[湯立て神事」が行われるそうで、10月2日にマツリは神社へと行列により送られて終るそうです。

 
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オスプレイという害鳥!

2012年07月18日 | 日本の課題
 国会での消費税値上げ法案を軸とした「税と社会保障の一体改革」なぞと命名された野田首相の不退転の決意での衆議院可決以来、民主党が分裂状態で、小沢一郎一派の「国民の生活が第一」なぞと名づけられた新党も含め、多数の離党者が出ている様で、参議院においては自民党との議員数が2に迫り、参議院での第一党の立場も危うくなりつつあるという状態゛だそうだが、そんなことは国民にとってどうでも良いことなのだ。

 そんな党利党略と時期総選挙や参議院選挙を如何に有利に戦って、自分自身の当選を得たいと願ってやまない、権力と国会議員とという利害にかじりついた様な議員たちの動向の陰で、またしても米軍の勝手な日本へのオスプレイと称された、垂直離着陸輸送機をめぐる問題が進行していて、もはや24日にも山口県岩国基地に、この奇妙な害鳥であるオスプレイが到着するという段階になって、漸く前原誠司民主党政調会長が、首相ら内閣執行部に対して苦言を呈した。

 この「オスプレイ」という名は、鳥の名前から命名されているらしいのだが、日本への配置が決定する以前から、米国内も含めてスペインや各地で墜落をはじめとした事故が相次いでいるという危険な両翼を広げれば、如何にも奇妙で安定性を欠くと感じられる大型垂直両方に飛んだり停止したりできるというヘリコプター的機能を併設した輸送機なのである。

 このオスプレイの日本の基地への配置は、特に沖縄の嘉手納か普天間と言う沖縄本島の人口密集地の米軍基地への配備を前に、まずは山口県の岩国基地での訓練飛行や試行を繰り返した上で、沖縄への配備をするという米軍の計画であり、日本政府も概ねこれを日米安保条約上の取り決めの範囲内として承認しているというのである。

 しかし、政権与党の民主党の前原政調会長は野田首相や藤村官房長官ら首脳は「山口県や沖縄県の民意を軽視しているのではないか」と語り、見通しの甘さを指摘し政府の対応を批判したとされている。

 ブログの冒頭にも掲載した沖縄タイムスをはじめ、琉球新聞も沖縄県の二大メディアであるマスコミは、堂々とトップ記事として、このオスプレイの配置に対する県民の反対行動などを報道し、防衛省、外務省などの対応のなさや野田首相、玄葉外相、森本防衛大臣らに対する批判や再検討を示唆しているのである。

 やっと17日になって、首相は首相官邸で森本防衛相、玄葉外相らと米軍岩国基地に搬入されるオスプレイを巡って協議したとされてはいるが、あくまで地元の理解を得るために、安全性を確認するまで試験飛行を認めないという消極的な姿勢で、つまり時間経過を待って理解を強要するという狙いだけであり、原発問題と同様に何を根拠に「安全の確認」がされたというのであろうか。

 つまり今までの各地でのオスプレイの事故に関して、米軍内部においても、その安全性について疑問を呈した幹部がいたらしいのだが、その人の提言は抹殺されて、現在は蚊帳の外に追いやられているらしく、常に日本でもアメリカでも反対分子として、その当時の推進派は、一部の反対勢力を無視して、大きな権力側の意向をごり押しするものなのだろう。

 そんな状況下での沖縄の米軍基地への危険な害鳥の様なオスプレイの配置の強行について、日本政府は反対は出来ないという前提で事は進んでいる様で、まるで親分に逆らったら痛い目に合うから、ここは我慢して時間を稼いで、そのうち国民は諦めてしまうだろうと言う様な、いつもの政府のごり押しというか自主性のない、曖昧な決断のままで成り行きを見るという姿勢なのだろうと推察する。

 核弾頭や中.長距離ミサイルなどの装備については米国との事前協議の対象とはなるが、このオスプレイ如きは事前協議の対象にもならない軽装備なのだそうですが、例え核の持込や中・長距離ミサイルの搬入においても何も阻止したり反対できない、今までの日本政府なのだから、アメリカには「舐められた」状態そのもので、安全性の懸念を払拭するために何でもすべてやると外相は語ったそうだが、何をどうやっても結論は同じという前提以外の何物も出てこない、言葉だけのその場凌ぎの発言にしか思えないのである。
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「海の日」って休日。

2012年07月17日 | 季節の話題
 昨日は「海の日」って祝日でお休みだったのだけれど、皆さんは如何が過ごされたでしょうか。

 そもそも平成7年に制定された祝日というから、1995年の阪神淡路大震災の発生した年に、なぜ新たな祝日として「海の日」なる休日が生まれたのかは定かではないのだが、ともかく祝日化される前は「海の記念日」として1876年に明治天皇が東北地方巡幸の際に、それまでの軍艦ではなく、灯台巡視の汽船であった「明治丸」という船で航海されて、7月20日に横浜港に帰着されたことを記念した日だったわけで、一般の国民にとっては全くその根拠たるものはどうでも良いことなのかも知れない。

 というわけで、制定された17年前には7月20日と定められていたのに、その後の平成15年今から9年前に、なんとハッピ-マンデー制度という、祝日法の改正で7月の第3月曜日となったために、毎年「海の日」という祝日は変化するということで、よけいに何の日かすら分からなくなったのではないだろうか。

 ともかく7月にも祝日をというねらいで作られた祝日であり、しかも土日月と普通の平日を勤務日としているサラリーマンを中心とする労働者や学生さんたちにとっては、嬉しいかもしれない3連休となっているらしく、世間では3連休を当て込んだセールやキャンペーンもやっていたし、本当に「海の日」にちなんで「海」に関連したレジャーを試みた人や家族もあったかもしれない。

 私自身は、多くの方々もそうだったと憶測しているが、全く「海と関係ない」一日を送ったのだけれど、国民の祝日に関する法律によれば、「海の日」は、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」ことを趣旨としていて、国土交通省などの文書によれば、「世界の国々の中で海の日を国民の祝日としているのは、日本だけだそうなのである。

 海の日の昨日は、国民の間に広く海洋についての理解と関心を深めるような行事を実施されるよう努めなければならないとされていて、海の日当日から月末にかけての約二週間は、国土交通省海事局が中心となって、地方自治体や海事関係団体による海事思想の普及のための活動が実施されているというのである。

 海の日に関するウィキペディアニハ上記の如き記載がされてはいるものの、私たちの日常生活においては殆ど「海の日」を意識するような行事への参加や関連の海事と言われる問題や課題について考えたりすることも一切なかったと言える、ただの「お休みの日」であったようである。

 若い頃ならともかく、それなりに年を重ねると、よっぽど海に近い場所に生活の拠点があったり、船やボートを所有していたりして、海が大好きな人や漁業に従事している方々、または時折「海が見たい」と思う人々などは、この「海の日」に限らず、時間があれば「海に遊んだり、海に出て仕事をする」という関わりがある方もいるとは思われるので、決して「海の日」を軽んじて言っているわけではなく、京都のどちらかと言えば自然は豊かだが、内陸部に住んでいる私にとっては、海は遠いところなのである。

 「海は広いな大きいな」と童謡、唱歌で歌われた「海」を口ずさんで、「海の日」を覚えておくこととする。
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