ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

100歳の人生

2012年05月31日 | 感じたこと
 一昨日に百歳の現役映画監督だった新藤兼人さんが死亡したというニュースがあり、今日の昼過ぎのNHKテレビのスタジオパークのゲストは百歳の現役医師である日野原重明さんだったので、ともかく百歳という一世紀を生きてなお現役で仕事をされるというお二人について感じたことを記すこととした。

 以前のガリバー通信でも、新藤兼人監督については「一枚の葉書」という作品に関連して書いた記憶があるし、日野原重明さんについても記したことがあったし、数年前に亡くなられた百歳の現役スキーヤーであった三浦雄一郎さんの父についても記したことがあるので、やはり「百歳」という多くの人にとっての長生きしたいという願望と共に、実際の人生で百歳を生きるだけでなく、それなりの世界で著名になるだけの実績や実力をお持ちであった方々に敬意を表すると共に、感動と憧れの想いが強く募るのである。

 新藤兼人監督は「午後の遺言状」や「裸の島」などが代表的な作品として語られているので、以前テレビで放映していたことがあったが、今日改めてDVDを借りてきて、「午後の遺言状」を観たのであった。

 実は「一枚の葉書」を観たかったのだが、レンタルされていてなく、午後の遺言状を観ることとなったのだったが、杉村春子演ずる舞台女優と新藤の妻であった乙羽信子演ずる女優の長野の別荘のお手伝いさんを中心に物語りは展開するのだが、やはり「遺言状」とタイトルについている様に、別荘を訪ねて来た老いた夫婦がいて、その奥さんは主人公の女優の演劇の仲間だったのだが、老人性痴呆症を患っていて、世話をする能役者の夫とと共に昔共演した女優に会いにやってきて一泊した後の数日後、海への入水自殺、心中をしたのだが舞台女優に簡単な遺書めいたものを残していたというのであった。

 新藤兼人監督の15、6年前の作品なので、まだ監督自身は85歳前後だったと思うのだが、やはり老いて行く自分と妻、そしてテーマとした「遺言」は、自分自身のテーマとして強い意志で制作された作品だったと思うので、場面展開やストーリーの背景に常に亡くなる前の新藤監督をイメージしながら観ていると、少しだが老いて行く高齢者の複雑かつ強い思いの一部分を感じる作品であった。

 一方の日野原先生は、いまだ現役医師として聖路加国際病院で医師としての働きを続けながら、数々の講演や著作の執筆を現在もされていて、百歳を越えた現在も頭脳明晰でお話も分かりやすく、小学生も含む多くの人たちに「命(いのち)」の大切さや一生懸命に生きることを教えておられるというスーパー100歳なのである。

 一番ビックリしたのは、100歳を越えてもなお、10年後の自分を想像しつつ、予定も書き込んだ日記帳を持っておられて、常に前に向かって生きるという強いモチベーションをお持ちであることが窺えて、多くの高齢者も含む人間へのエールを感じる、とても素晴らしいスピリットの持ち主であることから、多くの人が握手や出会いで生きるエネルギーを与えられると感じるといい、今後も日本中を飛びまわる元気な姿と声とメッセージを期待するのである。

 新藤兼人監督の訃報は残念だが、100歳になってなお、周辺が許せば「もう一本映画を撮りたい」と仰っていた強い意欲は並大抵なエネルギーではないと感じだが、やはり人生は永遠に続くことはなく、あっけない終焉を迎えてしまったのだが、堂々たるフィナーレまでの道のりを歩まれたことは絶賛に値するし、ご冥福を祈りたいと思います。

 出来れば御両人の爪の垢でも煎じて吞んで、百歳にあやかりたいと多くの人は思っていることだろう。

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ある夜の猫事。

2012年05月29日 | とんでもない!
 五月も末となって、本格的な夏の到来も近づいていて、今年は昨年以上に電力不足が過剰宣伝されていて、各家庭でもできるだけの節電や暑さ対策が求められるという時期が迫っている。

 我が家でも狭い庭ではあるが、一応居間に面した窓の外に、昨年から所謂「グリーンカーテン」なるものを試みて、昨年は何本かのゴーヤを収穫して食卓に上ったし、朝顔や夕顔といった夏の風物詩にも必ず登場する「あさがお」類も綺麗な花を咲かせてくれるだけでなく、多くの葉っぱとツルを伸ばしてくれて、二階のベランダ付近を超えるほどに成長して、七月から八月にかけての我が家の居間の省エネには大変役立ってくれたと思うのであった。

 そこで、今年もということで、ゴールデンウィークが開けた、ある日の朝に昨年も使った背の高いポールを四本と細かいネット状になった緑色の網を倉庫から取り出して、近くのホームセンターで見つくろって購入した、今年も琉球ゴーヤやスーパーゴーやと称されたゴーヤの苗を中心に、朝顔とヨルガオなどの夏の花類と胡瓜などの弦がよく伸びると言われている野菜の苗も交えて、四つのプランターにそれぞれ分けて苗を定植し、野菜のための有機肥料と水を十分に注いで、今年も立派にグリーンカーテンとなることを想像しての楽しみが始まった。

 実は、その夜の出来事だったのだが、たまたま家内が大阪の実家の老母の医者通いの付き添いを兼ねて、お泊りで出かけていたので、私一人で居間で寛いでいる夜八時を過ぎた頃に、室内のカーテンは閉じて外は見えない状態だったのだが、突然まどの外でグリーンの網をかけた支柱となっていたプラスチックのポールが「ガシャガシャ」と絡みついて踊る様な音がしたので、最初は突然の天候異変でよく雨風が降ったり吹いたりすることが最近多いので、急な嵐のせいかと思ったのであった。

 しばらくすると、またガシャガシャと同じような音がしたので、よもやと思いつつも窓の外を見てると、なんと何処からかやって来た猫ちゃんが、今朝セッティングしたばかりのグリーンの網に絡み付いて、ポールをなぎ倒して、その支柱の根元を支えていたプランターを二つも倒して、ネットの中に猫ちゃんが生け捕りの様になって暴れていたのであった。

 「あらまぁ、大変なことになっている」と思ったので、懐中電灯を手にしてともかく猫を救出すべきか、我が家のグリーンネットを守るべきかと躊躇したのだったが、ともかく生き物の猫ちゃんを、どうにか救出しようと灯りの中でもがいているネコの付近の網を解こうと近づくと、何ともネコは常軌を失った顔つきで近寄る私を威嚇するが如く、必死の形相で吠えるというか唸っていて、簡単には救出できそうではないと判断したのであった。

 しかし、何処のネコちゃんかは知らないのだが、野良猫だったとしてもひょっとしたらお近くのお宅の飼い猫であったとしても、いずれにしても少し時間を経過してから、何とか救出できるだろうと思って、オトナシクなった状態もあったので、時間が経過するのを少々待ってむいたのだったが、時折大きな音とネコの唸り声が聞こえるので、お隣のご夫婦が気付かれて狭い庭の境界から私の居る部屋に向かって、「大変なことになってますよ」と知らしてくださったのであった。

 とっくに私も承知しているのだったが、どうしても手を出せない状態であることを告げると、そのネコがお隣の裏のお宅の飼い猫らしいということが分かって、裏の庭越しに声をかけて下さったために、飼い主の奥さんが懐中電灯を片手に我が家の裏庭へとお出まし下さって、そのネコちゃんの救出大作戦は、めでたく終結するに至って、一件落着したのであった。

 翌日帰宅した我が女房は、あまりネコが好きではないので、プランターがひっくり返されて苗がいくつもダメになったこともあって、とてもお怒りだったのだったが、その夜にネコの飼い主のご主人がお詫びにとお菓子を持参されたことで、止む終えずの一件落着となったのであったが、その数日後再びポールとネットのセッティングをやり直し、苗も新たに買い足しての作業が必要となってしまったのであった。

 さて、今年のグリーンカーテンは、如何に何時頃実現することだろうかと、居間から今から楽しみにしているのである。
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冷麦か素麺か?

2012年05月28日 | 季節の話題
 本格的な夏の到来までには、まだ梅雨があると思いますが、初夏を感じさせる気温の上昇があって、日中の温度は30度近くにもなる日が出てきた5月の下旬となりましたが、私の自然食八百屋のお客様も、冷麺の御所望があったり、素麺や冷麦が食べたいなぁと仰る季節となりました。

 私自身はあまり気にしていなかったのですが、あるお客さんが素麺よりも冷麦が食べたいので、是非来週には冷麦を仕入れて欲しいと仰ったものですから、取り急ぎ「素麺と冷麦」の違いについて、ネットで調べてみることとなりました。

 そういえばラーメンの類でも、この時期からお客さんの要望は、温かいラーメンから冷麺へと変るのですが、その麺の違いがどれほど違うのかをあまり考えたり説明したこともむなく、大好きな麺類なのですが、温かくして食べるか冷やして食べるかの違いだとの思いで、今までは自分でも食していたし、お客様の中でも特に零面と今までのラーメンとの違いを問われることはなかったのですが、この「冷麦と素麺」の違いについては、拘っている方がおられたので、この際にしっかりと納得の行く違いについて調べておくことにしました。

 まず「素麺」は中国からの伝来ですが、碾き臼で挽かれた粒子の細かい小麦粉だけで作る麺であり、この麺に植物油を塗って延すという製法が素麺の製麺法なので、そうめんは索麺と呼んでいたそうなのです。

 それでは「冷麦」はどうでしょうか。

 小麦粉だけで製麺される手法は同じなのですが、麺棒で延して包丁で切るという過程を経たもので太いものが「うどん」であり、うどんより細いものが「冷麦」となったといわれています。

 歴史的には前述した如き違いがあるのですが、現在では日本農林規格(JAS)によれば、乾麺を「機械麺」と「手延べ干し麺」の二つに分類していて、乾麺とは「小麦粉もしくは蕎麦粉に大麦粉、米粉、卵などを加えたものに食塩、水などを加えて練り合わせた後、製麺し乾燥させたものとされていて、手延べ素麺類を除くものとされています。

 その中で、干しうどんが長径1.7mm以上、3.8mm未満、短径1.0mm以上、3.8mm未満であり、ひやむぎは1.3mm以上、1.7mm未満、そうめんは長径、短径とも1.3mm未満のものとするとなっているそうで、太さによる基準しかないそうで、概ね太いものから「うどん」「ひやむぎ」「そうめん」の順番だということができるのだそうです。

 最近は昔の製法と違って機械による製麺がほとんどとなっているために、そうめんとひやむぎの違いは「太さた゜け」となっているようですが、そもそもの製法は元来は違っていて、「そうめん」は、小麦粉を塩水でこねてから、油を塗りながら手でひき延して細くしていく「手延べ麺」であり、「ひやむぎ」は、小麦粉を塩水でこねるまでは一緒ですが、それを麺棒で薄く延して、折りたたんで包丁で細く切る、つまり蕎麦の様な作り方をしたのが「冷麦」だったそうなのです。

 もうひとつの違いは、手で延したそうめんを「手延べ素麺」と称していますが、素麺の多くは小麦粉をこねて打った後に「寝かせる」という工程が入り、冬の乾燥した風を利用して乾燥させ寝かせて、梅雨の高温多湿の季節を越すと熟成されて、素麺のコシが出るといわれているのです。

 さて、そうめんと冷麦の製法の違いを越えて、どちらを好み、どちらが美味しいと感じるかは、皆さんの思いと感受性次第だと思うのですが、あなたは拘られますでしょうか。
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島サミット

2012年05月27日 | 日本の課題
 日本と太平洋に浮かぶ島国、地域が集う「第6回太平洋・島サミット」が沖縄県・名護市で開催されて、昨日「沖縄キズナ宣言」を採択して閉幕した。

 ここ数ヶ月以上、テレビや新聞で見る現在の日本の首相である、野田佳彦氏の表情は殆ど厳しいというか、消費税をはじめとする国会論議や与野党論議だけでなく、民主党内の政局や突き上げもあって、さえない顔が続いていたが、この日本が主導する「島サミット」に限っては、ご機嫌という感じで笑顔が随所に見られた様子であった。

 太平洋・島サミットの参加国、地域は日本と赤道直下を含む南太平洋地域に位置するミクロネシア連邦、マーシャル諸島、ナウル、ツバル、キルギス、サモア、ソロモン諸島、バヌアツ、パプアニューギニア、パラオ、トンガ、クック諸島などのまだまだ発展途上の経済力の弱い国々、地域とハワイ州(米国)やオーストラリア、ニュージーランドなどで、今回初めて米国が参加し、フィジーは欠席したという。

 いずれにしても、三年毎に開かれている島サミットであるが、日本が主導的に提唱し、過去6回とも日本で開催し、その内今回も含む半分が沖縄での開催と言う特徴のあるサミットであり、昨年春の日本の東北地方を中心に大きな被害をもたらした大地震に伴う大津波なども含む海洋に囲まれた国と地域の多様な諸問題の解決と対策に対する協議を国際的に行うという目的の大切なサミットとなっているのである。

 特に今回は、昨年の日本の大地震と大津波の経験からの防災協力や海洋の安全保障に関する協力を盛り込んだ「沖縄キズナ宣言」と題する共同声明を発表し、特にアジアの大国にのし上がった中国の海洋資源目当てと覇権主義的な攻勢に対する、国際的ルールの順守などを求める背景を持つ、課題に対する確認が行われた模様である。

 日本は、今後三年間に最大5億ドル、約400億円の援助を提供し、米国などと連携し、島しょ国に太平洋災害早期警報システムの構築や、世界銀行と協力し、自然災害リスク保険を整備したり、海洋資源の持続可能な開発、管理、保全を確保し、国連海洋条約を順守し、天然資源開発で積極的な役割を果たすとの骨子を宣言の内容としている。

 尖閣列島だけでなく、南沙諸島をはじめとする東アジアや南太平洋周辺での中国や韓国、日本、そして関係国であるフィリッピン、ベトナム、台湾などとの領土問題などは、その多くが海洋資源の利権を巡る争いであり、特に中国の覇権主義的攻勢は、ここ数年顕著に積極的かつ洋上での挑発的行動にまで及んでいる現状があり、米国も極東アジアである、この地域での防衛ならびに安全保障面での対応にシフトしつつある課題を重視しているのである。

 こうした太平洋・島サミットに参集している国、地域の内のフィジー、ミクロネシア、トンガ、バヌアツなど五カ国はサミット開催を牽制するが如く、中国共産党指導部の序列第四位の人民政治協商会議主席が、これらの国々と地域の政治家視察団と北京の人民大会堂で会談したと、中国新華社電は伝えていて、中国は各国の事情に即した発展を尊重し、各国の経済発展と民生改善を支持するとして、サミット関係国である日本、米国を意識した政治的パフォーマンスを行っている。

 いずれにしても、確かに21世紀に入って12年目の世界経済と日本を取り巻く環境、資源開発、軍事的緊張など、多様な課題が山積する現在において、この太平洋・島サミットも重要な関係国会議となっていることは間違いないのだが、どうも野田首相の久しぶりの笑顔を見ていると、今後の中国、韓国、台湾をはじめとする日本の国益とリンクする東アジアの国々との外交的政策も友好な交流はいいことだが、厳しい領土問題や利害対立に対して、強いリーダーシップを発揮し、日本を代表する発言ができるのかと疑心暗鬼にならざるを得ない、「ノー天気さ」を感じてしまうのは私だけではあるまいと思うのであった。
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沖縄に来ています!

2012年05月23日 | イベント
5月21日朝の282年振りと言われる金環日食は全国各地で事前予想よりも晴れ間が訪れたりする幸運のお陰で、数分間だけでも見ることが出来たみたいで素晴らしい時を経験できたみたいです。

京都南部でも少し雲間に隠れた時もありましたが、金環状態のリンクも見れて大変満足でした。なにせ我が人生で唯一のチャンスだったのですから。

さて、早朝に金環日食を見てから関西空港を飛び立ち一路沖縄へ。

梅雨入りした沖縄のはずですが、幸い梅雨の晴れ間に当たったみたいで一昨日と昨日は好天に恵まれた初夏の清々しい気温で、息子たち夫妻と共に沖縄を満喫しようと思っています。

 北谷(ちゃたん)のビーチでは午前中にも関わらず、外人さんたちも含む気の早い?人たちが浜辺に寝そべったりして日焼けを楽しんでいました。

私達は北谷から読谷へとのんびりとドライブを楽しみました。今日は本島北部へ息子たちとドライブの予定です。

 沖縄の夏の始まりといった感じの5月の梅雨の晴れ間に幸運にも当たったみたいで、昔ともかくイベントやキャンプという企画をしたら雨が降る場合が多いことから、当然「雨男」との異名をいただいてしまっていたのですが、今回の沖縄の旅は、なんと雨男返上とでもいうべき好天、しかも梅雨の晴れ間にうまく当たった様で、快適な旅となりました。

 翌日は一日、沖縄の那覇から沖縄自動車道を北へと突っ走り、沖縄本島の最北端である国頭村の辺戸岬まで走って、その後名護の屋我地島と古宇利島を訪れました。

 古宇利島まで県道としての橋がまっすぐに架かっていて、車のままで島に渡れたのですが、ここでも浜辺で遊ぶ大阪からの元気で明るい旅行中の学生さんたちにも会って、旅人同士の交流を深めたりして、もうひとつの目的地であった、今帰仁(なきじん)
城跡を目指したのですが、なんとレンタカーのナビでは無かったワルミ大橋という橋がかかっていたので、その橋を渡って今帰仁村に入ろうとすると、なんと海の上を道路も無いのに、車は走っているというナビの絵となってしまい、とても不思議なドライブとなりました。

 この今帰仁城跡には、制服姿の中学生の一グループが修学旅行の様にやってきていたので、何処からと聞いてみると、鹿児島県の徳之島からの修学旅行生だったので、とても彼らの若い行動力と好奇心に興味を感じました。

 一緒にドライブしていた息子の彼女、すなわちお嫁さんは沖縄那覇市の生まれ育ちの女性なのですが、彼女たちの小学生時代の修学旅行は、少し車を南に走らせると進行方向の右手の東シナ海に浮かぶ伊江島だったとの話を聞くと、沖縄の人たちは中学生になるまでは沖縄本島を出て、他の島や九州も含む本土に行く機会もない人も多いとのことで、日本は島国とよく言われますが、沖縄の人たちは本州などに住む「うちなんちゅう」よりももっと「島育ち」というか、「しまんちゅう」と呼ばれる様に、沖縄本島の中での生活を中心に日々暮らしておられるので、とても沖縄言葉や沖縄の食文化も含む、琉球王朝時代からの「沖縄文化」が大切に守られているのだという実感を感じました。

 しかし、沖縄の本土復帰から40年が経った沖縄は、どんどんと見た目には本土化している感じで、テレビや新聞、雑誌などのマスメディアだけではなく、今やインターネットやスマホを通じての情報なども含めて、益々本土に追いつけ追い越せ?といった感じの部分も出ていて、果たしていいのだろかと疑心暗鬼になる部分も感じられました。

 決して、本土並み復帰されているとは思えない、沖縄本島を基地を含めて目の当たりに感じた、久しぶりの沖縄旅行でした。 
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金環日食を見れるかな。

2012年05月20日 | 季節の話題
 新聞、テレビ、雑誌とマスメディアを中心に世紀の天体ショーとして明日の朝に日本全国の8千万人以上の人が見ることができるという、金環日食が前日ということもあって、大いに盛り上がっている。

 しかし、関西地方の天気は曇り時々晴れ?という感じの予報であり、さて明日の朝になってないと不明だが、282年ぶりとも言われている金環日食が見られるのであれば、ぜひとも少しでも見てたいと思うのは当然のことだと思うのである。

 裸眼で太陽を直接見てはいけないということで、ここ数週間はいろんなお店に「金環日食観察メガネ」などを含む観測グッズが売り出されていたのだが、日増しにその天体ショーを見たいと思う人たちによって、それらのグッズは完売したとの貼紙がしてあったり、そうしたグッズの中には不良品とでも言うべき商品もあったらしく、今更買った人たちにとっては残念なことだが、自らの工夫で目を痛めずに観察できる方法を考えるしかないと思われる。

 我が家でも妻が牛乳パックの使用後の箱を切って、アルミホイルを注ぎ口のところにテープでとめて、小さな穴を開けて下の方に5センチほどの観察用の窓を開けるという、お手製の観察グッズを作って、小学五年生の孫が持ち帰ったり、私たち用にももうひとつ作っとかんとあかんと、先ほどもうひとつの牛乳パックで作った日食観察用器が出来上がっているのだが、果たして明朝に役立つかどうかは疑問である。

 そういえば、遠い記憶にあるのが自分自身が小学生の時だったと思われるので、50年近く昔のことなのだが、金環日食ではなかったと思われるが、皆既日食か部分日食と呼ばれる現象をたぶん学校から帰ってからの時刻だったと思うのだが、自分の学校で使用していたセルロイド製と思われる下敷きをかざして見た記憶が蘇ってきたのだが、そまの下敷きはガスコンロの上でちょっと離して火をつけて、その煤を下敷きに当てて、スリガラス以上に曇ったお手製の日食グッズをかざして見ていたことを間違いなく記憶しているのである。

 その際に、玄関先の生垣の後ろにその時の部分日食の陰が木漏れ日の如く小さな葉や枝だの向こうにたくさん見えていて、とても幻想的なしかも美しい光景だったことを思い出したのである。

 全国各地とは言え、お天気次第なので、いくら早朝から期待しつつ起きても、ひょっとしたら見ることができないかもしれないのだが、たぶんテレビ局の撮影隊が全国各地のスポットで天気のいい地域で、とても上手に今回の金環日食を撮影したビデオが明日のお昼から晩にかけて、いろんな局で放映されると思われるので、もし直接見ることができない場合は、そのテレビ局の映像で楽しむこととなるのだろう。

 それにしても、今回の様に太平洋岸を中心に九州から東北地方にかけての広い地域で、金環日食が観察できるというのは、なんと平安時代に遡ることとなる8百年以上も前にあった以来らしく、何ともこの時代の明日に生きているであろう日本人の一人として、何ともラッキーでもあり、是非何とか見届けたいと思うのも当然なのである。

 多くの天文学に造詣の深い学者や研究者たちが太陽と月と地球の自転や公転と位置を計算した結果として、間違いなく「金環日食」が起こるということを事前に告知してくれているので、ドリカムの20年前の歌の歌詞にも、2012年のその時に「リンク」を頂戴と言うロマンチックな言葉が綴られていたそうで、本当に明日婚約指輪か結婚指輪を手にするカップルがいるとすれば、とてもハッピーなこととなることは間違いないと思われるのである。

 そうした計算に基づく予告のなかった時代には、人々はこうした現象をどの様に感じていたのだろうかと想像するのも不思議なことなのだが、平安時代に「金環日食」を見た人々や、短い時間だけだが、太陽が欠けて辺りが暗くなって、木漏れ日の欠けた太陽のシルエットを見た人たちは驚いただけではなく、世の中の最後か終末という感じの絶望感に似た気持ちを味わったのではないかと思うと、現代に生きる私たちは実際に金環日食を見れても見れなくてもとても幸せな時代の人間だと思うのである。

 
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携帯台数人口を超える

2012年05月19日 | ちょっと可笑しいよ
 日本の人口は現在1億2千数百万人だそうだが、2011年末の携帯電話の契約数が1億2820万件で、なんと人口を上回って、携帯の普及率が100%を超えて、赤ちゃんから百歳を超える高齢者まで全てが一台は所有していることとなったらしいのだが、ここ数年のスマートフォンの飛躍的な普及で一人で複数台所有する人が増えたためだともいうのである。

 果たして携帯電話を何台も所有する必要があるのか否かはそれぞれの理由があったり、考え方の違いから来る価値観の違いとも言えるのだが、今日昼過ぎにお会いしたご年配の女性二人は、携帯電話を持っていないと仰っていたし、電磁波があるからとか必要がないからとか様々な理由で大人でも携帯を所有したいない人もいるし、赤ちゃんから少なくとも中学生くらいまでは携帯なんか必要ないのではないかと私は思うのだが、世の中には3台以上所有している人もいる様で、結局平均値で日本国内の人間が一人一台は持っている勘定となっているのである。

 数日前の新聞報道では、ともかくスマートフォンの普及が急ピッチで、携帯電話所有者の五割を既に超えたそうなのだが、我が家と娘家族の中ではまだスマホ所有者はいないし、当然孫の小学生と幼稚園児は携帯など持つ必要もなく、我が家族の所有率は息子夫婦を入れても75%であり、全国平均よりは低いといえよう。

 いずれにせよ、国内ではドコモ、au、ソフトバンク3社を中心にテレビ、新聞、雑誌とあらゆる広告媒体を通じて、主力商品のスマートフォンを販売するための商戦が盛んで、本当にインターネットに直接接続する必要の有無を問わずに、この多機能携帯電話(スマホ)を何故か時流に乗り遅れまいとしているのか、ファッションの一部として持ち歩いているのか定かではないが、多くの人たちがCMや話題性に乗せられて購入されているのではないかと私は思ってしまうのである。

 ともかく、電車に乗ると座席に座っている人の半数以上が携帯かスマホを手にしながら、何やら画面を見続けている場合が多いし、電話やメール機能だけでなく、ゲームに興じてたり、インターネットに接続し、多様な情報を見続けておられる様に感じる状況が何処でも見られるし、自動車運転中の相変わらずだが携帯使用も後を絶たない様で危険である。

 毎週私の場合は大阪へ老いた母の顔を見に出かけているのだが、電車車内での携帯電話使用に関するマナーは最悪で、とにかく優先座席にどっかと座った若い人たちを中心に、窓際に立っている人たちも含む多くの人たちが、携帯依存症とでも言えるのではないかと思うほど、最近はスマホをイジッテいて、周りの乗客の様子も優先座席であることもお構いなく、ずっと指を動かせているといった実態を見ることが恒常化していると言っても過言ではないのである。

 欧米諸国やアジアの国々の携帯電話所有率などは全く知らないのだが、ひょっとしたら日本人ほど、携帯電話もしくはスマホに魅せられている国民はいないのかもしれないと思う程、異常な状態ともいえるのではないだろうか。

 これほどまでも普及したと言うべきか、携帯電話に毒されたと言うべきかはどちらとも言えないのだが、本当に必要なアイテムだとしても、女子高校生たちの一部が語る様に、携帯もしくはスマホ命みたいになってしまっている依存症とも言うべき病状は、当分治らないのかもしれないが、せめて電車車内だけではないが、公共的マナーやルールを守って使用するというモラルだけは、徐々にでもいいから徹していただき、他人や金銭的にも迷惑をかけたり身の丈を超えた負担にならない様な節度が必要だと思うのである。

 
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かぐや姫の物語

2012年05月18日 | ちょっと可笑しいよ
 皆さんもよくご存知の「かぐや姫」は、今は昔、「竹取の翁というものありけり。」で始まる「竹取物語」の主人公であり、かの有名な源氏物語を記したと言われている紫式部が「物語の出で来はじめの祖」と称したとされる、日本最古の物語であるのだが、殆どの方にとって、「かぐや姫」は、御伽噺(おとぎばなし)として語られたり理解されたりしていて、その物語の本質はなかなか読み見取り難きところがあるのだが、千年以上前の傑作物語なのである。

 幼い頃に読んでもらったのか、それとも物語の一部を教えてもらったりして、そのストーリーのあらましは知っているつもりだったが、私の住む現在の京田辺市が「かぐや姫」の故郷ではないかという説を研究しつつ、定年後に自宅を中心に「竹取の翁博物館」を自費で建造した小泉芳孝氏と知り合って以来、初めて竹取物語の原書ではないが、浮世絵版画の匠と称される立原位貫さんの絵巻の竹取物語と妖しく美しく罪深き女「かぐや姫」と彼女に恋焦がれる男たちを現代の恋愛小説の名手と謳われる江国香織さんが綴った竹取物語を、じっくりと読んだのであった。

 前述した竹取の翁は「野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使いけり。」と記されている様に、竹の多く自生する里山で竹を取って加工したりして使う竹屋だった様だが、その竹の中に、本光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり。と物語りはかぐや姫の誕生を記し、翁が大事に天からの授かりものとしてこの女の子を育てあげたのだが、あまりにも麗しい美人だったために、五人もの男たちが「かぐや姫」に求婚したという。

 その男たちの名は、石作りの皇子、庫持の皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂足で、とにかくかぐや姫を一目見たさに翁の家の周りをうろうろと歩いては、翁を呼び出して「お嬢さんを私に下さい」と誰もが結婚を申し込むという大騒ぎとなった様子である。

 かぐや姫は普通の人間じゃないと思う翁だったが、あまりにも五人の男たちが熱心で手紙を寄せたり、何度も一目会いたいと願い続けるので、かぐや姫にその男たちに対して、かぐや姫が応えることができるのかを問うたところ、優劣つけ難い五人の男たちにかぐや姫が各々希望する品物を差し出すことが出来れば、その男たちの望みを叶えられるかもしれないと、一人ひとりに願い事を伝えたのであった。

 その難題は、各々仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の頚の玉、そして燕の子安貝であり、男たちは直接もしくは使いのものを派遣したり、大金を与えてインドや海外にまで、そうした難題物を探したりして、ともかく結構数年もの年月をかけて、かぐや姫の要求するものを探し出して、ぜひ自分と一緒になってほしいと努力したりしたのだったが、全て偽物であったり、かぐや姫の欲するものには大違いの品物だったりして、結局は男たちは諦めて帰ってしまった。

 その後、時の帝がやはりかぐや姫の美しさの噂を耳にして、かぐや姫を帝の宮仕えをさせよう試みますが、翁のたっての願いも全く通じず、たびだびの行幸にもかぐや姫は宮仕えする気は全くなくて、帝と姫は互いに歌を交信するだけの間柄でした。

 そのうち時が経ち、かぐや姫は毎日毎日夜ともになれば、月を悲しそうに眺める日々が続き、八月十五日に近いある夜に、かぐや姫は翁に月の都に帰らねばならない日が近づいたことを告げ、翁は悲しみを隠せない中、帝にそのことを告げると何と2千人以上の武官を月の都の使者が現れる夜に派遣し、かぐや姫を絶対に帰すまいと守ろうとしたのですが、真夜中になって力が抜けた様にかぐや姫はするりと翁の家から月へと帰って行くのでした。

 残された翁や帝たちには不老長寿の薬などが置き土産されましたが、翁も帝も元気なく、静岡の山で不老の薬やかぐや姫の手紙は燃されてしまい、「ふじの山」と名づけられたところで物語りは終りました。

 さて、現代社会に生きる私たちに、この竹取物語は何を語っているのでしょうか。ただの御伽噺とは思えないのですが。
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剛力彩芽と忽那汐里

2012年05月17日 | 感じたこと
 最近やたらとテレビに登場していて、一躍有名かつ元気を振りまいているのが、剛力彩芽さんと忽那汐里さんで、共に現在19歳で今年二十歳になるという、ともかく元気で若々しいタレントさんなのですが、とにかく名前が珍しくて難しい感じですが、本名だそうでとても印象的な名前だったので、ずっと気になっていました。

 先日最寄の駅まで早足で歩いている時に、ふとこのお二人の名前を頭に浮かべようとしたのですが、なかなか剛力というニッポンの姓としては珍しい苗字が浮かんでこなくて、もう一人の忽那さんの方も、普通は忽然と消えるとかいう場合の忽なのですが、姓としては何故か「くつな」と呼ぶそうなので、なかなか出てきませんでした。

 顔はとても印象的で、剛力彩芽さんの方は最近は携帯電話のauのCMで、星飛馬君のお嫁さん役という面白いキャラやスマートフォンのアプリ取り放題でも登場していて、とても印象的なお嬢さんなのですが、ともかく剛力というツヨクてごっついイメージの姓とは全く違うタレントであり、今年4月から始まったフジテレビの未来日記というドラマに出演しているという女性です。

 一方の忽那汐里さんは、以前に放映されていたCMでグリコのポッキーの明るく踊りながら元気を振りまくお嬢さんとして、ともかく一世風靡した方だったのですが、その後ブームともなった「家政婦のミタ」に登場する家庭のお姉さん役、阿須田結役を演じた女優さんでもあり、とてもチャーミミングで今後も実力派女優として活躍されそうな女性です。

 いずれもオスカープロモーションという名のプロダクションの所属で、あの国民的美少女コンテストの縁でタレントとなったらしく、剛力彩芽さんの方がデビューは早くて小学四年生の時に芸能事務所に入り、2002年の全日本国民的美少女コンテストのオーディションに参加したが二次予選で落選したらしいが、2008年からファッション雑誌「セブンティーン」の専属モデルとして活動し、2011年1月からのフジテレビ月9ドラマの出演を機に、ショートカットにイメチェンしてから大ブレークしたらしい。

 剛力は日本で現在8世帯しか存在しない珍しい苗字なのだが、苗字が力強いので名前は柔らかにとの両親の思いで、彩芽というかわいらしい名にされたらしく、十分姓名のユニークさだけでなく、昨年の日経トレンディが選ぶ「今年の顔」に選ばれるほどの活躍である。

 忽那汐里さんの方は、オーストラリアのシドニーで生まれの帰国子女だそうで、日本とオーストラリアの両国の国籍を有しているらしいが、2006年の全日本国民的美少女コンテストで審査員特別賞を受賞し、翌年の3年B組金八先生で帰国子女役で女優デビューし、2008年のユニチカのマスコットガールと前述のグリコのポッキープリンセスに抜擢されて飛躍的な活躍への階段を駆け上ったらしい。

 いずれも可愛くて明るい元気なお嬢さんなのだが、家内に話すと何の特徴もなくて名前も顔もよくわからないと言っていたの若さには勝てないせいなのかもしれませんね。

 

 
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原発とトイレ

2012年05月16日 | 感じたこと
 ようやく五月の半ばになって、気温が日中25度以上の初夏の陽気になってきて、いよいよこの夏の電力不足を過剰宣伝している政府と電力会社による原発と再稼動への宣伝と説得と強引な駆け引きが本番を迎えそうである。

 先日今年のゴールデンウイークを海外でゆっくりと楽しんだというご夫婦が帰国されて、お話を伺っていると、そのご婦人はご主人と一緒にイタリアへの旅をされたのだったが、関西空港に無事帰って来られて最初に空港の綺麗なトイレに入られて、便座が温かだったのに感激されて、やっぱり原発は必要なんやと感じられたというのであった。

 決して原発推進論者ではないと自らを称しながら、ヨーロッパの先進国を旅された後の帰国だったが、日本のトイレの美しさと温かな便座、そして温水のシャワーによるお尻の掃除?という行き届いたサービスと言うべきか、トイレの機能が電気によって実現していることに改めて気付いて、ついついやっぱり原発は必要なんだと一瞬だが思ったと言うのであった。

 しかし、よーく考えるまでもなく、果たして公共施設だけではないが、いつ入って来るかわからないお客さん?に対するサービスかもしれないが、ずっとトイレの便座に電気が使われていて、確かに夏場だけでなく冬の外気が寒いときなどに、暖かい便座に座るととても幸せというか気持ちが和らぐのは分かるのだが、本当にこうした常時の電気使用での準備が必要なのだろうか。

 彼女は、関西空港がある大阪府や大阪市が進める行政改革の担い手である大阪維新の会の松井知事や橋下市長は財政難を理由に多種多様な施策の見直しや無駄をできるだけ無くす工夫をされているのだろうけれど、果たして関西空港のたくさんのトイレの便座が24時間いつでも暖かいという現実、つまり電気が相当使用されている事実をご存知なのだろうかとも言っていたのである。

 たかがトイレの暖かい便座の話だが、されど電力不足や財政難の今、こんな無駄な電力使用が不可欠だとは思わないし、ましてや大阪だけではないが、全国的に電力不足が宣伝されて、今年の夏は停電や企業の工場などの操業が危ぶまれるなどと過剰な宣伝を振りまいている電力会社を中心とした原発の必要性の宣伝に乗せられた不安を解消するためには、不必要な電力使用を見直す必要が多々あるのではないだろうか。

 たかがトイレの便座だが、全国の公共施設や多くの人たちが利用する場所だけでもトイレの便座を四六時中暖めておく必要はないと思うのだが、皆さんはやはり暖かい方がいいですか?

 私の場合は家庭内にトイレは二つあるのだが、いずれも未だに温かな便座や温水シャワーを伴った機能が付いていないので、冬場は少し冷たさを感じる時もあるが、それが当たり前になっていて、決してトイレで用を足すことが苦痛だとかイヤだとか言った感じはなく、普通に洋便器を使用していて、たまに外出先や知人宅で温水シャワーや温かな便座に遭遇すると、有難さを感じたりもったいないなぁと思ったりするのである。

 昔から、何故か「原発はトイレのないマンションだ」と例えられたりしていて、原子力発電そのものの安全、安心神話が信じられていたとしても、原発での発電後の使用済の核燃料や核廃棄物をどの様に処理するのか、また半減期と言われる放射能の影響が全くなくなるまで相当な年月、中には半減期が24000年と言われるプルトニウムなどもあって、誰もが責任を持てない不安な後始末が出来ないままの、つまりトイレのないマンションと例えられて、何処で排泄物や廃棄物の処理を安全に行えるのかという最大の問題点が未だに未解決のままなのである。

 やはり、原発とトイレは切っても切れない関係にあるのかも知れないが、トイレに入って感じる原発の必要性か不必要性かを、じっくりと考えなければならないのである。
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