ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

きょうは何の日?

2005年03月10日 | 日本の課題
 1年365日、その日は何の日か、必ずラジオ、テレビや新聞で報道されている。

 3月10日は、さて何の日なのだろうか。昼のFMラジオでは、「砂糖の日」と「ミントの日」を紹介していた。いずれも3と10を「さとう」「みんと」とこじつけて読んで、業界などが毎年定期的に「砂糖」や「ミント」の拡販というか、奨励のための日としているのである。

 調べてみると何と他にも、「佐渡の日」「サボテンの日」「陸軍記念日」などもあり、夕刻のテレビニュースでは、山陽新幹線開通30周年の記念日の特集なども放送していた。

 誕生日では、藤谷美和子,シャロン.ストーン、ツトム山下、山田花子,ソンニ、藤井隆、鈴木大地、魔裟斗、杉浦太陽らがおり、命日では、金子みすず、峠三吉らが3月10日だそうである。

 今年は太平洋戦争、第二次世界大戦の終戦から満60年と言うこともあって、我が市の「平和都市推進協議会」が8月の「平和の集い」と「平和展」にむけて、展示内容やビデオ、映画の上映などの企画の準備で先日、大阪国際平和センター「ピースおおさか」へ展示物の借用願いのために出向いた。

 その時に3月13日が大阪大空襲があって、ちょうど60年目の3月13日に、漫才師として活躍された夢路いとし、喜味こいしの、弟さんのこいしさんが「戦争やって、何が残るんですか」という演題で記念講演をされるイベントのチラシをもらって、今私の机の上にあるのだ。

 この大阪大空襲の三日前、つまり3月10日は東京大空襲の日であり、現在は東京都の平和の日となっていることを忘れてはならないのではないだろうか。

 昨日、落語家の故林家三平さんの奥さん海老名香葉子さんが中心となって、下町東京での米軍の焼夷弾による大空襲で焼け野原になった実態と、その大空襲で亡くなった多くの人たちの霊を忘れまいと、石像を建てられたニュースが一部のテレビで放映されていた。

 戦後に生まれた世代にとっては、こうしたニュースや戦前、戦中を生き抜いて来られた、戦争体験者の方々の経験と実際のお話を聞いたり、見たり、読んだりすることしか、なかなか戦争の悲惨さや実態を知ることができないのである。

 東京大空襲や大阪大空襲は、米軍がそれまで軍事基地や施設を中心に爆撃していたのに、日本の降伏を早く実現させるために焼夷弾という爆弾、つまり木と紙で出来た日本のほとんどの建造物である民家に、大打撃を与える作戦としての大空襲であったのだと聞いた。

 海老名さんは、この3月の東京大空襲の大きな被害で、日本が敗戦を認めて降伏しておれば、広島、長崎の原爆被害や沖縄での悲惨な地上戦も戦わなくて済んだし、何十万人の命が助かったはずなのにと、悔いておられたのが大変印象的でした。

 3月10日は、60年前のあの東京大空襲の被災の日です。この日を覚えて、二度と悲惨な戦争に突き進まないように、政治の動向を見守り、日本国憲法の改悪、教育基本法の改悪などを阻止して、平和な地球を推進する原動力としての働きを世界に示せる日本であってほしいと切に願う,今日であった。

 砂糖やミントの日などは、話題性としては愉しいかもしれないが、放送局や大人たちが大切な日本の歴史にあっての実際のおおきな出来事である、東京大空襲のことを、しっかりと知らせたり、学ぶ機会としなくては、教科書からそうした記述や写真、情報も意図的に省かれていく昨今では、危険な「戦争への道」を日本が再び歩むことにもなるので、しっかりと記憶して、後世にも伝えていただきたいものである。
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