まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

秋山真之の母の手紙と 「・・・一家全滅するとも恨みなし」 再

2023-08-09 01:57:14 | Weblog

2022   4/16  AP電

ロシアはウクライナ南東方の要衝マリウポリの侵攻に於いて、「これ以上抵抗をするなら全滅させる」との声明を発した。

 

数年前、「肉体に浸透し自得する」との講題で防衛関係の幹部指揮官に伝えたことがある

その例題として、教官の心得と、その勇気ある智慧と行動のもととなった、秋山好古,真之兄弟の母の手紙を紹介した。

高官任用への糸口のようになっている、防衛大学、公私立有名大学の出身者でも、面前に差し迫った問題に難渋したり、逡巡したりすることがある。その場合の手立てとして、六法全書、内規などに随った対応や、大学教育の課題解決の応用もあるが、それだけでは部下への極限の命令に具体性はあっても、専任上官として何かが不足する。

その何か・・・は、自然の講話標題とした「統御」の、とくに縁をもって任官し、これまた事情によって上下関係の命令権者になったとしても、本来の深層に潜在する人の情感(人情)の力がなければ、命令だけでは、決して有効的な選択とは言えない。

 

例えば隊員の死があるとすれば、何によって、誰が補うのか。なにも補って欲しいから命令に従うのではないだろう。旧軍では教官が「俺も必ず後から行く」と逸話があるが、身近な縁では想念も強い。高位高官となり戦略や戦術を企図するような肉体的衝撃を回避もできる軍官吏は、前線兵士へ厳格かつ冷酷に見えるような命令を下す。それが職掌の役割でもあった。

以下の例題は、同様な境遇において、生死を共にする部下に諭すように教育論を述べている。

また、常に応変する戦場において、瞬時、的確に対処するために肉体に浸透する学びのすべを説いている。

 

    

 

 「例題」

教官から話を聞くことは啓発の端緒にはなっても、知識が増えるだけで諸君の知識が増えることにはならない。戦史を研究し、自分で考え、さらに考え直して得たことこそ諸君のものとなる。たとえ読み取り方を間違っても、100回の講座を聞くより勝る

                        ( 秋山真之の教育論)

 

 

≪真之の戦争不滅論講義≫

 

「生存競争は弱肉強食ある.そして奪い合い、報復する」

 

「戦争は好むべきものではないが、憎むべきではない」

 

「大国といえども戦いを好む国は危うい。平和といえど戦いを忘れた国は亡びる」

 

「戦争を嫌悪して人為的に根絶しようとして、かえってこれに倍する惨害に陥ることを悟らない国も、必要以上に武力を使って、手に入れたものより、失ったものが多い国も哀れむべきだ。」

 

そして、学生の書いた答えが自分の考えと違っていても、論理が通っていて、一説を為しているとすればそれ相当の高い点数を与えた。

もし教官が自分の思い通りでなければ高い点数を与えないというやり方をすれば、学生は教官に従うだけになって自分で考えなくなる。

その様では、いざ実戦で自分の考えで判断し、適切な処置をすることができなくなってしまう。

 

そして要諦は「天地人」と説く。

①  いかなる天候、いかなる機会、いかなる作戦

②  いかなる地点をとり、いかなる地点を与えてはならない。

➂ 人の和が重要。

いかなる統率のもと、いかなる軍を配置し、いかにして将官の命令を徹底するか、これが人である。

    

        

     「もし戦争になったら国民にその覚悟はあるのか」

     中曽根総理の自衛隊ペルシャ湾派遣に諫言した。

 

母からの手紙と兄の名刺

もし後顧の憂いあり、足手まといの家族のために出征軍人として覚悟が鈍るようであれば、自分は自決する」

この手紙と母の写真、そして「這回の役、一家全滅するとも恨みなし」と書いた兄好古の名刺と一緒に軍装の内ベケットに入れていた。

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