まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

引ったくり考

2009-07-27 12:13:33 | Weblog

 どのような人の命名なのか“ひったくり”とは、まことに俗っぽい言葉ではあるが、これほど当意を得ている犯名も珍しい。
おっちょこちょいは、この単純明快な言葉にその犯罪の安易さを感じ「チョットやってみようか」などと考える不心得者がいるやもしれません。

犯罪用語では窃盗の部類ではあろうが、内容はいとも軽薄で、総じて婦女子の手荷物を当人が身につけているにもかかわらず強引に“ひったくる”行為であり、一目散に逃げる事で犯罪成立である。

江戸の岡っ引きが「逃げ足の速い野郎だ」などと捨てセリフが似合いそうでもあり、盗っ人稼業からすれば少々「格」が落ちる手合いのするさしずめ稼業見習いの類いのようだ。 しかし抵抗され暴力が伴うと強盗に変化する。 庶民からすれば“強盗未遂”と命名した方が“ひったくり”の意味する安易さより防止策になるのではないかと考えたくもなる。

時代劇では盗られるほうも金目の物は“懐中もの”といって必ず肌身離さず持っていたものです。  当時は着物のせいか袖、懐、帯のなかに財布をいれ風呂敷や手荷物にはあまり金目の物はいれなかったため“ひったくり”より“巾着切り”といったスリが多かったようだ。 今も昔も逃げ足の速さが成功の要因であることは言うまでもない。特に盗っ人の場合、仕置き(罪)は金額によって変わってきます。

十両以上は死罪、十両以下は入れ墨である。 ひったくられるほうも価値の少ない品物ですと岡っ引きに金を与えて「引き合い抜けと」称して、繁雑で一日手間のかかる被害者調べを避けようとするものが出てきます。
“ 岡っ引き”という 地位のない無頼の輩からの“ゆすり”“たかり”の場面を想定した今で言うところの“告訴下げ”が それである。









動機も「不図」(ふと)という出来心や「子心にて弁えず」といった社会規範や道徳を弁えない場合と、金に困ったり欲求を満たすためにおこなうものもありますが、被害者も「不注意だった」「もっと違った所に所持していれば」などど、金品所持の曖昧な責任を恥じることでもありました。



【今と似た時代】

時代背景もあるようです。 犯罪ではないが徒人(ずにん)といって今でいう虞犯に類したものが多く横行し、あの鬼平犯科帳で有名な火盗改メが活躍した頃と同様な風紀が今もあるようです。


武士の子弟が集えば刀の鍔(つば)や装飾を自慢しあい、女子は今でいうブランド指向のようにかんざしや着物の購入先が話題になるような爛熟から怠惰、衰退に移る時代であり、昼間からブラブラと徘徊する様子は現在の遊戯店の盛況、レジャー の多様化と様相はどこか似ている民情でもあるようだ。
時代認識として“ひったくり”の理由や行為も簡単なら、動機も軽薄なものが多く総じて民心、風紀の歪みや怠惰という社会情勢や時節の遊情に多発の要因がみうけられます。


いつの時代でも、まさか大根、にんじん入りの買い物カゴが目当てでは割に合わないだろうが、 やはり暗いところで逃げ場を見通せる場所であり相手は婦女子でショルダーバックかハンドバックが獲物になる。
犯罪構成要因が加害者や被害者にも金品に関して安易な欲望と所持責任の状況があることも否めない事でもあります。

それは自転車ドロボー、万引き、痴漢などと同様に法の遵守以前の大前提である道徳の欠如というよりか、道徳そのものの有ることすら解らない無知からくるものであり、微罪といえど社会安寧を考えるうえでのあらゆる問題解決の端緒であり、現代流の人間資質に対する警鐘でもあるようです。 あらゆる場面で、高い地位、名誉、学歴、財力という人格すら代表するものでないものに属性価値を求めているうちは法の繁雑さを含め、微罪と称せられる道徳犯はますます増加の一途をたどるのが時世の常でしょう。

落ちこぼれ、疎外、社会組織の硬直化からくる閉塞状態、現在の不満と将来への不安 これらを分析すればするほど解らなくなる自分の存在は、犯罪となれば強いものより弱いものに向かいます。 また、関わりが繁雑になるほど自己管理が難しくなり、ついつい解決を他に依存したりします
 










 そのことは、常に触法の環境にいることで自制心や道徳すら法に委ねることになりかねなくなってしまうからです。
自立自制のない怨嗟や不信の心は、より良い対策の展望を曇らせ本来あるべき社会安寧の姿の意味すら解らないまま繁栄のなかで埋没させてしまいます。
反面的な云い方ですが、ひったくりの成功を増長させ重大犯罪なる懸念があるとするならば、被害者の管理責任についても考えなくてはならないはずです。


動機の希薄な犯罪の多くは誘引、誘発という心の片隅に持つ邪まな部分に触れることによって起こります。

痴漢、青少年の喫煙、万引き、などは社会規範の逸脱の行為ではあるが、そこには全てではなくても媚態、快楽、時流を宣伝し購入を煽るといったことで、性、食、財の欲望を誘引し、ひいては犯罪を誘発する場合もあります。
防犯は対価と許容年代を考慮しても“行為”と“誘引”は紙一重の構造ではないでしょうか。 それは結果としての犯罪行為と無意識な誘引行為の問題でもあります。

泥棒は死罪といった厳罰主義の江戸時代でも不用心、不始末として行為を受けたほうも恥ずかしいこととして自己管理や相互扶助を促しています。
「御上に手を煩わせるな」もこの頃のことです。
“ひったくり”から様々な事がおもい浮かびます。

歴史を積み重ねた先人の知恵、 “ひったくり”の命名者に賛意を呈するとともに「一利を興こすは、一害を除くに如かず」といった施政の哲人の言を活用して“解りやすい法の運用”と繁雑な法の再整理をおこなうことと同時に、硬直した土壌の再生も犯罪防止の思わぬ効果を期待できるのではないでしょうか。


警視庁「家庭と防犯」依頼稿
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禁ずるところ利を生ず  ひとまず・・終章

2009-07-13 09:01:49 | Weblog
 
 



誠の利のあり方について、「利を興すには、一害を除くに如かず」とは元の宰相、耶律租材の言葉だが、法を重ねることによって社会は硬直し、既得利権として官吏に運用されると、民衆の怨嗟は運用官たる警察官、税吏に向かい、終には対立を招き権力転覆することは歴史の栄枯盛衰を紐解くまでもなく、枚挙なき官吏の性癖だろう。
まさに、紫禁城は禁ずることによって利を招来する宮でもある。

前章で述べたが、団塊の世代といわれるものの定年を迎え、OBの当てはめ先に苦慮する現役官吏の苦労は大変だという。
外郭団体や法人も、そうそう玉突きはできない。ならば法の運用を手伝わせ罰金徴収に充てようと、警備会社を乱立させ、資格を得た民間として罰金徴収係りにするという。
納税者に身近な場面に現業としてアテ職を作るのはたやすいが、退職税吏も税理士として一定の顧客を斡旋してもらいながら肩たたき退職の食い扶持に繋げていると聴く。

官吏の様態は世界共通のようだが、止むことのなき繁殖力に抗する手立ては、未だ見つかっていないようだ。
身近に共通することは、我国での母親の教育目標に顕著に現れている。それは、「いい学校へ行って公務員になりなさい」という言葉だ。隣国には科挙があり、韓半島での受験の激烈さは、利学、術学の教育に堕落している。

「禁」は複雑な要素によって形成されている国家の連帯や、自省を前提にした最低限の規範であろう。また予算にまで計上される官吏の賂でもあろう。そのことは反面、民心に義と緊張感を発生させる社会の循環学習である。
生身の人間が生活している社会では、当然ごとく存在する「ほど」のよい仕組みではあろうが、なにか間尺に合わない現象でもある。

隣国の開放という政策は収奪した権利を手放したに過ぎず、我国の規制緩和や改革も、手に負えなくなった施政の肩の荷下ろしのようで、耳障りのよい大義の美名が蔓延っている。

自己制御、克己心があっても、利のためには罠がある。食い扶持、貰い扶持に邁進する狡猾な官吏の下、禁の土壌はより巧妙に利を生ずるシステムとして止め処もない増殖している。

h17 5 未稿
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禁ずるところ利を生ず  其の二

2009-07-12 22:30:32 | Weblog
先掲載「昇官発財」を併読参照していただければ、よりご理解が深まるかと

【禁ずるところ利を生ず】


 そういえば、射幸心を煽ると一台2万円が限度であった出球が、暴力追放の美名の下に換金所を管理し、商社、通信会社と連携したパチンコ専用カードによってパチンコ業界を支配管理下においた警察機構は、出玉制約を取り払い、遊戯店を官製賭博場に変化させた。遊戯台の製造、許可などの外郭産業または管理機関への天下り、警備、清掃業務への参画など、国家を超えた異民族とのシンジケートや闇社会との共生がある。

 地方の遊戯店の駐車場には消費者金融のATMが設置され、射幸心を煽られた人たちを欲望の高揚ゆえか、多くを自滅の途に向かわしている。日本人の自己管理の秘匿性と実直性を熟知した心理を利に結び付けている巧妙な商いでもある。

 ちなみに、遊戯店のトイレでの売春は一昔前のことだが、いまではトイレ内の自殺も枚挙がない。それは政治政策の根幹を為す民情視点ではあるが、取締りの警察の分別が不審死、事故死であれば政策情報にもならなければ対策にもならない。
一応に関係企業の株価も上昇している。
 
 管轄する都政も知事自ら税収を図って官製ギャンブルをあおり、まるで東京賭政の有様である。これも掟、陋習の類に棲み分けされた陋規を、強引に法令という禁令に取り込んだ官吏の狡猾な搾取である。
その結果、扶養支出は増大し、怠惰な民情を生み、現代の棄民と称せられる一群を発生させている。下座観のない政治の典型的姿でもある。









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 隣国の首都北京には故宮、紫禁城がある。日本が取り入れなかった陋習には宦官、纏足、科挙があるが、紫禁城の運営には欠くことのできない陋規であり、総てが財を発生させるものである。
 
「宦官」は後宮女官数千人いる紫禁城に任官するために陰茎を切り取って応募する官吏である。建前は陰茎の根元で切断だが、そこは応用賄賂の社会ゆえ金次第で亀頭部、陰茎の一部もあった。

 もちろん性交が不可能な機能だが、勃起中枢は脊髄であるのと、敏感な亀頭切除のため長時間の情交が可能だった。あるいは竹筒の底に蜂蜜を入れ、舌で舐め採る訓練を行い、徐々に竹筒を長くして五寸ぐらい掬い取るようになると、舌は自在筋のために陰茎を用いた情交より甘美な感応が発生するという、まともに記述するに憚る様態がある。余談だが切り取った陰茎は竹で編んだ升に焼き石膏を入れて屋根裏に吊っていた。死ぬときに棺桶に入れれば、再び人間として生まれてくるという迷信が添えられている。

 その宦官が出仕する紫禁城の主は皇帝である。宦官は武人ではないが側近としての権力は絶大である。絶大といっても虎の衣を借りて目隠し屏風としての狡猾な権力がある。 とくに官位が上がれば財を発するという「昇官発財」と「一官、九族に繁える」と云われるように、一族の期待を負った任官である。またその財は総じて賄賂である。

賄賂といっても日本のように四角四面に背任や汚職と断定するものではなく、賄賂は「人情を贈る」類のものである。また、その交換が仲間の認定でもある。
皇帝の権限は天地総てのものに及ぶので賄賂を必要としないし、蓄財も意味がない。

 儀礼的に朝貢する各地の部族は貢物と称して土産物を持参する。その際、皇帝の一番近くて目に付くところに並べて貰うために宦官の力が必要となってくる。その際のお礼が賄賂である。もちろん朝見の順番もそうだろう。それは吉良と浅野のやり取りに似ているが、似て非なる儀礼対象がそこにはある。


 通路の右か左を通行するか、どこで止まるか、どこで休むか、場内での従者と使節のしきたり、日本では規則を増やすことによって罰金が生じ、隣国では法を教えてもらうことによって宦官に利が生じている。「利は義(正しいこと)の総和」と教えるが、狡猾な官吏によって利が発生するのは共通しているようだ。


 余談だが、あの水戸黄門(水戸光圀)の「黄門」は皇帝の色、黄色の門のことであり、それを守っているのは宦官であることから、あるとき「あれは宦官か?」と問われたことがある。また、文献を検索する学者から、宦官は何年まであったが、その後任官したその宦官は偽者であると四角四面の抗論があったが、亡くなった宦官名前で別人が入り込んでいる。


それが中国なのだ。また日本人は通常「俺」と自称するが、俺は「申」を上から押さえているため縦線が右に曲がっている、つまり男性性器が役に立たなくなっているということで、中国では使わない、と。陋習とともに如何様にでも理由付ける鷹揚さは四角四面な日本人には、到底理解に届かないことでもある。











 少々、ビロウなことだが纏足にも触れておこう。
日本では、゛逃げられないように足を固定する゛あるいは、゛身のこなしがきれいに映る゛といわれているが、古老の話では幼児の頃から親指を除いた指を内側に折り曲げて、布で固く縛り、あまりの痛さに、何人もの幼児が、「痛い、痛い」と大きな水瓶に足を当てて冷やし、慣れてくると踵の高い小さな靴を普段使用する。それは花魁の重い衣装に高下駄と同様、バランスをとるために内股の筋肉が発達し、そのため女性器が発達して自在になるという。

 性の享楽のために肉体改造する、つまり価値が上がるのである。また、宦官も然り、みな童顔でありホルモンバランスも変化するようだ。
台湾の一部でも、子供の頃から小陰唇を吸うことによって肥大化させ、性的享楽の具にする陋習がある。いまどきの人権、性差別では到底おさまらない楽天的といわれる島礁の風習かとおもわれる。 

 それは、宦官、纏足、科挙を受け入れなかった日本人には理解できないことだが、「色、食、財」の欲求に従順に、かつ知恵を振り絞るダイナミックな生きかは、近頃の開放政策を得て、形を変えた欲望として資源枯渇はなんのその、巨大な龍が動き出した。

 禁ずることは利、それは規制勢力の既得権力であったが、開放と自由は民衆に止め処もない欲望を生み出した。いまは収斂すべき国家権力から解き放たれた混沌の砂となって地球に吹き荒れている。それはダッチロールのようでもある。

 それは孔子、孟子を代表とした道徳制御から、それが自然だと言い聞かせるような老子の道教世界の自然循環のようになってきた。

 利は自己を制裁する。自然は潤いと渇きを与える。何によって自己を内観するか、あるいは孔孟が、欲望の利と対峙する意味のないものとして滅ぶのか。
興味ある下座と俯瞰の行きつ、戻りつつの考察でもあろう。

 利については似て非なる考え方をしている我国と隣国の問題だが、往々にして錯覚、または意味の理解が届かない隔たりがある。


以下次号
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再読 中華民国 台湾に国維は存在するか 終章

2009-07-10 11:27:22 | Weblog






前提は《真の台湾統一》  (宿命から立命へ)

生存の宿命を悲哀と感じたら、それは怠惰の存在を認めるものだ。
参拝に公私を騒がしくも問う民情もあるが、当事者がマスコミと連れ立った鎮魂が真の有り様かを自問するもことも無く、立場の宿命を風俗怠惰になった民情に問いかける狭隘な選択肢の提示は、よりリーダーの存在を希薄にさせている。

アジアには緊張感のあるリーダーが存在する。中華民国の歴代総統もその任にあった。
多方面から提供されるであろう経国の提言に迷い、怯むも、超越してメッセージを発しなければならない覚悟と、熟慮の果てにある国家に靖んじて献ずる己の姿が見えるだろう。

それゆえ今回の総統の発言は双十国慶に当を得た内政の連帯喚起と、大陸への応答辞令として絶妙な機会でもあっただろう。

我国も台湾とかチャイニーズ台北とか呼称しているが、中華民国であり、国政の中心地は台北市と呼ぶべきだろう。
香港協議は彼らの知恵から搾り出された、偉大なるグレーであろう
しかも、そこには意思がある。どのように推移、変化するか分からないことを、四角四面に決定することの愚は、わが国の歴史から見ても理解の外にあることでもある。



《アジアの中での日本国成立の要件》強固な意志こそ柔軟な行動を生む

そのなかで我国は腰の落ち着かない右顧左眄政策を噴出させ、その姿は彼の国のいうところの小人国家、商国家として両岸から嘲笑されている。
俯瞰した歴史から見れば、その分離国家政策は第三国を揺さぶるには大きな価値があり、スローガンが異なっても利に対する欲望は同化させるに充分なグランドを持っている。

経済を唯一の国家価値と考えるようになった今、世界は翻弄され固有の情緒さえ融解させいるように見える。
合体恐怖と分離安心を駆使しながらも誘引する利の魅力は、とくに遠大な経綸も無く、異民族の顔色を伺う我国の存在は、「大謀は図らず」を自然の生業とする民族に飲み込まれることは必然である。 

戦渦のトラウマにある国にとって、分断、分離はややこしい外交舵取りが必要となるが、合体されたときのパワーに比べて一面の安堵がある。 しかしアジアの連帯を考えたら、色分けされた版図の調和なり、元の姿に戻さなければならない情緒的な筋があろう。

一方の文明価値にその生存を求め、利によって完結を求める国家の行く末は、あの商国家カルタゴの末路を想起させる。 一時は、抑圧されたアジアから光明として謳われた明治は、少なからず頼りになる国だった。
ことさらシフトを変え、歴史に異議を申して書き換えるような短絡な意思はないが、収斂しなければならない歴史の必然がある。

「個の尊重」などと、より分離と放埓を招く風潮は、利によるパワーゲームを増進させ、同一地域での情緒の噛み合わせが悪くなり人間同士の信頼の置き所を分からなくさせてしまう。 その選択は、地位、名誉、財力、学歴、といった人格とは何のかかわりもない附属性価値な委ね、終には連帯意識の欠乏や己の生存意義までもおぼろげにしてしまう。

 時空を結ぶ連続スパイラル、リングチェーンとでもいおうか、まさに人心が衰え「国維」が途絶える状態である。

すぐさま、李前総統は苦言を述べた。「法律的にも抹消されている中華民国を破棄すべきである」と。 さして鎮考したと思えない法学者特有の理論だが、リーダーの至言に注すべき言葉ではない。たとえ国民党と2分している緊張感が言わせたものであっても、と機宜を読み取って応える寛容が欲しい。

 四角四面を大人気ない日本、と語った満州国副総理張景恵のように、あの民族特有の逢場作戯を駆使して、宿命を持った光明ある島礁国であることを任じて立命の意に達してほしい。

宿命、悲哀は一方に滞留する怠惰を誘い、力を善とする民族は国家怨嗟に向かうだろう。

それを打ち払うのは「立命」しかない。その術は歴史を振り向けば己の背に添っていることが分かる。 それは、四角四面も良くないが、功利を拙速にとらえる短絡さも良くないということだ。


            《復(ふたた) 縁は蘇る》辛亥革命

恩讐は縁によって復(ふたた)、蘇る。保存しておかなければならない歴史の残像と人物は、我国のとっても共通な残影として、また地域連帯の守護としてその出番を待っている。

それは明治の残影に映った人間を、真の日本人として称え、その経綸は中華民族のみならず全アジアの安寧を唱え、東西の調和によって平和を求める熱情と行動があった。 多くの日本人が死を賭して捧げる価値のあるものだった。また抑圧された多くの民族が立ち上がって独立を勝ち得ていった。 異民族が価値をともにして行動した瞬間だった。

昼夜を問わず書き上げた選書には、全中国民族を代表して哀悼と感謝をのべ「その志、東方に嗣ぐものあらんことを」と日本及び日本人に期待を寄せている
それは、我国にとっても、アジア全体の「維」として語り継がなくてはならない。

たとえ両岸のねじれ現象が解消されても、その価値は消えることはない。

幸いというべきか、今回の訪問の初頭に殉難された日本人教育者6士の墓参と顕彰碑の拝礼に訪れた折、愛知淑徳大学現代社会学西尾教授が引率するゼミ女子学生に遭遇した。

西尾教授は一段小高くなっている顕彰碑の周囲を走り回るようにして学生に大声で来歴を説いていた。 異民族に普遍な教育を説いた日本人教師の気概が若者たちに継がれた瞬間だった。 その姿に、改めて6士の霊に哀悼と惜念のおもいを深くしたとともに、我国の深層に鎮まりを以って存在する爽やかで実直な風儀を思い起こし、嗣べきものの重要さを明確に実感させていただいた。

継ぐべきものの恩恵は今なお朽ちることが無い。


《平成16年10月15日 記》


以下、現時考

 その後の台湾を取り巻く状況は、大陸への経済的吸収と同化が顕著となり、内政においても日和見と独立が政治勢力のスローガンになっているが、あくまでスローガンに留まっている。

また、色、食、財の欲望は政治権力さえ無力化させ、権力に対する信託が無くなり国家の融解が始まっている。アメリカもアメリカ民族とは呼称しないように、台湾もその位置には無い。取りまとめの要は小範囲の人情と財貨である以上、帰属愛国意識とは異なる情緒がそこにはある。

民は赤(国民党)でも青(民進党)も変わりがない。ただ余計なことに口出ししないでくれればそれでいいと。しかも「党」は黒(悪党)を貴ぶという旧字の、゛冠に黒゛と習慣理解している。

つまり国のセンターラインがオボロゲになり、風の吹き回しでしたたかに生存する大陸の世情そのままの姿が露呈し、大陸の経済開放と相まって、明け透けな財貨の欲望に突き進んでいる。

指導者階級もスローガンの左右に関わらず一路邁進しているようだ。

激変の訪れは一滴の色素が水の色を変えるように、一瞬で変化するだろう。
アメリカ、日本、はたまた中共、そんなものではない。ただ柵をとれば変わらぬ人間が存在しているだけだ。

権力が作り上げた体制とは異なり、「維」の在処を探求しない、あるいは在るを知らない民族は易きに流浪するのみだろう。

近頃、似てきたように観得る我国の将来考察の銘としたい。


【以上、時を代えた二次にわたる考察を踏まえ、平成21年7月10日 再読をお願い申し上げるこの時点においても、その姿は換わらない。】
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再読 中華民国 台湾に国維は存在するか  その四

2009-07-09 08:11:54 | Weblog




《民主という欺瞞》

社会の能力が欠如して、偽、私、放、奢の欲望が人間をコントロールするようになる。
地域生存において力となる人間連帯の調和は、欲望を自制する正、公、省、倹の回復にある。 そこには宗教や固有の掟、習慣が、新しい姿で興こされなくてはならない。
そして、何より必要なのは、分離、分裂した連帯への収束価値を統一しなければならない。
アメリカ同様、台湾に必要なのは真の国内統一である。 我国も同様な淵にあるといって過言ではないだろう。

多面的価値の受容や多岐にわたる特徴の発揮は、グランドの再生に掛かっているといって過言ではない。 他民族を受け入れる度量を誇っても、あるいは一時の活性を得たとしても、融解しつつあるものの重みは、亡国の後に亡国だと気がつく群盲の性であるが、たしか、「民」の字は目を矢で射ぬかれ昏(くらい)くなっている象形と聞く。


《机下の妙論》 (歴史の活学)

10月10日 中華民国国慶節である。辛亥革命に縁のある「双十節」の式典において民進党の陳水扁総統は「中華民国は台湾である」と述べている。
一つの中国の定義として独自解釈することに合意した1992年の香港協議を改めて宣言したものだが、両岸民衆が深層の情に抱く核を絶妙に言い表している。

「それぞれ解釈は勝手だが、中国は一つですよ」ということだが、思惑の幾つかは、心変わりが激しい米国の動きと影響力、民生経済力の平準化、あるいは形式的な異なるものの存在から発する双方の利得、など、もう少し様子を見ればどちらかの色で染まるでしょう、ということでもある。同じ赤地の旗だが、晴天白日か鎌かの微細の異なりなのである。

つい前世代の分離は第三国の意図なりで留保のない利得を発生させたが、現在のような大きい市場と機能が集積された地域の分離は、不足分を補う融通の分離として価値を高めている。 

しかも共産、民主と異なる文化圏から発せられた名目スローガンに色分けされ、いまは流行ごとのように価値が偏重しているかのように見える看板も、一皮めくれば民衆の心根は、色、食、財に従順としてその成果を求め、国家の謂う連帯は固陋な利と人情におかれている。

陳水扁総統は中華民国が受け入れられる条件として意識的に述べられている。 
しかも2004年10月10日の総統府広場における双十節の祝賀壇上で孫文の遺影を背景に国民党と大陸に向かって発している。
両岸双方は深層の情に板ばさみになっていると言っても過言ではない、しかも大陸はねじれている。

陳水扁総統は台湾のセキュリティーを認知して、大陸の民衆に説いたのである。
国内でもその残像のもつ評価はねじれ現象を起こしているが、民進党の党首を超越してまでも中華民国総統としてその歴史を包み込み発言したのである。
このことは「われ国民党を遺す」と遺言に記し、それを以って蒋介石国民党の独裁下にあった中華民国国民党の政策は三民主義による国家統一がスローガンであったことと、あまり変化のない国体のあり方である。


《深層の国力の融解》 (人心 惟(これ)微(かすか)なり)

もちろん時節の変化で国民党から民進党、独裁から民主化とか姿は変っても国家運営、とくに内政運営の難しさは同様な憂いとして総統の肩にのしかかっている。
とくに汚職、腐敗の雛形のような国民党政権、いや此処では政権に利を求め集まる人間というべき存在が、そっくりその姿として民進党のイメージになっている。
賄賂を人情を贈る、と言っていた頃は可愛い国柄だったが、政治経済に影響ある人々までが腰の落ち着かない状況を示し、あまた隣国の卑しい政治家を巻き込んで利権の構築に励んでいる。

 それは蒋介石、蒋経国、李登輝と同じく社会にはびこる一群との戦いであった。 「民進党も同じさ」という庶民の言葉は、スローガンを掲げなければ繰ることのできない国家経営の難しさでもある。
その意味では大陸の残像であり、あの天安門の学生ですら占拠した広場に孫文の大額を掲げ、それを囲むように占拠本部をおいて、「天下公為」を大書していたことでも分かるように、民族の混乱期にはまるで神棚の御神体のような存在でもある。
共産主義国の首都で三民主義を唱えた孫文が活かされている実態と、若者が唱える別の選択肢は小欲の無意味、大欲の実利として混乱期に必ず登場するセキュリティでもあり、選択されるべき連帯の結び目でもある。
これは愛顧や懐古趣味ではない、実利の伴う必然性のある実態なのだ

普段は神棚に埃を被っているものだか、政権にとっては痛いところを衝く巧妙な理でもある。 我国の軽率な言論人には欠乏した視点であり、歴史の必然を推考できない原因でもあろう。

以下次号
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再読 中華民国 台湾に国維は存在するか  その三

2009-07-08 17:22:03 | Weblog
台湾衛兵


開戦前、ワシントンのシンクタンク研究員との応答
現場において、時の面前に対応する研究員の開戦回避の熱望に応えたものである。

2003.9.24 15:27 TO nakano brooking

ところで,ブッシュさんは、『直なれば絞ず』になりつつあります。 その後は弛緩するでしょう。そして『謀弛』といって,謀(はかりごと)が弛(ゆるむ)でしょう。 密な政策が内部から露呈します。
 いわゆる米国の座標がおぼろげになり、軸の再構築の必要が迫られます。いや,回転のスピードによって支えられた軸が揺れ出すと言ってもいい。
 なにか仙人の戯言のようですが、アメリカは自らを絞めつつあるようです。世界の動きを俯瞰しながら鎮まりをもって考えれば打開します。
 妙な謀は逆効果です。 かといってデーターや情報の理解だけでは動きません
 こんな時こそ中野さんの直感を胆識をもって披瀝する機会です。
 安岡師は「真に頭の善いという事は直観力であり、どう使えるかだ」と。
                            ゴマメの歯軋りより

以下拙文、添付資料
「直にして礼なければ、則ち絞なり」

正しいと思うことを言葉や行動によって表す場合、あるいは昨今のような一触で戦火に陥るかのような既成事実が強大な国から発せられたとき、全体に理解できうる論拠とあいまって、世界の大部分を司るための調和に関する礼儀が必要になってくる。
 これが欠けると己の正邪とかかわりなく疎外感や行動の自由を失いかねない状況に陥ってしまうことは歴史の栄枯盛衰を眺めるまでもなく、いまだ恩讐の蘇りとして観ることができる。
 
 その意味からして国連の調査決議に判断を委ねることを、さも独立国家の自決権として常々声高に唱える国々の奇妙な姿は、人を得ない国家の悲哀としてみる事ができる。
 困ったことだと思いつつも、不幸にしてテロの参加に見舞われた国の高揚は如何ともし難い、しかしと考える余裕もなく追従する国もあるが、結果は『利と義』の説明に終始するのが為政者の姿である。
 
もっとも、錯覚した成功価値を充足させるために消費資本主義サークルに参加している国々の指導者も『その後』を模索した態度に終始し、平和、テロ粉砕という共通大義に身を寄せて多数を占めているのが現状である。

 「衣食満ちて、仁礼を忘れる」とは苦言だが、わが国にも意味不明な詐語を駆使している無国籍人の意識には、他国経済との共通概念の構築に熱中し、政治政策までもがそれに追従している有様である。
 それは成功価値の附属性である財利の虜として閉塞状態を生み、その結果、現実の宿命感から怠惰、軋轢を誘発させ、鎮まりを基にした思考や観照といった情緒の涵養を無価値なものと捉え、落ち着きのない群行群止に追いやっていることも因があろう。
 
世界標準価値を掲げ、努力結果による数値や物量の多少如何に、一過性の国力評価を委ね、それを唯一の成功価値とする国々は、つねに競争軋轢の渦中にいる。
もちろん究極の解決手段は戦争であるが、それは地域文化の礎であり深層の国力というべき情緒や人格の為す威厳が、まるで埃を被った神棚の添え物のように忘却されているために起きる地域文化の融解と言えるものであり、今回の衝突を回避するためにもっとも必要とされるべき相互理解を無為なものにしている根本要因でもある。
戦争もさまざまな論点はあるが、人の織り成す作用の結果であることは変わりない。
 
 あえて歴史の事象や言論人の論評を例に取り上げ論拠とする段ではないが、我々の学びの残像を紐解くと、力の強いものには肉体的衝撃を恐れず直諫することを己の矜持とすべき、と教えられた。
 また、知って教える。学んだら行うことも。
 ゴマメの歯軋りのようなものだが、あえて歴史に頓首して唱える。 
「いま歴史をどのように刻もうと考えているのか。恩讐は復、蘇る」と。
 
ブッシュ大統領の言は一国の危機を司るものとして「直」でいう一面的、むやみ、ではあるが、ひたむきで純朴ともみる。他国の煩い事や引き腰のパフォーマンスにはない姿がある。アノ国はという評論はあるが、一国の指導者としてはなんと頼もしく感ずるものだ。
 
その意味で北東アジアの一隅を占める我が国の指導者と国民たるは、自らの拙速とした決断の翼賛的調和は、何れ欲望の不調和から自決権を締め付けることをアジアの諦観を添えて憚らず直言すべきだ。
それは近世アジアにおいて自らを締め付けている残像を認知することであり、現存する事実観の再考となる良機でもある。

西洋には騎士道もあろう。 あの佐藤元首相が騎士道と武士道の共通観念である敗者への忠恕を語った米国大統領との会談は、予想に反した長時間の清話になり、あの沖縄返還に結実している。

戦火の因果は応報が常だが、碩学南方熊楠の「因縁」に委ねれば縁を再び起こすことが可能になる。
「徳を以って恨みに報いる」は、戦闘行為の前後を問わず「恨み」に公正無私な応対するという姿勢の如何を戦闘の指導者に求めている。
またこの精神がなければ私闘であり、公憤にもとづいた義戦ではなく、真の勝者たり得ない。まさに因果は巡ることになる。
この期に及んでなんと悠長な論かと問われそうだが、ことは人が死ぬという恐怖の淵に際しての人間の涵養を観るということだ。
 
いま事実の積み重ねが関連性を惹起させアフガン、イラクと戦火が広がっている。
まさに殺し合いが始ろうしている。 情報と称して団欒に戦争中継を見たいと思わないし、ビジネスチャンスとはもっての外だ。

ことさら客観的な予想を述べたものではない。 己を知って進めることだ。
それは、歴史の残像から導き出された譲ることのできない遺志である


以上が全文ではあるが、その後の経過は敢えて事象を羅列することも無く、当然な形に推移してしまった。 国や社会がその連帯や復元力を衰えさせると権力行使に大きな支障を生ずることがある。

とくに徴税や軍役といった国家成立の基礎的要件まで崩れると、他国の侵入や異なる思想勢力の影響を受けやすくなることは、歴史の栄枯盛衰を説くまでもない。
その多くは公平、正義、民主といった求心的なアピールと、為政者やそれを取り巻く人間の発する問題とが多くの齟齬を起こしたときに、その政策意思が通りにくくなる場合だ。

あるいは衰亡末期に表層に現れる責任回避や新規政権に擦り寄るための情報漏洩や、最後の一仕事とばかり蓄財に励む汚職や便宜供与など、風向きを察知した人間の行為は古今東西それほど変りはない。
         

  《勝利の果》  (弛緩した国家)

あの正義と民主を掲げて世界の軍事経済を牛耳っているかにみえる米国も例外ではない。
よく「アメリカの正義は健在」と、事あるごとにその威信の回復力と、慈愛に満ちたメッセージが大国の魅力として、またシステムとして多くの国々の羨望を集めている。

2004/10に米国下院倫理委員会は共和党のトム・ディレイト院内総務を7日譴責処分にしている。疑惑はエネルギー関連会社から2万5000ドルの献金を受け、直後にゴルフなどの接待を受け、審議中の関連法案に便宜を与えたという。選挙区割りについても政府機関に不当な圧力をかけた疑惑もある

ブッシュ大統領が太平洋司令官に指名し、直後撤回したマーチン空軍大将も空中給油機リース契約に絡んで、女性職員を総額320億ドルの契約先であるボーイング社の副社長に就任させ、家族もその恩恵に与っているという。

国防総省政策担当のライス次官の中東担当直属部下は、機密扱いだった対イラン政策の文章をワシントンの親イスラエル団体に渡していた疑惑。アジア問題では国務省元次官補代理が国交のない台湾を無断で訪問して女性工作員と接触して関係文書の提供をしている。

浜の真砂ではないが、先進国、世界の警察といわれる米国をしてこの有様だが、テクノクラートと称される人間にとっては意味のない内政問題でもあろう。 とくに官吏はこの手の話を嫌うものだ。

 現在の米国は高位高官にあるものの便宜供与、汚職、秘密漏洩の多発である。 これを国家の弛緩といわず何と言おうか。 どんなアンケートや数字を駆使して現状を分析しても、導き出される結果は政権交代か、もし現状でも国家の調和や、世界からの真の信頼は無くなる。 

いわんや外交から内政に重点が移り。それに忙殺された政府は民主というモンスターに振り回されてしまう。
その間隙は世界を意図しようとするものにとって好機であり、新たな版図をつくるために、亡霊となった思想形態が復元してデザインを描くことになる。

             

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中華民国 台湾に国維は存在するか  その二

2009-07-07 13:52:32 | Weblog
     


      陳総統が台湾市長の当時整備された六士先生の墓
「六士」教育振興のために台湾に渡ったが、当初理解を得られず殉難した六人の日本人教員


《天下、公に成る》

台湾に政体を移した国民党蒋介石政権も大陸の敗走は国民党の腐敗にあったと考え、今の陳水扁総統同様に黒金(暴力腐敗)勢力との戦いを推し進めていた。 李前総統、蒋経国総統も同様な憂いを抱いて撲滅に向かったが、法律の範疇からみる世界と、陋規にある掟、習慣の矯正はなかなか成果が上がらないようだ。

大陸でも民衆に最も信頼された朱容毅をもって共産党幹部の腐敗を摘発しているが、どうもその部分だけは中台も同様な憂いを抱えているようだ。
あの清朝末期の宮中宦官の腐敗と知識人の堕落は、西欧植民地主義者の侵入を誘引し、その清を成立させた満州人は漢族同化に押され言語まで消滅させられた。
いまでも、中国の疲弊は清の堕落が原因だと言わんばかりに抑圧状態が続いている。

蒋介石は新生活運動と称して清風運動を繰り広げている。 所謂、国維にいう国家の中心に流れる精神の確認と連帯を大衆の道徳順化にあると考え、国維なくしては国家の成立がないという意識をもって内政の基礎的部分の構築に努めている。

「維」は、縛る 保持するとの意はあるが、「国維」は国家に必須のおおもとの道筋や掟であり、綱維で表す建国綱領でもあり、四維にある「礼、義、廉、恥」にいう人間の節度と法治に欠くことができない欲望の自制を、蒋介石は生活運動として督励している。

全体の調和を司る礼、羞悪を是正する義、正直と公平の廉、人畜の異なりを制する恥、を敢えて国家権力の提唱として、かつ本省、内省と分離している民情軋轢の融和のために蒋介石みずから運動の先頭に立っている。 大陸とは異なる経国スローガンとして孫文の唱えた三民主義を綱領に掲げ、発足して間もない政体維持に努めている。

いまの中華民国台湾にとっては歴史のかなたに置き去ろうとしている政治経過ではあるが、人称、政策呼称はともかく、現在でも必要な呼びかけであることは変りはない。
あえて孫文や蒋介石を懐古して固陋に拘るものではない。しかし、現在の政治状況にいまさら忘却された懐古趣味を投げかけるものと一顧だにしない群盲像を撫す類の寸評は、生真面目で実直な歴史の構成者として、とうてい任を得ない時節の浮浪として憂いの一端に存在するものだ。


《相の存在と先見性》

日頃、説明も億劫なのか「感だよ」と、風変わりな論調や預言者みたいな仮説を述べているが、時が経つと事実が立証してくれることがある。
単なる憶測や狭隘な理屈を、さも科学的根拠という傾向と、錯覚した大方の大衆に口舌宜しく説いて回る政治家、売文家の類は、単なる「感」の難しさと、説明の煩わしさに意味を持たない論として捨て去っている。 直感などというものもその一種だろう。

とくに文部省の官製カリキュラムで理解できないことを、たかだか己の飯の種の世界に「馴染まない」と、さも広幡に値しないという。
感は多面的、根本的、将来的な「観」であり、「相」に立脚した先見である。後追い記事の訳論とは異なるものである。 訳論は枝葉末節、一面的、現世価値であるため、「観」とは逆な結論を導き出したりもする。 

「相」は木へんに目だが、木の上に目を置き遠方を観察することである。 この場合の「相」は宰相あるいは輔弼の意味を持ち、歴史の辿ってきた足跡と、これから進むであろう路の分岐もしくは起点に立ち、成すべき策や謀ごとを練り、信頼と胆識をもって意見を発する立場である。 あるいはその意思や前提に立って異なることを怯まず行動を興す「分」でもある。この場合の「分」は全体の一部分としての責任と理解してもよい。
長々とした説明が必要な昨今であるが、強いて理解を得るための前提の有無を論ずるまでもなく筆者なりの至論と考えたい。

イラク開戦前、ワシントンの中野有君から戦争回避について萬晩報の奮励を請うメールが幾度か来信した。 それほど切迫していた状況であった。
国際フリーターとして多くの職歴を経験した氏の真摯な言論は、アメリカのアジア政策一助として貴重な提言者であった。その根幹は近代アジアの先覚者の思想や、氏の察することができる茫洋としたアジアの宇宙観にも及び、その活学によって新しいアジアの連帯を構築しようとする意思でもあった。 筆者は氏に添うように応えた。


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 再読 中華民国 台湾に国維は存在するか

2009-07-04 14:23:26 | Weblog
    
                   中正(蒋介石)記念堂


中華民国の国維とは  

アジアの黎明と日本人

「国おもえば国賊」とは孫文の側近として革命に挺身した山田純三郎の伸吟でもあった。
日華どちらに与するものでもなく、終始孫文の経綸にいうアジアの安寧を願いながらも、日本人としての矜持を備えた山田にして日華合い争う愚を複雑な境地で語っている。

それは何のための維新であり、日清日露と続いた戦役だったのか。
朝野の日本人が付き従い、アジア復興の端緒として求めた辛亥革命から、その後の泥沼のような日華戦、背後にひそむ西欧のアジア政策、とくに国際コミンテルンの謀略に赤子のように順ずる姿は、日華の争いが過去数百年アジアを蹂躙したヨーロッパ諸国の残影を再び呼び起こすのではないかとの危惧があった。

たとえ復興(独立、自治権回復)しても、彼らの巧妙な民族遊離策により、つねに同民族、ひいてはアジアが合い争う愚を避けなければならないと考えていた。
そのために、日華双方の当事者を熟知している山田の考えでは、まず日本がアジア復興の礎となった先人の願いに帰るべきとの考えがあった。

山田は智将秋山真之や外務省の小池張造、満鉄の犬塚信太郎、そして陳其美らと語り合い描いたアジアの復興は辛亥革命によって成就したかにみえた。
中国の国内革命だけではなく、そこには終始アジアが視野にあり、その先には世界の平和があった。 

今の感覚では到底理解できないような「おせっかい」ともみえる他国の革命の干渉や、暴政や衰堕した政権にあえぐ民衆を援けようとする気概は、明治のごく当たり前にあった日本人の姿であった。

孫文に呼応した明治の昂揚は、少数支配層の両班による戸籍管理によってがんじがらめになって変化の趨勢に乗り切れなかった李氏朝鮮にも及んだ。 日韓双方に存在する「反日」という戦後教育に書き加えられなかったことだが、両班支配層が行った虐政というべき支配に対して、朝鮮国民の怨嗟のありようを認め、あの高宗帝にして、抗しきれない両班支配の患いを国民から引き離す手段として、またそれが苦渋のなか選択された支配権の譲渡「併合」として一部の歴史理解に登場しはじめている。

それは日本及び日本人から、近隣アジアの復興と行く末を案じるような国際人としての普遍な学習でもあり、 いまどきの損得勘定のウラ読みも足元にも及ばないような、他国から見れば風変わりな日本人がアジアの一隅に存在していたということでもある。




               





《逢場作戯》

陶淵明の有名な詩に「帰去来の辞」がある。「田園まさに荒なんと・・・」と、怨嗟か苦悩か、それとも義憤か、所在を去る辞である。  

あるいは満州崩壊の朝、いつものように朝礼が始まった。襟章をつけ、「一満一徳云々・・」と唱和していた民衆は、崩壊の一報を聞くと襟章をかなぐり捨て、国民党の青天白日旗をすぐさま掲げ万歳を唱和した。 

それは決して満州国施政が問題だったのではなく、空模様を眺めながら傘をさしたのである。 どこに隠していたのか青天白日旗の丈夫な生地だった。尋ねると、日本、満州、中共、国民党、ソ連の五旗を持っているという。そのうち何故青天白日旗だけが丈夫な生地で作っているのかは、張学良率いる東北軍ならいくらか長続きするだろうという意味である。

辞去することのできること、支配者をしたたかに柔軟に受け入れ戯れること、この両者は日本人がよくいわれる、「四角四面」とは異なる生き方とは異質の、人情、財貨を糧とした絶妙なる応答辞令を駆使して地球上至るところに生存し、滅亡なき民族として、まるで支配者の栄枯盛衰と交代を悠々と眺めることの能がある強靭な生命力がある。


《柄にみる経国》

アジアの国々は近代になって善し悪しはあったがパートナーが存在していた。
我国も幕末にはフランス、イギリスが、それぞれの勢力にサポーターのような影響力を与えているが、俊英な志士たちの情報収集と、歴史を俯瞰した洞察力によって拙速に収集したお陰なのか、自決権や政体主権が侵されることはなかった。
それは同時期のアジアの状況を考えると驚異的ともいえる国家処世の術であり、四角四面と揶揄される民族が選択した国家目標へ団結力とかたくなまでの明治の実直性であろう。

国の転換期には政治家は模様眺めに衣を換え、知識人は阿諛迎合するものもいれば、人権や言論の自由という題目を駆使して曲学阿世の輩に成り下がるものもいる。
とくに日夜、高邁な理屈を表す知識人に限って抜け道を用意しておくのが常のようだ。

棲み分けられた地域では、国家概念の中での存在としての連帯が薄くなり、政治経済が社会のための利他から、狭い範囲の利に偏重したり、本来目的ではなく副次的な位置にあった知識、技術の類が名利欲求の手段となり、本来、発する感激、感動や感謝充足といった地域固有の情緒にみられる成功価値がいびつになり、嫉妬やいらぬ競争を発生させ、国家や人間の連帯に不可欠な人心を微かにしてしまう。
国家でいえばカオスであり衰亡に観る徴でもある。

政治や経済を歴史経過の運動体として考えるものは、時として「民主主義への転換期であり爛熟」と、高邁にも考察するが、それは祖国に対して自立した意思を保持している多くの人間が、連帯や縁によって織り成すという社会前提を忘れ、錯覚した運動論である。
不特定の人間や培った歴史が表した森羅万象を吾身にとらえる人間が存在してこその連帯であり、矜持を備えたリーダーを発生させる培養土でもある。






              





よく大陸の成功者は国際化の時代には利口な方法として特殊な分法があるという。
たとえば、蓄えた財は香港、日本、アメリカ、カナダなどの銀行や投資に半分から三分の一を移している。 家族には英語を習わせてその語圏に留学させ、ときには移住して市民権を保持しているものもいる。とくに香港返還前は駆け込み的に子息を移住させている。

いまなお停戦状態にある韓国の資産家も同様と聞く。

困ったことに、その類の連中に限って国家機関、もしくは影響ある位置にバランスよく納まり、さも国家を代表するかのような意見を述べたり、走狗に入る知識人はその権力の正当性を修飾することにその位置を設けている。 
連帯を薄くした国民は狭い範囲の人情を護りつつも利に走り、政治を嘲笑しながら、したたかにも追従する形態を作戯して、しかも習慣化している状態である。
アジアによく見られる国家衰亡の瀬戸際であり、自壊とともに外敵の侵入を容易にする姿である。

以下次号


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再読  政治の座標を観る 《昇官発財》 終章

2009-07-03 17:12:29 | Weblog
 
         辛亥革命で恵州において殉難した山田良政
                 原文寄託佐藤慎一郎氏の叔父



      昇(しょう) 官(かん) 発(はつ) 財(ざい)
官吏は昇進するたび財を発する、また民はそれを嘲りつつも倣うものだ

己れ自身を正すことなくして、天下万民を指導することはできない。
私利私欲を抑えながら天理と一体になってこそ、万民の意に添うことが出来るはずだ・・
・日本の経済繁栄と同時に、公々然として氾濫しているのは「偽 私 放 奢」だ。これを除かなければ政治を行おうとしても、行う方法がない・・
  


【以下 本文】 

「灋」(法)という字の意味については
 「珍獣は庭園の中にある池の島にとじこめられると、水が枠のようにとり巻いていて、その外には出られない。はみ出る行動をおさえる枠を、法というのである」(漢字語源辞典)とも説明されている。
  
「法は、民の父母なり」(管子、法法)
 法が民を愛護すること、それはあたかも父母がわが子を愛護するようなものであるという。中国の人民は、全く幸福そのものであるようである。
 ところが中国の史実は、それとは全く反対で、法のために泣かされた実例は、ふんだんに見られる。それは中国人が「私は法を壊(やぶ)る」という、「私」が優先するためであろう。


では日本の現状はどうか。リクルートだ、共和だ、佐川事件だと、次々に扁いでだけはおるが、一向に国民に納得されるような積極的な明るい結末は。見られない。それは政界の人々が、己れの私利私欲を果そうとする姦智が、はっきりと法を壊っているからである

 ソクラチスが死刑に処された時
 「悪法も、法は法なり」
 とはっきりと首い切って死についたと云うことが思い出される。
日本でも政治家によって決められた悪法が、公々然と生き続けている

 「奢」とは、おごる、ぜいたくと云った意味であり、その反対が「倹」である。
  「礼はその奢ならんよりは、寧ろ倹なれ」(論語、ハ佾(はちいつ))
 礼というものは、分を越えて無理なぜいたくをするより、むしろつつましやかであれと教えている。そのように「倹」とは、つつましやかながらも、礼にかなうことである。

中国では、昔から冠婚葬祭、その他態態などをも含めて、贈物をすることを、「人情を贈る」と云・っている。「礼物(贈答品)を以て、たがいに贈りあうことを、人情を贈ると云う。唐、宋、元の人々は、皆そのように言っていた」(通俗篇、儀節) と記録されている。

 驕奢を誇りながら、その実。金銭に目が眩んでいる日本の政界では、リクルートだ、佐川事件だと、「人情」を要求しすぎているようである。これは、まさしく亡国への道。

 貧乏入は、学ばずして慎ましやか。そのためか貧乏していながらも、心に何となく余裕があるようである。それは死生命あり、富貴天に在り、などとに悟り切っているからだけではあるまい。

「奢る者は富みて足らず、倹なる者は貧にして余リあり、奢る者は心つねに貧しく、倹なる者は心つねに富む」(譚子化書)という言葉が残されている。

心に奢りのある者は、もっともっとと更なる大を求めるため、何時も足りない、足りないと騒いでいるのであろうが、それはその心が貧しいからなのであろう。

中国の指導的立場にある人々は、競って己れの嗜欲を恣(ほしい)儘にするため、庶民を搾取しているという。
 「奢侈、賦(租税)を厚くして、刑重し」(史記、斉太世家)
 これでは、民衆はたまったものではない。
 
度を越した奢侈、放縦は、結局はあらゆる制度、秩序を敗(やぶ)ることになり、遂には陰陽変乱して国を亡(なく)していることは、史実の示しているとおりである。

だからこそ荀悦は「政を為す術(要諦)は、先ず四患を除く」と云ったのであろう。彼は更に続けてその
 「四つのものを除かざれば、則ち政を行なうに由なし。これを四患と謂う」
と結んでいる。四患とは、偽私放奢の四つのことである。

 日本でも経済繁栄と同時に、公々然と氾濫しているものは、はっきりと「偽、私、放、奢」の四つである。この四つのものを除かなければ、政治を行なおうとしても、行う方法がないと云うのだ。
 
日本の今の政治家のように、自らを欺き、他人を欺きながら、天下国家を論ずることはできないはず。弓を射るにしても、まず己れが心身を正したうえで、目標を見定め、しかる後はしめて発射するではないか。まして政治は国家民族の存廃を左右する万年の大計に直結している大業なのだ。
己れ自身を正すことなくして、天下万民を指導することはできない。私意私欲を抑えながら、天理と一体となってこそ、万民の意に添うことができるはずだ。

北宋時代に、春風船蕩、温厚の長者と評された人に、程明道(1032~85年)という学者がいる。彼はこの大宇宙の自然現象を秩序づけている。宇宙の根本原理を「理」と呼び、人間は万事この理を直観的に把握し、その理に従って行動すべきあると説いた人であるという。

その彼は、はっきりと
「一心以て邦を喪(うしな)うべく、一心以て邦を興すべし。ただ公私・の聞に在るのみ」(近思録)と喝破している。

老生、今年八十八才。昼夜折にふれて、この金言が脳裡を去来して離れない。

終章


次稿予告

【満州国 土壇場の人間学】

《二十世紀 日本及び日本人は、どう融解したのか・・
王道楽土を求め、異民族の地で知った土壇場における日本人の姿に、明治以降日本及び日本人が追い求めた現実をみる。それはアジア諸外国に受け入れられる人格の普遍性を問うことでもあったと同時に、アジアの意思に応えうる任があるかの試金石でもあった》


内容についてのご意見は
greendoor@tbm.t-com.ne.jp


連載終了後、取りまとめて掲載し活学の用にしたいとおもいます
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再読 政治の座標を観る 《昇官発財》 其の八

2009-07-01 13:46:03 | Weblog
        
             唯一孫文の臨終に立ち合った山田純三郎


      昇(しょう) 官(かん) 発(はつ) 財(ざい)
官吏は昇進するたび財を発する、また民はそれを嘲りつつも倣うものだ

己れ自身を正すことなくして、天下万民を指導することはできない。
私利私欲を抑えながら天理と一体になってこそ、万民の意に添うことが出来るはずだ・・
・日本の経済繁栄と同時に、公々然として氾濫しているのは「偽 私 放 奢」だ。これを除かなければ政治を行おうとしても、行う方法がない・・
  



【以下 本文】

2. 「四患」有りて存するものなし

 後漢、洛陽に都す。後漢の人で、荀悦という人がいる。“性、沈静(沈着、おちついて静か)著述を好む。獻帝(第十四代、189~220年)の時、禁中に侍講す。官は秘書監……”としるされている。

この旬悦が、政治家、役人には、四つの患い、重い病気がある。それは偽、私、放、奢の四つである。これを国の「四患」というと警告している
  
「偽」とは、あざむく、いつわるという意味ではあるが、この偽には、手段を用いて、人為的に他人をあざむく、という意味がある。
 「偽」と。は、「化ける」と云う意味。偽せものの人という意味。
 今度の新内閣、閣僚二十一名とかのうち、九名までが、リクルートだとか、何とかの人たちだと報道されている。「リクルート堂々の復権内聞」だとか「宮沢丸は御赦免船だ」などと、連日大きく報道されている。そのような汚職内閣に、入閣を断った者は、誰一人としていない。

 政治とは、まず自らを正して、しかる後、世の中を正すのではないのか。とにかく、日本は上から下まで、「偽」が、蔓延している。にせ物が本物を乱しているのだ。

  「私」、公を忘れた私、私意、私欲に翻弄された日本人が、日本国中に氾濫している。特に上に立つ人こそは、私心を滅して公に奉ずるのが本当のはず。ところが彼らは、天下、国家の公論を借りて、私情を満足させようとしているではないか。

私心を抱くことなく、誠心誠意、社会のために、そして仕事のために、尽し切るからこそ、その人間がはしめて生かされてくるのではないのか。自分を忘れた日本人の氾濫。自があっての分、分があっての自ではないのか。
  
「放」とは、棄てるということ。子供らを勝手気ままにさせるのは、わが子を棄てることだ。慈母に敗子あり。必らず締りのない、目標のない子に育つ。
 放埓の埓とは、馬場の囲い。かこいを取り除いて馬を放つと、馬は、本能のままに飛び歩く。放埓息子、放蕩息子が必らず育つ。
  
「奢」とは、ぜいたく、おごる。
 俺の金だ。俺がかってに使って何がわるいと、傲然として、ぜいたくした気分になっている。そんなものは、ぜいたくでも何でもない、浪費だ。
 本当のぜいたくとは、金で買えないような悦びを味うことだ。
それを「窮奢」--ぜいたくを窮めると云う。 奢る者は、その心は常に貧しい。
偽私放奢、この四恵有りて存するものなし。生きた歴史は、この警告は真実であることを証明している
四つの病患の第三は「放は、軌(軌道)を越える」である。
  
「放」の原典は、「はなす」ことであるが、「放は、逐なり」(説文)で、追い払う(放逐)とか、「放は棄なり」(小爾雅)で、棄てる(放棄)とか、また勝手気まま、欲しいままにする(放縦)といった意味がある

 「厳家に格虜なく、しかも慈母に敗子あり」(史記、李斯)
 厳格な家風をもった家庭では、気荒い召使いでも、手に負えなくなるようなことはない。ところが慈愛に過ぎた母のもとでは、かえって、やくざな、どうにもならぬ放埓息子ができる。
 
放埓の「埓」とは、馬場の囲い、柵のことである。この囲いを解かれて放たれた馬は、本能のままに、勝手気ままに飛び回れるが、その馬は馬としての用はなさない。
 放蕩息子とは、そのように軌道をそれて、かって気ままな振舞いはするが、人生に対する方向のない、志のない、全く締りのない悪子のことである。自分で自分を抑えることが、できないのである。
 
前漢の第九代宣帝(前74~79年)の時、侍御史。その後河南の太守として、河南の民政を委された人に厳延年という人がいた。彼は厳しい母に育てられた人であった。
 にもかかわらず、彼は人民を刑殺すること頗(すこぶ)る多く、冬でも殺された人々の血が数里も流れたという。それで河南の人々は、彼のことを、「屠伯」殺し屋の親玉と呼んでいたと記録されている。

そのような様子を見ていた彼の母は、「お前のように人を多く殺せば、やがては自分も殺されることになるだろう。私は故郷に帰って、お墓を掃除して、お前が殺されてここに来るのを待つことにしょう」と云って息子を諌め責めたてて、故郷へ帰った。
 果して、彼は、死刑に処され、その屍は街に晒された。(後漢書、酷史、厳延年)

 「厳母、墓を掃く」
 という言葉が残っている。継母に育てられた子においてすら、この始末。まして、骨のない慈母に放縦に育てられた子供たちの将来は、まともではあるまい。

「温室に大木無し。寒門に硬骨有り」
とは、苗剣秋が、私に語ってくれた言葉である。要するに「放は軌を越える」からである。
 いかに日本は豊かではあっても、子供たちが駄目なら、そんな国に明るい未来は望めまい。そのような子供を育てているのは、私たち大人、親たちである。

本当の亡国とは、国が亡んでしまってから、亡んだことを知ることである。今なら、まだ救う道はある。

四つの病患の第四は「奢は、・制を敗(やぶ)る」である。

 「奢」という字は、古文では「」と書いていた。つまり「大」プラス「多」の会意文字である。大きいうえに更に多くの物を寄せ集める意味だという。
どうするか、救うしかない
 天下を憂いることは簡単だ。天下を救うことは、むずかしい。しかし救うしかない。何とかいう坊さんの言葉 一燈照隅、万燈照国、これしかない。


以下 次号

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連載終了後、取りまとめて掲載し活学の用にしたいとおもいます
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