まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

人々は分断され、一極で管理される世界 2013 06 再

2018-09-22 10:41:43 | Weblog

 

それは、見惚れ、憧れ、競争している間に起きていることだ。


年齢を重ねて気がつくことがある。それは人々の関係が希薄になり、その都度離合集散を繰り返す、つまり融通無碍な関係になっていることだ。

近頃は物を所有するということが一昔前からの価値観とは変化して、リース、ローン、リサイクル、など見方によっては便利性が備わった消費経済との考え方があるが、払い終わるまでは所有権は使用者ではなく、あるいは飽きれば残債ごと利用者は移転し、債務が終わればリサイクルに転用し幾許かの小遣いが残る。

ともあれ消費は増え、生産は伸び、金利は稼げる。オリンピックはレガシイー(遺産)だと騒いでいるが、アレも同じパターンだが、地球のどさ回り興行が終われば、あとは片ずけが遺るだけだ。

ここでは、゛思いのこもった゛゛愛着のある゛固有の品物の継続性というものが無くなっている。欧州では厳しい規範のあるペット飼育も日本では、゛持ち物゛として飽きれば廃棄(ペットは物という認識)などはその典型的なもので、昨今は人の関係も、゛易しさ゛と利便性にその選択が行なわれるようになってきた。

考えてみると「腐れ縁」も考えようのあるモノで、たとえ「腐れ」でも縁の継続があるだけマシのようにみえてくる。

そこには様々な種類の「利」が含まれているが,古諺を例にすれば「小人、利に集い、利薄ければ散ず」つまり、人々はその評価を「利」によって行い、それによって離合集散する、ということである。小人がそうなら大人(タイジン)はどうかといえば、浮俗の「利」には拘らない人たちだろう。

たとえば、徒な褒章をねだらない、食い扶持目当ての学校歴に陥らない、やたら衆を恃んで群れをつくらない、流行ごとを追わない、つまり鎮まりのある落着きを醸し出すのを大人というのだろう。

小人の常は離合集散である。そして学ぶことも全て「利」にすすむ。「小人の学、利にすすむ」。そして「情(こころ)」を忘れ人を信用しなくなる。次に来るのは心地よい易しさ(優しさでは無い)に向かい、財貨のみの「利」に安住する。

それらは人の世の変遷の姿であり循環だった、そこまでは自浄も効くだろうし推考できる。またアカデミックにも整理のつく問題でもあり、数多の経典、文献古典によって理解できることでもあろう。特に欲によって陥る人の問題として・・



              



縷々記した、゛易しさ゛゛縁゛゛利゛などは、その作用によって人が変化、あるいは転化することは考えられる範囲の、あるいは眼に見える範囲の観察で解るものだが、「いつの間にか」となると余程のこと心耳を澄まして見なければ解りにくいものだ。安岡正篤氏は「国家は複雑な要因よって構成されている。その中でも精霊の存在もある・・・」と説いた。

「いつの間にか」という不思議感の混じった問には、゛心耳を澄ます゛つまりアカデミックな理解で可能な、゛易しさ゛とは異なる、感応する心、ここでは直感性が必要になってくる。

こう記すと「難しい」「無意味」との問が生ずる昨今ではあるが、それでは標題に書いた【人々は分断され、一極で管理される世界】については無感覚に過ごしてしまうだろう。

たとえば、銀行の横暴、役人の不作為、政治家の自堕落、温暖化、世情騒がれている問題に、争い、貧困、などの原因があると、ついつい、゛易しく゛考えて半知半解ならず半納得として自らに言い聞かせているようだが、直感の世界からすればそれらの考察は表層の吹き出物のようなもので、むしろ体質変化からくる生活習慣病的観点、つまり社会の本質部分の免疫不全状態に確実に向かっていることが解る。





                      



その本質とは数多の生存環境に有る固有の情緒をもった人々の調和と連帯である。
それが溶けて解体しているのである。

テクノロージーの発展はPCを介して多様な意志を収集し整理管理化に向かっている。そのシステムは一極に収斂され、互いに分からなくなった人々の集団化(群れ化)をよそに、かつ同時に謳われた「個性の発揮」「個人情報の保護」「コンプライアンスの遵守」を秘匿管理のプロパガンダの手法として耳障りよく「易い」人々を誘導管理している。

自由、民主、平和のために戦争は起き、その民主と自由を用いて放埓した民族に転化し、自由の裏面にある孤独感を解消する為に架空擬似的交遊の世界を描き、情緒を無意味とした人々は財貨に志向する。また終には管理システム統合と称して通貨は共通通貨もしくは防犯セキュリティーの利便さを謳って共通電子マネーに移行する。

ETCカードが無ければサービスも受けられず、PCが無ければ時の速度を共有できない、ここでは行動の管理と時とスピードの共通化であり管理であろう。
現金支払い、回覧板、手書きの書簡、野暮や古臭いといわれるだろうが、それも何れ歴史の彼方に追いやられるだろう。

金融危機からセキュリティーや利便性を添えて新たなシステムが生まれる。物知りはパラダイムシフトと唱える。そこには小さな極面での利が添え物のように付与されるだろうが、従前固有の国家は疲弊し、これも統合管理の憂き目に向かうだろう。


                 




米国大統領は就任式に「アメリカ国民」てはなく「市民」と謳った。そして人々は酔い喝采した。
その一瞬ではあるが、世界に向けた誓詞に含まれた意図は、歴史のステージを転化する本質的危機の表れの一端と直感したのだが如何だろうか。

まさに、分断と管理の、いつの間にか・・・  にある一種の心地よい誘引フレーズでもあろう。


コメント

佐藤慎一郎氏と語る 「荻窪酔譚」 抜粋

2018-09-19 03:06:55 | Weblog







T 先生、向こうの小学生に対して、或る程度のレベルの人に対して、漢字を教えていたのですか?

S 僕、小学生しか教えなかったけど。算数も全く解らんで、自己流に執ったの。青森のズーズー弁で教えた。「お前ら、解ったか?」と訊くと、日本語で皆「はい、解りました」と。
 学期末の試験直前になって誰に何を聞いても一つも解ってないの。 理由訊いたら、
「はい、解りましたと答えれば、先生が喜ぶと思ったから」と。
もう、如何にもならないよ。それで、中国の事、中国人に聞かないと解らないと思ったの。

T 小学生の場合、担任の先生に好かれたい、と云う気持ちが強いのでしょうね。

S 僕遊んであげるけど、中国では先生って偉いから子供と遊ばない。汚いから風呂入れると、入った事無いので直ぐ風邪を引くし、父母から文句言われる。

T 小学生の男の子なのに女房を貰っている、と。

S 小五の生徒53名の内、未婚は僕を入れて七名だけ。労働力が欲しいから早く結婚(嫁がとしうえ)させるが夜、オチンチン弄られたと言って「え~ん!」と泣いて職員室に来たり、高等科の嫁が門まで送って来たり、とにかく全く事情が違う…。 旅順で、晩になると支那語を習いに出掛けるけど、途中の墓場で女の人が毎晩泣いている。 すると、女の子がご飯持って来るの。 そして帰った途端再た泣くの。 僕、本当に泣いていると思ったけど、之、儀式なの。

T 其れ如何いう、所謂「泣き屋」ですか?

S 川島芳子のお父さんが旅順で死に、棺桶の傍に子供らニ十何人と座り、莫迦咄だ。 
ところが、弔問客が来ると、突然「ウワ~ン」と泣く。

T 然う言えば、台湾でね、葬式の通夜の晩に二万円でストリッパー呼んでストリップやる。 仏さんが淋しがら無い為に。




佐藤氏の叔父 孫文側近山田純三郎  孫文





S それで川島芳子、笑って泣かないから皆に叱られたの。

T 男装の麗人と言われているけど、男と関係持てなかった、と。

S 青森出身の成田と云う医者が旅順に居て、結婚初夜に抜け無くなった時、彼が後始末した。

T 奥さんは、あっちで支那語は?

S これは、それ程…。 僕は一番安い部屋で一番安い飯喰って、五人の個人教授(大学の先生)に全部金を掛けて雇い、支那語勉強した。 満州に来た時は一番ビリだったけど、勉強したので一番出来る様になったよ(北京語の全満の試験委員に就任)。 郷里に帰った時、僕が余りにも痩せていたので皆吃驚していたよ。

T 時代が良かったのかも知れないが、気狂いですよ、其れ程の勉強は!

S 女で失敗、ごまかしで勉強したの。勉強している時、苦しみ忘れる事出来るから。 あの頃の鉛筆、質が悪くて、これが脇でしょっちゅう削ってくれた。それで、一対一で支那語習ったの。

T あの正篤先生、ご尊父が正明さんに「青年時代は学問を志したら、青くて痩せていた方が好い。 若い内から太っている者にろくな奴はいない」と。そうしたら、お孫さん太っていて。……。

S 中国の事、本で説明を読んでも駄目と実感したの。 何でも体験して学ぶ事にした。死姦とロシアの女兵士以外逃げなかった……。 女の兵隊は三、四人でピストル持って男を攫って行くの。その代わり、御土産くれる。

T 梅毒貰ったら、御土産出ても釣り合いが取れませんね……。 
ところで、満州国の教育の中で、国語はあったのでしょうか?

S 北京語だ。僕、全満語学検定試験の委員だったの。満州人の国語は無くなって終しまった訳です。今、中国では全部北京語になっている。






新京大同学園教授




T 北京語で「あなたは中国の国語の先生ですか?」は何と言うのですか?

S アレッ、「国語」って何て言うのかな?

T じゃ、「国語」と云うのは、ある訳じゃないと。……。でも、考えてみれば上海で喋っている人、北京では通じ無い。と云う事は、読み方(発音)が違うとすると、大事なのは文字が記号として意味が統一されている、と。

S 発音は違う。文字の意味は非常に拘わっているので、思想が発展しなかった。

T 其処から応用(活用)が出来なかった、と。

S 王陽明になって初めて其処から抜け出したの。

T 娘を今度台湾へ一日か二日体験入学させようと思っています。所謂「文字に対する捉え方」が日本と中国では違いますね。 だから、一種のカルチャー・ショックを与えて、中国への理解を深めて欲しい。 
これから、中国の政治・経済が大きく変わり、(アジアの)主流になると思いますが、そうした中で日中両国が共通に用いている漢字の意味使いの違いを深く理解しないと困りますからね。

S 中共に成ってから、如何教えているのかな?

T 文字が簡略化されて、本を買いに行っても全く解りません。

S あの簡略字、伝統を否定しているから、学者の間で批判が強い。










T 日本の小学校の書道の先生に
「文字の意味使いを教えているのですか?」
と訊いたら、
「此の期間に是だけの文字を教えるので、其の様な余裕は無い」と。
之では文字の成り立ち、解りませんよ。

S 僕も、(寶田さんの言ってる)此方が本当だと思うな。

T 小学校へ行って吃驚します。本来、人間が教えるのに、機械的、心太(ところてん)式に執っている訳です。

S 恐らく受験勉強の所為じゃないかな。

T 其れは教える人の人生観とか考え方が表れるのでしょうね。

S 僕、「佐藤慎一郎って何だ?」と訊かれて、訳が分からないよ。






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文教利権 得意な分野で緩み挫折すること. 17. 6/21

2018-09-13 08:31:09 | Weblog

 

 

 このところ国会の争論は教育行政の緩みに集中している。

あの頃はみな純真だった。嘘や隠し事は恥だと教えられ、国家社会のために理想を掲げて政治家や官吏に志願した。

それが煩いごとが露呈した途端、鬱になったり躁になったり、鎮まりもない人間に成り下がっている。

智は大偽を生ず」のたとえあり。彼らの学びは自己の陶冶には向かず、己を欺き、他に偽善を働くための智になってしまった。

他の貪官や陣笠は解っていても口をつぐみ、人の失敗を陰に悦び、勇気のかけらもない。

相変わらず「お願いします」と平身低頭の嬌態で有権者を惑わせ、票(委託権利)を騙し取る。

黙々とご精励する国父(陛下)の苦衷、如何ばかりかと・・・

               

                

                1989 北京

                

文部科学省といえば公私問わず教育に関する許認可や科学技術に関する行政省だが、各省天下りの受け皿仲介も担っている。文科出身のみならず、退官後の充て職に講師や教授に押し込むことは当然なこととして行われ、あの萩生田副長官は落選中に加計関係の学校の腰掛教員として雇われ食い扶持を得ている。お仲間は与野党問わず教育を食い扶持の種にしている状況がある。その原資は補助金という税金だ。

以前、コラムに記したが、筆者が講義を依頼された女子大で行儀の悪い生徒を注意したら、「叱らないでください。生徒は大事なお客さんですから・・」といわれたが、公私ともども教育機関の堕落は蔓延している。前川前次官とて熟知していたと思うが、みな食い扶持と地位保全で口をつぐんでいるのが現状だ。

 

 

                      

                   陸奥湾    

 

俗話だが、東北の辺々では津軽の「足、引っぱり」南部の「にぎり」秋田の「火つけ」などそれぞれの郷が陰で言い合っている。

足、引っぱり」は、妬みが主な因だが、たしかに津軽はその風がある。うまく表現できないのか、それとも宿命感は怠惰のもとといわれるような、その厳しい環境なのかは論を譲るが、江戸っ子には、゛じれったい゛気分がする。逆に元気な女性は、゛銭っこあるのか゛と異郷の男を金で量るリアルさはある。かえってその方が分かりやすい。ゆえに同郷の太宰は、゛はんかくさい゛と敬遠され、似たような男は敬遠されるが、都会の女にはニヒルさが好いらしい。

 

にぎり」は、しっかり者だが握ったら離さないことだが、津軽では南部をこう言う。

火つけ」は、上京した人間に言わせれば、無責任なところがある、という。

就職事情もあるが、それらの郷から上京するとなかなか帰らない。一つの理由は、親がいなくなれば兄嫁の天下になる。帰れば都落ちの落伍者のように見られるし、慣れた標準語を話せば友達でさえ格好つけんな!と除け者にされる。これは都内の居酒屋では世渡りへたの純情な独り者が杯を傾けての呟きだ。

 

ともあれ他人ことが気になる郷の逸話だが、故郷の繁華街はどこもシャッター通りで、仕事もない。頼みの自治体の職員は有力者のコネ就職で問題意識もない。税収はの農地転換によって郊外に広がる商業地の固定資産税の増収だが、まさに政策なしの濡れての泡だ。余ればイベントと称する一過性のお祭り騒ぎがはびこっている。彼らいう景気に良い人たちは役人、つまり公務員である市役所職員、議員、警察官、教員とパチンコ屋だとの庶民感情がある。これでは銃後の守りなど望むべくもない。

 

                                                   

          

              津軽  平川

 

国会の争論に南スーダンの派遣がある。多くは青森出身の連隊編成だが、あの日露に備えた八甲田雪中訓練の縁ある部隊だ。あの最前線黒構台の立見尚文指揮下の連隊だが、零下20度になる凍下での奮闘は戦争の勝敗を決するような場面だった。あの「足、ひっぱり」と揶揄される寡黙な兵士だ。当時の兵士の多くは貧しい農民だった。

時を変えて南スーダンも青森の部隊だ。農家の子息は少ないが疲弊した経済に就職先少ない。景気が悪ければ公務員に人気が集まる。自衛官や警察官も公務員で安定職。国内の自衛隊志願率は青森がトップ。だが、辞めたら先がない。海外の危険地帯に新法のもとに派遣される危険度は今までより多いが、命令は遵守の自衛隊、東京は父母が許さないだろう。辞めてもどうにか生活できるからだ。

 

 

以上は世情の一例だが、地方創生にしても金と法を駆使しても現状の劣化はより進んでいる。

また、この分野では選挙のたびに、゛安全・安心で暮らせるまちづくり゛と、連呼するが、政治家ではこの部分を得意分野する者はいない。ことのほか厄介な問題なのだろう。

 

キャリアの乏しい議員は陣笠と呼んでいるが、それが集うのを派閥といっている。政権与党の自民党に代表されるものだが、野党はグループと呼んでいる。政策集団を掲げているがリーダーは政権組閣の代理人として大臣推薦組織となっているが、絶大な人気を誇った小泉内閣からは一本釣りが多くなり、よほど安定政権でない限り派閥順送りといった慣例は少なくなった。

それでも政策研究という名において派閥に得意分野、いや既得権分野がある。

以下はあくまで「国家のため」と言われたことだが・・・・

 岸、福田から始まった清話会は戦後高度成長を支えた石油などの資源と端緒となった戦後賠償利権だ。それは政権担当者となった派閥の利権である外交を背景にしたODA利権だが、CIAとの関係での中東石油、インドネシアの天然ガスなどは代表的なもので、政権が変わり産業の構造が変わると、田中政権のウランについての資源外交もあったという。

いまは文教利権と称され、関係するオリンピックもその範囲だ。担当大臣は子飼いなりお友達が受任するが、あまり露骨な強権を振るうと勢力圏の文科省とて、謀議の仲間になりたくはないので、ささやかな反発が起きる。最後は責任を取らされ、冷や飯を食うのは官吏だということを知っているからだ。それにしても慎みのない為政者の登場だが、五寒にある「謀弛」、はかりごとが弛み、漏れるを具現している未熟さがある。

田中派も竹下経世会と続く政権利権はやはり政権の専権となったODA中国だった。

政権が代わると何カ国を回ったと数を誇るが、そのたび借款や無償援助などと莫大な資金提供が結ばれる。これには国会のチェックもない。しかも無償も借款も政権ヒモ付き企業が建設工事受注なりを行い政権には政治資金が流れ込む。

 

                                                        

 

 

岸氏は、「政治資金は濾過したものでなければならない」と、元官僚らしい慎重さをみせていたが、こと海外とのからのやり取りにおいては、資金のプール先(受け入れ)を商社などの海外事業を行う現地法人から、現地のステーションに還流される仕組みを作ったという。

 代表的なものはベルギー・ブリッセルの「日本館」という施設だ。

設立は岸氏を囲む財界の拠出だが、これも商工省官僚であった岸氏の取り巻きであり、満州人脈もあった。この番頭と言おうか、汚れ役は東大閥であり、GHQ関係の川部美智雄氏だ。

あの自衛隊調達の戦闘機にまつわるスキャンダルで有名なグラマン・ロッキード事件の中心人物だった川部は、国会で問題になった際、岸氏の娘婿である安倍晋太郎氏から、「ほとぼりが冷めるまでしばらくブリュッセルに行ってたらいい」と、この時点では国会喚問からの逃避を促している。(川部氏縁者)

不祥事のキーとなる人物を海外公館に転任させるのはこのころから始まっている。安倍夫人のお付きの女性官吏もほとぼりが冷めるまで海外に行くという。この点は前記の「秋田の火付け」に似ている。

ブリュッセルとはベルギーの首都であり、彼らが財界から資金を募り「日本館」を造り、彼らが狡知を働かせて税を資金とした賠償なり援助、あるいは資源外交のキックバックなどの濾過装置として利用したのではないだろうか。川部の生活資金も充てられたのだろう。

 国会はうやむやになり、彼らには莫大な資金が還流したという。また、インドネシア利権も有名だが、何よりも日本の捜査が及ばない、国会の追求資料も相手国の同様な利得を企てる為政者では、何も出てこない。

《カーンとパケナムはACJの活動を通じて岸の政界復帰を図った。岸信介の秘書である川部美智雄は、1960年春安保闘争のころ、東京にPR会社を設立した。唯一の外国人役員にカーンがおり、顧問に谷正之植村甲午郎平沢和重村田恒らが名を連ねた。 また、川部はダグラス・グラマン事件において、グラマン社のコンサルタントを務めていた。》http://www.maria-online.com/information/article.php? ウェッブ資料 アメリカ対日協議会よりlg=ja&q=%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%AF%BE%E6%97%A5%E5%8D%94%E8%AD%B0%E4%BC%9A

 

それは、当時の政治・経済に重きをなしていた満州人脈と極東軍事裁判でA級戦犯となっても刑に服すことのなかった由縁のGHQ・CIAとの関わりによっての学び(経験則)であり、国権の及ぼす範囲外にその濾過装置(資金プール)を設けた巧妙な狡知でもある。それは何れも国民の税金であり、戦後の償いでもあった賠償資金やその後の援助資金からの横領という大罪である。ちなみにODAの多くは借款で税金からの拠出はわずかだが、裏財布の政府金融機関からの融資と国内の商社受注のひも付き援助だ。

余談だが、元満州官僚に連れられて品川のパシフィックホテルで岸氏と相伴したことがある。岸氏のことは同郷の親友で終戦時の内相だった阿部源基氏に聴いていたが、たしかに柔和だが厳しい気骨がある方だった。今では普通だが焼酎のトマトジュース割を「体にいい」と飲んでいたが、たしかに少し塩気が利いて呑みやすかった。

 

援助とはきれいな言葉だが、日本のコンサルタントが相手国の必要かと思われる案件を、いかにも相手国の要望として日本に要求させ借款を受けるものだが、金利と受注益は日本に流入する。そこに相手国高官や国内派閥の有力者へのコミッションが発生する。なかにはコミッション目当ての仕事づくりのようなプロジェクトが創られるが、コミッションの分け前は事前調整して商社は発注先を決める。ここでも政治家の口利きが効果を発揮する。゛俺がツバをつけだ゛つまり、俺の勢力範囲もしくは相手国の人脈で話をまとめた、ということだ。これは町の不動産屋の言い分に似ている。

しかも元本と金利は相手国の長期支払(ローン)だ。道路や港湾は使用料を徴収すれば返済に充てられれば済むことだが、生活基盤や公害などの案件は貧しい人々からの税金が返済財源となる。そしてより苦しくなる。

返済ができなくなれば、港や農地の長期間使用権、まさに金融植民地だ。

                   

                 

                 中華民国外務次官表敬

                   

 

政権が変わるたび首相の外遊が忙しくなるが、なかには専有利権の及んでないアフリカの小国や中南米に食指を伸ばす他派閥の中堅議員も多いが、友好議員連盟などという美名の背後では利権のにおいがする。なかには当時中国利権は政権派閥だが、対立していた台湾に出向いた連中もいた。中国には田中派、台湾は岸・福田派の別動隊だ。

当時、国交断絶していたため台湾は政権に影響力のある民間人を窓口にしていた。

後に外交窓口の責任者になる方だが、台北の事務所に訪ねた折、「いろいろな議員がお越しになってお土産も用意したが、何の役にも立たなかった。友好を小遣い稼ぎのようにしている反中派が多いようです」と、佳き時代の日本人と比して堕落した議員を嘆いていた。

彼らは日中国交回復に反対して机をひっくり返すパフォーマンスをした連中だが、大派閥の別動隊として血判状まで記した人たちである。まさに金にはお乞食さん、選挙は芸人の類だ。仲間はお縄になったものもいれば自治体の知事になったものもいるが、老後に恥をさらしている者もいる。

 

稼業の縄張りのように、経世会の道路・建設、宏池会は農水・厚生、政権派閥清話会は海外ODAと文教利権もそして臨時となるオリンピック関連といわている。大臣には、お友だちを任命するが周到さがない未熟さなのか、それともやましい企図にいくらか遠慮があるのか、さもしい問題が頻繁に湧き出てくる。官僚社会主義と揶揄される国家の政府に、当を得たような各省の退職者の教育機関への押し込み天下りに伴う認認可や施設建設、科学技術はロケットやIT技術、最近では塾の学校経営参入や教育機関の株式会社化など、新たな立法を駆使してその圏域拡大に向かっている。

多くは大局的観点もなく、支持層の拡大など利得議員の領域を増やすことになっている。しかも塾を取りまとめて政治資金の拡充を企てる為政者の、゛お友だち゛といわれる議員もいるが、本意が卑しいせいか、なかなか政策が成就することはない。一方では省益に絡む岩盤規制打破と名分はあるが、゛李下に冠をたださず゛の喩えを知らぬのか、身内や仲間内が関係する醜態を平気で政策として行使する不埒な政治が問題となっている。

政権派閥の息のかかった文科省を天下り問題で政府は叩いたが、天下りは国交省、厚労省、警察庁など民間を食い扶持にした現場がのほうが多い。なぜに自分たちの勢力圏を叩いたかは、他省に手を突っ込むことのできない派閥の不文律もあるが、子飼いが思うようにならないことが大きな理由のように見える。それは事後に表れた籠池、加計問題、そして前川次官の告白の理由によく表れている。

これは政局云々ではない。解っていても口を拭っている議員の在り様と、これを幸いにしているかのような野党の姿が問題なのだ。

選挙とて彼らの失業対策のように思えるようになったおびただしい軽薄議員の当選と有権者の人物眼。寄らば大樹と卑屈迎合が民族の習性だとしても、これでは余程のこと政権に抑制する精神がなければ思うがままになってしまうだろう

 

                

           あの天安門も民主化ではなく、習主席の掲げる腐敗幹部の「官倒」だった。 1989 5/27撮

 

究極は国家戦略特区のように、いまは文教に強いといわれる政権派閥の取り巻きや友達を巻き込んだスキャンダルが世情を騒がしている。国民から見れば、強いものがウソと詭弁と脅かしで官僚を使役しているようだが、あの汗をかき、手は震え、整合性のないことを言いくるめる彼らの姿は、批判とともに可哀そうにも見えてくる。

こんな時は、与党議員はだれも声を挙げない。あの清廉と思えた小泉進次郎さんもだ

官僚を守るべき担当大臣もひれ伏している。使命感と勇気、まさに人生の生きざまだが、現世的名利は得ても歴史では汚れた官吏として評価は降り注ぐ。

 

それらは、権力の政策執行や行政機関の管理監督が内圧的かつ恣意的になり、慎みのない状態が続いている。しかも法治国家として国家的意識が乏しくなった官吏は隣国官吏の歴史的慣習に同化するように、「力」の在るところを察知して巧妙に集い、先走り忖度してご注進に勤しみ、将来の責任関係者に関わらないような間(マ)を、狡知を駆使して探りつつ、茶坊主のように取り入り、しかも人を見る眼のない鈍感議員は官吏の腹話術のごとき劇場議会に陥っている。

 

あの頃もそうだった。議会は機能不全となり、国民は法廷論議のごとく細事に拘泥し、政府は軍部の追認機関となり、だれも止められない流れがつくられた。

今も変わらないのは、国際金融資本を盾とした全てを市場化するグランドデザインへの誘引だ。

表層の豊かさと繁栄の欲求も、与えられた課題ではあろうが、予測がつくのは、より「人心が微(かすか)」になる姿だ。

いくら課題を与えられ、その度に争論を起こしても、経過的つなぎ策にしかならないのは、もともと課題そのものに問題があるのだ。これも官製学の課題に対しての数値選別に問題意識なく慣らされた民の行く末なのだろうか。

 

標題は、これが観えずに陥った世代の未熟な政治に他ならない


一部写真は関係サイトより転載

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「女厲」は社会を劣化させる 16 4/8. 再

2018-09-09 14:19:53 | Weblog

               秩父

 

 「女厲」は五寒に記す、政外、内外、敬重、謀弛と同時に表れる相互作用だが、女性が荒々しく烈しくなる現象だ

この兆候が表れると社会は崩壊し、国家はなすすべもなく崩壊する。それは生産や軍事力という数値評価の多寡で競うものではなく、真の国力と云うべき人間の深層に存する情緒が五寒に記すそれぞれの問題の顕在化によって毀損され、数値の繁栄が砂上の楼閣のようになる危険性があることである。

なぜなら、数値の多寡を競い、成功価値や幸福感を追求するなかで、個々の成功や幸せが行き着くところにある「全体の毀損」が、まるでエントロピーの法則のようにその高低差を激しくなればなるほど、閉塞感や戸惑い、不安などの精神的社会基盤が歪み、回復力を失くすことになってしまう憂慮だ。

昨今は、格差社会といわれ、一過性でもある、情報、収入、などが、その一過性の人生価値によって、より激しさを増している。そこに付随するように「五寒」も顕著に表れている。

安易な生活感によって、考えることは難しく、観照することは関心もなく、問題意識すらない人々は、その境遇すら人任せにする傾向が多くなった。まるで羊飼いに飼われた犬に追い立てられるように、群れは流行り事や、政府の刺激に群行群止している

 

 

  台北市老人住宅 松崎敏彌氏と

第五次になる中華民国台湾の施設訪問が3/15から行われた。

施設は台北や高雄の高齢者住宅と小学校の朝礼、少年観護署(矯正施設)などだが、それぞれ数次にわたる継続訪問である。

 

この章に関係することだが、台北の高齢化施設での女性には、いつものこと応答や仕草など、便利性や情報に囲まれ、文化的と云われる世俗に生きる我が身に照らすと、ことのほか至らぬことに気が付くことがある。

 

ものごし、笑顔、言葉の選択、応答、すべてに日本の生活域では見かけられない情景がある。なかには台湾高等女学校や、あの映画KAMOで有名になった嘉義農林野球部出身者もいたが、みな応答辞令に優れている。懐古趣味に留まるものではないが、改めて日本語の教養的な使い方、心の沈潜した部分の表現、さらに異国ならではの一期一会の遠望するような眼差しなど、不謹慎にも抱きしめたくなるような老境の潤いがある。

 

 高雄市老人住宅 カラオケ室

それと云うのも、訪台直前にネットや国会を騒がせた日本女性の意見表現に、どこか裏悲しさを感じたこともあり、早くあの方々に会って、゛そもそも゛を取り戻したい気持ちがあった。なにも大戦を前後しての価値評価を云々する野暮なことではなく、心地よい人々の「和」や「間(ま)」が、たとえ異郷においても、瞬時に連帯や調和による親和心を作ることのできる応答と観照の妙を浸透させる、人間の真の力を感受するために、己の敏感性を研ぎ澄ます体験への期待だった。それは、邦家では乏しくなった日々新たな発見でもあった。

 

その我が国の情勢だが、多くの女性の賛同を得て政府さえガブリつく文句があった。

 

何なんだよ、日本。
一億総活躍社会じゃねーのかよ。
昨日見事に保育園落ちたわ。
どうすんだよ、私、活躍出来ねーじゃねーか。

保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。

 

世上、いくら欲張りでも都合のよいことばかりで思い通りにはいかないことは子供でも知っている。現状を認知して内容を熟慮しても、ヤクザや不良弁護士や利権代議士、はたまた扇動家が「いい話」や大義を言ってきても、世間は眉唾で聞き流すものだ。いわんや方策としてもこの手の言葉を用いる人間が、浮俗の風でまかり間違って政権を取り、認証官(大臣)にでもなったら、陛下は平然として信任状をお渡しになるだろうか

しかも、男女平等を謳う世で、義務はともかく人の権利を唱える、ここでは女性に、嘲り、罵声を浴びせられて、ごもっともと語るオノコも情けない。

゛いつのまにか゛それが複合的に社会の隅々に表れるのが五寒にある「女厲(じょれい)」なのだ。

 

制度や待遇を考慮しても、わがナデシコの言は烈しくなった

これではまとまるものも、まとまらない。だが選挙目当てもあるが政府は瞬時に五兆円もの対策費を計上予定とのこと。これも選挙次第でウヤムヤニなってしまうのだが、どこか情けない気分だ。いわんや課題(批判)に対する応え(対策)だとするなら、対策のみで政策すら出せなくなった為政者との出来レースの芝居かと思えるほどの、タイミングの良い、゛さもしくも卑しい゛役者がそろっている。

 

                 秩父

 

当ブログで記す、陋規の習慣と掟を倣い、自省や模範とすることがなくなっては、いくら法を積層しても意味がないと考えるが、この陋規(狭い範囲の掟や習慣)には、前記した台湾の高齢者の「ものごし、笑顔、言葉の選択、応答」あるいは、「整理、整頓、清潔」などトヨタでも5Sと称されることの習慣化、あるいは食事態度、姿勢、礼儀などが大きな部分を占めるが、件の女性は、野暮で古臭い、人権、平等を掲げて反論、いや争論でもするような威圧姿勢がある。

 

 

思春期を過ぎて大学生になり社会人になってからでは間に合わなくなることがある。

それは付け焼刃のような人間の矯正と、役に立たない知学である

 

人間を粗製乱造する教育産業の変容を進歩的成長とする風潮と相まって、その評価とする数値的選別が、なんら社会生活なり国家組織の形成に効あるものではなく、かえって屋上屋のような法の積層や内規(コンプライアンス等)を作らなければ、人間がその世界(組織なり)用と成さない現状がある。

 

近ごろは、職掌責任ある上司でさえ言葉を控え、いたずらに逡巡する傾向があるようだ。

なかには真性の病いでもなく、単なる我慢が利かないストレスという流行り語や、それを病気項目に当てはめた「うつ病」が多いようだが、言葉を失くし、動きを失くすと、それらに括られ、しかも数値に追いまくられ人情薄弱になった環境から逃避するように病を盾にすることもあるようだ。まともな病をもって苦しんでいる人はその偽病に嘆いている。

 

体裁のよい憑りつき病のようだが、これに「さもしさ」も「むさぼり」が感染したら、生活習慣病となるのは必至。点ける薬はないが、体質改善と精神の覚醒は肉体的衝撃がことのほか効く。人の弛緩や堕落は、それによって構成される社会なるもの、国家なるものも同様に弛緩し堕落する。

 

まさに、「何だよ、日本」、敢えて云われなくても国民は察している。

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無学な平民が観る、憂慮ある現れ

2018-09-06 16:44:59 | Weblog

前号 関連稿

 

          

       大塩平八郎

 

 

筆者は世が世であれば・・・・平民である。

明治のころ、文明開化だの近代化だのと騒ぎ立て、藩主は華族はとなり、生き残ったは志士は軍人や吏員となって立身出世の風潮を煽った。

高知の山内容堂藩主曰く「維新の無頼の徒」も功績をあげれば男爵など爵位が付いた。それらはベタ金と揶揄された記章で衣服を飾り貼り付け、勲章をぶら下げて髭を撫であげた。

 

あの智将と謳われた秋山真之が天祐(天の助け)と呟いた日露の戦勝に舞い昇り偉上高になったのも、その元無頼の徒だったが、当の凱旋将軍の東郷平八郎は明治神宮の参拝にはうつむいて、まるで敗軍の将のようだったという。秋山は、゛神かがった゛と奇人扱いもされたが、日本の将来を遠望し鎮まりをもった処に自らをおいた。

乃木希典も同様だ。それは戦地臨場にあり敵味方にかかわらず多くの若者を死地に赴かせた哀悼惜別が終生、鎮まりのなか事あるごとに想起されていたからだ。

 

現代でも大戦を境にして戦前生まれの政治家はその惨禍を体験しているからか、「戦争の惨禍を知らない政治家は危ない」と警鐘を鳴らしている。

いっとき数は力だと、参議院は売文の小説家や女優、タレントが、これまた軽薄になったオトコとミーハー世代のオンナに支えられて政界に進出した。当選したら先生と呼ばれ、お手盛りで法外な便宜供与と俸給が保証された。

政治家も官僚の掌に乗っていればよかったが、近ごろは国会の職場内不純異性交遊や政策談義と称するキャバクラ飲食領収書、それでも隠し切れないとガソリンや切手の大量購入に勤しんでいる。

 

明治の無頼の徒と共通するところは座布団付きの議員バッチの威光だ。まともな国民からすれば虚飾だが、与野党揃って食い扶持の安定担保と、言うべきことより、言いたいことの舞台確保で忙しい。ついでに税金で政治資金まで手前勝手に議決して懐に入れている

流行りの男女共同参画やセクハラコンプライアンスも男女の性の優性を衰えさせた。

ともに分別して具備している魅力まで劣化させ、性の峻別ならぬ同化や転化がもてはやされる様になった。原色スーツに塗りたくって化けた装い(化粧)が選良として議場を闊歩して、ときに髪振り乱して嬌声をあげている。これも今どきの無頼の姿だ。

 多くの平民は観ているが、あえて口を開かない。一つの平民の常なる矜持だ。

 

    

      昭和天皇 

 

大正の頃、昭和天皇の結婚の御相手に久邇宮良子さまがあがった。今も変わりはないが高貴と自認している方は血脈を重要視する。反対派も大声をあげることもできないが、良子さまに色盲の血筋があるとネガティブな宣伝をした、それもお立場があるので狡猾に、かつ応援団を恃んだ。騒ぎを落ち着かせるためか皇太子を欧州に巡行させた。船旅だから長期にわたった。それほど女性の血脈は重要だった。もちろん今は皆無のような純潔遵守である。

その点、男は経験として鷹揚だ。

東郷平八郎は特有の経験則なのか、渡航の事前準備として横浜のメリケン街で訪問各国の女性に若き皇太子をあわせている。口舌なら阿吽もあるが、近ごろの説明責任には馴染まない話の内容だ。

 

平成もそうだった。皇族御用達学校の学習院に常磐会という女性会があった。正田美智子さまの嫁ぎ先予定の義母となる良子皇后も会員だ。厳しくつよい女性が多かったのか、ここでも口に出さない暗闘があったと当時の新聞が後日談として書いていた。

民間の粉屋(日清製粉)の娘で、当時のマスコミ報道はミッチーブームで世間は盛り上がった。一方では、その現象に眉を曇らせる貴き血すじの女性たちがいた。

筆者は「貴き」は自認でよいが、「尊き」はその様な人達に問いかける平民の意志だと思っている。

 

喩えだが、中国では民を水に例え、浮かぶ船を皇帝に模した。水は老子の説く「上善如水」(いちばん良い生き方は水のようなもの)と言われるように、雨は小川をつくり、地下にも貯まる。清水も濁流も排除しないで混じる。大河となって動植物を潤し、どのような形にも納まり、海を創る。静かな海は天が怒ると暴風となり舟を転覆させる。つまり普段はオトナシイ水だが、怒ると舟である皇帝や為政者を転覆させる力があるということだ。そして何もなかったように寒ければ氷となり、逆に水蒸気となって雪や雨を降らせる。つまり水は循環という大きな流れで刻(歴史)んでいる。

それが、人間の生き方の倣いなのだと考えるゆえに、皇帝や宰相に「文句も言わず言うことも聞く、税金も払う、だから俺たちのすることを邪魔しないでくれ」これが関係の持ち方だと考えている。どんな妃を、婿と縁組しようが、おめでたいのは当事者であって、民には実利が伴わない。面白がるが反対はしない。かえって一部の繁栄を守る戦備や、体面をつくろう館や道路普請に税が増えると考えている。

さしずめ、地球のどさ廻りの五輪興行や祝いイベントも時を違えて似たようなものだ。

 

ここにきて秋篠宮佳子さまと小室圭さんのことで、当事者以外の言葉が世間を騒がしている。仰せになったのかどうかは判明しないが、発言の重い国母が否定的発言をしたと記事に出た。勝手な誤報だと思いたい。表立ってはいない秘事の類にあるやもしれないが、直接国母が発せられる言葉ではなく、意をくんだ側近なり、言論貴族や売文の徒なり、商業新聞が騒ぐことはあっても、国父、国母にその倣いはない。

 

     

   疲弊する民に沿った光格天皇       慈母 後桜町上皇

 

あの聡明な美智子さまでさえ適応障害(当時は云わなかった)になられた。

世間でも田舎から都会にとつげば訛りや食習慣、地域の風習に慣れるまで大変だった。

旦那が鷹揚で頼り無い長男なら「大事にするから」の連呼で役に立たない。

だが、義母も老い、孫が嫁をもらうようになり、同郷の郷であっても「田舎育ちで今どきの子は、親の教育は・・」などと、同じ繰り返しがある。まして昔みたいな人情も希薄だから、自分が嫁に来た時より辛辣になり、なによりも大人しいからと旦那の「」を超えることもある。

 

たとえば、昭和天皇の質素倹約の逸話だが旧知の卜部亮吾侍従と筆者の酔譚を想起する。

戦後の復旧が整い国民生活も安定した頃、お住いの大宮御所も古くなり雨漏りさえしていた。侍従が改修を上申したところ「国民はまだその環境にない」と断っている。戦後の全国巡行に使用していたコートの袖口がほつれていても気にも留めなかった。卜部さんの語る逸話だが、戦前の大権が有していた天皇が、戦後の惨禍を鑑みて質素倹約に転換したわけではない。もともとの生育過程で習慣化され、長じて松浦重剛等による帝王学の御教育など、知識だけではない浸透学的涵養が優れ、かつ暗雲として覆っていた軍官吏の跋扈と増長を経国の妨げとなり、国家継承の危機となった経験の臨場体験など、戦火を知る者に観る「上」なるものの当然な忠恕心が涵養されていた。

それは、筆者も独りの国民として、゛ありがたい゛と感ずる大御心だ。

 

       

     杉浦重剛

 

後代は、゛国民と共に゛とお出ましも多くなり、流行りなのか皇族のファッションが浮俗の口の端にのるようになり、居も新たに構築された。

名画を喩えにするのも憚れるが、希少な絵画は、゛目垢がつく ゛と称して秘蔵されるのが常だ。

゛視た! 知っている゛では有難味もなくなるのは、゛なんだ~、オレと一緒だ゛となり、時流の浮俗に晒されることになる。憧れが手元に入ると飽きがくる。しまいには下げ降ろす気風も生まれるようだ。

 

その騒ぎも、最後はオヤジが出てきて頭を下げて収めるのがオチだ。マッカーサーの前には勢いの良かった軍人重臣ではなく、まして国母ではなく、国父の実直さと人物でしか適わなかった国を救う会談だった。

 

「文は経国の大儀にして不朽の盛事なり」と、古来から国家の大事として文章管理を説くが、それも反故になったと、登場人物と共に歴史に刻まれた。しかも国家財政で学費を賄い養成された文官エリートの仕業だ。

 

世俗では旦那が意向を出す前に女房が他人の息子が不釣り合いでと広言する家庭は、およそ統御がとれていない。つまりオヤジのガバナンスがないため、女房が我慢しきれず、他人の子供に事に口を切る。ゆえに我が子でさえオヤジの言うことをきかなくなり、アメリカンファミリーのように、先祖や家意識などなく、嫁と子供のことばかりに気が向くようになる。

 

    

        

 

ちなみに天皇の大御心では、民を「大御宝(オオミタカラ)」と称して遍く慈しんでいる。

いくら周りが人権だと騒いでも、己のことについては「権」を語らない。ましてや祷りは、不特定多数が縁あって棲む敷島の安寧を希求することで、我がこと、我が家族ではない。

ゆえに躊躇しない。その特異を認めるからこそ国民との結びはある。たとえ慣習上、どうしても寛容や忠恕心で包めないことが生じても、その調和が解決に向かう努力を超えることであったとしても、オオミタカラを個別に云々することは抑えるのがお立場の倣いだった。

 

オオミタカラは行政管理にある国民だけではない。我が国に訪れる人、援けを求めて来た人。不幸にして罪を犯してしまった人、貧富も国籍も問わず、四方蒼海に存在する敷島(日本)のなかで、縁あって暮らす人々をそう称しているはずだ。

そのお考えは、人間種として天皇が特殊なことではない。だから、その行動は誰でもできることだと勧奨さえしている。

ちなみに「同じ人間ではないか」と、単に同一視する世俗では、忙しいとか身分や財力が、といったらどこにもついて回ることだが、まして、人間そのものを解明したり、証明不能なこととして附属性価値の多寡で選別しても人の世は成り立たない。

 

畢竟、観えることは言葉と行動だ。

「俺たちと一緒だ」では成り立たない。ゆえに明治以降かたくなに守護した空気であり、推戴のもととなる邦人の情感であり、深層の国力なのだ。

これも平民のゴマメの歯ぎしりなのだろうか


イメージは関係サイトより転載


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吾 平民なり

2018-09-05 14:13:53 | Weblog

 

吾 平民なり

 

大日本帝国憲法では天皇を内閣が輔弼(助言、沿う行為)すると明記されている。

戦後の憲法では天皇は国政に関する権限や統治権もなくなり、象徴としての位置にある。

その象徴もオブジェのようなものではなく、国事行為である認証(裁可ではなく)は、内閣、条約、法制について多くの認証御璽を自らの御名によって行っている。

つまり天皇は権力を所持しない、国政に関与しないという制約下での象徴としてのご公務を執っている。その意味では英国女王も象徴ではあるが、形式的には元首・君主としての言葉や行為を国民に現示しているのと同様だ。

 

国民からすれば日英の立憲君主は似て非なるものと考える向きもあるが、建国から歴史的経過をたどると「依って立つもの」の異なりと、多文化との干渉なり、あるいは融和によって運用の姿は異なるっているのは当然だ。

だだ、絶対君主や共和制(大統領制など)などの統治形態からすれば日英は立憲君主制という見方として分別されるだろう。

 

また権限や統治権を有するなら他からの剥奪もあるが、゛所持しない゛象徴であるために民意やそれらで構成される司法裁判などに影響されることない安定的かつ継続的立場を維持できることでもある。それは多くの要因を以て構成されている国なるものに棲む人間を、利害を超えて収斂する、言葉を変えれば群れに自然推戴された長(おさ)の役割をもった必須の機能でもあるとの見方もある。

 

      

          東御苑

譬えで理解するとすれば、水面は風に揺れ、木々はそよぐなか、航路の指示と安全のために設置しているブイの水面下の安定重量として定位を保つ錘(重し)のような感覚だ。

近代は人権や平等、はたまた性の同権が謳われ、その意識の上で、゛重し゛の是非を論ずることもあるが、性別固有の異なる存在を認め、かつ有効的調和によって超数的効果をみとめた古人の厳存理解の認識(なじみ)とはかけ離れた論が、これまた切り口を変えて競い合っている世俗の状況があるようだ。

 

こと、人間の行為は万古から変わらない。とくに食・色・財の欲望においては、人権・平等・平和の言辞を以ても、相対、いや絶えず対する絶対のごとく、今時の論拠としての質や量に置き換えても質は劣化が進捗し量は増大している。とくに分別や弁(わきまえ)などにおいて、より分離かつ立場の混在意識が甚だしくなっている。

 

前章を考えて、果たして現在の政治家、つまり数多の意志の収斂手段をとるにしても、国民から委任、負託の関係にある立法府の政治家、行政府の為政者と官吏が立憲君主の象徴として存在する天皇の長(おさ)としての存在認識は如何なる考をもっているのか、どうも嘆かわしい希薄感が筆者の眼に映るのだ。

 

     

    悠仁親王殿下の御世は・・・

 

 

古人は「上下こもごも利をとれば、国 危うし」と云った。

その「上」は現在では為政者なり官吏、あるいは上長者である親や先輩の考えや習慣的行動などだが、それらが人を観る価値観が人格とは何ら関係ない附属性価値である、地位、学校歴、財の有無など、すべてが財利の多寡を成功価値なり、幸福感と狭視することがますます昂進し、それを抑える教育なり文化的技芸なども財利に昂進する姿に、「下」も嫉妬と怨嗟が混在した哀れにも映る追従がすすむことを古人は社会の危機と捉えていた。

 

いつぞやは偉い人と云えば政治家、医者、教師と思っていた。尊敬もした。

゛偉い゛は立派とも言った。上手い演説とはいうが、立派な演説は無くなった。

知識人は、゛あてにならない大衆゛と括り、権力に迎合して素餐をむさぼっている。

売文の輩、言論貴族に落ちぶれ、そのあてにならない大衆を、これまた商業マスコミの走狗となって大衆を先導している。羊飼いの犬に似ている。エサはともに錯覚した成功感の糧となる金(食い扶持)の多寡を競う意味のない価値だ。

 

この時節は、長(おさ)の周辺も騒がしくなった。深窓の令嬢に興味があるのは人の常だが、「俺と一緒ではないか」では、炭酸ビンの蓋がはじけるのも遠くない将来だ。

そんなことを考えて、別章を記してみた。

 

以下 次号

 

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歴史の教訓 13 5/15再

2018-08-28 08:33:42 | Weblog

台北中山記念小学校 自治会幹部生徒




歴史に記された教訓は民族にとって、科学の発達した現在においても有効な人間の教科書となっている。その記された事柄は現在のさまざまな問題の解決にも活かされ、将来を想像する人々の観察になくてはならない時間経過の財産としても、人々に知恵と勇気をもたらしている。

忘れてはならないのは、文字の成文化やメモリーとなる構築物だけではなく、民族の習慣性や心の表現などが、記憶だけではなく、自然に発生する行動や、考え方のシステムとして、心や身体の瞬間的反応に現れ、他からは民族の特徴として印象づけられたりします。

          

学校の授業にも紙面が活かされます。

 


どんなに便利な社会になっても、そして豊かになっても集積され教訓となった人間の習慣性は、つねに他民族の文化との有効的な整合性を求め、ときに悩んだり後ろ向きになることがあります。

それは生活の習慣性だけでなく、宗教や思想の選択、そして政治衝突さえ起しながら新しい歴史を作り上げるために、社会は生き物のように躍動しているようです。


争いや和解は新しい知恵を生み、幸せ感は心に宿ります。
貧しかったころ、人びとは助け合い、足りないものを補い合い、欲張らなければ貧しいとは思わない共感を人びとは学びました。

それは豊かになっても人々が競い、争うことが、歴史に浸透された習慣性には相容れない借り物の豊かさだということを知っている賢い人々の歴史だ。

地球上のさまざまに地域では対立する人々がリーダーをなくした群れのように争っています。強さを競い、物質の豊かさを誇り、宗教の優越性を賛美したりして社会を混乱させています。

多くは政治の主導権を獲得して国民を指導下におくものですが、ときには他国の資金援助や影響を背景にすることがありますが、国民の多くは息ひそめて困惑しています。

 

          


歴史の教訓は、それらがつねに変化を要求され、長続きしないだけでなく、それが却って次の時代を作り上げるための反省の教材として子供たちが正しい問題意識を想起し、勇気を以て解決していく心の学びとしての貴重な歴史的体験であることを教えてくれます。

キショロチェトロは子供たちの観察した意志を文字として紙面を構成し、子供たちだけではなく、多くの方々にも理解してもらおうとする場所です。

子供たちは新しい歴史の目撃者として多くの記事を、覚えた文字で自由に発言してほしい。そして大人の方々にも、子供の心を学ぶ機会にしていただきたいと願っています。

(ベンガルこども新聞 キシロチエトロ寄稿) 

顧問  東京支局長

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羊飼いの犬に追いかけられた夢  2007 06 再

2018-08-20 12:45:26 | Weblog

もう何年も前の初夢で犬に追いかけられた

お節介なもので皆に知らせたことがある

何のことやら解らない人、なかには映画のストーリーかと言われた

近頃は目の前の現実として現れているが、羊飼いの犬は群れを美味しい草原に誘導している
太った羊は美味しい肉となり、チーズや干し肉となって羊飼いの胃袋を満たしている約二世紀前につくられた或る人たちの謀だが、戦争やそれに用いる戦術や武器もいらない、かつ民族や国を「いつの間にか・・」劣化、衰亡、亡国、分離、流浪に導く企図でもある。

人の正邪の分別を曖昧にさせ、利便性と保護を謳って彼らがコントロールする財貨の世界に誘い込む。仮装された生きる価値や目的を、彼らの囲いの中のでしかない自由を個性だと煽り、民族や人種の混交を「愛」に置き換えて、血純なる種別を曖昧に導く。すべてアナタ達の意志と決断だとして、反抗されるべき彼らを巧妙に隠している。

人々の連結の絆は分断され、かつ十九・二十世紀に起きた戦乱の真の目的にある各民族の歴史的集積の統帥者である「長(おさ)」を同じ民族の手で倒し、破壊した。

そのスローガンは自由・民主・平等であり、そのスローガンは大衆が互いに争いと自縛を起こすような別の企図が含まれている。彼らは人間がいつの間にか眼前に広がる状況に問題意識すら抱かせないような巧妙で狡猾な知恵だが、今は、金融・教育・情報に収斂されている。

 

      

 

それより架空の幸福感を目指し、財貨所持の成功者を嫉妬し、不幸に落ちることを望む愚かな人心を習慣づけすることに目を向けた。格差に問題を抱く前に、財貨成功者をヒーローとして徒労な競争に誘い込み、学問、芸術、スポーツの成功者な過大な収入を与えて宣伝した。資源の交易は通貨価値や為替操作の仕組みを構成した彼らの意図によって、容易に差益利を生むシステムになった。

架空の民主を謳い、意見の相違は争論を生みあいまいな結論しか導き出せず、彼らの作った自由なグランドで、異なる社会に平等を投げかける。独裁はコストがかかる。共産は理想を謳ったが突き詰めれば「共惨」になる。一番コストがかからないのは自由と民主によって社会は混乱分断し、収斂コストは財貨のコントロールと自由を阻害すると謳った情報と社会の管理だ。そのツールは科学的というコンピューターになっている。

二十世紀は誰が名付けたのか、彼らにとって独裁・共産・自由の選択のための争乱だった。

筆者の「人間考学」の端緒になったのは、かくも人間の弱さ、誘引される理由、問題意識を持たせない環境醸成、など、今までの官制学校歴の課題(カリキュラム)にはない、いや考えさせないとも思える仕組みに興味を持ったのだ。

たしかに明治創生期にかぶれたように借用した教員制度はフランスからだ。あの自由・平等・博愛(友愛)によって長の首を熱狂によって断頭した社会だ。

その掲げられた標語はいまだに達成されていない。

もともとあり得ないものを、有るがごとく文字や言葉で謳いかつ煽り立てる。

隠れた統治者が人の口を借りてスローガンなりハナシを謳う。

やはり宗教家や為政者が迷える羊と視ることも有りなんか。また、無いものを有るを前提に争うからまとまるはずは無い。

餌(錯覚した成功価値)と犬(武と管理)は最良なツールなのだろう。

 

         

                     青森県弘前市 岩木

《以下はその年の賀状に記したことです》

いつだったか青い目の悪戯っ子が耳元で囁いた。

「われわれはすべての信仰を破壊し、民衆の心から神と聖霊の思想を奪い、代わりに数字的打算と物質的欲望を与える。

思索と観照の暇を与えないためには民衆の関心を商工業に引き付ける。 

そのようにしてすべての人々は自分の利益のみに没頭して共同の敵を見逃してしまう。

自由と民主主義が社会を瓦解させてしまうためには商工業を投機的基盤におかなければならない。

そして商工業が大地から取り出した富は民衆の手から投機家を通じてすべて我々の金庫に収まる。 

経済的生活で優越を得るための激しい闘争と市場での絶えざる投機は人情薄弱な社会を作り出すだろう。 

そして、高尚な政治や宗教に対して嫌気がさし金儲けに対する執念だけが唯一の生き甲斐になるだろう。

民衆は金で得られる物質的快楽を求め、金を偶像視するようになるだろう。 

そこで彼ら民衆の貧乏人どもは高邁な目的のため自ら財を蓄えるためでもなく、ただ錯覚した上流社会への嫉妬にかられ、われらに付き従い、われわれの競争者である特権的立場のものに反逆するだろう」 



そういえば古事記に
国稚(わか)く、浮かべる脂(あぶら)のごとくして、くらげなす漂えるとき、葦牙(あしかび)のごと萌えあがる物によりて成れる …  と、ある。
古典や故事を引用するぐらいの知恵者にあやかるまえに、大地の表層に浮かぶ脂やクラゲのように浮遊し、葦の芽ぐらいだった原祖を思い浮かべ、 青い目の悪戯っ子の囁きに、黒い目を白黒することのない心の鎮まりを見つけたいものです。

以上、2007年当時に送付したものですが・・・やはり今でも感応は薄いようです。

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゛日本の若い女性へ゛ パルが遺した 言葉 11 1/1再

2018-08-19 13:40:24 | Weblog

 

インドの東にバングラディッシュという国がある。昔はインドベンガル地域だった。西洋の植民地支配国はそれを手放すとき総じて分断政策をとり、つねに混乱の種を残すようにしている。これも影響力の保持である。

そのベンガルは詩人タゴール、インド独立の英雄スバスチャンドラボーズ、そして国際法学者であり東京裁判のインド判事ラダ・ビノード・バルを生んでいる。

ベンガル人は細かい作業を得意として、世界ではドイツ、日本と並んで歴史的にも精密作業においては有能な民族に数えられている。川辺の植物から大人の全身を装うような繊維を作り、小さくまとめれば指輪にもなるような精密な作業を行い、日本で馴染みの藍染めも彼等の得意な作業だ。

それゆえ欧州でも人気のあまり業者が政府に苦言を申し入れた。蔑んだ未開の地の物産が欧州を凌駕することは許されなかった。早速英国は武断政策を行いベンガルの織物職人の指を切り取った。彼等の植民地政策とはそのようなものだった。(在日ジャーナリスト,シャカー談)

パル判事もその頃のことは覚えている。東京裁判は敗戦国日本を裁く裁判だった。法学者として国際的にも信任の厚いパル判事は勝者の判決文にパル意見書をそえた。もちろん勝者の熱狂と偏見に到底入れられるものではなかった。

戦後いくたびか来日して日本人に多くの提言を語っている。それは列強の仲間入りに遠大な志操を失くそうとしていた日本に対して異民族である孫文が「惜しむらくは・・」と述べたことに似ている。日本人が忘れ去ろうとしている誇りや伝統に培われた価値観に対する諫言でもあった。

とくに人間の尊厳を支える人の問題、それは陰陽の調和に譬えた男女、家族、社会、国家のありようを指すものだった。

パル判事は「日本の青年に」「日本の女性に」と注意深く、簡略に記している。孫文と同様に西洋と東洋の異なりと安易な模倣による問題を提起している。戦禍に打ちひしがれた日本、とくに次代を背負う青年男女にパルは予言ともいえる言葉である。

それは、数百年のイギリスによる植民地の圧政にあって、終始その精神性の護持を唱え「糸つむぎ」の労働を想い起こして西洋的な習慣化からくる堕落を防ごうとしたガンジーの意志の伝承のようであった。

とくに惨禍、欠乏から物質的富への当然の要求について、それによって亡くすものの危惧を憂慮し、女性としての存在意義と、その分別における性の優越性の在り処を知ることが必須なものだとして語りかけている。

 

        



あなた方は、知的的にも道徳的にも最も感受性に富み、もっとも受容力の大きい時期にあります。学校教育から本物と偽者を見分ける能力、社会の将来を形成してゆく力についての知識を得てください。

とくに宣伝に惑わされない判断力を得てください。宣伝の恐ろしさは、絶えず感情に働きかけ、知らず知らずのうちに、自分の本質と矛盾することを信じ込まされることにあります。

皆さん一人残らず、どんなことに出会っても、勇気と優しさと美しい魂で処理してください。

皆さん一人残らず「世界を歩む美女は何人もいるが、どんなに飾り見せびらかしても、あなたの完全(内面)な美しさとは比べ物にならない」と、尊敬の気持ちをもっていわれる様に、行動されることを願っています。』


参考理解として
   次号の… 

羊飼いの犬に追われた夢】も併せて賢読していただければ幸甚です


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成りすまし 2012 3/19 あの頃

2018-08-14 08:17:37 | Weblog



国籍に始まって宗教、思想、組織帰属には、よく「成りすまし」がある。

特務諜報員などは自国の成り立つ思想を隠してでも敵国任地の思想堅固を装う、つまり成果を得るまでは偽装する。例えば権力側や右翼や民族思想だ。
あの満州の崩壊から国民党、共産党と支配者は代わったが、国民党支配のころは幹部として、共産党が進出してきたときは一夜にして現地司令官としてなったものもいる。

あるいは台湾では反共新聞を発行し、ときには共産革命一世代の高級幹部の密使として我国の総理に、゛個人的関係゛、つまり「利権」の確保に動いているものもいる。日本人にも行動右翼として名を立て、ビルを建てたものもいるが、その披露のとき挨拶に立った荒木文部大臣から「右翼の衣を着て中共からの資金援助でビルを建てた人がいる」と皮肉を言われている。

いまは独自の路線を唱えているある政党も、旧党本部の建設を図ったとき建設委員会が作られた。資金も無いのでどうするのかと思案していたとき、「当時は親密だった他国の政党から三億円の資金をもらってきた」、と除名幹部は当時を語っている。

みな独自路線だとか、思想堅固を謳うが、身の安全や金にまつわると、からっきし弱い。

 

台湾の日本語世代    残置された日本人とも・・・

 


帰化、国籍取得が問題視されているが、往々にして自由を求めとか、身の安全を、あるいは自身の可能性を図ってとの理由が多い。かなには資産移動地に担保として縁者の国籍取得を考えて帰化したり、永住権を取得することもある。

「成りすまし」は生きるすべだが、なかには不自由な国から言論自由な国、もしくは大国に帰化すると、母国を口汚く罵るものがいる。幾らか言語が堪能だったり、高邁な理屈や物書きにその類をみる。

日本は素晴らしい、それに比べ母国は政治も悪いし民衆も行儀が悪い。日本は素晴らしい歴史があり、その策謀に気をつけたほうがいい・・』
そんな具合の阿諛迎合が恥ずかしげもなく繰り返される。


国家意識もなく狭い範囲の人情で地球の表皮を住処にしている民族からすれば、母国や生地などの帰属意識は薄く、たんなる縁あって棲み分けられた「郷村」の隣人くらいに考えてはいないような遠慮のない姿である。
昔から外国人、とくに白人には手を出さないが、自国民にはその陋規の範疇にある掟や習慣で厳しい矩と過酷な罪科、そして残酷な刑を与えている。男性器を叩く刑や三千回を計って傷つけ、その前に死ぬと執行者が罰を受ける、つまり三千回の苦痛を与える報復である。

我国も戦国時代は首を切り褒章の証としたり、首が重いので多くの耳を削ぎ細綱に通して証のしるしとしていた。そのなかで団や藩、部族への裏切りが一番恥ずかしいこととして武士へは自裁を促した。逃避すれば隣領へ執拗に追跡し殺害した。

ロシアも北朝鮮はいまでも追尾して実行している。韓国の大統領候補者を日本のホテルから拉致したのも記憶にある。それは秘密を知った大物だったからだが、昨今の言論、出版会に大手を振って母国の政治体制に罵詈雑言を投げかける人々にはそれが無い。
どこか上手な配慮が働いているようだ。たしかに浅薄になった日本人にはホドほどの情報のほうが都合が好いし、食いつきもいい。それも民情観察として功をなしているようだ。










特務や諜報といわれる役割は任地の情報取得や民情かく乱などだが、成りすましは自国の友党ではなく、任地の政権政党の深部や国営放送などに紛れ込んでいる。
ある高名な書評家だか、安倍公房、司馬遼太郎からきた手紙の束を差し出したが、それぞれ7、8センチほどの量だった。この書評家は外交部出身で単身赴任、草稿の多くは自国で書くと、指摘したらその通りだった。

数ページの書評のうち、数行に彼の国の知識人特有の臭いが見てとれたためだ。
商業出版の多数のスタッフに装飾された本が、あのノーベル賞の候補に羅列されることに心魂を費やす物書きの魂胆は、外国特務の絶好のターゲットである。必ずといっていいほど招待され歓待されているのもこの手合いだ。
スタッフとはネタ本の収集、誤字脱字の校正、表紙のデザインと誇大な宣伝、これらのパラサイト集団のことである。

映画の世界でもある。先の大戦中のスパイ事件の日本側主人公を撮ろうとしたが、インパクトが無いので外国人首謀者をタイトルにした。彼の国大好き人間で、国営放送の特番旅行に嬉々として出演していた。何を期して撮影に取り組んだかよく解る姿だった。
これが知識人、教育者、人格者に祭り上げ、それを文化というのなら褒章、勲章も色あせるはずだ。

それらは、゛成りすまし゛に簡単に騙される。小説という嘘書きを生業としている物書きと外国人書評家、それに配達された多くの依頼書簡、それが「明治」を書くというが、勇ましい戦争モノは書けても、明治の言論に随う気風は表せなかった。当時の言論人は国家や社会を説いた。小説は今でいう漫画の類だった。流行りものに乗る当世モノ書きの骨柄が透けて見えるようだ。

いま政治状況や経済市況停滞する中で多くの企業が安価な労働力を求めて海外に進出している。それは日本からの逃避ではあるが、進出国の政情が不安になり賃金が上がれば、また生産地を転換する。そのような世俗の状況からすれば、日本国籍を棄てなくても海外に移住する日本人がいてもおかしくはない。だが国家国民ということではなくても、培われた帰属意識や情緒を棄ててでも有利や功利に向かうことを、どこか是としない気風があるようだ。

まして、不平不満から他国に帰化転籍してその国の人たちに迎合して、先祖の鎮まる母国の社会や暮らしぶりを悪し様に非難する気風は、古臭い、野暮かもしれないが多くの日本人にはないようだ。加えて、そのような人間を好まない。たとえその言論が日本人の誇りをくすぐり、技巧をほめられても分別のつく日本人なら信用はしないだろう。

虐政に抗して自らを焼身して利他に殉ずる人もいる。大国の狭間で苦慮する経国に難儀する指導者もいる。多くの人々は生まれ育った郷を棄てることなく、かつ独自の諦観を養って、敢えて慌てず、騒がす、批判せず、淡々と生活を営んでいる。



 命懸けの政治   ホンモノのペルー人




隣国の智慧に「欲を少なくして貧を医す」

(欲張らなければ貧しい悲哀や不満は起きない)

と「五医」にある。それは貧しくて医者にもかかれない人々の「心の医」であり、コントロールなのだ。他を比較すれば不平や不満が為政者に向かう。どんな為政者でも嫉妬や批判に晒されるか、その多くは外部、とくに異文化からの刺激や気づきへの促がしなのだろうが、それが一過性の抗論だということを人々は知っている。なにしろ知識人は「臭九老」「九儒」といわれて上から九番目の位置に蔑まされた者達だからだ。

それが、言うべきことではなく「言いたいこと」を自由に放言する国へ逃れたとしても、彼らも日本人と同様に信用はしていない。なにしろ孔子でさえ「アレは話」と戯れる知恵のある人たちだ。物書き、口舌の徒は何処の国でも同様な見方があるようだ。

「成りすまし」それを平然と演技し、自身の高邁な言辞でさえ著作にすれば、懐勘定である部数著作料に一喜一憂する人たちである。愛国者、民族運動家さえ片腹がくすぐったい、はたまた気分がよくなる阿諛迎合を恥ずかしげなくできる気風は嘆かわしい痴態だ。

彼の国は「逢場作戯」といって、人によって演技し己を同化させることが倣いとなった社会がある。それが砂民といわれ、まとまりのない民を統治するスベとしての覇権専制だとしても、それに面従腹背しなければ生きてはいけない民の倣いである。
また、゛成りすまし゛が唯一の自己防衛であり、家族親戚の間でも成りすましていなければならない事情もあった。

いま多くの成功者は資産保全のために子弟を海外に移住させている。また資産移動も活発だ。それも自国と近隣の自由地、そして西欧の資本主義国家への三分割だ。
綱渡りをしながら今を稼ぐ、民間はともかく為政者周辺や官吏の逃避は国力伸張もなんのその、投資という形での資産移動が忙しくなっている。

それは、成りすましという客分に軒を貸して母屋を取られるようになることでもある。
棲み付いた他国に忠誠を誓い、生地を嘲り、権(力)あるものに迎合し、、機をみて転化する姿は歴史によく見るところである


号令一下、震災直後多くの人が帰国した。にこやかに応答するコンビニからもいなくなった。日本人は放射能に鈍感なのかと不思議に思ったが、外国人は過剰反応ともおもえる行動をとった。しかも多くの国が自国民に通報、あるいは命令した。

満州崩壊でも高級官僚と高級軍人は電話線を切って開拓民に通報もせず逃避した。
天安門事件の際も、通報順序は官吏、政治家の子息、企業駐在員だった。当時日本の航空会社は帰国便のみ。戒厳令さなかは米国のUA便で訪中した。行ってみると「民主化」のスローガンはなかった。鉢巻きも、壁新聞も腐敗幹部の「下台」だった。日本でもいつの間にか西洋風の民主化要求だと染めつくされた。

なぜ歴代為政者は専制を選択したか、知りすぎるほどの民癖から彼らはそれをよく知っている。ただ、ホドホドにしてくれれば政治は語らない、と。










あの日中国交の条件として中華民国台湾を断交した。台湾と大陸民衆は忘恩の徒と日本を蔑み、共産党為政者は、懐の浅い小者と見た。中国は断交を喜んだのではない、日本の態度を哀しんだのだ。それは偽満州と嘲りながら、大国ロシアを打ち破り満州の興隆を一種の易旗の勇として随い、日本人に驚愕した中国民衆が、゛満州の成りすまし゛と気持ちを転化したきっかけでもあった。

成りきって満州に死地を求めた自治指導部、大同学院の学び舎に民族協和の理想を見た多くの満人、漢人、は慙愧の念で日本人をみている。「至るところ青山在り」地球の表皮を自由闊達に躍動した当時の日本人には、゛成りすまし゛はない。あったのは内地の「公」に成りすました官僚、軍官吏、政治家だった。

彼の地は、異民族の成りすましを解らない民族ではない。
それは国法より重い「人情」を本として人物をみている。
高邁な理屈や、心地よい迎合ではない。

ちかごろは黄色い顔の成りすましと、白い顔の成りすましの腹芸が盛んだが、我国の、゛成りすまし゛は、公と利を語り素餐を貪っているものが増殖している。

ただ、それさえも解らなくなっていることが、より心配の種だ。

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「教員の待遇を良くして給料を上げよ」と、北野たけしさんは言うが・・ 15 8/8 再

2018-08-08 08:44:43 | Weblog

北野 武さん

≪3/10  また教員が頭を下げている。≫


筆者がガキの頃、毎月爺さんと浅草に行った。本堂の足場が架かっていた頃だが、普段は教えもしなかった爺さんは「あの瓦の裏には名前が書いてある」とぼそぼそ語っていた。どこに行くのも、いつも、゛なっぱ服゛を着ていたせいか、本堂から六区に行く途中の路地の呑み屋で一杯入れていくが、店の婆さんが『税金の都合でお銚子一本になっているんで・・』と、浅草でも着なりをみるのかと不思議になった。爺さんは孫の前で恥かしそうだったが、余分にスズメという串刺しの小魚をたのんでくれた。

六区では石井きん、大江美智子、浅香光代、大宮デンスケの人気者が看板を掛けていたが、総なめした。そのうち明治座で曾我廼家五郎八まで連れて行ってくれた。ロック座があったようだが、爺さんは早足で劇場側を歩いて見せないようにしていた。大人になってから寄席に行って三平を聴いた。新国劇も島田正吾や辰巳柳太郎が渋く格好良かった。妙な縁て鎌倉の別邸の改築に一カ月泊って朝の地引網を愉しんだ。

当時は東上線もイモ電車といわれ、埼玉の年寄りが油を塗ってある床に新聞紙を敷いて酒盛りしていた。熱海か伊東、成田山が相場だ。上板も進駐軍の引っ込み線があり秩父のセメント貨車や薪や墨俵も運んでいた頃だ。池袋からはトロリーバスで雷門まで一時間ほどかかった。まだ武さんも足立で頑張っていた頃だ。

筆者も見上げる大人が視界を遮っていた頃だが、境内のバナナの叩き売り口上やガマの油売りが見えないので、爺さんは肩車をしてくれた。「裏も表もバナナだよ」と、いま思えば滑稽だが、新聞紙にくるむとオッチョコチョイは財布を出す。ガマは武士の衣装で何故か猿が付き添って?いる。刀で腕を切り付け油を塗ると傷がない。肩車から大人の姿をみていると、首を出したりひっこめたり、頷いたり、手を叩いたり、この興奮は寅さんに引き継がれた。

当時の役者や露店の縁者は、真剣だった。相方もそうだが、客も真剣だった。想いだせばバカバカしいが記憶が鮮明だ。相対の面白さがなくなったというが、これはテレビやネットのせいでもない、人間の厚みと許容が乏しくなったのだろう。とくにデン助や均さんの面白さは、懐かしさだけではなく、江戸の悪所と云われたエンコ(浅草)に集まる当時の善人が醸し出す風があったようだ。ヤクザも芸人も吉原のやり手婆さんや女郎まで、当時はまともだった。そのまともが悪をやり、笑いをやり、春を売っていた。そして゛まとも゛には物わかりよく付き合い扱った。たが、゛まとも゛でないものにはきつかった。

             

    物わかりのいい親父 勝海舟

 

週刊ポストの北野たけしさんのコラムで書いている、いや、゛云っている゛
彼の商業出版の多くはしゃべりの文章化のようにみえるが、ノッているときは前後のまとまりがあるが、ときおり俗っぽい風があるときがある。
金に困った、女がばれそうだ、朝まで飲んだ、人並みな男はそれに影響される。
たけしファンに合わせて易しく(人を憂う、優しくではなく)書こうとすれば、ひら仮名を駆使して行間を空け、短い句読点でまとめると、これまたよく売れる。難点はもっと易くしようとすると読者の層は増えるが、一過性の記憶として流されるような羊のような群れを作り、作者としてはより世俗に迎合した突飛な解釈と表現が求められるようになる。

ときおり難解な表現や能力を見せれば、賞味期限のラベル張替え可能だが、仮借した下座観は、古典落語の重鎮が真っ赤なキャデラックに乗って金鎖をしているようなもので、お昇りの江戸っ子風な、野暮風袋を被るようになる。







林家三平 さん





三遊亭園朝  

落語も口が良く回ることが、頭が良いと思わせる。先代の三平さんとてカタギが呑み席でもしない愚かを芸として騒ぎ魅せることに、カタギはさも有りなんと溜飲を下げるが、所詮は下卑たこととして嗤っているのだ。あの世界では大御所だが、この手の嗤いは、笑ではない。通人ぶった客は三平さんを、あそこまで出来るのは余程の人格者だと想像する。どちらに転んでも木戸銭は入ってくる。
あの人情家の三平さんが人情噺に取り組んだら、園朝なみだと筆者は思う

近ごろでは子供のやんちゃがイジメになる時世だが、大人が人前でやると観客は面白がる。熱湯ならぬ温水を熱湯らしく演技して飛び込ませたり、若き女性に時間内の着替えをさせたり、滑ったり転んだりするのを見て笑う。まだ六区のドタバタ喜劇の方が、品がある。
わざと池に落とした帽子を裸になって取りに行かせたり、向こう岸まで泳げと囃したてた中学生の事件も多いが、それと何ら変わることはない。

いくら遊惰な浮俗でも人前で演技として見る番組が増えたが、この傾向を金もうけの手段とする一方もあれば、他方、惰性ながらテレビをつければ否応なしに飛び組む風潮に嫌気がさしてきているという。近ごろのテレビは・・・・、の類だ。
かといって、視なければいいのだが生活慣性となっているためか、音と絵の変化が傍にあるだけで安心する現代人の姿もある。

どこか、子供をとりまく状況と逃避すらできない世俗の感性は、問題意識の喚起として良く似ている状況だ。安物の番組は企業の景気にもあるというが、雛壇で騒ぐ番組にそうそう宣伝費を出すことも憚るだろう。だからと言って低俗に合わせた低能の番組を生産しても、決して積み重ねることのできる情緒の涵養にはならない。あのたけしさんのお母さんの逸話や生まれ育った足立区の憧憬は、別物への脱出を描かせた。貧乏や子沢山、親父の機嫌、母の剛毅、今では語るみのとなっているが当時はまだいい方だ。これを苦労とは言わない。
だだ、食い物も着成りも行儀良くては暮らせない。あるのは野暮か粋だが金を持たせればすぐに判る。いくら稼いでも実直な苦労人の親がボロを着ていればロールスロイスは乗らない。親は子供に魅せたのだ。いわんやそんな世界では見栄をはってもたかが知れている。せいぜい座りのよい床の間の蛙石だ






ゲームセンターの開店を待つ生徒  弘前



だからと言って待遇を良くすればその気分(遊惰慣性)が整うとは限らない。もともとそれを売り物にして成功価値を企図して、あえて衒いがあるのか成金を装っているが、その浮俗の影響力は、気真面目から不真面目に転化させることもできる力がある。とくに今はそうだ。
それらに勲章や教授資格や食い扶持担保や生涯賃金を保障したら、演技は変わるのだろうか。粋と野暮と書いたが、野暮が頑張って粋がるから野暮になるのだ。
粋はとこかでかた(形・型)をとることがある。辛抱ややせ我慢だが、エエカッコシイとは違う。

標題だが、子供の苛めなどの教育問題は教師の給料を良くして待遇を上げれば良くなると、たけしさんは言う。田中角栄総理も教科書を無償配布にしたら教科書を大切にしなくなったと嘆く。教育は大切だからと教師の給与を特別優遇したら、教員、労働者と自称する様になった。ついでにゆとり教育で銀行、公務員と一緒に週休二日にして、なお且つ研究日と称して、終いには、たけしさんの頃に習った教師の勤務時間から比べれば半分近くになった

芸能人と似ているのは二世が多いことだ。目のうるさいところは遠慮しているが、教員の子は教員、公務員の子は公務員。しかも試験もせず臨時採用から本採用も地方では多い。
もちろん政治家、警察官などはその範となる。いま騒いでいる安保法案ではないが、国内では安定賃金、身分保障、傷害賃金の保障、国費を過負担した年金など、その連中には国民とは別枠の安全保障が整っている




広州の子供たち




台湾台北 生徒が運営(自治会)する朝礼の国歌斉唱と国旗掲揚式



そこで、たけしさんは教員の賃金を上げることを解決の一助としている。
金を出せば優秀な選手が集まるプロの興行だが、高校野球やサッカーがどれだけ毒されたか・・・。映画キャストでもギャラを多く出せば善い演技が出来るとは限らない。まして監督が有名なら一族郎党を安いギャラで集めてもチケットは売れる。
虚構を売り物にして食い扶持を得る世界は、別世界なのだ。とくにバーチャルリアリティー(虚構現実)を視聴覚に打ち込む世界によってどのように世俗が変化したかを分らないはずはない。



金、地位、名誉、学校歴、それらは人格とは何ら関係のない附属性価値だ。
その虚飾された価値観や成功価値を嘲け笑い、喝采を得て食い扶持を得ることに現世芸を認めるなら、あえて附属価値を金銭の多寡によって変化が起きるだろうと思うことは、そもそも「人として成る」ことを諦めているかのようで寂しい限りだ

小人、利に集い、利、薄ければ散ず

小人の学、利にすすむ」

そんな世界にいると、ときおり麻痺することもあるようだ。
人の気(人気)とは儚いものだ。


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また、津軽に夏がきた

2018-08-07 04:52:14 | Weblog

 

 

雪が恋しい季節です。

 

゛雪は大変ですね゛と問うと、゛雪は汚れたものを覆い隠してくれる゛と。

その汚れた?ものが顔を出すと、引っ込み思案の津軽衆も元気に動き回り、オンナ衆はそれに輪をかけて、春の到来に冬と異なった解放感を見せてくれます。

津軽にも足かけ三十年になると季節の変化とともに、人のうつろいも様々な姿を見せてくれます。

 

          

 

寒気が肌を刺すころの岩木山は鉛色の雲に覆われますが、ときおり見せる青空は下界の銀雪とほどよくマッチングして黎明な景色を作りだします。

明治の言論人陸羯南は、「名山のもとに名士あり」と詠み、この地は多くの賢人を育んでいます。

 

 最近、三沢の航空自衛隊で幹部指揮官の講話に度々訪れる。津軽には縁があるのでよく足を延ばす。

 

   

    北部航空警戒管制団 幹部指揮官講話

 

平時から有事へ、緊張の度合いが増した隊員のための講話は事前教授案の作成から講話まで、普段にない緊張がある。その期間が過ぎると妙に人恋しくなるのか、はたまた温泉と酒と人情に誘われるのか、近郷の津軽に心がせく。このまま都会の雑踏に入るもったいなさが頭をもたげる。

本州の端にある津軽は、まさに「名も無く貧しく美しく」と、浮き俗の巷でうごめく人間に己を知る機会を提供する。米国の財閥モルガンの縁者も津軽に魅了された。世俗でうごめく人間は、そのモルガンの持つ財と暇を自由に使い謳歌できることを目標の価値として、日々、競争に明け暮れて、津軽などは仕事も希望もないと、都会に出ては還ってきません。しかし、モルガンはそこに生活更新の価値を見出しているのです。

 

なかには狭い範囲の沈滞した環境に措いても、人間の附属性価値である、地位や名誉、肩書や財力に、人格と何ら関係のない部分に人の価値をおく陋習があるようです。

まさに津軽コンプライアンスという自縛のようなもので、人々の風評も、゛思い込み゛として根深いものが生まれてきます。象徴的なのは役所(官吏)への依頼心です。

もちろん津軽選挙と揶揄される排他的選挙も功利的峻別を激しくさせます。

ときに寒季に諦観を懐きながら、夏に熱狂する祭も激しい気質を映し、男女問わず色恋や酒には醇な愉しさを醸し出している。

 

  

   木村ヨシ作  津軽子守っ子人形

 

醇は欲望のリアルさとしても人情に垣間見えることがある。

逢場作戯」は人間関係の妙手として中国の倣いだが、都会人は器用に隠すようだ。津軽は醇で激しい情なのか、戸惑うことがある。普段は鷹揚な雰囲気がある女性だが、人づてに「あの人、金がある人?」と聞いてくる。オンナは真の親友はいないとは言うが、聞かれた人が「聞いてきたよ」と、そっと教えてくれる。情も深いが、情はリアルな欲だった。

だが、江戸っ子には判りやすい姿だ。義理と人情とヤセ我慢の江戸っ子も、大風呂敷と見栄は負けてはいない。

 

        

         津軽黒石  郷学の館

 

惚れたといおうか、参った女性もいる。

後妻さんだが歳も離れた、いまだ女性を滲ませている方だ。

不思議な縁なのか、ときおり遭遇し縁を重ねているが、高齢だが問わぬ魅力がある。

嘘もなく、素直で、情を察するしぐさと語りが潤いとなる。

和服の袖をささえて般若湯をさされても意味をうかがわせる。

゛久しぶり゛、゛変わりないかね゛、言葉はなくとも注ぎ方で分かる。

門口ではこっそりと「変な人に気を付けて」と忠告される

東京では門口を出て「変な女に引っかかるなよ」と大声で送り出す女将も有り難いが、津軽の年の功は酒と一緒に沁みとおる厳しさと潤いがある。

何しに津軽まで・・・」、『縁をもった人の墓参り

まさに、玄関口の弘前につくと恩師をはじめ数件の墓参が恒例だが、このところ後妻さんの墓参も加わった。

 

はじめのころは野暮な酔い話はなかった。

金持ちのメイドより、貧しくとも自由が欲しい」とキザなつぶやきも吐いたが、不思議と頷き返された。

普段はもの静かな女性たちだが、人慣れすると多弁になる。その津軽言葉は何とも言えない心地がする。

太宰のことも聞いた。「津軽の女性は太宰のような男が好き?

『本も読んだことはないけど、金持ちの倅が巷のバーの片隅でニヒルに呑んでいれば東京ではモテルでしょうが、津軽ではハンカクサイ。何度自殺をしても、みな女連れ。分からん男です』

 

唄は玄人はだし、踊れば躍動感があり、酒も豪快、それもいいが、だからこそ仕草が愛しく、鎮まりのただよう女性が引き立つところのようだ。やはり門松のくぐりが多い方が練れた潤いがあるし、欲もしなやかなようだ。

 

己の出来が悪かったのだろう、三十年前は遠目に眺めて寄り付かなかった。

異郷の来たれ者は、ときおり物欲しげと猜疑心に晒されるが、もともとは墓参が目的の旅だったゆえ、こちらから従順に馴染めることができた。

今では、津軽の泉下の賢人たちに背中を押されているかのように、愉しみが増えてきた。

 

今年の夏はことのほか暑さが厳しいようだ。

 

 

 

 

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人間考学 男は悲哀をかこう時の態度が勝負だ 2011/5あの頃

2018-07-26 09:38:45 | Weblog

        
           横浜市金沢区 称名寺

菅さんと安倍さんを比較することではない。

ただ、切り口はともかく、彼等を取り巻く人と環境は大きくは変わらない。

故にたどり着く途は彼らに悲哀と、国民には徒労と諦めが集積される。  (18・7加筆)                        

 

その椅子は永遠に続くものではない。
まさに菅政権は軽薄な罵詈雑言に打たれ難渋している。
早い、遅い、言い方が悪い、態度がなっていない、そもそも政治家を志すものには的外れな駄論だ。虚偽、迎合、強圧、それは政治の倣いだと判っていても言わなければ損、書かなければ無能、つまり共に政治の舞台を食い扶持にしている寄生虫の騒動のように国民はみている。

以前、菅さんとオバマさんの音声と眸(ひとみ)について書いた。
国柄の違いか、ビンラディン氏の殺害を謀り、あのイラク戦の臨場感溢れる映像が茶の間を賑わしたように、独立国であるパキスタンの奥深く潜伏していた彼をオバマ大統領指揮下にある米軍による殺害を瞬時に世界発信した。空母からの水葬の後だったが、隠れ屋と戦闘シーンが映像として流された。

ワシントンでその状況を固唾をのんで聴いていたオバマ大統領の人相が就任当時より険しくなったように見えた。日本的に云えば少々悪気が出てきた。
眸もすわり動作も重かった。まるで弾む心を抑えているようにも見えた。

前記では眸が泳いでいたと記した。音声もデモのアジテーターのようで真意を疑った。「イエス・アイ・キャン」なかなか口に出すことができない言葉だったが、小泉流のワンフレーズは考える力の衰えた国民にはヒッタリだった。
殺害の報を聞いたアメリカ国民は喝采を挙げた。支持率も上昇した。つくづく日本とは違うと実感した。

戦後、平和憲法を押し付けられたと改憲論者は言うが、その多くは保守系である。その時の交渉当事者は、頭を下げれば文句は上を通り過ぎる。そして今は唯々諾々と聞いていればいい。軍服の大男に強圧される敗戦国では賢者は追放、致し方ないが美章美句にはカラクリがあった。それは恣意的に装った自由、民主、人権、平等だった。

もともと人間を唯一高貴なものと観ていたキリスト教徒は違い、家畜も山海に棲む生き物は人間と平等だと日本人は考えていた。明治以前には四足動物は資源として普遍ではなかった。つまり共生する仲間の血を忌み嫌った。たまに食するのはカシワ(鳥)くらいだった。つまり畜産はなかった。士農工商は平等ではない差別だと言い出したが、今どきのような、みんな国民と詐称した権力パラサイト(官吏)はなかった。まだ恥を悟ったら自ら腹を割く権利があった。

人の権利も同様だ。民主と自由が、勝手と気侭になると人の権利を互いに毀損するようになるのは当然だが、人権は第二成文法のように一人歩きして、コンプライアンスなどという自縛が重なると、草系ではないが元気がなくなるのは当たり前だ。

日本には「ざまぁみろ」という言葉がある。
嫉妬が絡むと田中角栄やホリエモンも、その言葉が投げかけられる。いまは説明責任が有ると追及されると、まず頭を下げて理解もできない人たちに長々と説明する。それは目を開けて眠っている器用な大学生に似て、後で考えても相対する人間の弱さを見たいのだろう。これも「ざまぁみろ」だ。

一時大学紛争では先生が総括を求められ追及された。一昔前は恩師と敬された教師が教え子に頭を垂れた。それ以来、学生は大学商店のお客さんとなり、教師は人の師ならず「経師」という教科書を説明するのみの労働者となった。
いまは、頭を下げるのは不祥事を出した大企業の経営者か、欲張り気味の小商人である。かといって揚げ足取りの記者会見では無機質な書面読みの言い訳に終始するだけである。



               


              桂林



社会の変異は人心を微かにする。其れに伴って敏感になるものがある。自らを護ることに長けてくる。それも容、象、体で観察することなく、口舌によって、さも智であるが如く高邁な論を立て内なる大偽を包み込むようになる。
先に述べた音声や眸に表れる内心を読み取れなくなった大衆は、易き証明を要求して、より非能率な人間関係を弄び、ついには亡羊な姿となって表れている。


オバマさんに戻ろう。
彼等にとって罪人である人間を殺害する。それを大衆に誇らしげに知らせて大衆は歓迎する。そしてオバマさんは一人前の大統領として認知される。その音声は潜在する善なる能力や鎮まりとは違う低き音を発し、眸は獲物を狙う鋭さを増し、体型は肩を丸めいからせる。あの中空を見上げて、あるときは四方に視線を運び、甲高い声でイエス・ウイ・キャン、と謳った爽やかさはなくなった。若くて元気がよく、開けっ広げの愛すべきヤンキーではなくなった。殺人指令はないと思った。よく牧童文化とはいうが、血は争えない。


良し悪しは歴史の秤に任せるとして、音声とリズムは落ち着き、顔が出来上がって眸も据わってきた。
翻って変化が無いのは我国の総理である。よく、椅子に座れば様(さま)になるというが、議員ともども騒がしく落ち着きが無い。眸は泳ぎ、音声は調子が取れていない。二日酔いのようだともいう。与野党、マスコミの騒ぎはこの際、論外としても心理学者や内科医が連なると、つくづく陛下の存在が新たな蘇りとして人の心に突き刺さる。棲む世界の問題ではない。なにを学び養ってきたかだ。

浮俗の騒然とした選挙で選ばれた議員から選ばれた総理ではあるが、相応しい人を推戴すべき観人則の欠落は議会政治を亡きものにするようにも映る。

さてこの国をどうするか。いまは震災と原発だが、辞職を促がす側もためらいと戸惑いを生んでいる。本人の決断と慇懃に構えている。
辞めても、辞めなくても時が決することだが、辞めた後の処し方と引きずり落とした側の様子が人間の試考として重要な問題となってくる。
辞める側は悲哀をかこい、辞めさせた側は溜飲を下げる、それでは巷の野郎と同じになる。

あの佐藤総理は日頃の鬱積からか辞任記者会見に来た記者を追い出し、テレビに向かって語った。田中総理は「一夜、沛然として心耳を澄まし・・・」と、安岡正篤氏の撰文を宰相の務めとして読み上げた。「一晩、土砂降りのような非難の中、独り鎮まりを以って国民の声に耳を傾けると・・・」との意味だが、陣笠代議士が辞職するのとは違って、国家宰相の辞職は自決する覚悟がなくてはならないという進退の所作だ。

野党は問わず、仲間だった議員までもが反抗し、官僚は言うことは聴かない、マスコミも袋叩き、だれもが面従腹背して土壇場に来てしまった。しかし誰も名誉ある辞任を教えてくれるものもいない。辞めたところで社会は同じ状況を作り出す。

夫婦なら飽きがきたら別居だが、考えなかった離婚はうろたえる。今まで罵詈雑言、揚げ足取りの先頭にたってきたが、それでもヒョイと手を挙げると総理になれた。これでは強請った子供が親になったようなものだが、それで辞任が叶ったとして、悲哀をかこった総理の扱い方は人間の器量をみられる場面だ。

人物を量るために国民にとっては絶好の機会でもある。政局は論の他において、機会と対処を人間の度量、器量の秤となるなら、悲哀を解けなければ、寄らば大樹の批判はゴロツキの言掛りにしかならない。





                



     まともな国民は見たくないが、観ている



「小人、利に集い、利、薄ければ散ず」

たとえ小者の群れとしても、あるいは「人格二流にしかなれない身分」と、安岡氏が揶揄しても哀悼、忠恕の意は知らぬはずが無い。
だが、それが見えないから逡巡しているのだろう

その後を逆賭して、仮にも総理を救って差し上げる大人物はいないのだろうか。変わり者といわれようと、悲哀を撫す人物を日本人の倣いとして求めたい
あえて思う、人情のないものは政治に不向きだ、と。



※「逆賭(ぎゃくと)」先を見通して現在の手を打つ
ある意味、政治の要諦である。

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台湾民主主義 消費者から見た日本ブランドの偽装問題  15 4 改題

2018-07-25 08:32:38 | Weblog


子供たちは幼稚園から常に手を洗うことを習慣としている。日本以上に健康生活には敏感である
台北市 中山記念小学校

 

30 7/25

日本産食品の解禁を問う」台湾11月に住民投票

野党国民党は消費者の不安を煽り、解禁を目指す政権を攻撃してきた。

国民党は、政権が日本の機嫌を取って核被災食品の解禁をしようとしていると攻撃。

 

どちらの側に立つものではない。また与野党の政治的目的から離れて以下に記した。

 2017 02/9 の掲載

先日、台湾外交部関係の高官と食事を共にしながら懇談した。
それは青森県平川市で行われた台湾シンポジューム招請の返礼の意もあった。
場所は都内のホテル内の飯店、円席を共にしたのが某高官と秘書官である。
その高官は我が国のキャリア官吏の様子とは異なり、外交官らしく直感と俯瞰力に優れた人物である。
時節の話題としてリラックスした会話だった。


≪以下、「フォーカス台湾」より参照転載

台湾、輸入する日本食品への非被曝証明などの添付 6月にも義務化へ【社会】 2015/03/25 19:20
      
(台北 25日 中央社)衛生福利部は25日、安全性確保のため、日本から輸入される全ての食品を対象とした産地証明書および一部の食品に対する放射能検査証明書の添付を、6月にも義務化すると発表した。

同部は昨年10月末、添付を義務化する措置の草案を発表していたが実施には至っていなかった。だが、24日に東日本大震災直後から輸入が規制されている福島、茨城、栃木、群馬、千葉の5県で生産された食品の一部が、産地を偽装して販売されていたことが発覚したため、早期実施を求める声が噴出した。

野党・民進党の林淑芬立法委員(国会議員)らは、日本側の圧力により実施が大幅に遅れたことが今回の事態につながったとして同部を批判。これを受け衛生福利部は、2週間以内に義務化について公告すると回答している。

輸入が禁止されている食品が流通した問題については、現在までに規定値を超える放射性物質が検出された報告は入っていない。また、同部の蒋丙煌部長は25日、輸入規制の撤廃を検討していると明かしている。

(龍珮寧/編集:杉野浩司)≫












以前、産地偽装表示の問題で千葉県に足を運び、かつ台湾国会議員の森田千葉県知事との会談をセッティングして、事は収束したかに見えたが、ここにきて食品衛生部より日本からの輸入品すべてに産地証明を義務づける通達が出たため、政治問題化していとのこと。
筆者は専門家ではないので、状況の概略と現地消費者の動向を伺い、セシューム風評時の青森県産リンゴの輸入停止時の状況と当時の対応をお伝えした。

違うのは風評による停止と偽装表示の違いだが、いずれも福島原発から排出した放射能の問題として同じ根から出ていることだ。今回は産地偽装とこれに行政の対応遅延という不信感が重なって政治問題化した。



 

以下は筆者と高官の会話です

「リンゴ輸出の大部分を台湾向けで占めているあの時の青森の状況ですが、県や自治体が正式国交のない台湾の機関に働きかけをしたが、私は「風評は消費者の声なので台湾当局としての働き効果は限定している。まして口に入るものは政府が大丈夫だと国民には保証できない。まさに風のごとく流れる感情だから、関係する地方自治体は現地に飛び、市場調査を行うべきだ。そしてバイヤー任せで売るばかりではなく、マンゴーに代表される台湾農産物とバーターすることです。また不信感から生ずる風評を起こさないために積極的住民交流を行なったらよいでしょうと伝え、その交流調整を代表處へご依頼もしました。その後、様々な交流が活発に行われているのは御承知のとおりです」

A「私どもも招請していただき自治体交流にも参加して台日交流も活発になっています。
これからも人と物の交流は盛んになりますが、そのためには政策関係者だけではなく、互いの市民が国情を照らして食品などの安全基準の普遍的理解を深める必要がありますとくに日本製品の安全性や技術に裏打ちされた信頼度は台湾のみならず世界のブランド化されています。それは勤勉・正直。礼儀。忍耐の徳性で培った人の信頼性が基となっています。

今回の問題は多くの日本製品を求め、また購買力の高い層の市民から出てきた疑問なのです。また、これに対する処置は台湾だけの基準ではなく、国際基準なのです。そのことは日本の皆さまも理解するはずです。市場には日本のみならず多くの国々から同種の製品が輸入されます。量からすれば日本製品の数倍、数十倍に及びますが、とくに日本品を求める層は高価でブランド力に安全性を求めています。決して過度のことではなく、国際基準に照らしてクリアーできる選別力、安全性、製品管理を認めているからです

また、この層の市民は政治力も大きいこともあります。「問題があって高ければ買わなくてもよい」ことではなく、日本の生産者がつくる適合した製品を求めたいから声を上げるのです。期待もできるし、クリアーできる能力が日本人にはあることも知っているユーザーなのです。また、この方々の声を中心にして東日本の被災については我が事のように悲しみもできる限りの義志(volunteer)を行ないました。
そして、徐々にですが被災地の復興を歓び、かつ期待しています。


今回の問題がなんら台湾と日本の関係に影を落とすものではないと信じていますし、私も交渉窓口として目の回る、いやゆっくり寝ることのできない日程を過ごしています。」

同伴の秘書官も「昨日は一時間しか寝ていません、今日も朝から、この食事の時間は心の問題として、たいへんくつろげます」









A「政府と市民、そして外交の問題となり、日本も当局者と生産者、そして台湾同様の国民感情になっています。そのことで政治的風評も市民の間で騒がれています」


「先の代表(大使にあたる)も良くマスコミに寄稿していましたね」


A「もと、ジャーナリスト関係ということもありますが、正式には日本の新聞は台湾代表のコメント記事は載せないことが多いようです。大きく出るのは観光や国慶祝宴などのPR記事です。位置づけは中国総局の台湾支局という扱いです。ご存知のように台北駐日経済文化代表處の外交部の機関の亜東関係協会に属します。日本側は交流協会台北事務所として各種の調整を図っています」


「そういえば、園遊会で陛下と代表がお話しされていましたね」


A「本来は話しかけてはいけないのがルールです。あの時は代表が『台湾代表の馮寄台です』とお声を掛けたのです。すると陛下は代表に国民の声としてお礼を述べています。面白いことがあって皇后陛下が英語で代表夫人に声を掛けられました。米国企業の台湾重役である夫人は、それを英語では応えず、緊張して日本語で応答していました」


「あのシーンでは陛下が日本人を代表して感謝を述べたことに、安堵しました。その前の慰霊祭で台湾代表を他の援助国の席ではなく、一般席と同じ二階席に案内したことに国民は、゛友邦に対して礼がない゛と怒っていましたので、国民の溜飲が下がった思いがしました」






馮代表


A「その馮代表のエピソードで台湾の民主主義の受け取り方で逸話があります。代表を辞めて民間人として米国の会議に出たときのことです。空港カウンターで搭乗機のチケットがダブルブッキング。そのとき代替え機を頼んだら『できません』。上司に連絡依頼すると航空会社のリストと時刻表を見せられ『ここから選んで手続きをしてください。アナタにできることはそれだけです』今までは代表ですよ。しかも馬総統の友人です。日本の航空会社ならクラス上の席が空いていればお詫びを言って搭乗させてくれます。監督官庁の職員や高名な議員なら気が付けばワンクラス上もあるかもしれません」


「政府と国民の関係や間(ま)の取り方は法のもとに厳格さを求められますが、ナルホドと思っても、馮代表の心中は複雑ですね。とくに日本滞在経験の慣習をみたら首をひねりますよ」


A「続きがあります。やっとのおもいで米国に着いたのは夜も遅く、急いでホテルに向かいました。ホテルカウンターで事情を話し予約を確認すると『到着が遅れたので別の客を入れました』苦情を言うと『私がアナタにできることはこれだけです』と空港カウンターと同じ応答だった。『シャワーを浴びたい』というと、プールわきのシャワー小屋を教えてくれた。
この顛末を米在住の弟さんに話したら、『この国はそれが当たり前ですよ』といわれ、さすがの国際人であり台湾の知識人の馮元代表も嘆息していました」






後藤は赴任後、不作為、遅延がおびただしかった日本人不良官吏を内地に召喚して、無名だが気鋭な若手官吏を登用した。先ずは住民の健康を考慮した防疫、医療、くわえて教育の充実だった。
その政策は浸透して清潔簡便な営みが住民の慣習となった。
つまり、いま後藤が台湾にいたらもっと厳しい処置を内地(日本本土)に課していただろう
そのくらい厳しい気概があったからこそ今の発展基盤がつくられたといって過言ではない



「それを考えると風評や政策の齟齬や遅漏を日本のように大手の新聞社記者クラブを総動員して宣伝したり、あるいは記事にしなかったりしても効き目がないほど市民感覚は鋭くなっているようです。その感覚が判らないと日本の生産者は偽装しても政府に働きかけて台湾の当局者に便宜を企図しても、こと健康のことは市民も政府の言うことをそのまま聞くはずはないですよ。その意味で自治体には市場調査と民情観察を促したわけです」


A「このことは政府と市民の力関係とか統治力の問題ではなく、民主主義に関する市民の受け取り方が問題になってきます。馮代表の逸話ではないですが『いまアナタにできることはそれだけです』の状況ですが、その関係が日本のように市や県や政府に依頼しても国内問題なら済むかもしれませんが、国外の問題では解決をより難しくさせます。
ですから、この台湾の市民の苦情というより、日本への提案として「国際基準の順守」を言っているのです。これは圧力でも台湾政府の国民への対応不能でもなく、かえって日本の国際競争力や製品管理の向上に役立てられる提案なのです。」


「日本政府も騒ぎを大きくしたくないとか、対応遅延を批判されたくない。あるいは放射能問題を起こしたくないという現場の不作為や先延ばしもなかったとは言えません。
今回のことは台湾の消費者にお詫びすべきことであり、不謹慎かもしれませんが、かえって台湾でよかったと思います。単なる輸出禁止ではなく、国際基準に沿って市民が歓迎する日本製品を潤沢に輸入したいとする心温まる提言なのです。
いっとき、液晶はメーカーではなく工場の立地場所で亀山モデルがありました。和牛も近江や但馬もあります。リンゴは青森です。ブラジルでは日本人の栽培で陛下が訪問時に『日本と味も香りも同じようですね』と感想をお応えしたリンゴがあります。何よりも安い。
でも、台湾では日本の津軽リンゴは愛好者が多い。国交がない自治体交流ですが、ここは国産基準を難しいことと思わず、また風評と看過せず、中身の伴った外交儀礼を学ぶよい機会かと思います。それが津輕なら国内外における真の誇りの魅せ方なのでしょう」


A「そのような理解はより底辺の広い交流が図れます。政府間はいろいろな事情がありますが、人の人情と心の方向は同じです。私の娘も日本の歴史にハマってしまい新選組や幕末に興味があります。ほかの勉強が疎かになるのが母親として心配です」



           

          地方自治外交 青森県平川市


                    

「いゃ、歴史は時空を超えた俯瞰力を養います。また人物に興味を持つことは数値選別に弄ばれたような価値観とは違う感性を浸透させます。それを基とすれば知識や技術も活かされます。台湾の繁栄もそのような感性を持った人物によって支えられ発展したものだと思います。何よりも異なることを恐れない、そして台湾の国民に浸透している義志や義行というボランティア精神がそれに添った社会づくりです。お嬢さんは心配ありません。アナタと一緒で直観力や俯瞰力、そして許容力(寛容)をいま養っている世代としても好機のようです


A「どうしても言ってしまう(娘さんに)。でもその観点は学校教育にはない部分ですね」


「その意味では、生産性や利潤を追い求める効率的経営のなかで起きた今回の問題です。考え方によっては正式国交がないからこそ地方自治体にとっては世界を知り、真の繁栄価値を知り、じかに消費者の心情を知る好機です。
いろいろとネガティブな意見もありますが、先ずは足元を見て、かつ自分に置き換えて素直に現象に向き合うべきです。

それは棲み分けられた地域においても人々が信じ合い助け合う協働の心にもなります。日本でも官と民との問題がありますが、地方では依頼関係があります。今までは人情に基づいた無謬性を信頼する関係でしたが、さっきの馮代表の逸話と弟さんの言葉にデモクラシーの行く末をみたようにも思います。でも今回の台湾政府の要求は市民の提言として教えていただいたように思います。信じ合える、困った時に助け合える友の忠告は有り難く甘受するのが日本人の応えであるべきです。こちらの逸話ですが、日本の若者が台湾に旅行に行って行儀が悪かったのを台湾のオバサンが咎めた、『昔の日本人ならそんな行儀の悪いことはしなかった』
じつは私も一度怒られたくて行くのですが、まだその機会?に恵まれてはいません」


A「今日は○○(秘書官)とも楽しみにしていました。こんど家もこの近所なので遊びに来てください」


「昨日は一時間くらいしか寝ていないと聴きましたが、○○さんの調整に期待がかかると身体か心配です。はやくゆっくりお休みになれるように願っています。外交官は応答直観力と許容量が肝心ですが、○○さんはその能力に溢れている。その点は心配していませんよ」

A「次回はもっとゆっくりしましょう」



国内消費者者ともかく、海外に「分らないだろう」と偽装商品を輸出する心が日本人として悲しいことだ
日本人を信頼する台湾の人たちも、その日本人の変化が辛く悲しいのだ。
国内消費でもラベル偽装やブランド地域に輸送してそこで梱包して送る「…産」も多いようだが、食べ物はともかく、日本人の劣化が激しい。それも、みな金儲けだ。今までは嘲笑していたどこかの国とその点では同化傾向にあるようだ。


今回の問題に際して丁度、符合したように台湾外交部の俊英が調整に臨んでいる。
なんというめぐり合わせなのだろう。
どことなく飯店からでる姿に凛とした雰囲気をあった。
「人情は国法より重し」
これも縁と清談の妙なのだろう。

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逍遥録  伝、エリートの呟き

2018-07-23 19:58:48 | Weblog

  下北  カマブセ山

 

文化文明は興隆し、財貨を蓄え矛と盾を増大し、「高学歴」と称するものが増えても、世の中の「なぜ」に妙答も智慧もない。

世の先達たちは死生観もなく、いたずらに死を恐れ、繁栄の残滓を残したまま戸惑い生きている。

笑談の臨機に切り口が見つかったように突然、耳元で口からもれた至言があった。

 

伝とは、絵画の作者などの、゛そのように伝えられている゛作品だ。

掛け軸などで江戸時代の作者名が揮毫されているが、本物か偽物か真贋は判別しないが、その作者だと伝えられているという意味で「伝」と冠される。

 

ある晩のこと友人が、「安岡先生の文なり言葉は感性を以て理解しなければならない」と発言した。戸惑ったのは感性への理解だった。彼は学び舎エリートで派遣留学でスタンフォードで早々とドクターになって帰国、官域でも高位を得た人物である。巷の立身出世組と異なり現場認識に秀でるゆえか、将来を推考して醇なる問題意識を涵養している稀有な人物だ。

 

筆者も教育者,道学者としての安岡正篤氏と妙縁をいただき、幾たびか忠告、提言、文章添削をなど戴いたが、「感性理解」とは思ったことはなかった。

だだ、世俗の学び舎の合理を求める課題に汲々として答えを探るようなことはなかった。

自身の童のような稚拙な不思議感だが、たしかに己の視点や観察、行動への好転、結果への対処が多くの他者と少し違うのかなと感じてはいた。

 

感性での理解」帰宅後瞑想した。

何となく、こんなことを書き連ねていた。

 

学舎は合という理で充て、世間は非合理なるを万象の真理とする。

整理すれば 「合理は論で充て、非合理は感性で充て、不合理は無理に充て」

古諺に「平ならぬことを平すれば平ならず

もともと平らでないものを無理に平らにすれば不平を生ず、ということだ。

生まれながらの天爵と人為で成る人爵もある。

それを無闇に平ら(平等)にすれば夫々に不平が生ずるだろう。

人の特徴に、モノ覚えがよく暗記が得意なものは試験に向いているが、人格は問えない。

計算が得意で、組織人として従順なら官吏か銀行家だが、無償の情感は乏しい。

暑さ寒さをいとわず肉体的辛苦を問わないが計算が苦手なものは、秀逸な匠や篤農にもなれる。つまり自然界からの自得だ。

昔は「あの子は計算が立つので心配だ」と親は注視していた。多くはオットリ好人物の長男ではない兄弟だ。

ならば、試験に向いているものや組織人を、肉体的衝撃をいとわない戦士に任じては国は護れない。いや似つかわしくない。

 

  

   東郷は運がいいからと  感性と直感の人事

 

容姿も天爵がある。

青ひょうたんのように軟弱な者はヤクザ渡世の世界では威圧感が乏しい。いかつい男にはナンパな口説きは似合わない。心根はあるのだが似合わないと人は勝手に感ずる。

 

ある国では、幹部登用に外国高官と比して見栄えが劣らない顔はともかく、長身の者を任用する。稀に出現するが、往々にして隠れた実力者として権勢をふるっている。あるいは国民は貧困で痩せていても為政者はふっくらと太っているが、姿かたちも威厳になるようだ。

 

  

  官界の変わり者 後藤新平と任用した児玉源太郎  人事は何を見るか

    

 

はたして、人権や平等という主義の謳う人間社会理想の合理だとしても、論の立て方は難儀になる。ましてや学び舎の課題としてもどこに論拠を充てたらいいか答えも数値評価も、世間の実利からすれば詐学、利学、錯学の類でしかない。

近ごろは錯学や詐学を頭がいいエリートと称して素餐をむさぼっているが、まさに不特定多数への利福増進を妨げ、錯覚を誘い、欺く不合理ではないだろうか。

 権力あるものに課題を与えられれば、疑問さえ持たず、好むような答えを出そうと努力する。忖度などではない、教育奴隷のなれのはてだ。

故に人物を育て観る目を養うことを為政者の学びに求められているのだが、「観人則」のかけらもない組織の末路は歴史の証にもあることだ。

不合理は無理と書いたが、無はゼロないしナッシングではない。西洋的合理からすれば無意味な「無」だが、ゼロ概念発祥地東洋では、ゼロは「無限」の端緒であり、創造の種と考えられていた、いや今でも活学されている。

 

それが友の呟いた感性で覚え、察する境地だと思う。

まさに入道の観がうかがえる合理を含有した人間科学認知への端緒に立った呟きだった。

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