まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

アジアンセキュリティー?への理解 09 4/13 あの頃…

2021-04-27 17:58:07 | Weblog




理が合う「合理」と無限大の「無理」

いい加減、曖昧さ、とは今どきの合理主義との問題だが、規格化されて誰にでも納得する事柄は表層の納得事項については、ごく整合性のあるものとはなるが、異民族との関係における普遍性のある内面活性ともなる色、食、財の欲望の共通意識においては、表層をなぞるようで何とも的を得ない。

いま流行り、いや今ごろ注目されている西洋の量子学にも「不確定性原理」というものがある。

つまり、自然の本質は曖昧であり確定したものはない。また可能性をもつすべての状態が重なり合っている、とも説く。

物理学者ハイゼンベルグは、部分の算術的総和は全体を表さない、とも説くが、それではアユンシュタイン先生の数式で表す科学的合理性なるものとは相反すると思いきや、それもそれと衝突するわけではない。

つまり、あるときは滅亡や死を共有し、かつ功利性において互いの欲を忖度して交換すら行うようなことなく、逆に相互理解を読み解けない浅薄な人間関係しか構成できず、民族観すら読み解けずに国家間において齟齬を起こし、その軋轢が戦争すら誘引してしまうことがあるが、どうも角栄さんの好むセリフではないが、「智慧がない」・


よく中国人は面子を重んじ、時として過剰反応を示し、日本人は四角四面で融通がきかない、歴史上柵封された朝鮮民族は好悪が烈しく激情する、など夫々が民族側面の特異について語られるときがある。民族性癖の表裏はときとして特性の優劣を問わず対象との、相性によって大まかな歴史として刻み込まれている。

゛どうしてだ゛と問われてもアカデミックな分析評価では納得した答えは導けないものであり、敢えてこじつけても無理を生ずるものである。また、そうそう明確には語ることも憚れているが、漏れ語られるからこそ土壇場には重要な部分にはなるのだろう。








満州崩壊の留置場での佐藤慎一郎氏の回顧としてではあるが、毎朝意味もなく朝鮮人を引き出して漢人がいたぶっていた。何故だか解らないが今どきの「虐め」のようなもので、同色民族での異質性や素朴に刷り込まれた看守の民族慣性の行為だったのだろう。

普通は侵略者、支配者、偽満州官吏といわれた日本人がそうされると思うのだが、逆に引き上げ家族に「子供を置いていけ・・」と多くの日本人家族が促されている。混乱期の引き上げで多くの子供が中国人によって命が助けられ、自身の子供より大切に育てられた事実は肉親の情を超えた理屈のない、ある種の良質なバーバリズムにある素朴で純情な選択とも思えてくる。

趣は異なる余談として在日朝鮮の古老の呟きだが、いっとき我が国の好色男子に流行ったキーセンパーティで妓女を世話する俗称 ゛やりて女将゛は「日本人の種をもらえ」と、現地の男子より優先して日本人に世話をしていた。古老もあきれた口調だったが恐ろしきは巣を宿す女性の感覚である。

「この子は日本人だ」と自慢すらされた。これも語るに憚れる話だが在日の中国人の多くに聞くと嫌いな民族は「大鼻」と呼ぶロシア人、次に朝鮮、『日本人ではないのか・・』との問に「いゃ、日本人は中国人に合うし嫌いではない」と応える。面前にした応答だけだとは思えなかった。

今とは違い、日本人はおとなしいとも思えるが、当時は従順で異なるものとの調和心があり勤勉だった。何よりも維新とロシア戦勝、真珠湾とアジア有色の先覚の歴史があったことも影響している。それは優しさと厳しさと怖さでもあろう。

一口に中国といっても多くは言葉の通じない人々だ。吉林と上海では通じない。共通語は北京語だ。一昔前は薩摩と津軽ではチンプンカンプン、共通言葉は謡曲にある「各々方(おのおのがた)」、やはり難儀した。

もちろん好き嫌いもあれば反目もあるが、参勤交代、伊勢参り、公家落ち、国替えなどが機能してどうにか調和を構成していた。東アジアでも国家を構成しているなかで些細な齟齬が大なり小なりある。

とくに古代より出たり入ったりしていると刷り込まれたように滞留している民族感情がある。ことさら近代史のなかでの国家間の問題を問うまでもなく、偶然にも、あるいは必然的事情によって棲み別けられた人々の情緒から読み解かれる部分について興味ある応答を紹介したい。










趣を変えて、ある古老の賢人(老師)に聴いてみた。

まだ、経済と軍備が整わなかった頃の応答だ。

 

『アジアも植民地であったが、在日米軍があるのはおかしいと思わんか』

「日米安保も沖縄米軍も有ったほうがいい。無くなったらまた日本が軍事国家になる心配がある」

『中国の軍事力は増大しているが・・・』

「中国は幾ら強くても真珠湾はやらない。義には見習うべきものもあるが、実利がないものはやらないし、中国人には出来ない。政府は常に軍を背景にして成り立っている。革命当時もそうだが外国に対するものではなく、国内の談笑している仲間にするものだ。おかしな話だが軍の力は武力と金を産む組織だ。

それぞれの軍区は貿易会社もあれば武器製造もしているしミサイルも夫々飛ばしている。昔は軍閥があり中央政府が出来たころは功名を競い、いまは経済の重要部分まで浸透している強大な軍に政府も配慮している。ここでも面子が重要な意味をもってくる」


『でも、中国と日本が拘りなく仲良くなって協力したらもっと良くなると・・』

「問題があるからこそ彼等(欧米)にはチャンスがある。資金も技術も人も入ってくる」

『手段、方法は違うがうし、財も職も人も普遍的な欲望だとは判るが、国家としては・・』

「その繰り返しだということも分かっている。でも信じられるのは身近な人情と金だけのようだ。中国と一概に言われても何も解らない。それは中国人といわれても何を指しても当てはまるし、当てはまらないことでもある」

『白髪三千丈とはいうが、蛙が空気を吸って身体を膨らまして破裂した俗諺があるが、膨らますエネルギーと、破裂を抑えるエネルギーはイコールゼロになるが・・・』

「商売は生活でもあり、戯れでもあり愉しみだ。財が幾らあっても余計に落ち着かないし、不安だ。大陸とアメリカと日本に三分割して、縁者は欧米の永住権を取らせているものもいる。もともと国家観はない。ばらばらで砂のような民を湿らして手に乗せる潤いは狭い範囲の人情と財だ。それを前提としての信用だ」











『人にも国家にも面子があるあるが・・』

「面子はたて合うものだ。その前に相手の面子を知ることだ。ぶつからず避ければいい。面子を聴こうとしても話すものではない。解かれば同じ物を食べて飲むだけだ。いまは説明しなければ判らない日本人が増えた、いや説明しても判らないようだ」

『欧米人と似て利のサイクルが早い』

「皆、上を見て様子を伺っている。いつでも、どこへでも行ける様にではあるが、商売は人を信じて出来ない。時と場所で実利を追うものだ。理想や空想は嘘のようなもの、悪党でも力のある者は善にもなる。これが力の論理だ。その意味では世界一自由な民族だ」

『実利が優先するのか』

「もちろんだ。偽満州の日本人官吏は賄賂も取らず清廉なことが多かった。たしかに懐かしくもなるが、下っ端には賄賂が流れてこない。これには参った。北京に進駐した日本軍にはみな面従腹背だった。或る将校が北京市内に百箇所の井戸を掘った。それでみんな落ち着いた。日本人を人間としてみた。実利優先のようだが一番人情を理解できるのも中国人だ」











『今の日本は・・』

「民衆が騒いでいないので良いと思っているのか、何ともいえないが、真の自由は中国人のほうがある。あの明治維新の頃は日本人も柔軟で目標があり、アジアの憧れだった。義理も人情もうらやましい。もっとも中国の良い文化が残っているのも日本だ。アメリカは強いかもしれないが日本は上手くやっている。

中国はいくら軍備を大きくしても不安を抱え続ける民族だ。日本にアメリカ軍が居る内は安心している。可笑しいかもしれないがそれが中国だ。強いアメリカに逆らっても損するだけだ。だが入ってきたら同化する。元も清も溶けて同化した。誰でも色と食べ物と金は欲しい。中国は全部ある。みな誘われる」

「強ければぶつからず逃げれば良い、弱くなったら戻れば良い。土地まで持っていけまい。皇帝は舟で民衆は水だ。静かにしてれば浮かべるが、水が怒れば転覆する。でも泥水でも一生そこにと留まるし、渓流が小川になり大海になる。きれいな水も泥水も黙って受け入れる。そして国家を超えて天下、天と地の間に生きる。四角四面な歴史はともかく、人は滅びない」

国家は滅んでも人は滅びない。支配者の旗が代わるだけか・・・

「身体でも硬いところから弱くなる。腰や膝も痛くなる。頭の固い人もそうだ(笑い)。でも柔らかい部分は衰えない。口と舌だ。政治も国も人から離れたり、人も自然から離れたら衰亡する。学歴の無い学習だ。学校へ行くと何かがなくなる。それが裁判官や政治家になったら国家も固くなる。衰える。日本人も中国人が好きなところがなくなりかけている。

日本人の善いところを思い出してくれるだけでいい。面子争いは戯れだ。仲良くなったら困る人もいる。その生き方ではあるが善なる規範を説く孔子も孟子もいるが、自然に生きる老子もいる。色々な主義を持ってきたり、入ってきたりしているが方便として慣れることが必要だ」

 

 

善や悪は問わない、力のあるものが善なのだ。みな力に寄り添い、力がなくなれば散るのだ。

小人、利に集い、利薄ければ散ず」 「小人の学、利にすすむ

ところ「利は智を昏からしむ」(利ばかり考えると頭が狭くなる、突き詰めれば戦争で収奪だ)

だが、いつまでも、その繁栄が続かないのが人間の欲であり、世の循環なのだ。

はまり込まず、それを悠々と眺めているのも、己のセキュリティー(身の安全)だろう。

まさに「上善は水の如し」一番よい生き方は水のように生きることだ。

前記重複するが。大地に沁みとおった水は湧き水となり、小川、渓流、大河となり、万物に潤いを与え、四角い器、丸い器、そして濁水にも容易に混じる。大河は海に注ぎ、暴れて船(権力・皇帝)を転覆させる。いずれ蒸気となって雨を降らす。

人の人生と同じだが、今、どこに部分に居るかを考えればよい。ましてや亡くなれば他の動植物と同様に人間も腐葉土として万物を育てている。人生は生死の間、政治は公私の間、その間(あいだ)を考えのが学びと智慧になるのだが・・・・

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

男子の至誠、それは不特定多数への貢献かと 08 06/26 再

2021-04-23 13:17:55 | Weblog


国会図書館蔵   横井小南


その吟詠は明治天皇の感涙をよび、ながく侍講を務めた元田永孚は天皇の諭しの言葉を「聖諭記」として綴り、教育勅語の端緒となっている。

また、幕末の思想家で多くの志士に影響を与えた横井小南の言葉を筆録している。

我、誠意を尽くし、道理を明らかにして言わんのみ。聞くと聞かざるとは人に在り。また何ぞ人の聞かざることを知らん。予め計って言わざれば、その人を失う。言う聞かざるを強く是を強うるは、我が言を失うなり


《小南は至誠と道理のあるところを、先ず示すことが自分の行為であり、相手が聞くか聞かないかを案じたり、あるいは結果を想定して言わないのは、その人を失ってしまう。強引に聞かせようとすると言う事が無駄になってしまう。相手がどのように聞こうと、先ずは言を発しなければならない》という事です。

また、何故このように強烈な意志を発するのか・・・こう言っています。

将来のことを考える場合に、成るか成らないか(可能性)は解らないが、自分は唯正直に生きて、世の中の惰性や流行ごと、あるいは力ある者に阿ず、信念を確立しておけば後世の子々孫々に残るものだ。その外に行なうことはない》

食い扶持や家族環境に誠心誠意尽くすことは大切なことだ。それを捨て去って、或いは儘成らぬ嫌気が差して、逃避行動のように国家だの大義だの、似非政治論議が蔓延っているが、小南の至誠は不特定多数への貢献に透徹した未来像がある。

彼の時代は迫り来る西欧植民地主義への危機感と、それを鏡として、かつ自国への考察として、怠惰に陥った武士役人世界の革新にあった。
これは、古い、新しい、問題ではない。

その機会に臨んだ人間の処し方の問題である。

果たして、゛自身はどうか゛と筆者も常に考えている。
至誠の在り処と、それを不特定に活かす突破力と、その行く末だ。
無名の庶民がこんなことを考えなくてはならないほど、現代の政治は国民にそれを強いている。たしか与謝野晶子もそんな憂いを記している。
総評論家もその因だろう。

                         

         本田さんの突破力と将来観は横井と同様な気概がある

 

古代理想にある尭舜の時代の様に、庶民が経済や政治を語らずとも社会は太平に治まったように、あの時も庶民は天下の主(あるじ)であり、自由があった。
そして、「上善、水の如く」にある、水のように生きることを最善とした。そして庶民は「水」、皇帝は「舟」に譬え、庶民は皇帝を支え、一端怒れば舟を転覆させる、そんな共助と剛直さ、かつ柔軟さを持っていた。

水は、雨、渓流となり、小川となって大河になり、万物を潤おし、清水も濁水を受け入れ混じり、一生そこに留まることもある。それは大海となり舟を浮かべ、天と一緒に暴となり転覆もさせる。

この生き方を最善の方法として生き、皇帝もそれに随った。そんな理想のような時代があったと伝えられている。中国人が抱いている民主とはそのような理想を残像に抱えているのだろう。ただ、「邪魔をしないでくれ」、色にも染まるし、言うことも聞く、と。それでこそ為政者は立場の、゛面子゛を守護するのだろう。

冒頭に戻るが、我国はその政体ではない。権力を宰相に委ね、徳威をもって「所有しない」ことを矩として、「無用の用」の意に類した「無限の有力」を継続していた。

その継続した「無限の有力」は、我国の歴史の残像にある改新、改革、維新の期に威力を発揮してきた。小南の時代は当にその期だった。

外因、内因の有ることも知らず、また武士官吏に成り下がった権力機構から忘れ去られた「無限の有力」の在処を問い、あるべき国の方向の基礎的条件を説いたのである。つまり、聞こうが聞くまいが確信とした国の姿を古代からの歴史的経過に必然として存在する「無限の有力」を活かすことを当然の言葉として発しているのである。

現在、権力を構成する政治、経済、教育、宗教、は其の力を変質させ糜爛させている。それはく社会の理想像をオボロゲニさせ、国民の寄り付くものを融解させ、呆然とした国民は怨嗟のあてどころもなく自失の状態である。

さて、聞くも聞かないも、気にも掛けない事柄を、歴史の残像に随って再度「無限の有力」の威を考えなくてはならないだろう。もちろん、無駄になろうと、人を失おうと、「お前は生煮えの飯のようだ」と言われないよう不特定多数に問いかけるつもりだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国を蝕む汚れなき罪 「四患」から「五寒」へ 2015 3

2021-04-07 08:41:45 | Weblog


郷学研修会 卜部皇太后御用掛



その現象は聖書の預言ではない。

しかし人間の行いは著しくその傾向に進む。
たかだか人間の考える経済学や政治学の学びや将来の推考には、先ず以て表れない。また、それさえもその一群の監視に近い眼によって判別され、なかには巨大な力が唯一護ろうとする意図を思い測っての忖度表現しかない。この国では大手を振って歩くには、ここさえ触らなければ、という不文律がある。

見世物屋台のように並べられるものに人々は目を奪われ、外に向かってはODA、TPP、宗教戦争、拉致、防衛、内では原発、介護医療、環境、農協改革、人々の学びは資格となり、情報取得は財利の種が多い。ことはそれをコントロールする一群の問題だ。

これに触れると、どこからともなく見えないが煩い漂ってくる。
それは国家が護持する人間の尊厳を著しく毀損する姿であり、しかも国民に遍く知らしめることなく陰湿に増長し、たとえお飾りとなった為政者とて触れることができない禁忌のようなものとなっている。しかもその国家の最大の内患の浸食は止まることもなく、抗すれば国賊の烙印さえ押されるような巨大な力を有し、しかも衰亡から没落の過程においてはバチルスの如く別世界の住人の如く、まさに「小人の群れ己の名利に殉ず」様相である。

王陽明は「外の賊 破るは易し 内の賊 破るは難し」と説く。
太平洋戦争のさなか、この国家の内にうごめく賊の排除に陛下も苦慮した。それは文明開化と謳われた維新の、もう一方の残滓として巨大になった武装集団である軍部の増長だ。
どこを押せば覚醒しコントロールできるのか、それさえも肉体の神経細胞の如く国家に網を張り、いたる所に巣をつくり、しかもその巣が自己増殖して社会の免疫性すら衰えさせた。
しかも、憂慮する陛下でさえ盾にして美名の大義を謳い、聖戦、皇軍として国民を鼓舞し、糾合して、まさに武士の自戒や覚悟を勇と錯覚して、暴となり、止められない集団しなってしまった。実直な無名の兵士は従順とてしたがった。






郷学研修会  佐藤慎一郎



現場における勇猛さや不特定多数の利他(愛郷心)に生命を賭す若者の逸話や、戦略や戦術の巧劣も民族の愛顧する事実として遺しているが、それさえも福島原発の現場職員、自衛官、警察官、消防官、ボランティアに見る日本人の姿に比して、一方は陸大、海大のエリート、いまは企業経営者、官僚、政治家にある、指導的エリートの醜態は,総てではないにしろ内外識者の共通した見方であり、内においては破りがたい賊の姿として、我が国の民癖となっている。

あの時も、最高責任者として自認した陛下の人格によって敵国司令官のマッカーサーも立場の忠恕心に共感を示している。
公徳心、つまり不特定多数の中に生きる人間の徳性をそう呼んでいるが、日本人の習慣的特性としての四徳に勤勉、実直、礼儀、忍耐がある。いまは清潔、緻密など、その習慣規範は社会生活や対外的ビジネスにも有効な内容となっている。逆に、着想力、突破力、直観力、自由な躍動、独立心などが乏しいとの印象がある。

だからイノベーションなのだろうが、横文字の流行り言葉に目ざとい群れは己の囲いを死守しつつ、他の変化を先取りしたり仮借したりすることに長けている。もとより社会的価値の創造や広範囲な改革については、その群れの安住する棲家を改革なり更新すべきことだが、往々にして人の変化なりを期待したり、先行させてその結果を安全な所から模様眺めして決して率先垂範しない狡猾さがある。

もう一つにはモチベーションがある。簡約では「動機づけ」だが、これもイノベーションと対で語られるが、横文字はコンサルタントの詭弁を飾るに好都合だが、「やる気」を体系化したり理論づけしても人は動かない。だから幾度も耳にタコができるほどの刷り込みをするのだろうが、それでも知ったつもりになることの方が恐ろしい。

ともあれ前項に書いた、着想力、突破力、直観力、自由な躍動、独立心が詭弁によって言葉遊びの架空現実に置かれたとき何が起きるか、それは単に騒がしくなるだけでなく、次の目新しいキーワードを探すようになるだけだ。つまり飽きて落ち着かない、もっと言えば架空現実であっても不安要素をいつも抱えている状態になる。

くわえ、「不安要素」は習慣性の媚薬のようになってくる。そこに放埓となった着想力、突破力、直観力、自由な躍動、独立心が絡むと、本来の本性は無くなり、あるいは忘却して生きる目標や意義すら乏しくなり、いくら民主や自由を我が身のすべと考えていても自己忘却した個体の本性は無性となってしまう。現世の成功価値はともかく人生、とくに「死生の間」すら解けなくなってしまう。

だから蠢(うごめ)くのだろうが、不安要素に慣れると、怖れ、猜疑、反抗が当然なものとなり,対人は懐疑となり、生き方は刹那(束の間の快楽)となってしまう。
とくに人を敬重し畏れる精神は衰え、尚更のこと公私を問わず高位高官に属するものが問題意識や内省もなくこの状態になると社会は衰え、それが風潮として汚れなき罪を感知すらできなくなってしまう。






天安門広場の敷石


以前にブログで「慎みのなくなった権力」と記したが、善悪分別ではなく慎みの範となるべき「人間の倣い」がなくなると,隣国故事にある《上下交々利をとれば国危うし》となり、《我が身をツネって人の痛さを知る》邦の諺の諭しすら無くし、周囲は《小人 利に集い、利薄ければ散ず》(小者は利に集うが薄くなれば散りじりになる)のような小者ばかりになってしまう。それは人を観る座標を失った証左だ。

それは恐れゆえに外の刺激に敏感となり、内を蝕む汚れなき罪に鈍感になる状況だ。
亡国の兆候に「内外、政外、敬重、謀弛、女」の「五寒」を度々説くが、その「内外」は、国内が治まらないために国外に利なり敵を求めることになる。
つまり「政外」にある政治のピントがずれることだ。すると政府内部は相互が懐疑的になり、少数のお友達と揶揄される人間に囲まれ、よりその謀(はかりごと)や秘密が弛(ゆる)む「謀弛」となり、制御する法も煩雑となり相互信頼がなくなる。そんな時は「女(じょらい)」となり、女性が烈しくなる。女性登用もその倣いだろう。
現世は人を敬うことや畏れることがなくなった。「敬重」だが、あえて見るべきは陛下の所作と慎みのある徳の威力だ。


これは隣国の栄枯盛衰に起きた現象であり、度々とりあげる「四患」が「五寒」を誘引することは、現実の事象を辿り、当てはめれば歴然として明確になるはずだ。

連続した短期政権崩壊の根本要因は、「四患」にある
http://blog.goo.ne.jp/greendoor-t/e/027be4d82a2fd241dd3a822fae5a623d

《四患は五寒にすすむ》 宰相の選択と覚悟
http://blog.goo.ne.jp/greendoor-t/e/79784ea3cf5ad883c139ea942c648587









人は得意分野でよく失敗をする。
閣僚の辞任も、おおよそ族で飼い慣らされ、めでたくも大臣閣下になると金と女のことで失脚する。それでも可愛いもの、国民の大多数は「そんなもの」と眺めているが、それを浮かべる水のような融通無碍な群れは、やたら生涯賃金を企図し、省益あって国家なしの様相だ。
しかも余程のことがない限り治外法権なる内規によってゾンビのように甦る。
つまり、法は有っても法に適することのない汚れなき罪は、いつの間にか強力な力を蓄積した。それは戦後レジュームに一番恩恵を得た群れであり、戦前の悪しき官吏体制を生き延びた本物の戦後体制のようだ。或るときは軍の背後に隠れ、ある時は竜眼の袖に隠れ、税吏や警吏を用いてその地位を保全した。

歴史をたどれば、その後は軍吏がその後背を担うようになる。
そして議会による現情追認は繰り返す歴史のように国家の暗雲となる。
これは単なる客観的傍観やごまめの歯ぎしりではない。
内省すべき我が身への慚愧のようなものだからだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人間考学   天涯孤児の人情と許す心

2021-04-05 13:29:23 | Weblog

イメージは上海郊外





アカデミックに考えるものではないが・・・。
人間は産む本能と備わった器官、あるいは性欲にいう男女交接の歓喜は、なかなか口舌に挙がることは無いが、まつわるハナシや五感を触発する成果物(著作、映像)は数多創造されている。人生の潤いにおいても大切なことではあるが、秘めた心情はより増幅した想像を生んでいる。

斯様にもってまわった言い回しだが、あからさまに性交の誘惑や歓喜にまつわる話題を秘めた仲間以外には話すことはない。ただ、視界に思いがけずに飛び込む異性の衣服の乱れや、誘惑されるわけでもないが勝手に妄想してしまう欲望の衝動は男女を問わず覚える程好い緩みの一時であろう。

そこまでは至極よくある秘めた情感だが、同棲、結婚、生活、離婚という状況に置かれると、飽き、抵抗、排除と動物のバーバリズムというべき理性とかけ離れた自身にも説明のつかない行動がおきる。それまでの恋慕や愛、尊敬、追従といった単純かつ素朴な情感が一瞬のうちに転化することがある。昨今は産む、育むといった人間の継続や情緒にかかることまでがそれらと衝突するように、かつ乖離するかのように多くの事件なり煩いを引き起こしている。

よく誕生した幼子を゛愛の結晶゛というが、そうなれば憎しみや排除の対象、つまり当たる対象として、あるいは己の自由の担保の障害として忌諱することがある。愛玩ペットの犬や猫もそのターゲットになる。総じて弱いものであり、他に見せる幸せ感の虚ろな慈愛の演出小道具のようなもののようだ。ブランドに身を飾ることと同様な状態である。

それは往々にして異性より同性に向けられる優越表現のようなもので、しかも相手が優越性があると、より飽きや反目、排除が昂進され、その都度目新しい更新が繰り返される。
それゆえ宿命に対する反目や弱きものへの排除が巧妙かつ陰湿に行なわれ、それを覆い隠すように表層の慈愛表現もその深さと華麗さを増すようなる。

それゆえ表裏のギャップが自己愛の演者として止め処もない切迫感を生んでいるようだ。
それは他に心を悟られない行動として陽気さを表現し、内心においては案山子のように内外のバランスに苦渋するようになり、生活に落ち着きがなくなる。







八景 野島の春




国家の衰亡を説く「五寒」(当ブログ内参照)に「内外」という、内政が治まらないために外部に危機を煽ったり、足元の政治が成り立たなくなる状態がある。家庭なり人間では、内面(内心)が治まらなくなると外に気が向かい。いや他が気になって仕方が無いという状況だ。無駄が多く整理がつかなくなり乱雑になる。そして子供は騒がしく落ち着きがなくなり、考えることが疎かになり流行ごとに追従する。そして流行ごとを競争し争うようになる。

そして、その社会なり国を衰亡させる「五寒」には、「女」がある。
女性が「烈しくなる」という。つよき母、シッカリものの女房ではない。「烈しく」なる。

そうなると「敬重」という、敬うことがなくなる。つまり父母、師弟、為政者、精霊などの存在を功利的、数値的な損得に置くようになる、と「五寒」では警告している。

虐待、放棄、殺人、遺棄、など、良し悪しの分別もそうだが、まるで憎しみの衝動のように幼児に向けられている。邪魔なのか飽きたのか、ペットの如く母を魅せていた、いや、゛オンナをしていた゛女性の変容は、阿修羅のような母の剛というより、゛烈゛のはげしさをみせている。

よく「男とは違い女の性欲は精神が大切」と聞くが、性欲はなにも肉体交接に限ったものではない。ジャマを排除するのもその為せることだ。ここでのジャマは、邪(よこしま)の魔ではなく肉体を分けた幼児であり、一時は狂うほど恋慕を寄せた夫であり、信頼を謳った友人である。

決して女性のみの問題とすることではないが、一体化した細胞が体外に産出されたときからどのような関係になるのか、それは鈍感化したかのような男性には感じ取れないような、こと雄か雌かの区別だが、女子の優れた性、あるいは劣性ともいえる排他性が対立するかのように、葛藤にも似た苦悩は多くの患いを発生させ、その烈しさとともに社会をも劣化させている。

それはデーター数値ではなく、群れの盲流に起きる微動が激動になる振幅がおこす衝突や、あるいは檻に入れられた子犬のけたたましい叫びが解放とともに歓喜に替わるように、常にプロパガンダに触発された安易な不平と不満に囲まれていると、゛易き゛解き放ちに充足するようになる、つまり明確な処方も無いような風、ここでは社会の「気」の噴流のようなものである。

亡羊な未来、つまり分かりにくい未来を醸し出す「気」の処方はある。整流と方向、つまり女性の、゛そもそも゛゛らしさ゛に整えることと、辿り着く道順を明らかにすることである。
男にも男の教育と習慣性が大切なことだが、女性にもそれがある。ここでも障害となるのは恣意的に使われている自由、民主、平等同権、などの啓蒙的宣伝への盲従であり、それしかないという思索と観照の狭さが問題となってくる。つまり、頭の整理より肉体の習慣化と、そこから自覚する互いの性の異なりと分担の峻別を前提とした宣伝への対応である。

小難しい理屈のようだが、オンナは女でありオトコは男であるという当たり前な姿だ。それを前提とするならば何も専業は主婦でなく主夫もあり、所帯主も同様だ。家庭も国家も効果的な運用について妨げるものはない。ただ互いの性別という袖に隠れて守られながら不平や不満を垂れ流しても劣性が際立つことが問題なのだ。

江戸の川柳にも「女房に負けるものかとバカが言い・・」とあるが、心の自由は担保するのは貧しくとも、苛められても、如何様にも在るものだ。







青森県 鶴の舞橋




いまから40年前のこと、当時はボランティアという呼称が周知していなかった。
筆者は司法ボランティアという枠の中で社会資源ともてはやされた多くの若者とさまざまな施設を訪問した。服装のことを例にしても時節の違いと生活規範の変化がわかるが、当時はまだ子供と大人の峻別と、悪いことは悪いと判る明快な分別はあったようだ。

いまは、悪いことにも大きなワルと小さなワルがあり、それには多岐にわたる多くの事情を勘案した多くの論を交差させ、解決不能で茫洋な状態に迷い込んでいるようでもある。

あの時は論を恃むことなく言葉が無かった。つまり思春期を過ぎたばかりで正邪の峻別に素朴な疑問を持ち、情緒も荒削りな若者でさえ沈み込む思いだった。
とくに何歳も違わない施設の子供たちの姿は、今どきの施設訪問、視察、慰問、とよぶ、囲いの覗きや触りとは異なる衝撃あった。またそれはその後の社会観、人間観に貴重な影響を与えてくれた。

施設の名前は失念したが千葉冨里の養護施設だった。青年司法ボランティアが小父さんさん、小母さんと呼んでいた保護司と更生保護婦人会の訪問提案だった。収容されている子供たちは小学生。生活苦で扶養できない子供や、当時の筆者の感覚ではわからなかった夫婦の諸問題による扶養不能や、数年前のマスコミを賑わしたコインロッカーでの捨て子、事情を伺えば齢わずかといえ多難な宿命を負う子供たちだった。

下着も共有、つまり自分のものはない。今日のパンツは明日別の子が穿いている。味噌汁には具が少ない。バットもグローブも自前で作っている。木の枝を利用したパチンコも器用に作っている。そして屈託のない笑顔と応答にそう年代も違わない吾が身の境遇を考え直した。それは大人の事情はともかく子供をコインロッカーに棄てる母というオンナの姿だった。ついぞ男が子供を棄てることは聞かないが、事情は共有するものだろう。

帰り際に手紙を渡された。まだ見ぬ母への手紙だった。
ただ、どうしようと独り煩悶したのを覚えている。







開店前のゲームセンターに並ぶ青少年  弘前





その後、観察所より委託された若者もそうだった。
父は不明、母は再婚、本人は教護院、そして非行、それも喧嘩だ。
クリーニングの工場に勤め、右手の指と手のひらの境はタコが山脈のように固く盛り上がっていた。母恋しさか工場主の妻の入浴をくもり硝子越しに見ていたところを咎められ、そのまま飛び出した。恥ずかしかったと言ったが気持ちは理解した。
次は印刷工場だった。根気があったのですぐ仕事は覚えた。
盆暮れは必ず小子にお土産を持って来てくれた。律儀だった。

夏の暑いさなか急死した。発見されたのは死後3日を経たときだった。
工場主が発見した。新宿コマ劇場で歌手の舞台を観るくらいの趣味しかなかったが、不思議と貯金通帳も印鑑もなかったという。連絡が来たときは荼毘に付され工場の2階に移され、間借りしていたアパートの備品は整理され、残っていたのはダンボールに入った人形だった。それはお世話になった人の子供の送るものだった。

数ヶ月して保険会社の勧誘した女性から連絡があった。彼の階下に住む女性だった。
契約書には、もしもの時には筆者に連絡するようにと連絡先が記されていた。
相当な金額である。何れのときの結婚を計画してコツコツと納めていた保険だった。
もちろん預金もあっただろうが、詮索するすべもなかった。
だだ、縁者もいない保険の受取人の欄が気になった。
担当者は妙に躊躇しながら指し示した欄に彼を棄てた母親の名前が記されていた。
たどたどしい漢字だった。

「探し出して渡してください。叶うならお母さんと一緒に入れる墓を作ってくれるよう伝えてください」

筆者はそれしか応えられなかった

その後は追跡していないが、それが彼の男としての母への思いであり生き様に沿うことだと思った。筆者は母を捜して逢ってみたらとは言えなかった。棄てた母への恋慕は彼にとって手のひらの異様に盛り上がったタコで充分だった。決して恨みを語ることはなかった。
そして、多くの人情を知って彼になりの誓いとして誇りにした。

保険受取人、 「母」

棄てた母

やりきれない思いで雄の子の大きな慈愛と許容力を教えてもらった。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする