まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

本当の姿を出したら、と言われて久しい

2018-03-26 13:04:50 | Weblog

 

 

以下は屁理屈だと人はいう

 

人の人生経過はセミや蛇のように脱皮する。しないものもいる。

 

何のことはない暗黒の大宇宙の一塊の誰が名付けた太陽系の親星に近い三番目、地球の表皮に四季のある稀有な地域の環境に順応したと思えば、それも然り。

天下思想という生き方のある中国では他人と接するときに「逢場作戯」という妙手がある。

あなたの素晴らしい御高名はこの国でも有名です

大げさとおもっても、普通の日本人なら舞い上ってしまう。これで外交は先手が打たれる。

その後に小声で、「ところであの人物は何という名前

これは本当にあった話だ。

 

在中国三十年、北京語が流暢な佐藤慎一郎氏が高官と会った際の逸話だが、佐藤氏は北京語を分からないと思っていたのか、廊下で部下に尋ねていた話だ。

たしかに前段では気分悪くないが、その都度、人と逢う場面で己を偽ることは並大抵のことではない。だが、己を隠すことも守りの大きな武器となる。

 

若いころ高齢の方の話を聴くことが好きだった。両親が忙しかったためか爺さん子に育った。同世代とも普通に交わり先頭になって悪戯もした。ただ女性にだけは臆病だった。母親が厳しかったこともあるが、中高は男子校、野郎ばかりの世界だった。

銀座のみゆき族のはしりだった頃だが、当時はストライプのカラーシャツやマドラスチェックの半袖を着て薄茶色のクラフト袋を持つのが流行りだったが、地元へ帰ると不良にみられた。

厳格な校長だったが学園祭では高校で初めてエレキギターを許可してもらった。まだビートルズがデビューする前だ。プレスリーかベンチャーズが流行っていた。

 

それが二十歳代になって縁なのか明治生まれの老海(そう呼んだ)に漂った。

爺さん子が老海では活きてきた。それとオンナには興味が薄かった。年寄りのハナシの方が楽しかった。話は酒がお供でよく飲んだ。息子はうるさがって聞いてくれない話を孫のような筆者に口の乾くことも、刻も忘れて語ってくれた。あとで分かることだが、近代史の生き証人みたいな方ばかりで、現在でも語るに憚ることもある。

商業出版や新聞の編集者が訪ねてくるが、「書けば有名になる」と決まり文句。

有名になったら好きな女とも歩けないし、立小便もできない」と断っている。

それでも、゛資料は?゛とさまざまな連絡があるが、頭に入っていると断り、ときおり変わり者を呼ぶ集いには、「誘われるうちが華」と、秘密の駄弁を漏らしている。

 

         

         いろいろな場面を体験させてくれた  五十嵐八郎氏

 

 

酒だが、よく「酒を殺しているね」といわれる。酔いを抑えているのかもしれないが、老海で漂っていると仰天する内容に転覆しそうになる。また戦後生まれにとって始めはチンプンカンプンで意味がつかめなかったが、分かりかけてくると、とんでもない秘史だと分かり、酒に酔ってはいられない気分になる。それはいつの間にか強くなったのか習慣となった。

 

酒には酔うが、ヨッパラワナイ、仲間内ではつまらないようだが、彼らは酒で本音が互いに言えるといっている。酔っ払いをみる(観る)と、薄めのバーバリズム(野蛮性)が目覚めるのか、大声を上げたり、次はオンナのいるところ、と騒いでいるが、オンナの接待はもともと苦手だ。君子危うきに近寄らずだが、「聖人にも欲情あり」と故事にあるとおり、そのこと自体は正常な部類だとおもう。かえってかけがいのない異性として尊敬もしている。

 

自分でも不思議だと感じているが、時折キビシイときある。

誰とでも鷹揚に交流するが、己の何かに感ずると断捨離がおきる。数年行きつけの店だったがプツンと足が向かなくなる。親しい友も遮断する。目に見える頑固ではないので、女将にあえば「相変わらず若いね」と愛想もつくが、こちらからは連絡はしないが友から電話があれば変わらぬ応対もする。

 

内なる心は分かっているつもりだが、どうも表現が届かない。

きっと妙な欲なのだろうかとも思っている

たとえば「夢は?」と尋ねられると、「恥ずかしくて・・」といえない。

童の素直さが欠けてきたといわれればその通りだが、大人になって言えないこともある。

気恥ずかしいのだろうか。

あの頃は、金持ちとか,映画スターだとか、いや、それ以前はパイロットとか、それこそ夢想があった。そのために「勉強をしろ」といわれた途端、嫌いなことは覚えないためか、挫折する。

 

難しいことを学ぶと、それは宿命感に囚われると怠惰になると悟った。もっと学ぶと「立命」だと師は訓導してくれた。そのステージに立てば縁が広がり運も運ばれてくる、ともいう。

だが、現世価値でいう地位や名誉や学校歴や金にうつつを抜かすと、縁もなくなり運も乏しくなると、付け加えられた。そして、あろうことか「無名で居なさい、それは何よりも有力てある」、と筆者の人なりを見透かしたように厳命された。

 

         

         若僧を見抜く目があった  安岡正篤氏

 

 

それからは世間の常人とは異なった生き方になった。

己の活かし方といってもいいだろう。

そうなると他人も世の中も人と違った観察をするようになり、見方が変わったせいか意見を求められることも多くなってきた。

よく、「自分の頭のハエも追えないくせに」とあるが、意味としては自分のことを始末できてから後に、となるのが、「いつの間にか追えなくなる」のが、たどり着いた生き方になったようだ。世間とは逆な生き方をしたようにも近ごろ感じている。

ただ、「他と異なることを恐れない」ことを旨としているためか、逆進することはない。

 

己を知るために「内観」という方法がある。生を過去に下るとすべての縁は両親に当たる。それ以前は先祖だ。ところが現在より先に向かう羅針盤はない。

ただ、己を知らずに戸惑ったり、悩んだりすると他人に相談したりするが、己の生き方まで他人に相談したことはない。

人の相談事に真剣に考えたり、深い思索をすると己の生き方まで判る面白さがあることが解った。

老海でも「利他の増進のための学び」を促されたためか、習慣化されたようだ。

  利他・・・・不特定多数への貢献

 

それゆえか、名利を図り私利にうつつを抜かす公的立場には厳しい対応をするようになった。老海の先輩たちも、それを望んだのだろう。何故かと考えると、戦渦と敗戦は彼らの世代に起きたことであり、かつ留まる機会を逸して、いつの間にか戦争に陥った各界各位の公職者の人物として劣化、欠陥があったのではないかという慙愧の念だったのだろう。つまり、官制の学歴による立身出世主義への内省だったのだ。

 

        

        佐藤慎一郎氏も満州の縁

 

 

老海の人たちは各分野で昭和史に名を刻み、戦後も有力な位置にある方が多々だが、それでも沈静して回顧するとより因が鮮明になるのだろう。

彼らは、語り始めると口が渇くのも忘れ,刻を忘れて語った。みなそうだった。

それは教科書や研究本には載ることのない臨場感ある真相が多かった。

理由は、公表するには世情が馴染まないが、妙な企図する人間ではない若者に遺したかったのだろう。

 

当時、そこは満州人脈の巣窟で政治、経済、思想のi日本をリードする大立者の集まる場所としてよく書かれたところだ。

戦後の復興は満州で試行、成果を挙げた統制経済によるものだった。興銀を分配元として多くの大企業がそだった。十河信二の新幹線の発想、右翼思想の系統、政界は岸信介氏の系統だ。経済は満州の重工業を牽引した日産、その流れの結果が高度成長経済だ。

 

           

         満州経済界の雄 王荊山の孫 戴麗華女史  

         香港IBM総経理 懇請された筆者は副総経理

        

 

そんな処に投げ入れられ溺れそうになると誰かが手元に寄せてくれた。

人と変わっている。それで変わらない方がおかしい。

己を説明するのも、おっくうになる。

ゆえに他人には理解できない人間だと自分でも思っている。

講話を依頼されても、主催者は人物説明することに難渋している。

経歴は生きてきた年数しかない。それを知って講話が活きるなら行うが、それでは本当の自己紹介にはならない。単なる経歴紹介でしかない。自己を知らずしての自己紹介では、知ったつもり,聴いたつもり、の認知でしかないと考えている。

 

ゆえに備忘録を綴って、その数多の拙考駄文ではあるが、部分認知ではなく眺めてほしいと願っている。

オボロゲに浮かび、掴みづらいとは察するが、見ることではなく,観ることをお薦めしたい。

 

そして「お前はそんな人間なのか」と伝えてほしい。

 

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教育免許??

2018-03-22 20:41:54 | Weblog

                     数学の本質は論理ではなく情緒  岡 潔 氏 

 

教育免許??

 

以下は、教師でなく教員であり、聖職者でなく行政労働者のハナシだ

 

関西の高校で体育教師が国語を教えたことで問題になっている。

教科によって免許が必要となり、それ以外は単位として認められないという事らしいが、その教科目の数は細かく分類している。

 

免許取得で一番多いのは自動車だが、この管轄は公安委員会だ。数年に一度更新があり手数料や講習があり、違反は免許停止や失効、取り消しまである。

むかしは黒い三枚折で、母などは自動車免許と記されているだけだったが、法令が変わると細分化され、自動二輪や特殊車両まで自動的に記載された。母がオートバイや重機に乗るわけもないが、ともかく併記してあった。

 

教員免許も取得してしまえば医師同様に定年までは使えるが、かかりつけ医師は死ぬまで現役だった。最近の教員は更新めいた講習も履歴になるが、それでも一度とってしまえば好待遇の職業だ。それもこれも田中角栄氏の思い入れで施策となったもので、教科書無料配布も氏の強引な施策だ。その頃は聖職者といわれた教師でなく、労働者教員と称され教職員組合も隆盛を誇っていた頃だが、政権党の幹事長が分別をわきまえた施策で、今もって優遇的地位に立っている。

 

当時の割り当て授業は多いときで一日五時間、それも土曜は半ドンといって午前中は授業があった。いまは週に一度は研究日、土日は休み、一日三時間もあるようだ。

巷で毎日カラオケを歌っていた筑波大の教授だが、週に三時間授業で75万と吹聴していた。女房は金沢の自宅、本人は古びた公務員官舎だが家賃は微々たるものだとも言っていた。

すべてがそうとも言えないが、余程の好待遇なのか彼らの内々の関係組織では警察と同様縁故採用もなぜか多い。採用は仲間内の教育委員会、何度か子女や子息の縁故採用が問題になった事件が度々起きる。なぜか公務員は待遇については口をつぐむのが多い。ゆえに衆目では決してコボスこともない。

 

彼等とて食い扶持免許と自らを揶揄する免許だが、あくまで文部省の官制学校制度における科目についての資格だ。近ごろは御上の威光を看板として社団や財団をつくり、塾や健康ジム、各種のカルチャ―にも認定資格があるようだ。

はたして「それでどのような効果があるのか」といわれても、差別化と収益がねらいになっているのが多いようだ。

 

標題になるが、体育教員の免許で国語を教えたため単位の正当性がないということだが、近ごろアクティブラーニングが提唱され、大学でも学生集めなのかAO入試盛んになり、物理学者が哲学的考察や時代批評を大局的に論じている。新潮誌の藤原(数学者)氏の論述はにわか論者とは思えない緻密さと洒脱がある。

 

都内の進学校で城北学園がある。理事長・校長を兼任し自らも倫理の授業を担当していた近藤薫明氏と筆者の会話だった。

 

「補助金を取得するために文部省の私立平準化の施策によって建学の精神が衰えるのではないだろうか」

 

『私的な事業体に公金支出は出来ないが、憲法に認可された教育関係については、これが認められている、なかなか先見がある条文だね。いかに公立と異なる独自の建学精神を守るには経営者の資質と努力しかないです』

 

「教師が教場で心がけることの大切なことは」

 

『何年もかかって学んだことを、ほんの数時間教えるだけで後がないのは困ることだ。そんな時はそれを学んだ時の環境や意義、当時の追い求めた希望を語るようにしている。またそのことができないようでは、教師は教科書を解説するロボットのようになってしまう。』

 

「維持経営についての問題は」

 

『私学の場合、公立と比べて高額な授業料(維持費)をいただいている。かといって生徒はお客さんではない。こちらも商人ではない。考え方として受益者負担の奉仕者のつもりで考えなければ利益本位の経営になってしまう。経費は生徒側に負担していただくが、教える側はあくまで教場における真剣な姿で将来の子供たちに奉仕する気持ちがなくては伝わらない。仕事とするだけで効率を考えてしまう。これでは成績の数値は上がっても人物は育たない』

 

この経営者であり倫理の教師であるが、学校経営の神髄を押さえている。また、このような人格者なら、数値選別で購える文部省教育の標準科目の数値選別に起きる受験狂騒、嫉妬や怨嗟、人情薄弱、が起きることはない人間の本(もと)を養う前提がつくられるだろう。

この大切な部分には免許がない。つまり数値に表せない人間の姿に人間がみて倣う学びだからだ。尊敬と畏怖、人が人に感ずる敬重の心だが、これが枯渇すると知識や技術は結果として無意味になってしまう。

ゆえに、人格と何らかかわりのない附属価値である地位や名誉や学校歴(学歴ではない)、金銭所持の多寡、が人の評価と選別にさらされる。その人の評価の結果が現実の禍福として多くの問題を噴出させ、解決のすべを、また「知」に求めている愚なる姿なのだ。

 

現代は資格に対する疑義が起こりつつある。因はそれを認定する組織なり、統御する政府なりへの不信があるだろう

その意味では資格とか免許は虚構なのかということだ。それがないとできない。あるとできる。簡単なことだが、誰でもできることを資格とし、免許とする不思議さもある。

 

筆者は些細な事情があって大学を忌避した。

当時の先輩は麻雀にナンパとバンド、元気の良いものは学生運動に向かっていた。

それで四年も・・、しかも与えられた課題に疑問も持たず、教師の好む答えを懸命に出す。そして人柄はともかく数値で選別されて食い扶持にありつける。親は無意味に喜ぶが、そんな奴隷のような習性になっては、これからの生き方さえ犬に追われた群れのようになってしまう

ちょうど良いときに可愛がってくれた婆さんが「大学行ったら車を買ってやる」と。

そんな疑問の最中に知ってか知らずか決断を後押ししてくれた。

「これなら行く理由もない」と内申書数枚を破り捨てた。

親は嘆き、担任は悔やんだ。

いまはその決断が幸いしたと思っている。

 

 

           

 

 

その後のことは当ブログでも面白い逸話を記しているので抜記する。

いくらか世の中が分かりかけたころだから30代のころ、白山の書斎で安岡先生に問うた。

「そろそろ大学とかいうところで学んでみようかと考えています」

『大学は面白いが、大学校はつまらんところだ。行くのかね』

大学とは四書五経の「大学・小学」だが、食い扶持ならまだしも本当の学びは今の大学ではできない、ということだ。

師は帝大法学部の碩学、入学しても自分の興味ある学科も師もいなかったために図書館にこもって「王陽明研究」を著している。学祭に妻となる女性を連れて教場に案内したところ全員で寝ていた。怪訝に思うと黒板に「身体髪膚これを起床せず」と大書してあった。

これは「孝経」の一節、父母から戴いた大切な身体を毀傷してはならないの意だが、ここでは「起床」と書いて生徒の昼寝場にしていた。小難しい古典にも洒脱さがある、つまり物分かりの良い教養なのだ。

 

それから全国に点在する多くの道友を訪問した。

「九州の加藤さんの所に行ってきます」

『あそこは豪傑が多いから気を付けて行きなさい』

教える労はとるが、活かして行動するのはお前さんだよ、ということだ。

グランドは自分で探し、人物を求めて教えを具現した由縁と経過を拝聴しなさい。聴く人間の所作や風義によって相手は幾らでも教えてくれるよ。そんな促しだった。

 

安岡氏は教員免許もない。もちろん官制資格の教員ではない。

それもあってか、教員なるものから学んだのは高校が最後だった。あとは産学一如のつもりで働きながら本は欣読(よろこんで)した。生存していれば人物にも会いに出かけた。

 

大学には特別授業がある。外部講師による特別講話などだが、企業人や時の人を招聘して行っている。

筆者も幾つかの学校に招聘され生徒の清純な頭に駄弁を弄しているが、最後は「大学は落第しても恥ずべきことではない、人生を落第しないでください」と説き、教職課程には「生徒を好きでたまらないと思わなければ教師は務まらない。ただの給料取りの教員にはならないように」と伝えます。

好きな学びをして、私業の労働で糧を維持している故に、企業や公官組織、学校も私塾に招聘されても自身の都合に合わせていただいて対価は拒否することにしている。

なによりも聴講者・生徒の変化が愉快なのだ。

「一人を以て国は興き、一人によって国は滅ぶ」

その一人を大切にしない学び舎は、自ずと衰退することも然りだ。

 

 

            

          乃木学習院院長 もちろん人格があれば教育免許などは必要ない

 

教員資格???

そんなせせこましいことを拘っていては、人間は育たない。

資格より、教育界の綱紀粛正の方が先だと考えないのだろうか。

観かたでは政治より大切なことだ。政治家も命を懸けると言葉では云うが、教育者が将来の子供たちの心(魂)を育むことに命を賭けるとは聞かない。

心も魂も証明できないと言い繕うのだろうか

それとも資格や免許で人物を育てられるのか。

いまどきは古臭いといわれるようだが「教育は魂の継承」と考える筆者だが、卒業証書が資格というなら、いまからでも破りすてる気持ちが残っている。

 

畢竟(突き詰めれば)、教え育てることは過去の智慧の伝承であり今を生き、活かす術(すべ)でもある。だだ、現在の不備は、生まれたら死ぬことの必然を伝えてはいない

さまざまな禍福はそこを看過することによって発生している。そのために要らぬ智慧と労を働かせているのだ。

「本(もと)立って、道生ず」

先ずは本を探求することから学ばなければ、以後の全ての学びは有効さを生まない。

加えて「欲望のコントロール」の所以を添えることだ。

そのために教員は己を治めることを心掛けたのだ。

 

思慮深きもの怒らず」とはソクラテスだが、「一怒一老」(怒ると老化する)と古人はいう。

この辺にしておきたい。

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オンナの色気とオトコのその気

2018-03-21 17:19:58 | Weblog

オンナの色気とオトコのその気

 

遺伝子組み換え食品によって精子が乏しくなり、゛その気゛が失せ、かつ女性化する。逆に女性が男子化する、そんな謀略じみた流行り話ではない。

居酒屋の酔い話に、どっちがスケベイか゛と眉間にシワ寄せて真剣に応じている一群の話を紹介したい。

昨今はオトコの色気にオンナがその気になる傾向があるが、ともあれスケベイは両性が存在しなければ成り立たないことだ。ダジャレ好きは共同正犯ならぬ協働性犯」と笑いを取った。

ことは、昨今の不倫はやりの関係はヤッタかヤラレタからの始まりだった。流行りの「一線を越えたか」の想像の類だ。結論は聴く由もなかったが所詮は凸凹(デコボコ)の出会い、゛どっちもスケベイ゛で難なくおさまった。

 

           

            少しの でき心

 

以下は「公式統計に現れない隠れた副業の規模と実体」より抜粋 

門倉貴史 BRICs 経済研究所代表

Ⅲ 増加する隠れた副業 3 つにグループ分けした闇労働のうち, わが国 においてその規模が最も大きくまた参加率が上昇 傾向にあると考えられるのは, 第 2 のグループ, すなわち副業である。

「就職」 というよりは 「就 社」 に近かった一昔前は, 日本のサラリーマンや OL が会社の仕事のほかに隠れて別の仕事を持つ などということは考えられないことであった。 し かし, 近年では人々がこうした副業を行うことは 決して珍しいケースではなくなってきている。

わが国で副業が社会問題として大きくクローズ アップされるきっかけとなったのは, 「東電 OL 殺人事件」 であろう。 1997 年 3 月, 1 人の女性が 東京都渋谷区円山町にある古いアパートの一室で 何者かに絞殺された。 警察の捜査で, この事件の 被害者となった女性は, 慶應義塾大学出身で東京 電力本社に勤めるエリート社員であったことが明 らかとなる。 さらに, 警察が事件の捜査を進めて いくうちに, 彼女には会社では決して見せること のなかったもうひとつの顔を持っていたことが判 明する。 OL は毎日仕事が終わっても杉並にある 自宅にまっすぐ帰らず, なぜか東電本社のある新 橋から渋谷の円山町へと向かった。

 

円山町といえ ば, いかがわしいラブホテルがあちこちに乱立し ていることで有名なスポットだ。 彼女は円山町に ある道玄坂地蔵の前に立ち, そこで売春婦として 客引きを行っていた。 ローマ神話に出てくる双面 の神ヤヌス (Janus) のように 「昼の顔」 と 「夜 の顔」 という 2 つの顔を使い分けていたのである。 毎晩, 雨の日も風の日も, 「ねえ, お茶しませ ん?」 と道行く男性に声をかけては, 終電ぎりぎ りの深夜 0 時過ぎまで売春を行っていたが, 翌日 には何もなかったかのように東電に出社していた。 39 歳で殺害されるまで, 1 日に 4 人の客をとる売 春生活を 10 年以上も続けていたという。 彼女は 売春婦としての活動をしているときに絞殺された ものと考えられる。

 

 (2004年)風俗関係 (ダブル・ジョブを除く)人数 14.1 比率 0.21 うちソープランド 2.5  0.04 うちヘルス・イメクラ 2.4  0.04 うちピンクサロン 3.4  0.05 うちデリヘル 0.8  0.01 うちキャバクラ 3.8  0.06 うちAVモデル 0.2  0.00 うちSMクラブ 1.0  0.02  

 

この内、固定資産ともなる初期設備投資のあまり掛からない職種として、AVモデル、デリバリーヘルスの就労人口が増加しているという。事務所(待機)掛け持ちもいるが、供給元といえば、宣伝広告に沿えば、学生(女子大,専科)、主婦、会社員(販売員、事務)を謳い文句になっている業者が多い。

 

          

                 子供は素直

                     

 

ちなみにネットを探るだけで神奈川だけで200業者を超え、一業者で類似店を営業しているとしても、推定平均は20人として4000人。それも近ごろは競争も激しくむ格安をうたっても供給となる新規入店は毎日のようにあるという。

 

実態としてはアカデミックな公的比較統計など通用しないアンダーグランドの市場ゆえ、かつ、生活費なのか、欲望消費、あるいは性欲もしくは、好奇な研究心なのかは、実際に当人に聞いてみなければ判らないことだ。ましてそのことが善悪是非の遡上にのせたり、あるいは常人が目を伏せ、口を閉ざし、ときに嘲る行為に、社会の実像と将来の憂慮を考えるべきべきだろう。

通人からは考えると、とるに足らぬ野暮な思いだが、親も上司も旦那も知らない世界を、知ってか知らずか、「バレなければ、いいんじゃん」では済まない世界が、世の男の歓迎によって隠れた巨大産業となっている。

 

金持ちは吉原か待合茶屋、懐の乏しいものは、夜鷹に当たり場、飯盛りや宿場女郎だったが、いまはスマホで女性を選んでコンビニ待合か自宅で一刻を愉しむ手軽さだ。それも素人といわれる人妻や学生だ。まして一時間そこらで手取りの日払いは格安店は一万円もいかない報酬だ。手軽なのは主婦は12時出勤で16時に終わるが、それでも客があれば最低でも⒉万円になる。なければ一畳ほどのブロックで客待ちしても報酬はゼロ。売れっ子になると勤務時間にもよるが150~200万を稼ぐ女性もいる。

 

たしかに手軽に遊ぶことができる。

一昔前はトルコ(ソープランド)にチョイの間といわれる単純射精目的の店があった。巷の居酒屋でも昔は小上がりといわれた小さな座敷には堀コタツがあった。女性は和服で相席になるとコタツの中は何本もの手が裾をかき分ける。

片手は酒なりビールをを飲んで澄ましている男がいる。女性も澄ましている。

不潔だとか言ってはいられない世界だ。

 

           

             その手もあるが、早まるな

 

 

居酒屋で三十代前半の女性が猥談で嬌声を上げていた。隣なので否応なしに耳に入る。一人はキャバクラ、一方はソープだ。

「どのくらいになった」

『高校終わってすぐだから、15年かな』

酔ったついでに話に割り込んだ。

「そうとう経験を積んで・・・」

『2800人くらいかな』

「・・・・・・」

『それでも、もっと多い人もいるよ』

「彼氏はいるの」

『いるよ』

「カラダは大丈夫」

『でも、そんなにいても、良かったのは二人くらい』

「なんで」

『仕事もあるけど、巧いとか下手だけでなく気の問題だよ』

「ところで、なんでこの仕事」

『中学の時に親に捨てられて、だから中学しか出ていないので、どこも雇ってくれないし、資格も取れないし‥』

「高校卒業の資格ならとれるよ。どんな仕事がしたいの」

『勉強が嫌いではないので資格を取って介護の仕事をしたいけど、中学じゃ』

 

専門学校の知人にその場で連絡。毎月のレポートと面接で高校資格は可能との応え。目の前で彼女は聞きもらさず聞いていた。入学案内書の送付を依頼した。

『絶対行きたい!アリガトウ。今はお金がないが案内書を見せてください』

連れの女性と抱き合わんばかりに喜び驚いていた。

 

余分な情報はシャワーのように降ってくるが、彼女にとっては元々あきらめていたのか、教える人も周りにいなかった。

それが、今の彼女たちが生活する社会の実態なのだろう。

あの元厚生事務次官の前川氏も巷の観察だとしたら、大いに歓迎することだ。

相談に乗り食事をする。拘ったり、囚われたり、彼女を奇異な目で見る世間の方が薄情だと思えるが、為政者は声高に待遇を唱え、大衆を募って行動する女性も然るべきものだが、救済処置を知らず黙々と巷で働く彼女たちの実態を知らずして前川氏を非難できない。

 

キャバクラの女性でもビックリするような原色のスーツをまとって赤絨毯を練り歩く女性議員もいるが、まだ彼女たちの稚拙だがその心情吐露のほうが傾聴に値する内容がある。なによりもそれが社会の現実であり生きる糧なのだ。

 

        

             犬でも反省するが・・・

 

世間では女遊びや、女性の男遊びを別世界の物として忌避しているようだが、大都会には必ずといってよいほど悪所といわれる場所がある。

悪所とは悪がいるところではない、立ち入れば潤いもあり希望もある。

東京は浅草、いまは歌舞伎町に渋谷、大阪は通天閣あたり、津々浦々の再開発があっても潤いがなければ乾きかすれて衰退してゆく。

講釈じみているが、孔子も「外の人来たる、内の人よろこぶ」と町つくりの根本的極意を説いているほどだが、数値教育には見当たらない。

 

大衆はときにわからず屋の野暮になる。大新聞もその類だが、色事は秘め事だが表に出したら野暮で意味が薄くなることは庶民も承知している。

スキャンダラスな逸話ではないと断って記すが、田中角栄さんと園田直さんはあけっぴろげな親友だった。国会が紛糾し委員会が止まると、「直さん、ちょっと行こう」といって赤坂のなじみの店に直行。そこで一汗かいてスッキリして国会に戻ることもあった。一汗は大人のハナシだが、それくらい頼りになるのも女性なのだ。

歌舞伎役者も「浮気」はご法度だが、「浮体」は上手にするものだといっている。目くじらを立て口に出すことも憚れるが、時代が変わってもそれは変わらない。それができなくては、ヤクザはやってられないと昔のやくざのセリフだが、それは博打と女性のことだ。

 

たしかに棲みづらい世間になったのは、実感する。

 

            

        

            たくましい

 

章を戻すが、そのうちピンサロ(ピンクサロン)やイメクラ(イメージクラブ)ができた。

ミニスカートのプリーツの両脇には手を差し込む穴が開いている。テーブルらはオシボリが数本。手をふき、後の始末に何本も使った。イメクラは芝生が敷いてあり、ベンチや幼児ブランコが置いてある。マンションの一室で広さは六畳、若い女の子がミニスカートでラケットを持参して入ってくる。他にはいろいろなシチェーションを作っているが、密室のサービスはピンサロより過激な部類だ。

なかには売春もあったが、禁止はあくまで性器を用いることだけで、肉体のホールはいくつもあるので、そこ点、好き者には知恵が働く。

 

当局のどのような理由なのか店舗型が少なくなり、派遣型が流行している。

人妻、JK(18以上の高校生と想像させる)、女子大生、若妻もある。

専門ネットを見るとおびただしい数の店がある。18歳から60過ぎまで、それぞれにプロフィールと写メール日記、短い動画まで揃えて、サービス内容や追加のオプションまで記載されている。

本人の顔出しもあるが、目を隠し、口元を隠し、ゴージャスな衣装もあれば清楚な人妻風、OL風とさまざまな姿態を載せている。

また、そこには客のコメントが寄せられている。2チャンネル風なネガティブ批評もあり、ときに炎上することもある。

 

 

         

         筆者もよく見かけた メリーさん

 

 

前記と重複するが・・・ 

ある女性は「闇の仕事ですよ」というが、挿入奉仕をしなければ、法の許容にあり需要もある、れっきとした生業であろう。ここでは店から半分なりを支払われるが、およそ100分で⒉万円。コンビニなら1800円だがここでは1万円になる。サービスは女房にしてはいけない、させてはならない類だ。

本物の主婦は10時から16時、寝床代わりもしくは本業は20時から6時と、なかには5万から8万を出して好みの女性を独占する客もいる。

 

入店の理由で多いのは、経済的理由が多いようだが、困窮型だけではなく、女性に多い他人との比較浪費借財や、経年劣化した情愛の補給にともなう好奇心、小遣い稼ぎなど様々なようだ。客とて愚かなようにもみられるが、それとて大事な客、好みは別として一通りのサービスは行っているようだ。

ともあれ、密室で裸になり一緒に風呂に入ったり、ベットで疑似性交をするが、ドアを開けるまでは、どのような客かもわからない怖さもある。それが狭いエリアで数百人の女性が働いている。その中でも人気ある女性は四時間で二人ないし三人、売れない子は「お茶ひき」といって客が付かない場合、収入はゼロだ。

常連になればそれなりにサービスは過激になるが、一種の個人営業ともいえる業態ゆえに、思い違いをする客も出てくるようだ。

 

以上は「講釈師、見てきたような嘘を言い」とあるが、関係者への筆者の口頭取材として、足らないものは実体験で補ってほしい。

 

 

         

                横浜港の朝の景色

 

 

以上の観点にも様々な切り口がある。

貧困や学歴、宿命論では生まれや育ちにある出自などの「格差社会」もそうだ。

それを助長するのは、秘めているからこそ想像で増進する性的好奇心もあるが、生育時の発達障害といわれる精神と肉体のコントロールに由縁することなど、種々な要因がいわれている。もちろんシングルマザーも在籍しているが、偽の人妻や女子大生、はたまた年齢詐称もここでは野暮で聞けない。

 

この種の相対作業は気分を壊すことがあったなら、途端にサービスに手抜きが入る。なにぶん一期一会の初対面が生まれたままの姿で戯れるゆえ、面倒な理屈や探りは嫌われる。いまどきは青年と五十代の組み合わせも多いという。口うるさい母親より年かさの女性に甘えたいらしい。年金暮らしも支給日には先を争って予約を入れる。もちろん孫のような女性だが、これも優しく(易しく?)応対する。

彼らにとっては、まことに有り難い遊び場なのだろう。

 

オトコも外に潤いを求め、オンナも外に潤いと経済を求める世情になった。

 

どこかで官吏の隠し事と政治家の無責任が聞こえてくるが、行き着いた浮俗の情況は卑猥な秘め事とは思えないくらいに躍動している。

彼女たちに「ガンバレよ!」といっては言い過ぎだろうか。

 

イメージはブラジルのオスニー・メロ氏より受信 出展不明

 

 

 

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一年前の今日の掲載 安倍晋三さんの忘れもの 13 4/12再

2018-03-20 19:48:37 | Weblog

フジモリ元ペルー大統領は陛下との応接で「勤勉、正直、礼義、そして母から忍耐を学び、政治の根本としています」と。


「美しい国にっぽん」
あの時も今回も目標理念は一緒だが、今回は景気にまつわる唱えが多い。
ところで昔から三つの異なる意味を連ねて納まりのよい拍子言葉のようにしていた。
「美しい」の前に「清く、正しく」が入ると調子(リズム感)が良く音(オン)もいい。
政治家や商売人には気恥ずかしいからと外したわけではないだろうが、゛美しい゛だけではオンが良いが、意味が薄い。

なぜ「美しい」は「清く、正しい」からだ

江戸っ子にはこんなセリフが似合う。「義理と人情とやせ我慢」
今時の義理ごとは金がかかる。女房を質においても義理は大事だ、自分でも困っているのに人に分ける、など、寄席にある我慢噺は江戸っ子のイイカッコシイの意気地だった。ここでは「やせ我慢」ができなければ義理や人情もままならない。

美しく見せたければ、清く正しくなければならない。先ずは塊より始めなければ民は倣わない。
政、官、財、のたとえ名目要職であっても、「清く正しく」を唱和しなくてはならないだろう。今までは笑話と嘲っていたはずだ。

よく魚のくさやや厠に対する五感は「臭う」だが、香水は「かおり」という。またその方が美しい言い方だ。なかには草花のように、いい匂いと当てはめるが、唇の動かし方は「かおり」が綺麗だ。あるいは政治家の演説も「上手い」より「立派」といわれた方が気分が良い。要は使い方だが、宰相の言葉としては長くはなるが「清く正しい国と美しい環境」というべきだろうが、分かりにくければ「清く正しい国ニッポン」のほうが実利はある。

それは国民にとっては気恥ずかしいと思っているのかもしれない。片腹がくすぐったい。
では、その美しいだが、漢字では羊が大きいことは美しいと教える先生がいるが、その大きい羊は首を切られ丸焼きにして神に捧げ、大きければ大勢の人で食べることができる、とは教えない。佐藤慎一郎氏は二十年にわたる大陸生活では日本人とは異なる庶民の感覚を体感している。そのなかで「美しい」ということは、女の子が素直に「ハィ」と応える形容を美しいことだという。

そのことからすれば、素直で明快をも表している。美しいとは、清く正しく、素直で明快、そのような人々が棲むニッポンを目標としているなら素晴らしいことだ。

日本人は官制義務教育の慣性なのか漢字は辞書を引く。それゆえに意味は共通語として情報交換に役立つものだが、同じ外来語で「love」を辞書で引くと「愛」と出る。
みんなが「愛」といえば意味は知らぬとも「愛してる」とつぶやけば、これも「愛されている」と考える。ならばあなたの愛の表現はと尋ねれば、百人いれば百通りある。応えられれば良い方で「愛は愛でしか・・」と辞書から抜け出せない若者がいる。ちなみに「個性」もそうだ。数人集まって、゛個性的ね゛といえば、どことなく納得するが腹はみな違う。

ならば誰がloveを愛と訳したのか。辞書が共通訳の働きがあったとしても、俺の愛はこの様なものだ、と差別化しなければ個性もなければ優劣,高低、多少で判断しなくてはならない。当ブログの初稿に記したが、二葉亭四迷は「私はあなたのために死ねます」と訳し、そう思っている。アイラブユーは、私・あなたを・愛しています、と誰もが訳すようだが、斯様に「愛」は人間の選択意志が入るといい加減なものになる。

ましてや異性と食い物と金が条件に入ると愛は殺意さえ起こすこともある。











安倍さんが唱える「美しい」は政治家としてではなく、日本人の誇りを対外的にも観照して美しく感じられる国柄にしたいという願いだろう。異を唱えるものではないが、ついでに調子を合わせて「清く、正しい、美しいニッポン」と唱えるなら、その行動は緊張感と集中力をもって国民に「清新なる信」を想起させるだろう。

政治家ならずとも大人になるとなかなか口に出しにくい言葉だ。いくら当選のために、あるいは失業対策選挙だとしても、余程の厚顔でなければ大声で言えまい。なかには役者も運動家も人寄せで選挙を戯れるようだが、子供が唱和するような純で透き通った声で「清く正しく美しい政治」と、全国津々浦々で唱えれば幾らかは教育改革の助力にもなるはずだ。

本当は「清く、正しく、立派な政治」というべきだろうが、なかなか・・・

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まるで息をするように嘘をつく

2018-03-20 17:05:16 | Weblog

   広州

 

 

どこの新聞だったか「まるで息をするように嘘をつく」と大文字で書いていた。

その通りだが、不思議がっていること、そのことが不思議になった。

 

嘘は「キョ」、空気を吸って酸素を取り入れ、必要のない二酸化炭素を吐く、その吐きだすことが嘘である、と佐藤慎一郎氏は説く。

つまり、嘘は正邪拮抗する、あるいはバランスをとる自然な作用だということです。

 

先ずは己を知らずして、己に嘘をつくことです。

自分が決めたことでも、守れないこともそうでしょう。

学生の頃、夏休みの宿題は間際にならなければ手につかない。

翌朝の起床タイマーを余裕をもってセットして、起動してもウルサイとばかり寝ぼけリセットして、まだ余話の五分あると寝過ごしてしまう。

就職の面接でも得意でないことまで「できます」と自身を売り込むこともある。

 

ここでの嘘は、相手には被害感はすくない。また「あの人は嘘つきだ」とは言えない状況だ。

それは、自身への嘘は自身に還ってくる問題であり、己に課した要求であるからだ。

 

しかし、人を貶める嘘は自身の信頼を毀損するばかりでなく、相手にも被害が及ぶ。

いま、官僚は隠していることでも問われなければ話さない、これを「嘘」ではなく、問われなかっただけ、と平然としているが、これが彼らの隠ぺい手法の慣性だとしたら組織内官吏としてなら認知されるようだが、公務員としたら、狡務員、公無員として、いただけない人間だ。

 

その嘘だが、己に課したものに出来なかったからといって嘘つきとは言われないが、相手の心情や約束事を違えると「嘘つき」とレッテルが付く。加えて「嘘つきは泥棒のはじまり」と昔から言われているが、そこに行き着く人柄への印象も芽生えてくるだろう。

また、嘘をつかれた方は「嘘」は悪と断定して交わりは断捨離になる頑なさもある。

己を内照すれば、人の活かし方もあろうが、四角四面な性癖はなかなか直らないようだ。

 

筆者が香港駐在していた頃に三人の秘書が附いた。

その時の「」について彼らに語ったことがある。当ブログにも掲載した小章から抜粋してみたい。

              

               素直で能力があったスタッフ

 

≪ じつは彼らスタッフも私を懐疑的にみていた。彼らビジネスマンは無報酬では動かない、つまりどれくらいの報酬対価があるかについての興味だった。
 永年の懸案だった上場に伴う前提として堆積していた海外事業所の整理に関する好奇な目と不思議さであった。
 もともとTMSChinaコーポレーションはトッパン・マルチ・ソフトの略だが、子会社整理に伴って戴麗華が横浜の馬氏の投資資金で購入した会社だ。だだ、麗華がトッパンフォームの社長付顧問ということで、個人的に安請け合いした案件だった。
 

これが成功すれば上場企業となり、社長も安泰、ついでに麗華も信用を勝ち取り、社員も晴れて上場企業の花形となる。しかも、特別配布の株券の資産価値は膨大な金額になる。そのストックさえ考慮に入れない私の行為が彼らの不思議さでもあったが、ともあれ、その前提としてどうしても解決、整理しなければならない海外の懸案だ。
 株式上場の宴はお前たちが勝手に考えればよい、という気分だった。

 ただ、器は見栄えができても、人材の資質は変わるものではない。いくらか上場して変化はあるだろうとの安易な考えもあっただろうが、以後は社長の弛緩と個人的案件というべき思い付き、唯々諾々としたがうサラリーマン根性はなくならなかった。
 それは今回の懸案と同じ状況が、以後も現地法人で繰り返されていることでも分る。

             

 スタッフはこの別会社の懸案解決を、彼らの所属するTMSの副総経理が行う疑問と不信感だった。しかも、この成果を麗華の名前で報告する気持ちが理解できなかった。

 だだ、対価は相手の心算段で、有っても無くてもいいと、一種の利害無境にならないとできないものだった。しかも滞在4日間である。大手企業の上場が懸っているプロジェクトには相当の対価があると考えるのも普通だった。だだ、私の方が普通ではなかったから、より不思議さが増幅したのだった。
 これをコンサルタントに依頼すればどれだけの報酬を請求されることも、彼らは敏感に計算しての観察だったようだ。

 もともと自腹で空気を吸いに来ただけの香港だった。文革時に師の佐藤慎一郎氏が海岸に泳ぎ着く大陸からの数多の逃亡者を待っていた海岸に行きたかった、それが唯一と云ってよい目的でもあった。それが着いた途端、このありさまだが麗華の祖父王荊山へのささやかな恩返しなら、それも縁だと乗ったことだ。

 

 

           

           恥ずかしながら撮られてしまった

 


 TMSの担当社員には迎合するつもりではなかったが、二日目に彼らと昼食を共にした。知らなかったが、長い昼食だった。この地では当たり前と思っていた。ほかの席も甲高い言葉のなか二時間席を温めていた。日本人の女性職員はこういった。
「嘘はどう思いますか?」
こう応えた
嘘は大いに結構、嘘を言わなければ生きられない国がある、だから皆利口になる。人を貶める嘘はいけないが、評価を高く売る嘘などは可愛いもの、見抜けない方が嘘つきよりひどい愚か者だ」

でも、困るときがありませんか」
「いや、自分は嘘で飾ることはできない。できないこと、できることは知っている。幸いにも親から嘘をつかない勇気を持ちなさいと言われてきた。時折、お金がないときは好きな女性からデートの誘いがある。そんな時は腹が痛いとかいったことはあるが、これは若いころの格好つけだ。いまは嫌われることより嘘を言って信頼がなくなる自分が恥ずかしい。だから君たちには嘘はつかない。」

 翌月の香港再訪には誰も彼ら流の嘘つく人はいなかった。爽やかだった。
 コンプライアンス、セキュリティー、服務規則、香港らしくない。
 これも日本企業の常套だが、人間を知らずして金を扱うことこそ愚かなことだ。後藤新平も児玉源太郎台湾総督もそんなことはやらなかった。まずは、育てて信ずることだ

 

          

 

 

彼らは自らを隠し偽らなければ生きられない歴史があった。

政治的謀略は内治にあった。

お父さんは毛(沢東)先生のことを何と言っていますか

党員の教師が尋ねた。子供は意図ある質問に素直に応える。

ときどき悪口を言っています

早速、生徒から信頼されていた党員の先生は規律担当に報告すると、家族は拘束され査問された。よくあることだった。

これでは親は子供にも嘘をつかなければならない。

家族は分離して、子供は紅衛兵となり、密告された親族、教師などを罵倒し殺害されたりもした。

 

つまり、真意を隠し嘘をつかなければ生きられない社会となった。

そして為政者の政策には、人々の対策が育った

それは対人関係で狡猾に生きなければならないということだった。あの働き者で人情の深い人たちだったが、もともと政治についても「あの人たちのこと」と口にすることもなかった。そしてごく狭い身内しか信用できず、信用できるのは財貨とわずかな人との人情に信をみた。もともと、人情は国の法律より重いものであり、生きるところは国家より、地球の表皮のいたるところにあるという感覚だ。

また、政治には独特の諦観も生まれた。「しかたがない」「自分とは関係ない」そんな気持ちだ。

 

            

                桂林

 

 

くわえて人情は同種同民族にかかわらず、異民族にも信を認めると厚く深い人情を明け透けに見せてくれる人たちだ。その意味では中国という国家は、利用できる間は看板となる。とくに力をつけた現在は看板を押し出す。力が無くなれば天下思想によって世界中に活躍の場所を求めることができる。

 

香港駐在の頃は「昼は鄧小平、夜は鄧麗君〈デン・リージュン〉テレサテン」といわれていた。おなじ「鄧」の権力は昼にあり、夜の愉しみはテレサの歌にあり寝室の睦みにあるということだ。面従腹背とは彼の国の熟語だ。

 

それは反発するまでもなく、避ける、除ける、感覚の表層の偽りなのだ。

これを「嘘」と決めつけるのが四角四面の我が国の観察だが、為政者とて解っていながら専制的政治を執らざるを得ない都合もある。

多民族と広大な領土、もともとの過剰対応も為政者の習性だ。

田中角栄首相は周恩来氏に「共産党政治は歴史から見れば便宜的選択だ。家族でも子沢山だと親は相当厳しく決まりを作り監督しなければ治まるはずはない」と語っている。

 

彼の国の異民族(漢族以外)の侵入は多くは北の異民族だ。

古代は匈奴、モンゴル族の元、満州族の清がそうだが、みな中原の北京に都を定めた。

しかし、色(性)と食と財の欲求は漢族も負けてはいない。抑圧された漢族はより狡猾にならなければ生きられない。

しかし、弱さを見せるとすぐに反発反抗をするようになる。

おおくは前記の三欲に同化して為政は怠惰腐敗して弱体する。つまり同化しやすい欲望に誘引されて衰退するのだ。

 

嘘も方便とはいうが、国家さえ転覆させる雄弁さが彼の国にある。

以前の小章で、我が国は三欲に誘引されて彼の国に同化しつつあると記した。

我が国も、勤勉、正直、礼儀、忍耐の徳目とは言うが、これも看板になりつつある。

孔子や孟子の国、儒教の国、が看板なら、それが発生しなければならない民情を観なければならない。我が国もその徳目を掲げなければならない民情がある。

好奇心、迎合心、依頼心は、群行群止する民癖があるだろう。

しかし、彼の国は好奇も迎合も依頼があっても群れでは動かない。

彼の国は一人では虎、我が国はウサギ、集団になるとその逆に転化する

 

いまは嘘をつかなくても良いくらいに自信をもち、力を蓄えてきた。

他への迎合や依頼も少なくなった。

まさに息を吐くように嘘を実態にして拡大している。

 

わが国では「政治家は人を騙(ウソをついて)して雄弁家という」

官吏は「嘘を巧くなぞって能吏という」

そして国の資材を掠(かす)め取る。

 

隣国は哂えなくなった。逆に、笑われ、嘲られる政官吏の幼児性だろう。

数値比較だけでは国力評価ではない。深層に蓄えた真の国力である情緒性を毀損する

彼らの醜態こそ民族の危機なのだ。

 

それでも、競い、騒がず、鎮まりをもって眺める良機ではないだろうか。

それは、世に起きるさまざまな現象を自らの責として受容内照してみることでもある。

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人間考学 安倍君の器量と度量  終章

2018-03-19 13:51:03 | Weblog

 

簡記すれば、

 

政外(せいがい)・・・政治政策のピントが合わない 内外情勢を錯覚して施策を誤る

内外(ないがい)・・・内政がおぼつかないと外で気勢を上げ危機を煽る

謀弛(ぼうち)・・・・謀が漏れる。秘密が漏洩する

敬重(けいちょう)・・尊敬されるものがいなくなる。わからなくなる

女厲(じょれい)・・・女性が烈しくなる。男が弱くなる

 

この兆候が表れたら何れ国家は国家の態を失くし、滅びる。

自から滅び、自壊する。それは、我を失くし茫然自失した姿を現わす。

無関心や問題からの逃避は、その前兆として表れる。

 

以下はブログ小章の抜粋

 

「五寒」に表れる、゛謀弛゛の姿

 

内外、政外、謀弛、敬重、女厲、が国家の衰亡、亡国に表れる現象であり、その前段に人々の心ら表れる姿や、その原因となる病巣に「四患」を当ブログで紹介し、その例示も再三記してきた。

 

後の祭りを語ったり、あまり現象の現れていない状況でその兆候を警告したところで浮俗の耳には入ってこない。

 

あまり政治はともかく、政局のことは当ブログの趣には馴染まないが、時々の人々の姿に表れたり、誘引されたり、「五寒」にいう現象が絡み合うと、個々の興味や得意分野、あるいは己にかかる厄災などから発する言葉や行動なりが、騒然とする状態下にあると、それぞれの関係を拙考「人間考学」の手順を追って解きほぐすと、その現況の行き着くところや、解決が見えてくると考える。以下は筆者の愚論だが、お節介を記してみたい。

 

「内外」と「謀弛」が顕著に現れたのは米英が推し進めたイラク戦である。内政問題を覆い隠し外に向かった衝突は大量破壊兵器の保有が前提にあった。しかし無かったことが漏れ、露呈した(謀弛 はかりごと弛む)。それによって情報部の管理力は疑われ、その推進役であった米英の政策責任者への信頼は失墜し政権交代にすすんだ。それは政策責任者への敬重(信頼と尊敬)の失墜でもあった。

 

そしてリーマンショックである。これは「四患」にある偽、私、放、奢そのものであった。

゛偽りの数値によって私企業が法規範を逸脱し奢った゛まさに偽私放奢の流れである。

その結果「五寒」に推移するのである。

 

つまり人の衰えの問題なのである。

 

 

 

 

今回の尖閣問題でもその通りの道筋をなぞっている。また、゛なぞる゛ことが予見できる人物たちによる結果でもあった。

外交上における各種会議、資源問題など必須と思われているが、往々にして会うことに意義がある程度の内容しかない会議、それに拘って内政のスケジュールなりシステム転換を図るような本末転倒な状況がある。

 

ビデオは漏れ、税官吏の汚職、閣僚の放言などは精神の弛みであり、公務員の偽りと私事である。もちろん信頼や尊敬などは見る影も無い。

 

選挙当選、政権交代の謳いはマニュフェストの偽りと政権党の弛緩によって国民の怨嗟を助長した。弛みの政治主導ではなんのことはない。

 

奢りは「驕り」でもある。公務員の待遇と高額給与は、国民状況を判っていながら知らない振りをした狡務員や公無員の群れの増殖がある。

 

もちろん「上下交々、利を獲る」ように、国民にもその倣いは顕著になっている。

母親は安定職だと子供に公務員へとせかし、教育界、知識人にまでその食い扶持の用学に陥っている。人生を説き、夢を描く男子のへ風圧は「女厲」にある、女性の荒々しさ、烈しさとなって表れる。それは方向性のさもしい比較競争でもある。

 

浮俗の噺だが、浮気調査は時を代えて男子の側からの相談が多くなり、パチンコとサラ金は女性客のほうが多くなっている。それに付随して警察白書には場所まで記されないパチンコ屋のトイレの自殺は女性客が多くなり、しかも一日何十万も稼ぐときがあり、損することもあるパチンコは博打場ではなく、法律的には健全な遊技場扱いである。この便法の適用と立法の促しは警察である。

 

よりによって、そこに自由と民主と平等や人権が添えられれば、より一層、放埓(やりたい放題)、民主(人は人)が四患を顕著にさせ、家庭や教室でも「敬重」の存在は無く、もちろん政治の要諦である「信」や尊敬など、どう考えたらいいか、尊敬とは何か、と理解の淵にも届かない情緒が漂ってきた。

 

学生も学歴だけはとっておけばと商業教育のお客となり、当選すればと居眠り議員や、総理まで目力のないウツロナ様相を晒している。みな、こんなはずではなかった、と思いつつも俸給と待遇に魂を滅ぼしている。

 

以上、成すべきことを避けて、゛言いたいこと゛を垂れてみたが、この症状が治らなければ亡国である。「亡国とは亡国の後に、その亡国を知る」といわれるくらい、自然に忍び寄ってくる。あのローマ、ギリシャ、大英帝国、もそうだった。

また、亡国のたどりはことのほか楽しいものだという。

そして、すべてが、偽、私、放、者をたどって「五寒」に行き着き、打つ手も無く滅んでいくようだ。

 

身近な世界や政治の携る人間も同じ日本人だ。しかし気が付く人間と、覚醒転化する人間がいる。またただ騒ぎ立てるものもいる。

 

四患」と「五寒」を透かして世の中を観察することをお勧めする。

まずは「見る」ことと「観る」そして「診る」ことから適所にあった治療が始まるはずだ。

 

以上の例文の参考引用ですが、巷では器量度量は任侠の世界と思っている者もいるが、口舌批評の種でもなければ、学び舎でのアカデミックな理屈ではない。それゆえに結果は対象となるものの姿によって量られるものだ。

それは農、漁、工、を生業(なりわい)にしている人の方が自得している。

戦後、復興のままならない中、陛下は全国を巡察している。

国民は陰ながらその人物の器を量り安堵した。

そして、相手の心を思いはかって慈しみを添える「忠恕」を知った。

 

安倍くんにはそれを望まない。

せめて、怨みは吾身で受け、謗りは他に転嫁しない

そんな器量と度量を日本の総理はあったのだと期待したいだけだ。

 

終章

 

 イメージは関連サイトより転載しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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人間考学 安倍君の器量と度量  そのⅡ

2018-03-17 09:42:07 | Weblog

 

 

安倍くんの考える器量とか度量は如何なものだろうか。

まずは部下を思いやる忠恕がなければ彼らは覚醒しない。

内なる賊吏」とか「増殖する国家バチルス」と陰では揶揄される哀れな現状は、強権や裁き、あるいはコンプライアンスや好待遇だけでは治まることはない。

 

再三当ブログ記しているが、ここに至る前に現れる現象は「四患」だった。

 

 

        

                良い習慣性

 

 

以下、長文だが抜粋する

 【まず、四患を除け】

 

この患いが政治、官吏、司法、経済、民心に蔓延すると優れた政策も財政も行き渡らなくなる。いやそれでも不安と不満がとめどもなく湧き出てくる。

 

 「政を為す術(すべ)は、先ず四患を除く

 と云う言葉がある。後漢の荀悦(148~209年)という人の教えである。

 

彼は後漢第十四代献帝(189~220年)の時、進講申上げている。その彼が漢の政治の乱れを正すために書いた「新一」(五巻)という本の中で「政を為す術(要諦)は、先ず四患を除く」と、主張している。政治を行なう要諦は、まず四つの病根を取り除くことから始めなければ、ならないと云うのである。

 

その四つの病根とは「偽、私、放、奢」の四つである。

 

政治の「政」という字の本義は、天下万民の不正を正すということである。

 

孔子も

 「政とは正なり。君、正を為せば則ち百姓(ひゃくせい)(人民)故(これ)に従う」(礼、哀公開)と教えている。

 

「偽」と。は、「化ける」と云う意味。偽せものの人という意味。

 政治とは、まず自らを正して、しかる後、世の中を正すのではないのか。とにかく、日本は上から下まで、「偽」が、蔓延している。にせ物が本物を乱しているのだ

 

  「」、公を忘れた私、私意、私欲に翻弄された日本人が、日本国中に氾濫している。特に上に立つ人こそは、私心を滅して公に奉ずるのが本当のはず。ところが彼らは、天下、国家の公論を借りて、私情を満足させようとしているではないか。

 

私心を抱くことなく、誠心誠意、社会のために、そして仕事のために、尽し切るからこそ、その人間がはじめて生かされてくるのではないのか。自分を忘れた日本人の氾濫。自があっての分、分があっての自ではないのか。

  

」とは、棄てるということ。子供らを勝手気ままにさせるのは、わが子を棄てることだ。慈母に敗子あり。必らず締りのない、目標のない子に育つ。

 放埓の埓とは、馬場の囲い。かこいを取り除いて馬を放つと、馬は、本能のままに飛び歩く。放埓息子、放蕩息子が必らず育つ。

  

」とは、ぜいたく、おごる。

 俺の金だ。俺がかってに使って何がわるいと、傲然として、ぜいたくした気分になっている。そんなものは、ぜいたくでも何でもない、浪費だ。

 本当のぜいたくとは、金で買えないような悦びを味うことだ。

 

それを「窮奢」--ぜいたくを窮めると云う。 奢る者は、その心は常に貧しい。

偽私放奢、この四恵有りて存するものなし。生きた歴史は、この警告は真実であることを証明している

 

四つの病患の第三は「放は、軌(軌道)を越える」である。

  

「放」の原典は、「はなす」ことであるが、「放は、逐なり」(説文)で、追い払う(放逐)とか、「放は棄なり」(小爾雅)で、棄てる(放棄)とか、また勝手気まま、欲しいままにする(放縦)といった意味がある

 

 「厳家に格虜なく、しかも慈母に敗子あり」(史記、李斯)

 厳格な家風をもった家庭では、気荒い召使いでも、手に負えなくなるようなことはない。ところが慈愛に過ぎた母のもとでは、かえって、やくざな、どうにもならぬ放埓息子ができる。

 

 放埓の「埓」とは、馬場の囲い、柵のことである。この囲いを解かれて放たれた馬は、本能のままに、勝手気ままに飛び回れるが、その馬は馬としての用はなさない。

 放蕩息子とは、そのように軌道をそれて、かって気ままな振舞いはするが、人生に対する方向のない、志のない、全く締りのない悪子のことである。自分で自分を抑えることが、できないのである。

 

 前漢の第九代宣帝(前74~79年)の時、侍御史。その後河南の太守として、河南の民政を委された人に厳延年という人がいた。彼は厳しい母に育てられた人であったにもかかわらず、彼は人民を刑殺すること頗(すこぶ)る多く、冬でも殺された人々の血が数里も流れたという。それで河南の人々は、彼のことを、「屠伯」殺し屋の親玉と呼んでいたと記録されている。

 

 そのような様子を見ていた彼の母は、「お前のように人を多く殺せば、やがては自分も殺されることになるだろう。私は故郷に帰って、お墓を掃除して、お前が殺されてここに来るのを待つことにしょう」と云って息子を諌め責めたてて、故郷へ帰った。

 果して、彼は、死刑に処され、その屍は街に晒された。(後漢書、酷史、厳延年)

 

 「厳母、墓を掃く

 という言葉が残っている。継母に育てられた子においてすら、この始末。まして、骨のない慈母に放縦に育てられた子供たちの将来は、まともではあるまい。

 

「温室に大木無し。寒門に硬骨有り」

とは、苗剣秋が、私に語ってくれた言葉である。要するに「放は軌を越える」からである。

 いかに日本は豊かではあっても、子供たちが駄目なら、そんな国に明るい未来は望めまい。そのような子供を育てているのは、私たち大人、親たちである。

 

 本当の亡国とは、国が亡んでしまってから、亡んだことを知ることである。今なら、まだ救う道はある。

 


                     

                             津軽講話


 

第一は「偽は、俗を乱す」である。

 

  「偽」という字は、「人と為」でできている。つまり人為、作為が加わっているということであろう「偽は、詐なり」(説文)とか、「偽は欺なり」(広稚)などと解されている。

 

 」とは、あざむく、言葉を飾る、落し入れる。

 「欺」とは、あざむくという意味ではあるが、欺の「欠」(かける)という字は、心中にひけ目があることを表わした字である。入を騙しながらも、心中にひけ目がある間は、少しは望みがあろうというものである。入間はその心根を誠にしておりさえすれ、ば、自分を欺き、他人を欺くようなことは有りえないはずである

 

 「偽は俗を乱す」の俗は、一般には、習俗、風俗といった意味に使われてはいるが、これには、もう少し深い意味がある。

 「俗は、欲なり。入の欲するところなり」(釈名)と解されている。

 「俗」という字は、「人と谷」。「谷」とは「穴から水が自然に沸き出るかち」を表わした文字。この谷の水が欠けると、自然に不足を満そうとする「欲」が生まれてくる。

 

 人間には、そのように生まれながらにして、穴から自然に沸き出て来る水のように、自らの生を全うするために、自らなる生への意欲が、こんこんと沸き出て来ている。それが社会一般の本然的な習俗を作りあげているのである。

要するに生命の自然現象が「」である

 

 人間の本性は、性善説か性悪説かは、私には分からないが、自然の天理に背き、私意私欲から出た悪意ある作為は、たしかに「偽」であると云ってよかろう。

 そのような私意から生まれた「偽」がこの世に横行するようになれば、偽は真を乱す。偽物が本物を乱すようになるのは、理の当然のことだろう。

 

 ところが、このような悪意ある「倫」を弄ぶことのできる生物は、人間だけである。まさしく

  「智慧出でて大倫あり」(老子、十八)

 日本の政界の実状は、智識は己れの非を飾る道具であることを、はっきりと示している。貪るからこそ、姦智が生ずるのである。政界が国家百年のために雄大な国策実施に専念することなく、基地だ、手当てだ、献金だと、次々に天下に示している事実は、はっきりと、「偽り」そのものである。

 

 上の好むところ、下またこれを好む。それはまさしく、政界の「偽」が、民俗を乱している」からである。

 

 四つの病患の第二は「私」は、法を壊(やぶ)るである。

「私」という字、「禾」は穀物の一番良い「いね」のこと。その収穫されたいねを囲んで、自分一人のものとする。それが「私」という字の原義である。

 

  「公」とは、そのよい穀物を一人占めしないで「ハ」、つまり、それを公開して公平に分ける。「公は、共なり」、(礼記、礼運)で、みんなの物にする。公平無私だとか、公を以て私を滅する、とか云われている。それが「公」の意味である。

 

  「私は邪なり」(准南子、注)で、「私」という字には、よこしま、かたよる、いつわる、ひそかに……といった意味が含まれている。

人間には、どうしても、こうした私意、私欲というものが、つきまとう。

 

  「私意は乱を生じ、姦を長じ、公正を害する所以なり」(管子、明法解)

 と云われている。

 私意、私欲を以て、物事を見たり聞いたり、考えたり、行なったりすれば、どうしても物事の是非善悪の正しい判断をすることはできない。それで、遂には乱を生じ、三人の女性を合して私するような、姦悪不正不義が多くなり、結局は公正を傷つけることになる。

 

  「公は明を生じ、偏は闇を生ず」(荀子、不易)

 公正であ・ってこそ、始めて明智を生じ、偏頗なればこそ、闇愚を生ずるのは、理の当然のことであろう。

ところが「私」を離れて「公」はありえないし、また「公」を離れて「私」もありえない。

「天に私覆なく、地に私載なく、日月に私照なし。この三者を奉じて以て天下に労す。これを之れ“三無私”と謂う」(礼孔子間居)

 

 天には私心がなく、あらゆる物、を公平に覆うている。地もまた偏頗(へんぱ)に物を載せるようなことはなく、万物を公平に載せている。日月もまた私意によって、かたよった照し方をするようなことはなく、万物を公平無私に照している。天と地と日月は、このように公平無私であればこそ、その生命は永遠に不変なのである。

 

 大自然そのものの一部である我々人間は、このような天と地と日月のあり方を、そのまま奉戴して、天下のために全力を尽す。公を以て私を滅し、小我を乗り越えて大我の世界に生き続ける人間の在り方。それこそが人間自然の当然の生き方であろう。

 

 

四つの病患の第四は「奢は、・制を敗(やぶ)る」である。

 

 「奢」という字は、古文では「奓」と書いていた。つまり「大」プラス「多」の会意文字である。大きいうえに更に多くの物を寄せ集める意味だという。

どうするか、救うしかない

 

天下を憂いることは簡単だ。天下を救うことは、むずかしい。しかし救うしかない。何とかいう坊さんの言葉 一燈照隅、万燈照国、これしかない。

 

 

以上が四患だが、国家経営でこの兆候は江戸の御家人から維新を経て戦後の現代まで途切れることなく続いている我が国の官吏の性癖だ。軍官吏は惨禍を誘引もした。

 

その後、現われるのは隣国の栄枯盛衰に記された「五寒」の情況だ。

 

つづく

 

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人間考学 安倍君の器量と度量  そのⅠ

2018-03-16 13:41:49 | Weblog

 

人間考学 安倍君の器量と度量

 

いまは聞くこともなくなったが、よく美麗な女性には「器量よし」といって容姿を褒めた。いまは簡単に顔だちを見てキレイというが、美しいとはなかなか言わない。

「器」はうつわ、「量」はその大きさや広さ、つまり才能に加えて徳といわれる篤い情が備わっている人物を器量人といっている。度量は許容量、つまり異なる意見を受け入れたり、隠れた善行(隠徳)に心を寄せ、深い人情を備えている人物を、度量があるといっている。

 

このところ官僚の文章改竄(恣意的書き換え)が問題になっている。

以前の当稿で「文は経国の大義にして不朽の盛事なり」と記したが、改ざんは「経国の大偽」となり、政官は愚かな人物によって朽ちようとしている。

ここではマスコミで流布された各種の一過性の情報を部分検証するものではなく、標記の「安倍君の器量と度量」について世情と異なった切り口を呈したい。

 

行政の総理であり政治の首相、あるいは自民党の総裁と立場を使い分けることに長けた器用さがある安倍くんだが、もともと敏感で恐れ気質といわれるような性格だと評されている。まずは素心として押さえておかなければならないのは「人の情」の如何だ。

敏感で反応の早いことは、好転していれば何事もスムーズになる。しかしセンター軸が歪んだり、循環に潤いがないときは、敏感は短慮となり、反応は拙速となり、落ち着きのないリーターの姿として信頼を失うことになる。

いまはその経過だとおもえる状況だが、そのような場面では言葉の説明ではなく、人は顔色、動作、人の情などを観ている。(゛見る゛ではない)

むかし竹下総理は「言語明瞭 意味不明」といわれた。いまはそれに近いようだ。

 

よく沈黙は金というが、説明すれば人が上げ足をとるからと裏読みするが、沈黙は相手に考えさせ、自問させることになり、相手の心象を忖度することもあるからだ。

 

行政府の長としてそれぞれの職掌を持つ部下の不祥事に対して、声高に責任を追及するのは簡単だ。それを不平等とか民主的ではないと悪しざまに大義を飾って追及しても、戦いの後はつねに日本人の潜在する情緒にある、「良くも悪くもお互いさま」が、一方の正義を掲げた一過性の高揚感で相手を打ちのめしていることに、なにゆえか苦い思いがする徒労と内傷が起きる。

その「なにゆえか・・」は、今どき説明や証明になじまないが、筆者は「忠恕ある人の情」を問うべきだとみたのだ。

それは「お互いさまに」だ。

 

「そんな生易しいことでは国民は理解できない!問題も解明できず解決しない」と、罵詈雑言が投げかけられそうな騒々しい浮俗のようだが、もともと切り口の違う見方であるし、異なることを恐れないことを学旨としている少章の意なので介すことはない。

 

ことは、もともと情感やそれを守る操(情感)を意味のないものとして昇官した学校エリート達だが、彼らは囲われた奴隷気質で智を磨いたためか「智は大偽を生ず」の陥った人たちだ。己れを偽っても恥じない、いや感応しない。智は大きな偽りを容易にする、まさにこの度に官僚姿がそれだ。

彼らは本当の智ではなく、単なる知ったか、覚えたか、軽薄な学びで数値選別され、食い扶持に預かっただけのことなのだ。昇官人事に敏感で、妙に意固地なメンツも養って生涯賃金を日夜、企図している群れゆえ、国民の下僕とか利福に貢献するなど考えることも忌避している環境に置かれいている。若いころは国家観をもち熱情があったといわれるが、地位と俸給に義(正しい意識)を曲げるのはもともと希薄な精神しかなかったといわざるを得ない。

 

かれらに器量や度量などという文字は似合わないし、かれらも意味のないことでと思っているようだ。

そこで、そのような部下をもった上司や、統御すべき内閣総理大臣だか、囲われた省内はうかがい知れない狭い範囲の掟や習慣があり、表には成文法がある。

再三記しているが成文法(清規)は状況の変化で立法され、関係法とともに積層される。

ところが掟や習慣(陋規)は習慣性を持っている。規範規律ならまだしも問題なのは彼らの利得のために陋規は固く守護され入省から退官してのち亡くなるまで守られている。

自由と正義を謳いつつ人間らしく生きることを隠さなければならない人生の背反生活をしなければならない、まさに哀れで惨めな立場だからこそ、当然の如く謳歌できる供与だと思っているのだろう。

 

当ブログでも隣国官吏の醜態と習性を「昇官発財」として連載しているが、明治創生期の議会開設していない頃は有司(官僚)専制として、天皇の輔弼としての矜持は持っていた。立身出世は学びの動機だったが「昇官発財」までは汚れていなかった。

隣国は賄賂を「人情を贈る」といって当然なことの官界風習だが、これだけは当時の日本人官吏には無かった。

 

近ごろは狡猾にも官界に使いやすい便宜的な法を、しかも恣意的(おもいのまま)にお手盛り議員に立法させて、狡猾にも貪り議員を屏風にして国民の目を欺き、問題が起きれば腹話術よろしくセリフを読ませ、謝らせ、辞任さえさせて自ら安逸をむさぼっている。この問題意識もない貪り議員は与野党問わず全国津々浦々に蔓延している。

それが国家を俯瞰した政治的な慣性であり、真の危機なのだ

 

        

          犬でも掃除する?

 

それでも世の中の時間軸のなかで、前記の現象は渦を巻くようにスパイラルな動きで将来に向かっている。

宰相はこの現象の行き着くところを鎮まりをもって眺め、熟慮する役割に立つ器量が必要となる。部下の不祥事の由縁を探り、行き着くところは自らの内省としなければならない。ましてや行政府の職員として任官時には公務員として誓詞を認めた者が、非業の死を選択せざるを得ない状況においては、まずは「惻隠の情」を悟るべきだ。

 

くわえて、すべては己に帰す

しかも立候補して、命を懸けて国家国民のために身を奉げると誓詞した立場にあって、社会の一隅で難渋、困窮しているであろう国民を想起するような下座心を抱き、また、国家の歴史に刻まれた禍福を想念して自らを叱咤するような遠大な経綸と気概がなければ、歴史には刻まれることはない。

 

麻生元総理は孫文が好んだ「天下為公」(天下は私するものでなく公にある) 意であり、福田赳夫元総理は「任怨分謗」(怨みは吾身で受け、謗りは他に転嫁しない)を同じく座右としている。福田総理が座右としたことだが、師と崇めた安岡正篤氏から授かった名言だ。

 

 つづく

イメージは関係サイトより参考転載しました

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「天皇たちの和歌」への投稿 再

2018-03-15 09:52:19 | Weblog


時々の気の置くところを豊かな感性で詠む素晴らしさが拝観される。時節観は過去と将来の間としての現在観を、大自然には感謝と祷りを本として沿い随うべき心を、それは大自然の一粒としての自覚と下座観による万象への透徹した観察にある。

それが習慣化された人格の投影として詠み歌がある。それらはアカデミックな分類や科学的考証などのすべが怒涛ように押し寄せた時代に対して、詠み歌によって座標の蘇りを映す意志がある。

あの、帝大巡視のおり、元田侍従に諭した「聖諭記」にみる専門部分の学究に分化した教育の仕組みに、「相」となる人物の養成を妨げる欠陥を指摘した慧眼にみることができる。

それは何を座標として自然や人物を観るべきなのか、また座標の狂いが数値評価やそれを具とした立身出世主義という、人格とは何ら関係のない附属性価値の装飾に堕すような不良な習慣性の行く末を烈しく諭していることでも、特別な位置での、特別な観点と重い責任を感じさせる。

未だその習慣性と塵ともおもえる風潮が国家の暗雲として漂っているが、国家、国民と呼称が始まった明治創成期の起点を改めて想起させてくれる陛下の忠恕である。

はたして、人の織り成す社会は、政治は、人の成功価値観は、そして日本人の性癖は、あれからどのように転化したのだろうか。

貴書から読み取れるのは、事績を学ぶより、人物から倣うことを教えてくれる。

つねに帯同すべき良書である。



筆者投稿レビューより

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もう一人の自分の安心は、己を知る人の存在

2018-03-14 08:27:16 | Weblog

 

ときに己にも問いかけることもある内容ですが・・・・

 

武士(モノノフ)は己を知る者のために死ねる、と聞く。

現代社会は、相手に知ってもらいたいと、なかには「見て!見て!」と、性別にかかわらず料理なり技芸を見せたがるが、人品や人柄とは何ら関係のない附属性ともいえる、たかだかの特技を誇ったり、身体表層を飾り、ときには偽装するような目に見える姿は、ここでは「己を知る」とは言わない。

 

もともと己を知らないままに生命を遂げるようだが、碩学安岡正篤氏の講堂の掲額には「我、何人(ワレ ナニビトゾ)」と記されていた。

ゴーギャンは南太平洋のタヒチに渡った。毛沢東は革命を通じて己を知った。孫文は中国近代革命の魁となり、西洋列強の植民地主義の膨張政策がみえた日本および日本人に「日本は東洋王道の干城となるか、西洋覇道の狗となるか慎重に考えるべきだ」と唱え、「真の日本人がいなくなった」と嘆息していた。

ゴーギャン、毛沢東、孫文、そして日本人も我を知らずに、まるで雲をつかむかのように目標を高めながら邁進した。

そして日本は我を知らぬまま、いや忘れたのか、惨禍を経験した。

             

            安岡正篤氏

筆者は孫文と明治の日本人の関係を研究しつつ現地で逗留し、彼の国の民情や民癖を知るためにその世界に浸った。それは異民族から「真の日本人はいなくなった」といわれる由縁を、どうしても知りたかったからだ。そのから内心に潜在するであろう、明け透けな己を感知したかった。

 

二十代は「明治に会え!」と今では教科書や研究本に記述されている古老と邂逅した。その後は財貨の繁栄に雀躍する日本人を眺めた。浸かると己が解らなくなりそうだった。まだ、三欲(異性、食、財)には闇雲に敏感だった頃だ。それは己を別の自分が眺める境地でもあった。

生意気にも溺れないと悟ったようだが、いっとき試しに浸ったみた。

今では遊戯といわれているが、パチンコやマージャンもしたが馴染まない。水の祭典に誘われて競艇に行ったが、舟券より観客や選手に興味があった。どうも遊びだというが金のやり取りが苦手らしい。食は銀座のビヤホールに三十年以上通って常連となったが、やはり幹事を頼まれたりしながら多くの泡友と知り合った。

 

         

             ライオンビヤホール

 

そのうち、変わり者の話を聴きたい数奇者がいた。売り込むことは先ず無いが、警察、自衛隊、大学、企業などに呼ばれるようになった。何度か茅ケ崎の政経塾にも行って長時間の正座講義もした。多くの生徒は吾を失くし目の前の些細な問題に汲々としていた。我を知らずして単なる暗記で、覚えた、知った、の類で数値選別された若者が問題意識もなく、それぞれの食い扶持の囲いに誘われ、閉じ込められていった。

そんな経験だが、自分でも何かに誘われ、押されるような不思議な縁だが、人は勝手にアナタの星だという。

星のせいか、いまだかって足代や話料は貰ったためしがないが、無学の馬鹿話でも聞く人がいるだけマシだと思っている。

 

    

            恥ずかしながら 少し歪み始めた童心/?  

 

おもえば二十代の頃は思索の思春期だったのだろう。

無名は有力」といわれれば誘われる集いでも肩書は無し、誇れる学校歴もなしだが、今でもいたるところ学び舎だと思っているせいもある。

吾、汝らほど書を読まず、されど汝らほど愚かならず

物知りの馬鹿は無学のバカより始末が悪い

実感しているし、現実を見てもその通りだからかも知れない。

 

筆者の余話だが、性が江戸っ子なので野暮な生き方は好まない。

それでも、いくらかは女と食い物と金には、からっきし頼り無いと悟り嘆いている。

これも、゛しかたがない゛に属す浮世のハナシだが、それでもエンジンが高回転するときがある。そんな時は今まで感ずることのなかった己に驚くこともある。

他人事でも寝ずに考え、文も途切れることなく進むことがある。それが琴線だと分かる。

 

それが女性に向かうか、飲食や財か、はたまた虚栄なのか、要はロシュフーコの言う自己愛から発するものかはわからないが、まるで与太郎が求道者になったかのようになることがある。「他と異なることを恐れない」と、他人に語っていることだ。くわえて大学では「大学は落第してもいい。人生を落第しないように」と伝える。

そんな時「貪らざるをもって宝と為す」が頭を巡る。つまり、どこか無垢な内心に問いかける余裕の刻だ。そして「何事もホドだ」と聞こえてくる。

 

面白いことに、そんな人間でも解ろうとして考えてくれる人もいる。

こちらは未だに「ワレ、ナニビトゾ」と追いかけているが、それを知ろうと躍起になって考える。想像もあろう。

人と会うと、「目の前にいる人が一番」と思っているためか、誰でもどんな職や地位にあっても一期一会のつもりで関わるようにしている。

たとえ巷で見かけた老人でも声を掛けたくなる。寂しい欲情ではないが張り詰めた気を緩めるために闇の仕事と本人が言う人に遇っても好奇心が湧く。それは老若男女を問わず、「闇の仕事」という音感が面白くなる。お節介は表世界に出そうと思うだろうが、闇にいるからこそ潤いが増すのだ。

 

 

          

 

 

表に生きている人間でも心の闇がある。

混濁して本当の姿が解らなくなっている。いまどきはカウンセリングや占いの餌食になるタイプだが、表は女子大の秀才で技芸にも長けている。なによりも父親の経営する塾の全国大会で優勝する女性だ。

父親の対応は厳しく、改札口ではタイムウォッチでも持っているかのように待ち、学習時間も厳格だ。それでも本人は優勝したときの新聞切り抜きを持ち歩いている。

ピアノも弾くが、あるとき「ピアニストになるかピアノプレーヤーになるか。ジュリアードに行けば、間違いなく早く弾けるがピアノプレーヤーでしかない。あなたはどっち?」


         

            ブラジルの親友 オスニー・メロ


数学者は別として、単に数字計算に長けている人は情緒性が薄いといわれている。学校秀才は俳句や和歌は詠めないと、父祐介を評した鶴見俊介だが、彼女もJAZZやセッションは馴染まない。それでもトライし努力はするが適わない。

 

とても美麗で人気があった。

後ろ姿にウットリして男どもはピアノに聞き入るが、本人も視線を意識しているのが分かる。ある日、二人だけの時「自分は事故で顔を傷つけたために整形をしている」と語り、自分はいかに父親からされたことを涙ながらに説明した。

たしかに新聞の切り抜きの彼女とはまるで別人のように無垢で美しかった。

厳しい親、結婚、世間で演奏する、やむなき整形、でも現在は人に見られて演奏し、可愛いと褒められる。

 

 

        

         エカテリーナ・コロボアさん  文中と別人です

 

 

彼女のスタイルはブライダル向きの演奏だか、担当にも言い寄られることが多い。しかしこれを生育時の問題と絡めると、事が変質してしまうので聞くときには分別するようにしていた。前の容姿と今の容姿だが、結婚以前の逃げ出したくなるような環境にあったために他の女性への羨望に近い自由と、劣ると思われた容姿が混在する情緒、それが言い寄る相手に優位さと不器用な戸惑いとして、どこに本心があるのかわからない自分への苦悶のようだった。ときに褒められて当然とする姿もあった。

 

なぜか、父親との関係を語るに涙、その言い寄った男をスローしていたため、男が諦めたのかほかの女性に気持ちを向けた時の悔し涙。好きになったらどのように接していいかわからない、だから応対が玩んでいるようにも映り、相手も悩み、本人もそれに優越を感じさえしていた後の、彼女にとっては計算の立たない場面だ。

気がつよそうな彼女にはいろいろな涙があった。その度、涙を流す。その相手はこちらだ。

 

ある夏、ステージではカリプソパンツに短いブラウスだった。演奏はテンポをとるために上半身を揺らすが、そのために半袖の脇から下着がのぞき、少し豊満な脇腹が目についた。

真面目な常連の客でも見て見ぬふりでチラチラ覗いている。

合間に「すこし気を配ったら・・・、」とわき腹を軽く押した。いまならセクハラだが本人はデブといわれたと勘違いした。機会も少なくなった。

何年かして出会ったらガリガリといわれるほど痩せて、身体容姿に優位性を感じていた彼女だが様変わりしていた。

 

あの時の言葉で素(もと)の彼女が表れた。それでも紹介した外国駐在の施設では、やはり米国人のスタッフに言い寄られたとか、高官とのプライベートデートに誘われたとか、妙な姿になっていったと、その施設の女性スタッフは耳打ちしてくれた。なかなか日本人プレーヤーは入れない施設のために彼女にとってはステータスなのだろう。でも。これも彼女の闇の世界だ。

 

女性は整形で容姿が変わると男関係に放蕩する場合があるという。

また、昔の姿を知っている人間には疎遠になっても、その人間が今の自分を知らなくても、たとえ闇でも遊惰の巷でも、別世界で虚像を見てくれる人、つまりそのような歓迎してくれる世界のほうが、居心地がいいのだろう。

渋谷の東電女史、有名人や富豪の囲い、たとえ酔客でもそれは別の自分を確認できる場所なのだと聞いたことがある

みな、それなりに「綺麗!」といわれることに慣れているが、美しさはない。

ちなみに男は人格とは何ら関係のない前記した附属性価値を誇るが、なかには衣装や車や家、姿はエクササイズや流行りのカツラなどで装うが、中身は反比例が多い。

 

    

      読者提供  まさに無垢

 

昨今は人との出会いでも、まずは地位や名誉や財力、学校歴などが評価となる。

だが、利口な彼女たちは人の明け透けな性欲や射幸心を眺めることに今の自分を見ている。

不器用な人は物欲もホドを知っている。男の様相も冷静に眺めるような、戯れに似た幼い母心も持っている。

 

哀れむべきは、すっぴんの童心を隠さなければならない環境にある。それに負けて隠し、飾らなければならないからこそ、沈黙の闇に妙な潤いさえ感じているようだ。

ねぇ見て見て!

本当の無垢な内心を探し、そこから今の自分を見ないで、怖いのか、恥ずかしいのか、他と比較したり優越を競っていては何もわからない

 

己を知る者のために死ぬ。キリストも愛は不特定多数への犠牲として自らを表した。

表のために裏を犠牲にする。闇に明かりを観ることもあろう。その逆もある。

他と異なることを恐れない

たかだか地球の表皮にうごめく人口は七十数億、誰一人同じ特徴をもった人間はいない。

縁があって生まれ、その無垢な特徴を知らずして他をうらやみ、競い、嫉妬する。

気骨も失せ、流れなければ生きられない。

 

素直に生きること。まともな男も女もそれを見ている。

それこそ、悩みや迷いの外だと思わざるを得ない。

 

一部イメージは関係サイトより転載しています

 

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贅沢をするものに憧れ近づき、妬み、そして不幸を待ち望む

2018-03-13 07:50:45 | Weblog

                 

             極東軍事裁判 ラダ・ビノード・バル判事の椅子

 

                 

                                                東條家の人たちとパル博士

 

 

標題は、ロシュフーコのいう自己愛の観察の類なのだろうが、どうも、「そもそも人間は・・」、との問いに頓首せざるを得ない。まだ頭を傾げる姿ならまだしも、悲しいかなおおよそは当てはまる心の深層だろう。筆者もその風はあるのだろうと、内心を探ってみた。

 

当てはまる現象を取り上げることも野暮な思索だが、表記を逆に考えれば、己が幸せの羨望を集め、嫉妬されるような幸福感を求めていることなのだろう

 

そんなことを考えることも思想ゲームの類だと一笑されそうだが、いくら聖書や古い経典を振り回さなくても、己の内心を探れば口に出さなくても大方は得心している。

 

ところが、幾らか人生を重ねると、その時々に錯覚していた、あるいは今考えると、゛あれさえなければ゛と、悔やむことがある。それは間違いではなく、錯覚というしろものだ。

正邪や善悪の判断は誤ればリターンが己に降りかかるために抑制はある。だが、錯覚だけはその影響があらわになるまで判らない。

 

標題は「贅沢を幸せと考える」内心の変化だが、「怯えを守りと言い換える」「野蛮な暴力を勇と思う」なかには「詐欺を頭がいい行為」と考えるようになると、今どきの文明観にある人間の存在価値であり判断として附属性価値である、地位・名誉・財力・学校歴が意味を持つ。 

 

あの人は金が有る、地位がある、有名だ、と、人は集い誇ることもあるが、人によって金もちはケチで、地位は人を蹴落とす薄情で、有名は無名に劣ることある。おこぼれを想像してもまずは徒労なのだが、人は屏風にしたり仮借するために集う。代表的なものは選挙だ。

近ごろは横文字経歴や、政治家は人を騙して雄弁と揶揄される大言壮語を錯覚する。

 

いずれそのような選別評価で職掌を得た収益担保に人々の観人則(人物を観る視点)になると、今どきの争論となっている社会の患いごとになるのは当然な帰結として、しかたがないことだろう。

 

その是正をまたもや制度や法律に委ねても、それを運用する人間が不特定多数の錯覚した成功価値や幸福感に沿っているだけでは、よりその混迷は深くなる。当面の・・・、現況は・・・と、政治も追従する。まさにそれは無責任な官僚社会主義と揶揄される由縁の姿だ。

 

              

             佐藤慎一郎氏  満州にて

 

ともあれ標題は多くの事象に当てはまる人の姿だが、いま社会はその本性を露見させ、かつ、大手を振って錯覚した幸福感を増幅させている。

 

高度成長のころは家電や持ち家、車などの所有物に憧れ、みなローンの奴隷になった。便利さと安易さは、完済するまでは所有権のない仮の資産だが、それでも幸せがあった。そして優越感も生まれた。視聴覚が満たされると加工された情報であるスポーツ・芸能・趣味に易々と乗ずる昨今の興味は誘引された。スキャンダルは話題となり、高額報酬は憧れになり子供の成長もそれら巻き込まれた。

昔はカメラを向けられれば顔を隠して隠れ、マイクを向けられれば逃げた。喜んだのは芸人か政治家くらいだ。今昔の世評の良し悪しではない、ここでは人間の表現変化を歴史の鳥瞰視として由縁(なぜなのか)を考えてみたい。

自由のいたるところ孤独となり、平等は不満を喚起し、民主はまとまりのない混迷と争論を招いた。それらの錯覚した短絡的応用は、ときに人々の連帯を離反・希薄になり社会の調和さえ失くすようになった。

 

国を亡ぼすのは「無関心」というが、繁栄を誇ったローマ帝国、大英帝国も絶頂期の民心は政治や将来無関心で、指向することは温泉・グルメ・旅行・イベント、と共通していたと識者は伝える。

そろそろ行き着く先と、是正ならずとも抑制の意識を栄枯盛衰の倣いとして考えるべきだろう。

その標題の意識が人間の姿として当然視されることを否定するものではない。

ただ、それを進捗させ感化影響するかの様な、錯覚した政治政策や商業宣伝の現状に、勝手な独言だが現時の備忘として記したまでです。

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人間考学からの警告「五寒」に表れる、゛謀弛゛の姿 10 11/25 再

2018-03-12 11:05:31 | Weblog

干支の「戌」(いぬ)は草カンムリで茂となる。

長年にわたって積層された残滓(繁茂)によって風通しが悪くなる。すると虫が葉を喰いつくし枝や幹、しまいには根まで弱らせる。

そこで植木職人が必要になる。素人がやたら切ると翌年は花が咲かない。

いまは国家の植栽をする人物がいない。葉の裏を見て汚れている。枝ぶりが悪いと評論する。

マスコミや議員、はたまた拡大増産された衆愚によって、より混迷を深めている。

黄門や暴れん坊将軍に期待をかけても映像の中だけ。西郷や松陰を学んでも行うものは皆無。

処方箋の書けない病気のようなものだが、まずは「見たて」をすることだ。

一昔前の医者は、状況を聞いて、顔色を見て、目力を見て、触診した。そのご詳しいことは検索研究してその患者にあった処方を考えた。

患者の顔もみずパソコンの画像や数値データーを見ながら処方する。患者も不安だ。

身体を預ける医者もそうだが、国を預かる議員や公務員も甚だしい。

ましてや、その見立てをすると、まず悪相だ。高位高官ほど己を偽り、人を欺く言葉を知っている。慇懃無礼とはこのことだ。

平成30年に入って多くの悪事が露呈した。

まさに小章で再三指摘する「五寒」の現れだ。

その前段では公務に位置するものの「四患」として、偽り、私、放埓、奢り、を上げ、この症状から「五寒」に入ると記した。

懐が豊かになり、飲み食い、異性、利殖に邁進すると身体は糖尿病、異性は乱れ教育もおぼつかなくなり、金は享楽に怠惰する。

この三欲が昂進して公が私ごとの我欲となり、社会規範は緩み、人間は自然界に対してもおごり高ぶる。

そして、衰亡から破壊になる。

王陽明は「外の賊は破るに易し  内の賊は破るに難し」と説くが、前ブログでもその「内なる賊」のなやましい退治がある。

内とは国内、家庭内、心の内、外は無責任に言いつのっても、内のことは言いずらい。

「掃除嫌いの買い物好き」というが、買い物好きの家は雑然として落ち着かない。女性なら化粧も派手になり言葉も騒がしくなる。

つまり家がおさまらないから、面倒だからといって外で気勢を上げる、「ねぇ 見て見て」の類だ。

これが国家になると国内が治まらなくなると、外に危機を作り国民を煽って話題を外に向ける。これを五寒では「内外」と分別する。

以下は、前コラムだが、ここにきてより顕著に表れるようになった。干支の「戌」も符合する・

参考に再掲載します。

 

 

                        

                       祷るは 国のいくすえ

 

2020  11  25

 

内外(ないがい)、政外(せいがい)、謀弛(ぼうち)、敬重(けいちょう)、女厲(じょらい・れい)、が国家の衰亡、亡国に表れる現象であり、その前段に人々の心に表れる姿や、その原因となる病巣に「四患」を当ブログで紹介し、その例示も再三記してきた。

後の祭りを語ったり、あまり現象の現れていない状況でその兆候を警告したところで浮俗の耳には入ってこない。
あまり政局のことは当ブログの趣には馴染まないが、時々の人々の姿に表れたり、誘引されたり、「五寒」にいう現象が絡み合うと個々の興味や得意分野、あるいは己にかかる厄災などから発する言葉や行動が騒然とする状態において、それぞれの関係を理解し、手順を追って解きほぐすとその現況の行き着くところや、解決が見えてくると考える筆者のお節介を記してみたい。


「内外」と「謀弛」が顕著に現れたのは米英が推し進めたイラク戦である。内政問題を覆い隠し外に向かった衝突は大量破壊兵器の保有が前提にあった。しかし無かったことが漏れ、露呈した(謀弛 はかりごと弛む)。それによって情報部の管理力は疑われ、その推進役であった米英の政策責任者への信頼は失墜し政権交代にすすんだ。それは政策責任者への敬重(信頼と尊敬)の失墜でもあった。

そしてリーマンショックである。これは「四患」にある偽、私、放、奢そのものであった。
゛偽りの数値によって私企業が法規範を逸脱し奢った゛まさに偽私放奢の流れである。
その結果「五寒」に推移するのである。

つまり人の問題なのである。

今回の尖閣問題でもその通りの道筋をなぞっている。また、゛なぞる゛ことが予見できる人物たちによる結果でもあった。
外交上における各種会議、資源問題など必須と思われているが、往々にして会うことに意義がある程度の内容しかない会議、それに拘って内政のスケジュールなりシステム転換を図るような本末転倒な状況がある。

ビデオは漏れ、税官吏の汚職、閣僚の放言などは精神の弛みであり、公務員の偽りと私事である。もちろん信頼や尊敬などは見る影も無い。

文書の恣意的改竄、隠ぺい、便宜供与、ことなかれ、すべてが露呈する。

国民は彼らの不信とは見ない。国家の不信であり、いくら善意から発したことでも、中間がそうでは国民にいきわたらない、途中で貯まる。

選挙当選、政権交代の謳いはマニュフェストの偽りと政権党の弛緩によって国民の怨嗟を助長した。弛みの政治主導ではなんのことはない。

奢りは「驕り」でもある。公務員の高待遇と高額給与は、国民状況を判っていながら知らない振りの狡務員や公無員の群れの増殖を放っている。

これを官僚社会主義というのである。これではお隣の中国も嗤えない。












もちろん上下交々、利を獲るように、国民にもその倣いは顕著になっている。
母親は安定職と子供に公務員とせかし、教育界、知識人にまでその食い扶持の用学に陥っている。人生を説き、夢を描く男子のへ風圧は「女厲」にある、女性の荒々しさ、烈しさとなって表れる。それは方向性のさもしい競争でもある。

浮俗の噺だが、浮気調査は時を代えて男子の相談が多くなり、パチンコとサラ金は女性客のほうが多くなっている。それに付随して警察白書には場所まで記されないパチンコ屋のトイレの自殺は女性客が多く、しかも一日何十万も稼ぐときがあり損することもあるパチンコは博打場ではなく、健全な遊技場である。この方の適用と立法の促しは警察である。

よりによって、そこに自由と民主と平等や人権が添えられれば、より一層、放埓(やりたい放題)、民主(人は人)が四寒を顕著にさせ、家庭や教室でも「敬重」の存在は無く、もちろん政治の要諦である「信」や尊敬など、どう考えたらいいか、尊敬とは何か、と理解の淵にも届かない情緒が漂ってきた。

学生も学歴だけはとっておけばと商業教育のお客となり、当選すればと居眠り議員や、総理まで目力のないウツロナ様相を晒している。みな、こんなはずではなかった、と思いつつも俸給と待遇に魂を滅ぼしている。

以上、成すべきことを避けて、゛言いたいこと゛を垂れてみたが、この症状が治らなければ亡国である。「亡国とは亡国の後に、その亡国を知る」といわれるくらい、自然に忍び寄ってくる。あのローマ、ギリシャ、大英帝国、もそうだった。
また、亡国のたどりはことのほか楽しいものだという。
そして、すべてが、偽、私、放、者をたどって「五寒」に行き着き、打つ手も無く滅んでいくようだ。

身近な世界や政治の携る人間も同じ日本人だ。しかし気が付く人間と、覚醒転化する人間がいる。またただ騒ぎ立てるものもいる。

「四患」と「五寒」を透かして世の中を観察することをお勧めする
まずは「見る」ことと「観る」そして「診る」ことから適所にあった治療が始まるはずだ。


                         

                               写真は津軽新報

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津軽の冬 独りだけの鎮魂

2018-03-11 12:04:21 | Weblog

            弘前 忠霊塔

津軽も足かけ三十年。異郷に起縁した方々の多くは逝った。

しだいに御霊の墓参も数を増した。

 

          

          リンゴの花


それは言葉のいらない静寂だった
入り口の鉄製の回転扉には蜘蛛の巣が纏わりついている
訪れる人もなく焼香台の灰は固くなりカビに覆われている
何気ない塔の探訪のつもりだったが、狭い階段を登って階上の状景に打ち震えたことを今でも思い出す
数え切れない骨壷が引き取る縁者もなく安置されている

訪れるのは夏もあり、積雪をかき分ける大寒の季もある
それは恩師の縁の導きだった

津軽弘前の冬が愛おしくなったのはその頃だった
それは人の世の写し絵として、愚かな言辞を許さない鎮まりの場でもあった
歯唇から漏れる言葉もない、何を巡らせばいいのか頭が混沌として整理がつかない
暫くすると思い出したかのように肺が空気を要求する
息が止まっていたことを知った

呼吸が始まり、肺に滞留していた気が精気と交じり合ったとき浮俗が醒めた
それは隔離されたような心地がした
そして彼等との会話が始まった




           



その語りにある驚愕の逸話や感謝など、稚拙な脳髄で導くありきたりのことではなかった
それは歓喜の応えのようだった
吾を知るもののために献ずることの大切さと、その理解の淵にも届かなかった己への叱咤が、心地よい辞令として、おもわず微笑んでいた
それは己自身に向けた嘲笑であったようだ

無言の鑑は無意識に捜し求めていたものだった
凍野は寒かったろう、傷は痛かっただろう、津軽に帰りたかったろう、
吾を取り戻したとき、己の歯唇から声が漏れた
彼等に届かない己が少し恥ずかしかった
今度は声が大きくでた

寒かった、痛かった、帰りたかったろう

外は静寂だった
岩木に向かって深く息を吸うと、恩師の顔が浮かんできた
またやられた・・・
いつもそのような縁と良機を運んでくる





                  

           佐藤慎一郎ご夫妻



あの日、逝く数日前だった。
『アトハ、タノミマスヨ』と、背にかけられた言葉は、たしかに厳しかった
それからは何かを発起すると、必ずといっていいほど縁がついてくる

津軽へ渡ることが怖くなることがある
黄泉の恩師も搭上の彼等も、ことのほか厳しい
それでも毎年津軽に足が向く

゛東京には空がない゛、いや鑑が無くなったせいかもしれない

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警備から民生に 警察官僚との不思議な邂逅

2018-03-09 19:33:37 | Weblog

            陛下の祷りに恥じない権力の姿とは・・・・

 

世の中は目的は定かではないが縁によって逍遥することが多い 。逍遥とはそぞろ歩きのようだが、地位や名利などの利得などに関知しなけれは縁は多くの果実を運んでくる。つまり成した人物との邂逅(出会い)が不思議と巡り合い、また己次第では多岐にわたる交流も波のように寄せてくる。

利得に関知しなければと記したが、ここでは不特定多数のり利福に役立つ知力なり威力が積層され、組織にも、組織の持つ意義にも有効性を持つ関係がある。

ここでは様々な交流の一端において縁があった治安関係者を想いだして、備忘録としたい。

また、面前権力としての治安関係者が、公務員として上部権力や組織維持に指向することなく、国民の不特定多数の安寧を守護する存在として具現できるか否かを交流や人物観の座標として、浮俗の関係者にある阿諛迎合、便宜供与がいずれは利得を企図する関係に陥らないよう、権力の運用官として慎重に観察すべきだと考え、ときに単なる交流ではなく、厚誼に至ったことはしばしばだった。

 

     

      

      初代 川路大警視

 

行政機構の一端である警察と税務は目に見える面前権力としてその職掌は国民の身近にある。

また、税と警察は政府の公平と正義を表す職掌、または個々の職員のおいてはそれを具現する立場として国民からつねに観察されている立場でもある。

その税と警察の姿勢如何によっては政府の施政なり、大きくは社会の行く末まで変化させる力を持つ組織であり、その執行次第でいかに政府の公平と正義を基とする政治の信頼が構成されるかは、彼ら面前権力を負託された職員の姿勢によって国民はその信を読み取っている。

それゆえ、恣意的な税の徴収や権力者への忖度と称する便宜供与、あるいは警察における恣意的な法の運用など、生身の人間だからこそ起こりうる諸事情があるからこそ国民からの権力負託については、人物を得た組織統御が必要になってくる。

 

ここで記すのはあくまで私事だが、さまざまな分野の人物交流のなかで、縁をもって邂逅した警察関係者と当時の社会事情を想起して現在の備忘としてみたい。

 

いまでも想い出すのは五円を拾って交番に届けたときのことだった。ことさら善い子ぶって、褒められたくて届けたわけでもなく、そんな考えにも及ばない頃だった。

いまは私鉄で百七十円の距離が子供料金で当時十円くらいだった。何十円か握りしめてターミナルのデパートの屋上で遊んだ覚えがある。五円は子供にとっては価値あるものだった。お巡りさんは難しい書類に書き込むことなく、面倒くさがらずに頭を撫でてくれた。

その五円のゆくえを詮索する知恵もなかった。当たり前のことだが持っていったことが善いことであり、親や先生から褒められることより、制服のお巡りさんに良いことだと教えられたことが、今でも記憶に残っている。

きっと地方から都会の警察に志望する警察官もその記憶があったのだと思う。つまり、尊敬する当時の警察官の姿に倣っていたのだ。いまどきは試験昇進や減点や加点に汲々として、あの頃のように管轄地の住民の結婚式の来賓に招かれるようなことは無くなった。

下手に出席すれば利益相反行為などと、敵対関係のようにみられる四角四面の関係になっているようだ。

 

その警察官だが、さかのぼれば端緒は笠木会という満州関係者との縁だった。満州建国の精神的支柱と謳われた笠木良明を偲ぶ会は新橋の善隣会館において毎年一回三十名くらいで行われた。戦後生まれは筆者のみ。当時は二十代。満鉄、関東軍、自治指導部、満州浪人、呉越同船だった。石原莞爾の側近片倉参謀,児玉誉士夫氏ら交風倶楽部、吉林興和会の五十嵐八郎氏、佐藤慎一郎氏等、政治家もいた。

そのなかで柔和な老士が隣に座った。その時はアブアブといわれた赤札堂の役員をしていた警察学校の名物校長高橋和一氏だ。その時は戦後混乱期の治安事情や警察官の教育事情を伺った。

 

その後、前記の児玉氏と朋友の五十嵐八郎氏から新日本協議会と新勢力という組織に案内された。新勢力は毛呂清輝氏、新日本協議会は元法相木村篤太郎、終戦時の内相阿部源基、安岡正篤氏らが発起にとして名を連ねていた。

 

       

                 安倍源基

 

丁度そのころ安倍氏が「昭和動乱の真相」という本を出したころだった。早速数冊購入して安倍氏に署名を依頼した。飯田橋の事務所では二・二六事件当時の特高課長だった氏から多くの逸話を伺った。その頃は警友会の会長をしていた頃だ。

その後、杉並和田の自宅に参上して旧知の岸信介氏とのこと、あるいは内務大臣として署名した終戦御前会議の様子など臨場感あふれる逸話を伺った。

 

       

 

また、警察官僚として民生治安と政府警護など、戦後の警察の在り方について氏なりの切り口で多くの建策を伺い、かつ小生の建言を傾聴していただいた。

 

安倍氏と旧知の安岡正篤氏に慕う警察官僚も多かった。その系譜も様々だった。

前記した佐藤慎一郎氏は戦後満州から帰国後,いっとき内閣調査室の仕事をしていた。

その頃、ラストポロフ事件など冷戦時の特務関係のことで警察庁の柏原信夫長官とは懇意だった。池田内閣の側近がソ連との内通者だったことも柏原氏は知っていた。

その柏原氏が登庁するときはよく同乗したが、阿佐ヶ谷か高円寺で秘書を乗せた。それが後の野球のコミッショナー川島廣守氏だ。

 

川島氏には安岡氏の会で度々お会いした。あるとき小倉の加藤三之輔氏が西鉄ライオンズの稲生和久氏に依頼された池永氏の永久追放解除について川島氏に繋いだことがあった。

道縁ゆえ川島氏は「早めに時をみて」と快諾され、後日して博多中洲のドーベルという池永氏が経営していた店に訪ねそれを伝え、小倉の加藤氏にも報告した。

 

            

              川島廣守氏

 

 

安岡氏の関係では高橋幹夫警察庁長官もいた。のちにJAFの会長にもなった方だが後藤田さんの後輩だ。公安警察の範疇では安岡氏は思想右翼となっていたため、催す会には必ずカメラをもった公安関係者が来ていたが、事情を察してか記念写真を依頼したりもした。

この高橋氏の秘書役に浅野忠雄氏(第五方面本部長)がいる。何度か官舎に伺ったが、あるとき「お願いが・・」と連絡があった。組織系列があったのか下稲葉氏の参議院選挙のことだった。三田の選挙事務所に行くと濱崎仁元防犯部長が責任者で、事務は元所轄の署長連だった。

 

 

           

            安岡正篤氏

 

 

 

この浅野氏の後輩が荒井昭氏だった。当時は丸の内の署長で千代田線事件について事情を拝聴した。その場にいたのが産経社会部の樫山記者だった。事件は少年が注意した老人に暴行したことだった。署長室からの眺望は窓際の国旗の後ろに皇居が望めた。

「これは単なる暴行事件ではない。これを小事件として看過しては社会の道徳的風儀が衰えてしまう恐れがある。社会的事件としてキャンペーンを張れないものか」

樫山氏は早速記事にした。少年は逮捕されたが、荒井署長は出署するとまず少年に声を掛け、退署時も同様に声掛けした。

「逮捕するまでは鬼ですが、それからは事情を観察して更生を援けるのが大人の務め」

と、語った。

「荒井さんや樫山さんのような方が出世して世に影響を持つようになったらいいですね」

と、応えたが、案の定、樫山氏はワシントン支局長から編集委員になった。

荒井氏は第四方面本部長から本庁の総務部長になった。

 

あるとき、「狭いところだが」と誘われて法務省のレンガ庁舎が見える部屋に通された。

「なにか」

「いま組織は端境期に入っているが、まだ方向が定まっていない」

「現在は警備に偏重しているような組織ですが、本来の民生治安になる方向で・・」

「組織が大きいと人員や予算など多くの問題がある」

「まず目的ですが、青少年とヤクザのようです。バブル期の大手を振って歩くヤクザと、遊惰になった社会に成長する子供たちの将来を考えたらいかがでしょうか。もともと国民は交番や駐在のお巡りさんに警察官の姿を見ていましたが、近ごろは厳めしい警察官が多くなった印象があります。また組織内でも警備なら出世が早いし、予算も確保できる安易て゜偏った流れがあるようです。いずれ足元を知らない組織は内部が弛緩したり、堕落腐敗まで生まれる危険があります」

 

そのとき電話が入った。

「いま、○○さんが来て、あなたの心配と同じことを話してました」

「だれですが」

「板橋の○○署長ですよ」

電話が終わって席にもどりこちらの話を傾聴していた。

「ところで、面前権力が民生、つまり民間分野に入ることは今までの警備のオイコラでは民意は離れます。教育も大変ですね。それと経済分野に権力がかかわると人によってはサンズイ(警察用語で汚職)も気をつけなくてはなりません。法の運用官ですから規制や違反の取り扱い次第では民意との離反は起こり、防犯協力も乏しくなります。その点を抑えないと新たな問題も出ますし、抑えすぎてもサラリーマン化して士気さえ衰えますね。これは組織論ではなく人間学のようなもので、その点のキャリアの意識変革も重要になります」と応えた。

やはり学びの縁だが、宮内に出仕した鎌倉元総監は「警察はサンズイが取れなくなった」と危惧していた。サンズイとは汚職案件である。同じ官職にあるものの便宜的駆け引きや、予算確保に阿吽の姿が甚だしくなった状況の憂慮であり、陛下の傍に仕えるからこそ、何を根底に置くべきかと改めて自得した嘆きだった。

 

          

           鎌倉 節 氏

 

その人間学を提唱していた安岡氏の子息正明氏は税務官僚として税務大学校長を退官して郷学研修所理事長をしていた。あるとき、いまの民情はどのようになっているのかと問われたとき、地元の板橋警察に同行して治安状況を伺ったことがある。

署長室の掲額は「格別至知」中村不折氏の書だ。

 

 

         

           安岡正明氏

 

当時、人員シフトや予算も警備から民生に移行しつつあるときだった。また勤務評定も粗雑で単なる点数方式や官吏特有の減点方式が採られていた。

なかには朝の講堂での朝礼で上司挨拶が終わると肩を叩いている職員もいた。肩は肩章、つまり人間ではなく肩章(地位)が言っていると揶揄している者もいた。

キャリアとノンキャリアの断絶だけではなく、刑事や交番職員と管理部門に当たる警務と二年くらいで転勤する上司との感情のわだかまりもあった。

 

署長に提案した。

「地位が話しているのではない。この署の伝統が集積した使命感がそうさせているはずだ。この署でも先祖がいる。署長はその魂の継承者だ。この署の殉職者は何人いますか」

「写真もあったはずだが、紛失している」

「ならば、氏名、死亡時、理由、年齢を調べて掲額して朝礼時の署長挨拶する後背に掲げたらどうですか。つまり、先輩、先霊が職員を見守っていることを顕示したらいいですよ」

早速作成し、その裏に殉職慰霊に捧げる献呈文を小生が著し御霊棚に安置した。

普段は閉じてある幕は訓示の時には開け、それを背景として上司は訓示することになった。また、警視庁の弥生祭(殉職者慰霊)とは別に、署独自で執り行えば職員の士気の元となる上司への信頼と情緒が高まるのではないかと提案した。

殉職者は古い署だと、空襲、地震、疫病、逮捕執行時、柔剣道練習など様々だ。各々に物語があり、死の直前まで職務に精励していた職員ばかりだ。

 

次の新署長が来訪するとの連絡があった。

「お越しになられるなら、民情視察を兼ねて電車でいらしたらいかがですか」と伝えた。

その時に講話を懇嘱された。

事情は、地元商店会の中国人の店で飲料に薬物を混入した事件だが、逮捕しても黙秘していることの相談だった。日本的にいう黙秘権ではなく、警察そのものへの拒否だった。

以前、二年ばかり香港に行き来して彼の地の世情と民情を観察したことがあった。もちろん現地警察との間合いも知った。ある件では地方の警察が道路利権をもちバスの運行をしたいので協力してほしいと持ち込まれた。地域ではギャングも配下にする権力を持っている。もちろん彼の国では「人情を贈る」という賄賂の要求の仕方や渡し方も当事者から聴いた。

 

庶民は、警察は悪いことをする連中だと染み込んでいる。だから逮捕したオバサンは、話したら何されるかわからない、金を無いので賄賂も渡せない、隠しているのではなく、困り果てていたのだ。

そこで「人情は普遍なり」という題で70人くらいの署員に講話した。

署長には「私みたいな人間に語らせると困ることもありますよ。いいですか」と事前に伝えてあったが、内部組織の問題は刺激が強いので、彼の国の犯罪事情や警察と庶民の関係を例にとって語った。データーの一部は法務省のアジア極東犯罪研究所の引用だ。

 

その問題とは、キャリアとノンキャリア、勤務評価、それらが数値評価で犯罪や違反のグラフとなり、宿命的な任官出発点の諦めと、自らの愚直を問う生き方の迷いだった。

このまま歳をとって安全安定に収入を確保するか、またそのために国民に対する問題意識もなく組織に愚直に応えるのか、自身の戸惑いでもあった。そこには自己の内なる良心や希望との整合と納得が必要だった

 

組織の一員として「生活」が第一義となるここと、義侠、善行との狭間は大きく乖離しているという憂慮が要所の現況組織観として、当時は浮上していた。

戦後世代と戦中世代との見方もあったが、浮俗の変化と童心にある道徳的観念への戸惑いでもあった。

 

点数を挙げるために見も知らぬ他人の車に覚せい剤を挿入したり、拳銃摘発に稼業と折り合いをつけたりする事案があった。またキャリアの役得や接待、噂になった裏金、など若い警察官には問題意識を持つものが多く、上司との関係も厭世気分になってきていた。

 

         

            駐在さん

 

そんなときの講義依頼だった。

標題は「人情は普遍なり」だった。その内容は前記したとおりのことだが、幾分は遠慮していた記憶がある。当然ごとく質問はなかった。だが、後日おおくの若い警察官から話しかけられるようになった。

 

難しいことではない。権力の腐敗は当然だが、別世界のことと埒外に置くこともいいだろう。しかし当事者が諦めをもって名位、食い扶持に堕しては権力委託した庶民との乖離は取り返しのつかない状態となり。法の信は崩壊し、このような歪みの更正はよほどのことが無い限り数十年掛かる。教育、政治も同様だろう。

 

過去を亡羊として、未来は近視眼になると円はゆがむ。

平成元号の起草者は「地平らかに天成る」と遠い過去の観察と、永い将来の推考を促がした。直線的な意ではない。天地内外を構成するもののバランスを指していた。

 

そして「無名でいなさい」と督励してくれた。

官学の立身出世は昔のことではない。

「智は大偽を生ず」(肉体化しない頭のみ智は高邁を装って大きな偽りをつくようになる)

 

「くれぐれも注意するように」

その言葉が冠についたのは言うまでもない

 

           

 

署長は署内もしくは近隣の官舎に住むことになっている。当時任期中は一泊旅行は余程のことがない限り禁止、いつもポケットベルを所持しゴルフに行っても緊急時にはすぐに帰署し指揮した。なかには単身赴任者もいた。独り酒はつまらんと呼ばれることもあった。

ジョッキングが好きで管内を走っていたが、或る時お節介を言った。

「どうせ走るなら管内の交番をまわったらどうですか。署員の士気も上がるし、緊急時には経路も明るくなるし指揮も的確に執れるはず。署員も緊張と頑張りが違いますよ」

その署長はその通り実行した。そのような人物は出世も早いし退職後も安逸には暮らしていない。

 

なにか半知半解で高邁な指摘をするようだが、先達たちは皆そのように考え、行っていた。

とくに国民の近くで面前で権力を行使する運用官として、みなな自身を律していた。それゆえ安岡氏に訓導を請う人物も多かった。

邂逅した方々は国家社会を背負う、そんな気概のある先輩たちだったと記憶している。

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日本人との応答 08 再 あの頃も

2018-03-09 05:33:46 | Weblog

                 
                  春は枝頭から・・




一、勝負は勝とうと思うな。負けまいと心に定めよ。

一、我欲を抑え、波風を立てず、人を先に立てよ

一、差し出た振る舞い、物知り顔をするは、愚かなり

一、人間交際の要は、親しき仲にも隔てあり


出典は徒然草だそうです。


             



2008年03月14日 13:03 応答

なかなかですね ・・・

漢学(唐学)や洋学のごとき外来に影響されたとしても、成文化無き情緒や、民族的直感から導かれるセキュリティー、つまり五感にある潜在した能力を、自然界に謙虚に表現する邦学(国学とも)を見直す期が来ています。

似て非なる民族の、それも彼の国では「ハナシ」の類を無条件に戴くことを鎮考しなければなりません。



             


異文化の導入として漢字を・・
ビジネスの導入として英語を・・・
古人は様々な技法を活用して文化を取り入れ、また意思を交換するために共通文字を使用しましたが、宦官、纏足、科挙は拒絶しました。

拒絶することで融解するものを知っていたのです。 
それは深層の国力を表わす情緒性です。

本居もそれを知っていたようです。


                



今どきはそのセキュリティーの在処も知らず、同化しつつあるようです。

とくに財貨への欲望です。

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