まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

貪りの民の必須学 「賄賂学」の提唱 11 1/20再

2018-10-21 01:44:35 | Weblog

2012年 夏


隣国、中国の専売かと思ったら、防衛庁、国交省、東京都まで騒いでいる。こちらもオスプレイ同様ヘリコプターや地下に潜った水道工事、どこにでもその種はある。尖閣竹島も大切だが、納税者にとってはこのバチルス退治の方が重要だ。

こんなことをしているから狡猾官吏の手玉にのった貪り議員の扶養費(生保)押し込み、便宜供与が目立ち、議会答弁でも官吏の不手際の言い訳を議員が負っている状態になる。
あえて極論、奇論のごときに映る「賄賂学」の提唱は、実に合理的実利の真理であろうと考える。どうだろうか・・・、体形化して論理付けたら面白い学説が現われるのではないだろうか。
今の時節、この教科に取り組むもの益々多くなること必然。

まずは東大法学部や警察大学校が魁となれば国家にとって有益なる効果が出るはず。


以下、再掲載

少々、長文だが・・・


これはアカデミック(学術)な経済論や学校のカリキュラムにはないものだが、隠された人間の所業として、重要な部分を占める問題でもある。金と便宜のやりとりは法律という成文法には犯罪もしくは抵触するものとして周知されている。それは表の数値を支え、もしくは支配する重要なポイントでもあるが、あからさまにされることはない。


その姿は、上に厚く、下に薄く、実利の量にあわせて配られる。
胡錦濤主席が訪れるところ首脳外交では各々数兆円の購入をおこなっている。飛行機をはじめとする高額なものだが、民主国家の経済を熟知した金の使い方だ。そのようにあからさまな使い方は日本では馴染まなかった。「金で頬を叩く」様な態度は成金か金貸しとして蔑まされた。近頃は「そうはいっても喰うのが先決」とばかり、抵抗感がなくなり、政府の消費税折込の御用金の配布に誰もが手を出すようななっている。「貰えるものは貰って当然」とより多くの御用金を強請るようになってきた。



               




つまり、貰い慣れるようになったのである。もちろん此処で記す賄賂にも抵抗感が少なくなったかといえば、逆に賄賂に関係した人間を徹底的、執拗に糾弾して嫉妬の溜飲を下げている。それは隠れて貰って判らなければ、という人間の質に似てくるようだ。

ビジネスに例えれば、成文化した契約書もその不可は、接待、便宜供与、賄賂というアンダーテーブルが有効さを増すことに似ている。


それは華人の商慣行が世界に周知され、市場確保のために順応せざるをえなくなった国々は、中国の善悪規範を超えた賄賂(人情、潤い)の考え方に驚愕の有効性をみている。とくに開発国であるアフリカや南米、南アジアにおけるアンダーテーブルの即効性は市場や資源の確保競争に群を抜いた力を見せつけている。またそれに倣うように賄賂に対して穢れ意識や宗教規範を持っていた諸国も、背に腹を代えられないとプラスアンダーテーブルの手法を陰ながら研究し始めている。表立ってアカデミックの土俵に乗せられない厄介な問題のために遅々としてすすまないが、生活の習慣性となった華人の賄賂提供と人情の確保には足元に及ばない。華人はあからさまに、ダイナミックに、当然の如く行動できる柔軟性がある。

その理解はグローバル・スタンダードを提唱し、また追従した範囲では許されないダーティーなものだった。それはその世界のルール違反であった。あくまで表面的にだが。

賄賂には許容量もなければ、無知のためかセキュリティーもない。あるのは当世三百代言であるコンサルタント、弁護士の食い扶持であるコンプライアンスによって自身の智慧や突破力を自縛した結果でもある。またこれを倣い学び活用するすべもない。それは余りにもアカデミックな論証や検証に馴染まないからだ。

だか、経済のすすみ方がいままでの経済論にあるスタンタード(基準)を超えて出現したとき、どのように対応したら良いか戸惑っているのである。それは数値や成文化されたデーターなどに過度にこだわり、唯一の選択として考えたために、本来、人間のなりわいの根底にあるエスノペタゴジー(土着的)な考察を無意味なものとして忌諱してきた結果でもある。

金融資金によって生産を管理し為替、投機によって利潤を生んできた中東に根をもつ民が基準として広めてきたシステムが、人の所作応答と欲望を自然な営みとして実利ある人情(賄賂)を交換していた民族の勃興によって世界のいたるところで戸惑いと煩いを発生させている。

表相の力である政治力、軍事力が賄賂を添えることによって、相手国の政策まで転換し転覆さえおこす。日本でも戦後間もなくは戦後賠償で多くの相手指導者に資金提供をおこなった。あるときには女さえ提供した。また冷戦時には各政党のスポンサーは思想の類似した其々の大国からの提供だった。政党会館の建設資金数億円の現金を風呂敷包みで受け取ったものもいる。隠れているが当時の売国的行為は現金より利権だった。


                 


賄賂は商行為の契約、政治の政策も変える。関係する個人の懐にねじ込む、あるいは手を差し出すものにわたせば良いだけだ。海外口座に入金、親族の便宜供与など手口は様々だが、数人の総理候補者からそれぞれ金をせしめる議員も多いようだが、賄賂学でもあればで教師にもなれるが、あくまで上手に貰うための、゛さもしい゛部類だろう。

これほど認知され、効用もあり、相手も喜ぶ賄賂をいつまでも儘っ子するものではない。
いまのカリキュラムにない「人間学科」の「金銭哲学の認知とその手法と効果」として作ったらどうだろうか。
経済学科では、もっとも効果的な資金の活用としてシステム化し、その実例を背任汚職、贈収賄事件の前科者と検事、知能犯事件の捜査二課担当者に事件の表裏と、捕まらないためのセキュリティーを聴講したらいいだろう。


それは社会規範や法の運用者や執行者が弛緩して、賄賂成立の元となる日本人の「貰い慣れ」「渡し下手」が顕著になったこの機会に、是非とも表面化して、みなで学ぶ賄賂学が必要のようだ。経済も停滞し、政治もオボロゲ、加えて「金」という善悪を包み込んだモノに理解もなく、しかも弱く、金によって是非分別、公私の峻別もなくなる人間の本質を考えるべきだろう。



              






あの田中総理も権勢もさることながら、役人の本人家族やマスコミ、配下の陣笠の佛祝儀に現金を手渡し「人情だ!」といわれると皆、懐に隠し持つように受領する、ある意味では大らかさが金の穢れ意識を祓ってくれる。渡し慣れ、貰い慣れの賄賂なのだろうが、不思議と社会は活気があった。

その様態は、渡し方、貰い方、隠し方、使い方、と表の経済に増してダイナミックかつエキサイティングで、どちらも智慧を絞った、゛面白み゛といって良いほどの満足感があるようだ。十手持ちの袖を出す仕草や、岡っ引きのタダ酒も、お目こぼしの情けといったものだが、現在は執行者でも戸惑う煩雑な法を乱造して、合法的に小銭を召し上げる手法がとられている。十手持ちは御上のご政道を盾にしたが、いまは安全の為、公平の為と妙に口も挟めない納得性が添えられる。

マネーロンダリング(資金洗浄)ではないが、人情を添えた目こぼしが無い代わりに、投網のように細やかな法を駆使した合法的、組織的な徴収が行なわれている。あまりにも機械的なためか名目の公的題目を越えて国民の怨嗟の発生を膨らませている。

文明国家の体裁なのか、人も法も金次第という狭い範囲の一種の潤いの関係のようなものを、倫理道徳上、あるいは法治の守護として、あるいは我国の民癖であるという四角四面な構え方を法治の姿として、面前権力の執行者に委ねた結果、善なる施政との印象となった。しかし、間違いなく、善であるという見方とは逆に、運用者や執行者の専権として肥大化し互いに税利を貪るようになったことも現実だろう。しかも、それが止め処もなく増殖しているのである。

先に書いた口応えもできない怨嗟は選挙で選ばれた政治家に向かい、その体たらくから官吏コントロールの信頼は薄れ、国民各々も社会的貢献は官製イベントに括られ、個々の公徳心や他にたいする貢献などは官任せの状態となり厭世観すら漂わせている。

総じて観れば裏や陰のやりとりがある社会は民衆がダイナミックである。たしかに、あの高官は賄賂がすごい、あれは賄賂のお陰、と聞くし、それゆえの持たざる者と持つものの差は拡大するが、それでも生活力と人情の連帯はみるべきものがある。

古諺をひけば「平でないものを、平にすれば、平でなくなる」といって、もともと働けず、金儲けの手段もなく、貧しいものを、人為的に金持ちと平均化すれば、不平がおきる。また社会の連帯もなければ、立場の違いを超えた積極的な社会参加も乏しくなる。なぜならありもしないような、人に当てはめる「平」という考えは双方に苦しみの情(苦情)の種を蒔くことになるからだ。また平等分配を待つことは、「動かずにその位置にいなさい」、ということでもある。

この時代、職分はあっても身分はない。身分は貰う立場にも既得権益を与えるし、渡すほうにも専権から生じる既得益を与えるものだ。つまり、身分の固定化は自ずから発生させていることでもある。

賄賂は色々な姿に変えて立場を任ずる人間に潤いを与えている。法のあるところ賄賂は必然であるといっても過言ではない。また利だけでなく「便」を得ることでも賄賂は発生する。状況を容易にするために「利便を働かす」というが、配達人に荷物を速く届けてもらうにもインフォーマルな銭の提供がある。最近のバングラデッシュのことだが、郵便局の窓口や配達人にも当然の如く手を出すものがいるという。パスポート取得の手続き期間を短縮するのに便宜賄賂は多くの国で共通した官吏の姿だ。








               

  彼は与党の小遣い賄賂には無縁の位置に自らを置いた

  独り自民党案に賛成して起立する
      与野党談合忖度議会に反発し、55年体制の終焉の端緒
 





日本人の満州官吏は真面目だった。「しかし」と古老は笑う。「あの偽満州はよかった。泥棒も少なく役人も賄賂を受け取らなかった。だがお陰で俺達小役人には小遣いが下りてこなかった。これには参った・・」

「あの頃は多少の悪いことをしても金持ちは金を配った。「力」というものはそうゆうものだ。いまは賄賂を貰っても銀行貯金だ。ひどいものになると海外口座と子供を海外に出して永住権をとり、いつでも逃げられるようにしている。本当はみな考えていることだ。あの偽満州の日本人はこの地で死ぬつもりで頑張った。ただ泥水でも生きられる魚は清水でも生きる。しかし清水に生まれた魚は泥水では生きられない。早く負けて日本に帰ってよかった。そうでないと日本そのものが亡くなっていた」

渡すことと、召し上げられることとは自ずから異なる。
日本人からすれば五右衛門の「浜の真砂は尽きぬ・・」と思われるほど賄賂が流行っているが、中国の歴史に多く登場する宦官の賄賂は言葉を変えて「人情を贈る」という。
ただ、成文法ではご法度である。汚職の処刑はいまも絶え間なく続いている。

「上下交々利を征れば、国、危うし」というが、皇帝はもともと己の所有する国なので獲る理由が無いが、宦官は性器まで切り取って宮廷出仕するためか殊のほか賄賂に敏感である。忠臣蔵の松の廊下の刃傷沙汰も内規作法を、教えた、教えない、の争いだったが、これにも礼という貢物が絡んでいるという。大奥の寝所の睦み話しも口添えがあったようで、茶坊主と老女の監視のもとに秘事を行なうようになったというが、これにも便宜賄賂が絡んでいる。

宮廷でも内外の諸国から貢物が皇帝の前に並べられるが、一番目立つところに置くことが宦官の職権であり賄賂が発生する。この場合はお礼、つまりその世界の礼儀作法のようなものである。それが輔弼として権力を壟断するようになると賄賂どころではなく国家予算すら掠め取るくらいに強欲になる。

紫禁城とはいうが、ことのほか禁ずることが多かった。官吏が禁ずることを作ればつくるほど賄賂が増えるのは古今東西、いずれも同じだ。ただ地方官吏と紫禁城の宦官との官々のやり取りは我国の官々接待と同様だが、彼等はあくまで金のやり取りだ。それに引き換え我国は金では足が付くと、旅費、宿泊、宴会付の官々接待だが、民間が絡むとノーパンしゃぶしゃぶやゴルフ会員権贈与、天下りの予約など官吏らしい「さもしくも卑しい」饗応が繰り広げられる。

一時、規制緩和が叫ばれたが、隣国鄧小平の開放政策同様、政策などというものではなく、縛り上げた規制を「解き放った」だけのことだ。ただ解放されたときの民衆の姿は異なるため隣国はより慎重さを求められる。香港返還後も一般の自由往来はない。はじめは幹部の子息が基盤を作り、香港らしい自由を謳歌した。いまでも香港パスポートは中国にはない特別な効力がある。

 

              

 


我国でも晩節まで司直の世話になりそうで、なりっこないと見透かされている元大蔵の最高幹部は、ゴルフ場開発が盛んだったころ、労働省のノンキャリアを道連れにゴルフ場回りをして帰りには会員権を貰って帰っていた。ゴルフ場には労働省管轄の規制があるためだ。売れば数千万がざらだった会員権も、土産に会員権二枚とは恐れ入った所業だ。
これは、お縄になっていないが、便宜供与はある。それも認印一つの世界だ。
この大蔵、労働コンビは関東一円のゴルフ場の新規開場に絡んで、数億円の紙切れをもらい、労働官吏は数奇屋様式の豪邸まで業者の便宜を受けている。もちろん親族も公務員だが、生活費は管理下の売店の経理を操り、給料は手付かずの優雅な人生を過ごしている。

あのリクルート事件でも労働省幹部が逮捕されたが、地味な役所と思われている今の厚生労働省の規制権限も大蔵キャリアの威光に添乗するように、行政全般に投網のように広がっている。ともかく四角四面といわれる日本の官吏もその狡猾さをみれば、世界に冠たる秀逸さを誇っているようだ。立身出世を支える学校歴は文科省、命は医薬と医院を管理下におく厚労省、それが金主の財務省と個人的な関係になれば、治安官吏も手を出せない。

あのロッキードのときに裏道で車と車の尻を合わせて五億円を渡したといわれたが、国家予算さえくすねる国から見れば、なんと些細なことだと嘲笑される。
賄賂なりコミッション、はたまたチップを生活の足しにする倣いは欧米にもある、とくに暗黙の身分がある地域は、有る者が無い者に贈るのは対価ではなく宗教的にも人の在りようとして贈るようだ。





               

         『なにごとも、ホドが大事だ』



「言いえて妙」ということが当てはまるなら、官吏に対して民間が媚び諂ってモミ手で差し出す金を懐に入れることと、心や気遣いに対して「心付け」を差し出すことに日本人は公私の間の弁えはあった。また、貧しい人や対価にならないような偶像には喜捨という文字を当てはめた。

江戸っ子は掌に隠れるくらいのポチ袋に紙幣をたたんで、分からないように襟元に差し込んだ。あるいは連れの子供に小遣いとしてわたした。

大勢の前で財布を開けないことが常識人だった。もちろん、長(おさ)は早めに席を離れ、相当の金を店のものに預けた。金は隠れたものであり、隠してわたした。割り勘で上司に悪態をつけられては割りに合わないが、その割り勘も近頃では行儀の悪い若手のアドバンテージのようになっている。

日本人は金の使い方、渡し方がことのほか下手なのだ。使い方が己の趣味や嗜好に限定しては、他からの見返りも人情もない。交際費や雑経費に頼れなくなった社畜や貪官はコンプライアンスや内規に縛られて実質数値さえ激減させている。つまり精神も身体も気が抜けて弛緩しているのである。これも幾らかは女房の管轄下にない金で始末は付く。


華人国家はその得意とするインフォーマルな手法を、経済発展と共にスタンダードとすべく世界を足下に置きつつある。

我国の官製ODAのように日本企業の採用と国内既得権者へのキックバックなどのようにシステム化されたものではなく、金の効用を公私の別なく、しかもケチらず投下している。しかも天下思想を観とした民族性癖は世界のいたるところを住処にしてダイナミックに浸透している。
我が祖国、我がグランドは天と地の間として地球の表皮を縦横に躍動している。

四角四面に非難することではない。グローバルスタンダードを提唱したのは白人社会だ。それも国家のカテゴリーを超えて、その時代の強国をヤドカリにして食い荒らしている民族だ。双方、インフォーマルな財利の効用を熟知し、その状況を都合よく作るために情報、謀略を駆使できる狡知もある。また人間の弱さも習性として認知している。

つまり、色(性)、食、財という欲望の本質を、虚構の知欲を発信することでコントロールし、そして彼等の得意とするグランドである商工業と金融為替に誘い込み、その仕組みを成果あるものにするために、獲物である民衆を思索と観照を不可能にして、獲物のセキュリティーである固有の神や精霊の志操を弛緩させてしまったことだ。

賄賂(金)で志操を売る民族と、一時の人情の交換と考える民族の違いは、付和雷同、四角四面を性癖とする人々には峻別が付かないだろう。なぜなら賄賂は邪まなことではなく、使い方、貰い方、渡し方、隠し方を「粋」や「通人」の魅せる世の情とした江戸庶民を範とすれば容易となるだろう。

見え透いた、もったいぶった、格好つけた、没落成金の見せ金は、渡したところで効用が無い。「もっと寄越せ」と続くはずだ。賄賂は悪銭となるか良貨となるかは、日本人が野暮で古臭いと忌諱した古き人々の倣いにあるようだ。

やはり、賄賂効用の学は必要だろう。

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人間考学   機略の縦横無尽を養う郷学講座

2018-10-16 18:20:46 | Weblog

津輕弘前 昨冬

 

≪以下はある組織の指導的立場の人材養成についての講話録である≫


それは長時間微動だにしない真剣な講話でした。

巷の礼賛や激励ではない。彼らが志を願って(志願)した職域で縁を以て結ばれた人間の気概に応えたものだった。

それは誰にでもある誕生と辿りつく死への意義を、人生観として伝える、時に修める(自修)の機会でもあった。

後刻送達された「所感」には、紅心に中(あたる)る真剣な内容が綴られていた。


 

 標題に添えて・・・


機略とは事に臨んで臨機応変、縦横無尽に思考をめぐらすことではあるが、その要は人間(人物)そのものにある

それは状況に応じて、瞬時な対応を考案することであり、たとえ集団内においても、全体の一部分において発揮できる己の特徴を鑑みて、連帯の調和をいかに維持するか、また、各々の部分をいかに連結統合できるかという、多面的かつ根本的で、さらには連結統合の効果となる他に対する許容量を拡げ、高めるような習得が必要となってくる。

特に、瞬時の機略判断は技術や知識の習得だけではなく、直感性を養う浸透学的な要素が必要となる。また、如何なる状況においても判断基準となる座標軸を強固かつ、柔軟に持つ感覚も必要となる。

こういった感覚は、己に立ち戻ってみれば、まさに生死の観、不特定に対する責任感が混在するなかでの突破力となる覚悟など、怯み、怖れを祓う勇気の源泉を、自然にかつ容易に発生させるすべともなる。

しかしながら、このような人間考学は官製学カリキュラムにはない。

いわば学びの「本(もと)」となるものであるが、この「本」のあることの認識し、その「本」を伸ばす学びや人間関係の柔軟さを習得することは、生死の自己完結の自由を担保し、慈しみをもつものに靖んじて献ずる精神の安心した状態を維持涵養することにもなると考える。

また、生死の間を想像し、それが不特定多数の安寧を任務として、かつ、安らかな生活を願う最愛の家族隣人を想起しつつ平常心で職務を遂行することは、集団の高位にあり責務ある立場のものとして、いざという時の瞬時に、志願発起時に希求した姿を想い起こしうることにもつながるだろう。それは溌剌とした自己躍動の想起でもあろう。

この度は、この官制学カリキュラムにはない機略の臨機応変。縦横無尽を養う人間考学を、明治初頭の残像にみる学問を振り返って眺め考えてみる。

 

                 

                     負荷を悦ぶ気概があった

 


◎講話レジュメ

Ⅰ 明治初頭の学制と、それ以前の学問について

1.藩校、塾から数値選別の立身出世 「聖諭記」

2.自己の特徴を発見して伸ばす 「小学と大学」

 

Ⅱ時代は違えても児玉源太郎や秋山真之が注目されるこ

1.人を観て登用する 「観人則」

2.後藤新平の「超数的効果」とは

 

Ⅲ現代の実相を人間から俯瞰視する

1.「衰亡の徴」 荀子

2.「四端」   孟子

3.「四患」   荀悦

4.「五寒」

 

次後はその機略を容易にする「浸透学」を講じ、余話として「謀略」について知見をお伝えして一年の季間講話を終了した。

 

一部イメージは関係サイトより転載

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「人を観る則」 棲み分けされた一群の、゛コネ゛ 08 8 4再

2018-10-11 22:30:00 | Weblog

             満鉄総裁 後藤新平



裏口入学にともなう金銭授受が露見した

大分県は福沢諭吉の郷里だが、彼の意中に「内なる独立がなければ、外への独立なし」とある。官学と私学の色分けもあるが、教員、はたまた学生のコネ、言い換えれば裏口斡旋にともなう金品の収受は、大分のみならず全国津々浦々の関係者を緊張させた。

表社会と裏社会があるとすれば、巧妙な手段によって表を仕切る暗黙の習慣として、また裏は狭い範囲の掟として定着している。

いまさら善悪を問うものではないが、其の経過は妙に陳腐で卑しくなってなっている。それは目標や誇りもなく「安定食い扶持」のみを目的としたものであり、其の住処の一員になることが叶わなかった一方の嫉妬組や一部の賢明な志望者からして、いまどきの教育をみるに充分な姿を見せてくれた。

世の中「金」の世界のようだが、子供の教育が「投資」感覚となり、かつ生涯賃金を図って就職活動を企てる一群をみると、それらが私企業ならまだしも、政、官、宗、教の「公私の間」の峻別が人格の有り様として表れる立場に立ったとき、多くの弊害を生じさせ、ひいては人の尊厳を毀損する亡国の一群となることは避けられないことだ。

「コネ」言いえて妙だが、潤いのある言葉だ。其の一群の連帯を構成し、かつ秘匿することによって衰えた精神のキズを舐め合うには、ホドのよい潤滑剤でもあり、彼らにとっては最良な人情ともなっている。

野暮?な昔話だが、満鉄総裁の後藤新平は採用の要点を「人物」にみていた。
以下参考文章は「請孫文再来」より







孫文の側近として活躍した山田純三郎 左



◆後藤新平に採用された純三郎

 その後藤には純三郎も縁がある。大陸へ行って満鉄に入りたいと考えたとき、事情をはなして後藤に縁をつないでもらおうと伯父九郎に相談した。ところが菊池は後藤という人間についてこう言っている。

後藤という人物は誰々の紹介などというとなおさら採用などしない。それより目的と意志と完遂する勇気を見せることだ」

 純三郎が面接に行くと九郎伯父さんが言った通りの人物だった。寡黙な良政とは異なり、応答辞礼の長けた純三郎が面接採用後に伯父との関係を伝えると、後藤は生涯、師と仰いだ菊地九郎との回顧を懐かしみ、その甥純三郎との縁の感激に浸っていた。

 良政の後をうけ革命に挺身する純三郎は、自身の身分である満州鉄道株式会社の社員として業務履行の妨げになると上司に上申したところ

「満鉄の社員は何人いる。その中に満鉄のために働く者も大勢いる。国のために働く者もいるだろう。しかし、日支善隣友好のため、ひいてはアジアの安定のため行動しているのは何人いる。満鉄のことなど気にすることなく一生懸命やりなさい」

 純三郎はそのあと、給料が増額されたのに驚いた。後藤の器量が委ねた大きな希望の意味に背筋が凍りつくような感動を覚えたことは言うまでもない。孫文が日本人を語るとき、つねにその後藤を懐かしみ、後藤に真の日本人の姿を認めた心情が山田の口から語られる。
以上が後藤新平の人物採用と人間の活かし方である。


律儀がゆえに官域から疎まれ。 正直ゆえに政治の道を閉ざされ。

真の教養豊かゆえ教育界から疎外され。 倹約ゆえに朋友と別れ。

決して恥ずかしいことではない。恥ずかしい、哀れと自嘲する自身が恥ずかしいことだ。



世にフリーター、ニートと呼ばれる一群があるというが、自称自嘲の諦めは別として、多くの若者が「期待されるべき人物」ゆえに社会の実相に対して素朴に問題意識を起し、純情ゆえに汚濁糜爛した社会に馴染めない、これこそ日本人の純情なる因子を継続させている一群に見えなくはないだろうか。

貧困、あるいは人の縁の薄きを宿命と思ったら、怠惰堕落が待ち受けている。
其の要因を米国のクビキと強国となった隣国への躊躇だと宿命化している政治家や、徒に「コネ」が無いからと怨嗟を抱くとしたら、それこそ彼らの奴隷として人間力亡失が待っている。

「コネ」の一群は、滅びの前兆を知らず物質的享楽に世を戯れているのである。
同じ日本人に後藤新平のような人物がいた。孫文は後藤を称して「真の日本人」と賞している。

どうだろう、異民族にも讃えられた「真の日本人」とはどのような人物なのか、一時、明日の懐具合を忘れて考えようではないか・・・

ニート、フリーターと呼ばれて誇りが傷つかないか・・
食い扶持目的の一群の「コネ」に依存しない君らこそ、「真の日本人」を発見し、世界に向けて新たな信頼を取り戻せる清新さが残っていると思うのだが・・


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安岡正篤の呻吟   2007/6

2018-10-08 10:17:35 | 郷学


『慙愧の念にたえない』弟子、岡本義男の舌鋒は鋭かった。弟子といっても「看板弟子」ではない。義友である。

 


岡本は戦前、安岡邸のある白山に在住していた。何かあると先生!と足繁く通い,安岡も寸暇を惜しまず無名の烈行哲人に応対した。また利他の善行に及ぶと「憂国の士、差し向ける」と、自身の名刺に書き込み送り出している。

ことは吉田茂の銅像の頌徳撰文を安岡が懇嘱されたときだった。
岡本は言う
>>「先生! この銅像はどこに建てるかご存知ですか? 皇居ですよ。あの臣茂と末尾に記す吉田の銅像が皇居の苑に建てられます。果たして吉田氏は草葉の陰でなんと思うか。吉田学校の馬鹿共が、親の心子知らずとはこのようなことです。あのシャイな吉田氏の心中を察すれば高知の桂浜から仰ぎ見る方が・・・いや、その前に銅像なんて、と議員どもを叱り飛ばすはずですが・・」


安岡は『建立する場所までは・・・慙愧の念にたえない』

戦後まもなく岡本は札幌に居た。その地域の当麻神社の宮司から相談されたことがある。
>「岡本さんは東京で偉い人を知っているそうだが、此処札幌も戦禍に打ちひしがれ精神までも衰えている。どうでしょう、日本精神の作興のために近じか伊勢の遷宮があるので、解体された御神木を分けてもらえないだろうか。それを以って郷里を復興させたいのだが」

翌日、岡本は東京に向かい安岡邸を尋ねるが埼玉県菅谷に疎開しているという
仔細を聴いた安岡は「戦火で連絡先を無くしてしまったが、たしか総代は吉田氏だ紹介状を認めるから伺ったらよい」

その足で吉田総代を訪ねて書生に『安岡先生からの使いです』と告げると、しばらくして紋付羽織袴の正装で玄関に現れた。
宮司の願件を告げると
「今までそのような事は無かったが、仰る意図は判った。ついてはお願いがあります。皆さんで神域を清掃してそのお礼にと神木を分けるということでどうでしょう」

まもなく当麻神社に御神木が掲げられた。
ちなみに伊勢神宮内に掛札をつけたイチイの樹が岡本の手で植樹されている。これも稀なことであろう。

 


無名であるがその義烈の行為は安岡を愉しませた。取り巻きは「困ったものだ」と陰口をいうが岡本は意に介さない。
岡本との談義中に政権担当者や重役が連絡を入れるが、「来客中!」と応答せず無名の哲人との談義に真摯に向きあっている。

また、長期出張の時は「何日から何日まで留守をしています」と直接連絡があった。
>>「あなたのほうが若さは上だが、頭は飛びぬけて鋭い人が居る。よかったら弟子になったらよい」と、場所も名前も知らされず連れて行かれたのが筆者と安岡先生との縁だったが、安岡師の紅心に中る数少ない人物としてこそ冒頭の言があったのである。

岡本の座右は、【貪らざるを以って寶と為す】である

>

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永田町と霞が関の毒まんじゅうは美味いか?

2018-09-25 14:24:40 | Weblog

   終わることなく・・・

 

安倍くんもおめでたく三選となり、茶坊主だのチルドレンの猟官も騒がしいが、ここまでヤルと、次は、゛江戸の仇は長崎゛で、かたき討ちにあうのは分かっているのか、今のうちに愚にもならない肩書や地位をレッテル貼りに勤しんでいるという。

 

反社(暴力団)と名付けられた任侠も薄くはなったが義理や人情や、狭い範囲の掟も厳しい分別があるが、議員の失業対策となった騒がしい選挙は、めでたく当選すれば寄らば大樹とばかり、政策是非はともかく親鳥の餌を巣待ちしている幼鳥のようにもみえる。

 

エサは派閥や党、見栄えが良ければ行政府の充て職に納まるだけなのだが、多くの国民は怨嗟を通り越し、政治家観の諦観(あきらめ)として、ときに政治に対して怠惰にもなっている。なによりも、あの御方の大御心を煩わせる無頼の徒のようにも映っているようだ。

 

        

 

政治家についてはクリーンハンドの法則という言い方がある

賄賂を貰うような汚職について、一度でも手を汚してしてしまうと、余程のことがない限り汚れは付いて回る、つまり何かにつけても弱みとなって言葉や行動が色眼で見られてしまうということである。

 

神様でもあるまいし、と同類に慰められても、あるいは貰った当人しか知らないことでも、どうも居心地が悪い気分になり、言葉も行動も遠慮がちになる。

 

「お前だって・・」と言われれば、「それとこれとは状況が違う・・」「一回ぐらいは・」と反発しても空々しく、日頃の貫禄など吹き飛んでしまう。なにも物のやりとりだけではない。煩る雑で道徳域まで入り込んでいる法にかかれば、立ち小便、吸い殻のポイ捨て、行列の割り込み、あるいは何処かの妻持ちと旦那持ちとの人情ごとまで邪推されたりするだけの風評で立ちいかなくなることもあ。

それも競争相手を引きずり落としたり、単なる嫉妬心から謀を企てるトリックになると、うかうか甘い言葉にものれないような、せち辛い世の中になる。

 

以前、政治家が巧妙な裏切りにあったとき、「あれは毒まんじゅうを食らった・・」と激高していたことがある。原因は、同じ村(派閥)の長年の仲間を閣僚のカラ手形で裏切ったときのことだった。この手のまんじゅうは時限爆弾のようなものもあれば、徐々に利いてくるものもあるが、中国の賄賂(人情を贈る)とは異なり、相手の魂胆を見透かして誘いをかける謀(はかりごと)のような類で、なかには陰湿な計略もある。

 

あの時は竹下派経世会の衰徴し、当時の幹部が医師会から小切手を貰ったことが露見して世間を騒がしたが村岡議員がスケープゴ―ドにされた。そのとき村(派閥)の仲間割れに野中広務議員が放ったのが「毒まんじゅうを喰わされた」だった。

 

それも慎重な相手にはそれなりの手順もあるが、往々にして日本の政治家や官吏、サラリーマンの類は「仲間の証」あるいは「上下の分別」として、あえて毒まんじゅうを、しかも喜んで喰うのである。官吏が便宜を図る利権のお手盛りなどはその最たるもので、これも日本社会の習慣的性癖として毒まんじゅうの免疫性を支えている。つまり、喰っても当らない人間が大勢いるのだ。

 

この場合は、喰わないものは仲間外れだ。まずはそれに馴染むことから始まるが、問題は正義と公平を司る治安や税官吏、政治家に免疫が多いと国民はそれを倣い、終いには、毒まんじゅう国家?になってしまうことが憂慮にある

裏金、裏手当、便宜供与、官官接待、任官当時は正義感溢れ国家を支えると意気込んだ若者だったとは言うが、みな饅頭を喰っていれば染まるのは必然だ。若いころ…とは言うが、もともと心底が安定職食い扶持を描き、一族の期待を背負って任官した青年も仲間外れになっては喰っていけない。それを「しかたがない・・」というらしいが、それが日本の能力あるエリート官吏と外国では見ている。

 

    

    この方の御世は・・・・  

 

 

なぜなら、それらは喰うだけでなく、毒を毒と思わなくなり「染まる」のだ。

官吏が政治家に「これは国家の一大事」と、耳元でささやき喰わせ、政治家はできもしない美辞麗句、ときには嘘八百を堂々と公言し、教師は人類愛と平和人権を餌箱に入れ子供に喰いつばませている。どれも反対できないハナシだが、古今東西、成ったためしがない。あったのは走狗に入る知識人の言にみるだけだ。

 

その点、単純なのは政治家の毒まんじゅうだ。聴くも見るも滑稽さが付きまとう。そう思っていた輩でも、騙された、引っかかったと広言されても可哀そうには思わないのが国民だ。

一方、引っ掛けた方も決して利口には思えないが、だいたいが抗論もせず知らん顔をしている。まんじゅうに毒を仕込んだほうが一人前の政治家に思え、喰わされた方が愚かでオッチョコチョイの欲張りにみえるのも、この世界の面白さだ。

 

閣僚の候補に入れる、公認をするなどから、地方議員の利権のおこぼれや視察旅行の水増しで子遣いの捻出など、国家を護り人々の生活向上をわざわざ拡声器で誓った口の渇く間もなく、いともコロリと引っかかる。しかも体裁のよい理屈をつけながらでも撒き餌に集う雑魚のように集うのもこの群れの特徴だ。

 

この場合のまんじゅうは「俺も喰いたい」と思っているが仲間を裏切ることはない。それは蛍のように「こっちの水は甘いよ」と、まんじゅうに誘われて群れの決まりごとを破り離れることだ。近ごろは野党が合従連衡すると今までの野党が政権のうまみをと実態を知り、かつ官吏の手のひらに乗ると旧来の群れが離脱しても与党に残るような議員も出てきた。これもよく効くまんじゅうのお陰だろう。

 

加えてこの群れを手なずけ飼い馴らす上手(うわて)もいる。

 

それらは宿便のように隅々まで導管に寄生し、滋養を吸い取っている官吏だ。

 

一官、九族に繁栄する

親族が出世して高官になると、みなおこぼれがあり繁栄する(便宜供与)

 

昇官発財

役人は官位が昇るにしたがって財を発する(天下り、渡り転職)

 

隣国のみならず、多くの国家は貪りの官吏の群れによって滅亡している。

あの元総理野田君が唱えていたという・・・、シロ蟻だ

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人々は分断され、一極で管理される世界 2013 06 再

2018-09-22 10:41:43 | Weblog

 

それは、見惚れ、憧れ、競争している間に起きていることだ。


年齢を重ねて気がつくことがある。それは人々の関係が希薄になり、その都度離合集散を繰り返す、つまり融通無碍な関係になっていることだ。

近頃は物を所有するということが一昔前からの価値観とは変化して、リース、ローン、リサイクル、など見方によっては便利性が備わった消費経済との考え方があるが、払い終わるまでは所有権は使用者ではなく、あるいは飽きれば残債ごと利用者は移転し、債務が終わればリサイクルに転用し幾許かの小遣いが残る。

ともあれ消費は増え、生産は伸び、金利は稼げる。オリンピックはレガシイー(遺産)だと騒いでいるが、アレも同じパターンだが、地球のどさ回り興行が終われば、あとは片ずけが遺るだけだ。

ここでは、゛思いのこもった゛゛愛着のある゛固有の品物の継続性というものが無くなっている。欧州では厳しい規範のあるペット飼育も日本では、゛持ち物゛として飽きれば廃棄(ペットは物という認識)などはその典型的なもので、昨今は人の関係も、゛易しさ゛と利便性にその選択が行なわれるようになってきた。

考えてみると「腐れ縁」も考えようのあるモノで、たとえ「腐れ」でも縁の継続があるだけマシのようにみえてくる。

そこには様々な種類の「利」が含まれているが,古諺を例にすれば「小人、利に集い、利薄ければ散ず」つまり、人々はその評価を「利」によって行い、それによって離合集散する、ということである。小人がそうなら大人(タイジン)はどうかといえば、浮俗の「利」には拘らない人たちだろう。

たとえば、徒な褒章をねだらない、食い扶持目当ての学校歴に陥らない、やたら衆を恃んで群れをつくらない、流行ごとを追わない、つまり鎮まりのある落着きを醸し出すのを大人というのだろう。

小人の常は離合集散である。そして学ぶことも全て「利」にすすむ。「小人の学、利にすすむ」。そして「情(こころ)」を忘れ人を信用しなくなる。次に来るのは心地よい易しさ(優しさでは無い)に向かい、財貨のみの「利」に安住する。

それらは人の世の変遷の姿であり循環だった、そこまでは自浄も効くだろうし推考できる。またアカデミックにも整理のつく問題でもあり、数多の経典、文献古典によって理解できることでもあろう。特に欲によって陥る人の問題として・・



              



縷々記した、゛易しさ゛゛縁゛゛利゛などは、その作用によって人が変化、あるいは転化することは考えられる範囲の、あるいは眼に見える範囲の観察で解るものだが、「いつの間にか」となると余程のこと心耳を澄まして見なければ解りにくいものだ。安岡正篤氏は「国家は複雑な要因よって構成されている。その中でも精霊の存在もある・・・」と説いた。

「いつの間にか」という不思議感の混じった問には、゛心耳を澄ます゛つまりアカデミックな理解で可能な、゛易しさ゛とは異なる、感応する心、ここでは直感性が必要になってくる。

こう記すと「難しい」「無意味」との問が生ずる昨今ではあるが、それでは標題に書いた【人々は分断され、一極で管理される世界】については無感覚に過ごしてしまうだろう。

たとえば、銀行の横暴、役人の不作為、政治家の自堕落、温暖化、世情騒がれている問題に、争い、貧困、などの原因があると、ついつい、゛易しく゛考えて半知半解ならず半納得として自らに言い聞かせているようだが、直感の世界からすればそれらの考察は表層の吹き出物のようなもので、むしろ体質変化からくる生活習慣病的観点、つまり社会の本質部分の免疫不全状態に確実に向かっていることが解る。





                      



その本質とは数多の生存環境に有る固有の情緒をもった人々の調和と連帯である。
それが溶けて解体しているのである。

テクノロージーの発展はPCを介して多様な意志を収集し整理管理化に向かっている。そのシステムは一極に収斂され、互いに分からなくなった人々の集団化(群れ化)をよそに、かつ同時に謳われた「個性の発揮」「個人情報の保護」「コンプライアンスの遵守」を秘匿管理のプロパガンダの手法として耳障りよく「易い」人々を誘導管理している。

自由、民主、平和のために戦争は起き、その民主と自由を用いて放埓した民族に転化し、自由の裏面にある孤独感を解消する為に架空擬似的交遊の世界を描き、情緒を無意味とした人々は財貨に志向する。また終には管理システム統合と称して通貨は共通通貨もしくは防犯セキュリティーの利便さを謳って共通電子マネーに移行する。

ETCカードが無ければサービスも受けられず、PCが無ければ時の速度を共有できない、ここでは行動の管理と時とスピードの共通化であり管理であろう。
現金支払い、回覧板、手書きの書簡、野暮や古臭いといわれるだろうが、それも何れ歴史の彼方に追いやられるだろう。

金融危機からセキュリティーや利便性を添えて新たなシステムが生まれる。物知りはパラダイムシフトと唱える。そこには小さな極面での利が添え物のように付与されるだろうが、従前固有の国家は疲弊し、これも統合管理の憂き目に向かうだろう。


                 




米国大統領は就任式に「アメリカ国民」てはなく「市民」と謳った。そして人々は酔い喝采した。
その一瞬ではあるが、世界に向けた誓詞に含まれた意図は、歴史のステージを転化する本質的危機の表れの一端と直感したのだが如何だろうか。

まさに、分断と管理の、いつの間にか・・・  にある一種の心地よい誘引フレーズでもあろう。


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佐藤慎一郎氏と語る 「荻窪酔譚」 抜粋

2018-09-19 03:06:55 | Weblog







T 先生、向こうの小学生に対して、或る程度のレベルの人に対して、漢字を教えていたのですか?

S 僕、小学生しか教えなかったけど。算数も全く解らんで、自己流に執ったの。青森のズーズー弁で教えた。「お前ら、解ったか?」と訊くと、日本語で皆「はい、解りました」と。
 学期末の試験直前になって誰に何を聞いても一つも解ってないの。 理由訊いたら、
「はい、解りましたと答えれば、先生が喜ぶと思ったから」と。
もう、如何にもならないよ。それで、中国の事、中国人に聞かないと解らないと思ったの。

T 小学生の場合、担任の先生に好かれたい、と云う気持ちが強いのでしょうね。

S 僕遊んであげるけど、中国では先生って偉いから子供と遊ばない。汚いから風呂入れると、入った事無いので直ぐ風邪を引くし、父母から文句言われる。

T 小学生の男の子なのに女房を貰っている、と。

S 小五の生徒53名の内、未婚は僕を入れて七名だけ。労働力が欲しいから早く結婚(嫁がとしうえ)させるが夜、オチンチン弄られたと言って「え~ん!」と泣いて職員室に来たり、高等科の嫁が門まで送って来たり、とにかく全く事情が違う…。 旅順で、晩になると支那語を習いに出掛けるけど、途中の墓場で女の人が毎晩泣いている。 すると、女の子がご飯持って来るの。 そして帰った途端再た泣くの。 僕、本当に泣いていると思ったけど、之、儀式なの。

T 其れ如何いう、所謂「泣き屋」ですか?

S 川島芳子のお父さんが旅順で死に、棺桶の傍に子供らニ十何人と座り、莫迦咄だ。 
ところが、弔問客が来ると、突然「ウワ~ン」と泣く。

T 然う言えば、台湾でね、葬式の通夜の晩に二万円でストリッパー呼んでストリップやる。 仏さんが淋しがら無い為に。




佐藤氏の叔父 孫文側近山田純三郎  孫文





S それで川島芳子、笑って泣かないから皆に叱られたの。

T 男装の麗人と言われているけど、男と関係持てなかった、と。

S 青森出身の成田と云う医者が旅順に居て、結婚初夜に抜け無くなった時、彼が後始末した。

T 奥さんは、あっちで支那語は?

S これは、それ程…。 僕は一番安い部屋で一番安い飯喰って、五人の個人教授(大学の先生)に全部金を掛けて雇い、支那語勉強した。 満州に来た時は一番ビリだったけど、勉強したので一番出来る様になったよ(北京語の全満の試験委員に就任)。 郷里に帰った時、僕が余りにも痩せていたので皆吃驚していたよ。

T 時代が良かったのかも知れないが、気狂いですよ、其れ程の勉強は!

S 女で失敗、ごまかしで勉強したの。勉強している時、苦しみ忘れる事出来るから。 あの頃の鉛筆、質が悪くて、これが脇でしょっちゅう削ってくれた。それで、一対一で支那語習ったの。

T あの正篤先生、ご尊父が正明さんに「青年時代は学問を志したら、青くて痩せていた方が好い。 若い内から太っている者にろくな奴はいない」と。そうしたら、お孫さん太っていて。……。

S 中国の事、本で説明を読んでも駄目と実感したの。 何でも体験して学ぶ事にした。死姦とロシアの女兵士以外逃げなかった……。 女の兵隊は三、四人でピストル持って男を攫って行くの。その代わり、御土産くれる。

T 梅毒貰ったら、御土産出ても釣り合いが取れませんね……。 
ところで、満州国の教育の中で、国語はあったのでしょうか?

S 北京語だ。僕、全満語学検定試験の委員だったの。満州人の国語は無くなって終しまった訳です。今、中国では全部北京語になっている。






新京大同学園教授




T 北京語で「あなたは中国の国語の先生ですか?」は何と言うのですか?

S アレッ、「国語」って何て言うのかな?

T じゃ、「国語」と云うのは、ある訳じゃないと。……。でも、考えてみれば上海で喋っている人、北京では通じ無い。と云う事は、読み方(発音)が違うとすると、大事なのは文字が記号として意味が統一されている、と。

S 発音は違う。文字の意味は非常に拘わっているので、思想が発展しなかった。

T 其処から応用(活用)が出来なかった、と。

S 王陽明になって初めて其処から抜け出したの。

T 娘を今度台湾へ一日か二日体験入学させようと思っています。所謂「文字に対する捉え方」が日本と中国では違いますね。 だから、一種のカルチャー・ショックを与えて、中国への理解を深めて欲しい。 
これから、中国の政治・経済が大きく変わり、(アジアの)主流になると思いますが、そうした中で日中両国が共通に用いている漢字の意味使いの違いを深く理解しないと困りますからね。

S 中共に成ってから、如何教えているのかな?

T 文字が簡略化されて、本を買いに行っても全く解りません。

S あの簡略字、伝統を否定しているから、学者の間で批判が強い。










T 日本の小学校の書道の先生に
「文字の意味使いを教えているのですか?」
と訊いたら、
「此の期間に是だけの文字を教えるので、其の様な余裕は無い」と。
之では文字の成り立ち、解りませんよ。

S 僕も、(寶田さんの言ってる)此方が本当だと思うな。

T 小学校へ行って吃驚します。本来、人間が教えるのに、機械的、心太(ところてん)式に執っている訳です。

S 恐らく受験勉強の所為じゃないかな。

T 其れは教える人の人生観とか考え方が表れるのでしょうね。

S 僕、「佐藤慎一郎って何だ?」と訊かれて、訳が分からないよ。






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文教利権 得意な分野で緩み挫折すること. 17. 6/21

2018-09-13 08:31:09 | Weblog

 

 

 このところ国会の争論は教育行政の緩みに集中している。

あの頃はみな純真だった。嘘や隠し事は恥だと教えられ、国家社会のために理想を掲げて政治家や官吏に志願した。

それが煩いごとが露呈した途端、鬱になったり躁になったり、鎮まりもない人間に成り下がっている。

智は大偽を生ず」のたとえあり。彼らの学びは自己の陶冶には向かず、己を欺き、他に偽善を働くための智になってしまった。

他の貪官や陣笠は解っていても口をつぐみ、人の失敗を陰に悦び、勇気のかけらもない。

相変わらず「お願いします」と平身低頭の嬌態で有権者を惑わせ、票(委託権利)を騙し取る。

黙々とご精励する国父(陛下)の苦衷、如何ばかりかと・・・

               

                

                1989 北京

                

文部科学省といえば公私問わず教育に関する許認可や科学技術に関する行政省だが、各省天下りの受け皿仲介も担っている。文科出身のみならず、退官後の充て職に講師や教授に押し込むことは当然なこととして行われ、あの萩生田副長官は落選中に加計関係の学校の腰掛教員として雇われ食い扶持を得ている。お仲間は与野党問わず教育を食い扶持の種にしている状況がある。その原資は補助金という税金だ。

以前、コラムに記したが、筆者が講義を依頼された女子大で行儀の悪い生徒を注意したら、「叱らないでください。生徒は大事なお客さんですから・・」といわれたが、公私ともども教育機関の堕落は蔓延している。前川前次官とて熟知していたと思うが、みな食い扶持と地位保全で口をつぐんでいるのが現状だ。

 

 

                      

                   陸奥湾    

 

俗話だが、東北の辺々では津軽の「足、引っぱり」南部の「にぎり」秋田の「火つけ」などそれぞれの郷が陰で言い合っている。

足、引っぱり」は、妬みが主な因だが、たしかに津軽はその風がある。うまく表現できないのか、それとも宿命感は怠惰のもとといわれるような、その厳しい環境なのかは論を譲るが、江戸っ子には、゛じれったい゛気分がする。逆に元気な女性は、゛銭っこあるのか゛と異郷の男を金で量るリアルさはある。かえってその方が分かりやすい。ゆえに同郷の太宰は、゛はんかくさい゛と敬遠され、似たような男は敬遠されるが、都会の女にはニヒルさが好いらしい。

 

にぎり」は、しっかり者だが握ったら離さないことだが、津軽では南部をこう言う。

火つけ」は、上京した人間に言わせれば、無責任なところがある、という。

就職事情もあるが、それらの郷から上京するとなかなか帰らない。一つの理由は、親がいなくなれば兄嫁の天下になる。帰れば都落ちの落伍者のように見られるし、慣れた標準語を話せば友達でさえ格好つけんな!と除け者にされる。これは都内の居酒屋では世渡りへたの純情な独り者が杯を傾けての呟きだ。

 

ともあれ他人ことが気になる郷の逸話だが、故郷の繁華街はどこもシャッター通りで、仕事もない。頼みの自治体の職員は有力者のコネ就職で問題意識もない。税収はの農地転換によって郊外に広がる商業地の固定資産税の増収だが、まさに政策なしの濡れての泡だ。余ればイベントと称する一過性のお祭り騒ぎがはびこっている。彼らいう景気に良い人たちは役人、つまり公務員である市役所職員、議員、警察官、教員とパチンコ屋だとの庶民感情がある。これでは銃後の守りなど望むべくもない。

 

                                                   

          

              津軽  平川

 

国会の争論に南スーダンの派遣がある。多くは青森出身の連隊編成だが、あの日露に備えた八甲田雪中訓練の縁ある部隊だ。あの最前線黒構台の立見尚文指揮下の連隊だが、零下20度になる凍下での奮闘は戦争の勝敗を決するような場面だった。あの「足、ひっぱり」と揶揄される寡黙な兵士だ。当時の兵士の多くは貧しい農民だった。

時を変えて南スーダンも青森の部隊だ。農家の子息は少ないが疲弊した経済に就職先少ない。景気が悪ければ公務員に人気が集まる。自衛官や警察官も公務員で安定職。国内の自衛隊志願率は青森がトップ。だが、辞めたら先がない。海外の危険地帯に新法のもとに派遣される危険度は今までより多いが、命令は遵守の自衛隊、東京は父母が許さないだろう。辞めてもどうにか生活できるからだ。

 

 

以上は世情の一例だが、地方創生にしても金と法を駆使しても現状の劣化はより進んでいる。

また、この分野では選挙のたびに、゛安全・安心で暮らせるまちづくり゛と、連呼するが、政治家ではこの部分を得意分野する者はいない。ことのほか厄介な問題なのだろう。

 

キャリアの乏しい議員は陣笠と呼んでいるが、それが集うのを派閥といっている。政権与党の自民党に代表されるものだが、野党はグループと呼んでいる。政策集団を掲げているがリーダーは政権組閣の代理人として大臣推薦組織となっているが、絶大な人気を誇った小泉内閣からは一本釣りが多くなり、よほど安定政権でない限り派閥順送りといった慣例は少なくなった。

それでも政策研究という名において派閥に得意分野、いや既得権分野がある。

以下はあくまで「国家のため」と言われたことだが・・・・

 岸、福田から始まった清話会は戦後高度成長を支えた石油などの資源と端緒となった戦後賠償利権だ。それは政権担当者となった派閥の利権である外交を背景にしたODA利権だが、CIAとの関係での中東石油、インドネシアの天然ガスなどは代表的なもので、政権が変わり産業の構造が変わると、田中政権のウランについての資源外交もあったという。

いまは文教利権と称され、関係するオリンピックもその範囲だ。担当大臣は子飼いなりお友達が受任するが、あまり露骨な強権を振るうと勢力圏の文科省とて、謀議の仲間になりたくはないので、ささやかな反発が起きる。最後は責任を取らされ、冷や飯を食うのは官吏だということを知っているからだ。それにしても慎みのない為政者の登場だが、五寒にある「謀弛」、はかりごとが弛み、漏れるを具現している未熟さがある。

田中派も竹下経世会と続く政権利権はやはり政権の専権となったODA中国だった。

政権が代わると何カ国を回ったと数を誇るが、そのたび借款や無償援助などと莫大な資金提供が結ばれる。これには国会のチェックもない。しかも無償も借款も政権ヒモ付き企業が建設工事受注なりを行い政権には政治資金が流れ込む。

 

                                                        

 

 

岸氏は、「政治資金は濾過したものでなければならない」と、元官僚らしい慎重さをみせていたが、こと海外とのからのやり取りにおいては、資金のプール先(受け入れ)を商社などの海外事業を行う現地法人から、現地のステーションに還流される仕組みを作ったという。

 代表的なものはベルギー・ブリッセルの「日本館」という施設だ。

設立は岸氏を囲む財界の拠出だが、これも商工省官僚であった岸氏の取り巻きであり、満州人脈もあった。この番頭と言おうか、汚れ役は東大閥であり、GHQ関係の川部美智雄氏だ。

あの自衛隊調達の戦闘機にまつわるスキャンダルで有名なグラマン・ロッキード事件の中心人物だった川部は、国会で問題になった際、岸氏の娘婿である安倍晋太郎氏から、「ほとぼりが冷めるまでしばらくブリュッセルに行ってたらいい」と、この時点では国会喚問からの逃避を促している。(川部氏縁者)

不祥事のキーとなる人物を海外公館に転任させるのはこのころから始まっている。安倍夫人のお付きの女性官吏もほとぼりが冷めるまで海外に行くという。この点は前記の「秋田の火付け」に似ている。

ブリュッセルとはベルギーの首都であり、彼らが財界から資金を募り「日本館」を造り、彼らが狡知を働かせて税を資金とした賠償なり援助、あるいは資源外交のキックバックなどの濾過装置として利用したのではないだろうか。川部の生活資金も充てられたのだろう。

 国会はうやむやになり、彼らには莫大な資金が還流したという。また、インドネシア利権も有名だが、何よりも日本の捜査が及ばない、国会の追求資料も相手国の同様な利得を企てる為政者では、何も出てこない。

《カーンとパケナムはACJの活動を通じて岸の政界復帰を図った。岸信介の秘書である川部美智雄は、1960年春安保闘争のころ、東京にPR会社を設立した。唯一の外国人役員にカーンがおり、顧問に谷正之植村甲午郎平沢和重村田恒らが名を連ねた。 また、川部はダグラス・グラマン事件において、グラマン社のコンサルタントを務めていた。》http://www.maria-online.com/information/article.php? ウェッブ資料 アメリカ対日協議会よりlg=ja&q=%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%AF%BE%E6%97%A5%E5%8D%94%E8%AD%B0%E4%BC%9A

 

それは、当時の政治・経済に重きをなしていた満州人脈と極東軍事裁判でA級戦犯となっても刑に服すことのなかった由縁のGHQ・CIAとの関わりによっての学び(経験則)であり、国権の及ぼす範囲外にその濾過装置(資金プール)を設けた巧妙な狡知でもある。それは何れも国民の税金であり、戦後の償いでもあった賠償資金やその後の援助資金からの横領という大罪である。ちなみにODAの多くは借款で税金からの拠出はわずかだが、裏財布の政府金融機関からの融資と国内の商社受注のひも付き援助だ。

余談だが、元満州官僚に連れられて品川のパシフィックホテルで岸氏と相伴したことがある。岸氏のことは同郷の親友で終戦時の内相だった阿部源基氏に聴いていたが、たしかに柔和だが厳しい気骨がある方だった。今では普通だが焼酎のトマトジュース割を「体にいい」と飲んでいたが、たしかに少し塩気が利いて呑みやすかった。

 

援助とはきれいな言葉だが、日本のコンサルタントが相手国の必要かと思われる案件を、いかにも相手国の要望として日本に要求させ借款を受けるものだが、金利と受注益は日本に流入する。そこに相手国高官や国内派閥の有力者へのコミッションが発生する。なかにはコミッション目当ての仕事づくりのようなプロジェクトが創られるが、コミッションの分け前は事前調整して商社は発注先を決める。ここでも政治家の口利きが効果を発揮する。゛俺がツバをつけだ゛つまり、俺の勢力範囲もしくは相手国の人脈で話をまとめた、ということだ。これは町の不動産屋の言い分に似ている。

しかも元本と金利は相手国の長期支払(ローン)だ。道路や港湾は使用料を徴収すれば返済に充てられれば済むことだが、生活基盤や公害などの案件は貧しい人々からの税金が返済財源となる。そしてより苦しくなる。

返済ができなくなれば、港や農地の長期間使用権、まさに金融植民地だ。

                   

                 

                 中華民国外務次官表敬

                   

 

政権が変わるたび首相の外遊が忙しくなるが、なかには専有利権の及んでないアフリカの小国や中南米に食指を伸ばす他派閥の中堅議員も多いが、友好議員連盟などという美名の背後では利権のにおいがする。なかには当時中国利権は政権派閥だが、対立していた台湾に出向いた連中もいた。中国には田中派、台湾は岸・福田派の別動隊だ。

当時、国交断絶していたため台湾は政権に影響力のある民間人を窓口にしていた。

後に外交窓口の責任者になる方だが、台北の事務所に訪ねた折、「いろいろな議員がお越しになってお土産も用意したが、何の役にも立たなかった。友好を小遣い稼ぎのようにしている反中派が多いようです」と、佳き時代の日本人と比して堕落した議員を嘆いていた。

彼らは日中国交回復に反対して机をひっくり返すパフォーマンスをした連中だが、大派閥の別動隊として血判状まで記した人たちである。まさに金にはお乞食さん、選挙は芸人の類だ。仲間はお縄になったものもいれば自治体の知事になったものもいるが、老後に恥をさらしている者もいる。

 

稼業の縄張りのように、経世会の道路・建設、宏池会は農水・厚生、政権派閥清話会は海外ODAと文教利権もそして臨時となるオリンピック関連といわている。大臣には、お友だちを任命するが周到さがない未熟さなのか、それともやましい企図にいくらか遠慮があるのか、さもしい問題が頻繁に湧き出てくる。官僚社会主義と揶揄される国家の政府に、当を得たような各省の退職者の教育機関への押し込み天下りに伴う認認可や施設建設、科学技術はロケットやIT技術、最近では塾の学校経営参入や教育機関の株式会社化など、新たな立法を駆使してその圏域拡大に向かっている。

多くは大局的観点もなく、支持層の拡大など利得議員の領域を増やすことになっている。しかも塾を取りまとめて政治資金の拡充を企てる為政者の、゛お友だち゛といわれる議員もいるが、本意が卑しいせいか、なかなか政策が成就することはない。一方では省益に絡む岩盤規制打破と名分はあるが、゛李下に冠をたださず゛の喩えを知らぬのか、身内や仲間内が関係する醜態を平気で政策として行使する不埒な政治が問題となっている。

政権派閥の息のかかった文科省を天下り問題で政府は叩いたが、天下りは国交省、厚労省、警察庁など民間を食い扶持にした現場がのほうが多い。なぜに自分たちの勢力圏を叩いたかは、他省に手を突っ込むことのできない派閥の不文律もあるが、子飼いが思うようにならないことが大きな理由のように見える。それは事後に表れた籠池、加計問題、そして前川次官の告白の理由によく表れている。

これは政局云々ではない。解っていても口を拭っている議員の在り様と、これを幸いにしているかのような野党の姿が問題なのだ。

選挙とて彼らの失業対策のように思えるようになったおびただしい軽薄議員の当選と有権者の人物眼。寄らば大樹と卑屈迎合が民族の習性だとしても、これでは余程のこと政権に抑制する精神がなければ思うがままになってしまうだろう

 

                

           あの天安門も民主化ではなく、習主席の掲げる腐敗幹部の「官倒」だった。 1989 5/27撮

 

究極は国家戦略特区のように、いまは文教に強いといわれる政権派閥の取り巻きや友達を巻き込んだスキャンダルが世情を騒がしている。国民から見れば、強いものがウソと詭弁と脅かしで官僚を使役しているようだが、あの汗をかき、手は震え、整合性のないことを言いくるめる彼らの姿は、批判とともに可哀そうにも見えてくる。

こんな時は、与党議員はだれも声を挙げない。あの清廉と思えた小泉進次郎さんもだ

官僚を守るべき担当大臣もひれ伏している。使命感と勇気、まさに人生の生きざまだが、現世的名利は得ても歴史では汚れた官吏として評価は降り注ぐ。

 

それらは、権力の政策執行や行政機関の管理監督が内圧的かつ恣意的になり、慎みのない状態が続いている。しかも法治国家として国家的意識が乏しくなった官吏は隣国官吏の歴史的慣習に同化するように、「力」の在るところを察知して巧妙に集い、先走り忖度してご注進に勤しみ、将来の責任関係者に関わらないような間(マ)を、狡知を駆使して探りつつ、茶坊主のように取り入り、しかも人を見る眼のない鈍感議員は官吏の腹話術のごとき劇場議会に陥っている。

 

あの頃もそうだった。議会は機能不全となり、国民は法廷論議のごとく細事に拘泥し、政府は軍部の追認機関となり、だれも止められない流れがつくられた。

今も変わらないのは、国際金融資本を盾とした全てを市場化するグランドデザインへの誘引だ。

表層の豊かさと繁栄の欲求も、与えられた課題ではあろうが、予測がつくのは、より「人心が微(かすか)」になる姿だ。

いくら課題を与えられ、その度に争論を起こしても、経過的つなぎ策にしかならないのは、もともと課題そのものに問題があるのだ。これも官製学の課題に対しての数値選別に問題意識なく慣らされた民の行く末なのだろうか。

 

標題は、これが観えずに陥った世代の未熟な政治に他ならない


一部写真は関係サイトより転載

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「女厲」は社会を劣化させる 16 4/8. 再

2018-09-09 14:19:53 | Weblog

               秩父

 

 「女厲」は五寒に記す、政外、内外、敬重、謀弛と同時に表れる相互作用だが、女性が荒々しく烈しくなる現象だ

この兆候が表れると社会は崩壊し、国家はなすすべもなく崩壊する。それは生産や軍事力という数値評価の多寡で競うものではなく、真の国力と云うべき人間の深層に存する情緒が五寒に記すそれぞれの問題の顕在化によって毀損され、数値の繁栄が砂上の楼閣のようになる危険性があることである。

なぜなら、数値の多寡を競い、成功価値や幸福感を追求するなかで、個々の成功や幸せが行き着くところにある「全体の毀損」が、まるでエントロピーの法則のようにその高低差を激しくなればなるほど、閉塞感や戸惑い、不安などの精神的社会基盤が歪み、回復力を失くすことになってしまう憂慮だ。

昨今は、格差社会といわれ、一過性でもある、情報、収入、などが、その一過性の人生価値によって、より激しさを増している。そこに付随するように「五寒」も顕著に表れている。

安易な生活感によって、考えることは難しく、観照することは関心もなく、問題意識すらない人々は、その境遇すら人任せにする傾向が多くなった。まるで羊飼いに飼われた犬に追い立てられるように、群れは流行り事や、政府の刺激に群行群止している

 

 

  台北市老人住宅 松崎敏彌氏と

第五次になる中華民国台湾の施設訪問が3/15から行われた。

施設は台北や高雄の高齢者住宅と小学校の朝礼、少年観護署(矯正施設)などだが、それぞれ数次にわたる継続訪問である。

 

この章に関係することだが、台北の高齢化施設での女性には、いつものこと応答や仕草など、便利性や情報に囲まれ、文化的と云われる世俗に生きる我が身に照らすと、ことのほか至らぬことに気が付くことがある。

 

ものごし、笑顔、言葉の選択、応答、すべてに日本の生活域では見かけられない情景がある。なかには台湾高等女学校や、あの映画KAMOで有名になった嘉義農林野球部出身者もいたが、みな応答辞令に優れている。懐古趣味に留まるものではないが、改めて日本語の教養的な使い方、心の沈潜した部分の表現、さらに異国ならではの一期一会の遠望するような眼差しなど、不謹慎にも抱きしめたくなるような老境の潤いがある。

 

 高雄市老人住宅 カラオケ室

それと云うのも、訪台直前にネットや国会を騒がせた日本女性の意見表現に、どこか裏悲しさを感じたこともあり、早くあの方々に会って、゛そもそも゛を取り戻したい気持ちがあった。なにも大戦を前後しての価値評価を云々する野暮なことではなく、心地よい人々の「和」や「間(ま)」が、たとえ異郷においても、瞬時に連帯や調和による親和心を作ることのできる応答と観照の妙を浸透させる、人間の真の力を感受するために、己の敏感性を研ぎ澄ます体験への期待だった。それは、邦家では乏しくなった日々新たな発見でもあった。

 

その我が国の情勢だが、多くの女性の賛同を得て政府さえガブリつく文句があった。

 

何なんだよ、日本。
一億総活躍社会じゃねーのかよ。
昨日見事に保育園落ちたわ。
どうすんだよ、私、活躍出来ねーじゃねーか。

保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。

 

世上、いくら欲張りでも都合のよいことばかりで思い通りにはいかないことは子供でも知っている。現状を認知して内容を熟慮しても、ヤクザや不良弁護士や利権代議士、はたまた扇動家が「いい話」や大義を言ってきても、世間は眉唾で聞き流すものだ。いわんや方策としてもこの手の言葉を用いる人間が、浮俗の風でまかり間違って政権を取り、認証官(大臣)にでもなったら、陛下は平然として信任状をお渡しになるだろうか

しかも、男女平等を謳う世で、義務はともかく人の権利を唱える、ここでは女性に、嘲り、罵声を浴びせられて、ごもっともと語るオノコも情けない。

゛いつのまにか゛それが複合的に社会の隅々に表れるのが五寒にある「女厲(じょれい)」なのだ。

 

制度や待遇を考慮しても、わがナデシコの言は烈しくなった

これではまとまるものも、まとまらない。だが選挙目当てもあるが政府は瞬時に五兆円もの対策費を計上予定とのこと。これも選挙次第でウヤムヤニなってしまうのだが、どこか情けない気分だ。いわんや課題(批判)に対する応え(対策)だとするなら、対策のみで政策すら出せなくなった為政者との出来レースの芝居かと思えるほどの、タイミングの良い、゛さもしくも卑しい゛役者がそろっている。

 

                 秩父

 

当ブログで記す、陋規の習慣と掟を倣い、自省や模範とすることがなくなっては、いくら法を積層しても意味がないと考えるが、この陋規(狭い範囲の掟や習慣)には、前記した台湾の高齢者の「ものごし、笑顔、言葉の選択、応答」あるいは、「整理、整頓、清潔」などトヨタでも5Sと称されることの習慣化、あるいは食事態度、姿勢、礼儀などが大きな部分を占めるが、件の女性は、野暮で古臭い、人権、平等を掲げて反論、いや争論でもするような威圧姿勢がある。

 

 

思春期を過ぎて大学生になり社会人になってからでは間に合わなくなることがある。

それは付け焼刃のような人間の矯正と、役に立たない知学である

 

人間を粗製乱造する教育産業の変容を進歩的成長とする風潮と相まって、その評価とする数値的選別が、なんら社会生活なり国家組織の形成に効あるものではなく、かえって屋上屋のような法の積層や内規(コンプライアンス等)を作らなければ、人間がその世界(組織なり)用と成さない現状がある。

 

近ごろは、職掌責任ある上司でさえ言葉を控え、いたずらに逡巡する傾向があるようだ。

なかには真性の病いでもなく、単なる我慢が利かないストレスという流行り語や、それを病気項目に当てはめた「うつ病」が多いようだが、言葉を失くし、動きを失くすと、それらに括られ、しかも数値に追いまくられ人情薄弱になった環境から逃避するように病を盾にすることもあるようだ。まともな病をもって苦しんでいる人はその偽病に嘆いている。

 

体裁のよい憑りつき病のようだが、これに「さもしさ」も「むさぼり」が感染したら、生活習慣病となるのは必至。点ける薬はないが、体質改善と精神の覚醒は肉体的衝撃がことのほか効く。人の弛緩や堕落は、それによって構成される社会なるもの、国家なるものも同様に弛緩し堕落する。

 

まさに、「何だよ、日本」、敢えて云われなくても国民は察している。

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無学な平民が観る、憂慮ある現れ

2018-09-06 16:44:59 | Weblog

前号 関連稿

 

          

       大塩平八郎

 

 

筆者は世が世であれば・・・・平民である。

明治のころ、文明開化だの近代化だのと騒ぎ立て、藩主は華族はとなり、生き残ったは志士は軍人や吏員となって立身出世の風潮を煽った。

高知の山内容堂藩主曰く「維新の無頼の徒」も功績をあげれば男爵など爵位が付いた。それらはベタ金と揶揄された記章で衣服を飾り貼り付け、勲章をぶら下げて髭を撫であげた。

 

あの智将と謳われた秋山真之が天祐(天の助け)と呟いた日露の戦勝に舞い昇り偉上高になったのも、その元無頼の徒だったが、当の凱旋将軍の東郷平八郎は明治神宮の参拝にはうつむいて、まるで敗軍の将のようだったという。秋山は、゛神かがった゛と奇人扱いもされたが、日本の将来を遠望し鎮まりをもった処に自らをおいた。

乃木希典も同様だ。それは戦地臨場にあり敵味方にかかわらず多くの若者を死地に赴かせた哀悼惜別が終生、鎮まりのなか事あるごとに想起されていたからだ。

 

現代でも大戦を境にして戦前生まれの政治家はその惨禍を体験しているからか、「戦争の惨禍を知らない政治家は危ない」と警鐘を鳴らしている。

いっとき数は力だと、参議院は売文の小説家や女優、タレントが、これまた軽薄になったオトコとミーハー世代のオンナに支えられて政界に進出した。当選したら先生と呼ばれ、お手盛りで法外な便宜供与と俸給が保証された。

政治家も官僚の掌に乗っていればよかったが、近ごろは国会の職場内不純異性交遊や政策談義と称するキャバクラ飲食領収書、それでも隠し切れないとガソリンや切手の大量購入に勤しんでいる。

 

明治の無頼の徒と共通するところは座布団付きの議員バッチの威光だ。まともな国民からすれば虚飾だが、与野党揃って食い扶持の安定担保と、言うべきことより、言いたいことの舞台確保で忙しい。ついでに税金で政治資金まで手前勝手に議決して懐に入れている

流行りの男女共同参画やセクハラコンプライアンスも男女の性の優性を衰えさせた。

ともに分別して具備している魅力まで劣化させ、性の峻別ならぬ同化や転化がもてはやされる様になった。原色スーツに塗りたくって化けた装い(化粧)が選良として議場を闊歩して、ときに髪振り乱して嬌声をあげている。これも今どきの無頼の姿だ。

 多くの平民は観ているが、あえて口を開かない。一つの平民の常なる矜持だ。

 

    

      昭和天皇 

 

大正の頃、昭和天皇の結婚の御相手に久邇宮良子さまがあがった。今も変わりはないが高貴と自認している方は血脈を重要視する。反対派も大声をあげることもできないが、良子さまに色盲の血筋があるとネガティブな宣伝をした、それもお立場があるので狡猾に、かつ応援団を恃んだ。騒ぎを落ち着かせるためか皇太子を欧州に巡行させた。船旅だから長期にわたった。それほど女性の血脈は重要だった。もちろん今は皆無のような純潔遵守である。

その点、男は経験として鷹揚だ。

東郷平八郎は特有の経験則なのか、渡航の事前準備として横浜のメリケン街で訪問各国の女性に若き皇太子をあわせている。口舌なら阿吽もあるが、近ごろの説明責任には馴染まない話の内容だ。

 

平成もそうだった。皇族御用達学校の学習院に常磐会という女性会があった。正田美智子さまの嫁ぎ先予定の義母となる良子皇后も会員だ。厳しくつよい女性が多かったのか、ここでも口に出さない暗闘があったと当時の新聞が後日談として書いていた。

民間の粉屋(日清製粉)の娘で、当時のマスコミ報道はミッチーブームで世間は盛り上がった。一方では、その現象に眉を曇らせる貴き血すじの女性たちがいた。

筆者は「貴き」は自認でよいが、「尊き」はその様な人達に問いかける平民の意志だと思っている。

 

喩えだが、中国では民を水に例え、浮かぶ船を皇帝に模した。水は老子の説く「上善如水」(いちばん良い生き方は水のようなもの)と言われるように、雨は小川をつくり、地下にも貯まる。清水も濁流も排除しないで混じる。大河となって動植物を潤し、どのような形にも納まり、海を創る。静かな海は天が怒ると暴風となり舟を転覆させる。つまり普段はオトナシイ水だが、怒ると舟である皇帝や為政者を転覆させる力があるということだ。そして何もなかったように寒ければ氷となり、逆に水蒸気となって雪や雨を降らせる。つまり水は循環という大きな流れで刻(歴史)んでいる。

それが、人間の生き方の倣いなのだと考えるゆえに、皇帝や宰相に「文句も言わず言うことも聞く、税金も払う、だから俺たちのすることを邪魔しないでくれ」これが関係の持ち方だと考えている。どんな妃を、婿と縁組しようが、おめでたいのは当事者であって、民には実利が伴わない。面白がるが反対はしない。かえって一部の繁栄を守る戦備や、体面をつくろう館や道路普請に税が増えると考えている。

さしずめ、地球のどさ廻りの五輪興行や祝いイベントも時を違えて似たようなものだ。

 

ここにきて秋篠宮佳子さまと小室圭さんのことで、当事者以外の言葉が世間を騒がしている。仰せになったのかどうかは判明しないが、発言の重い国母が否定的発言をしたと記事に出た。勝手な誤報だと思いたい。表立ってはいない秘事の類にあるやもしれないが、直接国母が発せられる言葉ではなく、意をくんだ側近なり、言論貴族や売文の徒なり、商業新聞が騒ぐことはあっても、国父、国母にその倣いはない。

 

     

   疲弊する民に沿った光格天皇       慈母 後桜町上皇

 

あの聡明な美智子さまでさえ適応障害(当時は云わなかった)になられた。

世間でも田舎から都会にとつげば訛りや食習慣、地域の風習に慣れるまで大変だった。

旦那が鷹揚で頼り無い長男なら「大事にするから」の連呼で役に立たない。

だが、義母も老い、孫が嫁をもらうようになり、同郷の郷であっても「田舎育ちで今どきの子は、親の教育は・・」などと、同じ繰り返しがある。まして昔みたいな人情も希薄だから、自分が嫁に来た時より辛辣になり、なによりも大人しいからと旦那の「」を超えることもある。

 

たとえば、昭和天皇の質素倹約の逸話だが旧知の卜部亮吾侍従と筆者の酔譚を想起する。

戦後の復旧が整い国民生活も安定した頃、お住いの大宮御所も古くなり雨漏りさえしていた。侍従が改修を上申したところ「国民はまだその環境にない」と断っている。戦後の全国巡行に使用していたコートの袖口がほつれていても気にも留めなかった。卜部さんの語る逸話だが、戦前の大権が有していた天皇が、戦後の惨禍を鑑みて質素倹約に転換したわけではない。もともとの生育過程で習慣化され、長じて松浦重剛等による帝王学の御教育など、知識だけではない浸透学的涵養が優れ、かつ暗雲として覆っていた軍官吏の跋扈と増長を経国の妨げとなり、国家継承の危機となった経験の臨場体験など、戦火を知る者に観る「上」なるものの当然な忠恕心が涵養されていた。

それは、筆者も独りの国民として、゛ありがたい゛と感ずる大御心だ。

 

       

     杉浦重剛

 

後代は、゛国民と共に゛とお出ましも多くなり、流行りなのか皇族のファッションが浮俗の口の端にのるようになり、居も新たに構築された。

名画を喩えにするのも憚れるが、希少な絵画は、゛目垢がつく ゛と称して秘蔵されるのが常だ。

゛視た! 知っている゛では有難味もなくなるのは、゛なんだ~、オレと一緒だ゛となり、時流の浮俗に晒されることになる。憧れが手元に入ると飽きがくる。しまいには下げ降ろす気風も生まれるようだ。

 

その騒ぎも、最後はオヤジが出てきて頭を下げて収めるのがオチだ。マッカーサーの前には勢いの良かった軍人重臣ではなく、まして国母ではなく、国父の実直さと人物でしか適わなかった国を救う会談だった。

 

「文は経国の大儀にして不朽の盛事なり」と、古来から国家の大事として文章管理を説くが、それも反故になったと、登場人物と共に歴史に刻まれた。しかも国家財政で学費を賄い養成された文官エリートの仕業だ。

 

世俗では旦那が意向を出す前に女房が他人の息子が不釣り合いでと広言する家庭は、およそ統御がとれていない。つまりオヤジのガバナンスがないため、女房が我慢しきれず、他人の子供に事に口を切る。ゆえに我が子でさえオヤジの言うことをきかなくなり、アメリカンファミリーのように、先祖や家意識などなく、嫁と子供のことばかりに気が向くようになる。

 

    

        

 

ちなみに天皇の大御心では、民を「大御宝(オオミタカラ)」と称して遍く慈しんでいる。

いくら周りが人権だと騒いでも、己のことについては「権」を語らない。ましてや祷りは、不特定多数が縁あって棲む敷島の安寧を希求することで、我がこと、我が家族ではない。

ゆえに躊躇しない。その特異を認めるからこそ国民との結びはある。たとえ慣習上、どうしても寛容や忠恕心で包めないことが生じても、その調和が解決に向かう努力を超えることであったとしても、オオミタカラを個別に云々することは抑えるのがお立場の倣いだった。

 

オオミタカラは行政管理にある国民だけではない。我が国に訪れる人、援けを求めて来た人。不幸にして罪を犯してしまった人、貧富も国籍も問わず、四方蒼海に存在する敷島(日本)のなかで、縁あって暮らす人々をそう称しているはずだ。

そのお考えは、人間種として天皇が特殊なことではない。だから、その行動は誰でもできることだと勧奨さえしている。

ちなみに「同じ人間ではないか」と、単に同一視する世俗では、忙しいとか身分や財力が、といったらどこにもついて回ることだが、まして、人間そのものを解明したり、証明不能なこととして附属性価値の多寡で選別しても人の世は成り立たない。

 

畢竟、観えることは言葉と行動だ。

「俺たちと一緒だ」では成り立たない。ゆえに明治以降かたくなに守護した空気であり、推戴のもととなる邦人の情感であり、深層の国力なのだ。

これも平民のゴマメの歯ぎしりなのだろうか


イメージは関係サイトより転載


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吾 平民なり

2018-09-05 14:13:53 | Weblog

 

吾 平民なり

 

大日本帝国憲法では天皇を内閣が輔弼(助言、沿う行為)すると明記されている。

戦後の憲法では天皇は国政に関する権限や統治権もなくなり、象徴としての位置にある。

その象徴もオブジェのようなものではなく、国事行為である認証(裁可ではなく)は、内閣、条約、法制について多くの認証御璽を自らの御名によって行っている。

つまり天皇は権力を所持しない、国政に関与しないという制約下での象徴としてのご公務を執っている。その意味では英国女王も象徴ではあるが、形式的には元首・君主としての言葉や行為を国民に現示しているのと同様だ。

 

国民からすれば日英の立憲君主は似て非なるものと考える向きもあるが、建国から歴史的経過をたどると「依って立つもの」の異なりと、多文化との干渉なり、あるいは融和によって運用の姿は異なるっているのは当然だ。

だだ、絶対君主や共和制(大統領制など)などの統治形態からすれば日英は立憲君主制という見方として分別されるだろう。

 

また権限や統治権を有するなら他からの剥奪もあるが、゛所持しない゛象徴であるために民意やそれらで構成される司法裁判などに影響されることない安定的かつ継続的立場を維持できることでもある。それは多くの要因を以て構成されている国なるものに棲む人間を、利害を超えて収斂する、言葉を変えれば群れに自然推戴された長(おさ)の役割をもった必須の機能でもあるとの見方もある。

 

      

          東御苑

譬えで理解するとすれば、水面は風に揺れ、木々はそよぐなか、航路の指示と安全のために設置しているブイの水面下の安定重量として定位を保つ錘(重し)のような感覚だ。

近代は人権や平等、はたまた性の同権が謳われ、その意識の上で、゛重し゛の是非を論ずることもあるが、性別固有の異なる存在を認め、かつ有効的調和によって超数的効果をみとめた古人の厳存理解の認識(なじみ)とはかけ離れた論が、これまた切り口を変えて競い合っている世俗の状況があるようだ。

 

こと、人間の行為は万古から変わらない。とくに食・色・財の欲望においては、人権・平等・平和の言辞を以ても、相対、いや絶えず対する絶対のごとく、今時の論拠としての質や量に置き換えても質は劣化が進捗し量は増大している。とくに分別や弁(わきまえ)などにおいて、より分離かつ立場の混在意識が甚だしくなっている。

 

前章を考えて、果たして現在の政治家、つまり数多の意志の収斂手段をとるにしても、国民から委任、負託の関係にある立法府の政治家、行政府の為政者と官吏が立憲君主の象徴として存在する天皇の長(おさ)としての存在認識は如何なる考をもっているのか、どうも嘆かわしい希薄感が筆者の眼に映るのだ。

 

     

    悠仁親王殿下の御世は・・・

 

 

古人は「上下こもごも利をとれば、国 危うし」と云った。

その「上」は現在では為政者なり官吏、あるいは上長者である親や先輩の考えや習慣的行動などだが、それらが人を観る価値観が人格とは何ら関係ない附属性価値である、地位、学校歴、財の有無など、すべてが財利の多寡を成功価値なり、幸福感と狭視することがますます昂進し、それを抑える教育なり文化的技芸なども財利に昂進する姿に、「下」も嫉妬と怨嗟が混在した哀れにも映る追従がすすむことを古人は社会の危機と捉えていた。

 

いつぞやは偉い人と云えば政治家、医者、教師と思っていた。尊敬もした。

゛偉い゛は立派とも言った。上手い演説とはいうが、立派な演説は無くなった。

知識人は、゛あてにならない大衆゛と括り、権力に迎合して素餐をむさぼっている。

売文の輩、言論貴族に落ちぶれ、そのあてにならない大衆を、これまた商業マスコミの走狗となって大衆を先導している。羊飼いの犬に似ている。エサはともに錯覚した成功感の糧となる金(食い扶持)の多寡を競う意味のない価値だ。

 

この時節は、長(おさ)の周辺も騒がしくなった。深窓の令嬢に興味があるのは人の常だが、「俺と一緒ではないか」では、炭酸ビンの蓋がはじけるのも遠くない将来だ。

そんなことを考えて、別章を記してみた。

 

以下 次号

 

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歴史の教訓 13 5/15再

2018-08-28 08:33:42 | Weblog

台北中山記念小学校 自治会幹部生徒




歴史に記された教訓は民族にとって、科学の発達した現在においても有効な人間の教科書となっている。その記された事柄は現在のさまざまな問題の解決にも活かされ、将来を想像する人々の観察になくてはならない時間経過の財産としても、人々に知恵と勇気をもたらしている。

忘れてはならないのは、文字の成文化やメモリーとなる構築物だけではなく、民族の習慣性や心の表現などが、記憶だけではなく、自然に発生する行動や、考え方のシステムとして、心や身体の瞬間的反応に現れ、他からは民族の特徴として印象づけられたりします。

          

学校の授業にも紙面が活かされます。

 


どんなに便利な社会になっても、そして豊かになっても集積され教訓となった人間の習慣性は、つねに他民族の文化との有効的な整合性を求め、ときに悩んだり後ろ向きになることがあります。

それは生活の習慣性だけでなく、宗教や思想の選択、そして政治衝突さえ起しながら新しい歴史を作り上げるために、社会は生き物のように躍動しているようです。


争いや和解は新しい知恵を生み、幸せ感は心に宿ります。
貧しかったころ、人びとは助け合い、足りないものを補い合い、欲張らなければ貧しいとは思わない共感を人びとは学びました。

それは豊かになっても人々が競い、争うことが、歴史に浸透された習慣性には相容れない借り物の豊かさだということを知っている賢い人々の歴史だ。

地球上のさまざまに地域では対立する人々がリーダーをなくした群れのように争っています。強さを競い、物質の豊かさを誇り、宗教の優越性を賛美したりして社会を混乱させています。

多くは政治の主導権を獲得して国民を指導下におくものですが、ときには他国の資金援助や影響を背景にすることがありますが、国民の多くは息ひそめて困惑しています。

 

          


歴史の教訓は、それらがつねに変化を要求され、長続きしないだけでなく、それが却って次の時代を作り上げるための反省の教材として子供たちが正しい問題意識を想起し、勇気を以て解決していく心の学びとしての貴重な歴史的体験であることを教えてくれます。

キショロチェトロは子供たちの観察した意志を文字として紙面を構成し、子供たちだけではなく、多くの方々にも理解してもらおうとする場所です。

子供たちは新しい歴史の目撃者として多くの記事を、覚えた文字で自由に発言してほしい。そして大人の方々にも、子供の心を学ぶ機会にしていただきたいと願っています。

(ベンガルこども新聞 キシロチエトロ寄稿) 

顧問  東京支局長

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羊飼いの犬に追いかけられた夢  2007 06 再

2018-08-20 12:45:26 | Weblog

もう何年も前の初夢で犬に追いかけられた

お節介なもので皆に知らせたことがある

何のことやら解らない人、なかには映画のストーリーかと言われた

近頃は目の前の現実として現れているが、羊飼いの犬は群れを美味しい草原に誘導している
太った羊は美味しい肉となり、チーズや干し肉となって羊飼いの胃袋を満たしている約二世紀前につくられた或る人たちの謀だが、戦争やそれに用いる戦術や武器もいらない、かつ民族や国を「いつの間にか・・」劣化、衰亡、亡国、分離、流浪に導く企図でもある。

人の正邪の分別を曖昧にさせ、利便性と保護を謳って彼らがコントロールする財貨の世界に誘い込む。仮装された生きる価値や目的を、彼らの囲いの中のでしかない自由を個性だと煽り、民族や人種の混交を「愛」に置き換えて、血純なる種別を曖昧に導く。すべてアナタ達の意志と決断だとして、反抗されるべき彼らを巧妙に隠している。

人々の連結の絆は分断され、かつ十九・二十世紀に起きた戦乱の真の目的にある各民族の歴史的集積の統帥者である「長(おさ)」を同じ民族の手で倒し、破壊した。

そのスローガンは自由・民主・平等であり、そのスローガンは大衆が互いに争いと自縛を起こすような別の企図が含まれている。彼らは人間がいつの間にか眼前に広がる状況に問題意識すら抱かせないような巧妙で狡猾な知恵だが、今は、金融・教育・情報に収斂されている。

 

      

 

それより架空の幸福感を目指し、財貨所持の成功者を嫉妬し、不幸に落ちることを望む愚かな人心を習慣づけすることに目を向けた。格差に問題を抱く前に、財貨成功者をヒーローとして徒労な競争に誘い込み、学問、芸術、スポーツの成功者な過大な収入を与えて宣伝した。資源の交易は通貨価値や為替操作の仕組みを構成した彼らの意図によって、容易に差益利を生むシステムになった。

架空の民主を謳い、意見の相違は争論を生みあいまいな結論しか導き出せず、彼らの作った自由なグランドで、異なる社会に平等を投げかける。独裁はコストがかかる。共産は理想を謳ったが突き詰めれば「共惨」になる。一番コストがかからないのは自由と民主によって社会は混乱分断し、収斂コストは財貨のコントロールと自由を阻害すると謳った情報と社会の管理だ。そのツールは科学的というコンピューターになっている。

二十世紀は誰が名付けたのか、彼らにとって独裁・共産・自由の選択のための争乱だった。

筆者の「人間考学」の端緒になったのは、かくも人間の弱さ、誘引される理由、問題意識を持たせない環境醸成、など、今までの官制学校歴の課題(カリキュラム)にはない、いや考えさせないとも思える仕組みに興味を持ったのだ。

たしかに明治創生期にかぶれたように借用した教員制度はフランスからだ。あの自由・平等・博愛(友愛)によって長の首を熱狂によって断頭した社会だ。

その掲げられた標語はいまだに達成されていない。

もともとあり得ないものを、有るがごとく文字や言葉で謳いかつ煽り立てる。

隠れた統治者が人の口を借りてスローガンなりハナシを謳う。

やはり宗教家や為政者が迷える羊と視ることも有りなんか。また、無いものを有るを前提に争うからまとまるはずは無い。

餌(錯覚した成功価値)と犬(武と管理)は最良なツールなのだろう。

 

         

                     青森県弘前市 岩木

《以下はその年の賀状に記したことです》

いつだったか青い目の悪戯っ子が耳元で囁いた。

「われわれはすべての信仰を破壊し、民衆の心から神と聖霊の思想を奪い、代わりに数字的打算と物質的欲望を与える。

思索と観照の暇を与えないためには民衆の関心を商工業に引き付ける。 

そのようにしてすべての人々は自分の利益のみに没頭して共同の敵を見逃してしまう。

自由と民主主義が社会を瓦解させてしまうためには商工業を投機的基盤におかなければならない。

そして商工業が大地から取り出した富は民衆の手から投機家を通じてすべて我々の金庫に収まる。 

経済的生活で優越を得るための激しい闘争と市場での絶えざる投機は人情薄弱な社会を作り出すだろう。 

そして、高尚な政治や宗教に対して嫌気がさし金儲けに対する執念だけが唯一の生き甲斐になるだろう。

民衆は金で得られる物質的快楽を求め、金を偶像視するようになるだろう。 

そこで彼ら民衆の貧乏人どもは高邁な目的のため自ら財を蓄えるためでもなく、ただ錯覚した上流社会への嫉妬にかられ、われらに付き従い、われわれの競争者である特権的立場のものに反逆するだろう」 



そういえば古事記に
国稚(わか)く、浮かべる脂(あぶら)のごとくして、くらげなす漂えるとき、葦牙(あしかび)のごと萌えあがる物によりて成れる …  と、ある。
古典や故事を引用するぐらいの知恵者にあやかるまえに、大地の表層に浮かぶ脂やクラゲのように浮遊し、葦の芽ぐらいだった原祖を思い浮かべ、 青い目の悪戯っ子の囁きに、黒い目を白黒することのない心の鎮まりを見つけたいものです。

以上、2007年当時に送付したものですが・・・やはり今でも感応は薄いようです。

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゛日本の若い女性へ゛ パルが遺した 言葉 11 1/1再

2018-08-19 13:40:24 | Weblog

 

インドの東にバングラディッシュという国がある。昔はインドベンガル地域だった。西洋の植民地支配国はそれを手放すとき総じて分断政策をとり、つねに混乱の種を残すようにしている。これも影響力の保持である。

そのベンガルは詩人タゴール、インド独立の英雄スバスチャンドラボーズ、そして国際法学者であり東京裁判のインド判事ラダ・ビノード・バルを生んでいる。

ベンガル人は細かい作業を得意として、世界ではドイツ、日本と並んで歴史的にも精密作業においては有能な民族に数えられている。川辺の植物から大人の全身を装うような繊維を作り、小さくまとめれば指輪にもなるような精密な作業を行い、日本で馴染みの藍染めも彼等の得意な作業だ。

それゆえ欧州でも人気のあまり業者が政府に苦言を申し入れた。蔑んだ未開の地の物産が欧州を凌駕することは許されなかった。早速英国は武断政策を行いベンガルの織物職人の指を切り取った。彼等の植民地政策とはそのようなものだった。(在日ジャーナリスト,シャカー談)

パル判事もその頃のことは覚えている。東京裁判は敗戦国日本を裁く裁判だった。法学者として国際的にも信任の厚いパル判事は勝者の判決文にパル意見書をそえた。もちろん勝者の熱狂と偏見に到底入れられるものではなかった。

戦後いくたびか来日して日本人に多くの提言を語っている。それは列強の仲間入りに遠大な志操を失くそうとしていた日本に対して異民族である孫文が「惜しむらくは・・」と述べたことに似ている。日本人が忘れ去ろうとしている誇りや伝統に培われた価値観に対する諫言でもあった。

とくに人間の尊厳を支える人の問題、それは陰陽の調和に譬えた男女、家族、社会、国家のありようを指すものだった。

パル判事は「日本の青年に」「日本の女性に」と注意深く、簡略に記している。孫文と同様に西洋と東洋の異なりと安易な模倣による問題を提起している。戦禍に打ちひしがれた日本、とくに次代を背負う青年男女にパルは予言ともいえる言葉である。

それは、数百年のイギリスによる植民地の圧政にあって、終始その精神性の護持を唱え「糸つむぎ」の労働を想い起こして西洋的な習慣化からくる堕落を防ごうとしたガンジーの意志の伝承のようであった。

とくに惨禍、欠乏から物質的富への当然の要求について、それによって亡くすものの危惧を憂慮し、女性としての存在意義と、その分別における性の優越性の在り処を知ることが必須なものだとして語りかけている。

 

        



あなた方は、知的的にも道徳的にも最も感受性に富み、もっとも受容力の大きい時期にあります。学校教育から本物と偽者を見分ける能力、社会の将来を形成してゆく力についての知識を得てください。

とくに宣伝に惑わされない判断力を得てください。宣伝の恐ろしさは、絶えず感情に働きかけ、知らず知らずのうちに、自分の本質と矛盾することを信じ込まされることにあります。

皆さん一人残らず、どんなことに出会っても、勇気と優しさと美しい魂で処理してください。

皆さん一人残らず「世界を歩む美女は何人もいるが、どんなに飾り見せびらかしても、あなたの完全(内面)な美しさとは比べ物にならない」と、尊敬の気持ちをもっていわれる様に、行動されることを願っています。』


参考理解として
   次号の… 

羊飼いの犬に追われた夢】も併せて賢読していただければ幸甚です


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成りすまし 2012 3/19 あの頃

2018-08-14 08:17:37 | Weblog



国籍に始まって宗教、思想、組織帰属には、よく「成りすまし」がある。

特務諜報員などは自国の成り立つ思想を隠してでも敵国任地の思想堅固を装う、つまり成果を得るまでは偽装する。例えば権力側や右翼や民族思想だ。
あの満州の崩壊から国民党、共産党と支配者は代わったが、国民党支配のころは幹部として、共産党が進出してきたときは一夜にして現地司令官としてなったものもいる。

あるいは台湾では反共新聞を発行し、ときには共産革命一世代の高級幹部の密使として我国の総理に、゛個人的関係゛、つまり「利権」の確保に動いているものもいる。日本人にも行動右翼として名を立て、ビルを建てたものもいるが、その披露のとき挨拶に立った荒木文部大臣から「右翼の衣を着て中共からの資金援助でビルを建てた人がいる」と皮肉を言われている。

いまは独自の路線を唱えているある政党も、旧党本部の建設を図ったとき建設委員会が作られた。資金も無いのでどうするのかと思案していたとき、「当時は親密だった他国の政党から三億円の資金をもらってきた」、と除名幹部は当時を語っている。

みな独自路線だとか、思想堅固を謳うが、身の安全や金にまつわると、からっきし弱い。

 

台湾の日本語世代    残置された日本人とも・・・

 


帰化、国籍取得が問題視されているが、往々にして自由を求めとか、身の安全を、あるいは自身の可能性を図ってとの理由が多い。かなには資産移動地に担保として縁者の国籍取得を考えて帰化したり、永住権を取得することもある。

「成りすまし」は生きるすべだが、なかには不自由な国から言論自由な国、もしくは大国に帰化すると、母国を口汚く罵るものがいる。幾らか言語が堪能だったり、高邁な理屈や物書きにその類をみる。

日本は素晴らしい、それに比べ母国は政治も悪いし民衆も行儀が悪い。日本は素晴らしい歴史があり、その策謀に気をつけたほうがいい・・』
そんな具合の阿諛迎合が恥ずかしげもなく繰り返される。


国家意識もなく狭い範囲の人情で地球の表皮を住処にしている民族からすれば、母国や生地などの帰属意識は薄く、たんなる縁あって棲み分けられた「郷村」の隣人くらいに考えてはいないような遠慮のない姿である。
昔から外国人、とくに白人には手を出さないが、自国民にはその陋規の範疇にある掟や習慣で厳しい矩と過酷な罪科、そして残酷な刑を与えている。男性器を叩く刑や三千回を計って傷つけ、その前に死ぬと執行者が罰を受ける、つまり三千回の苦痛を与える報復である。

我国も戦国時代は首を切り褒章の証としたり、首が重いので多くの耳を削ぎ細綱に通して証のしるしとしていた。そのなかで団や藩、部族への裏切りが一番恥ずかしいこととして武士へは自裁を促した。逃避すれば隣領へ執拗に追跡し殺害した。

ロシアも北朝鮮はいまでも追尾して実行している。韓国の大統領候補者を日本のホテルから拉致したのも記憶にある。それは秘密を知った大物だったからだが、昨今の言論、出版会に大手を振って母国の政治体制に罵詈雑言を投げかける人々にはそれが無い。
どこか上手な配慮が働いているようだ。たしかに浅薄になった日本人にはホドほどの情報のほうが都合が好いし、食いつきもいい。それも民情観察として功をなしているようだ。










特務や諜報といわれる役割は任地の情報取得や民情かく乱などだが、成りすましは自国の友党ではなく、任地の政権政党の深部や国営放送などに紛れ込んでいる。
ある高名な書評家だか、安倍公房、司馬遼太郎からきた手紙の束を差し出したが、それぞれ7、8センチほどの量だった。この書評家は外交部出身で単身赴任、草稿の多くは自国で書くと、指摘したらその通りだった。

数ページの書評のうち、数行に彼の国の知識人特有の臭いが見てとれたためだ。
商業出版の多数のスタッフに装飾された本が、あのノーベル賞の候補に羅列されることに心魂を費やす物書きの魂胆は、外国特務の絶好のターゲットである。必ずといっていいほど招待され歓待されているのもこの手合いだ。
スタッフとはネタ本の収集、誤字脱字の校正、表紙のデザインと誇大な宣伝、これらのパラサイト集団のことである。

映画の世界でもある。先の大戦中のスパイ事件の日本側主人公を撮ろうとしたが、インパクトが無いので外国人首謀者をタイトルにした。彼の国大好き人間で、国営放送の特番旅行に嬉々として出演していた。何を期して撮影に取り組んだかよく解る姿だった。
これが知識人、教育者、人格者に祭り上げ、それを文化というのなら褒章、勲章も色あせるはずだ。

それらは、゛成りすまし゛に簡単に騙される。小説という嘘書きを生業としている物書きと外国人書評家、それに配達された多くの依頼書簡、それが「明治」を書くというが、勇ましい戦争モノは書けても、明治の言論に随う気風は表せなかった。当時の言論人は国家や社会を説いた。小説は今でいう漫画の類だった。流行りものに乗る当世モノ書きの骨柄が透けて見えるようだ。

いま政治状況や経済市況停滞する中で多くの企業が安価な労働力を求めて海外に進出している。それは日本からの逃避ではあるが、進出国の政情が不安になり賃金が上がれば、また生産地を転換する。そのような世俗の状況からすれば、日本国籍を棄てなくても海外に移住する日本人がいてもおかしくはない。だが国家国民ということではなくても、培われた帰属意識や情緒を棄ててでも有利や功利に向かうことを、どこか是としない気風があるようだ。

まして、不平不満から他国に帰化転籍してその国の人たちに迎合して、先祖の鎮まる母国の社会や暮らしぶりを悪し様に非難する気風は、古臭い、野暮かもしれないが多くの日本人にはないようだ。加えて、そのような人間を好まない。たとえその言論が日本人の誇りをくすぐり、技巧をほめられても分別のつく日本人なら信用はしないだろう。

虐政に抗して自らを焼身して利他に殉ずる人もいる。大国の狭間で苦慮する経国に難儀する指導者もいる。多くの人々は生まれ育った郷を棄てることなく、かつ独自の諦観を養って、敢えて慌てず、騒がす、批判せず、淡々と生活を営んでいる。



 命懸けの政治   ホンモノのペルー人




隣国の智慧に「欲を少なくして貧を医す」

(欲張らなければ貧しい悲哀や不満は起きない)

と「五医」にある。それは貧しくて医者にもかかれない人々の「心の医」であり、コントロールなのだ。他を比較すれば不平や不満が為政者に向かう。どんな為政者でも嫉妬や批判に晒されるか、その多くは外部、とくに異文化からの刺激や気づきへの促がしなのだろうが、それが一過性の抗論だということを人々は知っている。なにしろ知識人は「臭九老」「九儒」といわれて上から九番目の位置に蔑まされた者達だからだ。

それが、言うべきことではなく「言いたいこと」を自由に放言する国へ逃れたとしても、彼らも日本人と同様に信用はしていない。なにしろ孔子でさえ「アレは話」と戯れる知恵のある人たちだ。物書き、口舌の徒は何処の国でも同様な見方があるようだ。

「成りすまし」それを平然と演技し、自身の高邁な言辞でさえ著作にすれば、懐勘定である部数著作料に一喜一憂する人たちである。愛国者、民族運動家さえ片腹がくすぐったい、はたまた気分がよくなる阿諛迎合を恥ずかしげなくできる気風は嘆かわしい痴態だ。

彼の国は「逢場作戯」といって、人によって演技し己を同化させることが倣いとなった社会がある。それが砂民といわれ、まとまりのない民を統治するスベとしての覇権専制だとしても、それに面従腹背しなければ生きてはいけない民の倣いである。
また、゛成りすまし゛が唯一の自己防衛であり、家族親戚の間でも成りすましていなければならない事情もあった。

いま多くの成功者は資産保全のために子弟を海外に移住させている。また資産移動も活発だ。それも自国と近隣の自由地、そして西欧の資本主義国家への三分割だ。
綱渡りをしながら今を稼ぐ、民間はともかく為政者周辺や官吏の逃避は国力伸張もなんのその、投資という形での資産移動が忙しくなっている。

それは、成りすましという客分に軒を貸して母屋を取られるようになることでもある。
棲み付いた他国に忠誠を誓い、生地を嘲り、権(力)あるものに迎合し、、機をみて転化する姿は歴史によく見るところである


号令一下、震災直後多くの人が帰国した。にこやかに応答するコンビニからもいなくなった。日本人は放射能に鈍感なのかと不思議に思ったが、外国人は過剰反応ともおもえる行動をとった。しかも多くの国が自国民に通報、あるいは命令した。

満州崩壊でも高級官僚と高級軍人は電話線を切って開拓民に通報もせず逃避した。
天安門事件の際も、通報順序は官吏、政治家の子息、企業駐在員だった。当時日本の航空会社は帰国便のみ。戒厳令さなかは米国のUA便で訪中した。行ってみると「民主化」のスローガンはなかった。鉢巻きも、壁新聞も腐敗幹部の「下台」だった。日本でもいつの間にか西洋風の民主化要求だと染めつくされた。

なぜ歴代為政者は専制を選択したか、知りすぎるほどの民癖から彼らはそれをよく知っている。ただ、ホドホドにしてくれれば政治は語らない、と。










あの日中国交の条件として中華民国台湾を断交した。台湾と大陸民衆は忘恩の徒と日本を蔑み、共産党為政者は、懐の浅い小者と見た。中国は断交を喜んだのではない、日本の態度を哀しんだのだ。それは偽満州と嘲りながら、大国ロシアを打ち破り満州の興隆を一種の易旗の勇として随い、日本人に驚愕した中国民衆が、゛満州の成りすまし゛と気持ちを転化したきっかけでもあった。

成りきって満州に死地を求めた自治指導部、大同学院の学び舎に民族協和の理想を見た多くの満人、漢人、は慙愧の念で日本人をみている。「至るところ青山在り」地球の表皮を自由闊達に躍動した当時の日本人には、゛成りすまし゛はない。あったのは内地の「公」に成りすました官僚、軍官吏、政治家だった。

彼の地は、異民族の成りすましを解らない民族ではない。
それは国法より重い「人情」を本として人物をみている。
高邁な理屈や、心地よい迎合ではない。

ちかごろは黄色い顔の成りすましと、白い顔の成りすましの腹芸が盛んだが、我国の、゛成りすまし゛は、公と利を語り素餐を貪っているものが増殖している。

ただ、それさえも解らなくなっていることが、より心配の種だ。

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