まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

学用児童とモンスターペアレント 2010 10 あの頃

2019-09-28 08:43:07 | Weblog





公立学校の土曜休日が施行される以前、御茶ノ水女子大学附属小学校では試験的に土曜休校が行なわれた。
通称、お受験校として児童殺害事件すら起きたペアレント羨望の学校だが、その受験はくじ引きと内申書、そしてウサギと遊ぶ児童の観察などだと、ユニークな課題がある、

施設は、廊下側の仕切りが無いオープン教室、それはブランドゆえにペアレントがモンスターにすらなれず、そのブランド権威に随うことで様々な試行が行ない易い環境がある。
また、ここで行なう教科の進め方も、それぞれの担任が文部省の教科書作成者としてカリキュラムに合った教え方(教授案)まで色々な角度で児童に対応している。

「春さがし」というテーマを与えて広い大学敷地内を児童が春にちなんだものを探してくる。春の花、池の様子、木々の色つき、など様々な「春」を探してくる。そこで偶然おなじ探索や発見があった児童同士が仲良くなったり、なかには高校、大学の校舎、教室の様子を覗くものも当然あり、児童の発想力と行動観察には最も適した促しが行なわれる。

国語は文字探しといって新聞から与えられた複数の文字を探し切抜きをする。しかも自宅で父兄とそれを行なわせる。当然、文化社会面しか見ない母親も一面の政治、外交に目を通して関係する接続なり全体の意味を否応無しに覚えてしまう。もちろんスポーツ紙や芸能面からの選択もある。これもブランド権威なのか自由がなくなるなどと文句を言うペアレントはいない。





                          

 



当時の公立小学校の先生に伺うと、一週間に何文字教え、偏やつくり、画数や書き順で精一杯でそのような教授案は考えられないという。とくに教師同士の並列意識やモンスターとして頭を持ち上げてきたペアレントに数値結果としての能力をせっつかれると、児童の能力はともかく規定数を流し込まなくてはならなくなる。

併せて教師の能力と権威の失墜で児童は教室で騒ぎ、叱れば親が出てくる。なかには教頭は、゛まーまー゛、校長は隠れる。同僚は相談にも積極性と緊迫感はなく居場所すらなくなる状態もある。





           








余談だが、筆者のところによく教師が相談に来る。同僚や上司の問題もさることながら、自身のサラ金や父兄との裁判の問題まで色々出てくる。

千葉の小学校の例だが、新興住宅地のためかお決まりのモンスターペアレントの増殖に苦渋していた。あるとき耳元で叱ったら聴覚に障害が出たと裁判になった。そして有ろうことか敗訴した。そして賠償金(治療費他)の裁定がでた。
すると傍聴していたモンスターの仲間から、「これならウチも貰える」と囁きがでた。
゛叱ったら登校拒否になった゛、色々だが、裁判は二件抱えているという。

なかには夫に内緒で教師に裁判をちらつかせて詫び金をせしめようとして、これまた食い扶持に支障が出ては困ると校長にも相談もできず金を持参した。玄関先で手渡しているとき夫が帰ってきて事情を聞いた。
「バカヤロウ、ヤクザの恐喝のような真似して・・」と、教師の見ている前で女房は殴られている。

サラ金だが、ことのほか教師、地方公務員の問題と被害が多い。当時、公務員なら幾らでも貸すのである。相談があったのは女房も教師、新築、車二台、ソーラーパネル、子供二人は私立学校、共済から借りても間に合わず、同僚にも相談できず、女房の給料は親に仕送りと貯金、手を出したサラ金8社で七百万円である。家に帰っても整理整頓できず散らかった部屋で居場所が無い、つい帰路郊外のパチンコに入る生活だという。それにモンスターの追撃である。






                        



ある中学校は教師に暴力、教室でラジカセを鳴らす、喫煙、などで授業にならず、生徒が暴れると手が付けられないので来校救援の懇請があった。週に二回程度の連絡があるが担任からで校長からはない。学校祭、体育祭、卒業式など父兄来賓などお構い無しで粗暴な行動をとる。

あるとき、「暴力が烈しいので体罰もいいですか・・」と緊急連絡があった。もちろん防衛処置は当然な処置と応え、急遽向かった。
「どうしました」
「いや、校長から体罰になるので我慢してくださいと」
なぜか、それでも連絡は来る。

案の定つぎの策が考えられていた。教師らしい、いや狡猾な行動だった。
是非は問うまいが、国旗国歌を否定する反権力の教組が警察という公権力を利用したのだ。その使い方に問題があった。

修学旅行に連れて行きたくない、そんな教師の策だった。
いつもはある教師の悲鳴のような懇請もなかった。また、その生徒と仲間を拙宅に招いていろいろと融和から諭しに入っていたさなか、その母親から連絡が入った。

いつも無視している教師が些細なことで強い口調で叱責した。その生徒は先生の肩口を押した。すると警察官が待っていたかのように来て補導した。外にはパトカーが二台待機していた。修学旅行の直前のことだった。
これで所轄の警察で拘置、少年審判、鑑別所と数週間は出て来ることはできない。

すぐに所轄の少年係、調査官、東京保護観察所の管轄地域担当に連絡をとり、経過事情を伝え、筆者がその生徒の保護観察を担当することの適切である旨伝えた。
偶然、日頃の活動で連絡を取り合っている関係諸機関との人間関係が生きた。
国籍問題、家庭環境、学校での人間環境、本人の無邪気にも思える悪戯心、すべてを勘案して観察案を提示して理解を得た。

校長は退職直前、教師は上級試験、その事件は他の生徒や父兄に対しては生徒の非行として喧伝していた。もっとも生徒たちも理解のある父兄も心底はその生徒を理解していた。
短期であったが保護観察も良好解除された。















「春さがし」の環境だが、ペアレントを交えた集まりがあった。ことは週休二日に関するものだった。予測がつく問題では土曜日をどう過ごすかということだった。
塾へ行く、学校を開放、好きなことをさせる、色々あったが6歳で地域の友達も出来ず土曜日は遊び相手もなく、親も仕事で留守。

ゆとり教育とは言うが、当時何処でも取り入れていた教師の研究日と称する休日と受け持ち授業時間の減少、なかには国立大学で週数時間で莫大な俸給を自慢していた教授がいたが、教育界だけでなく日本全体の公機関の就労時間が減少し、それに倣って民間も随わざるを得なくなり総てが勤労の継続と緊張から放たれて、「ゆとり」ならず、「弛緩」「緩慢」とした社会になった。

ある私学高校では校訓に質実剛健を謳っていたが、私学助成のお陰か給料は都内随一となった。すると駅から近い校舎でもマイカー通勤が増え、名を誇った各種部活も担当教師が少なくなると同時に、教師の会話もスキー、ゴルフ、旅行となり、単なる大型塾の様相を呈してきた。起きるのは旅行業者、教科書業者、運動具メーカーからの便宜供与や、下校路での居酒屋やマージャン屋の出没である。ペアレントとの会合も二次会から三次会、家庭問題にもなることもある。

ある講義を依頼された女子大学だったが、もとより謝金を断っているゆえ真剣な授業を期しているため厳しい雰囲気も作り出すようにしている。すると「余り厳しくしないでください」と慇懃な依頼が出てくる。なぜなら「生徒はお客さんだから」という応えである。

近頃は手当てや年金と、さもしいくらいに貰い物に話題が集まっているが、ことは社会構成上の劣化である ゛さもしい゛゛卑しい゛を正す人間形成の一翼たる教育界の堕落が教師自身によって限界まで導かれているということである。
一線を引いた議員や官吏が独立行政法人となった公立大学の食い扶持飾り教授になることが多い。これを文教利権とも言うのだろう。新設の規制、校舎の建設、裏口入学、そのためか定員未充足の学校が増えた。これは自治体の箱もの建設と経常経費の関係と同様な図式だ。


これでは問題意識があっても、あるいは生徒を食い扶持として素餐を貪り、単なる年金加算の類として教職肩書きを弄んでいるしかない
教育界というモンスターに棹刺す教養も乏しくなったようだ。

教育において「威」の在るところモンスターは増殖しない。









聖徳太子は人間の尊厳を毀損する「権力」を制御することが「威」の姿として、十七条の憲法をつくった。内容は民の生活をジャマするな、模範になれと権力者を制御している。
その権力とは、為政者、官吏、宗教家、そして教育者である知識人だ。
これらはいつの間にか権力を構成し恣意的にその富(貰い扶持、既得権)を増殖する。
知識人の堕落は国家の衰亡を招くことは数多歴史の姿にもある。

私事だが幼かった子女にこう伝えた。それは広い構内を毎日リヤカーを曳いて、落ち葉を収集している校務のおじさんから学ぶということだ。その作業小屋は校門の裏手にあり学舎の入り口にある。老齢のおじさんは子供たちに率先して挨拶をする。作業の手を休めず声を掛ける。子女には毎日叔父さんと一言でも自分から声を掛けなさいと促した。
くわえて、それが学校での一番の勉強になると。

ラッシュアワーに押しつぶされ、ときには悪戯されても欠かさず校門を目指した。何もできなかったが、そのおじさんに声を掛けていることを想像するだけで通う意味はあった。

「学用」も用を学として、無用と思われることに有を発見するものでなくては、人は育たない。いわんや人物には成らない。

教師との成績面談で「皆さんにお役に立っていますか」と、つい口から出てしまったが、親子とはそんなものだろう。担任は驚き言葉を選んでいたようだが。

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小泉進次郎の育て方 2013. 11. あの頃は

2019-09-19 06:07:00 | Weblog

 

2013  11 の頃の彼の印象ですが・・・・

以前の稿に「小泉進次郎と新聞配達」のことを書いた。    
そして、彼が心底で笑い、悦べるのは、新聞配達でわが身に浸透体験させた、不特定多数の人々の貧しくとも安心する笑いを見たとき、彼は童心に戻って笑い悦べる、と書いた。今はそのように見える。

彼とて人の子、不特定の中には邪な欲望を抱くものや、他人のことなどお構いなしに行動するもの、あるいは一過性の狭い価値にのめり込み大勢を扇動する者もいることも知っている。また、一方に立って対抗し醜い言動を吐くものがいることを承知している。
だだ、俯瞰すれば大多数はこの国に棲む「国民」である。ましてや、あの国会。

その国会での環境とでも言おうか、いくら世襲でもあの陋習に慣れるまでは難儀するだろう。なかには狡くなり口先ばかりを巧みにするものも出てくる。とくに若者が議員特権の役得を手にすると、もともとがワリカン世代ゆえ横領紛いの蓄積や、チヤホヤされ暇もあるせいか合コンや不倫にうつつを抜かすものも出てくる。


ときに連帯の結びつきをなくし、調和することも忘れて衆を恃み、どのような方法でも大多数を形成すれば社会の将来を思うままにできるという特殊な群れの中で、いかに冒頭に記した悦びを確保できるか。かつ、深夜に走り回った横須賀の小径でみた働く人、小動物の生態に何を思い、長じて何を悟り覚えたのか、読者にも少なからずあるであろう独想回顧として同感していただきたい。そして、この稿をすすめたい。

彼の動きには下座観があるように見える。国民の声には、大きな声、かすかな声、あるいは吐息がある。悲痛な叫びや歓喜もあろう。その多くは形式的信頼に慣らされた依頼心でもあるが、逆に憤りや怨嗟もあろう。

筆者の師は「世の中の患いごとは総て己に帰す」と云った。
陛下は不特定の国民の安寧をおもい「祷り」を捧げている。
処世の哲人は「神は天にもなく、地にもなく、心の心宮にある」という。

彼は現実政治の中で欲望の交差点にいる。なかには立ちつくしている者や、強引に雑踏を整理する者もいる。信号はときおり狂ったように時間差で場面を変える。
よく、海外では我が身は自己責任ということで赤でも渡る。問題なければ法を破る。いや「超える」と考えるべきだろう。日本では一番近くにある面前権力は信号だという。
閑散として車も通らない夜の横須賀の大通りはどうだろうか。酔った米軍兵士は平然と渡るが、日本人はここぞとばかり青になるまで待っている。大忙しの新聞配達はどうだったろうか。

よく権力への信頼性を信号に見るという。しかし、権力は安全性と整理の有効性のためにいたる所に信号や標識を設置する。そのために渋滞したり、機動性を失うこともある。
つまり、権力の有効性と利用者の利便性が齟齬をきたす場面だが、これが大きな政策だとしたらどうだろうか。
良かれと思う政策でも、自由な躍動と能力の発揮がなくなれば、いくら予算を投下したり、猫の目のような時限対策をしても人間の心が動かなければ愚策の労でしかない。
とくに、前記した「かすかな声」や「吐息」には連動することはない。







ならば、その「声」や「息」は何を望んでいるのだろうか。
 個別でいえば税や政策だろうが、何パーセントだろうが、原発の「反」や「推進」の行程ではなく、いかに信頼する人間の言動なのかを見定めているようだ。たとえば平身低頭や哀願して運よく当選し、党派で総理を推戴しても、先の震災や原発問題になると種々の声や事業者、はたまた指揮下にある省庁官吏のご都合で対応すらままならない状態に陥る。
 そこに反対や賛成の大声が混じれば現場は混乱し、被災者はあてどもなく苦渋する。
だが、その状況にある「声」や「息」はどこかでそれを見通している。だが、往々にして多くの若手議員はパフォーマンスが巧みだ。まして、どんな映像や話題が欲しがったいるのか日々狡知を働かせているから始末が悪い。つまり、"お上手な坊や"になる。


権力にも土壇場権力と平時権力がある。アカデミックな政治学には人間学など一顧にもされないが、平時は信号ら頼る整理も、土壇場では信号無視もまかり通り、今まで信号に安住していた群れも、より安逸できる群れを探して右往左往するようになる。
政治でいえば、寄らば大樹の譬えで国民までが群行群止する。

要は、落ち着かせることである。
だいぶ以前、陛下はインタビューで「普段は目立たない存在で、何かの時に思い出す存在でありたい」との意味のお言葉を述べられた。
そして、このたびの震災でその通りの行動を具体的に表現された。
そして、「ささやかな声」と「吐息」に応えられた。

何度行ったか、何をしたか、などの浮俗評価ではない。国民はそのお姿の素となることを学ぶべきだろう。どのような学びをされたか、どのような覚悟をいだかれているのか、何を願い祷りを捧げているのか。
収斂すれば忠恕と大御心だが、国民の感動はいまどきの官制教科や説明責任などという軽薄な半知の理解では届くこともない。


筆者は、あえて具現されたお姿の所以を我が身に問いかけ、探究することへの促しのように思えるのだ。
新聞配達の同僚は言う。「小学校から数年やっていた。いくら親父から体験だからと言われてもあそこまでは頑張れない。何十歳も年下だが頭が下がる。なにか心に期すことがあったのだろう。ほかの子とは違うことができるという独立の喜びもあったに違いない」

いまどきは苦行ともいうべき配達は大きな発見があったろう。独立心の英気も養った。逆に世間からは変わり者と思われる評価を得た。しかも童の無邪気さが残る年代の大人社会への体験は、厳しさと優しさが裏表にあることも知っただろう。いまどきの「易しい雄の児」なく、真の「人」を「憂う」「優しい男子」の在り様も身についた。邪なものに辛辣になり、孤塁さえ恐れない精神と、頑固とも思われる矜持も養っただろう。
それは、親父の言に踏み絵を踏まされるようなことも、独立した意志で平然としていることにも観える。






筆者も同じころ親から離され祖父母と暮らした。悪い癖は親を客観的にみることだった。甘えるようなこともなかった。それは冷酷にも映ることだった。甘さを制したのは世間だった。救ったのは少ない友であり、異性の潤いだった。縁あって邂逅した師からは「無名で有力であれ」と説かれ、その縁師からは「一人でも少なしといえず、千人でも多しといえず」と陽明の要旨を学び、「他と異なることを恐れない意志を養いない」と、痛烈な訓導を享けた。

それは醇にして威ある元日本人がいる台湾に、惨禍の影響に苦渋する東北にも自ずと足が向いた。それは自身の浅学を憂い補う行程であり、まだ見えぬ真の自分を探す止まれぬ躍動でもあった。そして、縁あって棲み処にしたこの国はどうなるのだろうと。

彼に望むのは、現実政治に没頭して政策言辞を述べたり、切れの良い反論ではない。
また、世俗のガス抜きの期待や大物代議士への誘惑ではない。
「仕方がない」と現状追認して群れを乱す姿でもない。
それは、随所に一灯を献ずることの継続性であり、情緒の更新だ。
その潜在する国力の源である「声」と「吐息」はムーブメントとして、貴方の理想とする国家像のバックボーンになるはずだ。

忠恕心、大御心は陛下だけではなく、大御宝の倣うべき情緒なのだ。
 
※ 大御宝・・・陛下は国民をそのように称する

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聞こえないのか、聴いていないのか  再

2019-09-13 05:49:02 | Weblog

拙稿は行きつ戻りつで恐縮ですが、この手の内容はどうも共通した関連性があるようだ。

役人は、「法律に書かれていないと」冷酷にも感じる面前拒否をする。後出しの「特例」もあるが、法が成立すればタレ流すかのように支出する。すると、「あなたも貰える」「おれも貰えるのかな」と、密かな騒ぎがはじまる。要はカネのことだ。そして、"みんなで渡れば怖くない" が始まる。

 

        
         

      我れ先に・・・・

 

北海道で内部障害の問題がクローズアップされている。
内部とは、心臓ペースメーカー、透析、聴覚など、外見では認められない身体に障りがある状態である。

障害認定によって年金免除、税金減免などによって特定援助が得られることを悪用した詐欺的行為が行なわれている。

某市では異様に聴覚障害者が多かった。もちろん医師の認定と書類さえ整っていれば認定する官吏がおこなう既成事実ではあるが、そこにブローカーと心無い邪で悪戯好きが市民の税を喰う姿である。

どうもオカシイということでマスコミが取り上げてからの顛末だが、それまでは市民の苦情、何よりも窓口然り他の市町村を比較しても異様な多い聴覚障害者の調査もせず、税金を垂れ流し、自浄能力のない不作為官吏が世論を盾に動き出して始めて発覚したことである。

余談だが、聴覚でこんなこともあった。千葉大原の小学校で先生が怒ったら聴覚障害との診断書が出て裁判になり、教師が敗訴した。もちろん教育委員会、校長、教師は慰謝料と診察費用を出しているが、その裁判に膨張していた多くの母親の中でこんなひそひそ話が伝わった。「うちも貰える」
ちなみにこの学校では怒ったら登校拒否、これも裁判だという。

なかには示談金を持って訪問した先生の話だが、母親は父親に内緒で示談金をせしめようとした。玄関で受け取ろうとしたところ、ことの事情を知った夫はいきなり「バカヤロウ! ヤクザみたいな真似をして・・」と妻を殴ったという。
モンスターペアレントといわれる母親も公園デビューからPTA、町内自治会、御上御用の社会活動と転化していくが、その種は言うまでもなく「吾が子」である。
出世に差しさわりがあると、隠蔽して金(これも税金)で示談とする金額も馬鹿にはならない。

どうも都(みやこ)から離れると威が届かないのか、全国津々浦々に棲み寄生する人々と食い扶持官吏の醜態はこのところ甚だしい。
たとえば、生活保護所帯の増大、それを斡旋し強引に認定に導く議員、とくにアノ政党は有名であるが、障害者政策をを食い物にする非国民の増殖は止め処もない状態である。

その聴覚障害だが、役人が調査したところ、約八百人強いた認定患者のうち、マスコミが騒ぎ詐欺に問われると恐れおののいたもの、約七百数十名、驚くなかれ本当の聴覚障害者は一割にも満たなかった。

車を運転するもの、音楽を聴いているかのような者、市民の通報は数多あったが、調査してみたらこの結果である。

しかも、お節介なブローカーが暗躍して、一度に数人を連れて医師の診断を貰っている。果してこの連中にどれだけの税金が支払われたのだろうか。


           

                オトナも倣うべきこと。   (私立城北高校)



景気も悪くなり、国も悪くなるはず、誰でもその原因は日本人そのものにあると理解するはずだ。その種の不良国民がウヨウヨしている社会は、国家といえるだろうか・・・

ちなみに数年前の試算だが、子供二人の家族で大黒柱が亡くなると、平均500万の扶助費が必要とのこと。税金、保険、授業料の免除、まだ色々ある。

身近にある一片の例だが、50歳の放蕩旦那で無類の選挙好き(政治は解らない)。小学生の児童が二人、妻はアルバイト、本人は定職なし、それでいて小まめに女性交友。この男が生活に窮してある野党議員に懇願したところ、間もなくして認定が下り現在は悠々自適の生活で女性通いが頻繁になった。似たように偽装離婚をして、まんまとせしめている人たちもいる。この男はお礼に選挙カーの運転手で汗をながし、ビラは隠れて大量廃棄するようなこともする。


その城北のある区では200億以上の扶助費が支出され、それは止め処もなく膨らんでいる。果たして議員と共謀した税金の詐欺行為はどれくらいあるのだろうか。
時折、ホドを超えてタクシー代に数十万を支給して摘発されるが、早朝パチンコに並んで、数十万スッタと飲み屋で騒いでいる主婦の姿は日本人の社会現象として全我国のみならず海外でも評判をとっている。「日本は元気」?だと。

 

        

             貧しくても・・・.  当時はみな子守ッ子に行った

 

上下、交々利を獲れば国危うし」とは栄枯盛衰にみる人間の倣いのようだが、このことは幾ら政治家が大声を上げても、教師が理屈で教えても、直るものではない。かと言って筆者の如くキーボードを叩いたところで解くべき淵にも届かない。

秦の宰相、商映は「殺を以って殺を制す」と命じている
人殺しを殺せば、人殺しは無くなる、矛盾しているようだが、それは大いなる忠恕のようであり、不特定の良心を活かす人間歴史への洞察である。共産党の朱ヨウ基前常務委員も目に余る官吏の汚職腐敗に「殺せ・!」と叫んでいる。要は緊張感による道徳喚起だ.

人より早く知って、人より多く財を蓄えて・・・
ただそれだけに生きる時代は、己さえ殺してしまうのだろうか。
田園まさに荒れなんとす・・・」から始まる陶淵明は,糜爛した中央に見切りをつけて地方に辞した。屈原はベキ羅の淵に身を投げた。

それを眺める人々は悠々として、それを思い時の過ぎ去る人生を愉しんでいる。
そろそろ、そんな諦観を歴史に尋ねることも必要ではなかろうか。

それさえも、聴いているのか、聞こえないのか、陽明門の猿殿もきっと困った世の中と観ているはずだ。

相身互い、口びる寒し、いろいろあるが、その機会が、舞い降りたら私もそうする。だから批判iも起きない、まさに他人任せ、いいんじゃない、の時世のようだ。

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良薬 口に苦し 2008 再

2019-09-02 07:49:17 | Weblog


自身の残像を言の葉や紙面に載せることは恐ろしくもある

小生の隠蔵していた備忘録「請孫文再来」が、大塚、伴氏に発見されて見事に装飾されネット上に踊ってから5万人の眼差しに触れた。当初は「恥ずかしい」が本音であった。       http://sunasia.exblog.jp/7292498/

様々な印象のなかで、「すごいんじゃん」「孫文研究家」などと歯の浮くような浮俗の賛辞があるが、常人なら不治の病になりそうな環境が醸し出される。
病とは、卑しい功名心と自身への錯覚であり、座標としていた免疫の消滅である。

どうにか難を避けたのは人の潤いと、我が身を理解する人との縁だった。
また、先輩たちの諭しも免疫抗体の醸成に役立った。

佐藤先生の生活表現は無名で有力であり、厳しさと優しさの人情だった。
安岡先生は世の中を天空から眺めるような余裕があった。

舞い上がってしまうようなことだが、なんら人格を代表することではない評価の附属性価値である、地位、学歴、財力、名誉に劣等感や嫉妬心を持つものには致し方のないことでもある。なかには急に古参顔したり、中央に寄り添う愚に戯れるが、足元の実態から逃避するために虚を演ずるだけでろう。

 

     

 

 

大人社会に横行するその種の病は、自己探求をするすべも知らず、対象比較のみで生きている現代人に共通することでもある。
「いつもの指定席に他人が座っている」「他人の落ち度に優越感をもつ」なかには「挨拶させてもらえない」などという愚が繰り広げられる。町会、同人会、政界、財界もその類だが、安岡先生は、鮮度のない集団の弊害と諭す。

また、この病はいつ掛かったかも分からず、本人の自覚症状もなく、ひたすら賢人の嘲笑を浴びるのみ。
無条件の優しさの源泉である、無名の力 無学の力 無財の力を真の価値として判別できない限り、終生直らない患いでもある。 本来なら各種の技芸を通じた学びとは、無垢な童心に立ち戻ることを追求したものである。

笑顔、優しさ、辞譲(譲る心)、あるいは人の良心を推し量る、忖度などは日本人の情緒を表現する意味では必須のものだろう。
文字言語の著作は、それを想像して読者の潤いに転化した成果物である。

騒々しい宴の後により患いが増幅するか、それとも参集が散り、それぞれの潤いのある居に向かう背を見て、自らの人生行脚をどのように想起するか、それも作者の学びであろう。

 

       

 

見回すと身近な周囲には患いが流行しているかのように溢れている。
ことの軽重を問わず、それは外縁、内縁に波及して、それぞれの存在価値を軽薄な場面に浸ることによって充足しているかのようである。
重症不治もいれば、もともと有ったものが吹き出物のように湧き出しているものもいる。免疫効果が薄れ自己愛が顕著になった患者もいる。

賢者は病を治癒するために、つねに座標を確かめ、本当の自身を客観視することを心がけている。動かぬ自然に触れることもいい、独り心の内を観察するために残像を辿ることもその一歩だと教えてくれる。

残像がなければ作句はない、とは俳人鶴見俊介の言葉である。
だから頭脳エリートである父祐輔は作句はできないといっている。
残像とは実生活を正面から見据えることであり、いわんや虚偽が跳梁跋扈する人物交流の具ではない。病は本質から離れたとき罹りやすいものだ。

良くも悪くも残像は過去の経過に存在する情緒にある。

それも少しは眺めるようになれた。

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