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まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

「宮内庁ごとき」と吠える、モノ書きの浮俗事情 08 7/30 あの頃

2021-05-31 13:18:47 | Weblog

           東京市長 後藤新平に尋ねたい

 

旧稿ですが再考のため掲載します

 

やはりあの時の判断は明察だった。

浮俗の祀り(まつり)ならぬ、地球のドサ回り祭りの呼び屋の助っ人につかわれることに、斬然として拒っついる。まさに都政のゴタゴタを見事に推考している。また、その元にある利得権の争乱を逆睹した英明な判断でもあろう。

逆     睹………将来起きることを想定して事前に手をうつ                      

 


ある時は靖国神社参拝を請い、今度はオリンピック興行の誘致運動に国の結び目としての皇室にその助力を請う。しかし「ご遠慮」の意が宮内庁職員から伝わると、先の放言が発せられた。

それぞれ遠まわしにも、伝わるように要請しているが、正式に「ハレ」の場面においては要請してはいない。つまり「ケ」から「ハレ」の分別もなくモノを言い、「ハレ」も「ケ」を忖度配慮して「ご遠慮」しているものを「ごとき・・」とは、釈然としないものがある。

「ハレ」の威もあれば、譲り合う「ケ」の美徳もあるだろう。その調和を掌る礼には、その域内の陋規として「ハレ」に晴着を用いて、辞するときは「なおらい」が礼としてあることをこの国の人々なら、教えずとも倣い継いでいる。

それとも、万能な権力者として、あるいは秘奥なる威厳をコケオドシの用とし、かつ国家の繁栄を大義としてお出まし願おうとしたのだろうか・・・

ことさら皇室を補佐する宮内庁に愛着のようなものがある訳ではないが、モノ書きの物言いは同胞として理解に苦しむものであり、慎むべき精神が欲しい。

反対に「都知事ごときが・・・・」と、発言したら、民主主義を大上段に振り上げて天皇の君奸などと言いかねない軽さがある。カジノに尖閣に五輪、まことに騒がしい。


戦前の木戸内大臣のような振る舞いを見るようで、一方では政治が皇室を利用するという危惧があるが、それこそ、「政治家ごとき」と言われようと、凛として反駁するような人物も見当たらないのが今時の選良の姿だろう。

 

          



ことは「皇太子なり、天皇なりにその威をオリンピックに助力を・・」ということだろうが、以前にもモノ書きは商業ミスコミの元老院と期を同じくして天皇のお出ましを哀願している。今回はモノ書きの不埒な放言だが、「宮内庁ごとき・・」の言にあるものは、まさに「其の心底見たり」である。

就任時の都庁カジノから始まって森伊蔵の空箱に親子それぞれ一千万のお土産など高慢な行動がマスコミを騒がしたが、゛これぐらいは有るだろう゛と、モノ書きの珍しくも寡黙な姿にそれを忖度し、庶民は三文舞台の台詞回しを見るようで、其れはソレデ楽しめたものだ。

ともあれ威勢のいい時と、調子の合わないときの機嫌悪さといったら、このところ弱気な日本男子には頼れる男気とでも理解したのだろうが、明治人の気概から観たら、鹿鳴館の似合わん仮装までして先進国サロンに入りたがったのが、戦争に負けた後は、跳ねたり、駆けたり、水に潜ったりする西洋の運動興行を大枚かけて招いているように映るだろう。

だが、あの当時の勢いは日本人に異なるものを与えたようだ。
いまも「景気効用と日本人に元気を興す」ことがスローガンだが、モノ書きの情緒、いや情緒性を涵養する環境、風土について、いかに成功価値の変質と、其れに伴う諸般の煩雑な出来事について「政治家」としてのステーツが欠けているように思えるのだが・・・

前記の、なぜ不埒と観たか、「心底見たり」と関係することだが、靖国参拝問題についてモノ書きの章に、陛下の参拝を願い漂っている問題の風を変えようとする、願目だったと記憶する。時を変えた同紙のコラムでも論説元老院の長老がそのような意味を記していた。
「埒(らつ)」とは柵の意で、不埒は柵がない、つまりこの場合は「自制の範のあること」を示さず「勝って言い放題」の放埓状態である。

靖国問題だけに矮小化すると見過ごしがちだが、其のとき陛下は前立腺がんの切除で入院中であったが、平癒を祈る章も無く陛下の靖国参拝を切望していた。
立場はともかく一端の大人の礼とはいえないと、筆者も章を割いたことがあった。
何はともあれ、其れが一番の解決方法であり、人を平伏させることが出来る、と考えているのだろうか。

          

         

 

モノ書きは守るべきものの護り方を錯覚している。
もし、モノ書きの風情で筆者が願うとすれば、「政治家、官吏、教育者、公諸般に就く者は公明正大に業を執り行い、国民の信頼を得るため、誠心誠意に精励するように希望する」と、勅命を請うだろう。

想像するがいい、政治がどうの、憲法がどうの、と騒がしくなるが、日本人としての天皇が其の意志においてインタビューという法をとって語ることは歴史の則を超えることではないし、調和と連帯が欠け、民族固有の長(おさ)の在り様を俯瞰するとき、それは思いもよらない効果を発揮するだろう。

余談だが、赤尾敏氏は演説の最後に、天皇陛下万歳と唱えている。筆者がその理由を尋ねると、「ことさら天皇の健康や財産を護持するものではない。かといって日本国万歳といってもロクデモナない政治家どもに賛意を示すようなので、天皇が一番善いのでそう唱和している」また赤尾氏は「神社参りではあるまいし、世俗事情の解決を天皇に願うのは知恵の無いことだ」、とも語っている。

モノ書きの何を期待したのか・・
はたして「政治なるもの」を見せているのだろうか。
それとも「軍は竜眼のそでに隠れて・・」といったモノノフに似つかわしくない狡猾さで竜眼を押し立て、天皇の下、威を壟断するような維新の一派の残滓同様に、民を苦しの淵に落とすのか、それはモノ書きの空想する、゛格好の良さ゛とは似ても似つかない、゛みっともない姿゛を歴史に記すことは疑い無いことだ。

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都政とオリンピック興業 あの頃

2021-05-30 04:54:31 | Weblog

2019  1/15 掲載に関連して

一部の賢人には恐縮だが、どうも腐りきった商業マスコミの、忖度ばやりの隠し屏風によって慎重に思索し、将来を逆賭するような意見は遮られるようだ。

別に掲載して欲しいとは思わないが、自由を担保する表現まで邪魔しないでくれと感ずる世俗になった。

「忖度」も流行りだが、「逆賭」もそのうち流行るだろう。流行りだから廃れるもする。「将来を推考していま手を打つ」それは善悪を問わず、今どきの人にはオセッカイでもあろうが、「今言うべきことを言う、聞くか聞かないかは問わない、しかし、いま言わなければならない。」と喝破した幕末の横井小楠を想像すればよい。

 

 

お犬さんでも後始末

 

以下は、たしか数年前の拙章ですが、前回の関連備忘として・・

ことさら反対や、白けて無関心だからと考えるものではない。だだ、政府なり自治体為政者は、鎮まりを以て歴史を俯瞰し、将来を逆賭したような施政を都民はみたいと願っているのではないだろうか、あるいはそんな面倒なことを考えないと一瞥さえしない人たちにも、民癖のようになった好奇心、迎合心など、そのまま投影したような政治メッセージは、いずれどのような状態を導くのかを政策意志を通じて魅せてほしいと思うのである。

 

以前、あの石原新太郎さんがIOC(国際オリンピック委員会)総会に皇太子殿下の出席を依頼したことがある。学習院の運動会でムービーカメラを抱える殿下ならひと肌ぬいでいただけるだろうとの気分だったに違いないが、そこは宮内庁の職員が踏ん張った。

そこで「宮内庁ごときの役人が・・」と殿様気取りの荒事を平然と行ったことは記憶に新しい。

 

こんどは「ミカドの肖像」と題して小文を書いた著述業の都知事がオリンピックに血道をあげている。その招致経費は数百億、晴れて開催が決まれば元が取れるとの算段だが、相手は名うての慇懃姑息な集団である。ロス・オリンピックからとみに商業化したというが、大人が飛んだり跳ねたり潜ったりする興行はなぜか熱狂を生み、たとえ転籍した国でもその看板が付けば居住国籍のヒーローにもなるし、社会は高揚する。

 

一方では慎太郎氏だが、ころから税の徴収はことのほか厳しくなった。職員ですらノルマと成果報告を課せられ汲々としていた。「上の都合でこちらも大変です」といいながらの強硬な徴収は普遍性の名のもとに多くの延滞に差し押さえが強行された。とくに近郊農家だった地主は有効活用もままならず資産税の滞納が続き、売れば別の税で捕捉される状態だ。

そこにきて新銀行東京の乱脈破綻、息子の事業への便宜供与と職員の優遇、オリンピック招致の失敗など、マスコミ情報の谷間となっている都政状況にこぼれる情報に怨嗟の念が巻き起こった。

そして、第二次招致だ。いくら選挙公約だといっても余程のことがない限り都政の実態に興味をもたない都民は、民主党の国政失態を、゛気分変え゛と考えた単なる選択だった。

 

もともと大都市をかかえる自治体の選挙はその様な結果をたどるようだ。安井、東の振れは左翼とおもわれる政党の推薦で美濃部という学者を選択した。後は官僚の鈴木、また振れてタレント青島、そして小説家元代議士の石原になった。大阪も漫才のノックから官僚の大田女史、そしてタレント弁護士だった橋下になった。ことさら選挙民が面白がっているわけでもないだろうが、その候補者のキャラクターばかりが印象となり、また人気投票のような選挙を敢えて意図する戦術がとられる、まさに都市型衆遇の誘導選挙でもあった。

 

こんどは相続選挙のようで、゛どうなるか、何ができるか゛とあまり期待観のない知事のようだが、威勢のよさそうにみえるのも似合わない元気さだが、それを維持し、その位に留まってくれればいいと思うのは都民ならず官吏の切なる願いだろう。

その花火がオリンピックとは、イベント会社やマスコミに垂れ流す資金でネガティブな都政情報をスル―されると思えばホドよい宣伝費だろうが、旧来型便宜供与には変わりはない。

 

      

        台北

 

標題のオリンピックだが、随時帰化のようなことも起きる。教育機関の優先特待生のようにその学校を有名にして経営を安定化させる手法は、落ち着けばその特待制度はなくなる。オリンピックを国家高揚、商業利得にするには帰化が当然のようになっている。五輪の各色は人種を表しているというが、愛と人権と自由を謳いあげただけあって混血がすすみ、欧米のメダリストはアフリカ系の選手が多い。あの芸人ネコさんがカンボジアに帰化して出場を試みる例もあるが、陸上競技にはそのメダルが多くなっている。

 

そのメダルも年金、勲章、国民栄誉賞、プロ転向と名誉だけでなく、金を生む。それに群がる競技関係者もおこぼれに与かるが、熱中のあまりの指導が近ごろでは体罰やしごきとして社会問題にもなっている。

 

不思議に思うのは水泳競技にアフリカ系が少ない、いや、まだ見ることはない。アフリカ系米国人のプロスケーターはいるが、あの浅田真央さんの競技では見ることもない。

南洋諸島の氷上ソリ競技の出場に耳目が集まったが、稀なことだ。ともあれそれが世紀の祭典というものだ。巧い具合に4年にごとという目標があるせいか国を挙げての狂乱は飽きることなく、待ち望むにはちょうど良い間隔があいている。

 

その興行招致に政財界が打ち揃って昂揚しているが、国民の期待度はわずかしかないのが実情だ。経済効果や国威の伸張を謳っているが、国民は煽られて買い求めた高性能テレビジョンか有料テレビでこと足りると思っているのか、さほど騒がない。ただイベント補助,招致資金に群がる関係自治体は旗を立て、バッチを付けて迎合しているが、その先はかいもく不明だが、如何にせん御上の為さることと、おんぶにだっこの様相だ。

 

あの麻生太郎さんなら「さもしい騒ぎ」と内心呟いているだろう。だだ、忸怩たる気分にさせることは、今どきの選挙の一部の狂乱と無関心に似て人の動態が捕えづらくなっていることへの危惧が、どでかいイベント花火を打ち上げることで、どうにか経国の流れがつくられると思っている為政者の出現だろう。

 

 

 

都民は何故そんな金を使って騒いでいるのかと、つかみどころのない心配がおこっている。しかも総理や殿下までオリンピック興行の談合の場に晒すことに疑問視しないアンチョコ為政者の軽薄な心根に嫌気がさしている。

また、視察と称して飯を喰わせ、酒を飲ませ、観光まで案内する。もしかしたら、また総理や殿下に暇をつくらせるのかと国民は心配している。

 

鐘や太鼓で民を躍らせ、だからと言って楽にならない民の「いずれ虚しくなる」という賢こい思いをしりめに多くの時と労力と税を湯水のように遣う官製イベント興行だが、カスリはサラマンチ王朝の寺銭になる。しかもそれを承知で卑屈にも阿諛迎合する選良に嘆かわしいと諦める国民の声は届かない。

 

不思議なことに、テレビ・新聞を代表する商業マスコミもファッショのようなオリンピック礼賛に異を唱えるものはいない。あれほど支持率という数値で政権まで倒す力がありながら、都民の意識の「分」、つまり読者の吐息は届かない。都市開催がうたわれ世界の小都市までが名乗りを上げているが、冬期はロシアの黒海沿岸のソチだ。莫大な資金を使って大工事をおこなっているが、一方では政権勢力の浮揚にもオリンピックは効用があるようだ。ただ、二代つづけて二番煎じのお祭り施策をされると、「本当かな・・」と賢い国民のアンテナが敏感になっている。

 

東京は前回と2期つづけての立候補だ。意地もあるのか官民総揚げで国内外をあおっているが、あの伏魔殿のようなIOCに弄ばれ、喰われてしまうのではないかと心配になる。もっとも国民の大多数はその様な気分になってきた。IOC委員の不祥事、国内競技の指導問題など、意気消沈しないか、あるいは意地とメンツで突っ走るか、そしてなりふり構わず芸者目当てのように置き屋の女将に金を握らせるのか、たかがオリンピックと揶揄することなく、為政者の能力と質をみるには適当な状況でもある。

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現代原発考  最晩年、安岡正篤は「これからは熊楠だ」と呟いた 12. 9/25再

2021-05-06 02:19:21 | Weblog



思いがけない会話だった

辿り着いたもの、いや学問の必然的方向性なのだろうか安岡氏は「これからは熊楠だ」と語っていた、と御長男の妻が聴き取っている。

過日、茶道の稽古をいただいている先生に一年の感謝を込めて良ならぬ雄の子の弟子が相伴にあずかった席のこと、話題が熊楠を和歌山に訪ねた天皇との会話から、熊楠が護ろうとした産土神や鎮守の杜などに及んだとき、
「最晩年、父はこれからは熊楠だと謂っていた。これは誰も知らない父の言葉です」
一瞬の間が空いた。驚きと感動が走った。

じつは、゛南方熊楠と田中正造の人格に学べば後は付録のようなもの゛と、至るところで言い切りよく語っていた筆者だが、安岡氏との交誼において南方熊楠の話題はなかったと同時に、日本及び日本人を考える場合にこれほど体現している人物はないと思っていたからである。

熊楠については鶴見祐輔、つまり義父は後藤新平、その娘和子は熊楠研究の第一人者として多くの著書を残し、祐輔は孫文との交流があり、孫文は英国で熊楠と邂逅している。
ともに東洋と西洋との融合を学問や思想で試みている。また後藤は台湾民政長官のとき孫文の革命を援助し、孫文から真の日本人として讃えられている。
 絡み巡った縁だが、誘引されるかのような交流は将来の歴史を普遍な意志で汲み取るような不思議な共通点がある。また世間離れした視点と思いもかけない着地点を頑なに言い切る明治人の気骨を観るのである。

それは先見性といよりか「逆賭」というべき洞察でもある。つまり歴史を鏡に現在を読み解き、将来を確信して現世の人間に問いかける、真の知識人の忠恕な心でもある。




             







片や今でも通用する官制学校の帝大だが授業には興味もわかず図書館に籠り、一方も官制学校在籍したものの同様だった。今どきの単位はともかく無授業の偏屈者である。いや学歴ではなく、゛学校歴 ゛に意味を持たなかった碩学でもある。

当時は人をみる目があった。とくに明治人熊楠は驚くほど西洋の文化に卑屈な軟弱さを持っていなかった。大英図書館に「熊楠の椅子」と称するスペースがあるように、西洋のエリートからも尊敬を集め訪英中の孫文もしばしば熊楠を訪ねている。そのところは文明開化の西洋かぶれとは違っていた。

冒頭の安岡氏の言だが、家族、いわんや弟子と称するものや研究者、あるいは安岡氏の学風を知るものでも「これからは熊楠」という言はおもいもつかないことである。聴いている者もいない。

共通点は複雑な要因で構成されている国家というものの国維(センターライン・座標)というべき立場に存在する天皇に特別な感情があったということだ。ことさら天皇を声高に叫ぶわけでもないが道理の対象として尊していた。人間の尊厳を護持する座標の鏡として、経国に当たっては調和と連帯の結び目として鎮まりの中にその精神の糧として護持していた。

ことさら宗教的拘りではないが安岡氏は金鶏神社を酒井邸から分祀して東洋の学聖を奉り、熊楠氏は全国津々浦々に存在する産土神を祀る祠や小社を護持し、学問の前提にある己の精神の鎮まりと、そこに沈潜するであろう真理の探究に努めている。

後日の稽古日の応答で
「安岡先生の熊楠についてのお気持ちは合点がいきます。加えて自分が考えていた人物の観方と学問の方向性、そして現代人が気がつかない真の有効性ある学びと倣いに信を得ました。また私に「無名かつ有力」を訓導されたことの具体性は、衆(大勢)を恃まず、人(類、格)を別(拘らない観点)にしないことを改めて自得させていただきました」

「父(義父安岡正篤)は人の附属性価値では観ませんでした。私は玄関番のようなもので数多の人が訪ねてきました。政財界もそうですが、侠客や右翼の方、あるいは無名な学生でも自然に受け入れていました。高位な政治家や大企業の社長さんでも人物が成っていなければ厳しい父でした・・」

「そういえば・・・熊楠のことを話したとき、゛エコ、゛と、言っていました」

それは今どきのエコではない。
自然に向かう人間の問題として危惧していたのはいうまでもない、やはり両碩学の指向は共通していた。また単なる学説や論を俟つことなく、自ずと浸透して潜在する力に働きかける学びの風儀があった。

まさに学ぶべき座標はその一点であろう。



           敬称略

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