まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

都民は、次はどうなるか解っている   13 12/4あの頃

2017-03-24 09:59:51 | Weblog

若杉参謀こと三笠宮親王殿下

支那事変の泥沼化は「日本人が日本人であることを忘れたからだ」と応える兵士の言を用いて、現地における一部の軍人の暴虐さは大御心に沿う皇軍の姿か、と幹部将校に質す。


都は、青少年健全育成には殊のほか熱心だというが・・・・・・

猪瀬氏の徳州会徳田氏からの借金だが、都知事としては担ぐには軽かったが都合の良い演者に史上最高の得票を与えた都民もあの頃のお祭り騒ぎを忘れている。
与党だった、と過去形になった自民、民主、公明も然り、ほかの野党もうち揃って猪瀬おろしに勤しんでいる。それに悪乗りしているのがマスコミだが、弱いと見ればカサになって切るのは彼らの常套手段だ。

以前のブログではオリンピック招致に勤しむ猪瀬氏の軽はずみの言動と、たどるであろう行く末を憂慮した。しかし、待ってましたとばかり仕組まれたようなカネの問題に、これまた準備していたかのようにマスコミ、議員が追求する。
それは招致決定に踊る後任の姿に、言うも言われぬ戸惑いと苦いものを飲み込んだような前任者の当初の姿に、妙な感覚を察知した都民は多かった。
一方は思惑通りの夢は見られず、一方はのぼせた様に胸をそり返す、見ている方が虚しくなる光景だった。

あの頃前知事の石原氏は維新の橋下知事の勢いに乗って、あわよくば国政を担おうと夢見た、あとは誰に任せてもよかった。それが猪瀬氏だ。石原氏と徳田虎雄氏の縁は古い。
本来なら裏に隠れる資金で、選挙と理由をつければ何に使っても自由な金、小遣いのようなものだ。もちろん手を出したさもしい者たちは数知れず、いつもながらの検察の思惑がなければ捜査二課の選挙事案と絡めた贈收賄で一網打尽になり、津々浦々の徳州会病院も事後整理の天下りが確保できたはずだ。

石原氏も余計な土産を置いていったもので、恩を着せたつもりだがとんだオツリがついてきた。猪瀬氏も誰も知られることがなければ貰ったようなものだが、風態の賎しさは要らぬことまで暴き立てられる。わざわざ金の入った紙袋を見えるところに置いていたことも不思議だが、捜査員を招き入れ、彼らの手柄功名をくすぐってリークさせる影の思惑が、猪瀬排除だとしたら、猪瀬氏以外は皆、演者だ。これだけのキャストを使えるのは限られた人間だが、しばらくしたらスグ解る類だ。こうなったら都議風情は裏に隠れた親分の気持ちを最大限に忖度して功名争いに勤しみ、マスコミは辞めた結果に訪れるであろう図柄を承知で都民を煽る。
陛下の留守中にもかかわらず民度の低さを世界に発信して、数十年ぶりの日印訪問に泥を塗っている。総理の動向は1面でも陛下の動向は26面という扱いの産経も同様である。

総理が小遣いを抱えて海外を飛び回り配っている記事と、お元気になられた両陛下が歴史的にも縁が深く、外交的にも親密さを増すインド訪問に国家の顔として訪問される陛下の行動意義の報道すらできない、つまり秤の軽重すら分別できなくなった政官財とマスコミの姿は表層の国力より深層の情緒を抱く国民の方向意思とは異なるものだ









国民の多くは、次がどうなるか分かっている。だからどうでもいいのだ。権力者や近頃では治安機関までもがマスコミの煽る騒然とした捕物ごっこや嫉妬を世俗の流れと勝手に錯覚して、久しぶりの活躍を見せているようだが、落ち着きのない騒がしさは一層のウツロイさえ感じさせる。どんな態度で陛下の帰国をお迎えするのだろうか。

岡っ引きは小者を捕まえて政権に媚を売り、税官吏とて虎視眈々と徴収を考えている。省益とやらを描く群れはハイエナのごとく餌場を拡大し、今まで甘い汁を吸っていた政治家はいっときは沈殿する。副知事の頃に補助金を出したというが、徳田氏と懇意な石原都知事の専権事項である。小遣いをもらいに鼻面引かれて行ったのは小物の迂闊さだが、同じ釜から飯(金)を食えば仲間だ。与党でさえオリンピック招致ができて知事が安定すれば、もみ手で擦り寄る連中だ。前知事が強健で徴収した果実や今度想定できる莫大な予算を、あの小者の自由にされたら適わないとおもう連中もいただろう。

よく、独りよがりの欲得や過大な妄想は浮俗な国民から見れば面白い舞台である。だが思惑通りに行かないと滑稽な笑いを誘うが、いたって真面目な演者は興奮すると見栄きりやオチを忘れて終演後に悲哀をかこうことがある。とくに政治舞台はその類が多い。
じっと洞が峠を決めて眺めているのは狡猾な官吏だが、負い目になるとカサにかかるのもその群れだ。つまり相手にしなくなるのだ。

また、床の間の石のようなどうでも良い人間がその席を占めるだろうが、お飾りには違いない。あの世界のオリンピックに巣を作るハゲタカの前で公言した「キャッシュで4000億用意している・・」税金は外のハゲタカと内のシロアリの餌になるだろう。
世間は結婚式でさえジミ婚、いまだにアベノミクスは庶民には届かない、いや届かないのは中間搾取と温室規制に能力をなくした金融機関だという。もっと探れば省益の枝に分かれた別宅の宴となって、裏備蓄の増大に功をなしているとも言われる。

心がけの問題だが、あの三度の飯を二度にしても震災地に援助するといっていた台湾の人たち、戦後補償や援助もなく高らかに生きている元日本人に、今の日本人はどう映るのだろうか。もう、喉元は過ぎたのか・・・・

もともと下座観の乏しい青年宰相だが、その突破力と政策の躍動に期待したが、深層の国力の涵養には届くすべも持ち合わせてはいないようだ。数値で見る経済、軍事力は権力者の成果だが、マスコミもそこに群がっているゆえか、国民は掲げられたボードしか興味がなくなってきている。しかも、たかだか努力結果で上下する数値を他国との比較目標とする現世利益の細切れ政策は、一方での人間の尊厳護持と継続性を願う「輔弼」としての任務の有り様さえ無理解にして忌避しているようにも見える。


よって、次の起きること、そして招来するその姿が国民賢者に解るのだ。
よく、胸に手を当てて考えるべきだ。
そして、「留守中は変わりなかったか」と、仰せられても堂々と応えられるような政権受任者であって欲しい。

コメント

人間考学  ある任侠の逍遥備忘として

2017-03-23 12:40:31 | Weblog

「逍遥」自由で気ままな,何ら束縛されない.


平成26年5月

憚りながら一言、つれづれ心に思っていることを述べる
齢七十五になったが、いまだ童心のごとく、あの郷里の山野を駆け巡った初心(ウブ)な心が甦る。くわえて、世間を四角四面に渡る人生となった滑稽さをも感ずるのである。
家庭も顧みず、律義で人の世話焼きに没頭していた厳しい親父、それを文句も言わず黙々と随う母の姿に、不埒にも面白くない人生だと東京で放蕩した自分があった。あの頃の両親の気持ちを少しばかり忖度できるようになった。

想うにつけ、果たして己の人生に真に追い求めるものがあったのか、このごろ思いめぐらして刻を費やすことが多くなった。以前は、そんなことを考えるのは丸くなった、ヤっこくなったと、己を責めたものだ。もとより器量をはかる生業ゆえ、駆け出しだった頃の、余裕なく己を締め付ける四角四面な生き方が倣いの性となっていたために、気が付かなかった、見えなかったことが、幾ばくか気が付く機会があったためでもある。
それは異なる人や環境への理解や許す意味での許容量、つまり器量の大きさもあるが、器の広さや柔軟性でもあるようだ。

別段、いまの稼業に怨嗟を抱くこともないが、逆に任侠を自認する生きざまに関する心配事がある。
肩で風を切り、口角泡を飛ばし、ときに自分勝手な理屈を大義だと言いつのり、妙な片意地を突っ張ってきた内省もある。
妙な老婆心から生まれた稚拙な先見なのか、巷間さわがれている治安当局による暴力団呼称と社会生活上の締め付けを、逆説的になぜ歴史的に存在し、ときに賞賛さえ得たのか、そしてホドのある共生が可能だったのか、一旦、現行法の世界を離れて考える機会が増えてきた。

それは稼業に関する一部学者の評論にある応援的考えや、治安組織に利するのみの御用論者とは異なるものだ。人の世界で種々の縁におきる禍に肉体的衝撃を体感し、かつ親から戴いた身体を毀損することを、狭い範囲のこの世界の掟として甘受してきた今だから考え、言えることでもあろう。

それは、次々に集積される法の運用の多くが、まるで敏感な触法のように、しかも四角四面な執行において、もともと世間の柵を超えた埒外の若者が投網にかかった雑魚のように拘束され、かつ生活圏さえ脅かされている現状をみて、手前勝手な稼業社会の都合、不都合を超えるような、社会や国家への憂慮のようなものだった。
それはカタギ衆にとっても管理社会に象徴されるように、規制や合理的管理という風潮に、徐々に生活すら型にはめられた中での与えられた自由に陥っているように感ずるのだ。



ひとくぐりに暴力団と呼称された組織集団が悪なら、なぜ禁止令を出さないのだろうか。大海なら生き方もあろうが、生まれも育ちも日本の枠内で、まるで釣堀の囲い魚のような状況では、不謹慎ながら釣り客の戯れなっているような状況である。いっそのこと水を干して堀を消毒でもしたらどうか。
税は公平を、治安は正義を顕わす。しかし、人間社会の矛盾と不具合な構造は、法の下に平等という謳いが、単なる智慧のない成文(書き物)の下僕になっているように見えるからだ。
「平ならぬものを,平すれば、平ならず」との説があるが、もともと平らでない特徴を持つ人間社会で、公平や平等や人権を謳って、やみくもに平らにしようとすれば、必ず不平や軋(きし)みが出てくる。

恥ずかしいことだが、世間に迷惑をかけたヤクザの一部に、法の埒外を勝手に振る舞っていたものが歳をとって食えなくなった途端、生活保護受給のために仲間から抜けたいと来る者がいる。迷惑かけた親や世間のために世界を替えて働きたいというなら、赤飯を炊いて送り出すのが責任あるものの務めだが、近ごろは辛抱がきかなくなった。




満洲馬賊の頭目


中国の歴史には政治が悪かったせいか、多くの任侠の徒が活躍した逸話がある。郷村には長(おさ)がいた。それは役人でもなければ、村長でもない、土壇場で頼りになる人物だ。
何かをしたからといって財貨を要求することもなく、若いころは暴れん坊で殺人までしたものが、人生に目覚め、命がけで人のために貢献し、しかも決して名を求めることもなく,威を誇ることもなかった。
そんな人物に若者は憧れ、そんな人になりたいと思った。だが、その人物は徒党を組むこともなく、まるで隠れるように生活していた。その後の梁山泊や群雄もその気風の流れだったが、彼らは任侠とよばれ、義に生きることに敏感な侠気をもっていた。もちろん法制度も整わぬ時代でもあったが、何よりも人情は国法より重いという考えだった。

権力に対しても、物納もするし命令も聞く、だから俺たちの生活に邪魔をしないでくれという、一種の人情を基とした超国家的考えだった。権力の都合に飼い慣らされることもなく、あるいは幾度となく交代する権力者にも順応する知恵や狡猾さとも思える工夫も身についた。

国家の法は言ってみれば当たり前な規範だが、それぞれには都合がある。とくに人の問題としての役人の狡猾な考えと勢力の伸長は自身の食い扶持とその担保などの確保だが、いくら国内で勢力を伸ばしても異民族に普遍的な人情は培わることのできない環境がある。どこの国でも同じ問題で苦慮している。
総じて権力を屏風にした役人の恣意的行為と徴収金の増大だが、責任もあいまいなのはよく似ている。

法治社会には、運用する側と遵守する側に分けられるようだが、その成文法規(清規)という名目で支えられないものに掟や習慣(陋規)がある。清規の執行者は官吏だ。陋規は職分の親方、稼業の親分、郷の長(おさ)、野球でいえば監督、相撲部屋の親方などだが、この二つの規(のり)は不可分だからこそ維持できる社会がある。不可侵と考えてもいい。表も裏もそれがなければ存在しない、それは相互補完の役割がある
もちろん殺人、詐欺、などは清規の範囲だが、昔は陋規で裁いていた。
だから親分や監督は公平さを維持するために己の身を整え、つねに学んでいた。








たとえば大相撲の八百長だが、昔は五穀豊穣の神事で話し合いのもとに勝敗を決めていた。だから勝ちを誇り敗者を嘲ることはなく、逆に敗者は勝者を讃え、負けを悔やむことはなかった。勝者の資格は忠恕と惻隠の情だ。
日露、大東亜の戦いの終結はそのような心を持つ人間の志業だった。
ステッセルと乃木、天皇とマッカーサー、戦いの後の態度が国民を救い,誇りを護った。

野球でも最終試合に首位打者が決まると判れば打席とヒットの割り算で選手は欠場することがある。あるいは時間切れを図って牛歩野球をするが、野球も相撲も今の理屈では八百長だ。
もちろん裏では賭博も絡んでいるが、裏の博徒は違法でも表の行為は違法ではない。つまり野球も相撲も独特な掟と習慣で成り立っている。逆に役人が運営したら野暮で面白くない見世物になってしまうだろう。阿吽と書き物の違いで、住む世界が違うのだ。アメリカではグランドで喧嘩が始まると、ベンチに残っていてはペナルティーが掛けられる。全員抗争の奨励だが、さすがにバットでは殴らない。
敢えて法律を当てはめて食いつくのは規制を意図して天下りを作るだけだ。相撲は治安組織で、野球は検察が通り相場だ。

昔の地方興行は勧進元がいた。警備、切符販売、物品納入、運営などだが、いまはイベント会社が行っている。遊戯店などは最たるものだ。あのころは国民の射幸心を煽ると一台二万円が限度だったが、今では自殺の原因にもなっているほどの博打性があり、いまだに法の適用は博打場ではなく遊戯店だ。国民は誰が支配しているか分っている。
これは排除されたから言うのではない。たしかに法外な利益を上げ、贅沢三昧した稼業もいるし、国民の批判を受けたこともある。また若い衆の躾を疎かにして堅気衆に迷惑をかけたことも忸怩たる思いだが、だから憚りながら考えることだが、譬えて、角を矯めて牛を殺すようにもみえるのだ。稼業の思い上がりとの批判を承知での実感だ。
「角を矯めて牛を殺す」
《曲がった牛の角をまっすぐにするために叩いたり引っぱったりすると、牛は弱って死んでしまうことから、わずかな欠点を直そうとして、かえって全体をだめにしてしまうことをいう。
「矯める」とは、矯正する。曲がったものをまっすぐにするという意味》検索翻訳より

なぜなら国家の権力が恣意的に運用されると、国民はなすすべもなく、しかも法の二面性は些細なことでも社会生活にも降りかかる(適応)危険性がある。安全のために交通規制を厳しくすれば、一方では歓迎され、他方では車を手放す高齢者が増えてくる。今となってはひかれ者の小唄のようだが、社会の埒外である不良が増えれば、法はより煩雑になる。稼業組織の縄張り管轄の維持と使命感は、それをコントロールしてきた自負がある

青少年の非行にも一声かけたり、叱るお節介がいなくなったら彼らは暴走する。ときおり社会を煩わす稼業組織の人間だが、制裁の掟は清規と異なる方法で処置することもある。つまり相撲や興行野球、あるいは政党政治の掟や習慣と類似している。
違うところは公職者や畏敬の対象であり、法に誓いを立て、担保として高給をいただく人間たちだが、実力者(親分)に忸怩たる気持ちで意志を曲げられる議員もいる。公私の分別もなく裏献金が横行するのが、立場上、似て非なるものだ。








余談だが、むかしは医者、政治家、お巡りさん、学校の先生は、郷の尊敬を集める人たちだった。いまどきは皆、怨嗟の対象だ。稼業とて郷の相談相手でありもめごとの仲裁役だった。これでは子供が目標として倣う人間ではない。
半端な人間は、外車、仕立てのよいスーツ、学歴、大きな家などに憧れるが、
今は、嘲笑の対象でしかない。なぜなら、附属のものは体裁がいいが、人間が尊敬の対象ではないからだ。



単純な比較に非礼もあるが、陛下は贅沢もしなければ偉くなろうと思ってもいない。考えることは下々の国民のことだ。東北の人たちも、膝を折り、頭(こうべ)を傾け激励する陛下のお姿に、どれほど癒され、勇気づけられたか。
あのお姿を見ると、些細ないさかいごとに片意地をはる任侠といわれる稼業も、どこか侘しくなる時がある。見倣うべき人格だとおもっている。それは畏敬すべき権威の忠恕だが、一方の政治権力は近ごろとみに変質している。これも人の問題だが、法の運用が無味乾燥しているようにもみえる。
あの鬼平といわれた長谷川平蔵が活躍したころ、今でいえば法には触れないが日かなブラついている徒人(ずにん)といわれる連中を石川島の殖産所(仕事を教える)に入れて石組みなどの仕事を教えていた。いまどきの生活保護を貰ってパチンコ行ったり、ニートと呼ばれる人間たちを強制力を以て、それこそ矯正していたが、平蔵はときおり訪れて激励している。権力のササヤキだ。これは単なる懲罰とは違うが社会への気遣いがあった。しかも今と比べてとてつもない力を持った火盗改めという特別組織だ。

浮俗に「これがしたくて生きている・・」と歌がある。
たしかに子供心に強いものが目立つし、゛もてた゛。ひと頃のモテ囃しだ。
そうなりたくて喧嘩が強くなりたい、度胸をつけたいと、いまでは懐かしい児戯を思いめぐらした。当時は郷でも大学に進学できるものも少なく、男子も女子も、一度は東京に憧れ、夢にも見た。上京すれば田舎モンとみられたくなく、小遣いを握って繁華街に出た。彼女の一人もできるし,カッコいい兄さんにも声を掛けられた。いっときのカブレだが、なぜか、あの頃は居心地が良かった。

あとは人情と意気地と、落ちぶれたくない人生だった。まともな勉強もしなかった。だだ、ものごとの是非は故郷の両親が手本だった。恥をかくな、人をいじめるな、女は大事にしろ、世話になったら恩を返せ、不器用だったが稼業世界にはそれがあった。だから自分に負けたくないので半端には生きられなかった。それが格好のよい生き方だった。

懐に硬い道具を抱いて一目散に飛んでいったこともある。後先も何もなかった。疑似縁は男社会の華だった。上下左右に縁を張り巡らして、身動き取れなくなったこともあった。またそれで道も通りやすくもなった。小径から大通りに入ったようなものだ。されは裏稼業が表の社会に這い出してきた頃だが、その多くは表社会の要求でもあった。だが、あれで稼業の感覚が変わってきた。掟や習慣を曲げるのも金、すべてが贅沢に向かった。それが世間で辛抱強く生きるカタギ衆から離れていくことだった。加えて、欲望の増長が治安当局から目をかられることだった。

また、いまだから分るが、警察組織も過激派向けの警備重視から、民生警察に移行したころだった。バブルに浮かれ、遊惰にまみれた人たちの経済犯罪が多くなり、国際基準の提唱から新たな社会規範ができた。暴走族、少年犯罪が多くなったのもこの頃だが、稼業人は時代の変化を読み取ることも乏しく、旧態依然の組織運営がまかり通り、徐々に時代に取り残されるようになった。
「痛い思いをしなければ解らない」というが、「我が身をツネって人の痛さを知る」ことも少なかった。だから、社会の情況に沿った組織改革や人材の活かし方が解りかけてきた。







立ち止まって考えると、人生は複雑怪奇と自分では分かったように思っていたが、人並みに国の将来を考えると稼業社会もうっとうしくなることもあった。それは諦めや怠惰ではない。もう一度足元を見つめることへの促しの気持ちが始まったことだ。

いま想うに、稼業社会は縁の巡りと運だった。とくに人の縁は実親の言う通りだった。
それは、男も女も云えることだが、これだけはアカデミックな理屈では届かない妙味のある面白さだった。だだ、世間から見れば狭い世界だった。いつも客観的に見ようと心掛けているが、一方では粋だが、見方が替われば野暮でみっともない生きざまのようにも見えた。それで毀損した掌を眺め、鉄格子から見る四季の移ろいは独悦の天国であり、ときに望郷と悲哀の複雑さでもあった。



親父は役や金で転ぶなと始終言っていた。さもしく、卑しくなるな、ということだろう。釜の蓋の開け具合が乏しいときは、悪徳のへの誘惑があった。トラック一杯の現金を持って、半端な成金になって故郷でいい格好したいとも考えたりもしたことがあった。子分を大勢抱えて一人前の稼業人になりたいと夢を見た。
だが、いくら裏稼業でも人をだまし、足元をすくい、子分を苦しめても、生れついた性分なのか、なかなか様にはならないことを知っていた。つまらぬ我欲のためか、妙なことで似合わんことも考えるが、それが用になっていることも気が付いた。


いさかいの交渉駆け引きに行くが、不思議と大きくならなく済んでいる。もちろん相手もそれなりの人物だが、手前勝手な我欲がなければ不思議と肚も落ち着くようだ。興隆期と違い、誰も大きくしようとは思っていない。意地だ、メンツだといっても現実の威力には抗せないと理解する利口さは昔と違う。それを世間並みの常識だと言われてもシャレにもならないが、そんな姿を見せる方が今の若い者にはいい学びだ。ただ、同じ利功でも、小利口に生きることは自分を小さくすることだと思っている。

組織は兵力と財力も大きな要件だが、それをカサに着ている組織は長続きしない。人が育たないからだ。「寄らば、大樹の陰」と、大きな組織に入るが、艦隊行動は遅い船に合わせるものだ。その遅い船を大事にしなくてはいけない。空中戦やミサイルでは占領はできない。とくに人情が乏しくなった世代は、下剋上も耳にする世界になった。三越の岡田社長の解任だと思えばいいが、稼業があれをやったら、落とす方も辞めた方がいい。

これからは調和と連帯を仕切る威力が必要だ。威力は粗暴と堅気はみるが、やはり中心はぶれない座標を持った人間への尊敬だ。まともな年期が入れば右顧左眄せず、目線は定まり,愚痴はこぼさず、力に迎合しない沈着冷静な人物になる。
それはどんな職業にも当てはまるものだ。とくに稼業は人の裏を見ることに長けている。ときおり女々しい見方をする愚か者もいるが、そんな人間に限って、風向きを見て揉み手ですり寄る小者だ。稼業の矜持もない。

もともと、稼業社会はヤクザとか任侠と呼ばれることがあるが、裏稼業は本来、成文法の刑法や民法の埒外にあるものだ。ことさら荒げて反抗するものではない。成文法(清規)は必要とあれば立法し、今は当局でさえ判らないくらいに煩雑に堆積されている。明治以降から積み重ねられた有効な法は弁護士、裁判官でも運用になじまなくなっている。だから判例に随うことが多い。

たしかに多くなった複雑な法は必要なくなったら廃止すればいいが、なかなかしない。物が整理できなくてゴミ屋敷のようになると、逆に外を装うようになる。元のフビライの宰相は「一利を興すは、一害を除くにしかず」と政治の大事な点を説いている。これができないのは見栄と形式主義だ。
若い者が外車に乗れば女も派手な美人を探す、泊はラブホテルでは洒落にならないし、ブランドの財布に小銭しかなくガソリンをケチっては飽きられる。
外車を売って軽自動車か電車に乗ればいい。それでも良いという女なら介護まで付き合うはずだ。もちろん独り住まいの生活保護もいらないし、孤独死も少なくなる。
これが組織や国家ならなおさらだ。ヤクザがいなくなって、交通法規を守る運転者がいれば警察人員は少なくてもいい。親子孝行が増えれば介護予算も少なくて済む。役人も少なくなる。

だだ、みな都合があるのだ。あちらが無くなれば、こちらが増える。
妙な言い分のようだが、無駄をなくして使いようの知恵だ。
別に、お目こぼしは要らんが、使いようだ。









近代刑法ができた明治期は判例も少なく、人格、情緒豊かな裁判官は「情理に基づいて・・」と判決を下している。とくに平等、自由、民主が入ってきたころは、教育も人格より知識や技術が重用され、明治天皇さえ憂慮していた。つまり法は知っていても、知識は覚えていても、人物を尊敬し見倣うような、知識や法の前提となる人間の問題が置き忘れてしまった。
稼業社会にいて口はばったいようだが、内情は同じだ。

まさに秦の宰相だった商咉が云った「殺を以て、殺を制す」だが、人殺しを総て殺せば、殺人者はいなくなるということだが、真の任侠は隠れた義人として、その業に続くものが多かった。白黒ではなく、白黒を超える人の世界だからだ。

とくに数値で人間を比較選別する教育は、胆力、見識を基とした使命感、責任感を枯渇させるが、稼業も政治も金と軍事力、員数の多寡でしか見られなくなってしまった。
よく、おかしくなったのは戦後のマッカーサーの企てだというが、唯々諾々と従った当時のエリートの姿をみてもドイツの対応とは大きく異なる。昨今の原発被害に取り組む政治家や東電の役員と比べ、作業員の命がけの使命感と責任力は、エリート教育の失敗を表していると外国人記者の多くの感想だ。日本人の好奇心と迎合心は特徴とは言うが、官にみせる姿と共に今も変わっていない。

智慧がないから随うことで怠惰になり、規律も緩む。智慧は狭い範囲の我欲(小欲)では生まれない。社会構造に意味ある行動、一部分でもいいから不特定多数の支えになる考えがなければ智慧(ちえ)は浮かばない。

交渉事でも対面のメンツを言い争ってもまとまらない。同じ社会の土俵に立って、これが何のための逡巡なのか、互いの背景を支える多くの人たちのために意を合わせることがなければ、事は進まない。
不思議ともめごと相手とは筋を通しつつも心では通じ合うものだ。なかには昵懇(じっこん)になるものもいる。それには裁きは他人につけられるものではなく、自分を裁いてから望むものだからだ。責任は人のせいだけでは纏(まとま)るものではない。あのステッセルと乃木さんのようなものだ。

その明治だが、警察は川路大警視、軍は西郷隆盛、児玉源太郎、秋山真之など綺羅星のように今でも語り続けられている。学校も行けなかった水兵は、航海術、砲術、万国航海法を学び、世界一のバルチック艦隊を撃破している。動いている船に弾を当てる技術だ。陸軍の立見尚文は極寒の黒構台の戦いを指揮、兵はあの八甲田雪中行軍の青森の師団だ。秋山好古もいた。もし敗れていれば、いまどき流行りの金髪の青い目の日本人になっていただろう。

二本差し、まげ、下駄、草鞋(ぞうり)が、明治維新から三十数年で国難を超えた。みな学歴はないが、集中力と好奇心、そして愛郷の使命感が充実していた。その後の数値選別と学歴など装いの立身出世の風潮は、あの敗戦を誘引した。
義侠心は野暮となり、親の諭しは古臭いと耳も傾けなくなった。みな人間の気概の問題だ。
組織が乱れるのは、司令官の我欲だ。上を見たい、名を残したい、財が欲しい、それを続けたい、それがために出処進退の機会を逃す者もいる。








児玉源太郎は陸軍次官で総理候補だった。しかし、2階級降りて参謀総長となり現地に飛び、周到な準備をして、成果は乃木に任せている。だから将兵は命懸けでついてきたのだ。妾連れで現地に赴任した某南方司令官とはわけが違う。しかも死因は病死だが、あまりの強欲に部下に殴り殺されたのが真相だ。部下もしっかりしている。
軍法裁判になるような諫言行動は、ジャングルで屍をさらした兵士への哀悼だ。その義侠心が行動させたのだ。まさに任侠の姿だ。

ここで思うのは、稼業入りした若い者でも、学歴がなくても、金もなくても、車も無くても、親がいなくても、目的を作り、使命感と、責任感があればどんなことでもできるということだ。知能指数が30の男が死刑判決を受けて執行までの収容中に当用漢字を覚え、和歌を習い、新聞投稿して賞をもらっている。

つまり、集中力と緊張感だが、拘置所は最も適所であり、生きる希望と能力の発見は楽しい時間だったはずだ。勧めるわけではではないが、疎外感、孤独感こそ、学びの場なのだ。なにも官製の学校に入って点数に目くじら立てることではない。幸せ感は与えられるものと、与えるものがある。前に書いた小欲は騙したり威圧したりして強引に奪うものもある。感謝されて自然に財を得るものもある。しかし、この幸せ感は半分だ。気がついたら人が何と言おうと陰で援ける。つまり、「尽くして欲せず、施して求めず」だ。これなら褒められることに照れがある稼業人の得意とするお節介だ。暗いうちに人の家の前を雪かきするもいいだろう、店で困るような客をそっと表に出して理を説くこともあるだろう。

あの震災で多くの若衆が寝食もそこそこに、トラックに備品を満載して、我先にと現地に突っ走ったとき、何を感じ、人は言葉にも出せない感謝を感じた。
何を言われてもいい、理由は何でもいい、皆で行った行動は充実感と満足があったはずだ。ありがとうという言葉も褒美もないが、だから自由にしたいことができた。却って、立派だ、見直したと云われる方が照れくさいし似合わない。
前に書いた中国の任侠といわれた無頼の徒も、皆そうだった。









震災復興も手順や書式や予算や待遇の形式で、どれほど多く被災者が困惑しているだろうか。いまでもそれが原因で停滞していることもある。もともと無頼といわれる稼業だが、それは、あの児玉の突破力と頓智に似ていないだろうか。
内地では女郎屋通いが好きで借金はこしらえる。通行人が「児玉将軍は、たいしたものだ」と立ち話していれば、普段着の児玉は面白がって近づき「そんなに、たいしたものか」と、身分を明かさず噂話に紛れ込む面白い庶民性と頓智がある。
だから、数万の将兵を死地に赴かせるような畏敬(いけい)の姿があったのだ。
                                    畏敬「おそれ敬う」

世間では嫌われ者といわれ、刑務所通いも慣れっこな若者が、あの震災土壇場で見せた目を見はる義行は、善行とはこんな簡単な事なのか、こんなことで人は悦び、笑って仲間になるのか学んだはずだ。
実は児玉もそうだった。化外の地といわれた台湾で多くの義行をした。まさに現地の人たちは任侠の再来と映った。疫病を治癒し、匪賊を順化させ、東洋一のダムを作り豊饒の大地を作った。それは内地では風采の上がらない変わり者の後藤新平を招き、すべてを任せている


遊び人で苦労人の児玉は人を観る目があった。その後、後藤を満州鉄道の総裁に登用して満州を一大経済圏としてその基礎を作らせている。学歴や金に目がくらんで後藤を登用したのではない。後藤も台湾着任後、多くの不良な日本人役人を日本に追い返して、名もなく若く活発で、現地の人のために働く役人を呼び寄せて台湾人の信用と協力を得ている。

児玉は戦争が終わると間もなくして亡くなった。あの児玉がいなければ戦争は負けていた。つまり日本はロシアになっていた。女は強姦、男は奴隷が当時の戦争だった。児玉は今どきの政治家が言う「生命と財産」ではなく、その生命と財産が護られたら、どのように活かすのかを考える人物だった。生命財産というから軍備が必要となる。それを生かして立派な国民をつくることが真の平和の基だと考えていた。つまり権力の正しい使い方と、権力を信頼する国民との関係だ。








児玉が亡くなって遺徳をしのんで後藤らが神社をつくろうと計画した。
しかし、なかなか資金が集まらない。台湾人にも声を掛けた。すると建設資金の7割近くが台湾からの資金として集まった。つまり、今では植民地としての歴史がある台湾だが、たとえ異民族でも児玉以下後藤や若い官吏の行った善政は現地の人の心に残ったのだ。江の島の児玉神社は立派なものだが、いまは訪れることも少ない。残念なことだが、それが今の日本人だ。
それが、あの震災に寄せられた多くの義援金の心だ。九州くらいの地域から、三度の食事を一度にしたり、子供の小遣いを減らし送金した資金が、民間拠出して世界でも群を抜いている結果だ。


歴史もこのようにして学べば身体に浸透してくる。頭では動けないが身体は覚えるものだ。邪まな日本人の歴史、泥棒も詐欺師も、喧嘩で人を殺めるものもいる、しかし切り口を変えれば人の人生の流転と同じで、人は悪にも善にも転化する。喝あげが得意な少年は若者に、「かわいそうなことは、するな!」と、説教するようになる、これも転化だ。保険金詐欺が老境の父の車椅子を押すようになる。殺人者が僧侶になって不殺生を説く、暴走族が教師になる、それが転化であり、流転だ。つまり激流が田畑を潤し大海にそそぐ、その流れの変化だ。

そのきっかけを作るのが、齢を重ねた自分の役目になった。どうせなるなら慕われる稼業人になることだ。それには小欲の成功より、大欲という大きな人生観と許容量を持った稼業人になって若衆の手本になることだ。
つまり、真の器量人、度量人になると、一人前の行儀も自然につく


金もない、車もない、女もない、頼れる親もない、それで荒れるのは勝手だが,ドブに屍をさらすより、爽やかな青空を眺めて任侠の道を広げるべきだろう。
任侠はヤクザではない。言霊(コトダマ)のことだが、口に出す言葉が悪ければそのようになる。
自分は任侠だ、と云っていれば立派な任侠になる。ヤクザだといえば一応、ヤクザになるが、小欲だけでは愚連隊だ。本来は任侠ヤクザだろうが、含む意味は「尽くしても欲しがらない、施しても要求しない、善は陰で行い、邪まなものを正し、世間にも通る人の道を真剣に求める」これが本意だが、食えるか食えないかで止まるなら考えるべきだ。



譬(たと)えていえば、環境の変化でコメがとれなくなれば、食うために転作をする。いつの間にか本作になる。これが知恵ある生活なのだ。何百年の農家でも放射能が来れば転地せざるを得ない。また身体的にも農家が合わない人もいる。つまりうぶ声をあげて農業になることを考えたものではなく、すべて縁の為せるものだ。









意地を張って煙突掃除や唐傘をやっても、煙突がなくなり、唐傘をささなくなれば生業は成り立たない。だから、大学出や農家の長男、漁師、役人出身でも稼業になることがあるのだ。
ある古老の鳶頭が「木遣りと梯子(はしご)と彫り物ができなければ一人前とは言わなかったが、近ごろはマイクの前で挨拶できるものが幅を利かせている」と嘆く。
いわんや、喧嘩が強く、気も荒い、ペテンも利いて度胸もある、ヤクザ稼業はそんな群れだったが、いまはソロバンと口の巧さと、お上手だと昔の稼業は同じように嘆いていた。

とりとめない、しかも身の程知らずの憚り話だが、今は人生を反復、反省、つまり顧みることが大切なことだ。縁ある人たちに役立つことは、新しい世界を見回して、より切り口の違う学びが必要だと痛感している。しょせん、トドのつまりは、と吾身を責めることもあったが、いまだ新規の器は多くの容量を詰め込む許容がある。

それはガキころに故郷で眺めた磐梯山の大きさに似て、鎮まりの中、爽やかな気分を想いださせてくれる。世話になった縁者に自分らしい姿を残したいと思っている。齢を重ねると老婆心も出てきて、いらぬ心労も招くようだが、心の転化の面白さは縁ある皆さまのお蔭かと、緊張しつつも愉しんで学ばせてもらっている。


イメージは関連サイトより一部転載

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安倍君は国家に憑依する魔物を見たか   14   12/7再

2017-03-22 09:17:37 | Weblog


公僕を看板にして、或るときは軍の僕(しもべ)として装い、或るときは民の下僕として無謬性を仮装し、あらゆる思想形態さえもその身を偽装して主となる民もしくは推戴された為政者でさえも翻弄する一群がある。それはバチルスの如く増殖しながら時の政体に寄生する。
それは骨付き筋肉のように弛緩と硬直を繰り返し、ときに刺激や麻痺を注入しつつ老化の自覚さえオボロゲニさせている。

しかも彼らの所有物ではない財をあたかも使用専用権の如く恣意的に乱費し、その政策瑕疵や推定効果の誤りを四角四面の成文法規に隠れつつもグランドに放置して、その責任を我が身に憂うることもなく、浮俗の民に選任された職業政治家の陰に隠れ、しかも政治家の無知無理解をよいことに、その責任まで彼らに放置する。
名利衣冠に汲々とする政治家は、票田に伏し貪官に媚びて社会の安寧を大声で偽装し、大義ですらその口舌の具になっている。

政治家の頓首や反省は一過性の姿態となり、彼ら茫洋とした一群の起こした瑕疵の陳謝に腹話術のように明け暮れる。そこには責任の受任意識などなく、唯、成文法規のグランドに立ちすくみ彼らが経験と呼ぶ経年の残滓を積み重ねるだけだ。

小人(小者)は利に集い、利が薄くなれば散ず」の譬えあり、分党、分派の離合集散は恒例となり、「小人の学は利にすすみ」その目的は政党助成金と己の失業対策となり腰の落ち着きのなさは甚だしい。

民は無関心を装いつつも嫉妬と怨嗟は、一方の不特定多数への忠恕心をよそに際限のない淵に達している。為政者の政策は中抜き、骨抜きのごとく、かつ隣国の公司の倣い、彼らの仮倉庫である独立行政組織に吸い込まれ天下りの数多の桃源郷を構成している。

「上下交々(こもごも)利をとれば国危うし」隣国の古典の浅智慧でさえ容易に模すことができるが、昨今はそれが堂々と鮮明になってきた。彼ら群れの醜態はお手盛り政治家のつくる法の便宜的粗製では直ることではない。いや煩雑となった法は社会とのバランスを失い、より彼らの恣意的な偏向理解によって増殖するだろう。








どこか明治の残滓のように国家の暗雲となった軍および軍官吏や財閥の伸張に似ていないだろうか。これをこの国の組成された官癖だとしたら、その脱却こそ戦後レジームに唯々諾々として順応し、増殖している群れの実態だろう。為政者はスローガンの前に腐った根を断ち切らなければ、国家は内壊すること必然だ。

それは議会でのパワーを背景にした安倍君でも難しいだろう。避ける、除けるは論外だが、この点に問題意識がなければ、憲法も、自衛も教育も枝葉末節な争論で終始するだろう。
政権さえ思うがまゝに支配する姿なき巨大な魔物は、すでに国家に憑依し、隅々まで浸透している。

自浄なき国家の弛緩や怠惰は堕落にすすみ衰亡する。
側近は人目を気にして商業マスコミを懐柔しているという。彼らとてその伴食を願う売文の徒だ。うら若き女性やイケメン、横文字経歴を並べて飼育しているが、そんなバナナの叩き売り選挙のような指定選択はろくな人材はいないと有権者も感じている。
ただ、いつの間にか・・・、この行き着くところの憂慮に対する感度がなくなっている

どうだろう。安倍君も巨大になった群れのつくる蜘蛛の巣から脱出できるだろうか。
これを知らしめることこそ為政者の務めであり輔弼としての責務だ。

これを大声で言えるようになれば投票率は上がること請け合いだ。
そして、国家にとって真の勝利は自ずと訪れる。

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我国の宰相は「掃除大臣」たるべし 2008 10/8 再

2017-03-21 09:02:42 | Weblog

悪戯な標題ではない。今を見て臨機に為すべきものを知らなければ「政外」(政治のピントが外れる)こと疑いなし。

゛掃除゛は掃き、除くことである。それは倹約につながり無駄を省くことにもなる。歴史に尋ねれば、このような姿が国家、社会、民衆に現れたら、先ずこれに取り掛かるのが権力者の任だった。

干支では「戌」の期に当てはまる。草冠をつけると茂るとなるが、同じ「繁」とは異なり、植栽をしない為に風通しが悪くなり樹木全体が枯れてしまうために「刈る」という意味でもある。

これを国の機構なり、会社の組織に当てはめると、「弛緩」つまり心の弛みになって組織が停滞し無駄も滞留し「患う」ことになる。多くの組織は人によって動いている。しかし、その人心が弛み、機械などによって労働感性が衰えたりすると全てが受動的になり、国家をして、゛誰かがやってくれるだろう゛゛自分だけが動いても変わりが無い゛といった躍動感の欠如がみられてくる。

「戌」には改革の意が潜んでいるが、根本無くして表層の政策、対策という部分検証や修正しか考えられず、終には改革に飽き足らず革命を意図するようになってくる。それもこれも、先に述べた植栽によって何を求めるかの明確さを求めず、手前勝手の成功価値と、それに伴う食い扶持を第一義におく風潮がよりその傾向を助長させているようだ。

そこで掃除とはどの様なものを回復するのか。
元の姿とはどの様なものなのか・・・
よく、賃貸住宅を退去する場合に原状回復という習慣的取り決めがあるが、キズ、劣化、清掃、備品の交換など、なるべく元の状態に復旧するために資財と時間を要するのが常である。

それと同様に居住者が余り物を買い込まず、常に清掃を心がけ、共用部分の管理をしていれば、退出時の労力、支出は必要としない。つまり将来を考えて生活を改めることは無駄な時間と資財の供給を抑えられるはずである。
それを、社会の風潮や国家の浪費に例えると解りやすい。そこで隣国の歴史に例えれば行なうべき政策の大綱が明確に現れてくる。

外交、防衛、経済、民政、それらの基盤に棲み付く人間の様相と劣化について、当時の宰相は明確に指摘し、それが先ず行なうべき更新であり、それなくして政策も無いと実行している。

我国にも上杉鷹山、恩田杢、山田方谷という英明な宰相(藩)がいたが、共通している視点は「整風」であり、そもそも「公とは」という命題に対する取り組みだった。


    

       若き蒋介石と革命の先輩で孫文の側近 山田純三郎


蒋介石も「新生活運動」という整風運動を展開し、国のセンター機軸である「国維」の充実に邁進している。なぜか、余りにも自身が率いる国民党の腐敗堕落が甚だしく、終には民衆の信頼を失い大陸から転出した禍根を断ち切ろうとする覚悟の国民運動だった。この原本は中正記念堂に所蔵されている。



以下、再読を請う

http://blog.goo.ne.jp/admin.php?fid=editentry&eid=4b53ff45dd58d4b6e9773d59468ae7e4

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「謝ったら過ちを認めたことになる」と、ここから人は劣化した

2017-03-18 12:20:44 | Weblog

児玉神社

国会でも弁護士出身者の詭弁によって混迷の度を深くしているが、弁護士資格を持った議員同士の騒論は醜い争いとして議会のみならず、日本人そのものの劣化の象徴例として政治を暗澹としたものにしている。


異文化かぶれは別として日本人には「謝ったら過ちを認めたことになる」との反応はなかった。たしか筆者が生意気盛りだった頃の昭和30年代に口の達者な連中が広げたことだが、銅臭を察知して三百代言と揶揄された代理人(弁護士など)などによって法を持ち出して人々の情理まで変質させてしまった。     「銅臭」・・・金のにおい
場面の状況によるが、はたして謝(アヤマリ)は、すべての誤(アヤマリ)を含んだ、過ちを表わすものなのだろうか。
隣国の贈り物には「謝々」と二つも重ねてついてきたことがある。

以前聞いた米国のことだが、朝早く起きて近隣道路を清掃して水を撒いたら凍ってしまった。そこを歩いてきた人が滑って転んでしまった。すると「この責任は誰にあるのか」と思案した。すぐそこに思いをめぐらすのが前記でいう異文化なのだが、弁護士を雇い、けなげな住民は訴えられて賠償金を払わせられた。理由は服が汚れて会社に遅刻した、ということだ。
こんな時、「大丈夫でしょか・・」と駆け寄ってもね「いゃ、こちらも不注意でした」とはならない。

江戸っ子なら「大丈夫、なんてことないょ」と痛さをこらえて平気な顔をする。余程のことがない限りデットボールでも文句を言わずに一塁に向かう王選手のようだ。近ごろは球が近くを通っただけで、投手は帽子を取り会釈しても追い掛け回すバッターがいる。

中国では子供が悪さすると親は守るが、形勢が悪くなると「悪いのはこの子だ」と親は決して謝ることはないと何かに書いてあった。

それは大変だな、と思っていたら、周囲もそんな風になってきた。
わが身をツネって人の痛さを知る、とか「相身互い(お互いさま)」と生きてきた日本人だが、漢文好きが因果応報とか仏語を説いても、からっきし解らない庶民でも諺をまじえる大人の話で事の良し悪しと、始末の仕方を覚えたものだ。
近ごろは証拠に書式、代理人の報酬や役所の印紙手数料など、損害金額の数倍にもなる経費でも善悪すら明らかにできない状況だ。

程よく治まっていた連帯と調和は情緒変質の企図なのか、民主、自由、平等、人権、などを掲げられると反語すら見当たらなく、万巻の理屈を記す書物でも晴れることのないそれらの美句は、これまた複雑な要因を以て構成されている国家なるもの同様な、必須と解っている連帯や調和の必然性を、むやみに自由のなかの個の障害として意味をなさしめている。

 

            

           後藤新平が培った台湾の衛生感覚は習慣となっている

  産地偽ラベルを貼って台湾へ輸出した行為は、日本および日本人への印象を失墜させた。「あの日本人までもが」

政府は先ずはその犯罪的行為を謝ることなく、「台湾の基準がおかしい」と、国際基準を守る台湾の人々を落胆させた。

 

「すみません」「ありがとう」は、愚か者の薀蓄を聞かずとも多くの日本人の心に納まっていた。謝れば済むものではないと云われれば、ピンとくるのか財の移動だ。なんでも金で始末をつける保険も繁盛した。

これも保険屋と弁護士の国益ならぬ食い扶持益なのか、手間が掛かるようになったのも事実だ。これとて「浄水器があるから水がおいしく飲める」という便利性だか、そんなものが無くても飲める水の方がより便利だ。

どうも面倒な寄り道、遠回りすると人手も掛かるし金もかかる。それが生産性で税収も上がり、国が豊かになると数値を振り回すがこの繁栄を成功価値と思っているうちは、いつまでも悩みは消えない。

人の関係を分断して孤独と恐怖をまき散らし、バーチャルな集団や流行り事をまき散らす汚れなき罪は人を羊のようにしてしまう。柵がないから自由だと思っていたら始終、飼い慣らされた犬が吠え、周囲をうろつく。行先は牧舎かトサツ場だ。

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生活の為の、゛食い扶持゛

2017-03-07 11:30:38 | Weblog



前三篇の「田母神インテリジス・・」については、筆者の備忘録を騒擾とした世情に当てはめたものだが臨場感あふれる実行者のオーラルヒストリーや外地の未公開資料の表層を記した。

それさえも難解なものであろう。とくに偏って刷り込まれた知識ならず基礎的観察座標は多くの歴史的観察を惑わしている。しかも時を経て其の都度書き直しの愚を起している。

とは申せ「それがどうした・・」という見方もある。
実利を追求していると思っている、゛食い扶持゛至上の見方だ。






              ヤマウチ・タツオ


何を隠そう、地を這うような労働に歎き、運命論に囚われ怠惰になった一時の筆者の心地だが、精霊からの恩恵意志まで前提食い扶持に落ち込まなかったのは、多くの縁の訪れによって運ばれた喜怒哀楽を同感する人々の恩恵だった。それは転化を促すとともに利他への貢献を教えるものだった。

それは「思い込み」を溶かすように多面的、将来的、根本的な思索への誘導のようだった。いまだ性根も弱いが「ホド」は弁えいてるつもりだ。それも安岡老が耳タコのように「無名かつ有力」という下座観、俯瞰視の涵養の勧めと、多岐にわたる先哲、先覚者の回顧にみる矜持の持ち様だった。

それを座標として国家なり人なりを観察しながら逆賭することが我を客観視し意志なり主義なりを構成する精神を、ある意味では柔軟に自身を運行(躍動)させることを習いとするようになった。



              





頑なで、偏屈とも映る向きもあろうが、己の潜在意思を恐怖に似た境地で解き明かすと数多の歴史先哲が述べた「我、何人ぞ」に行き着くのが解るようだ。

゛情報という狡知にがんじがらめになって己の実態すら認知できなくなったら、田舎に入って自然と戯れなさい゛と学生に伝えるのだが、ふと思い出すのは毛沢東やポルポトやスターリンが行なった下放政策である。

糜爛した都会の知識人を農村で従事させる、たしかに虐政でもあるが覚醒の体験としては下座観と世界観の肉体的、精神的な更新には役立つだろう。

中国の歴史では儒者(知識人、読書人)は十階級の下から九番目として九儒として蔑み、毛沢東は臭九老として扱い、当時はタクシードライバーと同じ俸給である。

日本では有名な学者でも本国では「あいつは政権が代わるごとに反省文を書き擦り寄っている」といわれている。また「姿は文化人だが著書の部数やノーベル賞のために翻訳と書評の下駄はきを懇願する、それが彼等の言う文化の世界だ」とも辛辣な知識人評が定着している。

なかには中国情感の好きな人間には孔孟を説き、八百よろずの茫洋な自然観を説くインドの民のヒューマニティー論?や、ロシア文学に傾倒して共産主義に共感を持つものも出てくるような、ある意味では融通無碍、無為無策ならず「借策」にをいともアカデミック的(学術的)な形式を装うことを勘違いしている知識人が多い。

それらの知識人、教育者とは言われるが、゛食い扶持゛をもっぱらとしている稼業知識人、つまり政治、経済、マスコミ、商業出版、教育産業の素餐として走狗に入る一群である。


「檀」とか「界」を構成し親分子分の契りを結んで「権」を為し、商売人に其のカスリの集金を任せて自らの手を汚さないような合理的かつ科学的なシステムを階級構成している文化とはなんなのだろうか。

平らに言う「評」などはなく、また吾を言う「語り」を失くし、舌の上下に終始する舌が言う「話」を磨き、食い扶持に堕した者の戯言に一喜一憂する政治家、軽?済人が蠢く国柄に永く続いた歴史はない。

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天岩戸を開ける勇 「陛下なら解っていただける」

2017-03-04 11:37:49 | Weblog


日本の近代化は明治の王政復古を掲げた維新だと教えられた
それは徳川幕閣の経国能力の適応に疑問を持った薩長をはじめとする雄藩が立ち上がったと歴史に記されているが、彼らとて名目や大義をつくろっても下心を隠すほどの効果もなく、京都に坐す「玉」と彼らが称していた天皇を推戴して王政の復古を掲げて倒幕をした。
それが彼らの身分や利権にどのような影響を与えたかは研究者に委ねるところだが、民衆からすれば推して知るべしところだ。

あの西郷でも「この様な国にしてくはなかった・・」と言わしめたその後の体制だが、まさに昭和二十年までその風は続いた。
賢候と謳われた山内容堂は「もともと無頼の徒の集まり」と揶揄した。西洋かぶれと成り金の支配層が「玉」を巧妙に奪取して名目を整えた政変という意味だが、官吏や政治家の、゛人と成り゛は江戸の御家人とは変わりはなかった。

まして武士の継続した習慣性を野暮で古臭いと切り捨てた無頼といわれた下級武士の行儀の悪さは,士の矜持すら忘却して「玉」として利用した天皇に軍服を着せた。天皇も有史以来の禁を棄て洋装の軍服に袖を通して形式的にも軍の統帥まで行った。

国際的情勢も今とは違う。また理念はともかく押し寄せる外圧に抗する姿としての時世は已を得ないことだったが、自制することを「怯え」「逡巡」と、妙なところで武士の禁忌を拾い出して国威伸張のスローガンのもと群行した。
惨禍の中、親への孝、天皇(国家)への忠などが綴られた逸話がある。小生も先覚者に頭を垂れ感涙を禁じえないが、政治の無力、軍官吏の机上戦略と手前勝手な数値合理の追求の情勢基盤にあった彼らの経国意志とは敢えて別の位置として考えるべきとおもう。

一例は田中正造の天皇直訴、二・二六動乱の青年兵士の純情などは、あの無頼の徒が謳った王政復古の謀りとは異なる醇なる依願として、また天聴に達して大御心によって正否を明確にして戴きたいとする切なる願いだった。
つまり、軍の動向に現状追認する政治家、いまなら官吏に丸なげ政策された箇条を読み上げ名利に邁進する政治家、加えて安定収入の保全と官域を広げることに狡知を図る官吏や、救済を掲げる宗教界の政治リンクと組織利権の保全、道徳を亡くした経済人の醜態にたいして、真に依頼すべき人物なり、吾が身を慟哭させる存在に依願を求めるのは、縁あって日本に生まれ、これも縁によって棲み分けられた郷里の疲弊に勇を試みる日本人として大御心に委ねることは極、自然なことだ。










いわんや、あの無頼の徒が王政の正きを謳い、忠恕の在り様を体現する「玉」だと民に広く認知させたなら、あるいは議会の開会を宣し、褒章の御璽を押し内閣を認証する意が存することを周知された国民なら、くわえ赤子として戦地に靖んじて身を献じた国民なら、今現状を覚醒していただきたい、あるいは大御心の有効なる姿を拝したいと思うことは、それを呈して安寧な生活を営む国民の真の自由であり、毀損する群れの退治は国民の依頼心を別とした責任でもある。

聖徳太子が十七条に託したものは単なる官吏の就業規則ではない。何れ彼らが天皇の補弼を屏風に権力を構成し、豪族や宗教家がそれに倣い衆を恃み権力を構成し、民の尊厳を毀損するであろうことを危惧して彼らに向けた矩(規範、法,等)を制定したのだ。
しかも推戴されたものを護ることが、彼の恣意的作為で、寄せ付けない、耳に入れない、ことによって専横を始めたのは歴史によくあることだ。

王政復古は解りやすいが、内容は明確ではない。二・二六の時、天皇は叱責して自ら動こうとした。しかし、以来、立憲君主ということで政治に口を挟まなくなった。また、そのありように都合が良かったものがいた。統帥権を弄ぶものたちだ。やはりは威力があった。
無名有力とはあるが、天皇は有名、無声、忖度として様々な形で融通無碍に利用された。だが奥に隠されたような陛下の沈潜、鎮護の涵養された安寧への祷りは、まさに心情において国民の直接交感であり、それが、いかに為政者がその王道とは似ても似つかわない現実政治の統治にはときに存在を忘却しようが、あるいは覆い隠そうとしても、それゆえに民はより陛下の存在に接近するのだろう。
被災地に大衆が選択した代議士によって選任された総理が行けば、「いまさら何しに来た」と罵倒され、可哀そうなことに高学歴無教養な官吏や企業重役の露払いに怨嗟の念をもつ国民のターゲットにされる始末だ。









誰が見ても「わかっていただいている」と感ずるものが国民は欲しいのだ。
妙な例だが、自由と金を与えた子供が、本当に欲しいものが解らなくなったあの「理由なき反抗」と似ている。お父さんは働き、母はいつも口喧嘩して子供をステージの高いところに上げようとする。それが子供のためと思っている。子供は無謀な遊戯に走り補導される。刑事は問いかけると青年は泣きながら吐露する「お父さんがお母さんを叱る勇気があったなら・・・」と、奥底にある理由を告げる。


国民も文化的といわれる生活になじみ、便利性に誘われる、しかし、どこか空虚だ。それは身の丈にそぐわない欲望に物質が届かないためだけではない。ただ、見せられたことのない本当の安心とはどのようなものか想像しているのだろう。稼業博徒が疑似親である親分や女将さんに従順として随い、生徒が教師を恩ある人と慕い、陣傘代議士が派閥や党派の領袖に忠誠を励むように社会に出れば烏帽子親が必要になる。それが縁あって集まった群れの自然な習性だろう。

ならば宗教は教祖があるように国家にも国父や国母といわれる存在がある。そして由縁の背景とともに、国の父なり母なりの言辞なり動きを待ち望むようになる。あるいは拙速にも嘆願したり、行動を請うこともある。あくまで不特定多数への普遍と忠恕を表す大御心の発動を願うためだ。
これを近頃は政治的利用と括るが、往々にしてそういう輩が利用しているのだ。











神話にあるアマテラスがお隠れになって漆黒の闇になったとき岩戸を開けるものの出現だ。
逸話だが、岩戸を開けるために騒がしくも裸踊りをする神々がいたというが、これも不敬で行儀が悪く、神を辞任しろと言ったのだろうか。裸踊りだが、下着もないころ、乳房は上下左右に揺れ、裾はみだれ女陰があらわになったというが、現代人のスキャンダルも真っ青な神々の乱痴気騒ぎである。現代の皇室もユーモアの許容量はあると聞く。あのグルメ嗜好の入江侍従がなくなったとき陛下は「入江は食べすぎだったのか」と呟いた、とは皇室の語り部、卜部皇太后御用掛の筆者への逸話。

国民が望むのは暗く視えない世でなく、明るく照らされた世の希求だ。

しかし、現実社会は開けることを妨げるものがいる。
昔からその不特定多数への貢献責務は形式権力に安住する群れからは「なじまない」「不敬」だと迫害され、ときに捕縛される。
千葉の佐倉宗五郎、大阪の同心大塩平八郎などの義狭は今でも語られるが、当世は世間を渡れば誰にでもあろう些細な瑕疵や色ごとで義狭すら不埒な謀りごととして忌避される。

議員なら「辞職せよ」となるが、翼賛政治の頃、齋藤隆夫は国会の粛軍演説で除名された。
さわらぬ神なのか、齋藤を庇うものもいなかった。しかし兵庫の出石の選挙民は最高点で再び議会に送り出している。
「軍は聖戦というが・・・、国民は何のことか解らない・・」と言ったまでだが、議員としては当然なこと。軍人は戦地で倒れた兵士を愚弄すると怒り、議員は唇寒しだ。

いまは外国勢力の狭間でポチになり、ときに空威ばり、なかには4000億がキャッシュで銀行にある、すぐ出せる、だからオリンピックは東京で、と叫ぶ輩もいるいまの日本だ。
治安機関は不祥事、検察も意気消沈、官吏は不作為と慇懃、政治家は落ち着きもなく騒がしい、これではあの御方の大御心にすがることしかないと国民は考えている。
また、その威力は驚愕感動をつうじて、あの東工大の碩学芳賀教授が説く、高学歴無教養の官制学歴では到底修得できない人間の姿と浸透された教養を感じている。その文字の意味さえ知らなかった「畏敬」さえ覚え、拝する国民も増えている。
「自分には真似できない」、それでも存在は大きくなっている













先ごろ山本議員が天皇に書簡を呈上したということで問題になっている。
昔なら封書にしたため、手渡しではなく腰を折って、あるいは膝を折って両手で呈上するが、若者の已むに止まれぬ行動だとして目くじらを立てることはない。
なぜなら、被災地で膝を折る陛下の従者が突っ立ったままでその光景をみていることを考えると不敬は言えまい。
巷間、原発反対で俳優業もままならなくなり、種々のスキャンダルに晒されもしたが、彼とて陛下の存在を認知してその威力を知っている。あの台湾の多大な義援は多くの日本人、とくに若者に台湾の存在を認知させた。そして応えようとして模索している。
もし、山本議員が不敬で慣習に馴染まない変わり者でも、「わかっていただける御方」と存在を陛下に求めたのなら、また、震災地や様々な巡察訪問における陛下の姿に現実政治の限界を比してして認知したとしたら、これほど心強い覚醒はない。

いまは仲良し大臣となっている文部科学相も一次安倍内閣では黒子役の副官房でありながら、いつも総理の肩越しから顔をのぞかせていたが、事務担当なから古川貞次郎、石原信男氏のような謙譲の落ち着きはない。議員職とか事務職だとかは問わず、負託された政府要員の姿としては見るべきものがない。
「議員辞職ものだ・・」
まさに脚下照顧だが、どうも時代は代わり制度も変遷し、便利にもなったが、人は変わらない。

もし、移ろいの衆を恃んだイベント選挙を忌避し、国や社会の由縁を歴史に学び、そこにたどり着いたなら、その無鉄砲な匹夫の勇と嘲られても恐れることはない。
なによりも批判の衆は大御心に沿わない連中だからだ。


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 《四患は五寒にすすむ》 宰相の選択と覚悟

2017-03-02 10:56:06 | Weblog

以前、当ブログで「面妖と音声と眸」と題して以下のような記述をした。
たしかオバマ米国大統領就任に当たってもそのようなことを記した。
それは「音声」と「眸」についてだった。



《指導者の面妖、音声、眸、そのバランスの如何で表層の世の中は変動するが、とくに救世主のように登場したなら尚更のこと、錯覚しかねない表層だ。此の期では今こそ深層の国力を観る機会だろう。

ただ、「人が人でなく、なんで国家が国家として成りえようか」と喝破した清末の読書人(知識人、賢人)梁巨川の意味を前提としてだが・・・》



また現在の国家の姿と、前ブログ「連続崩壊する短期政権・・・」のその後の姿として以下の記述を拙章から抜粋してみた。

「四患」から「五寒」にすすむ社会の姿と人心の様相ではあるが、文部省官製学歴のみでは理解の淵には届くことのない解決の妙案もふくめて呈上する


再三当ブログでお伝えしている「五寒」の現象について記してみたい。

「四患」にいう四つの患いが人々の欲望や堕落の表れだとしたら、「五寒」はその結果招来する社会の瓦解なり国家の崩壊にかかわる問題である。これは昨今のアカデミックな政治論や、分派された大学の数多奇名な学部にある論にはない。

隣国の栄枯盛衰の記述を分類した古典なり、異なる民族から必然的に発生した唐学(漢学)ではあるが、動物界の群とリーダーの思惑と関係、群れ同士の思惑、雄と雌の関係、他の群れとの関係、など、絶えず対応する(絶対)が精神活動の中で離反、連帯、そして企てと、先の現象として記した「四患」の矯正が整わなくなった結果に導かれる崩壊なり融解の姿である。

それは何処から発生した論だとか、彼の民族とは我国は違う、といった疑論の類ではなく、論そのものが発生される枠なり箱なり時節なりを、我国の官学マニュアルのみの狭隘な論の基盤を、加えて再考してもらいたいと思うのである。

 また、文筆あるいは第四権力といわれるマスコミから吸収されるであろう知識や情報は、各々の意思を添え、かつ触媒でもある欲求や願望をも添加されながら、自己表現、はたまた自己とも言えぬようなヤドカリの風袋をした個人等によって世上が埋め尽くされている。




               

   高杉晋作の維新回天 「女房は敵とおもえ」
           後ろ髪を引く、逡巡、は怯み、突破力を失う

      はたして総理の公に殉ずる覚悟は如何・・・




その五寒だが
以下「五寒」を照らして世俗の現象をみると、普段の情報知識とは異なる切り口でそり問題の本質が浮かび上がる。

つまり自身の置所を変えた新たな感覚による考察が浮かび上がることでもある。



《政 外》  政治のピントが外れる。

《内 外》  国外に危機を煽るなど内外のバランスが取れない

《敬 重》  敬われる人物の欠如 敬う意味の欠落

《謀 弛》  謀が漏れる

《女 レイ》 女性が激しくなる。荒々しくなる。








女(ジョ) (ライ・レイ)  なぜか国家の衰亡期には女性は烈しくなるという

平成19年(2007)幕開けは二つのバラバラ死体事件と恒例の政治家と金にまつわる話題が各種マスコミ媒体を賑わした。
格差社会、年金、憲法と鎮まりのない議論とかいう、言いたいことの争論が社会の耳目を集めているが、刑事ものの探偵宜しく枝葉末節な推論に大衆も口角泡を飛ばして参戦している。

まるで末世の騒々しさの様相である。忌まわしいことではあるが、これほど多種多様な犯罪が日夜行われると社会や国家の真の存在意義を問いたくもなる。

 政治課題として憲法改正、教育基本法改正、郵政民営化、道路公団改革など、それぞれ政治家、官僚、有識者、専門家といわれる人々が掲げる国民の為、国家百年の計などという大義が部分の埋め合わせ論となり、かつ人間の欲望が混迷の種となり、社会全体の風儀や人の情緒を喪失させ、総ての根幹であり政策の大前提である人心の安定と調和がとれない、いやその在り所さえ判らなくなってしまっているようだ。

 また、そのような切り口にある問題の掲示を、観念的、具体性がない、はたまた科学的根拠が希薄であると、問題解決の前提である人の「意識」や「直感」を生み出す俯瞰性や下座観、あるいは時の経過から推考する考察を遮断するために起きる先見性の欠如に加え、他との調和に欠かせない譲り、委ねることの前提となる「礼」と「分」を否定する争論に陥っていることも大きな因となっている。







つまり、「部分は全体を表さない」という量子物理学のハイゼンベルグの論を人間学的、社会的にも実証しているかのようです。簡単に云えば、選択したものに間違いがあれば、言い訳を生じ、イヤイヤ選択したものの失敗は文句を生む。それゆえ選択に伴う責任を回避して無関心を装う大衆が増え、自らが全体の一部分であるという存在すら希薄になる現象である。

それは、常に分派分裂を促す人の関係や学域の姿に似て、調和や連帯が要を為す戦術や戦略論の構築にも影響を及ぼしている。

これが愛という共通語によって最小限のパートを組む夫婦はどうだろう。
愛といっても財、家屋、地位、学校歴、美麗、はたまた自らの自己愛を充足させてくれる存在などあるが、ここでは一般形式を満たした夫婦を考えたい。
2005年、浮俗では既婚者の男が女を殺害する件数は一年間に80件、逆に女が男を殺すのは120件、つまり三日に一人は夫が妻や内縁に殺害されている。

理由はさまざまだが、総じて金、嫉妬、ではあるが、近頃ではプライドを汚されたという理由も多くなっている。殺害の仕方も焼殺、切り刻むバラバラ殺人、あるいは食事に混入した毒物など女性らしくも、いやそれもより巧妙になってきている。

 昔は独占欲から別れ間際の殺人だったが、近頃ではドメスティックバイオレンスでも離婚せず虎視眈々と復讐の機会を探るという陰湿な犯罪が増えている。
この他に幼児虐待から殺害、子供の親殺し、あるいは兄弟姉妹同士の殺害など枚挙がない。






あの大江戸八百八町といわれた江戸でも武士は二本差し、渡世人、用心棒はドスを懐に入れていたが、殺人事件は数えるほどしかない。なにしろ殺人があると半年ばかり街中の話題に耐えたとも言う。幕府開設当初8割の男子は独身だったせいもあるが、あのゴールドラッシュの西部劇を見るようで女性は大事にされていた。たまに長屋で祝儀があれば「内の女房は何々家の腰元さがり」「前は大店の女で・・」などと自慢さえしていた。いくら女性が少ないからといって、御手つきばかりではなかった筈だが、それも出自のブランドだった。

 厳然とある士農工商という役割区分は夫々のエリアに調和をもたらしただけではなく、個々の嫉妬、怨嗟など軋轢や混乱の因を吸収できる楽天さがあった。
 
 また無常観という諦観が、「分」の矜持に似て存在していた。それはお上の権威もさることながら、村八分に代表される陋習(掟、慣習)や、支配者や長(オサ)の学問や規範が今のように多様ではなく、ごく自然に受け入れられる人心の素地があった。

また各層を総覧する支配階級には儒教やそれと一体になった山鹿素行の武士道得、または地域の実利学である郷学、塾が庶民の身近にあったことが、よりその有効性を高めている。力や権威とはいうが、力が財、学校歴、資格、という名目唯物ではなく、強いものの忠恕や庶民の人情が、あの大岡裁きに見るように官民一如であったことも否めない事実だ。加えて共通理解の淵が可能な範囲にあったということだろう。







翻って民主と自由を掲げるシステムではあるが、これほど個々の人々が乖離することになるとは・・、いくら欲望のコントロールが効かず、かつ助長させる外的要因(宣伝、思想)があったにしても、これほど人の心の自制心が弱いものなのか・・、ときおり強権のささやきが欲しいものだと思うことがある。

あの鬼平犯科帳の主人公長谷川平蔵は武士の強権によって捕縛したもの(虞犯、無宿物)を、石川島の寄場に集め殖産(手に職をつける)事業を行い、忠恕(権のもつものの優しさ)を添えて訓導している。

夫婦においても、官民においても触れ合う距離感が掴めなくなっている。自己喪失という難解な問題を身近に相対する人なり組織にリンクするにも、対象との位置感覚の境がおぼろげになる分裂した自由意識は、自発的な制御の在りどころさえ喪失して、他からの強制なり意識を超えた驚愕でしか解決がつかなくなっているからだろう。鼠の集団入水や天変地異を想起するような考えが起きるのもそのためだ。






なかには北朝鮮に描く強健国家の強制規律や貧乏と思われる環境に、我国に蔓延する怠惰な民情に起因する人々を矯正体験させたらいいとの片言があるのもその意があるようだ。

半知半解な自由意識や、己を知らない人権意識はとてつもない負荷エネルギーとして社会の融解を助長させている。殊に消費資本という主義システムを甘受した国家は、すべからず欲望のコントロール如何によって人々は時の集積(歴史)を分断忌諱しつつ、主である自身を時空に浮遊させるようになる。

また消費資本の発するバーチャルなプロパガンダ(宣伝)は、人々の表層知識を充足させることはあっても、人間関係に必須な人情の養いになるであろう、思索、観照の鎮まりにみる情緒性を陳腐なものとして廃棄してしまう。

犯罪に置き換えれば信頼に値しない関係、それも自己の都合の上のことが原因で犯罪や腐敗を誘引していることが多いことに気付くのはそのためだろう。単に法に抵触するなどの類ではない、陋規(習慣性、掟)にある善悪区別の迷走であり、成文化された法や制度では到底解決できないステージにこの社会は足を踏み入れたのである。

これも習い事のようだが、似て非なる隣国の永い循環サイクルに基づいた警言に知恵を借りることにする。



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