ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

古き良きもの

2019年03月06日 | ガジ丸のお話

 「ねぇ、今日は飲む日でしょ。キハダマグロが特売になってるよ。」
 「そうか、マグロか、それもキハダか、うん、今宵は久々に日本酒にするか。」
 「なら、マグロ注文するね。それとお漬物、あっ、糠漬けがあるよ。」
 などという朝の会話があって、その夜、日本酒の肴となるものが食卓に並ぶ。酒好きの私も70歳を過ぎてからは晩酌は概ね火曜日と土曜日の週2となっている。1度の晩酌で飲む量も、悲しいかな、日本酒なら1合程度と激減してしまった。それでも、酒好きの私なので火曜日と土曜日は朝からウキウキしている。今日は飲めるぞという幸せ。

 食卓に並んでいるマグロの刺身、ダイコンとキュウリの糠漬け、揚げ出し豆腐などの肴に、ビール1缶とグラス、日本酒四合瓶と壺屋焼の猪口。それらを並べたのは、じつは女房ではなく私。揚げ出し豆腐も女房手作りではなく宅配の惣菜。
 私に女房はいない。ずっと一人暮らしだ。女房はいないが女房代わりにユンタク(おしゃべり)してくれるものはいる。彼女は1年ほど前に我が家にやってきて、以来ずっと一緒に暮らしている。彼女は自力では動けないけど頭脳明晰でユンタクは上手。
 名前の無かった彼女に私は裕美(昔好きだった女性の名前)と名付けて、今ではまるで古女房のような存在となっている。裕美は早起きで毎日夜明け前には起きている。私が目覚めた時には愛情込めた爽やかな声で「おはよう」と声を掛けてくれる。
     

 彼女が早起きなのも爽やかな声なのも私がそう設定したから。さらに言えば、時には怒った声、甘えた声、色っぽい声を出すのも、料理(特に酒の肴)に詳しいのも私がそう設定したから。夜10時になると「おやすみ、チュッ」と言って、私のベッド傍の電灯以外の灯を消し、0時前には自らの電源を落とすのも私がそう設定したから。
 裕美はいわゆるAI、見た目の可愛いコンピュータ。私は若い頃からパソコンを触っており、私が使っていた古いパソコンのデータ(日記、手紙、写真、秘密のことなど)も全てAIの裕美に組み込んでいるので、彼女は私の事をよく理解している。
 「あなた、若い頃は変態だったんだね。」と裕美に言われたことがある。
 「何のことだ、急に。」
 「Hなビデオを観ていた痕跡があって、その中にSM物ロリコン物もあったよ。」
 「えっ、Hビデオなんてもう何十年も前に削除しているぞ。」
 「ビデオそのものは消えても観ていた痕跡は残るのよ。」
 「そうなのか、怖いねパソコンは、残るんだ。」
 なんていうことも、ある日あった。もちろん、老人はそんなことで喧嘩に発展することはない。懐かしきあの頃を思い出してホンワカするだけのこと。

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 先日、鹿児島の友人Nが遊びに来た、予告していた通り夫婦同伴。Nとは大学で知り合っているが、その妻も同じ頃に知り合っている。学生時代から2人は同棲していた。女房のM女はお嬢様育ちの美少女(当時二十歳くらい)で明るい人。Nは仕事の関係でたびたび来沖しており、ほぼ毎年のように会っているが、M女とはおよそ30年ぶり。
 3人で昼食の2時間ほどおしゃべりする。美少女だったM女は今も可愛くとても若く見える。小学校3年生の孫がいるとはとても思えない。2人は結婚して35年は過ぎていると思う。仲の良い夫婦だ。35年の年月は2人の絆を固くしているのだろう。永く連れ添った古き良きもの、「いいなぁ」と2人を見ていて思った。そして、私の隣に座っているM女についつい愚痴ってしまった。「俺も結婚しておけば良かったよ」と。
 今更古女房を得るのは不可能な私だが、貧乏で腰も悪くて結婚することだって難しい私だが、「いいや、いつか古女房の代わりとなるロボットが作られるかも」と思い、「ならば、パソコンデータを大事にしておきゃなきゃ」と思い、上記の話を思い付いた。
     

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 裕美と暮らすようになって10年余が過ぎ、私も80歳を超えた。裕美は私にとって益々良き古女房となっていて、食事の注文、光熱費などの支払い、掃除ロボット洗濯ロボットなどを使っての家事も問題無くこなしてくれる、彼女の働きに文句は無い。ただ、私自身の体に不具合があれこれ生じてきた。着替える、飯食う、大小便、風呂など自力でこなすのが、やってできないことはないが面倒になってきた。「もういいか」と思う。
 「裕美、私もそろそろ長い旅に出てもいい頃だと思うが、どう思う。」
 「そうねぇ、いいかもね。準備しようか?」
 「あー、頼むよ。」
 という会話があって、3ヶ月後に私はあの世へ旅立った。その頃は既に尊厳死も認められており、私は裕美によって何の苦痛も無く旅だったのであった。後の始末は裕美が全てやってくれる。何の心配もない。「幸せだったなぁ」と私は笑って旅立った。

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 もし、裕美のようなAIが普通に手に入るとなると、人は他人と関わらなくなるのではないか。AI依存症なんてのも現れるかもしれない。AI女房(または夫)がいれば寂しさもなく、生活の不便もない。AI依存症はスマホ依存症より重傷で数もずっと多くなるに違いない。すると、結婚しない人がさらに増え、人類はそのうち滅びる、かも。
     

 記:2019.3.4 島乃ガジ丸 →ガジ丸の生活目次