前にガジ丸記事『時代についていけない爺さん』で、「テレビ観ない、新聞や週刊誌の類も読まないオジサンは新しい言葉に疎く、時代についていけていない」と書いたが、そんな時代遅れの私でもしかし、トリセツは知っている。トリセツというタイトルの歌があって、それでトリセツが取扱説明書の略であることを知る。
購入した電化製品のトリセツを、大雑把であるが私はだいたい読んでいる。ラジオ、パソコンなど慣れているものは大雑把だが、これまで購入したことのない物であれば細かく読んでいる。試行錯誤するよりその方が使い方を習得するのに早道だからだ。
オバサンと呼ばれる齢になってパソコンを始め、ネット上の店舗に自分達の作品を出品するという新しいことを始めたH子とその友人達、「作品出品が上手くいかない」というのでパソコンで写真の扱い方、添付の仕方をちょいと教えたのは去年11月、その数日後にH子に会ったので、「どう、上手くいった?」と訊くと、「できない」と応える。「何で?」と訊くと、「分からないよ。何度やってもエラーになるのよ」と言う。
で後日、そのサイトを開いてちょっと調べてみる。出品の仕方についてあれこれ説明、電化製品で言えばトリセツがあった。そう簡単ではなさそうだったのでA4用紙の2ページ分ほどプリントアウトし、翌日、H子に会って「そう簡単ではないみたいだよ、説明文をよく読んでからやった方がいいよ」とプリントしたものをあげる。
またしばらくしてH子に会う。「どんな?」と訊く。「できたよ」と答える。「あーそりゃ良かった、がんばったね」と言うと、「うん、でも、パソコンからじゃないよ、別の店舗にスマホからやった。それ用のアプリがあって、それを使ったら簡単にできた」とのこと。結局、トリセツ読むのが面倒なのでそういうことにしたらしい。
1+1=2みたいなトリセツなら私は得意である。3×(1+1)÷2になっても得意である。中学校程度の連立方程式でも大丈夫。しかし私は1が、場合によっては1でないこともあるといった気分次第で変化するようなことは苦手。なので、
女性の取り扱いについて、私はそれを大いに苦手としている。若い頃は、男の感性と女の感性にそう大きな違いがあるとは思っていなかった、『黒の舟唄』という名曲があり深くて暗い川があると聞いてはいたけど、現実的には深い川を感じていなかったので女性のトリセツがあったとしても読まなかったであろう。トリセツを読まずに生きてきたので、私はもうすぐオジーと呼ばれる齢になっても結婚できないのかもしれない。
私が金持ちなら、あるいは地位や名誉があって4人5人の生活の面倒くらい楽にできる程度の身分であれば、「黙って俺に付いてこい」と言えるのだが、現状は無理、現状では「全面的に貴女の感性に合わせます、貴女に付いて行きます」となる。でもそれは、私の性格では無理。もうすぐオジーは、今更トリセツを読む元気もない。
老いた目にパソコン画面はきついが、本の文字や図鑑を見るのはそうきつくはない。それはパソコンの電磁波と関係があるのだろうか?公園の散策はとても気分が良い。目に入ってくるのは主に草木や海岸の景色、それが精神に良い影響を与え、体にも良い影響を与えているのかもしれない。目の使い方のトリセツがあれば読んでみたい。
記:2019.7.19 島乃ガジ丸