ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

反骨の婆さまたち

2015年11月06日 | 通信-音楽・映画

 私が会員となっている桜坂劇場、1年に1度の会員更新時に2枚の招待券を頂くが、誕生月にも1枚送られてくる。更新時の2枚のうち1枚は自分で使い、もう1枚は友人のK子にあげ、誕生日の1枚を「さてどうする?いつ観る?何を観る?」と考える。
 貧乏農夫は一つの用事だけで那覇へ行くのを時間的にも金銭的(ガソリン代とかバス賃とか)にも勿体ないと思うので、映画だけで那覇へは行きたくない。「そうだ、車の点検があった」と思い出す。自動車整備場は那覇との境界近くの浦添市勢理客、そこへ車を預け、点検をしてもらっている間に映画鑑賞をするという計画を立てた。
 もう一つ予定を考えた。整備場へ12時前に行き、そこに勤めている友人Zと昼飯、も考えたのだが、彼に電話すると「9月に辞職した」とのことであった。辞職の理由は「母の介護」で、「仕事を続けながら介護は体がきつくてな、年だな」と彼は言う。

 「年だな」とZが言う通り、彼と同級生の私も日々年を感じている。その日整備場へ行く前、Zに電話する前、畑仕事を11時に切り上げ、畑小屋の中で着替えた(汚れた作業着で那覇へ出るわけにはいかない)。着替える際、財布やカギ類を作業ズボンから出し、ジーパンに履き替える。財布もカギ類も「忘れちゃいけない」と目立つところに置く。そして、小屋から出て、小屋のドアを閉め、南京錠をかける。荷物を持って車へ。
 ポケットから車のカギを出す・・・無い・・・車のカギは家のカギと畑小屋のカギと一緒にキーホルダーでまとめてある。「あっ、小屋の中だ」と気付く。ズボンのポケットには財布も無い、「あっ、財布も小屋の中だ」と気付く。何たるドジ!
 小屋に戻って南京錠を見て「あっ、小屋のカギも小屋の中だ」と気付く。合鍵を車の中に置いていたはずと思い出し車に戻る。合鍵は無い。「あっ、この間車の掃除をした時、合鍵を部屋に置いたままだ」と思い出す。まったく!何て不運。その後、小屋の窓をこじ開けようとあれこれ試行錯誤して、腕がやっと入るほどの隙間を開けて、手を伸ばして腕に擦り傷を負いつつカギを何とかゲット。ゲットするまでに30分かかった。
 財布もカギ類も「忘れちゃいけない」と目立つところに置いたのに、それでも忘れた。脳味噌がふと空白になるのだろう。それはこの先年取るにつれて増えるのだろう。
 
 話が逸れてしまった。自動車整備場へ車を預け、点検している間に映画鑑賞という計画は10月26日となった。その日観た映画は『シャーリー&ヒンダ』。90歳前後の婆さまシャーリーとヒンダ2人が「経済成長ってホントに必要なの?」と疑問に思い、その疑問を解くためにあれこれ行動するというお話。反骨の婆さまたちの物語。
 「経済成長って必要なの?」は私も常々疑問に思っていたこと。生きるに十分の食い物があり、雨風凌げる家があり、大事な個所を隠し寒さを凌げる衣服があれば人は幸せに生きていけるのではないかと思っている。常に上を目指して走り続けなければならない社会は、もしかしたらそれこそ発展途上なのであって、完成された社会というのは、「平坦な道を傍の人と語りながら歩いていく、それで幸せとなる社会」ではないだろうか。
 映画は環境保護の思想も垣間見えたが、経済成長しなければ社会は成り立たないと政財界のお偉方が言うことに「何で?」と疑問を持ち行動する婆さまたちが主役。その反骨精神は、この先ジジイになって脳味噌も頼りなくなるだろうが、私も見習いたい。
          

 記:2015.11.6 島乃ガジ丸


アタラサー

2015年11月06日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 「家に泡盛がある。俺は家飲みしないから貰いに来ないか」と友人Mから有難い話のあったのが5月10日、畑のパッションフルーツを収穫し、Mの泡盛と物々交換したのが8月8日、その数日後、頂いた泡盛をぐい飲みに少し次いで味見した。旨い酒だった。
 Mは、沖縄では有名な会社の社長、就任して数年が経つ。彼が就任してからその会社は業績が上がった。「有能な社長である」と、おそらく会社の内外から認められている。そんな彼がくれる泡盛、不味いはずは無いと思っていたが、その通りであった。

 表題のアタラサー、30前後の年齢のことをアラサーというようだが、30過ぎた人をア多ラサー、30前の人をア少ラサーと呼んで区別する際に使われるアタラサー・・・という意味ではない。アタラサーは「大切にする」(沖縄語辞典)という意味のウチナーグチ(沖縄語)。和語でも「あたら」には「惜しむ」といった意味がある。
 「くぬめぇ(この前)コ(買)うてぃあぎたるチ(着物、洋服も含む)のーチャーサガ(どうした)?ィヤー(お前)がウリ(それ)チ(着)ちょせー、ワンヤ(俺は)ナーマ(未だに)ィダンシガ(見ないが)。」(モラハラ夫)
 「ウンジュ(貴方)からぬ初みてぃのプレゼントやむぬ、安々とーチ(着)ららん。アタラサー(大事に)し箪笥んかいカジミティ(仕舞って)うん。」(賢い女房)
 「あー、やんなー(そうか)、アタラサーそーるばーい、はっはっはっ。」
 などといった場面でアタラサーは使われる。ちなみに、「はっはっはっ。」とご満悦の夫であるが、「あんなセンスの悪いもの着られるわけないじゃないの、この先あんたが死ぬまで箪笥の中に仕舞われ放しになるはずよ」と賢い女房は心の中で呟いている。
     
 Mから頂いた泡盛、味見した後は今日(11月5日)まで一滴も飲んでいない。アタラサーしているのである。私が普段飲んでいる泡盛はそんじょそこらにある泡盛。紙パック1升入り約1000円のもの。Mの泡盛は高価そうなのでアタラサーしているわけ。
 アタラサーしている泡盛は他にもある。知人のKさんは、沖縄では名の知られた会社の社長で、付き合いであちらこちらから酒を頂くらしい。だけどKさんは酒が飲めない。Kさんと何かの機会で会うことがあった際、たまに「私は飲めないから」と酒を頂く。これまでに泡盛は写真のものを含め数本、10年ほど前に高価そうなブランディーなども頂いている。そのブランディーは既に飲み干したが、泡盛はまだ2本残っている。
 アタラサーしている酒は他にもある。貧乏になってからは発泡酒ばかりで滅多に飲めないビール、4月に友人のGから頂いた12缶、まだ9缶残っている。貰いものばかりではない。給料をまともに貰っている頃買った2千~4千円もするワイン4本、1万円もするウィスキーもまだ1合ほど残っている。今ではとても買えないそれらの酒、滅多にない嬉しいことがあった時に飲むつもりでいる。滅多にない嬉しいことが久しく無い。
     
 食べ物でアタラサーしているものは無いが、アタラサーはしていないが、なかなか減らない食料品はある。賞味期限がとっくに切れているマヨネーズやケチャップなど。後期オジサンの嗜好がそれらを好まなくなった。料理油もなかなか減らない。後期オジサンの嗜好は油を使う料理も少なくなった。フライパンも活躍する機会が減った。
     
 記:2015.11.5 島乃ガジ丸 →沖縄の生活目次